ヴィッシュ・ドナヒュー中尉。
それは『荒野の迅雷』の二つ名で知られているエースパイロットである。
機動力を生かした電撃戦を好み、またジオン軍のエースパイロットでは珍しく『敵は必ず連携して倒す』という個人戦より集団戦を重視していた奇特な人物であった。
まさかそのような人物が目の前に現れるなんて!
『さて、先程の質問に答えて頂こうか。貴官等はトリントン基地の方角から現れたから、連邦軍なのは間違い無かろう。だが何故この周波数で交信しているのかな?』
ノルドハイム中隊が部隊内の交信でしようしている周波数は、ジオン公国軍の一部が使用している特殊な周波数帯のものである。
荒野の迅雷のような部隊長であれば知っていてもおかしくは無いが、地球連邦軍の部隊が使用しているのはおかしいと考えるのが普通だ。
『特務なのでね。その質問には答えられんよ、中尉。』
ノルドハイムはそう言うと、銃を構えた。
『ドナヒュー中尉。悪い事は言わん、投降してくれないかね。君の部隊は既に1機が落ち、数が半分だ。我々は後方に戦車隊も有している。我々は君達の命を奪いたい訳では無いのだ。』
ノルドハイムが降伏を促した。
確かに無駄な戦いはしない方が良い。
『悪いが今は生きて帰るのが任務、なのでね。部下の機体のコックピットを狙わなかったのは感謝するが、今はここで捕まるわけにはいかん。』
ヴィッシュ機が即座にマシンガンを発砲した。
速射の割にはかなり正確は射撃だ。
『ち!』
ノルドハイム機は銃を下ろしシールドで防御した。
銃弾は防ぐことが出来たが、機体の体勢を崩してしまった。
ヴィッシュのグフは更に畳みかけようとした。
「ああああ!」
ノーラは叫び声を上げながら操縦桿を操作した。
自機のスラスターを噴射させ、ヴィッシュ機に向かった。
『突っ込んでくるか? 確かに君のその機体は機動性が高そうだが…』
荒野の迅雷はノーラの動きに反応し、今度は肩口のジャイアント・バズを構えた。
あれの直撃を受けたらマズい事になる。
当たるわけにはいかない。
ノーラはスロットルを操作した。
推進力にものを言わせ、一気に距離を詰めた。
『な、速い…!?』
ヴィッシュはジャイアントバズでの射撃を諦めた様だ。
近接戦闘用装備である、ヒートホークを取り出した。
ノーラ機はビームサーベルを抜き、グフに斬りかかった。
電流が飛び散るような音と共に、2機の刃が交差した。
斬撃が交差するたびに鈍い音が辺りに響いた。
(い、いま、私はエースパイロットと戦っている…!?)
ノーラの目の前にいるのは、敵味方に名を知られているような名パイロットである。
味方にいるのであれば心強いが、自分はいまそんな人物と戦っているのだ。
『サ、サヴィツキー曹長!』
体勢を立て直したノルドハイム機がビームスプレーガンを構えた。
しかしこの状態で発射は出来ない。
ノーラは敵と接近しすぎている。
『中隊各機は敵のザクを牽制!』
ノルドハイムは敵のザクへの対応は部下に任せ、ビームサーベルを抜いた。
『もう体勢を立て直したのか。これはグズグズしておれん…!』
「う…ぁ…!?」
ヴィッシュのグフが力任せにノーラ機のビームサーベルを薙ぎ払った。
ノーラ機が大きくグラ付き、地面に手をついた。
『君はサヴィツキー曹長と言ったか。まだ初々しさは残るが中々の腕だ。さて…、悪いがさっきも言ったが我々はここで降参するわけにはいかないのでな。』
ヴィッシュ機が腰の辺りからクラッカーを取り出し、後ろに下がりながら放り投げた。
バシュゥゥ!!!
クラッカーが閃光と共に爆発し、辺りに煙が立ち込めた。
『指揮官殿。倒れた我が方の1機のパイロットだが戦時条約に基づいた扱いを要求する。まぁ、“特務”の君達ならぞんざいな扱いはせんと思うがね。』
(に、逃げる…!)
煙の中を、敵機が遠ざかっていく。
ノーラはよろよろと自機を立ち上がらせたが、この煙の中を追撃するのは困難だろう。
『逃げられたか…。してやられたな。サヴィツキー曹長、大丈夫か?』
「は、はい…。でも敵を逃がしてしまいました…。」
『あの“荒野の迅雷”と渡り合ったんだ。自信を持て。』
その後、ノーラの部隊は唯一大破させたザクのパイロットを捕虜として拘束し、トリントン基地に帰還した。
慣熟訓練でエースパイロットと相対するとは思わなかったが…。
戦果としては悪いものでは無い。
多少の被弾はしたものの人的被害は無し、敵兵1名を捕虜にしたのだ。
「はぁ…」
ノーラは大きく息を吐きながら、休憩所のソファーに腰を下ろした。
自分の手を見ると、まだ少し震えている。
「今日は、エライ目にあったな。サヴィツキー曹長。」
「…ノルドハイム少佐。」
ノーラは体を起こそうとした。
「いや、そのままで良い。楽にしててくれ。」
ノルドハイムはそう言いながら向かいのソファーに座った。
「まずは礼を言わせてもらう。あの時、君が前に出てくれなかったら私は撃たれていただろう。」
「い、いえ…。私も夢中で…」
自分でも良く覚えていない。
普通だったらエースパイロットに向かって突っ込むなんて、出来るもんじゃない。
「だがそのお陰で私は助かったのだ。」
「は、はい…。そう言って頂けると…」
「うむ。では私は司令部に報告に行ってくる。サヴィツキー曹長、今日は休め。」
ノルドハイムはそう言うと休憩室を出ていった。
休憩室の窓から外を見ると、夕日が地平線に沈んでいくのが見えた。
長い1日が終わったのだ。