Fate/Lyrical cross ☓はやて【凍結中】 作:貫咲賢希
遅いけどね!!
あと、設定ができたので見てください。
空は灰色で、見渡す大地は血の色だった。
耳に届くのは風の音ではなく、鋼の響き、数多の怨嗟、一瞬で多くの命が塵と化す破滅の足音。これが戦場といえば戦場なのだろう。しかし、そこに尊厳も、守る者もない。
あるのはただ、絶望だけだ。亡骸の上に亡骸を重ね、それを憂うこともなく、さらに死を積み重ねる。戦いの果てに終わりがあるのならば、まだ救いがあっただろう。誰もが願う花々しい煌びやかな勝利が存在するのならば希望があっただろう。
だが、そんなものは幻想にもならない。ゆえにここは戦場ではなく、地獄なのだ。
嘆き声は届かず、ただ滅びのみが続く。
向かってくる敵をその剣で切り裂き、燃やした。
有象無象関係なく、ただ叩きつぶし、もはやそれが生きた肉であったのか解らないほどの欠片にした。
守るものも何一つもなく、その牙で、爪で、断末魔を奏でた。
救えるはずの命を、簡単に摘み取った。
そして、多くの命を奪った者どもには、ただ一つの栄誉もなく、あるのはただ、汚名と呪詛のみ。
絶望は続く。
戦い、戦い、戦い、戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って・・・・・・。
最後は自ら手にかけた命と同様に捨てられ、世界が終わる。
それを繰り返した。
幾星霜の時を重ねて、重ねた分だけ罪と悲哀を生み出した。
ああ、これはあんまりだ。
誰もいないとこではやては泣いた。
気がつくと彼女はそこに居た。これが夢であると直ぐに悟り、けれど現実で起こったできことであった事もすぐに理解した。
そこには五人の騎士がいた。
騎士たちは多くの罪を重ねた。当然許されないことを何度も犯し、その手を汚した。
それでも、それでも、はやては、その騎士たちを責めることはできなかった。
騎士たちはいつも泣いていたのだ。
声に出して、叫ぶこともできず、ただ命じたことだけをこなした。騎士たちがただの機械であるならば良かっただろう。だが、騎士たちには心があった。心優しい心があった。
美しいと思う気持ちもある。人を愛することを理解できる。守りたい信念の尊く思える感情があった。人間となにも変わらない。意志を、魂を持った存在だ。
その騎士たちが何度も望まない戦いを過ごした。皆、悪だと、呪われた騎士だと、騎士たちを責めた。それでも戦い続けた。騎士たちはそれしかできなかったから。
絶望しかない戦いを繰り返し続けた。
「しかし、それを貴女様達が終わらせてくれた」
「!?」
そこはまるで宇宙のように、暗い闇に光が散りばめられた、星空のような空間。
はやてはいつの間にかそこに居て、自分の前で跪いている存在に気づく。
それは自分が先ほどまで見ていた騎士たちだと直ぐに理解した。
しかし、一人、足りない。
終わりの果てで、ただ独り泣き、他の騎士たちが忘れても、ただ彼女だけはその絶望の全てを覚えて、ずっと泣き続けていた銀色の髪の女性がいない。
「我等、夜天の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士」
「夜天の主に集いし騎士」
「ヴォルケンリッター、勝手ながら最後に主の下、礼を伝えたく馳せ参じました」
正面には桃色の髪を後ろに束ねた女性、その左右には金髪のショートヘアーの女性に犬のような耳を持つ褐色の男性、後ろにははやてよりも少し幼い容姿の女の子もいる。
「え、えっと――」
はやては悲しい記憶の中、いつ間にか星が散りばめられた夜空のような空間にいた。そこに先ほどまで眺めていた者たちが目の前にいる。はやてが動揺して、次にどのような言葉、どんな行動をすればよいか戸惑うのも仕方ないことだろう。
「初めまして? 私は八神はやてといいます」
とりあえず、向こうも名乗ったのだから自分も名乗るのが筋だろうと、はやては自己紹介をした。
「存じております。私たちは先刻からですが、この本より貴女様の姿を拝見させていただきました」
桃色の髪の女性が顔を上げると、ふわりと夜天の書が現われた。本物、ではなく、ただ解り易く自分に教えるため、幻や偽物の類を用意したのだろうとはやては解った。毎日のように眺めていた本。自分をずっと見守っていてくれた存在。本物とそれ以外の区別など当然できる。
「それって、あんときの戦い?」
「はい。初陣ながらも数多の英雄に匹敵する素晴らしい雄姿に我々一同感服いたしました」
「いやぁ、あれは他の人らが頑張っただけで、私はほんの少しお手伝いをしただけやよ」
「例えそれが事実であったとしても、貴女様の戦う姿に我々が心撃たれたもの又事実です」
「ははは、なんか恥ずかしいなぁ」
照れ臭そうにはやては頬を緩める。そう言われると不思議と嬉しいものだ。
桃色の髪の女はその姿に僅かに微笑を浮かべ、直ぐに真剣な面持ちになる。
「あれは、本来でしたら我々が断たなければならぬ因縁でした。彼の天王曰く、我々が屠ってきた怨念が歪められ、あのようなものが生まれた。
そして、それが世界を滅ぼす度に我々の憶は改竄され、また新たな悲劇の幕開けを繰り返した。けして許されることのない愚行。罰せられるべき悪だ。それを、まだ自覚もなかった主である貴女様に終わらせていただくことになって、我々はどれほどの謝罪と感謝の言葉を捧げて良いか解りません。
この思いすら伝える事も叶わぬと悔いて時、最後の情けによる偶然が、貴女様とこうやって会見できる機会を得られたことを幸福に思います。
主よ、我々の運命を終わらせていただき、真にありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
「ありがとう、ございすぅ」
桃色の髪の女性に続いて、金髪の女性と獣耳の男が、それに少し遅れて赤毛の少女がそれぞれはやてに感謝の言葉を捧げた。
「そんな何度も礼なんていらへんよ! ほら、もう顔上げてぇな。まだいまいち自覚は足りかもしれんけど、私は貴女たちの主なんやろ? だったら、これからずっといるんならそないな堅苦しいことは止めにして他のこと考えな!」
「主・・・・・・」
「ここの不思議空間は現実やのうて夢みたいなもんやろ? なら今度はこんな言い方はもしかして可笑しいのかもしれへんけど現実で貴女達に会うようにせんとな。えっと、けど、どないしたらええんや? とりあえず、あの子に相談して――」
「いえ、主よ。それは叶わぬ事です」
桃色の髪の女は、少し寂しげに、けれどはっきりと告げた。
「なんで? どないして?」
思いがけない言葉に戸惑うはやてを余所に桃色の髪の女は冷静に語る。
「我々は罪を重ね過ぎた。ならば報いは受けるべきです」
「それは、そうやろうけど――」
たしかにこの騎士たちは多くの罪を重ねただろう。謝ってどうこう問題でないことははやてにも理解できる。
しかし、それでも、次に発した言葉は衝撃だった。
「故にこの命、自らの意志で断ちます」
「え?」
それは、自害、死ぬということだということをすぐには理解できなかった。
「は? な、なんでいきなりそんなことになるん!?」
「これが御身とっても我々とっても、最善の道です。ご理解を」
「理解なんてできるかいな!? そんな、涼しい顔して、死にますって言われたからって、はいそうですかって言えるはずないやろ!?」
突然の事にはやては激しく動揺する。
が、しかし、その昂ぶる気持ちとは裏腹に意識が遠のいていった。
「どうやら時間のようです」
「あ、あかん!」
言わないといけない。止めないといけない。
そう思うと必死に堪えるも、はやての意識はどんどん遠のき、星空のような空間からも体が浮遊し、騎士たちから離れていく。
必死で抗う主を静かな眼差しで見送り、その姿が消え去ると騎士たちは各々立ち上がる。
「これでよかっただろう」
「ああ」
桃色の髪の女の言葉に獣の耳の男が首肯する。
「我々がいなければ、あの幼き主も平穏に暮らせるだろう」
「結局最後まで戦いばかりの日々だったけど、まぁ、こんな最後なら悪くねぇじゃねぇか?」
「そうね。無意味な争いを強いられることはもうない。あとは静かに眠るだけ」
悪態を吐くように紅い髪の少女は言い、金色の女はささやかに微笑む。
「すまないな。皆」
「なに謝ってんだよ。みんなでアイツに付き合うって決めただろ? 今更、湿気た言葉なんて虚しいだけさ。私たちは最善の判断をした。最後の最後に綺麗な騎士らしいことをした。それだけでもいいだろ」
そう、この結末は自分達で決めたことだ。
自分達はずっと無駄な戦いをしていた。主を殺すだけの戦い。全て略奪しか存在しなかった呪われた日々。その事実に絶望した。
だが、次の瞬間には、その暗闇から抜けだせていた。
他でもない、先ほど出逢った主のおかげでだ。ならば、自分たちはそれに報いることをしよう。
思えば誰かに命じられる事もなく、更には各々意見を纏めて、戦い以外の事柄で決断をしたのは自分たちにとって初めてだったかもしれない。
その最初で、最後のことがこのようなモノになったことに後悔が微塵にないかと問われれば否定できないだろう。
だが、そうだとしても、自分たちが選んだ答えは、今まで数多の厄災を孕んだ呪われし者達にしては、まるで誇り高き騎士のように気高い物であるのだと信じたい。
例えそれが不相応のものであったとしても、己の胸に抱くぐらいは、ささやかな手向けになるだろう。
「そう、だな」
自分よりも幼い容姿の少女に改めて諭され、桃色の髪の女は僅かに笑みを浮かべながら頷く。
「本当にこれでいい―――」
「良いわけあるかぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
『!?』
その怒号に騎士たちは驚愕した。
先ほど消えたはずの自分たちの主が、遠く離れても、微かにその姿を現し、こちらに向かって叫んでいた。
「なに満足そうに言ってんねん!? むちゃくちゃ後悔ありまくりな顔してるやん! めっちゃ寂しそうな顔してるやん!? ずっと嫌やんたんやろ? ずっと辛かったんやろ!? ずっと終わってほしかったんやろ!? だったら、死ぬなんてあかん! 悪いことしたから、そんなん関係あらへん! ようやくこれから始まる、いや、始まってすらおらへん!」
確かに騎士たちは罪を重ねただろう。それは死んでも償い切れるものではない。
だからこそ、はやては騎士たちに生きて欲しいと願う。
未来永劫、終わりなき償いをして欲しいと思ってはいない。
疲れ果てて、ボロボロになった騎士たちが、ほんの少しでも優しい時間を得られることを願う。
それは許されないことかもしれない。罰せられるべきことかもしれない。資格などないのかもしれない。奪ってきた命が、数え切れない怨嗟が、許すわけないと糾弾し、それを断固として阻止するかもしれない。事実そうなのであろう。当然だ。多くの命を略奪し、数え切れない災厄を招いた罪人に願うべきことは間違っている。
それでも――
そうだとしても――
はやては望む。
火事場で出た力のようなことで現われたはやての姿が消えようとする。
それでも自分を呆然と眺める騎士たちにはやては宣言した。
「待っててな! 絶対みんなを、温かくて、優しい世界に連れてったる!」
悲哀に満ちたその顔を笑顔に変えるために、少女は決断した。
*
はやては目が覚ました途端、急いで起き上がり、辺りを見渡した。
見知った空間。自分の部屋のベット。時間はまだ遅いのだろう。窓から見える景色は薄暗く、朝にもなっていない頃だろうか? 誰もいないのは当たり前だと受け入れることとして、守るべき大切なモノがそこにないと知ると、はやては近くにあった愛用の車いすに飛びつくように向かった。
ドタン! と、床に倒れる。急いでるあまり、うまく車いすに乗れなかったようだ。
だが痛みに嘆くこともなく、はやては真っ直ぐに車いすへ移動を再開させようとする。
そこへ、トタトタ、と自分の部屋にやってくる足音が聞こえた。さきほど倒れた拍子に出た音でなにかあったのかと気づいたのだろう。ガチャリ、と扉が開かれると、そこには空色の髪と黄金の瞳の少年、ミコト・ベルンハルトがいた。
ミコトははやてを見ると慌てて駆け寄る。
「八神さん、大丈夫!?」
「平気や」
「無理したら駄目だよ。魔法も慣れてないのにあんな戦闘をしたんだから、体は疲れてるはずだよ」
「そんな私の疲れなんて今はどうでもいいねん。それよりも他の人らはどこ?」
はやての問いにミコトは押し黙る。一瞬、どう伝えるか悩むものの、はやての真剣な様子に意を決して伝えた。
「他の人たち。アーチャーとリーゼアリアさんたちは出かけているよ。夜天の書も一緒だ」
「どこに? なにしに行ってるん?」
「…………夜天の書の処分だ」
「――――――なんで、処分するん?」
はやては叫び出したい気持ちをぐっと堪えて、冷静にミコトに訊ねた。
はやての気持ちに応えるようにミコトも告げる。
元々、そのために自分は残っていたものもあるのだから。
「夜天の書は闇の書と呼ばれるほどの呪われた魔導書だった。幾ら脅威が去ったとはいえ、そのままにしておくわけにはいかない。
八神さん。時空管理局というのがあってね、それは次元世界における司法機関ミッドチルダ他、幾つかの世界が共同で運営している。
細かい説明は省くけど、ようは八神さんの世界にも他にも色んな世界があって、管理局はそれを守る警察みたいなものかな。
一番大事な仕事は、次元世界の崩壊を招きかねない存在については、最優先で対処すること。
それは夜天の書にも例外じゃない。夜天の書は何度も世界を滅ぼしたり、他の魔導師などへ危害を加えたりしているから、何度も管理局と争った関係なんだ」
夜天の書が世界を滅ぼした。その光景ははやても知っている。
どういった経緯か今のところ不明だが、眠ったはやての中に夜天の書の記憶が流れた。その中には騎士たちと魔法で戦う者たちがいて、その果てに、幾つかの世界が消え去る光景を知った。
「一番短い過去で九年前。夜天の書は事件を起こしている。多くの人が死んだ。当然、残った被害や遺族は健在だ。
そんな魔導書をもう危険がないからって、無罪放免で放置するわけにはいかない」
「っ! だからって、なんでも破棄する必要は――」
「これは、君のためでもある」
予想外の言葉にはやては目を見開いた。
「今はまだ夜天の書の件を管理局で知っているのはリーゼアリアさんとリーゼロッテさん。その主だけ。このまま夜天の書を破棄すれば、八神さんは夜天の書の主であったという事実を知るのもその三人しかいない。そして、その三人も口外する気はない。そうすれば八神さんはこのまま静かに暮らすことができる。魔法も知らない、この世界のありふれた女の子としていられる」
「な、なんで、そんな――」
はやてが何かを言う前に遮るようにしてミコトは言った。
「仮に。八神さんが夜天の書の主でいる場合、夜天の書の罪を君が全て負うはめになる場合がある。言われない中傷。無慈悲な糾弾。それを当たり前のように受けて、ずっと責められる。良い事なんて、なにもないよ」
「そっか――」
ミコトの言葉を聞いて、はやては納得した。
なるほど、だから夜天の書を破棄する。
それを理解した上で、はやては微笑んでミコトに言う。
「ベルンハルト君、夜天の書の主になっても良い事あるで?」
「え?」
「うん。やっぱ止めんと! 夜天の書の主は私や。勝手なことは許さへん」
「ちょっと、八神さん聞いていた!?」
「うん。聞いたって。だから、速くしないと」
よじよじと車いすに向かうはやてに対して、ミコトは改めて訊ねた。
「君は本気なの?」
「本気や」
まるで当然のことを言うようにはやては肯定した。
そんなはやてをミコトは数秒見つめてから、車いすに移動しようとするはやてに手を貸す。
「ベルンハルト君?」
「僕も行く。だから、急ごう」
*
丘の上にある小さな展望台には静けさだけが広がっていた。夕方や昼下がりには海を眺めるためにやってくる人間もいるが、今その場で立つ者たちは誰ひとりとして海に目を向けることもなかった。
「お前にも世話になったな」
「大したことはしていない」
夜天の書の管理人格の言葉にアーチャーは素気なく返事をする。
「それよりもいいのか? 君を空に贈る役目が私で?」
その言葉は自身が、彼女、夜天の書の管理人格の介錯を務めることを意味する。
その確認に、彼女は申し訳なさそうに笑みを浮かべながら頷く。
「ああ。本当なら、あのもの達に仇を討たせたかったが――」
「さっきも言ったけど生憎と私達は先の戦闘でへとへとよ」
そう答えたのは、彼女とアーチャーから少し離れた位置に立つリーゼロッテだ。
その隣には双子のリーゼアリアも存在し、更にその奥には別の人影が立っている。
見た目は彫りの深い初老の男性。だが、青い軍服に隠れた肉体は今だに衰えることのない大木を想わせる。
彼の名前はギル・グレアム。
時空管理局の提督であり歴戦の勇者だ。
彼こそが闇の書と呼ばれた夜天の書の問題を『独断』で解決しようと人間である。
彼は過去、夜天の書の暴走で部下を失った。それを期に、今度こそは完全に夜天の書の因縁を清算すると奮闘した。
最小限の犠牲で、次に広がる悲劇を防ごうとした。何かしらの形で夜天の書の力を利用、あるいは邪魔をする輩に悟られないために、己と自らの使い魔だけで動いた。
そして、行き着いたのが、八神はやてである。
彼女が孤立無援の少女であると知ると、彼は陰ながら彼女を様々な形で援助した。
だが、それはけして哀れな少女に同情したからではない。
彼の目的は己の部下を失った後悔、恨みといったものを晴らす私怨に過ぎない。ゆえに、世界を崩壊した際自らも消滅し、再びこの世に舞い戻る夜天の書の転生システムのオリジナルを知る、魂を統べる天王の転生者、ミコト・ベルンハルトに接触しなければ、彼は彼女ごと夜天の書を永遠に封印する策すら考えていた。
結果として、ミコトや彼が呼びだした救済騎士、更には元凶たる夜天の書自身やその主、八神はやての手によって事態が解決したことに複雑な思いを隠せないものの、結果として良しと受け入れている。
あとは救済騎士の力を借り、無抵抗な夜天の書を跡形もなく消滅できれば全てが解決できる。
彼女の使い魔である双子は先の戦いで衰弱しているが、戦いに参加してない彼の力は健在。元々、彼は今回の件の切り札として控えており、そのための道具も揃えている。
今ならば夜天の書の完全破棄を彼自身の手で行うことも可能だ。最初はそのつもりであったのだろう夜天の書の管理人格に提案されたが、彼はそれを断る。
彼自身の手で終わらせたい気持ちはあるが、彼の場合は万が一に備えて力を温存している。勿論、救済騎士が夜天の書の破棄に応じなければ自らの意志で終わらせる算段だった。
だが、代わりに行える存在がいるのなら、自分は不測の事態に備える。
今更なんの不測の事態が起きるのかと問われるだろうが、大事なことなので万全の状態で幕を下ろしたいと押し切った。
その時に自らをアーチャーと名乗る救済騎士の男は訝しげな目でこちらを見たが、夜天の書の管理人格からの言葉もあって、アーチャーは夜天の書の破棄を了承した。
ゆえに、彼は事が終わるまで今は静観に徹し、管理人格の言葉にも沈黙で答えるだけだった。
夜天の書の管理人格は一瞬、申し訳なさそうに顔を沈ませるも、目を静かに閉じる。
「どうやら、他の騎士たちも主との挨拶は終えたようだ」
最後の情けと、今の今まで夜天の書の破棄を長引かせていた理由は、夜天の書を通して、眠っている主の八神はやてと精神リンクで他の騎士たちに最初で最後の逢瀬をさせていたためである。
最初は大本である夜天の書から守護騎士を切り離し、自らのだけ消滅させようと管理人格は目論んでいたが、それを今だ夜天の書の中に存在する守護騎士たちが待ったをかけた。
今まで一番苦しんでいた仲間一人だけに逝かせるわけにはいかないと。
仮に強引な手で自分たちを引き剥がそうと、すぐに跡を追うと。
それが頑固として曲げぬ意志だと知ると、管理人格は涙を流した。
まるで、傷ついたのはその女であるかのように、ボロボロと、何度も「すまない」と嗚咽混じりに謝罪しながら、静かに、けれど激しく涙を流した。
それはただの幻影だと、ギム・グレアムは打ち消す。そんな感傷など、いまの自分には必要ない。自分はただ、目的だけ果たせればそれでいい。それ以外は無用だ。ましてや部下の敵に憐れみなど有り得ない感情である。
そして、本来なら必要でないだろう時間の浪費が終え、夜天の書の管理人格はアーチャーに体ごと顔を向ける。
「では、お願いする」
「……
アーチャーのその言葉を口にすると彼の左手に信じられないほどの魔力が流れだし、そして一瞬の内に、その手の中には一振りの剣が握られていた。
黄金の剣。まるで、この世の光が全て集められたかのような眩しき輝きと信じられない魔力にリーゼロッテとリーゼアリアは目に見えるほど驚愕し、グレアムも目を見開いた。
ただ、彼女、夜天の書の管理人格だけは、その剣を、ただ美しい星にでも見惚れているかのように赤い瞳で真っ直ぐと見つめている。
「綺麗だな」
「これは贋作の贋作。本物には敵わない」
彼女の素直な賞賛にアーチャーは素気なくに答える。
「例え本物でなくても、綺麗なことには間違いないよ」
造り手が紛い物だと吐き捨てても、彼女は笑顔でその輝きを称えた。
例え偽物だったとしても、そこにある輝きは幻なんかではない。
その言葉が、どれほど彼、アーチャーにとって衝撃だったか、夜天の書の管理人格は知るよりもなく、ただ、その自ら感じた美しいと思う心に従うように、その剣を眺める。
「それで送ってくれるのか?」
「…………、ああ。贋作であるが、君を天に送るには、これが良いと思った」
「そんな綺麗な剣で介錯をされるなんて。ははは、まるで私がおとぎ話に出てくる騎士のようだな」
本当に嬉しそうに、彼女は今から自分の命を奪う剣を愛おしそうに眺める。
「お前は優しいのだな」
「何を言い出すかと思えば。君のような女性に剣を手向けるような男がなぜ優しいのだ?」
「いいや、優しいよ」
「買いかぶりだ」
「そんなことないと思うがな」
彼女は楽しそうに笑う。まるで自分の命が消えることなど考えていないかのように。
いや、考えているからこそ、笑っているのだろう。
最後は笑顔で。それならばあの優しい主も少しは自分の消滅に安らいではくれるだろう。
「さぁ、その剣で、幕を下ろしてくれ」
静かに瞼を閉じ、全てを受け入れるかのように彼女は手を広げる。
その姿を、アーチャーは与えられた役目を全うする為、彼女が苦しまず逝けるよう真っ直ぐと天に掲げて――
「最後に、貴方の名前を教えて欲しい。アーチャーという仮の名ではなく、本当の名前を」
――自分の手にかける者の名を知りたいゆえか、彼女のその言葉に胸を撃たれ、だが揺さぶれることはなく、けれど、ほんの小さく、彼女だけが聞こえるような声で、しっかりとアーチャーはそれに答えた。
「―――だ」
「そうか。うん、いい響きだ。――、できれば貴方の主共々、私の主も頼む」
ああ、彼女は最後の最後まで、自分の主の幸せを願うのか。
そして、アーチャーはその黄金の剣を振り落とし――――。
「だめええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
そこには息切らしながらやってきた車いすの八神はやてと彼女を押してきたであろうミコト・ベルンハルトがいた。
彼女たちの登場にアーチャーの剣が止まり、双子は驚愕して、管理人格は寂しそうに彼女たちを見て、グレアムはまるで予想していたかのように嘆息した。
「わ、我が主……」
「あかん! 消えるなんてあかん! そんなん私が許さへん!」
管理人格に近づこうとして、はやては自ら車輪を勢いよく動かし、急な反動でそのまま彼女は車いすごと地面に体を叩きつけた。
「八神さん!?」
「わ、我が主!?」
倒れた彼女を助けるようにミコトはまず車いすを彼女から取り除き、管理人格は駆けよってはやての体を抱き起こそうとする。
その伸ばした腕をはやてはしっかりと掴んだ。
転んだ痛みを堪えるよう目の端に涙を溜めてながら、しっかりと彼女は管理人格を見つめる。
「アンタらが消えることなんてあらへん! 夜天の書が重ねてきた悪い事は私も一緒に謝る! 駄目だったとしても、ずっとずっと、ずうっぅと、謝る! だがら、勝手に決めていなくなるなんてあかん!」
「聞き分けください、我が主。我儘を言っておられたら、お友達に嫌われますよ」
「我儘はどっちや!? 自分たちらで勝手に決めて、そんな簡単に諦めて、いっぱい、いっぱい、したいことあるやろ? 後悔ばっかりなんやろ? だったら、何で諦めるん? これからやん! やっとこれから幸せになれるんやん! その資格とかないとか、そんなことあれへん! 手を伸ばせば掴めるとこにいるねん! 例え見えなくても、手を伸ばせば私が掴んだる! 頼りないかもしれへんけど、しっかり掴んだる! だって私は夜天の書の主やから! 偶然やったかもしれへんけど、私はアンタらの主やから! だから、その罪は私も一緒に背負う!」
その言葉にはやて以外のその場にいる誰もが驚愕する。
この少女は、自分にまったく非がないのにも関わらず、夜天の書の、偶々主になっただけだというのにも関わらず、幼い少女はその罪を背負うと豪語したのだ。
「しかし、それでは御身にご迷惑が――」
「迷惑あるかあぁ! 掴んだら一緒に地獄に堕ちるとか言うつもりなんか? 上等や! そんなんとっくに覚悟した上で私はここにおんねん! 地獄なんかに堕ちるより、私はアンタが、アンタらがいなくなるほうがずっと怖いねん! それともなにか? 主とかは偶然の出会いで、根っこは私の事なんとも思っていないん?」
「――じゃないですか」
管理人格のほほに涙が流れる。涙を流した目で強く、強い眼差しで彼女ははやてを見る。
「嫌いなわけ、ないじゃないですか!? 私はずっと貴女の傍にいました! ずっとずっと見て来たんです! 貴女が賢くて、大人びて、でも本当は寂しがり屋で、けれど弱音なんて吐かなくて、強く、儚く、私や、他の騎士たちまで想ってくれる優しい貴女のことが大切で堪らないです! だから! 貴女には幸せになってほしいんじゃないんですか!?」
「阿呆! そんなん私も一緒や! 言葉を交わしたのなんてちょっと前からやけど、独りぼっちだった私をずっと見守ってくれたアンタが大事や! 私のために、自分の命を捨てようとする他の騎士たちが情けないほど、居なくなって欲しくないて思うんや! ずっとずっと一緒居たいんや! それぐらいやぁあああああ!」
「わ、我が主…………」
どうしても寂しかった時、幾度その本を抱きしめたか解らない。温もりもないはずの本からどれほどの安らぎを貰ったか計り知れない。騎士たち過去の情景を見て、例え一方的な憐れみだったとしても、どれほど助けたいと思ったか想像もつかない。傷つき、優しい騎士たちがこのまま消えてしまうのは絶対に許すことができない。
はやては自分を抱き起こそうとする腕をかわし、逆に管理人格の頭を優しく抱えるように抱きこむ。
「だから、消えるなんてあかん。そんなん、絶対に許さへん」
「わ、があるじぃ……」
その言葉はあまりにも優しかった。その腕はあまりにも温かった。そして、とうとう夜天の書の管理人格は隠しきれない嗚咽を漏らす。
そして、しばらく静観を続けていた者で先に動いたのはアーチャーだった。
「マスター」
彼は彼女らではなく、このような事態になった原因の一旦を作りだした自分の主に目を向ける。
「君はこうなる事を解っていた上で彼女をここへ連れて来たはずだ」
「…………うん」
ミコトははやて達から目を外し、自ら呼びだした己の騎士に視線を変える。
「これでどうあっても、八神はやては平凡な人生などこないだろうよ。その責任はとる上の行動か?」
「アーチャー、僕は今回の件、あまりにも地に足をついてない中途半端な状態だった」
そう。ミコトは今回の夜天の書の事件を解決する上で、精神的にあまりにも半端なものであった。仮に成功していたとしても、何一つ、得られるものなどなかった。
しかし、それを変えてくれた少女がいた。
「でも、僕の情けないない悩みを彼女が、八神さんが晴らしてくれた。だから僕は動けて、しっかりと前を向けるようになった」
「ベルンハルト君…………」
自分のほうを見るはやてにミコトは安心させるように笑いかける。
「君にとって些細なことだったかもしれないけど、僕はそれで救われた。だから、今度は僕が彼女の道を晴らしてあげたい」
「なるほど…………」
自分のマスターの言葉を聞くとアーチャーは静かに目を閉じる。
ガチャ、と、その手に持っていた黄金の剣を彼女達に向けた。
『なっ!?』
驚愕する彼女たちの余所にアーチャーは不敵な笑みを浮かべた。
「とんだ馬鹿な主を持ったものだ。まったく頭が痛いよ。だが――悪くない」
アーチャーはリーゼロッテたちに剣を向けたまま堂々と宣言する。
「ご覧のとおり、我がマスターは彼女たちの味方だ。ならば、彼女たちの身を脅かす存在いるならば、戦いに慣れぬ主の代わり、私が全力で相手をしよう」
「アーチャー」
「なにを呆けているマスター? 私は君の騎士だ。ならば君が向かう道を切り開くのは当然だろう。もっとも、それが下らん道ならば早々に斬り捨てるとこだったがね」
皮肉を溢すアーチャーに対してミコトは感極まるような感謝の笑みを浮かべた。
「はやて君」
そこで、今の今までずっと沈黙を保っていたグレアムが口を開いた。
彼は一歩だけ彼女たちに近づく。アーチャーは彼の動きに警戒するも、手に持つ剣を彼には向けなかった。
当のはやては初めて見る初老の男性に多少怖じ気つくも、しっかりと自分の腕に抱かれる彼女を守るかのように、その腕を強める。
「こうやって会うのは初めてだね。私の名前はギル・グレアム」
「ギル――って、それって――」
「今は、君が問おうとしてることは重要ではない。私が訊きたいことはただ一つ」
グレアムは小さな少女を真っ直ぐと見下ろし、問いかけた。
「君が夜天の書の主のままでなんのメリットがある? 彼女たちの罪は君が想像しているよりも重い。子供の戯言で通せぬ世界だ。それでもなお、その道を選んで、君は何を掴めるというのだ?」
その問いかけに対して、はやては一巡の迷いもなく、はっきりと答えた。
「家族ができます」
「なに?」
「一人ぼっちだった私に家族ができます。ずっと欲しかったモノです。だから、どんな辛い事も頑張るつもりです」
「そうか…………」
グレアムは目を閉じ、しばらく沈黙をすると再びその口を開いた。
「ならば、私はその応援をしよう」
『お父様!?』
驚愕するリーゼロッテたちに対し、グレアムは、本当に仕方ないことであるかのように笑みを浮かべた。
「誰も家族を失いたくないものだ。当然だろう」
『お父様…………』
万が一、グレアムははやてが夜天の書に秘められた強大な魔力に魅入られ、暴走すれば即座に無力化するつもりでいた。
だが、それよりも。
最初は利用するために。
けれどいつしか、その幼くも賢く、儚い少女に思い入れが芽生える。立場は違えど、彼もまた、はやてをずっと見守っていた存在であるのは違いなかった。
そんな少女が、このような決断をするのを、どこかで予感していた。
簡単ではない。苦しい茨道だ。それでも彼女はその幼い体で突き進むだろう。
ならば、自分はどうしたいか? 管理局としての立場でそれを制するか?
そんなものはナンセンスだ。元々彼は、私怨で、つまりは自分の気持ちだけで今回の件を進めてきた。
ならば、最後までそう在ろう。誰もが夢見た優しい世界がそこにあるならば、目指す価値はあるだろうから。
「えっと」
いまいち状況を理解していないはやてに対して、グレアムはまるで孫を眺めるかのような優しい笑みを浮かべる。
「難しい話だ。今すぐ全てを理解する必要はない。それよりも、君は今、すべきことが他にあるだろ?」
臨戦態勢をとっていたリーゼロッテたちが諦めるように肩の力を抜くと、アーチャーは満足そうな笑みを浮かべながら、黄金の剣を霧散させる。
ミコトも事態が安全なほうに運んでいると察すると嬉しそうにはやてたちを眺めた。
「……いいのですか?」
そこで、ぽつりと夜天の書の管理人格がか弱い声を溢す。
「なにが?」
そんな彼女の言葉をはやては優しく聞き直す。
「私はここにいてもいいのでしょうか?」
「貴女はどうしたいん? 私は伝えたで」
「私は――」
ぽろぽろと、涙を溢れさせながら、彼女は願いを言った。
「いたい、です。主と、騎士たちと、一緒にいたい、です」
その待ち望んだ言葉を、はやても涙を流しながら、笑顔で答えた。
「うん! 一緒にいよ!」
「わ、我が主!!」
途端、二人は抱き合いながら泣き叫んだ。
その、どちらもどちらのような、母と娘のような抱擁を、祝福するように海の向こうから朝日が差し込み、二人を照らす。
薄暗い世界は晴れ渡り、眩しい光が全てに行き渡る。
また、暗く閉ざされた世界はやってくる。それでも、何度も何度も、光は巡だろう。
まるで、夜天に巡る流星のように、何度も暗い世界に光は回るだろう。
これから彼女達は様々な困難が待ち受ける。それでも、彼女達は互いに支えながら、目指した道へ突き進む。
諦めなければ、追い風が彼女たちを運ぶ。幸福の鐘は鳴り響く。
それが彼女たちが選んだ運命だ。
「なぁ、一つええ?」
「はい、我が主…………」
「名前、決めたんよ。我ながら綺麗な名前やと思う。もう誰にも呪われた魔導書なんて呼ばせへん。アンタだけの名前やで。受け取ってくれる?」
「あっ――――はい! 勿論です!」
「うん!なら言うで――。
強くさえる者。
幸運の追い風。
祝福のエール。
リインフォース………」
ようやく、プロローグはこれで終り。
次から残りの騎士たちの話になります。