第1話 ジオン共和国
ジオン共和国。
宇宙世紀0080年1月に成立した国家だ。
正確には“第二”ジオン共和国と呼ぶのが正しいだろう。
“第一”ジオン共和国はジオン・ダイクンが首相であった、ジオン公国の前身となった国家の事を言う。
現在存在する“第二”ジオン共和国は、一年戦争終盤においてザビ家の主要人物が死亡したことによりジオン公国のダルシア・バハロ首相が公王制を廃止し、再び共和制に移行したことにより生まれたものである。
今後、ジオン共和国とはこの“第二”ジオン共和国を指すこととしよう。
ジオン共和国とはどのような国家であったのだろうか?
前述のとおり、ダルシア・バハロを首班とする共和制国家だ。
彼は地球連邦政府との休戦協定締結を、ジオン側から主導した人物だ。
ジオン共和国“本土”ではこの休戦協定が発効したことにより、(首都防衛大隊を中心とした反ザビ家のクーデターと言うような動乱もあったが)、大きな戦いに巻き込まれることは無かった。
そして一年戦争の責任はザビ家に課されたことにより、結果としてジオン共和国は自治権を獲得することが出来たのである。
サイド3に駐留していたジオン公国軍は一部が離脱しアクシズなどに向かったものもいたようだが、その大半は“本土”に残留しジオン共和国軍に移行した。
また他の拠点にいた公国軍の中にも、共和国に帰属する道を選んだものもいた。
その様な経緯もありジオン共和国軍はかつてのジオン公国軍には及ばないものの、それなりの戦力が残されたのである。
「大尉、明日にはサイド3に到着ですな。」
「そうだな。」
大尉、と呼ばれた男。
この男はムサイ級軽巡洋艦『アルブレヒト』指揮官、ユリウス・クリーゼルである。
通常巡洋艦艦長は佐官クラスが務めるものだが、現在この部隊の最上級の将校は彼である。
本来の指揮官であった艦長は別にいたのだが凄惨な戦いの中で戦死し、彼が代理を務めていたのだ。
「…ザビ家の面々が戦死し、ハバロ首相は連邦と休戦協定を結んだ。俺達の部隊には“2つの命令”が下達されました。一つは『一時撤退し、捲土重来を期せ』。そしてもう一つは『ジオン本土に帰参し、共和国軍に合流せよ』。一体どっちが正しんでしょうねぇ?」
部下の男はブリッジから
外には美しい星々の輝きがあった。
数日前まで、ここには激しい戦火の輝きがあった。
この光が一つ輝くとき、そこには一つの命が失われていたのだ。
「貴様はどうしたかった? グルーバー曹長。」
「俺ですかい? そうですねえ。俺は小心者なんでね、上官である大尉の判断に従うだけですよ。ですが、前者を選んだ連中にとっては、俺達の“国”とは違うのかもしれませんねぇ。」
「そうだな…」
ユリウスは少し上を見た。
ユリウスは自分だって小心者だと思っている。
だがこの部隊において自分はもっとも階級が高い。
自分の判断一つで部隊全体の命運が変わってしまうかもしれないのだ。
「“国”とは何なのだろうな…」
そう、自分達は『後者』を選んだ。
自分にとって“国”とは自分が“生まれ育った地”の事だと思っている。
だが『前者』を選んだ者達にとっての“国”では無いのだろう。
ウィーム! ウィーム!
艦内に警報が鳴り響いた。
「どうした!?」
ユリウスがオペレーターに大声で問い掛けた。
「9時方向に艦影です!」
「どこの部隊だ?」
「IFFは連邦を示しています。如何いたしますか?」
IFFとは敵味方識別装置の事である。
「あの動きは、まだこちらの動きには気付いていないな。だがこの航路ではいずれ気付くだろう。」
ユリウスは小走りで艦長席に着席した。
「グルーバー曹長、MS部隊は第一種戦闘配置!」
「やるんですかい? 大尉。俺達は連邦との戦いをやめて国に帰るんじゃ…?」
「念のためだ。全機5分以内に出撃体制を取れ。」
「へい…! 了解しましたよ。」
グルーバーは肩を竦めると、MS格納庫の方へ向かっていった。
「ミノフスキー粒子の散布は行いますか?」
オペレーターの一人が緊張した声で言った。
「ミノフスキー粒子は撒くな。トランスポンダーは“白旗”を表示しろ。あちらさんが気付いたら通信をしてくるだろう。休戦協定は結ばれているんだ、いきなりドカンとされることは無いだろう。」
もちろんそれは、あくまでも希望的観測 である。
ジオン公国の負けが決まっていたとしても、“ジオン憎し”の部隊であれば腹いせの攻撃をしかけてくるかもしれない。
向こうは2艦に対して、こちらは単艦である。
MSも4機しか搭載していないし、戦いになれば勝ち目は薄い。
『大尉! MS部隊の戦闘準備を完了した!』
グルーバーからの通信だ。
「了解した。指示があるまで、戦闘態勢で待機!」
『了解』
ユリウスは指示を返した。
「対空監視を厳にしろ! 特にMS隊の発進や、巡航ミサイルの動きを見逃すんじゃないぞ!」
ユリウスは正面のモニターに映された情報を凝視した。
連邦艦は航路を変えることなく進み続けていた。
ユリウスは拳をギュッと握った。
おそらく、
ピィピィ!
5分程経ったであろうか。
通信が入った。
『こちら連邦宇宙軍第8パトロール艦隊だ。』
「艦長! 連邦艦からの通信です。」
「俺が対応する。回せ!」
ユリウスが通信機のマイクを口に近付けた。
「こちら旧ジオン公国突撃機動軍所属、ムサイ級軽巡洋艦『アルブレヒト』指揮官のユリウス・クリーゼル大尉であります。」
『クリーゼル大尉、と言ったな。貴艦の航行の目的を述べよ。』
モニターに恰幅の良い連邦軍将校が映し出された。
この男があの艦隊の指揮官なのだろう。
「我が艦は地球連邦政府とジオン共和国間の休戦協定発効に伴い、ジオン共和国政府に国へ帰還せよ との命を受けております。我が艦は地球連邦政府及び貴艦隊と敵対する意志は無く、可能であればこのままサイド3への航行を認めて頂きたい。」
『ふむ…。確かにミノフスキー粒子を散布したりしないところを見ると、我が方と戦う気はないようだな。』
「もし貴艦隊が投降せよ、言うのであればそれに従う用意もあります。」
『では、我が方が貴艦を撃滅しようとしたら、どうするおつもりかな?』
連邦の将校があごひげを触りながら言った。
「(この男は俺を試しているのか?)」
ユリウスは制服の胸元を握った。
自分の答えひとつに、この部隊の命運が掛かっている。
『どうするのだ…?』
画面の向こうの将校がジロッとこちらを見てきた。
「そうなれば…、我等はジオン軍人の誇りに掛けて、貴艦隊と戦うしかありません。」
『そうであるか…』
「・・・」
ユリウスは無言で連邦将校の顔を睨みつけた。
自分にもジオン軍人としての矜持はある。
『はーはっはっ! 冗談だ。少しからかってみただけだ。このまま国に向かうがいい。』
連邦の将校は豪快に笑った。
「…感謝致します。」
『俺達パトロール艦隊は何も見なかった、ただそれだけの事だ。…航海の無事を祈る!』
画面の向こうの将校が敬礼した。
「ありがとうございます。」
ユリウスも返礼した。
通信が切れると、ユリウスは大きく息を吐いた。
今回は戦闘を回避できた。
だがこの先はどうなるか分からない。
艦は再び故郷を目指した。
この先に大きな展開が待ち受けているのを知らずに。