艦隊戦は尚も続いた。
『アルブレヒト』はグルーバー機と共に、後方からの支援射撃に専念した。
そして30分程経過しただろうか?
「大尉、前線部隊よりレーザー通信によるデータリンク。敵座標更新します。」
ミノフスキー粒子の影響下では電波による通信、所謂“通常の通信技術”は通用しない。
ミノフスキー粒子が電波を拡散してしまうからである。
その為ミノフスキー粒子散布下における通信には指向性を高めた光による通信、つまり“レーザー通信”が行われているのだ。
「グルーバー、聞いた通りだ。お前にもすぐデータを送る。」
『了解した。』
ユリウスはモニターに映し出された戦況を見た。
敵艦隊の内チベ級重巡洋艦『オーレンドルフ』は激しい抵抗をしている様だが、その僚艦である輸送艦2隻は沈黙したようだ。
ただ連邦のモビルスーツ部隊は3機が大破あるいは中破により戦闘不能に陥っていた。
「グルーバー。見ているとは思うが、敵のモビルスーツがまだ7機程健在だ。敵の数を減らす必要がある。」
『敵の最新データが手に入ったんだ、やって見せるさ。』
こういう時歴戦の
直ちに狙いを敵モビルスーツ部隊に定めた。
戦場において、情報は非常に大きな武器となる。
最新の情報を得た我々が正確な射撃を始めると、戦局が一気に好転した。
「敵モビルスーツ、最後の一機が沈黙。連邦部隊により降伏勧告が行われているようです。」
「連中、素直に聞き入れてくれれば良いのだがな。」
幸いにもその心配は杞憂に終わった。
『オーレンドルフ』は中破しかなりの損害を被っていた為、さすがに抵抗を諦めた様だ。
『クリーゼル大尉、こちらノルドハイム。』
「ノルドハイム少佐、どうぞ。」
『敵艦隊の制圧に成功した。貴艦の協力に感謝する。』
「いえ…。ところで
『うむ。彼等の艦は今後連邦軍基地に曳航され、戦時条約に基づいた捕虜として扱われることになるだろう。』
「…と言う事は命は保証されますか?」
『そうだな。休戦協定で一年戦争の責任はザビ家に帰結されている。軍事裁判次第で懲役を科される者もおろうが、恐らく命は保証されるだろう。』
「そうですか…」
そう言うと、ユリウスは大きく息を吐いた。
結果的に敵となってしまったとは言え、彼等は同郷の者達だ。
気にならない筈がない。
『戦闘後処理は連邦に任せたまえ。時に、クリーゼル大尉。』
「は…? 何でしょうか。」
『少し貴官と話がしたい。今からそちらに着艦しても構わんかね?』
「な…?」
この男は何を言っているのだろう?
いくらこちらに敵対の意志が無いとは言え、数日前まで敵だった者の艦に着艦したいとは…?
『貴官も思う所があるだろう。別に無理に、とは言わん。』
無理強いはしない、という事らしい。
ユリウスは腕を組んだ。
(俺にも気になる事がある。わざわざ乗り込みたい、と言うのだ。この機会を利用するのも、手か。)
「ノルドハイム少佐、着艦を許可します。左舷ハッチより、着艦下さい。グルーバー曹長、少佐を誘導しろ。」
ユリウスはグルーバーに指令を出した。
『了解した。感謝する。』
数分後、グルーバーの誘導でノルドハイム機がアルブレヒトに着艦した。
「大尉、ノルドハイム少佐機の着艦を確認。」
「ノルドハイム少佐を応接室にお通ししろ。グルーバー曹長も同席させる。」
「は! モビルスーツデッキに通達します。」
「よし、俺は応接室に行く。少尉、その間の指揮を任せる。第二種戦闘配置を継続、対空監視を怠るなよ?」
「了解致しました。」
ユリウスは部隊次席の部下に命令を出し、ノルドハイム少佐を通した応接間に向かった。
ノルドハイム、この男には気になる事が沢山ある。
「失礼致します。」
ユリウスが応接室に入室した。
応接間に入ると、連邦のノーマルスーツに身を包みヘルメットを脇に置いた男がソファに座っていた。
「ふむ、貴官がクリーゼル大尉か。」
男が立ち上がろうとした。
「あ、そのままで。あなたがノルドハイム少佐ですね。」
ユリウスが敬礼をした。
「それでは私も座らせて頂きます。」
ユリウスはノルドハイムの対面のソファに腰を下ろした。
後ろにはグルーバー曹長が控えた。
「改めまして、『アルブレヒト』指揮官のユリウス・クリーゼル大尉です。私の後ろにいるのが、モビルスーツ隊隊長のグルーバーです。」
「うむ。私も改めての挨拶になるが、ルドルフ・ノルドハイム少佐だ。貴艦のお陰で、最小限の被害で先程のジオン艦隊を制圧が出来た。」
「勿体ないお言葉です。時に我が艦に来訪されるとは、いったいどのようなご用向きですか?」
「そう硬くならなくても良い。私は君と腹を割って話をしたいと思っただけでな。」
「私と話を…?」
ユリウスは表情を硬くした。
この男が何を考えているのか、まったく読むことが出来ない。
「言い方を変えよう。私の今までの行動に、君が疑問を持っている事だろう。君の部隊は私の要請に誠実に応えてくれた。その感謝の意も込めて、その疑問に答えようと思ってな。」
「なるほど。少佐殿は実に変わった方ですな。では、お聞きしましょう。」
この男はやはり“狸”だ。
この様な男には腹の探り合いは無意味だろう。
「少佐、あなたは一体“何者”なんだ?」
ユリウスが少し前のめりの姿勢になった。
「我が艦に通信を送って来た時、あなたはジオンの暗号通信を使った。しかもジオン公国軍内でもあまり使われることの無い暗号パターンBF2でだ。」
ジオン公国軍内には数パターンの暗号通信技術がある。
ノルドハイムが用いたのは公国軍でもキシリア・ザビ麾下の突撃機動軍、それも一部でしか使われていなかった希少なパターンであった。
「あれは突撃機動軍でも特殊部隊でしか使っていなかったはずだ。連邦軍のパトロール艦隊が使えるとは思えない。」
「・・・」
ノルドハイムは腕を組んだ。
「そして先程の戦いだ。モビルスーツの運用、それに我が方が送った情報を即座に理解し最大限の連携を見せた。何故そんなことが出来る?」
そこまで言ったところで、後ろに控えていたグルーバーが口を開いた。
「俺もそれは疑問に思った。いくら敵さんがジオン戦闘教本に忠実な戦い方をしてる連中とは言え、数ではほぼ互角の戦いをあれ程優勢に進められたんだ。少佐殿が優秀な軍人であっても部下まで、俺達とあそこまで連携できるなんてあまり考えられないな。」
「ククク、やはり貴官達は優秀なジオン軍人であるな。」
ノルドハイムはユリウス達の問いを黙って聞いていたが、少し黙ってから口を開いた。
「君達は内心で既に想像しているのだろうが、私も元々はジオン軍人なのだよ。」
ノルドハイムは目に前に出された紅茶を一口飲んだ。
「私は、いや、私の部下達全員がそうだ。元々はジオン公国軍突撃機動軍麾下の、特殊部隊員でな。連邦軍内部に入り込み、必要な情報収集、そして時が来たら行動を起こす手筈だった。」
「部隊全員が、だと? 一体どういうことです?」
「一年戦争初期、公国軍は多くの人を殺害した。確かに軍事作戦ではあったが、多数の民間人もいたよ。私は特殊部隊指揮官として、その作戦の一部を指揮したものだ。」
「それについては…、私も知っています。公国軍はスペースノイドの自治権獲得を掲げながら、多くのスペースノイドを殺害しました。」
ユリウスはこの作戦には参加していない。
だが後方部隊で“その戦果”を聞き、内心で憤っていたものだ。
「そうだ。そしてその戦いの最中で連邦軍のいくつもの部隊が、丸々行方知れずとなった。私達はその中の一部の部隊にそっくり成り済まし、連邦軍に入り込んだ訳だ。詳しい説明は省くがな。」
なるほど。
特殊部隊の一員であれば、あのこなれた動きが頷ける。
しかしまさか、部隊がまるまる連邦軍になりすましているとは…。
「その時はまだジオン軍人としての矜持は持っていたよ。コロニー内で毒ガスに悶え苦しむ住民を見ても、それでもザビ家が掲げる理想を正しいと考えていた。だが連邦軍の任務でオーストラリアの基地に立ち寄った時、私はコロニー落としの跡を見た。あれは…言葉に言い表せないものだった。」
コロニー落としとはジオン公国軍が遂行した『ブリティッシュ作戦』で行われたものである。
コロニーそのものを巨大な質量兵器として地球または月の目標に落下させ、大規模な破壊を目指すものだ。
一年戦争初頭に行われたこの作戦においてコロニーの一部がオーストラリアに落着し、甚大な被害がもたらされたのだ。
「コロニーはスペースノイドの大地たる存在の筈だ。そのコロニーを武器として落下させ、多数の人を一瞬にして殺害したのだ。あんなものは戦争等ではない。あの光景を目にした私は、今までやってきた行為の罪深さに気が付いたのだよ。」
ノルドハイムは拳を握りしめた。
「あのままジオン軍人でいてもこの戦争は終わらない。戦争が終わらなければ、更にこのような凄惨な事が起きるかもしれない。幸か不幸か、私は今連邦軍にいる。ならばその立場を利用して、少しでも自分のできることをしたかった。例え祖国から裏切者と蔑まれようとな。」
「・・・」
ユリウスは少し視線を逸らした。
この男はただの“狸”では無かったのだ。
「ハ…! 少佐殿は不器用な男ですな。命を奪う事の愚かさに気づいていても、軍人にしがみ付いているんですからな。」
グルーバーが口を開いた。
「私は軽蔑するかね? グルーバー曹長。貴官の言う通り、私は軍人だ。私には他に出来ることが思いつかんのでな。」
「違いますよ。アンタも俺と同類だったって言いたかっただけですよ。ザビ家の連中が始めたこの戦争が、多くの人の命を奪ったんだ。俺も沢山の連邦軍人を殺した。それでも俺は軍人を続けている。」
グルーバーがユリウスの隣にドカっと腰を下ろした。
「俺には思想だの、政治だのは良く分からねえ。アンタのように戦争を終わらせるだの、そんなスケールの大きな事を考えた事も無え。俺の考えの及ばねえ所は俺の隣の上官殿に丸投げをして、俺は俺の出来る事をするだけさ。」
「貴官の出来る事、とは何だね?」
「俺は自分の手の届く範囲で、家族や仲間の命を守りたい。それだけさ。」
「ふ…。クリーゼル大尉は良い仲間をお持ちの様だな。」
ノルドハイムはニヤッと笑った。
「ええ。この艦の部下たちは、俺には過ぎたる者達だと思っています。」
「そうかい? じゃあ今日の酒は大尉の奢りで…」
ユリウスが即座にグルーバーの頭を叩いた。
「そう言う事ばかり言わなければ、最高の仲間なんだけどな。」
「痛ってぇな! 殴らなくても良いだろう?」
「十分酒は奢ってやってるはずだ。こんな状況で給料もでるか分からんのだから、俺にばかり集るな。」
「はっはっは! 君達は愉快な男達だな。」
そんな光景を見て、ノルドハイムが豪快に笑った。
「クリーゼル大尉、今日は話せて良かった。そろそろお暇するとしよう。」
「ええ。俺もノルドハイム少佐と話せて良かったです。」
二人はがっちりと握手を交わした。
「次出会うときも敵としてでは無く、朋友として会いたいものだ。」
「ええ。曲がりなりにも、ジオンは休戦協定を結びました。立場は色々ありましょうが、そうならないことを願っています。」
「そうだな。私は今連邦軍内にいるが、祖国を、生まれ育った地を思う気持ちに変わりは無い。…秘匿回線は使えるようにしておく。何かあったら連絡してくると良い。」
「了解致しました。」
ユリウスは敬礼をした。
グルーバーもそれに続いた。
「うむ。では、またな。」
ノルドハイムは返礼をすると、応接室を出てモビルスーツデッキに向かって行った。
数分後、ノルドハイム機はアルブレヒトを離艦していった。
ノルドハイムの言う通り、公国軍は彼を裏切者だと蔑むだろう。
だが彼の取った道は祖国を思う、一つの道なのだ。
(少佐殿、俺はあなたを裏切者だとは思いませんよ。)
レーダー上で遠ざかっていくノルドハイム機を見ながら、ユリウスはそう考えた。