Fate/Lyrical cross ☓はやて【凍結中】 作:貫咲賢希
海のほうで何かが輝いた瞬間、一人の少年がそちらに意識を向けた。
この街には普通に暮らしていればそれに直で遭遇するまで知ることはないが、常人とは言い難い存在、魑魅魍魎などが跋扈している魔窟となっている。
もっとも、彼はこの街からほとんど出た事ないので、日本中、あるいは世界中この街のように、平常の裏では様々な異常者が蔓延っているのが普通なのかもしれない。
だからこそ、少年は近くでなにかあっても、それこそ殺人や虐殺があろうが、それは犬猫の闘争と同じように、そんなものか、と平然と受け流す。
ゆえに、少年が意識を向けるのは希有なことだった。
それゆえ、その事態は彼にとって惹かれる何かを感じたのか、あるいは単なる偶然かは定かではない。
彼がその光の正体たちと出逢うことはもう少し先の話であり、彼の存在が、はやてやミコトにとって重要な存在になることも、その時は誰も知ることはなかった。
*
「え、えっと、貴女が私を呼んだんですか? と、とというか主って私のことですか?」
「救済騎士? えっと────何かな? 使い魔?」
自分の目の前に突然現われた相手に対して、はやてもミコトも戸惑っており、それに対して夜天の書の管理人格とアーチャーは苦笑と溜息を混じらせながら相応異なった対応をした。
「はい、貴女様が我が主です。ですから、そのような言葉遣いを為さらなくとも普通になさってかまいません」
「やれやれ、今回もとんだマスターに引き当てられたものだ。救済騎士のことも理解できぬとは、ニーベルングの記憶をほとんど読んでないか、あるいは阿呆か。まったく、サーヴァントという立場でないだけで、あとは毎度と同じというわけかな」
夜天の書の管理人格は優しく微笑みながら、はやての質問に答える。
対するアーチャーは呆れたようにミコトを見下す。
「うっ! その、ごめんなさい・・・・・・」
何も言い返せないかったミコトは眼の端に涙を溜めながら俯き、その様子を見たアーチャーは更に溜息をした。
「何に対しての謝罪だね? 己の無知に対してか? それとも私を召喚したことに関してか? それとも意味も解らずとりあえず、謝ってみた、ところか? 最後のならばあまりにも腑抜け過ぎてかける言葉さえないな。
嘆かわしい。先ほどの意気込みはなんだった。あれがただの虚勢ならば名演技だよ。見事に騙されて召喚されてしまった。とんだ役者だな、君は」
「うぅぅ」
「なぁ、ちょっと───」
「次は沈黙か? 子供内にその態度は早々に直すべきだと助言しておこう。あと数年もして同じだと失笑ものだからな。
さてと、お小言はこれくらいにして、君はその辺の端にでも隠れておきたまへ。後は私が仕方なしに───」
「───って、なに大人が子供いじめてるんやぁああああああああ!」
「うぉ!?」
何かあっか説明すると、傍から見ていたはやては、ミコトが白髪の男が一方的に詰っているように見えたので、夜天の書の管理人格を余所に車椅子の車輪を全力で廻し、駆け出した勢いと共に護身用のハリセンを抜いて放ってアーチャーの頬をハリセンで叩き、ついでに車輪で脚を思いっきり踏んだのだった。
「や、八神さん!?」
「わ、我が主!?」
はやての突然の行動にミコトと夜天の書の管理人格は狼狽し、叩かれたアーチャーはほほ擦りながらはやてをジト目で見る。
怪我を負うようなものではなかった。外傷もない。だがそれなに痛みはあった。
アーチャーははやてを責めるように言う。
「有無言わさず手をあげるのは褒められた行為でないぞ?」
「ベルンハルト君、大丈夫!?」
「いやいや、君はこっちの話を聞きたまえ」
呆れ顔のアーチャーを余所にミコトの心配をするはやてだった。
「僕は大丈夫だけど、その、とりあえず、八神さんはあの男の人に謝ったほうがいいよ」
「え?」
思いがけないミコトの言葉にはやては戸惑った。
「この人はおそらく僕が呼んだんだ。その僕が理由はどうであれ、状況を理解できないのは呼ばれた人も困るよ。だから、僕が怒られるのは仕方ないし、それを素直に受け入れるべきなんだ。だから、その人はなにも悪くない」
ミコトの言葉を理解したはやては自分が場違いのことをしてしまったことを知って羞恥しながら顔を曇らせ、アーチャーはなにやら感心したような表情になる。
「でも───僕を心配して怒ってくれるのは嬉しい」
「ほえ?」
「君はいつも僕を助けてくれるね。ありがとう」
「え、ええよ。気にせんといてなぁ」
そうやって浮かべたミコトの笑顔にはやては先ほどとは別の意味で気恥かしくなった。
一先ず、一度落ち着いてから、はやては車椅子を動かし、アーチャーに目を向ける。
「その、さっきはすみませんでした。思わず、叩いてもうて───」
「いや、そのことは気にしなくていい」
はやてが最後まで言い切る前にアーチャーが言葉を止めた。
「私も子供相手に言い方が厳しかったのは事実だ。矛盾のように聞こえるだろうが、君の行動は褒められるべきではなかったとしても、友人を守りたいという気持ちはけして間違いでない。
マスター。君に対しても私は謝罪しなければならないな。己の無知を受け入れることは意外と簡単ではない。そんな君に対して過ぎた暴言を吐いてしまった。許してくれ」
そうやって自分よりも遥かに幼い相手に対して、彼は片膝を地面につき、視線をできるだけ下げて、頭を下げた。そこに、先ほどのような厳しくて皮肉屋のような印象はなく、どこまでも真摯な気持ちがはやてとミコトに伝わる。
「あ、頭を上げてください! さっきも言ったように僕が悪かったことだし!」
「そ、そうですよ。私も叩いたのは悪かったです! 改めて、すみません!」
「ふむ、ならば、喧嘩両成敗ということで水に流し、これからは仲良くしよう。それでいいかね?」
「「はい!」」
二人の揃った返事に満足げな笑みを浮かべながら、ようやくアーチャーは立ち上がった。
はやて達は改めてその男に見上げ、その大きさを認識する。
自分たちが子供、しかも、はやてに関しては車椅子ということもあり、まともに立った男の顔を見るのはかなり首を上げなければならない。だが、大きいというのは何も身長だけの話ではなかった。
先程の対応や、その場にいるだけで彼から伝わる空気、あらゆる全てが自分たちよりも大きな存在であると幼い二人は感じたのであった。
「あ、あの───」
そこへ、戸惑った様子の夜天の書の管理人格がオロオロとやって来た。
「あっ、いきなり置いてけぼりしてごめんな」
「いえ、それは構いませんのですが───」
彼女の言葉の最中にいきなり離れたことを謝罪したはやてだが、夜天の書の管理人格はそのことに全く不満の顔を浮かべずにはやてにやんわりと微笑んでからアーチャーのほうへ向いた。
「先程は我が主が失礼した」
「いや。君も見ていたのだろが、こちらにも非があったことだ。そして、先ほど水に流したばかりだ。だから、君も気にしなくていい」
「それは助かるよ。貴方は───」
「救済騎士ヒルフェリッター。私の事はアーチャーとでも呼んでくれ。
簡単に説明するとこの少年の使い魔のようなものだ。生憎とこの身で得た知識は少し偏り気味ゆえ、君たちの正体を把握しきれていない。そちらの彼女のことも含め、君のほうも自己紹介を頼んでもいいかね?」
アーチャーはチラリとはやてを見ると、再び夜天の書の管理人格を見る。
「私は魔導書、夜天の書の管理人格であり、彼女は私の主だ」
「ほう、つまりアレは──────」
「ええ、アレは──────」
アーチャーと夜天の書の管理人格は空を見上げ、つられる様にはやてとミコトも空を見上げ、その存在を思い出す。
今はどういう訳が制止しているものの、相変わらず空の上には蠢く異形がいた。
「君の中から出たものか」
「私の中から出たものだ」
「え、え!? どういうこと!?」
その言葉に驚いたのは一番状況が理解してないはやてだった。
驚愕するはやてに対して静かに説明したのは夜天の書の管理人格だった。
「事態が一刻も猶予もないゆえに簡易に説明していただきますが、貴女様が所有されていた夜天の書は呪われていました」
「呪い!?」
思わぬ単語に更に動揺するはやてに対して夜天の書の管理人格は静かに頷く。
「率直に申し上げるなら、いずれは御身も命も危険でありました。申し訳ありません、我が主。本来では守るべき存在が、逆に貴女の幼い命を危険にさらし、更にはなにも為す術もないまま、ただ時を過ごすだけでした。愚劣な私をどうか罰してください」
「いや、いきなりそんなこと言われても、はいそうですかって怒れんし・・・・・・それに、その口ぶりからして今は大丈夫になったんやろ? だったら今は気にでええよ。よう解らんけどアンタが悪いって私には思えんし、美人さんがそんな顔したら駄目やで」
「我が主・・・・・・」
微笑みはやてを夜天の書の管理人格は感極まったように見つめる。
「それでさっき空の上のアレがアンタの中から出たと言っとたけど、予想するにアレが呪われた原因やったりするん?」
「理解が速くて助かります。主の考え通り、呪われた夜天の書の状況を芳しくないと思った存在が、夜天の書からあれを解き放ち、夜天の書は本来の姿を取り戻した。
そして、その呪われた運命を解放してくれたのが、彼です」
夜天の書の管理人格が手を向けたのはミコトだった。
「なるほど、ベルンハルト君がここにいることはそれで分かった。えっと、つまりベルンハルト君は私の命の恩人ってことかな?」
「え!? いや、僕はそんな大したことしてないよ。ただ、僕はある事情で、夜天の書の問題を解決しないといけなかったからだけで」
「それでも、助けてくれたことには変わりないやろ? ありがとな」
「う・・・・・・」
はやてに笑顔でお礼を言われたミコトは恥ずかしかったのか、頬を染めて俯いてしまった。そんな様子を不思議そうにしながら見ながら、はやては些細な疑問を持った。
「けど──────そなら、夕方ベルンハルト君と逢ったのも偶然やなかったのかな?」
「え!? 違うよ! 八神さんに会ったのは偶然で、君が夜天の書の主ということはさっきまで知らなかったんだ! だから変な考えがあってわざと近づいたわけでもないし、君に悩んでた事を助けられたのは本当で、嬉しくて、君が夜天の書の主だって知ったときは驚いて、今回のこと必ず成功させようと改めて思ったんだ!」
「そ、そっか? なんか変な疑いを持ったわけやなかったんやけど、気にさせてもうてごめんな」
必死に弁明するミコトにはやては戸惑いながらも、変な疑いを持ったことを謝罪した。
「あっ・・・僕もいきなり慌ててごめんね」
はやての言葉にミコトは安堵する。
そんなはやての言葉に一喜一憂する自分の主を見て、アーチャーは複雑な顔を浮かべる。
「なるほど、我が主ながら難儀なことだな」
「アーチャー、どうかしたか?」
その言葉に反応したのは残った夜天の書の管理人格だった。
「気にしなくていい、ただの独り言だ。
さぁ、そろそろ雑談は終わりにして“アレ”の掃除をしてしまわなければならない」
「そのとおりさ」
そこに第三者が現われた。いや、第三者からしてみれば、四人こそイレギュラーだろう。
四人の前に現われたのは、先ほどまで“アレ”と交戦したリーゼロッテだった。
「猫耳のお姉さんッ!!」
彼女に真っ先に反応したのははやてだった。
「ファンタジーや! 今夜色んな不思議体験をしてるはやてちゃんやけど、これも抜群の威力や!」
「主はあのような猫耳が好きなのですか?」
何やら興奮しているはやてに夜天の書の管理人格が恐る恐る訊ねる。
「そやな。私は普段から本を読んでるからファンタジーとかも好きやし、家でもペットとか飼いたいなぁとか思うくらい動物も好きやから、生で本物の猫耳のおねえさん、しかも美人に会えるのはなんやら嬉しいものがあんなぁ」
「そうですか・・・・・・」
はやての言葉になぜか夜天の書の管理人格は少しだけ落ち込んだ様子になった。
「悠長だな。遊んでる暇なんてないんだぞ」
騒がしいはやて見てリーゼロッテは呆れながら語りだした。
「とりあえず、自己紹介。私はリーゼロッテ。今はそこのミコト・ベルンハルトの協力者と認識してくれ。本来の目的だったら、そいつが空の“アレ” ───、闇の書の闇を祓い出して、弱体化している内に闇の書の闇を私らが倒すはずだったんだけど、状況が変った」
「闇の書の闇?」
その言葉に反応したのははやて。
「ら───、ということは君以外にもいるのか?」
そこに反応したのはアーチャーであり、リーゼロッテは二人の疑問の同時に解決するのは面倒なのか、はやての言葉は流し、アーチャーの疑問に対してのみ解消する。
「天王の守護者であるヒルフェリッターのアンタがどこまで状況を把握しているか今一理解できないが、今の質問にはそうだと答えとくよ。
もっとも、私以外は残り二人。内一人は現在アレの動きを封じている最中。といってももうすぐ限界で、そこであの子のできることは終わりだ。残り一人は別の場所に居て待機、現在こちらに向かっているけど、その前に決着をつけないとマジやばい」
「つまりはここにいる我々で対処しなければならないことだな」
特に動揺もなくまるで最初から分かっていたかのような口振でアーチャーは言った。
その言葉に夜天の書の管理人格も頷いた。
「あの個体は周辺の魔力を吸収し、徐々に力を強めている。今まで蒐集してない分、今はまだそこまでの脅威ではないが、そのままにしておけばこの世界が消滅します」
「消滅!? そ、そんなん駄目や! 絶対に止めないと!」
思った以上のスケールに動揺するはやてだったが、それ以上にそれを止めなければならない気持ちが勝った。
大人びた子供ではあるが、別にはやては世界の平和のためにというご大層な気持ちで口にしたわけではない。
はやては孤独であった。
理不尽に感じたことも数え切れないほどある。
それでも───この世界にはなくなって欲しい物はたくさんあったのだ。
僅かながらにも出逢った知人達、触れなれなくとも眩しい風景が消えるのは嫌だった。
まだ見ぬ景色、逢うこともない人間、目に触れることもない場所ですらなくなってしまうことは悲しい。
その気持ちを感じた夜天の書の管理人格ははやてに向かって強く頷いた。
「はい。そのためにも主の力をお借りしたい。私の力だけでは止めることは敵いません。しかし、主のお力を借りることができれば、この身に変えても主が居た世界を守ってみせましょう」
「うん、わかった。私にできること精一杯頑張るわ!」
危険なこと承知なうえで、はやては迷いなく即答した。
約一名を除いて、直ぐに返事をしたはやてに周りは驚いていたが、彼女はそのつもりでここに来たのだ。危険なことは薄々と気づいていた。逃げることは最初からできた。
だが、それをしなかったから自分は今ここにいる。ならば、そう答えるのは当然なのだ。
「やれやれ、最悪は私一人でも事を済ますつもりだったのだが、私が出逢う女性は勇ましいのが多い事だ」
アーチャーは呆れたように、しかしどこか懐かしむようにはやてと夜天の書の管理人格を見て口にする。
「正直手を借りたくなかったが、こっちは全力でサポートする形にするよ。残念ながら現状はアンタたちを頼りにしないいけない」
「気にするな。元々、内のマスターが初めたことでもある。せいぜい怪我人は足手まといでのならないようにしたまえ」
「アンタ、やな奴だな」
そうやってアーチャーは皮肉を言われて顰め面をするリーゼロッテから自らの主に目を向ける。
「さて、女性たちがこう言っているのだ。当然、我がマスターは怖じ気ついて後ろに隠れるという情けない醜態を晒すことはしないであろう?」
返ってくる言葉など予想しているのか、不敵に笑いならがアーチャーは自分の主に向かって、まるで煽る様に問いかける。
「うん! 僕も止めてみせる! 僕が決断して始まったことだ。だから、最後までやり切れるなら、やり切って見せる!」
「了解したマスター。では、向こうもそろそろ待ってはくれんだろう。さっそく始めよう」
一遍、空気が張り詰めたものに変動した。
事情説明、意気込みの時間は終わった。次は迅速に戦闘準備を行い、実行するのみだ。
瞬間、アーチャーは自らの魔力を溢れだす。突然の行動に、突風が巻き起こったように辺りは吹き荒れるが、アーチャーは息を飲む暇も与えはしなかった。
「マスター。私単体では生憎空の上の相手を打倒するのは手が折れる。また、マスター単体では空を飛べても、力不足。ゆえに、私とマスター、二人の力を合わせてアレを打倒しよう」
「二人の力を合わせて?」
「マスターが真に天王であれば、できるはずだ。前の記憶でも覚えがあるはずだが、やり方はこちらでサポートしよう」
そう言いながら、アーチャーは片膝をついて、左手はミコトが持つ白銀の大剣の刀身に触れて、右手はミコトの頭に手を乗せた。
突然、頭に手を乗せられたミコトは一瞬、懐かしくも痛みを心に感じたが、次の瞬間にはまるで閃光が走るかのように情報が、記憶が頭に疾走した。
「あっ───」
「この身は、剣の構造、記憶と魂を読み取る事に長けている。そして、天王は魂を操る者。ならば、今は未熟であれど、私から流れ出た、その剣、ニーベルングの記憶を読み取り、その魂に刻まれた力を呼び起こすことは可能だろう」
アーチャーの言葉を耳にしながら、ミコトは頭の中に流れる記憶の波を受け続ける。激流にして、苛烈、されど溺れことなく、その情報をミコトは受け入れていた。
元々、この剣の記憶とは、ミコトの、死してなお再び生を繰り返した天王の転生の記憶。
そう、ミコトとは、古代、ベルカと呼ばれた世界にいた一人の王。その魂が現世に顕現した存在であった。
幼い事からその記憶を朧気にも持っていた。夜天の書の事も、その記憶で知っていた。
そして、アーチャーによって、天王の魂と共に歩んだ剣、古代ベルカの天王の象徴たる天剣ニーベルングにも刻まれた記憶によって、継接ぎの文字は確かな情報となり、今、すべきことを可能にする力を与える。
一方、戦いの準備はもう片方側でも行われていた。
「我が主。この戦い、私一人でも、貴女様一人でも参加できません。ですが、二人でならどこまでも羽ばたけます」
夜天の書の管理人格が提案する案は偶然にもミコトたちを似た様なものだった。
「そっか、そんなら頼もしいな。よろしくお願いな、夜天の書」
はやては今から戦闘を行うとは思えないような明るい笑顔で答える。
その心を緩ませる顔に自身の気も和らいだかのように夜天の書の管理人格もくすりと微笑み、本人は何気ない事を口にするかのようにある事を語る。
「我が主よ。確かに私自身が夜天の書とも言えますが、正確にはこの本が夜天の書であって、私自身の名はありませんよ」
「え!? そないなん! それはあかん! 名無しなんてそんな酷いことあらへん!」
「わ、我が主?」
自分では少しだけ場を和ませるために口にした言葉だったのだが、それを聞いた自分の主は今まで以上に激怒していた。
しかし、はやてにとってそれは当然だ。名前とは自分の存在を表す大事なものだ。それが、おそらく何年、何十、何百年もなかった事実はとても許し難い。
そして、相手は自分を生まれた頃から見守ってくれた存在だ。面を向かって接したのはつい先程からなのだが、それでも、はやての中で既に大事な存在だ。自分を気遣う優しさは、幼くして車椅子の一人暮しという生活を強いられ、周りから様々視線を浴びせられた彼女にとって、心から温かいものだった。
そんな彼女に名前がないのはとても見過ごせる内容ではない。
「よっしゃ! これが片づいたら私が名前を考えたる! 絶対にええ名前つけたるから待っといてな!」
「あっ、・・・・・・感謝します、我が主」
名前がないことなど当たり前だと思っていた自分にそう宣言したはやてに対し、今だ名を持たぬ彼女は、自分の中に溢れた精一杯の気持ちを口にした。
「そんならとっとと片づけてまおう! 夜更かしは女の子の敵やから、お互いに気をつけんといけんしな!」
「女の子? 私もですか?」
「そや! 女の子は何時でも何百年もたっても女の子なんや!」
「はぁ・・・・・・しかし、確かに夜更かしは御身の体に悪いです。だから速く片づけてしまいましょう」
「了解や!」
瞬間、夜天の書が彼女たちの頭上に浮かび上がり、足元には三角形状の深い紫色光、古代ベルカの魔方陣が浮かび上がった。
「恐れながら、戦闘が始まれば主を表に出て、私が助力する形になります。最良の手段の形がそれとはいえ、表立って主を立たせる騎士をお笑いください」
「もう、そうやって謝るのもあかんで。私は気にせえへんから一緒に頑張ろ?」
「我が主・・・・・・・・・はい。頑張りましょう。では、次の言葉を一緒に告げましょう───」
戦闘開始の狼煙の言葉を夜天の書の管理人格を告げて、当時にミコトたちも準備が完了するとこだった。
だが───。
『ロッテ!』
「!?」
四人の成り行きを見守っていたリーゼロッテに片割れの念話が届く。
瞬間、複数の硝子が割れた音と共に、空中に居た闇の書の闇が咆哮した。
足止めしたリーゼアリアのバインドと呼ばれる魔法の捕縛が解けたのだ。巨大な存在とはいえ、弱体化している事を考慮し、まだしばらく持つと考えていた彼女たちの考えが破綻した。
束縛から解き放たれた闇の書の闇は、先ほどまで自分の自由を奪っていた相手に怒りを向ける、訳ではなく本能的に脅威と察したのか彼女たちではなく、今だ動かない四人に意識を向けた。
「ちっ!」
自分に意識を変えようと、リーゼロッテは拳銃の早撃ちでもするかのか如く、即座に青い魔力弾を上空の魔力弾を数発放ち、それは直撃した。
だが、爆音の後、相手には負傷を与えた形跡が見られず、闇の書の闇は自分に危害を与えた相手を無視して、複数の生命体が混じったような蠢く体の中に在る数匹の蛇の頭を四人に向けて、その顎を広げ、黒い光を問答無用で放った。
誰もが一見して、危険だと解る破壊の光。
リーゼロッテは何とか対処しよとするが───。
「「ユニゾンインッ!!」」
「「インストールッ!!」」
暗き闇をかき消すように現われたのは二人。はやてとミコトのみである。
しかし、二人の姿が、存在が、先ほどと異なっていた。
そこに幼い無力の子供はなく、凄然と佇むのは小さくとも眩しき光。
はやての栗色の髪は白金に染まり、瞳も蒼く変貌している。身に纏う衣装は夜天の書の管理人格が彼女のために設定した白、黒、金の三色が合わさった騎士甲冑。甲冑といってもそれはベレー帽やミニスカート上に更に中央が大きく開けられたロングスカートを合わせた様な独自性の高いデザインの服だが、彼女が主のために用意した衣装は頑丈である。
右手には黄金の剣十字の杖、騎士杖シュベルトクロイツが握りしめられ、左手側にはつき添うように夜天の書が浮かんでいる。
これぞ古代ベルカの秘奥の一つ、融合騎とユニゾンした今代の夜天の主たる魔導師の姿である。
対するミコトは白銀の大剣、天剣ニーベルング握りしめたまま、アーチャーが身に纏っていた赤い外套を纏い、瞳は変わらずに黄金だが、髪は空色から灰色に変貌していた。
それは魂を扱う天王の体に、呼び出した騎士の魂を憑依させ、その力をその身で扱う術だ。
「羽ばたけ、スレイプニール!」
「飛べ、ペガサス!」
次の瞬間、はやては黒、ミコトには白のそれぞれの背中に三対六の翼が出現し、二人は夜の空に舞い上がった。
「うあぁ! 私、飛んどる! 飛んどる!」
「これが、空・・・・・・」
空に上がったはやては興奮気味に、ミコトは静かにそれぞれ感嘆を漏らす。
《はい。スレイプニール。正常に活動しています。融合同調率も100%。すばらしいです、我が主》
《ふむ。他人の中とはいえ、空を飛ぶとはこれまた貴重だな》
二人の主の中でそれぞれ騎士も想いを表に出す。
だが、当然相手は悠長に待ってはくれない。
闇の書の闇は空に上がった二人を威嚇するに唸り声を上げながら、先程の黒い光を数発と数を増やして、問答無用にその小さな体に向かって放ってきた。
「あぶない!」
先に動いたのはミコトだった。
ミコトははやての眼前に移動すると、左手を掲げ、空色の魔方陣が浮かび上がると、後ろのはやてを覆うほどの六角形の魔法障壁を出現さした。
出現さした障壁に直撃した黒い光は、衝撃と高音を撒き散らすが、攻撃が収まった場所には無傷の二人がそこにいた。
「ベルンハルト君ありがとう!」
「う、うん」
はやてに礼を受け取るものの、そのことに一番驚愕したのは当のミコトだった。
ミコトは夜天の書の正常化させるために使った呪われた魂を浄化、解放する一つの魔法以外、まともに扱えない。空を飛び上がったこともそうだが、このような魔法障壁を生み出すを当たり前のように出せた事に驚きを隠せない。
《防護魔法フレック。本来は霊的攻撃に対しての防御だが、単純な障壁としても使えるようだな》
対するミコトにいる中のアーチャーは冷静だった。
《喜べ、マスター。君は運が良い。私の属性は剣。その一端として、その剣に宿った記憶を読み取り、実現させることが可能だ。憑依したことにより、君にも当然ながらその力が宿り、ニーベルングに宿った歴代の天王の記憶、すなわち魔法が扱えるようだ》
「え!? それって、すごいよ!」
《本来であれば、君が前世の記憶を呼び起こすか、君自身の力のみで天剣の記憶を紐解く必要があったが、それが短縮された。まぁ、使いこなせるかは君次第だがな》
「うん。僕は本当に自分一人じゃ何もできない。だから、力を貸してアーチャー!」
《無論だ。元よりその気がなければここにいない》
意気込む二人に対して、はやても負けずと杖のギュッと握る。
「よっしゃ! 私らも頑張ろう!」
《はい、我が主》
ふわっと、はやてがミコトと入れ替わるように前に出る。
八神はやてという少女は、先ほどまで魔法の魔の字も理解していなかったたたの少女だ。
だが、その身には夜天の主に選ばれるだけの才能と魔力があり、ユニゾンしたことより、夜天の書の管理人格のサポートもあって彼女もまた魔法を行使することを可能とする。
はやては黄金の杖の先端を向ける。それはまさに魔法という球を撃ちだす大砲の砲身だった。
「バルムンク!」
瞬間、突き出した杖の先端から、白いベルカの魔方陣の出現と共に複数の白い剣が現われた。魔力で構成された白刃は弾丸の速度で放射状に放たれ、空中に浮かぶ闇の書の闇に余すことなく激突する。
衝突のたびに爆音と悲鳴が木霊し、闇の書の闇はその巨体を僅かに怯ませる。
効果はあった。だが、それだけで、今だに本来の脅威を示してはいないとはいえ、数百年を超えて存在した悪夢は消えはしない。
ゆえに、消え去るその瞬間まで、その手を休めることはしない。
「
次の手はミコトだった。彼が今まさに発動する力は、天王の魔法ではなく、その身に宿る赤い外套の男、英霊の力だ。
自分たちとは異なる魔導。本来は有り得ない事象を少年は英霊の魂を宿した事により、その力を再現する。
男、アーチャーと名乗った彼の属性は剣。その力の一旦。
「
次の瞬間にはミコトの周りには鋼の剣が剣先を闇の書の闇に向けたまま、空中で停滞していた。その数、三十二本。
いまだアーチャーのことを知らぬミコトは完璧にこの力を理解していない。
だが、アーチャーと名乗る男は、ミコトが良く知る魔法とは違う魔術と呼ばれる技術により、このように無数の剣を生み出すことができる。そして、彼を宿したミコトはその力を行使し、成功させた。
「
投影した三十二の剣は闇の書の闇に向かって射出する。先ほどのはやてが放った魔法とは違い、質量を持った三十二の剣は、矢のように向かい、闇の書の闇の体に突き刺さった。
だが、この攻撃はそれだけで終わらない。
「
瞬間、闇の書の闇に突き刺さった剣は爆弾のようにその場で文字通り爆発した。
これぞアーチャーの奥の手の一つ、
生み出した剣を破棄し、構成された魔力を弾けさせて、爆弾のように使う。
その威力は先ほどの以上に闇の書の闇が怯んだことで解るだろう。
だが、それでも相手は倒れてくれない。
闇の書の闇はその身が削られていることから、成果はゼロという訳ではないが、その巨体は相変わらず空に佇んでいる。そして、お返しとばかりに闇の書の闇の周りで光が収束するように集まって禍々しい球体を生み出し、そこから先ほどのとは比べものにならないような巨大な黒い熱線が二人を襲った。溜めがあった分、見た目どおり、最初のうちに見せた黒い光よりも威力は高いのだろう。
ミコトは慣れない魔術の使用の反動故か直ぐに対応できそうになく、代わりに先ほど守ってくれたお返しとばかりにはやてがミコトの前に移動して守ろうとするが――
「スティンガースナイプ!」
その熱線ははやて達の後方からやって来た青い光線によって相殺された。
「やれやれ、子供たちだけに任せられないわね」
現われたのは黒い制服を見に纏った頭に猫の耳を持つ女性。
リーゼロッテと似ているが、彼女よりも髪が長く、雰囲気が落ち着いている。
「アリアさん!」
叫んだのはミコトだった。
「やぁ、ミコト。悪いね、私たちだけで片づけるつもりがあんた達にも手伝うことになって貰って」
「ううん。それはいいよ。それよりも大丈夫? さっき撃墜されたみたいだけど」
「地上に落とされたけど、障壁を張ったし、落下時の衝撃を抑えたから外傷はそこまで酷くないよ」
「そっか。よかった・・・・・・」
「えっと、ベルンハルト君。そのリーゼロッテさんに似てる人は?」
「リーゼアリアさん。ロッテさんの双子だよ」
「こんな形で会うのは初めてだね、八神。リーゼアリアよ。ひとまずはよろしく」
「あっ、はい。こちらこそ!」
軽く挨拶を交わしたところで三人は闇の書の闇の様子を窺う。
確かにダメージは与えるのだが、損傷した個所が見る見る内に再生し、その巨体は元通りどころか、更に肥大化し、その歪さと凶悪さを高めてる。
「くそ! これだけやってもまた振り出しに戻るのか!」
いつの間にか空に上がったリーゼロッテが悪態を吐く。それに対して、リーゼアリアは同意するように頷く。
「今は魔力障壁が張ってないし、攻撃も単調だがら、ただの的だけど、その内学習して厄介になったらそこまでだよ。それまでに再生できないほどの一撃でアレを倒さないと。おい、夜天の書。アレを一発で消せるくらいの魔法は使えないのか?」
夜天の書とは本来は魔法技術を集める資料本。その中には今の状態の闇の書の闇を倒せる魔法は数ある。
だが───。
「無理だ」
そう言ったのは夜天の書の管理人格だった。
彼女ははやての頭ぐらいよりも少し小さい大きさで、彼女の中から出て来た。
これは精神体であり、彼女の本体は今だはやての内にある。
人形サイズの彼女が妖精みたいで可愛いなとはやては思ったが、さすがに空気を呼んで口には出さなかった。
「確かに存在する。だが、使えない。我が主は先ほど魔法に触れたばかりだ。魔力蒐集もしていない状態では、一定以上の強力な魔法は行使するのは難しい。そして、僅かに使える上位の魔法でも、それらはアレを一撃で葬るには届かない。そちらはどうだ」
「できてたらあんた達が来る前に使っているわよ」
「ならば我々の出番だ」
その声はアーチャーだった。
彼もまた精神体でミコトの中から出てきたが───。
「「「「「可愛い!?」」」」」
何故かその姿は夜天の書の管理人格と異なり、二頭身のデフォルメされたようで思わず五人が声に出してしまったぐらい、なんとも愛らしい姿だった。
ミニマムしたアーチャーは不満そうに咳払いすると、周りの反応は聞かなかったかのように話を進める。
「我がマスターの剣には歴代天王の魔法が残っており、私のサポートがあれば、アレを一撃で消せる魔法も一度は使えるだろう。だが、一撃のみだ。それ以上はマスターの体がもたん。ゆえに万全を期する為、君たちにはアレの動きを完全に止めて欲しい」
「完全に動きを止めることなら、私と我が主で可能だろう」
真っ先に応答したのは夜天の書の管理人格だった。
「よろしいですか、我が主?」
「うん! 私にできるんなら、精一杯頑張るわ!」
「それなら、それまでの梅雨払いは私たちがやるわ。そろそろ、向こうも学習してきただろうしね」
そう言いながら、リーゼアリアが闇の書の闇を睨みつけると、そこには更に魔力を溜めていた闇の書の闇が居た。
「はっ! 黙って作戦会議させていたわけじゃないってかい!?」
「でも遅い。さあ、闇の書の闇。その呪われた運命を終わらせる最後の戦いよ!」
リーゼロッテが言葉を吐き捨て、リーゼアリアが鼓舞する。
力を蓄えていた闇の書の闇の純粋な破壊の光が四人を襲う。
先ほどのように防ぎはしない。相殺はしない。その力は己が役割を果たすために全て廻す。ゆえに四人は誰が言わずとも、その場で弾かれる様に四散し、その破壊の光を躱す。
リーゼアリアたちはその経験故、残りの子供たちは、内にいるもう一つの存在によって為された結果だ。最悪、先ほどの一撃で終わっていた可能性はゼロではない。
しかし、紡がれた命に安堵する暇もなく、四人は終焉に向かって最善を尽くす。
「ブレイズカノン!」
拳銃を模したリーゼロッテの指先から青い閃光が放たれた。
だが、それを嘲笑うかのように、闇の書の闇に直撃する前に、その光はまるで壁にぶつかったかのように四散し、その熱を無駄にした。
魔力障壁。
最終局面ここにきて、闇の書の闇は明確な防御手段を行使した。まるで、いままで隠していたかのような絶妙なタイミングだ。
しかし、それは不測の事態と彼女たちは考えていない。むしろ、想定内だ。そうなると予想して、自分たちはこの役割を担った。本来は自分たちの手で決したかった因縁。だが、今は、意地よりも結果を求め、彼女たちは動く。不甲斐なさはある。だが、それ以上に未来を担う子供たちを信じて、自分たちはその道を切り開く。
瞬間、闇の書の闇の周囲を無数の青い光が連続交差した。
その正体はいつの間にか闇の書の闇の後ろ側に回っていたリーゼアリアによるものだ。
どれほどの意志が備わっているかは不明だが、闇の書の闇は敵を認識する程度の判断はある。ならば、不意を打つことも可能だ。
青い無数の光の交差は魔力障壁を削るだけ削る、が、その最後の壁を崩せない。
「今よ、ロッテ!」
「応よ、アリア!」
それでいい。元よりこれも布石なのだ。まるで燃え落ちる流星のように、加熱された脚を突き出す形で、リーゼロッテが闇の書の闇の頭上から降ってきた。
「「ミラージュアサルト!!」
双子ならではの高速連携による連続攻撃。闇の書の闇を守っていた壁の最後の一角は、リーゼロッテの踏撃によって砕かれた。
「彼方より来たれ、ヤドリギの枝───」
そこに休む間もなく、はやてと夜天の書の管理人格による追撃が闇の書の闇を襲う。
「───銀月の槍となりて、撃ち貫け。石化の槍、ミストルティン!」
魔法陣を中心に六本とその中心から更にもう一本、計七本の光の槍が放たれた。
ロッテたちの攻撃で怯んでいた闇の書の闇は魔力障壁を張る間もなく、七つの光の槍にその身を貫かれる。
瞬間、光の槍が突き刺さった個所から、灰色の液体が広がる様にその体が石化していく。
遠隔発生型石化砲撃魔法ミストルティン。
直接攻撃力は高くなく、射程も短いが、追加効果として生体細胞を凝固させる石化作用を持つ古代ベルカ魔法。
永久に石化させることは今のはやてには叶わない。だが、間違いなく闇の書の闇は、その一時、その巨体を無防備な状態に晒すことになった。
「ベルンハルト君!」
自分たちの役割は果たした。あとは少年たちに託す。
石に変わったその体を内側から破壊するように、ビキビキと亀裂を生みだす中、はやての叫びに呼応するように、柄を握りしめる両手に渾身の力を込めて、ミコトは白銀の剣を振り上げた。
足元に空色のベルカ魔法陣が浮かび上がる。魔導師の魔力の源であるリンカーコアが燃え上がるように渦巻き、全身に魔力が駆け廻る。まさに全力全開。自分の身で在りながら、その厖大な力の放流に一歩間違えれば自滅しかねない極地の中、ミコトは一切の嘆きを出さず、更に、更にと自らの全てを出し切ろうとする。
その想いをまさに表す様に、両手に握る白銀の大剣に埋め込まれた宝石から溢れた蒼い燐光が刀身を包み、輝きは更なる輝きを求めるかの如く、果てしなく煌いていた。
それは白銀の剣に刻まれた遠い記憶の酷似している。
かつて、争いの絶えない乱世、力無き命が無常に散りゆくことを認めなかった英雄の一人が、戦場にて希望と常勝を齎した、尊く眩しき光。
その景色を目の当たりにし、敵、味方問わず、生きとし生きる者は誰もが同じ気持ちを抱いた。
もはや、現世ではその輝きを知る者は少なく、その僅かに知る者ですら古びた記録のみの中であろう。
だが、アーチャーの助力によって剣の記憶を読み取ったミコトは、その記憶、その歴史、その伝説の再現を、今ここに為す。
彼の者が多くの人々を守ったように、自分もまた、この一刀を持って切り開く。
「ごめんね・・・・・・」
その言葉は誰に送ったものかは解らない。そして、謝罪の言葉を呟いたと同時にミコトの思考は完全に切り替わり、確固たる意志と、魂に刻まれた誇りを共に、遥か長い旅をした者は、今世で勝利を掴む。
勝利の戦乙女の名を持つ、必殺の其れは───。
「ブリュン──────ヒルデッ!!」
青い光が迸る。
これは文字通り魂の一撃。強靭な魂の力を解放させ、刀身から超高密度の魔力を放出し、加速させた巨大な刃は、夜空を渦巻きながら吼えて、疾走する一条の閃光と化した。
殲滅型斬撃魔法ブリュンヒルデ。
天王の魔法の中でも最高クラスの攻撃力を持つ魔法であり奥義。斬撃でありながら、その一刀を持って、一軍、一城を一撃で殲滅したためるまさに必殺剣。
神に逆らいながら勝利を導いた戦乙女の名を冠した刃は、夜の闇ごと闇の書の闇を包み込んでいく。
全てを焼き尽す煌きの中、数々の怨嗟より構成された破壊の権化は、一子一分に至るまで灼熱の衝撃を晒されて、形容し難い断末魔を響き上げる。
だが、その中―、熱と光で徐々に失われる、自我とも意思とも形容しがたい“それ”は、己を消しさる光に別の景色を重ねた。
それは何処までも続く雲一つもない青い空。
あまりにも静かで、穏やかな風景だ。
何故自分は破滅を求めたのか? 恨みか? 妬みか? 苦しみか? 奴当たりか? 悲しかった。辛かった。自分たちだけがなぜこのような苦しみを永劫味わなければならないのか? 苦悩は殺意となり、幾度も同じ残痕を生み出し、喰らい続けた。その、さきほどまで当たり前のように膨れ上がり、渦巻いていた黒い感情が疑問になって押し寄せる。自分は、私は、俺は、僕は、我々は、ただ、このような静寂を望んでいたのでは?
そのような思いが芽生えることができた。己の存在を殲滅するだけの光。だが、だからこそ、そこに宿った思いは浄化されたように清廉したものだった。
本来それは形容するべきものでもないかもしれない。
だが、それでも、あえて言葉として形をするならば、それは、感謝、であった。
そして、苛烈にして清浄なる光景を目の当たりにし見守る誰もが言葉を失っている。
ある者はその威力に畏怖し、ある者は遠い情景を重ね、ある者はその輝きに目を奪われた。
しかし、誰もが同じものを感じることがあった。
それは、過去の人間が同様に胸へ宿った思い───。
「綺麗・・・・・・」
はやては、その自分の中で感じた気持ちを、素直にそのまま言葉として口から出した。
やがて、光は収束するようして徐々に消え失せ、やがて夜空は星明りのみで照らされる。
その間、とれほどの時間だったか、誰もが気づいた時には、夜の沈静だけが辺りを包み、闇の書の闇はその姿を跡形もなく消滅されていた。
静寂が戦いの終わりを告げる。
「我が主!?」
「マスター!?」
瞬間、はやてから夜天の書の管理人格が、ミコトからアーチャーが分離した。
ふらりと落ちていく二人を管理人格は慌てて自らの主を抱きとめて、アーチャーもまた、空中に停止させた剣を足場にして、己が主を抱きとめる。
「え? ちょっと!?」
「おいおい、大丈夫か!?」
慌ててやって来た双子に対して、最初は狼狽していた夜天の書の管理人格は、静かに頷いた。
「二人とも眠っているだけだ。大事はないよ」
「無理もない。二人とも子供の身でありながら、最初の戦いで大業を果たした。疲れてしまうのも当然だろうよ」
夜天の書の管理人格とアーチャーはそれぞれ苦笑しながら、再び自分の腕で眠る主を見つめる。
その姿はあどけなく、分相応の子供らしい安らかな寝顔だった。
双子もその様子を見て苦笑する。
間もなく、夜が明ける。
しかし、朝が来ても、彼女、彼が自らの意志で目覚めるまで、その眠りを妨げないでおこうと、小さな勇者たちの天使のような寝顔を眺めながら、誰もが心にそう思った。