(やめてくれ!)
目の前で人々が死んでいく。
(そんな目で私を見ないで…!)
“死者”は死してなお、カッと見開いた目でこちらを見てくる。
「ぅ…ぁ!」
ノーラ・サヴィツキー伍長は声を上げて飛び起きた。
もう何度この夢を見ただろう。
時はUC0079年10月末。
一年戦争後期にあたり、地球連邦軍の反攻が激しくなった頃だ。
サヴィツキー伍長が所属する部隊は地球に向かう民間シャトルの中にいた。
『地球連邦軍軍属』として。
何故こんなことになっているのか?
それはひと月ほど前に遡る。
「転属ですか?」
ここはシーマ艦隊旗艦『リリー・マルレーン』のブリーフィングルーム。
サヴィツキー伍長の部隊は“特命”があるとしてここに呼び出されていた。
「そうだ。貴様等の部隊は“特命”として、地球に向かってもらう。」
突撃機動軍司令部から届いた“特命”の内容はこうだ。
貴部隊は地球に向かい、地球連邦軍内部に潜入せよ。
連邦軍内にて情報を集め、来るべき戦いの際には呼応せよ。
「部隊単位で連邦軍に潜入ですか…? そんなことが可能なんですか?」
兵の一人が手を挙げて質問した。
「可能だ。これは既に内部に潜入している者からもたらされた情報だ。連邦軍は一週間戦争の折に“行方不明”になった将兵が部隊単位で多数いる。そしてミノフスキー粒子で通信網がズタズタにされ、更に軍管理のデータベースが破壊されたことで行方不明だった将兵が見つかったとしても、本人確認もできん有様との事だ。」
つまり部隊を潜入させるのに“都合のいい連邦軍部隊”を見つけることが出来れば、連邦軍軍人として内部に入り込める、ということである。
「ま、まさかそんなことが出来るなんて…」
説明を聞いた兵がざわついた。
「まぁ…、連邦としては少しでも戦力が欲しいから、確認が疎かになってるんだろうねェ。連中も反攻に躍起になってるのさ。」
それまで黙っていた艦隊司令・シーマ中佐が口を開いた。
この艦隊は“シーマ艦隊”と呼ばれてはいるが、本来の艦隊司令はアサクラ大佐である。
だが“汚れ仕事”嫌っていたアサクラ大佐はこのシーマ中佐に艦隊司令を丸投げしたのだ。
「連邦軍に潜入するということは危険な事だ。ジオン公国軍がもし潜入したアンタ達と相対した時に攻撃の手を緩めることはしないし、潜入が露見した時には…分かってるね?」
露見したらすぐに捕虜となろうし、スパイとして処刑されるかもしれない。
「だがウチら海兵上陸部隊は特殊部隊だ。アンタ達もその一員だ。期待しているよ。」
シーマ艦隊構成員は全員が同郷のマハル出身だ。
ほとんどが司令官のシーマ中佐を尊敬している。
そのシーマ中佐から直々に言われたのだ。
部隊員全員が敬礼を返した。
その様な経緯もあり、ノーラ・サヴィツキーは地球へ向かうことになったのだ。
「また魘されていたのか?」
一人の男が声をかけてきた。
この男はアレクシス伍長、一週間戦争の頃から同じ部隊になった兵士だ。
「あ、ああ…」
ノーラが頭を抱えながら起き上った。
「一体何に魘されてたんだ?」
「何でも無いよ…」
「そうか? まぁ、あまり無理するなよ。」
アレクシスは肩を竦めた。
「ああ、この船はそろそろ基地に到着するそうだ。あー、到着地はトリントン基地だな。」
「トリントン基地、オーストラリアだっけ…」
ノーラはシャトルの窓から外を見た。
「あれは…」
眼下には陸地があるべき所に大きな“穴”があり、そこに海水が流れ込んでいた。
そしてその中心には斜めに突き刺さったモノ。
「あれはコロニー落としの跡だな。ブリティッシュ作戦の成果だよ。」
アレクシスが横で言った。
あの場所には“シドニー”と呼ばれた大きな街があった。
あれが落着した時には、多数の人が死んだはずだ。
武器として使われたあのコロニーは、ノーラ達がその制圧に関わったコロニーだ。
あれはそこに住んでいた住民だけでは無く、大都会シドニーに住んでいた連邦市民の墓標とも言えるだろう。
『本船は間もなく連邦軍基地トリントンに到着します。皆様におかれましては…』
艦内放送が流れた。
「おっと、着陸の様だぜ。」
アレクシスは席に着き、シートベルトを付けた。
ノーラもそれに続いた。
10分程しただろうか。
シャトルはトリントン基地に着陸した。
このシャトルはノーラ達を含む連邦軍人の輸送用にチャーターされたものだ。
タラップが接続されると、ノーラ達は地上に降りた。
「あっちいな…」
アレクシスが汗をぬぐった。
この時期の南半球は夏に向かっているころである。
「“帰還部隊”は第二講堂に整列しろ!」
連邦軍兵が大声で呼びかけてきた。
“帰還部隊”とはノーラ達の事だ。
長らく行方不明になってた部隊が帰還した、と言うことになっている。
ノーラ達は呼び掛けに従い、指定された講堂に向かった。
「
ノーラ達の前に一人の連邦将官が現れた。
「あー、私はルドルフ・ノルドハイム少佐だ。『
これは先に潜入しているジオン軍士官を見分ける為の暗号として教えられたフレーズだ。
つまり、このノルドハイム少佐は潜入者と言うことだ。
「諸君、安心したまえ。ここにいるのは全て我が“仲間”だ。」
ノルドハイムの言葉に、“帰還部隊”の面々は表情を緩めた。
「貴官らは私の指揮下に入る予定だ。今後の作戦予定を含め、この後各科に分かれて打ち合わせを行う。モビルスーツパイロットは私の所に来てもらう。そして…」
ノルドハイムから各兵科への指令が出された。
ノーラはパイロットであるから、一通りの命令が出された後、ノルドハイムの下に向かった。
「君達7名がモビルスーツパイロットかね。先程も言ったが、私がノルドハイム少佐だ。」
ノーラ達は敬礼をした。
「楽にしてくれて構わない。さて、この基地について説明しよう。トリントン基地はそれ程多くの兵を抱えていない。近くのチャールビル基地には結構な戦力がいるがね。」
ノルドハイムがボードに説明図を書き始めた。
「現在この基地には2個中隊程の戦力しかいない、田舎の基地だ。諸君等を迎え、3個中隊編成とし大隊1個となるわけだが…」
ノルドハイムはペンを置いた。
「既に編成済みの2個中隊は“連邦軍人”だから注意してほしい。我々の1個が、同胞での編成となる。詳しい構成はこれを見てくれ。」
“第3中隊”の構成表が配られた。
モビルスーツ部隊は2個小隊での中隊構成との事だ。
「通常は4個小隊で中隊編成と思いますが…」
兵の一人が質問した。
「通常は、な。ここみたいな田舎では仕方ないだろう。守るべき大都会は消滅しているからな…」
なるほど。
コロニー落としでシドニーが消滅したことにより、この基地の戦略価値は低下しているのだろう。
そして連邦軍籍を取得するときに偽名を名乗るのかと思っていたのだが、そうでは無いらしい。
話を聞く連邦軍のデータベースはやはりかなりの部分で破壊されており、下級士官以下の兵のデータが結構な量消えてしまっているそうだ。
つまり、それなりの士官クラスとして潜入するのでなければ偽名の必要が無いらしい。
「あの、良いですか?」
ノーラがおずおずと手を挙げた。
「何だ? 言ってみろ。」
「ここに、私の名前があるんですけど…。小隊長って…」
何と構成表の第2小隊長の所に、ノーラ・サヴィツキーとあった。
「そうだ。海兵隊司令部から送られてきたデータを元に、私が決定した。」
「え、ええ…?」
「モビルスーツ部隊第1小隊長は私が中隊長と兼務する。第2小隊長は君だ。小隊長にはそれなりな階級が必要だろうから、君を戦時曹長に任官する。」
何と、死んでもいないのに2階級も上がってしまった。
「まぁ最初は堅苦しく考えなくてもいい。諸君等はまず連邦製のモビルスーツになれることだ。今日はもう休め、以上!」
そう言うとノルドハイム少佐は部屋を出て行った。
「わ、私が小隊長なんて…」
思ってもみないことになり、ノーラはしばらく動揺を隠すことが出来なかった。