ムサイ級軽巡洋艦『アルブレヒト』はサイド3へ向けて針路をとっていた。
前日の戦闘を回避した『アルブレヒト』はここまで特に問題なく航行を続けていた。
ピィ!ピィ!
「大尉、通信です。」
通信オペレーターがこの
「何だ? どこの誰からだ?」
艦長席に座ったユリウスが、ひじ掛けにひじをつきながら応じた。
「は…、発信元は先日の…、連邦艦の様です。これは音声通信ではありません。これは…、1…3、数字の羅列の様です。」
「書き取って見せてくれ。」
「了解しました。」
オペレーターは紙にその数字を書き取り、ユリウスに手渡した。
「これは…、暗号だな? このパターンは、間違いなく公国軍のものだ。しかも公国軍でも、我等突撃機動軍で使われていたものだな。」
「連邦が、我が方の暗号を…?」
「何故連邦艦がこんなものを送って来たのか、今はそんな事はどうでもいい。アデリーナ軍曹!」
「は…!」
アデリーナと呼ばれた女性軍人が艦長席の近くにやって来た。
「これを解析してくれ。至急だ、3分以内にやれ。」
「了解しました。」
アデリーナは敬礼すると、傍らの自席に向かった。
アデリーナは『アルブレヒト』がフォン・ブラウン市に寄港していた時に転属してきた女性兵士である。
情報通信の専門学校出身で暗号通信技術に明るく、自軍のものであれば暗号表を記憶している程だ。
「大尉、解析出来ました。大尉の仰る通りこれは我が軍の暗号でパターンBF2で書かれているものでした。」
「内容はどうか?」
「はい。これに書かれていたものは通信周波数帯の情報のみでした。恐らく発信元の連邦艦がこの通信周波数で通信したいものだと思われます。」
「通信だと…? オペレーター、この周波数で連邦艦に連絡を取れ。」
「了解致しました。」
通信オペレーターが情報を元に通信を開始した。
「こちらムサイ級軽巡洋艦『アルブレヒト』。貴艦の要請に応じ連絡致しました。応答を願う。」
『こちら連邦宇宙軍第8パトロール艦隊所属、アンティータム級補助空母ファン・デン・ブレーケンだ。』
「大尉、出ました。」
「よし、俺に回してくれ。」
通信オペレーターが通信回線をユリウスに回した。
「こちらアルブレヒト指揮官、ユリウス・クリーゼル大尉だ。我が方に暗号通信まで用いて呼びかけを行うとは如何なる事か?」
『ほう…。貴艦が所属していた部隊の暗号パターンとは言え、ここまで反応が早いとは思わなかったぞ。』
映し出されたのは昨夜通信を送って来た連邦将校であった。
「あのような通信を送って来られたのは貴官でしたか。」
『ああ、そうだ。おっと、申し遅れたな。私はファン・デン・ブレーケン指揮官、ルドルフ・ノルドハイム少佐だ。』
この将校の階級はユリウスより一つ上の様だ。
ユリウスは即座に敬礼をした。
「ノルドハイム少佐。ジオンの暗号を用いるとは実に変わった趣向をお持ちの様ですが、一体何の用向きでしょうか?」
『うむ、用件は他でもない。まずはこれを見てくれ。』
ノルドハイム少佐の姿はワイプで小さくなり、モニターの半分に地図が表示された。
『貴艦が向かう先に…、ジオンの艦隊がいる。この艦隊はア・バオア・クー方面から逃走を図っているようだ。』
「少佐が仰る様に三艦からなる艦隊が…、暗礁宙域に向かっているようですな…。」
確かに地図にはノルドハイムが言った通りの情報が書かれていた。
ア・バオア・クーでの戦いはかなり激しい戦いだったとの話だ。
公国軍の敗色が濃厚になった際にすぐ離脱出来た部隊は良いが、この艦隊の様に逃げるタイミングが遅れた者は連邦艦隊の警戒の隙間を縫って逃げるしかない。
『この艦隊がどこに向かっているか、そんな事は問題ではない。我々が問題としているのはこの艦隊が敵か味方か、それだけだ。』
画面の向こうで、ノルドハイムが腕を組みながらこちらを見た。
「少佐は…、何が仰りたいのかな?」
『貴艦に、あの艦隊が敵か味方かを探って貰い、連邦へ投降を促して欲しい。もし拒絶したらならば…』
「拒絶したら…、どうするのです?」
『決まっているだろう。敵であれば攻撃するだけだ。』
この男は何てことを言い出すんだ…!?
ユリウスが拳を握りしめた。
『クリーゼル大尉。貴官は昨日、我々連邦と休戦協定を結んだジオン共和国に帰還すると言っていたな?』
「その通りです…」
『それであれば貴艦、アルブレヒトは“ジオン共和国軍”と言う事だ。あそこにいる艦隊がもし自らを“ジオン公国軍”を自認しているのであれば、
「敵の敵は、味方と言いたいのですか…?」
『ははは。大尉は物分かりが良い男で実に助かるよ。安心したまえ。もしあの艦隊が君達を攻撃しようとするならば、我が艦隊が即座に援護することを約束しよう。』
この男はとんでもない狸だ。
あの艦隊が“ジオン共和国軍たる”本艦の話を聞き入れれば良し、そうでなければ攻撃する戦力として我等を組み入れようとしているのだ。
そして元より我等があの艦隊の説得することをしなければ、我々をもジオン公国軍の敗残兵と見なし、攻撃してくる可能性が高い。
本艦と連邦艦2隻の位置取りを見ても、どう考えても我等の方が不利だ。
「…畏まりました。本艦はこれより有効通信距離に達し次第、当該艦隊への通信を試みます。」
連邦艦隊の要請を断るわけには行かない。
自分には我が部隊を無事に故郷に帰還させる使命がある、そう思っているのだ。
「だが我らが窮地に陥った時には、分かっておりましょうな?」
『無論だ。約束は守る。』
「了解致しました。では、一時通信を遮断します。」
ユリウスはオペレーターに回線遮断の指示を出した。
「くそ!! 狸め!!!」
ユリウスは自らの席にひじ掛けをドン! と叩いた。
自らの部隊を守る必要があるとはいえ、この判断は正しかったのだろうか?
少佐の言うようにあの艦隊が公国軍の矜持を持ち連邦への徹底抗戦の気持ちを持ち続けているとしたら、自分達は裏切者と映るだろう。
とは言え、連邦軍は自分達をレーダーで見張っているはずだ。
何もせず、あのジオン艦隊を素通りさせる訳にもいかない。
「全艦、第一種戦闘配置…!」
ユリウスは艦内に通達した。
「だ、第一種戦闘配置!!」
部下達は慌ただしく動き始めた。
無言でやり取りを見守っていたMS部隊長のグルーバーも、部下のパイロットと共に格納庫に向かって行った。
「戦闘配置完了の10分後、あの艦隊へ通信を開始しろ。併せて先程の周波数であの狸にも中継してやれ…」
ユリウスは拳を震わせながらオペレーターに命令を出した。
「り、了…!」
オペレーターは怒りに震えているユリウスに恐怖を感じ、顔を見ることなく返答をした。
彼等にとって、自分達は敵か味方か?
敵だとしたら、自分達は彼等と戦う事になるだろう。
答えは間もなくやって来る筈だ。