Fate/Lyrical cross ☓はやて【凍結中】 作:貫咲賢希
なにしてらかというと小説書いてたり、士官学校に行っていたり、ボールを投げて魔物を捕まえてたり、陰陽師の運命が気になってたりしてました!
「何か言い残すことはあるか?」
「最近の小学生は発育がよ――ぐはぁ!!」
正座するアーチャーの頭にはやてはハリセンを断頭台の如く振り落とした。
そんな顔面を床に口づけしたアーチャーをリインフォースは顔を赤らめながら気まずそうな顔で見つめ、ミコトは自分の騎士がしでかした不祥事に申し訳なさそうにしていた。
なにがあったかと言えば、簡単に説明すると、アーチャーが着替え中のはやてとリインフォースの部屋に入った。その制裁である。
しかし、彼にも言い分があった。
夕飯の支度ができ、呼んだのにも関わらず、もう少し待っての繰り返しだ。これでは自分が作った肉じゃがや、半熟のだし捲きたまご、炊きたてのご飯が出来たてで食べられなくなる。腹を立てたアーチャーは、買ってきたばかりの服ではしゃいでいる女性たちの部屋に突入した。
そして新しいワンピースを着る途中だったはやての未成熟ながら可愛らしい肢体の下着姿と、シャツを着る途中だったリインフォースの黒いブラジャー装備ダイナマイトバディを目撃するラッキースケベスキルを発動したのだ。
「確かに、ご飯できたのに空返事してた私らも悪かったで? せやけど、ノックもなしに入ってくるのはデリカシーないんとちゃう?」
「面目もない」
車いすの少女に正座のまま頭を下げる白髪の男性。なんとも情けない光景に見ているものはなんとも居た堪れない気持ちになってくる。
「あの、我が主。アーチャーも悪気があったわけでありませんから、その辺で許してあげてはどうしょうか?」
助け舟を出したのは被害者の一人であるリインフォースだった。覗かれたときにははやてと揃って「きゃああああああ」と絹を裂いたような可愛らしい悲鳴を上げて、いまでも恥ずかしいのか顔を赤らめたままだが、加害者である白髪肌黒のナチュラルエロ男を助けるとはとても寛容な心である。
「リインフォースがええんやったら、私もこれ以上は言わんけど――、アーチャーも今後は気をつけてな」
「うむ。このような失態は二度としない!」
キリッ!、と真面目な顔で断言するアーチャーだったが、なんとなくはやてと彼の主であるミコトは「あっ、この人またしそうだなぁー」と嫌な予感を拭えなかった。
「ほんなら、いい加減アーチャーの汚名返上のためにも夕飯食べよっかー」
「ふっ。あまりにも上手さに言葉を無くさぬようにな」
さっきの失態はどこいったのかアーチャーは自身に満ち溢れた表情で立ち上がると、せっせと皆の分のごはんをよそう。その姿がなんとも様になっているのが不思議だった。
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
そして、はやて、ミコト、アーチャー、リインフォースは初めての四人の夕飯を始めた。
ちなみに、なぜこのような状況になっているのか順をおって説明すると、リインフォースの消滅未遂の一件後、ギム・グレアムは自分の素性をはやてに明かした。
彼が別世界の人間だった以上に、自分を今の今まで援助してくれた脚長おじさんだと知るとはやては大層驚き、今まで助かったと感謝の言葉を贈った。
彼ははやてを利用するために援助をしていたに過ぎないと卑下したが、それでも自分はいままで貴方のお陰で助かっていたのだと感謝の思いをはやては消すことはなかった。
今まで騙していたことの償いで援助はこれからもずっと続けるというグレアムの言葉には、流石にはやても最初は遠慮していたが、他に頼る当てがないのも事実で、より一層グレアムに感謝の念を高めながら、彼の温情を受け入れることにした。
そして、今後の夜天の書についてだが、どうやって謝罪するにしても、まずは他の騎士たちの覚醒と八神はやてが魔導師として一人前になることが必須だと結論づけされた。
厳密に管理局や他の世界に対して、敵対や罪を犯してきたのは、夜天の書に未だに眠る他の守護騎士四人である。その四人が夜天の書から出てきて、今までの償いとして管理局での奉仕活動をするというのが現状最も穏やかに事が解決する手段である。
はやて自身も魔導師として一人前になれば、その類まれない魔法の才能ゆえに、管理局に貢献でき、騎士たちの清算その分速くなるだろう。
これで八神はやての将来が、管理局のモノになってしまうことを半ば決定されたことに、不満を隠せない者がいたが、当のはやてはそれで家族が守れるならそれでいいと笑っていた。
次にミコトたちがはやてたちと一緒にいる理由だが、これもなかなか複雑な事情である。
元々、ミコト自身はその能力ゆえ、管理局でも知る者はグレアムとその使い魔しかしれない。
それも当然だ。彼は魂を扱うもの。それを利用する邪な者もいるだろう。大きな組織ほど清純潔白ではない。それゆえにミコトは今回の件が終われば、親元から離れてでも、管理局が直接管轄していない遠い管理外世界に身を隠すことになっていた。
今後、グレアムが情報操作を行い、ミコトが何不自由なく暮らせるよう努力するが、それも長い時間を要するようだ。
そこではやてが自分たちと一緒に暮らすのはどうかと提案したのだ。
自分たちが住む地球は管理外世界であり、準備ができるまで表には出ないつもりでいる。
活動においても地球では行わないため、ミコトたちが自分と一緒に暮らしても問題がないのではと提案した。
彼にはアーチャーがいるため独りぼっちになるわけではないが、歳も近い人間が傍にいれば心細いことはないだろうと言葉も加える。
その提案にグレアムは問題ないだろうと受け入れる。むしろ彼にとっては保護すべき存在がまとめて一緒にいるほうがなにかと都合は良い。
当のミコトは戸惑っていたがはやてが「私と暮らすの嫌?」と首を傾げながらした問いかけに硬直し、最終的には了承した。
そして、現在はアーチャーが作った夕飯を八神家で食べている最中である。
なぜ、アーチャーが夕飯を作ったかと言うと、はやてが朝食を振る舞い、ミコトやリインフォースが美味しいと絶賛する中、「私もこれくらい作れるがね」というアーチャーの本人にとっては何気ない言葉が原因だった。
はやては幼いながらにも、いままで自炊は自分でしてきて、腕にはそれなりに自信があった。少なくとも、料理もできなそうな本名不明肌黒男性に負けるとは思えない。
売り言葉に買い言葉、ならば自分も作ってみろ、とはやての言葉にアーチャーは「任せたまえ。君より遥か上を味わせよう」と豪語した。
なにやら火花が散らした朝食を終えた後、ミコトやリインフォース、ついでにアーチャーの服や生活必需品を買い揃えるために町へ買い物に出かけた。先ほどはやてたちが着替えていたのはその時に買ったものである。昼食は外で軽く終わらせ、残りのものを買った後、四人は夕飯の材料を買いに行った。もっとも、ほとんどアーチャーが選んでいたが。
思えばそこから予感はあった。
傷んだものか新鮮なモノ、色の艶などアーチャーは的確に厳選し、更にはセール品など余さずケッドした。その目利きと手際には料理の「り」の字も知らないミコトとリインフォースでさえ呆然し、はやては少しでもその道を歩んでいるゆえに驚愕した。
そして、時は夕飯、喉を鳴らしてから、口に「ソレ」を入れた瞬間、はやての意識は支配された。
なんだこれは?
自分が食べたのは間違いなく肉じゃがだった。肉じゃがなら自分でも簡単に作れるのだが、その見た目、香りが自分のものよりも別格に感じたのは事実だ。だが、いざ口にした瞬間、その考えを改めた。
比べる事がおこがましいほどの美味。
ほくほくの新じゃがは濃くも薄くもなく、ほどよく味がしみ込んでいており、噛みしめた瞬間、口の中でほろりと崩れ、一緒に口にした牛肉と一緒に甘味、塩味といった様々な味覚を刺激する調和が広がり、自然と笑みが零れてしまう。
「おいしい! 肉じゃがの材料は全て均等に切り分けれてて、更に僅かに切れ目を入れることにより、全ての食材がむらなく味が深くしみ込ませてる! 更にみそ汁も絶品や! けどこの深い味付けは? こんな出汁でるもんあったけ?」
「気づいたか。これは通常のかつおだしの他にスルメの乾物を使っている」
「スルメの乾物!?」
「乾物にはさまざまミネラルや旨みが凝縮されており、単体ではなくこうやって調理に使うことも可能だ」
「なんやって! そ、それに、このだし捲き卵! 黄身だけで作ってとるな!? 分けた白身をみそ汁に使ってるのが証拠や! そして黄身だけにすることにより、濃厚かつ、見た目を輝くように鮮やかな仕上がりにしとる! まさに黄金のだし捲き!」
少し料理できる人間なら誰もができる日本の家庭料理。
だが、誰もができるものだからこそ、力の差がはっきりと分かる。
アーチャーが作りだしたこの料理は、ありふれた普通の料理ながら、その技術だけで、その何段階にも上へと昇華された品々だった。
はやては諦めたかのように、されど満足したように言った。
「私の負けや、アーチャー」
「ああ。そして私の勝利だ」
「え? これってなにかの勝負だったの?」
はやてとアーチャーのやり取りをミコトは不思議そうに首を傾げ、リインフォースは「私は主の味も好きですよ」とフォローした。
「しかし、ほんまにうまいなぁ。ここまで日本の家庭料理を完璧に作れるなんて、アーチャーってなにもん?」
「さってね。それは私の口から安易に語るわけにはいかない」
「またそうやってはぐらすうぅ。そもそも、アーチャーの救済騎士ってなんなん? この娘らの守護騎士となにが違うん?」
ちらりとはやては自分の騎士であるリインフォースを見てから訊ねる。それに対して、最初に答えたのはリインフォースだった。
「大きなくくりでならば、どちらも魔導師に仕える使い魔なのでしょう。ただ、一般的な魔導師たちが使役する使い魔と我々守護騎士や救済騎士はかなり違います。救済騎士の説明は私よりも彼らにしてもらった方がよいでしょう」
そうやってリインフォースはアーチャーとミコトを見るとアーチャーは思考するように片目を瞑る。
「うむ。では、まず救済騎士だが……マスター、復習がてら説明できるか?」
話を振られたミコトは一旦、食事を取るために箸の代わりに使用していたスプーンを止めてから頷く。
「うん。救済騎士ヒルフェリッターは天剣ニーベルングに搭載されている天王を守る騎士。正確に召喚術式で、予め用意されている存在、または特定の存在ではなく、ニーベルングを通して、所持者の魂に惹かれた過去未来、あらゆる次元世界からの英雄や精霊の魂が魔力で編まれた疑似的な肉体を得て現世に召喚される降霊術なんだ」
「えっ? つまり、アーチャーって幽霊みたいなもんなん?」
若干血の気が引いているはやてに対して、アーチャーは面白そうに説明する。
「間違いではないな。もっとも祟ったり、姿を消したりはできず、基本的には君たち人間と日常生活する上ではなんら変わらん。しかし、蘇ったわけでもないので、歳を重ねる事もなく、依り代であるマスターがいなければこの世に留まる事もままならない存在だ」
ほぇぇと、呆然するはやてを見て、ミコトはくすりと笑い、続きを語る。
「騎士たちになってくれる者は大抵の場合が過去の偉人。その気で調べれば、その正体や伝説が簡単に調べる場合もあるんだ。でも、騎士は天王を守る者。正体を調べればその対処方法が解ってしまう。だから、救済騎士は簡単に敵へ正体を知られる訳にはいかないから、基本的には自分の正体を明かさないのが救済騎士の習わし、なんだよね?」
最後の言葉はアーチャーへ確認するに向けたものだ。
ミコトが救済騎士のことを知るのもつい先日からである。ミコト自身これから一つの魔法に拘らず、様々魔法、特に天王に関する魂を操る魔法は全般的に学ぼうとしていた。
そうすることによって、また同じようなことが起きても、次はより安全に事が終えられるように。また、学ぶことによって未来の道も広がる。
そして、ミコトが天王の魔法の学ぶには、その魂に刻まれた記憶を呼び覚ますか、天王の魂と寄り添う天剣ニーベルングの剣の記録を読むのが基本である。
アーチャーに確認したのは、彼が救済騎士として召喚される際に、現代の基本知識や天王の基本情報を得るためだ。大まかな内容であれば、今だアーチャーのほうが現状知識はあるのである。
アーチャーは言葉には出さなかったが、満足げに軽く頷き、その様子にミコトはほっとする。
今だ彼の正体をマスターであるミコト自身すら知らない。だが彼が、今の自分には想像もつかない高みの存在であることは分かる。そんな彼が自分から自らの正体を言ってくれるように、また自分が彼の立派な主でなれるようにミコトは努力を尽くすのだった。
一旦、ミコトたちの説明が終わったと見計らって、今度はリインフォースがはやてに自分たちの騎士について説明しようとする。
「では、我が主。次に我らが守護騎士ヴォルケンリッターの役割は当然、夜天の主、貴女様を守り、つき従うことになります。
我等は旧ベルカの武将のデータを元に産み出された自律稼働プログラムであり、人と変わらない生活機能を持ち、加齢もしません。しかし――、これは以前も伝えましたが、その存在は夜天の書とその主に依存しております。書と主なくして我等は存在できません」
「せやから……。私の魔導師として未熟やから、まだ他の騎士たちは外に出れへんのやろ……」
はやての箸が止まり、顔も沈んだものとなる。
はやてが今後どうするかとなった時、第一に彼女が考えたのは他の騎士たちを夜天の書から外に出すことだった。
だが、それは夜天の書の管理人格であるリインフォースが、むずかしいと、告げられた。
守護騎士ヴォルケンリッターは強力な存在だが、その存在は夜天の書の主に依存するかたちになる。簡単に説明するなら、活動に必要な魔力をはやてから供給してもらう形となるのだ。
もっともそれは最低限のものであり、仮に戦闘で使用した魔力の減少は守護騎士個人が負担することになり、あくまで主は存在するのに必要な魔力を提供するだけに足りる。
しかし、騎士たちが強力な存在なのは間違いではなく、仮に外に出すだけでも主であるはやてに多大な負荷を与えるのだ。
はやてには魔導師の才能がある。魔力も異常と言っていいほど桁違いのものがある。それゆえに夜天の書の主として選ばれたが、その才は過去の主よりも別格だ。成長すれば強力な魔導師になるだろう。
だが、まだはやては魔法に触れたばかりで、リンカーコアという魔力を生成する器官も未成熟。更には最近まで体を夜天の書にあった呪いで蝕まれた状態だった。今は健康の兆しが見られ、病院での検査はまだだが、間違いなくリハビリもすれば自分の足で歩けるようにはなるだろう。
しかし、彼女の体が彼らの存在に耐えられる状態ではないのは事実であった。無理にでも他の騎士を表に出せば、命の危険すらある。
そんなことをリインフォースも他の騎士たちも望んではいなかった。
結論としてはやてができることは、まずは並みの人間ほどの健康な体を手にれること。魔導になれることに尽きる。
沈んだ顔のはやてにリインフォースは優しく諭すように笑いかける。
「焦らずとも良いのですよ、我が主。ゆっくりでいいのです。貴女が他の騎士たちに速く外の世界を見せたいという気持ちは、私も書の中に居る騎士たちも大変嬉しく思っております。しかし、それで御身が無理をなさられたら、我々はとても辛い。だから、そんな顔せず、前を向いて一歩一歩進みましょう。下を向いていたら、前に進めるものも進めませんよ?」
「リインフォース…………。うん、ありがとう。すこし元気でたわ」
そうやってはやては笑うと止まっていた箸を動かして食事を再開させる。
「ほんなら速くご飯食べて、はよ寝ないとな! 明日は病院にもいかんといけんし、学校にいく手続きもしんといけへん。魔法の勉強も忙しいから頑張らんと。本当にうじうじしてる暇なんてあらへんよ!」
「その意気です、我が主」
意気込むはやての横でリインフォースは笑う。
そんな二人を眺めてミコトとアーチャーも笑っている。
ただ、それぞれ、その奥に宿っていた感情は別々であった。
*
夜、はやてはリインフォースと一緒にお風呂を終えた後、彼女に着替えを手伝って貰いながらパジャマを着替え自室に向かっていた。
リインフォースは台所でアーチャーの手伝いをしている。アーチャーは夕飯の片づけや、明日の朝食の準備のため台所で作業をしており、最初ははやてやリインフォースたちも手伝おうとしたが、彼は断った。
子供はそろそろ寝る時間。更にはやては明日には体を診察してもらうため病院に行く予定だ。ならば残ったリインフォースが手伝うと言ったが、彼は彼女にはやての風呂の手伝いをしろと頼んだ。
はやては足が不自由なもののなんとか一人でお風呂には入れるが、もう一人いたほうが楽だし安全だ。流石に自分の主のことになるのでリインフォースはその頼みは無視できず、彼の言葉に従い、はやてと一緒にお風呂を済ませた。
そして、まだ台所にアーチャーがいると解ったはやては自分一人で部屋に戻るので、今からでもリインフォースだけはアーチャーの手伝いを自分の分までしてほしいと頼み、彼女は快く承諾した。
そして、はやてが自分の部屋に到着する目前、明かりがない廊下、ふと、自分の部屋の隣の扉が開き、そこからミコトが出て来た。そこは今日から彼の部屋になった場所なので、ミコトが出てくるのはなにも不思議ではない。
ミコトははやてを見つけると、少し驚いた顔になりつつも、顔を緩ませる。
「八神さん、お風呂終わったの?」
「うん。お先にいただいたで」
ミコトの両手の中には真新しい畳まれたパジャマがある。どうやら、彼もお風呂の準備をしていたところのようで、タイミングは良かったようだ。
だが、ミコトはその場に立ったままで一向に動こうとしない。
はやては不思議に思い、どうしたのか? と、訊ねようとしたが、その前にミコトが彼女に語りかけた。
「八神さん、少しいいかな?」
「うん? かまんけど、どないしたん?」
「あのね、本当に今さらかもしれないけど、本当に一緒に暮らしてもいいの?」
思いもよらなかった内容なのではやては目を丸くした。
「本当に今更な内容やな。かまへんって言ったやん? それとも、ベルンハルト君は嫌やったん?」
「嫌じゃないよ。八神さんの言葉はすっごく、その、嬉しかった」
一瞬不安がよぎったはやてだったが、ミコトの言葉を聞いてすぐに安心する。
だが、とうのミコトはうかない顔のままだ。
「けど、僕はまだ八神さんに話してないこといっぱいあるよ?」
「そりゃあ、人やもん。言えん事のひとつやふたつあるよ」
「で、でもね、その僕は、たぶん、話の中には出て来たと思うけど、転生者って呼ばれる存在なんだよ?」
「うん、聞いてるで? えっと、昔の偉い王様の生まれ変わりなんやろ?」
「そうだけど、それだけじゃないんだ。ただの生まれ変りだけなら、他の色んな人も、前世は偉人の場合がある。けどの僕は、ベルカの、《ヴェサリウスの天王》レナント・アーチアス、その記憶が僕の中にはある」
ミコトは沈むように首を下ろす。
「しかも、僕は天王の魔法、魂の魔法が使える。それを狙う人だっているし、君には迷惑かかるかもしれない。そもそも、僕自身が、前世の記憶があるから、だから、普通の子供とは、その、違う。気持ちが悪がれる、こともあると思う……」
ミコトの言葉を聞いて、はやては難しい顔をした。
前から聞いてるとおり、ミコトの存在が特殊なのは知っている。なにか自分には言えない事情があるのもなんとなくだが、察している。
だが、それだからと言って、目の前の少年が暗い顔になるのは理解したくない。
理解できるが、したくない、のだ。
「なぁ、ベルンハルト君。私って、夜天の主やん?」
「え? う、うん、そうだけど」
言われるまでもない再確認をされてミコトは戸惑うも、はやては話を続ける。
「まだ実感が足りないかもしれんけど、余所から見れば、夜天の書は昔から悪さしてる悪もん。つまり、私は悪の親玉や」
「そんなこと―」
「まぁまぁ、最後まで言わして。どんな事情であれ私はそれが解ってて、夜天の主になったんや。他の人から生意気な小娘がごっつい力に魅入られた~なんて思う人も少なくもないやろうな。根っこがどうやからって、そんなん他の人には解らへんもん。前世が昔の偉い王様やったよりは、こっちのほうがずっと気味悪いで?」
「そんなことないよ!」
一度は制されたがミコトはたまらず否定した。
「八神さんは悪い子じゃないよ。ちゃんと解ってて、僕らには解らない夜天の書の騎士たちのことを想っててくれた優しい子だよ」
「そうか、あんがと」
はやてはミコトの真剣なその言葉に、測っていたとはいえ、嬉しくて、顔を綻ばせる。
「私も同じやで」
「!?」
「ベルンハルト君が昔の偉い王様でも、すっごい力持ってても、私がベルンハルト君のおかげて助かったことにはかわらへん。私を優しい子って言ってくれる温かいのを持ってるのは変らへんよ。それを私は知ってる。ベルンハルト君が良い子やって知ってる。
だから、自分を卑下しないでぇな。こっちまで悲しくなるで」
「で、でも、僕は君には迷惑を」
「そんなんお互いさまや。でも、そんなもんやろ? 私らの場合、結構ヘビーやけど、それもお互いさまやし、友達やったら多少の迷惑はどんとこいや!」
「と、友達?」
その言葉に呆然とするミコトの様子を見て「え?」とはやては戸惑い、そして、みるみる内に先程の自信に満ちた空気はどこにいったのか、不安げにミコトを見つめた。
「え、えっと、そう思ってたの、私だけやったかな?」
「え?」
「いや、私はな? ベルンハルト君のこと、友達やと、思ってたん、やけど……、はは、なんか早とちりしたかな?」
渇いた笑みを浮かべ、若干泣きそうな顔のはやてにミコトは慌てる。
「ま、まぁ、ベルンハルト君が私のことどう思ってようが、私はベルンハルト君のことは恩人やと思ってるし、遠慮とかはいらへんから――」
「ぼ、僕も! 八神さんのことは、すごく感謝してるよ! そ、そう色々と! 友達って、言葉は嬉しい! だから、その、ぼ、僕でいいなら、友達になってください!」
ばっ、と、手に持っていたパジャマを落として、ミコトは頭を下げながら、はやてに手を差し出した。
握手なのだろう。突然のことにはやてはきょとん、とするも、可笑しそうに笑って、その手を握る。
少し、手は冷たかったが、握ると、胸のあたりが、ぽかぽかとしてきた。
「うん、こっちこそ、お願いな」
しばらく二人は手を握ってあっていたが、ミコトは恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながら、「ぱ、パジャマ」、とわざとらしく手を引っ込めて、落としたパジャマを回収し、自分の挙動不振に気づいたのか、更に顔を赤らめながらパジャマに顔をうずめる。
なんとも可愛らしく、初心な友達だ。これが同姓なら、自分は女の子として負けていただどうとはやては確信して言える。
ただ、はやてがミコトのことを女々しいて頼りなさげと思っているとかと訊かれると、そうでもなかったりする。まったくない、とは彼女自身も申し訳ない事に言えないが、はやてはあの夜、必死に戦うミコトの姿を見て、かっこいい、とか思ってたりしていた。流石にそれははやても本人の前では恥ずかしくて言えないが。
そんな可愛らしくも、カッコいい少年は、まだ何か言いたい事があるのか、パジャマで隠した顔を半分覗かせ、や、八神さんと、はやてを呼ぶ。
「ん?」
「あ、あの、僕。友達とか、その良く分からなくて」
「そうなん? 学校とか行ってへんかった?」
「ま、まぁ、色々とあって」
「そっか」
深くは訊かずはやては腕も組み悩む。そんなはやても学校には行っておらず、まともに友達と呼べる存在は最近図書館で仲良くなった月森すずかだけだろう。男友達など初めてである。
しかし、そんなに彼が思うほど悩むことでもないと思ってたので、とりあえず、少し思っていた事を口にだした。
「まぁ、仲良く遊ぶとか一緒に勉強するとかあるけど、とりあえずは名前呼び合おうか?」
「名前?」
「そ、名前。いや、これは昨日から思ってたんやけど、私らってお互い名字で呼んでるやん? まぁ、名字で呼び合う友達もおるけど、仲のいい友達は名前で呼び合うもんやと思うんよ」
「み、みょうじ?」
首を傾げるミコトにはやては今更ながら彼は外国、いや正真正銘の異世界の住人だと思い出す。
「分からん? ファミリネーム? 家名? 家の名前やのうて、自分の、自分だけの名前を呼び合うんよ」
「あ、うん。分かるよ」
得心したミコトにはやてはほっとする。
そして、さっそくとばかりに彼女は彼を改めて呼んでみた。
「それじゃ、ミコト君って呼ぶな?」
「う、うん。八神さん」
名前を呼ばれたミコトはどこかしら嬉しそうに頷いた。
「ほならミコト君もはやて、て呼んでみて」
「え? わ、分かった。その、は、はや」
「ん」
「は、はや、はや、ははははやややや」
「んん?」
「はや、はやややや、はや、やや、はや、ひゃう!」
舌を噛んだ。
「…………………………まぁ、無理に呼ばんくてもええよ」
「ごふぇんなひゃい……」
*
「ふっ。互いの主たちは仲がいいな」
「そうだな」
リインフォースは拭き終わった食器をなおしながらアーチャーの言葉に同意する。
詳しい内容までは分からないが、二人が話していたのは台所まで伝わってきた。夜中に騒がしいのは感心しないが、今回ばかりは大目に見て良いだろう。
「うむ。こっちの片づけは終わったぞ」
「ああ、こちらも朝食の準備はこれで終わりだ。助かったよ」
「いや、私もお前と話したい事があったからな」
「ふむ」
エプロンを外しながらアーチャーはリインフォースがいる方へ振り向く。
「すまない」
「ん? なにがだ?」
「お前の主が知らぬ、お前の真名を、私はあの時勢いで聞いてしまった。不躾なことをした事を謝らせてくれ」
そう。はやてとミコトも知らない事だが、リインフォースは彼女が消えようとした時、二人がそこへ辿りつく前に、アーチャーの本当の名を聞いてしまった。
それが本来では隠すべき内容をだと少なくとも把握しているにも関わらず。今では彼の主すら知らぬ秘め事を自分は知っていることに罪悪感を負っていたのだ。
しかし、当のアーチャーはまったく気にしたようすもなく、何事かと肩をくすめた。
「かまわんよ。まぁ、無為に晒されることだけは止めて欲しいが、君が知っていたとしてもさして問題ではあるまい。実際、私の真名を聞いて、どういう人物が把握できたか?」
「いや」
リインフォースは首を振るう。
彼女は長き渡りあらゆる世界を旅し、存在していた魔導書。数々の歴史を知り、彼女の主である八神はやてが読書家もあって、この世界の歴史や伝説も大まかなら知っていた。
だが、そんな知識豊富な彼女でも、彼の真名を聞いて、その正体には気付けなかった。
「まぁ、私の事だなど今はどうでもいいだろ。むしろ、私は別の件なのだと思ったのだが、まさか気づいていないのか?」
「いや、気づいている。まだ、見られているな」
四人は今日の今まで、現在進行形で監視されていた。
気づいたのはアーチャーとリインフォース。二人の主たちはこの世界に足を入れたばかりなので気づいていない。
はっきりと自分たちを目視している訳ではないが、そのなにかは、確実に自分たちの様子を窺っていた。
未熟な主たちに気を使わせないため、向こうがもう一歩動きを見せるまで黙っていた。
だが、夜になると向こうの様子が変った。その気配を感じ取った二人はいよいよ行動に移そうする。
「主たちはどうする?」
「今は黙っておけ。私一人が挨拶しにいく。君は万が一のために結界を張りたまえ。元々、警備、防犯対策で今夜一晩かけて結界を準備する予定だったのだろ?」
「しかし一人では危険だ」
「勿論、無謀な真似はしない。万が一、戦いになったら君らを呼ぶさ。取りあえずは様子見をする」
「…………、分かった」
少し納得がした様子はなかったが、事が荒事にならないのであれば、自分は待機し、二人を守っとくのが良いと判断したのでリインフォースは頷いた。
「もしも訊かれた場合、マスターたちには足らない食材を買いに行ったと伝えてくれ」
「ああ。無理はするなよ」
「愚問だ」
そうするとアーチャーは音も立てず家をベランダから出てゆき、すぐ戦闘時に着る赤い外套を出現させて、常人ばなれした跳躍で向かいの家の屋根に飛び移り、そのまま八神邸から離れた。
タン、タンと、屋根と屋根を飛び移ることに加速する。
月明かりに照らされて、赤い影が移動する。そのスピードは凄まじく、常人には捕えることは不可能で、万が一目撃されても、気のせいかとされるだけだろう。
アーチャーは確認するようにチラリと後方を意識する。
今日一日中自分たちを監視していた気配はアーチャーを追うようにしてついてきたことに彼はほそく笑んだ。仮にその場から動かければすぐに引き返して、こちらから近づいていたところだった。
しばらく移動すると、今は人気が無くなった街のオフィス街にまで辿りつき、一つのビルの屋上に到着するとアーチャーは立ち止って、振り返る。
「さて、そろそろ姿を現したどうだ?」
相手はすぐその姿を現した。
ざっと、アーチャーから数十メートル先の場所に、一つの人影が現われる。
そう、それは間違いなく、人影だろう。
だが、それには奇妙なモノがあった。
一見、人の形をしているその体の首から上が薄紅色の液体で満たされた透明なカプセル状で、その中に醜い骸骨を思わせるボール大の頭が二つ浮いている。上側の顔は右目付近、下側の顔は左頬の近くに9の刻印がある。また、左大腿部に空洞の孔があり、白装束の脇には鞘におさめられた刀があった。
明らかに人間ではないのが分かる。何かの怪異の類だと推察するが、その正体まではアーチャーには分からなかった。
ただ、一つを除いては。
「さてはて、言葉が通じるか怪しいものだが、貴様は何者だ?」
「なんでお前に俺のことを教えないといけねぇんだよ?」
声は頭部をらしきカプセルの中の上側にある顔から聴こえた。
「おや、喋れるか? 意志疎通ができるかは怪しいものだが」
「貴様、なめているのか?」
今度はプセルの中の下側にある顔から声がした。雰囲気も違うので、それぞれ別の人格を宿しているのかもしれない。
「それはこちらの台詞だ。今日一日中、私たちを見ていたのはそちらだろう? 子供に女性もいたのだ。あまり褒められた行動ではないだろうよ」
「はん! なんで今から死ぬてめぇに説教されなきゃいけないだよ」
馬鹿にしたように死の宣告をする。アーチャーはそれに怖じ気づくことはなく、むしろ余裕の笑みで応えた。
「命を狙われる覚えはないのだがね。しかし、それは、私だけ、ではなく、私たち、なのかな?」
「さっきから質問ばかりだが、私がそれに答えると思うのか?」
「答えてくれると楽だとは思っているさ。だが、反応だけ大体は察しがつく」
瞬間、ギン、と金属音と共に、アーチャーの両手に形状が同じで色が白と黒に別れ、柄本には陰陽の模様がある剣が現われた。
その光景に相手は多少驚いているものの動揺はなく、自らも腰から刀を抜く。
「事情も分からず襲われるのは不愉快なものだが、マスターや彼女たちに狙われることに比べれば些細なことだ。なぜ襲われたかは貴様を倒してから考えることにする」
「ほざけよ! 俺はただてめぇに喰われるだけだ!」
「喰らう? やはり、妖怪や魔物の類か。『転生者』とはそういう者もいるようだ」
「!? 貴様!」
その言葉に初めて相手は動揺した。
「元来の能力ではないが、今の私にはそれが解る。貴様の魂に対して、その体は真新しい、それが私には解るのだよ」
そう、それは本来アーチャーの能力ではない。
しかし、魂の操る天王の救済騎士の付与能力か、彼にはそれが転生したものどうか判断できる能力が備わっている。
普通の存在。例え生まれ変りだったとしても、転生されたという前世の記憶がなければ、その魂は、その外見、肉体同様の質、赤子なら赤子のような魂になっている。
しかし転生者の場合、それにはずれがある。体が子供でもその魂に老いを感じるのだ。
それをアーチャーは知ることができるのだ。
「ぎゃはははは! おもしれぇ! 他にも色々と隠してる見えてだが、“今の俺なら”てめぇ喰えば、それが残らず解るだろうなぁ!
せっかくだから、一つだけ教えてやるよ! 俺の名前はアーロニーロ・アルルエリ様だ!」
「名前は知らなくて良かったのだが。どうせ墓も立ててやれないのだかな」
「ふん! 減らず口もそこまでだ!」
ガン! と、アーロニーロがコンクリートを蹴り上げると一気にアーチャーに接近する。
「シッ」
対するアーチャーは弾丸如き接近するアーロニーロに対して、
あろうことか、自分が握っている双剣を投擲した。
「!?」
ブーメランのように向かってくる二つの剣にアーロニーロは少しばかり驚くも、難なく刀で剣を二つとも弾き、そのまま得物ないアーチャーに刀を振り落とす。
「馬鹿がああああ!」
武器を捨てたアーチャーを侮蔑と嘲笑を込めた唸り声と共に白刃はアーチャーの体に振り降ろされる。
ガキンと金属音。敵の体を両断するはずだったその刃はアーチャーの両手にいつの間にか現われた先程の彼が投げた白と黒の双剣に阻まれた。
「なに!? その剣、何時の間に手に戻った!?」
動揺するアーロニーロを余所に、アーチャーは双剣で押し返して相手を吹き飛ばす。
「くっ!」
カプセルの中で二つの顔が歪んだ。アーチャーは勢いに乗せたまま、まるで演武を舞うかのように双剣を交互、時には交差させ、時には同時に同じ場所に振り落としてアーロニーロを猛攻する。
アーロニーロは何とか刀で防ごうとするものの、アーチャーの修練に修練を重ねた太刀筋により、肩、腿、脇、僅かな裂傷であるものの、数々の傷を徐々に負おう。
だが、ただ自身が傷つくのを黙っているだけのアーロニーロではなかった。
「水天逆巻け『捩花』!!」
「ッ!!」
瞬間、刀が三又の槍に変化した。突然、得物の形状が変った事によって、アーチャーの一瞬生まれた動揺をついて、アーロニーロは槍を突き出す。その刺突をアーチャーは双剣を交差させて盾ように受け止めたが、その衝撃により距離が広がり、槍が得意な間合いに持ちこまれた。
だが、させぬとばかりにすぐさまアーチャーは踏み出す。槍はその形状、接近すれば、こちらに分がある。
しかし、アーチャーは更に後方へ吹き飛ぶことになった。
彼が見たのは激流の水。
アーロニーロは片手に三又の槍の首を軸に回転させ、舞を舞う様に槍撃の波濤をすると、そこから洪水のような水流がアーチャーを襲った。
その勢いのあまりなのか、アーチャーの双剣は直接的な水の猛撃を受ける事に成功するものの、そのまま両方とも空中に投げ飛ばされた。
そこへ容赦なく水の猛攻が襲う。が、アーチャーの両手には再び黒と白の双剣が手中にあり、今度は軽く凌いで安全圏内まで退避する。
「その刀は……本来、貴様のものではないな?」
アーチャーはどこかしらその武器と持ち主が不一致したことを感じとり思わず口にした。
「はん! それが如何した!? 使えれば関係ないだろうが!」
「ああ、そうだな。私も人の事が言えたものではないしな」
「ふん。貴様はおしゃべり好きのようだ。しかし、喋るだけで何ができる? この捩花の流水の前には貴様の剣など無意味。それとも先程のように投げてみるか?」
アーロニーロの言葉にアーチャーは笑った。
相手は気づいていないだろうが、まさにアーチャーはそれをしようとしたのだ。
「ああ、そうさしてもらう」
「ああん? 馬鹿過ぎだろう、てめぇ?」
「貴様よりマシだ。周りを見てみろ」
その言葉にアーロニーロはようやく気づいた。
先程はアーチャーが優勢だったため気付けなかったが、アーチャーが握っていた双剣。
それが彼の手から離れた同じ数だけアーロニーロを中心とした円状に空中で散乱していたのだ
そう、先程の水流の勢いで投げ飛ばされた剣もその内だ。いや、これを見れば投げ飛ばされたのではなく、投げ飛ばしたのだと分かるだろう。
アーチャーの能力。
魔術《投影》。オリジナルの鏡像を魔力で物質化する魔導の術。
本来、実はこの投影は非常に効率が悪い魔術なのだ。
投影でオリジナルからレプリカを作るくらいなら、ちゃんとした材料から作ったほうが手軽で実用に耐えられる為である。
すでに失われたオリジナルを本当に数分間だけ自分の時間軸に写し出して使用する魔術。
しかし、アーチャーの投影は違う。
武器関係の投影、それも剣に限定された武装で近代兵器は投影できない。剣以外の武器、盾や鎧もかろうじて投影できるが、効果は武器に比べて劣り、代償も大きい。
だが、アーチャーが投影したオリジナルはある一定の領域内でなら、本物と違わぬほどのものを作りだし、他の投影のように数分で霧散することのない。彼の師からはそのデタラメぶりに殺意を向けられたこともある。
そして、本来はその担い手しか持つことを許されない宝具と呼称されるものもアーチャーは投影できるのだ。
宝具とは英霊たちが持つ、人間の幻想を骨子にして作り上げた武装なのだ。
そして、アーチャーが最も愛用する宝具である陰陽の夫婦剣、真名を干将・獏耶。
空中に円状で散乱していた干将と獏耶がまるで引かれ合うように動きだす。
必然、その中心にいるアーロニーロはその引かれ合う剣の刃に襲われることになる。
「捩花!!!」
アーロニーロは舞う様に槍を振り回して、自分の周囲に水の壁を生み出した。
しかし、引かれ合う夫婦剣は水の壁の障害など諸共せずに、突き破って、互いに引き合おうとする。
「なんだと!?」
アーロニーロはそれに愕然とした。
時は中国が春愁時代、呉に名を馳せた刀匠がいた。名を干将。
ある日、呉王に王の剣の鍛造を命じられた干将だが、思う様に剣が打てず、憔悴しきってしまう。
それに見かねた妻である獏耶は一命を賭した。神域の業物を作りだすには人身御供が必要となる。
獏耶は愛する夫の前で炉心に身を投げ、その命を持って五山精、六英金を溶け合せたのだ。干将は悲しみの中、二振りの剣を生み出す。
それが干将獏耶。陰陽を体現した一対の夫婦剣である。
夫婦剣である干将と獏耶や互いに引かれ合う性質を持つ。引かれ合う二つの剣の間を阻む事はけして容易いことではない。
そして、計四本の干将獏耶は互いを求めるように重なった。アーロニーロの肉体の中で。
「ほぎゃああああああああ!」
「ぐはぁああああああああ!」
四つの刃が肉体に侵入し、アーロニーロはカプセルの中の二つの頭から同時に苦悶の叫びを上げる。確かに刃が体に突き刺さった事は見るからに重傷だが、苦しむアーロニーロからそれ以上のダメージを負った様に感じさせた。
干将獏耶は最高の素材と人命で打たれたため、剣のとしても能力が高いが、巫術、式典用の魔術兵装としての側面を持っており、人ならざる怪異にはそれ以上の威力を発揮する。
予想以上のダメージにアーロニーロは満身創痍だが、しかし、最後の一線で精神を踏みとどまらせる。
確かに恐るべきことだ。自分もかなりの負傷だ。だが、まだ終われない。
まだ、自分は全てを出し切ったわけではないのだから!
「「喰い尽くせ『喰―――――」」
「ああ、言い忘れたが――」
アーロニーロが切り札を出そうとした瞬間、アーチャーは思い出したように言った。
「貴様、もう詰んでいるぞ」
爆散。アーロニーロの体が爆発に飲まれて弾け飛んだ。爆発源がアーチャーが生み出した干将獏耶だった。
闇の書の闇との戦いでミコトがアーチャーの力を借りて見せた、彼の奥の手の一つ。
生み出した剣を破棄し、構成された魔力を弾けさせて、爆弾のように使うことが可能。内部に侵入されたことによりアーロニーロは一切の抵抗もすることができず、無残にその体を文字通り、吹き飛ばされた。
「うがぁああぇえああああぁあああああ!!!!!!!」
断末魔を叫びながら、唯一、残ったひびが入ったカプセルのような頭部が、爆炎の中から抜けだし、その場に転がった。
「こ、こんな! こんな馬鹿な! せっかく生まれ変わって! 今度は虚以外も喰えて、力にできるようになったのに! 俺が力を全開にできる夜で、こんなわけのわかんねぇ野郎なんかに、このアーロニーロ様が、アーロニーロ様が負けるはずがあああ!!!」
「近所迷惑だ。もう黙れ」
いつの間にか近づいていたアーチャーが無慈悲に、手に残っていた最後の干将獏耶をアーロニーロの二つの頭にそれぞれ突き刺した。
「ぎゃ――」
「こ―――」
顔を穿たれたアーロニーロはそのままこと切れて、残っていたその体は塵のように消え去った。
辺りを確認し、完全に相手の気配がなくなったことが分かると、アーチャーはコンクリートを突き刺さった干将獏耶を霧散させ、一息つく。
どうやら、あの化け物は何かしらの方法で喰らった相手の能力を奪うことが可能らしい。
自分たちを襲ったのもそれが理由だろう。更に夜まで襲わなかったのは、夜があの化け物にとって都合のいい時間、もしくは空間だったからようだ。
最後になにか隠していたようだが、そんなものは倒しまった跡では確認のしようもないし、どうでもいいことだろう。
問題は、アレが転生者であったことだ。
不意にアーチャーは空を眺める。自分の主、そして夜であるならば彼女も象徴する空はどこまでも暗い闇であった。
その闇を見据えたままアーチャーは思考する。
自分の主、ミコト・ベルンハルトは転生者。広い意味で例えるなら、長年転生を繰り返した夜天の書、今はリインフォースの名を持つ彼女も転生者と呼べるだろう。
そして、今夜遭遇したあの化け物も転生者の分類に入る。
転生者は転生者に引かれ合う。そのような迷信は聞いたことはない。
だが、アーチャーが知らないだけで、そのような性質があるのかもしれないのだ。
先はこの夜の空のように見えない。しかし、若い主達やそれにつき従う彼女は歩き始めたばかりだ。
ならば、自分はそれを助けよう。それが今、自分がここにいる理由になるだろう。
アーチャーはもう一度周囲を確認してから帰路についた。
そして、八神邸に到着して、扉を開けると――
「うそつき……戦いになればと呼ぶと言ったのに」
ふてくされたように顔を膨らませる涙目のリインフォースがいた。
「あ」
彼はまた失態を犯した。
*
翌朝。
彼を無視するリインフォースと、彼女になんとかして取り繕おうとするアーチャーがいた。
二人の幼い主たちはその光景を不思議そうにしていたが、「またこの人なんかしたなぁ」、と心の中で呆れていた。
結局、リインフォースの機嫌ははやてと共に病院に行く時になっても治る事はなく、アーチャーはなんとか許してもらおうと、とりあえず、自慢の手作りスイーツを作る事にした。女の子は全員甘いものに弱いと思うのは、彼はやはり問題である。
そんな中、暇にしていたのはミコトだった。
最初、ミコトもはやてたちに着いていこうとしたが、病院に着ても面白いこともあまりないし、いきなり新しい人ばかりでも先生たち困るから今回はお留守番、ということで却下になった。
そして、なにをしでかしたかは知らないが余所の騎士様に不評を買った自分の騎士はお菓子作りに夢中で、自分の相手をしてくれない。もっとも、ミコトは暇だからといって自分をかまってくれと言いだすほど甘えたがりの子供でもないが。
結局、ミコトは朝から暇になった。自分の部屋には漫画などもない。はやての部屋にはあるだろうが、勝手に入る気にはとてもなれない。
となると、後は外にでるしかない。そう結論にいたったミコトはアーチャーに少し散歩に出ると言い残して外に出かけた。
*
自分の髪の色と同じ青い空。少し前の彼ならそれを見るだけで嫌な気分になったが、いまはある少女のお陰でそんなことはない。いい天気だと感じる。
歩きながらミコトはその少女、八神はやてを想う。
自分の友達となった女の子。
しかし、ミコトにとって女の子は未知の生物に等しい。これからは仲良くしたいと思うのだが、どう仲良くしたらいいのか解らない。
これが同姓であれば多少の勝手も分かるだろうが、それは叶わない望みだ。
そもそも、同姓の知り合いなど、この世界では自分の騎士であるアーチャーしかいない。
頼りになる存在だと、ミコトは自身を持って言える。自分を助けてくれた存在だし、憧れている部分は多い。少々、いや、多少、いやいや、結構、情けない姿を見たとしても、その憧れは消えることはないのだ。
そんな彼に対して友達のように接することは気が引ける。兄や父のように、なら分かるが、対等の友人としてはピンとこない。
しかも彼に対して女の子仲良くするにはどうしたらいい? と訊ねるのは恥ずかしい。
すぐに誰の事が分かる。しかも、一緒に暮らしている子となると、余計に恥ずかしい。
ミコトは悩む。
それはこれからのこと。
はやてのこと。自分の事。いろいろだ。そんな漠然とした悩みが色々だ。
そんなことはそれこそ、友達と遊んだり、勉強したりすれば、悩む時間も少なくなるだろうが、それは逃避だ。今できないことを悩むことが一番不毛だろう。
と、気づくとだいぶ歩いたことに気づく。
「ここは……」
住宅街から少し離れた川辺。川といっても山にあるような綺麗な川ではない。下り坂の草むら、その下は平地、その川の向こう側には同じような場所に、別の町並みが見える。
河川敷。ありふれた光景なのだが、ミコトには慣れていないので新鮮だった。
時間帯が時間帯なのか、人は自分しかいないようだった。
「ん?」
と、思ったがそうではない。
ミコトには分かった。それはアーチャーやリインフォースのような気配や魔力を感じるものでない。ある種、それよりも高等なものだ。
ミコトが感じるのは魂。といっても今の彼にできることは自分の同じ大きさの魂、つまり人間ほどのサイズの魂を感じ取ることぐらいだ。集中すれば、もっと詳しく分かるかもしれないが、無意識できることはそれが限界。草むらに隠れている虫の魂や川の魚の魂は、あるにはあるだろうが、いまのミコトには少々難しく、なにぶん数が多い。必死に数えるのは気が狂いそうになるので、仮に感じ取った場合は、いっぱいあるんだな、と情報を流すだけだ。
そして、今回、なんとなくで感じた魂。その数一つ。
「いや、ふたつ?」
ミコトは首を傾げる。
二つの魂は一緒の場所にいて、一つの魂が何か安定しないように感じる。
不思議に思い、ミコトは感じるまま、その魂たちが感じるほうに足を向ける。
到着はすぐだった。もっとも、いまのミコトの感知能力ならば、近場ぐらいしか感じ取れないのだから、当然と言えば当然である。
そして、ミコトは見つけた。場所は橋の下。
歳は自分と同い年ぐらいの少年。自分の髪とは対照的に赤みが混じった髪。そして、右手には小さな猫を掴んでいて、左手には煌く刃。刃先は猫に向けら――
「やめろおぉおおお!」
ミコトは叫んだ。声に反応して少年がふり向く。黒い瞳がまっすぐとミコトを見る。
これがミコトと
佐津間至祈は重要キャラです。
「しき」って名前だけで、彼がどんな力を持っているか、想像できる人はいるはずです。
今回登場したアーロニーロはブリーチから。この作品はああやっていろんな作品からキャラを登場する場合があります。