「大尉、あと1時間ほどでジオン防空識別圏に入ります。」
「うむ、全艦に第二種戦闘態勢を発令。モビルスーツ隊は自機にて待機、5分以内に発艦できるようにしておけ。」
『アルブレヒト』指揮官ユリウス・クリーゼルは部下に指令を出した。
「本国に帰るのに戦闘態勢ですか?」
オペレーターの一人が少し怪訝そうな表情になった。
「念の為だ。ジオン共和国は“ジオン”を称しているが、ジオン公国とは別物だと思った方が良い。」
ユリウスは『石橋を叩いて渡る』様な慎重な男である。
戦場では情報の分析力、判断力が生死を分ける。
「大尉! 非常に遠方、識別距離ギリギリではありますがレーダーに感!」
「何、どこの部隊だ!?」
「IFFの情報に欠けがあります。ザンジバル級かと思われますが、航跡を見ると地球への大気圏突入コースに向かっているようです。」
(何だ? 今から地球に向かう
ユリウスは腕を組んだ。
“休戦協定”が結ばれた今、通常では考えられない行動だ。
『ザンジバル級起動巡洋艦』は大気圏突入と巡行能力を持つ。
大気圏内外両用艦としては、ジオン公国軍保有艦の中では唯一のものである。
非常に高価な艦船であり、それほど多くは配備されていない筈だ。
そのような
「大尉、どうしましょう? 呼び掛けを致しますか?」
オペレーターが問い掛けた。
「・・・」
ユリウスはモニターを見た。
当該艦も
だが航行コースを変える様子は無い。
『大尉! 俺もデータリンクで情報を見ているが、嫌な予感がしますぜ。』
グルーバー曹長が通信で話し掛けてきた。
「ああ、俺もそんな感じがしている。」
『だが向こうはこちらに何かをしてくるような感じは無い。』
「であれば、こちらのすることは一つだな。」
そう、“無視”である。
触らぬ神に祟りなし、リスクは最大限回避するべきである。
後で分かった事であるが、この時僅か一時邂逅したこの
この
ピィピィ!
「大尉、ジオン防空司令部から通信です。」
「回してくれ。」
ユリウスはヘッドセットを装着した。
「こちらムサイ級軽巡洋艦『アルブレヒト』指揮官のユリウス・クリーゼル大尉だ。」
『こちらジオン防空司令部管制。ユリウス・クリーゼル大尉、と言いましたな。貴艦の訪問目的は何か?』
「は…。“共和国”は地球連邦との休戦協定を結んだと聞いている。そして共和国政府は旧公国軍に対し、ジオン本国への帰還命令を出した。当艦はその命に従い本国への帰還を果たした。当艦の寄港を許可して頂きたい。」
『了解致しました。貴艦のIFF識別コードを登録。寄港を許可します。』
「感謝する。どちらへ向かえば良いか、誘導をお願いしたい。」
『1バンチ“ズム・シティ”2番軍港への寄港を許可します。そこへのローカライザーに乗ってください。』
「了解した。誘導に感謝する。」
ユリウスは通信回線を閉じた。
「聞いての通りだ。ローカライザーの誘導電波に乗ってくれ。」
「了解しました。」
航空機が空港への自動操縦による着陸が可能なように、宇宙艦がコロニーの港への寄港においても、高度に自動化された技術が使用されている。
「ローカライザーを確認。港まで10分。」
「対空監視は継続、気を抜くなよ。」
港へは順調に接近しているようだ。
「しかし首都に通されるとはな。」
“ズム・シティ”はサイド3の首都である。
首都以外にも軍港はあるから、そちらに誘導されると思っていたのだ。
「入港が完了しました。タラップ接続を確認。」
「当直士官を除き、船を降りることを許可する。」
「帰って来たな、祖国に…」
ユリウスは一年戦争開戦直後に月面都市フォン・ブラウン市に着任していた。
実に1年ぶりの帰郷である。
ユリウスは部下と共にタラップを降りた。
目の前にはジオンの兵が整列していた。
首都防衛師団の軍港警備兵だろう。
「出迎えに感謝する。私は『アルブレヒト』指揮官のユリウス・クリーゼル大尉だ。」
「軍港警備隊指揮官のシルバ中尉であります。ご帰還、お慶び申し上げます。」
シルバ中尉が敬礼をした。
「感謝する。」
ユリウスも返礼した。
「クリーゼル大尉、我が首都防衛師団長ハミルトン少将が大尉を慰労したいとの事です。」
「ほう…、師団長殿自ら…」
ユリウスは顎に手を振れた。
「了解した。部下を一人連れて行っても構わんか?」
「それは大丈夫かと存じます。」
「ふむ。グルーバー、俺についてきてくれ。レードルンドは留守を頼む。」
「了解致しました。」
レードルンドは部隊で次席である少尉である。
「ではこちらへ…」
ユリウス達はシルバ中尉に誘導され、防衛師団長との会見の場に向かった。
10分程歩いただろうか、軍港からコロニー内部を望むことの出来る施設に到着した。
「ハミルトン少将、クリーゼル大尉をお連れしました。」
「通せ。」
シルバ中尉に促され、ユリウスとグルーバーは部屋に入室した。
「『アルブレヒト』指揮官のユリウス・クリーゼル大尉であります。私の後ろに控えるのは我が艦のモビルスーツ隊隊長のグルーバー曹長であります。本日はお招き頂き、大変恐縮です。」
ユリウスとグルーバーは敬礼した。
「私は首都防衛師団のハミルトン少将だ。ま、掛けてくれ。」
ユリウス達は着席した。
ハミルトン少将が合図をすると、部下が紅茶を出してきた。
「まず初めに、共和国政府の号令に従ってくれた事に礼を言わせてもらおう。」
「いえ…、勿体ないお言葉であります。しかし首都に通されるとは思いませんでした。」
「ふむ、これを見たまえ。」
ハミルトンはリモコンのボタンを押した。
渋い音を立てながらシャッターが上がっていった。
窓の外にはズム・シティの街並みが一望出来た。
しかし一面が真っ白なものに覆われていた。
総統府にも白いものが掛かり、キラキラと光が反射していた。
「少将、これはいったい…?」
「詳しくは言えんが、これは首都防衛大隊による反ザビ家動乱の“跡”だよ。我が国は早急に秩序を回復する必要がある。」
「首都で動乱ですと…?」
ユリウスは信じられないという表情を浮かべた。
「結果的にザビ家親衛隊も解体された。ジオンは共和国となり、協定により一定の自治権を獲得できたのだ。だが旧公国軍未だ、連邦との戦いを続けようとするものがいる。サイド3から外に出ていった部隊の中で、共和国の号令に従い戻ってくるのは半数にも満たないのが現状だ。」
ハミルトンは光が反射して美しく輝く街並みを見つめていた。
「確認したい。貴官はどちらだ? クリーゼル大尉。」
「小官は…、これ以上の戦争は望みません。しかし私にとっての祖国とは生まれ育った地であり、この国を守る為とあれば…」
「分かった。」
ハミルトンが立ち上がった。
「貴部隊の帰還を歓迎する。ジオン共和国の為に、その腕を振るって貰いたい。」
ハミルトンはそう言いながら、手を差し出した。
「は、心得ております。」
ユリウスも立ち上がり握手に応じた。
その後ユリウス・クリーゼルは少佐に昇進し、『アルブレヒト』臨時指揮官から正式に艦長に任命された。
ムサイ級軽巡洋艦『アルブレヒト』は改装を施され、ジオン共和国防衛艦隊・第二艦隊の一翼を担ったという。
『アルブレヒト』の詳しい動向に関してはまた別の機会に語る事としよう。
第一部 『アルブレヒト』 完