Die Zeit heilt alle Wunden《完結》   作:日々あとむ

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第三幕 彼方より来たる 其之四

 

 王国に潜む“八本指”に対して、“蒼の薔薇”は度々襲撃を仕掛けている。それは友人であり王国の第三王女からの極秘依頼であり、冒険者組合を通さない危険な行為だ。だが、そうしなくてはならない理由がある。“八本指”は育ちすぎ、かつ王国が王派閥と貴族派閥に対立しているために国家所属の兵士たちでは迅速な対応が取れないのだ。

 更に、王直属の戦士団は戦士長であるガゼフを暗殺され、王の力は減退した。ここぞとばかりに貴族派閥の者たちに付け入られ戦士団は解体してしまうことになる。結果として、信用できる兵士さえいなくなってしまった。

 そのため、ラナーの個人的な伝手でラキュースたちが動かざるをえないのだ。しかし、圧倒的に人手が足りず単なる時間稼ぎにしかならない。それでもやらないよりはマシであるために、ラキュースたちは動いていた。

 つい先日ラキュースたちは“八本指”の重要な資金源の一つである麻薬栽培をしている村を襲撃し、村を一つ焼き払った。村人に被害は出ただろうが仕方がない。これも多数のための少数の犠牲だ。

 そして、そこで暗号文が発見され七つほど拠点らしきものが露見することになる。ラナーが暗号文を即座に解読してくれたおかげだ。話し合いで、それは一箇所ずつ極秘裏に襲撃し、潰していくことが確定した。

 そして……ラキュースたちは今、その襲撃場所の一つに向かっている。

「しかし、倉庫区で謎の爆発騒ぎとは……何があったんだろうな?」

 襲撃場所の一つに向かう途中、ガガーランが小さな声で呟く。それは記憶に新しく、つい先日の出来事だ。

「わからん。どうせ、“八本指”の連中が何か仕入れて下っ端が使い方を誤ったんだろう」

 イビルアイはガガーランの言葉にそう返し、先を急がせる。

「それより、そろそろだぞ。行動を開始しろ。私とティアとティナが先行する。お前たち二人は合図を待て」

「ええ、お願い三人とも」

 ラキュースはイビルアイとティアとティナにそう声をかけ、三人はラキュースに頷いて姿を消した。魔法と特殊技術(スキル)で不可視化したのだ。よほどではないかぎり、これで三人は見破れない。

 三人がまず先行し、周囲を探索。それから合図を待ち、前衛をガガーランに後衛をラキュースにして突入だ。これが五人の“八本指”襲撃のパターンだった。まずは厄介な〈伝言(メッセージ)〉を使える者たちを、三人で行動不能に陥らせる必要がある。ガガーランとラキュースは三人ほど速度が無いために、行動すると向こうに先手を打たれる危険性がある。“八本指”には“六腕”と呼ばれる凄腕の護衛がいることもあるので、強襲するにしても警戒は必要だった。“六腕”は自分たち――イビルアイを除くが――互角の実力を持つ。

 だから――

「え……?」

 イビルアイが魔法で緊急の連絡を送ってきたことに、ラキュースは心底驚いた。空に浮かぶか細い灯火。今にも消えそうな光が浮かべるその色の意味は……即時撤退。脇目も振らず逃げろという、危険な合図だった。

「ガガーラン!」

「おう!」

 ラキュースはガガーランと顔を見合わせ、即座に撤退を選び来た道を全速力で走る。イビルアイは強い。自分たちが救援に向かっても足手纏いにしかならない。だからこそ、即座に撤退を選べる。

 イビルアイなら勝てる。あるいは、イビルアイなら逃げきれる。ここで重要なのは、復活魔法の使えるラキュースが死亡しないことだ。ラキュースが死にさえしなければ、例え死んでもまだ希望はあるのだから。

 しかし――

「…………ぁ」

 空から、ラキュースとガガーランの目の前に一体の悪魔が降って来た。広げていた翼を閉じ、悪魔は二人に視線を合わせる。

 身長は二メートルほどだろうか。筋骨隆々な肉体だが、爬虫類を思わせる鱗に包まれて、蛇のような長い尾がのたうっている。頭部は山羊の頭蓋骨があり、その眼窩には青白い炎が灯っていてじっと二人を見下ろしている。

 簡単に人間の骨を砕いてしまいそうな筋肉質な太い腕に、人間を一撃で挽肉にしてしまいかねない巨大な大金槌(モール)を携えて。

 恐ろしい鱗の悪魔はじっと、ラキュースとガガーランを見つめていた。

「…………」

 その恐ろしい悪魔を目の前に、二人は武器を手に取って構える。自分たちの武器が酷く頼りなく思えた。全身から冷や汗が止まらず、本能と理性が自分たち二人だけでは絶対に勝てないと警鐘を鳴らしている。

 だが、この悪魔を倒さないかぎり前へは進めない。逃げられない。

 だから二人は覚悟を決めて、武器を手に取った。もはや生き残る方法はたった一つ。イビルアイがどこかで何かを足止めしているその内に帰ってくるだろうティアとティナを待ち、二人と合流するまでこの悪魔の攻撃を耐え忍ぶしかない、と。

 絶望的な戦いが、今まさに始まろうとしていた。

 

        

 

 時間の存在も不確かな、漆黒の海。

 自分が何か分からない。

 ここがどこなのかも分からない。

 ただ、全身が蕩けて自分という境目さえ分からない。

 蕩ける。消えていく。無くなる。不確かな境界線。自分とは何か。感覚は無い。目は開けているのか。手は動くのか。足は。自分はどこだ。分からない。ただ漆黒の海を揺蕩う。

 何も分からない。ただ、消えていく。蕩けていく。

 何かが自分を掴む。水の中の海月を掬い上げるように。ゆらゆらと引かれていく。どこかへ。感覚が無いから何も分からない。ただ引かれていく。

 それは、完結していたはずの壊れた世界。

 本当は閉ざされていたはずの小さな箱庭。

 穴が開いている。小さな、けれどぽっかりと致命的な穴が。

 完結した世界。壊れた箱庭。取り戻せない黄金。致命傷染みた諦観による支配。堕落した愛情。

 苦しい。辛い。寂しい。自分を海から引くその手が、ただひたすらに哀れだった。

 そして、全にして一から離脱する。

 

「――――む、ぐ……ぁ」

 気がつけば、リグリットの身体は酷く硬直し、そして気怠かった。先程まで何か感じていたはずだが、何も覚えていない。覚えている最後の記憶は……

「気がついたか、カウラウ」

「やあ、無事に生き返ったみたいだね友よ」

 リグリットは二つの声に驚き、うまく動かない身体を必死に動かして声の方向に視線を向ける。それはすぐに視界に入った。漆黒のローブを羽織ったアンデッドと、白金色の鱗のドラゴンがじっと自分を上から覗き込んでいる。

「な、なにが……」

 リグリットは呆然と二人を見上げた。アンデッド……モモンガが口を開いてリグリットに説明する。

「覚えていないか? お前が俺に探し物を依頼して、俺が魔法を使った後向こうが攻性防壁を発動させて、辺り一帯消し飛ばしたんだがな」

「さがしもの……あぁ、思い出してきたぞ……」

 そうだ。確か、リグリットはモモンガに探し物を頼んでいたのだ。ドラゴン……ツアーから貰った大切な指輪を無くして、モモンガに探してくれるよう頼んだのだ。それで――自分の視界が閃光で潰された後の意識がまるで無い。先程のツアーの発言を思い返してみるに……。

「わしは……死んだのか、モモンガよ」

「ああ。さすがに、あの位階の魔法をお前のレベルで喰らえば死ぬだろうよ。あの後は大変だったぞ? 相手の逆探知に気をつけて、死んだふりをする羽目になったからな。察知された場合の対策を覚えていてよかった」

 ぷにっと萌えさんに感謝だな。モモンガはそう呟き、そしてじろりとリグリットを見つめる。

「さて、カウラウ。あのレベルの攻性防壁は明らかに、法国が相手ではあり得ない。一体、お前は何を相手にしていたんだ? 指輪を無くした状況を詳しく話して欲しいもんだがね」

「私も気になるね、リグリット。君、あの指輪をどんな状況で無くしたんだい? 私に知られるのはばつが悪いんだろうけれど、さすがにこの状況では教えて欲しいもんだよ」

「あー……うむ、すまん。しかしわしにも何がなんだか分かっておらんのんだが……」

 リグリットは二人に詳細を話した。ツアーから貰った指輪は、既に別の信頼出来る若者に渡していたこと。その若者が法国の特殊部隊であろう聖典の何れかに、暗殺されてしまったこと。若者の死体は見つかっておらず、おそらく蘇生を阻止するために法国が回収したのだろうこと。指輪は、そのまま法国に流れてしまったのだろうと思ったこと。

「場所さえ分かれば、わしが一人侵入して回収出来るかと思ったんじゃがな……。だから、さすがにこれ以上のことはわしにも分からんわい」

「……確かにそうだな。これでは状況証拠的に法国の連中が持っていないわけがない」

 リグリットから一連の話を聞いたモモンガは、考え込む。ツアーも少し目を閉じて思考しているようだ。そして、少ししてツアーが瞳を開いた。

「うーん……考えられるのは法国が指輪を誰かに持たせて、その誰かは別の誰かに殺されたってところかな」

「やはり、それしか考えられないか。どういう指輪なんだ、ツアー。性能が分かったなら、俺も法国の漆黒聖典の連中には会ったことがあるから、誰が持っていそうか分かりそうなものなんだが」

「君に分かり易く言うと、戦士としての強さを本人の才能さえ超越して限界突破させるマジックアイテムさ。もう成長できない強さの完成形なのに、そこに更に追加で戦士として才能を突破させるんだ。……魔法詠唱者(マジック・キャスター)の君には珍しいだけのゴミアイテムだね」

「戦士レベルの限界突破ぁ? それは、とんでもない性能のアイテムだな。俺には何の役にも立たんゴミアイテムだが、確かに近接系プレイヤーにとっては涎もの…………あー……あー! 法国で誰が持っていたか分かったぞ! そんな貴重アイテム、装備させるなら漆黒聖典のあの男しかいない!」

 モモンガが叫び、頭を抱える。漆黒聖典と顔見知りだということにも驚いたが、心当たりがあることにも驚いた。

「なんだい、モモンガ。君が漆黒聖典と会ったことがあるってこと自体初耳なんだけど、それに加えて心当たりもあるのかい?」

「ある……あった。しかし……あの男を倒してドロップ品を回収出来る実力者となると……あー……マジか。マジか……メンドクセー!」

 モモンガはそうしてしばらく頭を抱えた後、リグリットに視線を戻した。

「……指輪の件は俺が何とかしよう。ツアーの大切な指輪だしな。回収は俺がするから、カウラウ。お前はこの件からは手を引いて置け」

 モモンガの言葉に、ツアーが瞳を細める。

「君がそう言うってことは……ぷれいやー関連かい?」

 ぷれいやー。ユグドラシルという世界から来た、奇妙な旅人たちのことをこの世界ではそう呼ぶ。例えば法国が信仰している六大神もぷれいやーであり、そして悪名高い八欲王もまたぷれいやーだ。伝説の十三英雄もまた何人かぷれいやーが混じっていた。

 ……そして、リグリットはモモンガとツアーの会話で初めて、モモンガもまたプレイヤーであることを知った。友人の友人という関係で、あまり交流が無いものだから知らなかった。リグリットは驚きでモモンガを見つめる。

「十中八九そうだろうな。そうなると……あー、面倒な……。あの件もプレイヤーが関係しているか……。本当にめんどくせー」

 モモンガがグチグチと独り言を呟く。そんなモモンガを尻目に、ツアーはリグリットに視線を移した。

「すまないね、リグリット。指輪の件は、しばらくモモンガと私が預かるよ」

「ふーむ。ぷれいやー……ぷれいやーのう……。仕方ない。ぷれいやーのことは、同じぷれいやーが一番分かっているじゃろうからな」

 自分たちが知るぷれいやーの知識は、結局のところ伝聞でしかない。リグリットは確かにぷれいやーと共に旅をし、彼らに実際に会って知っているがそれでも正確な情報を持っているわけではなかった。ツアーとてそうだろう。ならば、ぷれいやー自身であるモモンガに任せるのが一番良い方法だ。

「それと……すまんかったな、友よ。指輪を無くしてとんでもないことになってしまいおった」

 リグリットがツアーへ頭を下げると、しかしツアーは首を横に振った。

「気にする必要は無いさ、友よ。その若者は、君が指輪を渡してもいいと思えた素晴らしい人だったんだろう? なら、私から言うことは何も無いよ。私は、君を信じている。……今回は、少し不運だっただけさ」

 ツアーの優しい言葉に、リグリットは更に深く頭を下げた。しかし指輪を無くしたことに言い訳は出来ない。だからこそ、この信頼がとても胸にくる。痛いほどに。

「……では、わしはまた旅に戻るよ。何かあったら連絡して欲しい。なんでもするぞ、指輪を無くした本人としてな」

「ああ、ありがとうカウラウ。――それと、“蒼の薔薇”がまた会いたがっていたぞ。偶には顔を出してやるといい」

 モモンガが顔を上げてリグリットに告げる。その言葉に、あの泣き虫の吸血鬼や貴族のお転婆娘を思い出した。思わず、表情が緩む。

「そうじゃな……久しぶりに、彼女たちに会いに行こうかの」

 リグリットはそう告げて、評議国を去って行った。

 

 

「――何考えてるんだい、君? “蒼の薔薇”が会いたがってるだなんて……君が私に彼女たちの現状を教えてくれたんだろうに」

 ツアーはリグリットが去った後、呆れ顔でモモンガを見た。ツアーはリグリットが生き返る前にモモンガから、色々と話を聞いている。

 リグリットを蘇生させたのは信仰系魔法の第五位階を行使する竜王ではない。リグリットは都合よく勘違いしているようだが……蘇生させたのはモモンガの所有するマジックアイテムだ。モモンガはあのカウンター攻撃をくらった後に、細心の注意を払って王国領を出るまでは転移魔法を使用しなかった。そのため、しっかりと“蒼の薔薇”の話は――訃報は届いている。彼女たちの死を、ツアーの友人であるあの吸血鬼の娘の死を伝えたのはモモンガだ。

「それとも、君。ここでリグリットと同じようにインベルンにも蘇生魔法を使う気かい? 君のマジックアイテムなら、五体が欠損したリグリット以上の損失具合――遺体が無くても、蘇生魔法が使えるとでも?」

 ツアーの言葉に、モモンガは首を横に振る。

「いや、そもそもイビルアイの奴が死んだとはかぎらないしな。……ああ、別に死体が無くてもやろうと思えば蘇生は出来るんだが……とりあえず、本当に生死を確認してからだ。蘇生はその後だな」

「ふぅん……君も大盤振る舞いするねぇ」

「そりゃ、お前の友人だからだよ。そうでなければ、基本は助けないさ」

 モモンガの言葉に、少し照れ臭くなる。リグリットたちは別にモモンガと親しい仲では確かに無い。それでも蘇生させてくれたのは、ツアーのためだとはっきり言われたのだ。友人として、これほど嬉しい言葉は無い。

 だからこそ、ツアーはモモンガにもちゃんと友情を返さないといけない。

「それは嬉しいけどね。でも、君だって私の友人なんだ。あまり甘やかさないでくれよ」

「うん? そうか? 別に甘やかしているつもりは無いんだが……」

 モモンガの言葉に、苦笑する。ツアーだって長い時を生きてきた異形種だ。それ相応に、出会いと別れについては覚悟を決めている。友人の生死にだって、ちゃんと向き合って穏やかにいられるのだ。だから補充も出来ない消費型アイテムを使用して貰うのは、少し気が引けた。

「自覚無いのかい? まあ、いいけどね……うん。私も同じくらい、君を甘やかせば釣り合いはとれるだろうし。……話を戻そうか? ……それで、なんで君はリグリットに“蒼の薔薇”の訃報を教えず、会いたがってたなんて言ったんだい? 彼女は、王国に行ったら現実を知ることになるよ」

 そこまで言って、ツアーは頭の中にぴんとくるものがあった。もしや、この男。

「君さぁ……もしかして、私の作った指輪に関わっているぷれいやーが、“蒼の薔薇”の生死にも関わっているって思ってるのかい?」

「ああ。……イビルアイは強い、この世界ではな」

 だけど、ユグドラシルという世界からやって来たぷれいやーからしてみれば、彼女は簡単に無力化出来る程度の存在だ。少なくとも、ツアーはモモンガがその気になれば簡単に、彼女程度は魔法の一発で殺せるということを知っている。モモンガは強いぷれいやーなのだから。だからこそ。

「彼女を殺せるようなぷれいやーと、漆黒聖典の君の知り合いを殺した奴、同一人物だと思ってるんだ?」

「同一人物かどうかは知らん。だが、関係者だとは思っている。イビルアイを無力化することが不可能じゃない程度のレベルのプレイヤーが、そう何人もいるとは考え辛い。……漆黒聖典のアレも、イビルアイを殺せる程度のレベルはあったはずだしな」

「ふぅん……彼女を殺せる実力ねぇ……」

 法国がそんな実力者を持っているとは知らなかった。というより、それほどの実力者はこの世界では滅多に育たない。……ぷれいやーの血を入れないかぎりは。だからこそ、帝国のフールーダ・パラダインは特別なのだ。

(釘は刺しておいたはずなんだけどなぁ……)

 まあ、今はいいだろう。それより問題は、そんな神人――ぷれいやーの血が入った先祖返りをそう呼ぶ――を殺し、指輪を手に入れたぷれいやーらしき存在のことだ。

「確かに、彼女を殺せる実力者がそう何人もいて欲しくないね。それに、ちょうど一〇〇年が近い。それを考えると、来たばかりのぷれいやーが犯人というのは、ありえるかも」

「あー……メンドクセー。プレイヤーかぁ……俺の話、聞いてくれるかな? 俺、ユグドラシルじゃ悪名高いプレイヤーだからなぁ……っていうか、“蒼の薔薇”殺してる時点で、あんまり穏便に済ませるのは難しいタイプのプレイヤーな気がするけど」

「彼ほどとは贅沢は言わないけど、せめて君やアステリオスくらいの穏健なぷれいやーが来てくれれば助かるんだけどね。八欲王みたいなタイプは勘弁して欲しいな」

「アステリオス? あぁ――例の賢者くんか。俺も会ってみたかったな、そいつ。人類圏じゃ全然話を聞かないが、向こうじゃ有名人でしょっちゅう話を聞くしな」

「もう一〇〇年早くここに来てれば、会えただろうね。まあ、その場合は十三英雄の伝説が無くなっちゃいそうだけど。君が魔神全員皆殺しにして」

 十三英雄が戦った伝説の魔神は、六大神の従属神たちだ。色々あって暴走した彼らを止めるために、十三英雄は戦った。モモンガがいれば、さぞ楽に制圧出来ただろう。

「段々話がずれてきたね。また戻そうか。……それで、なんでリグリットに教えたんだい?」

 ツアーの言葉に、モモンガは言い辛そうに告げる。

「あー……うん。どうせバレるし、だったらちょっと釣りでもするかなぁって。“蒼の薔薇”を詳しく調べればカウラウに辿り着くのは難しいことじゃないし。……それこそ、イビルアイを生かしたまま捕まえた場合は、カウラウは勿論俺やツアーも余裕で分かる」

「……彼女は異形種で、アンデッドだよ? 精神操作系の魔法は効かないはずじゃないかい?」

「精神を操作するんじゃなくて、記憶を操作する魔法が第十位階にあってだな。俺もちょいと昔実験したことがあるが、ありゃヤバい。記憶の中身が全部露見する。第十位階魔法が使えたら、イビルアイは生かしたまま無力化なんて余裕だろうし……うん」

「うーん、君、ちょっと昔ド畜生なことしてないかい? まあいいけど――いや、よくはないけど。とりあえず昔の君のオイタは忘れておこうか? それじゃあ、君は“蒼の薔薇”の誰かから情報を聞いたプレイヤーが、リグリットに接触すると思ってるんだ?」

「ああ。接触するのが誰かまでは操作出来ないが、向こうはこちらを知っているのに、こちらは何の情報も無いのは避けたい。召喚モンスターがリグリットに接触したなら、そいつの得意分野が分かる。NPCやプレイヤー本人なら尚良い。そういうわけで……ちょっとカウラウに協力してもらおうかと。なんでもするって言ってたし」

「ははは、君って酷い奴だね。知ってたけど。もうちょっと異形種の精神を抑えようか」

「失礼な! ツアー、俺はこれでも頑張っている!」

 モモンガの友人の友人を平然と囮にする畜生行動に、ツアーは苦笑した。彼だって好きで平然とそんな鬼畜な行為をしているわけではない。ただ、この世界に来ることで精神が変質してしまって、精神が望まないままに捻じれ狂ってしまったのだ。口だけの賢者だって、それで悶え苦しんでいた。

 自覚が無いまま精神が狂っていく。ぷれいやーは、ある意味哀れな存在なのかも知れない。もっとも、狂ってこの世界に完全に適応してしまうことと、狂えずに誰かを殺すことで精神に致命的な傷が残ること。どちらが不幸なのかはツアーには判別出来なかった。

「まあ、蘇生出来るんだからあんまり責めないけど。じゃあ、今からリグリットをつけ回すのかい?」

「ああ。お前もついて来いよ、ツアー。前衛がいた方が気楽でいい」

「ん。まあ、君は後衛タイプだしね。それに私も、少しばかりぷれいやーは気になる。じゃあ、私が前衛を務めようか」

 ツアーはモモンガから視線を逸らす。ツアーの視線の先には、白金色の全身鎧(フル・プレート)が鎮座していた。

 

 

 


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