第11話 当惑
UC0083年。
デラーズ・フリートの反乱は、地球連邦政府にジオン残党に対する脅威を認識させた。
その折、ジャミトフ・ハイマンの提唱により、地球連邦軍の中に「ジオン残党狩り」を目的とした精鋭特殊部隊が設立された。
これが「ティターンズ」と呼ばれた組織である。
ジャミトフ・ハイマンはアースノイド出身のエリートであった。
彼は、汚職にまみれ、また地球環境を汚染し続ける地球連邦政府と地球連邦軍のエリートを憎悪していた。
「ティターンズ」は「ジオン残党狩り」を目的とした精鋭特殊部隊、ではあったが、ジャミトフにとっては腐敗した人類全てが敵であったのである。
デラーズ紛争はジオン残党に対する危機感を募らせた。
それによりティターンズは急速に勢力を拡大させた。
後に『グリプス戦役』と呼ばれた大戦の結果その勢力を衰退させるまで、彼等は地球連邦政府の主流派だったのである。
『ファン・デン・ブレーケン』
この
地球連邦軍所属の補助空母であり、宇宙戦闘艦として見ると非常に不十分なものだ。
だがモビルスーツの運用という面ではペガサス級などの強襲揚陸艦などを凌駕しており、主力とまではいかないまでも重宝された。
ノーラ・サヴィツキーは元々はジオン公国軍の兵であったが前章における経緯を経て、地球連邦軍に所属していた。
宇宙世紀0083年に勃発したデラーズ紛争においては、かつての同胞と戦った。
戦後、ファン・デン・ブレーケンはかつて『ソロモン』と呼ばれた連邦宇宙軍の拠点・コンペイトウ駐留艦隊に再編されることとなったのである。
「これが、『ティターンズ』の概要だ。」
部屋の中にどよめきが起こった。
ここはファン・デン・ブレーケンの部隊員が集まるブリーフィングルームである。
ファン・デン・ブレーケンの乗員はノーラ・サヴィツキー同様、ジオン公国の出身だ。
「ソロモン…、コンペイトウ駐留艦隊の一部たる我が中隊はティターンズに組み込まれる事となるだろう。」
ファン・デン・ブレーケン指揮官、ルドルフ・ノルドハイム少佐が部隊員に注げた。
「し、少佐…。我々はここまで地球連邦軍としてやってきました。デラーズ・フリートとの戦いも、祖国とは違う者達との戦いとして従って参りました。」
士官の一人が立ち上がった。
「しかしこの『ティターンズ』とやらの綱領を見ると、地球至上主義達の、スペースノイド排斥を目的としている様に思えます。」
その士官は拳を握りしめた。
ファン・デン・ブレーケンの乗員は先述の通り、ジオン公国出身の者で占められていた。
だが表面的には連邦軍軍籍を取得する際に『地球出身者』とされており、その面で見ればティターンズに所属するのは問題ないとされた。
ちなみにデラーズ紛争まで僚艦として活動していた輸送艦はジオンからの亡命者であった為に、既に部隊は解散・転属されていた。
「そうだ、それは間違いないだろう。」
「スペースノイドは同胞と言っても良い。その同胞に刃を向ける者達に組せよ、と言われるのですか?!」
士官が机をバン! と叩いた。
「貴官の言う事は最もだ。だが現在の我々が置かれている状況を見て欲しい。独立戦争で、我等に“特命”を課した祖国はもう無い。我々は連邦軍属として活動していくしか無いんだ。」
“特命”を課した祖国、それはジオン公国である。
「デラーズ紛争後、地球圏は未だ混迷の中にある。デラーズ・フリートはここソロモンで観艦式で核を使い、連邦艦隊は大打撃を受けた。いち早く混迷から脱するためには、結局は地球連邦自体が力を取り戻さなくてはならないだろう。」
「そのためにはスペースノイド排斥を標榜する組織が力を持っても構わない、少佐はそうお考えですか?」
ノーラが口を開いた。
先程の指揮官の考えは本心からなのだろうか?
「サヴィツキー少尉か。」
ノルドハイムがノーラを見た。
デラーズ紛争前、ノーラは少尉に昇進しモビルスーツ部隊長に就任していた。
「ティターンズがこの考えの下、力を増していったら余計にスペースノイドは反感を募らせるのではないでしょうか? そうすれば公国軍残党は余計に活動を活発化させるかもしれない。“共和国”もどうなるか分からないと思います。」
ここでいう“共和国”とは、ジオン共和国の事だ。
公国無き今は、出生地を統治する“共和国”を祖国と思うしかない。
この時はまだティターンズ結成間近であり、連邦軍内において“選抜”が進んでいる状況であった。
『エゥーゴ』が結成されるのはまだ先の話である。
「少尉の言う通り、かもしれん。だがまずは混乱を収束させることが先決だと、私は思うのだ。皆の心配・不安も分かるが、どうか私についてきて欲しい。」
ノルドハイムが頭を下げた。
それを見て、ノーラ達は押し黙った。
悲しい事に、軍人は“命令があれが従う人種”でもある。
この翌日、ノーラ達には正式に“ティターンズ所属”の辞令が下されたのである。
その後、ジャミトフの巧みな政治力によって次々と予算を獲得していったティターンズは、急速に軍拡を進めていった。
ファン・デン・ブレーケンであるが、搭載モビルスーツ近代化改修が行われた。
一年戦争より数年が経過して連邦軍においても技術の蓄積が図られており、精鋭部隊として設立されたティターンズに優先してその還元が行われたのである。
ソロモン基地内の様相も一変した。
将兵達はティターンズの黒系の制服に身を包み、それはノーラ達も例外では無かった。
“連邦系モビルスーツ”などの起動兵器は黒系の塗装に変更されたものが多かったが、ファン・デン・ブレーケンにおいてはどういう訳かノルドハイムがそれを拒否した。
その真意は不明であるが、一つの意地はあったのかもしれない。
その日、ノーラはアップデートされたモビルスーツの調整を兼ねて、格納庫に来ていた。
試運転を終え、ヘルメットを脱いだところであった。
「少尉、調子はどうかね?」
ノルドハイムが声を掛けてきた。
「ノルドハイム少佐…」
ノーラはコックピットから機外に出た。
「ええ、調子の方は良いですよ。先程試運転でソロモン周辺を回ってきましたが、機動性・反応性がかなり向上しています。」
ノーラの機体は一年戦争以来、RGM-79V 『ジム・ナイトシーカー』である。
開発当時から量産機の派生型として高性能な機体であったが、近代化改修を受けたことで更に性能が向上していた。
「コンペイトウだ。言い方に注意しろ、サヴィツキー少尉。」
ノルドハイムが顔をしかめた。
「そうですね、コンペイトウ、です。」
「…私がティターンズを選んだ事が不満かね?」
「どうでしょう、私には分かりません。ただこの黒いノーマルスーツは、以前の連邦軍のそれを着るより違和感を覚えます。」
「そうか…」
ノルドハイムが視線を逸らした。
「少佐の、安定を求める心情は理解できます。ただ私を含めて、これから
「分かっている…」
「ジャミトフ・ハイマン…大将の演説は映像で見ました。あの内容は、ギレン・ザビの思想を地球至上主義に置き換えただけでは無いでしょうか?」
「うむ…」
「私は正直当惑しています。私には政治とかそういうのは分かりません。ただ…」
「少尉、静かに…。他の士官が来る。」
ノルドハイムがノーラを制した。
格納庫の入り口の方から別のティターンズ士官が来たのだ。
あれはノーラ達の“同胞”では無い。
この様な話は聞かれない方が良い。
「これはノルドハイム少佐、部下の機体調整のお立合いになるとは。」
「部下達にはこれから大いに貢献して貰わなくては困るのでな。」
ノルドハイムがそのティターンズ士官に近付き、他愛のない雑談を始めた。
ノーラはノルドハイム達の姿を見た。
自分達はこれからどこに向かって行くのだろう?
漠然とした不安を抱えながら、ノーラは格納庫を後にした。