新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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誘う猫と気まぐれな女王

 

 ミルフィオーレファミリーとの対決の日が、あと数日後にまで迫っていた。

 

 修業の様子を見ていない利奈が言うのもなんだが、彼らは順調に仕上がってきている。

 食事時に暗い表情を浮かべる人はいないし、みんな和気あいあいと、楽しそうに修業の進捗を報告しあっていた。

 武だけは専用家庭教師とともにアジトから出て修業を行っているそうだが、武ならば心配はないだろう。元から運動神経がずば抜けているし、飲み込みも早い。

 

(やっぱり隠し事がないと空気がいいよね。みんながひとつになったって感じがするし)

 

 女子チームのストライキは三日で終わった。

 あの日、風紀財団地下施設での詰め込み学習を終えて帰ったら、二人がみんなの夕食を作っていた。静かに料理をする姿を見て、すべてを知ったのだと悟った。

 なんて言えばいいのかわからなくて口ごもってしまったけれど、きっとなにも言わなくてよかったのだろう。

 愁いを帯びた瞳で、それでも彼女たちは穏やかに微笑んでいた。

 

(私も私のできることをやらなくちゃ。……すっごくしんどいけど)

 

 この時代の風紀財団にかかわる資料はまとめ終わった。

 しかし、並盛町に関しての資料はことのほか膨大で、重要度の高いものに絞ろうにも、情報量の多さに圧倒されてしまう。ノートに箇条書きしようともしたけれど、数時間で手を痛めてしまった。テスト勉強ですら、こんなに頑張ったことはない。

 

(これ、持って帰れたりしないのかな。全部記憶しろとか無理過ぎる)

 

 恭弥はそこまで求めていなかったが、戦闘に参加できないのだから、頑張ればなんとかなりそうなことはなんとかしたい。

 畳に倒れ込みたくなるのを我慢しながら文字列と格闘してると、ふすまが滑らかに開いた。

 

「相沢」

 

 聞き馴染みの深いその声に、条件反射で起立する。

 

「はい、ヒバリさん! ……いっ――たあ!」

 

 立ち上がると同時に足の痺れに襲われ、その場に崩れ落ちる。

 ここ数日で正座にも慣れてきたとはいえ、足の痺れへの耐性は一向につきそうにない。

 

「なにやってるの」

 

 悶絶する利奈を涼しげに見下ろしながら、恭弥が後ろ手でふすまを閉める。

 

「すみませっ、と、ところで、なんでここに?」

 

 恒例通り、ディーノと修業に明け暮れていたはずだ。

 修業には哲矢がついていってたから、恭弥の顔を見るのは詰め込み学習初日以来である。

 

「君に用があるからに決まっているでしょ。まあ、用があるのは僕じゃなくて赤ん坊だけど」

「赤ん坊――リボーン君?」

 

 足をさすりながら尋ねると、恭弥が手に持っていた道具を前に出した。

 箱型のそれは匣ではなく、カメラのように中央部にレンズが嵌めこまれている。

 そのレンズから光があふれ、そして実像を結んだ。

 

「リボーン君!?」

『チャオっす!』

 

 立体映像のリボーンが、片手を上げた。その目はちゃんと利奈を見据えている。

 

(み、未来の技術……!)

 

 映像とは思えないほどリボーンの姿は鮮明だ。

 後ろの風景がわずかに透けているくらいで、動いていれば凝視してもわからない。

 触ってみようと手を伸ばしたけれど、リボーンの帽子に乗っているレオンが舌を出したので、素早く引っ込めた。

 

『ちょっと頼みてーことがあってな。さくっと手を貸してくれ』

「さくっと?」

 

 リボーンがそんなことを言い出すなんて珍しい。

 恭弥を見上げるが、無表情だ。

 

「えっと、なにすればいいの?」

『今から言うところに俺を連れて行ってほしい。会いてえ奴がいるんだ』

 

 言われた場所まで通信機を運べばいいらしい。

 恭弥から通信機を受け取り、慎重に立ち上がる。風のない室内で、何枚かの紙が舞った。

 

『用心深いやつでな。一度ほかのやつに頼んだんだが、門前払いされちまった』

「え、じゃあなんで」

『十年後のお前と深いかかわりがあると草壁に聞いた。お前が行けば確実に通すだろうってな』

「草壁さんが……」

 

 この世界の哲矢が言うのなら合っているのだろうが、十年前の利奈が行ってなんとかなるものなのだろうか。

 過去から来たという話を信じてもらえなければ、もう一回門前払いを受けてしまう。

 

『それについては心配ねえ。あいつは俺たちの事情を知ってるし、そもそも今のお前ともアジトで会ってるらしい』

「えっ」

 

 基地で会った人物となると、相当限られてくる。

 そのなかで用心深く、なおかつボンゴレの人間を門前払いする可能性がある人といえば――ここで利奈は、わざわざ恭弥が機械を届けに来た理由を悟った。

 

『相手は六道骸だ。黒曜センターに行って、骸の仲間たちに接触してほしい』

「……ヒバリさんと一緒に、ですか?」

『そうなるな』

 

 どうりで、ディーノとの修業を放り出してまでここに来たわけだ。

 いつでも戦えるディーノよりは、めったに戦えない、しかも十年経って強くなったであろう骸を優先するだろう。

 

『ほんとはお前一人で行ってもらうつもりで草壁に連絡したんだが、ヒバリにも聞こえちまってな。

 まあ、なにがあるかわかんねえし、護衛がいたほうが心強いだろ』

「……アハハ」

 

 ――この場に綱吉かディーノがいれば、わざとやっただろうと指摘したに違いない。

 しかし二人とも不在だったので、利奈は不幸な事故と思い込んで苦笑いを浮かべた。

 

 ――黒曜センター。

 黒曜町にある大型娯楽施設だったのだが、台風による土砂崩れで閉鎖。十年前の世界でもすでに廃墟になっていた。

 それが十年経っても未だに取り壊されていないのは、どう考えてもおかしいだろう。

 

(どうせ骸さんがなんかしたんだろうけど)

 

 目的のためなら手段を選ばない人間だ。

 取り壊そうとするたびに心霊現象が起こる、なんて事件を起こしていたとしても不思議ではない。

 

『ついたな』

 

 バイクが止まると同時に、ポケットのなかからリボーンの声がした。それを合図に、利奈は恭弥の腰に回していた腕を外す。

 

 これでバイクに乗るのは三回目だけど、何度乗せられても慣れそうにない。

 二回目は車で拉致されて他県まで行った帰りだったけれど、途中でカーチェイスもあって、かなり疲弊してしまった。

 運転者と体を密着させていないと急カーブで車体がぐらつくとそのときに知ったので、今回はちゃんとしがみついた。命にかかわることで、恥じらってなんていられない。

 

『出してくれ。外が見たい』

「あ、うん」

 

 小さな声に応えてパーカーのチャックを下ろす。

 走行中に落としては一大事と上着の内ポケットに押しこんだせいで、取り出すのに手こずってしまう。

 

「先に行ってるよ」

 

 逸る気持ちが抑えられないのか、恭弥は声を残して去っていく。

 ポケットに引っかかった通信機をなんとか引っ張り出して目をやったときには、恭弥は高い門を飛び越えていた。

 

「ちょ、ひばっ――待って!」

 

 慌てて追いかけたものの、もう遅かった。

 悠々と敷地内に侵入した恭弥は、こちらを気にするそぶりも見せずにどんどん進んでしまう。門を揺するが、朽ちた門はびくともしなかった。

 

「開かない!? 待ってくださいヒバリさん! ここ開けて! ――あー、行っちゃった」

 

 宿敵が眼前に迫っているせいで、恭弥はやけに急いでいる。

 置いていかれた利奈は、ため息交じりに門を見上げた。

 恭弥は軽々と飛び越えていけたが、利奈がよじ登るのは容易ではない。

 

(登れないわけじゃないけど――)

 

 身長より少し高いくらいだから、乗り越えられない障害ではない。

 しかし利奈は、錆びた鉄棒に手を伸ばそうとはしなかった。

 暗殺し終えての逃走時ならともかく、これから知り合いに会おうとしているときに服を汚したくはない。下手すれば服が引っかかって破れてしまうかもしれないのだから、なおさらだ。

 

「ねえ、雲雀さん勝手に行っちゃった」

 

 被ったままのヘルメットを脱ぎ、とりあえずリボーンに指示を仰ぐ。

 

『みたいだな』

 

リボーンのホログラム映像は利奈の手のひらに収まっている。大きさは向こうで自由に変えられるようだ。

 

『相変わらず好戦的なやつだ』

「骸さんの名前出すからだよ。ああなったらヒバリさん、人の話なんて聞かないし」

 

(……まあ、一人で勝手に行かなかっただけマシだけど)

 

 それに今回は、ヘルメットも用意してくれた。

 速度制限を守っていたかどうかは定かではないけれど、まるっきり人の話を聞かないわけではない。聞いたうえで無視することも多いけれど。

 

『さっきも言ったが、骸本人がいるかはわかんねえんだぞ。あいつは神出鬼没だからな』

「聞こえてないよ、きっと」

 

(クロームとかに頼んでおけばよかったのに。私よりずっと骸さんと付き合いあるんだし)

 

 修行中だから外したのだろうけれど、仲間から引き剥がされたクロームを思うと、抜け駆けしているみたいで後ろめたい。

 今のところはだれにも会っていないし、このままだとだれにも会えずに終わるけれど。

 

 門を見上げて途方に暮れていれば、リボーンが口を開いた。

 

『とりあえず引いてみろ。案外、開いたりするかもしれねーぞ』

「さっきもやったよ」

『強く引っ張ってはなかっただろ。力をこめてみたらバキッ! って壊れたり」

「そんな怪力あったらみんなと修業してるって……」

 

 そうは言いながらも、両手を掛けて門を横に引いてみる。

 しかし、当然ながら鍵はかかっていて、思いっきり体重をかけたところでビクともしなかった。

 

「うー、やっぱダメみたい」

『だろうな』

「やらせておいてー」

 

 ふうっと息を吐きながら門から手を離す。

 そのとき、門の鍵からガチャリと金属音が響いた。

 

『今、なんか鳴ったな』

「……鳴ったね」

 

 これはもしやと、片手で門を横に引く。

 すると、先ほどまでの苦労が嘘のように、門が動いた。

 

「え……ええ!?」

『やったな、お手柄だぞ』

 

 リボーンはなんてことないみたいに言うけれど、鍵は衝撃で開いたりはしない。そんな仕組みだったら、鍵は役目を果たせないだろう。

 

「か、勝手に開いたんだよね? これって、テレビでよくあるあれ?」

『映画なら確実に罠だな。よし、行くぞ』

 

 そう言われて、さあ行きましょうとなるわけがない。思いっきり首を振って拒否した。

 

「むりむりむりむり! 罠だったらどうすんの!」

『心配すんな。建物に入るまではなにも起こらないっていうのが物語のセオリーだ』

「それは映画の話でしょ!? それに、なか入ってから出てきてもいや!」

 

 護衛役であったはずの恭弥は不在で、リボーンも実体ではない。

 だれかに襲われたらひとたまりもない。

 

『罠がなんか仕掛けられてるんなら、ヒバリが入ったときに作動したはずだ。

 それがなかったってことは、罠はないってことだぞ』

「そうかもだけど……はあ」

 

 ここでいつまでもぐずぐずしているわけにもいかないし、勇気を出すしかないのだろう。

 利奈は小さく一歩を踏み出した。さらに二歩、三歩。そして後ろを振り返る。

 門はわずかに開いたままで、いきなり閉まったりはしなかった。

 

(よかった、これで門が閉まったら本当にホラー映画だった)

 

 きっと訪問者に気付いた何者かが、遠隔操作で解錠したのだろう。

 ――門にセンサーのようなものはついてなかったけれど、きっとそうなのだろう。

 利奈はそう思い込むことにした。しかしそれはそれとして、廃墟に一人ぼっちは心細い。

 

「うう……ヒバリさん見つけなきゃ。

 ヒバリさんだったら、幽霊とかゾンビが出てもサクサク倒してくれそうだし」

『涼しい顔して殺るだろうな』

 

 利奈の手が震えているせいで、リボーンも震えているみたいになっている。

 

『こうなるんだったら、進捗確認ついでに山本にも声をかけておけばよかったな』

「山本君? そういえば、山本君だけ違う修行なんだっけ」

 

 気を紛らわすため、雑談に注力する。そうでもしてないと、自分で怖い化け物を生み出してしまいそうだ。

 利奈の気持ちを察してか、リボーンは問いかけに応じてくれた。

 

『山本は別のカテキョーと修行中だ。剣の修業は同じ剣士に任せた方がいいからな』

「剣士? バジル君のこと? そういえば、すごく侍みたいな喋り方だったね」

 

 知っている少年の名前を出すが、リボーンは頷かない。

 建物の入り口が見えたけれど、骸は黒曜ヘルシーランド内にいるだろうから、入り口を素通りする。

 

『あいつは剣は使わねえ。

 ……そういやオメー、ヴァリアーのところで世話になってたな。なら、知ってるやつだと思うぞ』

「ヴァリアーの? うん、だったらわかるかも。どんな人?」

 

 ――このとき、どんな人などと聞かずに、だれなのかを尋ねていれば、すんなりと答えを得られていただろう。

 だが特徴を求められたリボーンは、とっさにその剣士の特徴を考え始めた。

 

 その剣士の名は、スペルビ・スクアーロ。

 当代の剣帝であり、ヴァリアーのボスであるザンザスの右腕。

 外見的特徴をあげるなら、なんといってもその長い銀髪は外せない。

 女性顔負けの美しい銀糸は滑らかで光沢があり、彼の動きに合わせて宙を舞う。

 しかし、あえてそれら以外の特徴を選ぶとするならば――

 

『声がとんでもなくでけえやつだ』

「わかった! スペルビさんだ!」

 

 ――当人、あるいは彼に憧れる剣士が聞いたら、すぐさま怒鳴り声を上げていたに違いない。

 スクアーロという人物を語るのに、声のでかさなんて、華のない特徴をあげたのだから。

 

「そっか。スペルビさん、こっちに来てたんだ。

 ミルフィオーレとの戦闘があったって聞いてたけど、元気なんだね」

『いつもよりうるせーくらいだったぞ。山本を剣士として徹底的に鍛え直すつもりだろうな』

「強いの、その人」

「うわあ!?」

 

 いきなり声が増えたものだから、驚いた利奈は悲鳴を上げた。

 頭上を見上げると、いつからそこにいたのか、恭弥が建物の二階からこちらに視線を送っていた。

 

「な、にやってるんですか、そんなところで!」

 

 仰いだまま叫ぶと、恭弥は窓から飛び降りて、軽々と地面に着地した。

 衝撃を逃がしもしないのだから大したものだ。

 

「見てきたけど、いなかった。だから戻ってきたんだよ」

「骸さんのことですか?」

 

 なにも考えずに利奈が尋ねると、恭弥がむすっと眉根を寄せた。

 

「あ、ええっと……六道骸はいなかったんですね?」

 

 うっかりいつもの呼び方をしてしまったので訂正すると、恭弥は小さく頷いた。

 

『だから言ったじゃねえか。骸がいる確率は低いって』

「そうだったね。せっかく強くなった彼と戦えると思ってたのに」

 

 もはや遺恨はどうでもいいのか、恭弥はひどく残念そうに肩をすくめた。

 世界の存亡をかけた戦いがもうすぐ始まるというのに、清々しいほどの戦闘狂である。

 

『そういやオメー、ボンゴレ匣を開匣してねえらしいな。ディーノが愚痴ってたぞ』

「だって彼が本気を出さないから」

『お前のことだ、もう中身は見てるんだろ。 動物だったか? それとも武器か?』

「内緒。どうしても見たいのなら、僕と今ここで――って、君はここにいないんだっけ」

 

 トンファーを出そうとした恭弥が、つまらなそうに腕を降ろす。

 気付くのがもう少し遅かったら、リボーンを透過して攻撃が入るところだったと、利奈は冷や汗を流す。

 

『じゃあ、お前の持ってるほかの匣を見せてくれ。

 草壁から聞いたが、幻騎士との戦いで使ったんだろ?』

「開けて僕になにかメリットがあるの?」

 

 戦えないのなら意味がないとばかりに恭弥。

 だが、そこはリボーンが一枚上手だった。

 

『もちろんメリットはあるぞ。ここで匣を開けば、骸の仲間たちが様子を見に来るはずだ。

 あとは一番強そうなやつに勝負を挑むだけでいい』

「ワオ」

「ええ……」

 

 それでは骸の仲間たちがとばっちりを受けてしまうし、話をしに来たのか喧嘩を売りに来たのかわからなくなってしまう。

 リボーンのなりふりの構わなさにドン引きする利奈だったが、恭弥の関心を引くのには成功した。恭弥はすぐさま匣を開匣した。

 

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