Fate/Lyrical cross ☓はやて【凍結中】   作:貫咲賢希

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 注意、胸糞悪い描写があるので注意。


第7話 這い寄る悪意

 薄暗い空間。そこに漂う様々なものが混ざった悪臭だけで、常人なら顔を顰めるだろう。

 だが、薄暗さや臭いなど取るに足らない歪さがその場所にあった。

 悲鳴。女の悲鳴だ。

 それは一つではない。年代もバラバラな複数の女の嘆きが、気休め程度で流れるハードロックと共に響く。

 彼女たちは拉致、あるいは脅迫されてこの場にいる。そして、彼女たちを連れて来た男達、あるいはその客の慰みもの、玩具として扱われている。

 男尊女卑、という言葉など生ぬるい、女の尊厳を男の欲望で蹂躙するだけの地獄だった。

 

「しかし、コイツらも飽きてきたな」

 

 一際騒がしい区画から少し離れた場所。上質な皮で作られたソファーに座る一人の男が愚痴った。

 なんとも勝手な言い分だが、彼はその場で自由に発言していい立場にある。

 

「そうっすね。そろそろ新しいのを仕入ますか」

 

 男の言葉に誰も反対せず、取り捲きたちは同意だけして薄汚い笑みを浮かべた。

 

「ああ、じゃあ、次のはコイツだな」

 

 男の前にある低いテーブル。そこに散乱してある写真の一つを指す。それらは雑誌の切り抜きやブロマイドもあるが、ほとんどが道端で撮った盗撮だった。

 そして、周りの男たちの顔が更に歪む。無論、恐怖ではなく、自分たちが行う世間では犯罪と断定される行いをすることに、愉悦を感じているのだ。

 彼らはこうやって女を攫って、飽きれば処分し、新たな女を攫う所業を繰り返してきた。

 無論、そんなことをすれば警察が黙っていない。

 初期の頃は警察が押し寄せてきたが、すべて返り討ちにした。

 

 正確には男たちのリーダー、たった一人の彼の手で、検挙しにきた警察は惨殺された。

 

 男には特別な力があった。取り巻きたちはそれがなんであるかは知らない。

 だが、そんなものはどうでもよかった。彼についていけば自分たちは楽しいことができる。それだけで彼に従って、今に至る。

 証拠も残さないので、手配書も回せない。いつしか警察は彼らから手を引いた。

 保身に入ったのだと、彼らは思った。圧倒的な力の前には誰しも逃げるのだ。

 自分たちの横暴が誰も止められないことを知ると彼らの行動はエスカレートする。

 

「素人で美人というのは貴重だ。なまじ、芸能界や政治にいると中古の場合が多い。

 次は久々に新鮮なものを味わえるぞ」

 

 舌で唇を舐めながら、写真も一緒に舐めるかのようにねっとりとした視線を注ぐ。

 写真には、珍しい銀髪に赤い瞳の美しい女がいた。

 

 *

 

 ガチャガチャと音を立てながら、絢爛豪華な廊下を歩くかのように風景が移動していた。

 

「王よ。どこにいかれまする?」

 

 その呼びかけで移動していた風景が反転するように移動し、ローブを纏った老人を目にする。老人はどこかの国の大臣かのような威厳があった。

 

「えっと、少しテラスに」

 

 か弱い女の声だった。とても若い声。小鳥の囀りのような綺麗な声は、どこかばつが悪そうなものを感じた。

 そこで自分は彼女が目にした光景を見ているのだと悟る。

 老人の言葉が真実ならば、彼女はどこかの国の王。彼はその家来の一人なのだろう。

 

「王よ。また“あの者”のために酒を振る舞うおつもりか?」

「はい!」

 

 元気のよい声に途端、老人の顔が苦いものに変る。

 

「以前用意した酒を舌に合わないと飲まなかったのはあ奴めの我儘でしょうに。

 しかも、王自ら振る舞うなど。せめて他の者に持って行かせればよいでしょう」

「いえいえ、これは私の我儘ですから。皆さんのお仕事の邪魔なんてできませんよ」

「その一番激務に囚われている王が、わざわざ時間を作り、客人に酒を振る舞うほうが我々家臣には心苦しい限りです」

「あははは、その、すみません」

「分かっておられるなら止めて欲しいです。しかも王はうら若き乙女ですから。

 在らぬ風潮まで流れますぞ。いや、噂だけならまだいい。あの者が、もしも、あの者が王を手篭めにするようなものなら、一騎当千の英雄であっても我等は必ず罰しますぞ!」

「大袈裟な。大丈夫ですよ。皆が思っているよりあの人は良い人ですよ?」

 

 興奮気味の老人を彼女は落ち着かせようとする。

 

「あのやけに自信家で陰険で乱暴でおまけに人間嫌いな奴がですか?」

「あははは……」

 

 彼女は困ったように笑うだけで、老人の言葉を否定しなかった。

 どうやら、彼女が会おうとする相手は相当問題がある人間のようだ。

 そして、相変わらず先を急ごうとする彼女の様子に老人は深い溜息をする。

 

「これ以上説得で御止しているほうが王の貴重な御時間を無くしているようですな。

 わかりました。もう止めません。しかし、くれぐれも用心を」

「はい。気遣い感謝します」

 

 そうやって彼女は礼を言ってから再び歩きだした。

 心なしか動きが先ほどよりも速い。彼女は余程その人物に会いたいのだろう。

 そして、ある扉の前まで行くと彼女は立ち止った。

 いざ扉を叩こうして、その手がピタリと止まる。

 何を思ったのか、彼女はくるりと反転して、扉の反対側にあった窓に映る自分の姿を確認した。

 

 白い肌に整った顔立ち。空のように鮮やかな長い青い髪。睫毛の下にある大きな黄金の瞳。可憐な乙女の姿がそこにはあった。

 儚げさと同時に威厳も感じさせる、まるで大空のような少女の、王の姿。

 

 ああ、似ていると、ようやく自分は確信した。

 

 これは後に《ヴェサリウスの天王》レナント・アーチアスと呼ばれる女の過去だと。

 

「変なとこは、ありませんよね?」

 

 少し憂いた表情で前髪を手櫛で少し直す。これではまるで、今から想い人にでも逢うかのような可愛らしい仕草ではないか。

 実際、彼女が今から会う人物のことをどう思っているかなど分からない。

 ただ、情けない姿見せたくはない程度の人物なのは確かなようだ。

 

「よし」

 

 覚悟を決めて、再び反転し、今度こそドアを軽く叩く。

 そして、返事を待たず、彼女は扉を開いた。

 

「セイバー、新しいお酒を持ってきました! これなら飲めそうですか!?」

 

 *

 

 朝。八神家の居間には良い香りが漂っていた。

 

「ううぅ」

 

 そこにまだ眠たそうに眼を擦ってやってきたのは、パジャマ姿のヴィータだった。

 

「おはよう、ヴィータ」

 

 真っ先にヴィータに声をかけたのは家主の八神はやてだった。

 

「おはよう、はやて。いい匂いだけど、今日はやての当番だったけ?」

 

 ヴィータはほわんと表情を崩してはやてに問いかける。

 

「いや。私の当番だったが、早起きした彼女が手伝うと言ってきてな。今日は合作だ」

 

 そうやって厨房から現われたのはアーチャー。

 途端、ヴィータは不貞腐れた顔になる。色々あってヴィータはまだアーチャーが苦手であった。

 

「ふーん」

 

 鈍い反応をしてから、キョロキョロとヴィータは周囲を見渡す。

 

「おはよう、ヴィータ。そろそろ朝食ができるようだから、顔を洗ってから着替えてきたらどうだ?」

 

 そんなヴィータへやって来たのは早朝に洗濯物を干していたリインフォースだ。

 

「わーてるよ」

 

 そんなリインフォースにヴィータは粗雑に返事をする。こちらも仲は良好ではなく、昔からの分、アーチャーよりも根深そうだった。

 はやてとして現状は困ったように苦笑するしかない。

 別にかなり険悪というわけでもない。

 ヴィータはアーチャーとリインフォースに対して質は違えど、どこかぎこちなさを感じさせた。

 対するアーチャーは、全く気にした様子がなく自分達と変らずヴィータと接している。

 二人の場合、ようはまだ心のどこかでヴィータがアーチャーに対して警戒しているだけなので、この二人に関しては時間が立てば問題がなくなるとはやては思っていた。

 逆にリインフォースの場合は何か負い目があるのか、遠慮気味でヴィータに接していた。

 ヴィータはその態度が気に入らないのか、反発するように対応し、その度にリインフォースが謝罪する、それの繰り返しだ。

 最初の頃は反抗する度にはやてがヴィータを注意したが、結局治る気配がなかった。

 後で当人たちの気持ちの問題だからそっとしておけと、アーチャーの助言を聞いたので、今のはやては注意することは滅多にしていない。

 だが、現状にも満足しているわけではない。なにか切っ掛けはないのかと模索している最中なのだ。

 

「なぁ、ミコトは? 私より先に起きてたみたいだけど」

 

 ヴィータはトイレに行くため早朝少しの間起きた。その時にジャージ姿のミコトと出会っている。

 

「ミコトくんならさっきジョギングから帰って来て、いまお風呂入ってるとこやで」

「へー。今日も頑張るな」

 

 ミコトは最近早朝にジョギングをしている。

 体力づくりの一環だと本人は言っていた。しっかりしているなと感心している半分、自分は車いすなので彼に付き合えないのを残念に思うはやてであった。

 

「ん。やぁ、ヴィータ。起きたんだね。おはよう」

 

 そこで当のミコトがリビングにやって来た。

 彼は一度ジョギングに出かける前にヴィータに出逢って、朝の挨拶はしたのだが、その後、彼女は再び寝たので、改めて挨拶をした。

 

「うん、おはよう!」

 

 ミコトの言葉にヴィータは元気に返す。

 アーチャーやリインフォースと違い、ヴィータはミコトによく懐いている。

 彼も彼女にとっては目新しい存在なのだが、夜天の書を通して彼の行動を見たことにより、好感を持っているようだ。

 いわく、自分たちの恩人の一人であり、懸命に頑張る姿や近くにいると落ち着くそうだ。

 これにははやても同感である。遊び盛りの子供のはずなのに、彼は自己鍛錬を怠らない頑張り屋でいつも周りに気遣ってくれている優しい子。

 しっかりとした内面のそれは、本人が転生者などという特別な境遇だからというのが理由の一つであろうが、それを差し引いても、彼の真面目な気質は当人が元々持っていた魅力の一つなのであろう。

 

「さて、そろそろ朝食の完成だ。ヴィータは早く顔を洗って着替えて来い」

「わかってるよ!」

 

 タイミングを見計らって声をかけたアーチャーの言葉にヴィータは先程までミコトに見せていた表情はどこにいったのか、すぐにむっとなり、トタトタとリビングから出て行った。その光景にはやては困ったように溜息を吐く。

 アーチャーも苦笑を隠せない様子だが、そんな彼にリインフォースが声をかけた。

 

「すまない、アーチャー」

「なぜ君が謝る。別に気分も害してないさ。むしろ、アレぐらいの生意気のほうが子供らしいだろう。我々の主たちが素直過ぎるだけかもしれがね」

 

 アーチャーは子供だと言ったが、ヴィータは外見に見合わず、かなりの時間を生きているのだ。だから、晩年の大人すら超える思慮深い一面を時折見せることもある。

 もっとも、普段の彼女は外見通りの、今なら素直ではない女の子のような仕草が基本だったりするのだが。

 

「まぁ、私のことはいい。問題は君たちだろ」

「そうだな。その、すまない」

「いちいち謝るな。今日はせいぜい仲が改善できるよう励むがいい」

「ああ、頑張る」

 

 アーチャーの労いにリインフォースはしっかりと頷く。

 今日はアーチャーを除いた四人で出かける予定になっているのだ。

 目的はヴィータの服である。

 

 *

 

「ねぇ、はやて。やっぱり私、新しい服なんていらないよ」

「昨日も言ったけど気にしなくてええよ。女の子やねんから、自分に合う服や好みの服でおしゃれするのは当然や。私のお古だけなんて可哀想やん」

 

 ヴィータが現在着ているのははやてのお古の服だった。

 当人は別にそれでいいと言っているのだが、彼女自身の趣向と少し違うのか、他人から見てもその姿は何か食い違ってるように見える。

 そこではやてはヴィータだけの服を買いに出かけようと提案したのだ。

 

「それにもう今日出かけることは決まったんら、覚悟決めて一緒に行こう。

 アーチャーは悪いけどお留守番お願いな」

「ああ。せいぜい楽しんでくるといい」

 

 買い物で大人の男であるアーチャーの手はあったほうが便利だが、今回はヴィータを楽しませることも目的だ。

 まだ苦手意識を持っている彼の同行はしないほうがいいだろうと提案したのはアーチャー自身の言葉。他の三人はそこまで気にする必要はないのではないかと言ったが、最終的にしぶしぶ了承した。

 代わりに引率する立場になるのがリインフォース。

 彼女もヴィータと仲が良くないが、これを改善しようとするのも今回の目的の一つ。

 ならばやはり、まだヴィータとの関係が良好でないアーチャーの同行もすべきだとリインフォースは言ったのだが、二兎追う者は一兎も得ず、というアーチャーの言葉に再び喰い下がる結果となる。

 当然、ヴィータは四人の思惑など知らない。せいぜい主が自分とために服を買ってくれるというものだった。

 

 口ではいらない、などとヴィータは言っているが実はかなり高揚している。

 

 今まで彼女は不必要なものなど与えられなかった。

 戦うための存在。そんな存在に着飾ることなど誰も求めなかった。

 そんな彼女に優しい主、はやては色々なものを与えてくれる。

 美味しい食事、自分だけの部屋、温かい空間。

 今回のことも内心ではとても嬉しく感じて、なんだかんだいってヴィータは出かけることを楽しみにしていた。

 

 *

 

 休日ではない繁華街でもそれなりに人は多かった。それでも休日に比べるとやはり人は少なく、車いすで移動するはやてには好都合である。

 それでも人はそれなりに存在して、通り過ぎる人間は誰しも彼女たちに注目した。

 正確にはある一人に対してだ。

 

「あの、我が主、私はどこか変でしょうか?」

「うん? そんなことあらへんよ」

「そうですか。ですか、なにやら視線が…………」

 

 雑踏の賑わいの中、リインフォースは周りに注目されている。

 当然と言えば当然である。最初に人の目に惹かれるのは煌く銀色の長い髪。次にシャープな顔立ち。宝石のような赤い瞳にすらりとした長い鼻。あまり目立たぬようにと、ジャケットのズボンという衣装だが、体のラインがはっきりと分かる服は彼女の圧倒的までのスタイルを逆に際出せた。手足は長く、腰は細いのに胸と尻は激しく主張しており周りの男たちは魅了され、女たちには羨望と嫉妬を抱かせた。

 美形であるなら、他の三人も当てはまる。だが、見た目が子供であることもあり、周りの注目は全てリインフォースという美女に集中されていた。

 

「リインフォースは美人さんやからしかたないよ。慣れるまで諦めるしかあらへんで」

 

 さも当然かのようにはやては自分の騎士の悩みをそれで片づける。

 しかも、彼女の言い分はもっともであり、他の女性からすればまさしく贅沢な悩みだ。

 だが、言われて気にしないようなら最初から気にしないものだ。リインフォースは落ち着かなさそうにそわそわとする。

 

「あああ! 見ててうっとしいな!」

 

 その様子に腹が立ったのかヴィータはリインフォースの背中を押した。

 

「ヴ、ヴィータ?」

「ちんたら動くなよ! どのみち買い物行くんだったら、さっさと片付けるぞ! ほら、さっさと歩け!」

「わ、待ってくれ。あまり押すな」

 

 その様子にはやては苦笑を溢す。だが、それは悪い物ではなく、まるで微笑ましいものを見ているようだった。

 

「やれやれ、素直やないな」

「そうだね」

「あれ? ミコトくんも気づいた?」

 

 自分の車いすを押してくれているミコトを見るために、はやては少し顔を後ろに向ける。

 

「うん。リインフォースに気をつかったみたいだね」

「そやな。ヴィータも仲良くなとうと努力してんのやろうね」

 

 *

 

 四人が目的地であった巨大ショッピングモールに辿りつくと、リインフォースに対する周囲の視線が減った。

 まだ少し残っているのだが、ショッピングモールは基本的に買い物が目的で訪れる場所だ。目的のものを探すため。予め決めていた店に辿りつくために様々な人間が足を運ぶ中、自分たち以外の通行人に注目することは少ない。

 リインフォースも視線が減ったことで先程よりも落ち着いている。

 そして一同はその中のキッズブランド、それも女の子専門の服屋に到着した。

 

「なぁなぁ、これなんてどうや?」

「ええ? これはちょっと恥ずかしいよ」

「そうか? ならこの辺りかだったらどの服が好みなん?」

「えっと…………、これ」

「わぁ、可愛いやん。せっかくやし試着してみる?」

「ええ!? 別にいいよ。適当で」

「あかんよ。可愛いと思ってても、実際着てみんとサイズが合わんとか、イメージが違うとかあるからね」

「ヴィータ。主の言葉に従って着てみてはどうだ?」

「…………、わかったよ」

 

 服をあれやこれやと話す三人。ミコトはその様子を一歩離れた場所で見ていた。

 それに気づいたはやてはヴィータが試着室に入ったタイミングを見計らってミコトに声をかける。

 

「ごめんな。なんか女の子たちだけで盛り上がってもうて」

「え? 別に気にしてないよ。ただ、周りは女の子ばかりだから、ちょっと浮いてるなって思っただけだよ」

 

 確かにこの辺りは学年で表すと小学校低学年の年層の女子の服がある場所だ。周りを見渡しも、男の子供はミコトだけだ。むしろ、このぐらいの年代の男子であれば、女の子の服を一緒に見るのは飽きてしまうか、恥ずかしがる、あるいは嫌がってどっかに行ってしまうものだろう。もっとも、この辺りの店はほとんどが女の子、あるいは女性専門の服を取り扱っている店が集まる区画なので、小さい子供だけでは遠くいけないだろう。

 そんな中、少し気恥かしさがあっても、彼女達と同行するミコトは流石である。

 

「浮いてるってことはあらへんと思うよ。だってミコトくんてまるでどこかのお姫様みたいに綺麗な顔やし、周りの人も変な目で見てへんやろ?」

 

 その言葉に少し傷ついたミコトは拗ねたように口をへにする。

 

「八神さんまで…………。気のせいか最近、僕を女の子と間違うこと人が多い気がするよ」

「まぁ、それは仕方ないよ。持って生まれたものを否定したって無駄やし、こないに可愛い顔してたら女の子だって勘違いするのも無理ないで」

 

 その言葉にますます不機嫌になるミコトだったが――。

 

「でも、私はミコトくんが男の子だって知ってるよ。頼りになるし、魔法の練習するときも真剣な顔はカッコいいで」

「! や、八神さん!」

 

 その言葉に感動したのかぱぁあああ、とミコトの顔が明るくなった。もしも彼に犬の尻尾があれば荒ぶるほどの振っていたことだろう。

 はやてとは言うと我ながら少し大胆な事を言ったことに気づき、頬を少し赤くする。

 そのまま照れくさそうに笑ってから、照れ隠しのつもりなのか、ちょっぴり逃げるようにして試着室にいるヴィータに声をかけた。

 

「ヴィータ、もう着替えた」

「う、うん」

「よし、ならカーテンあけるで~」

「え!? はやて、ちょっと待っ――」

 

 カーテンを開けるとそこには着替えたヴィータがいた。

 赤を基調としたブラウス。ところどころに小さなリボンがあしらっており、フリルを重ねたような黒のミニスカートと合っている。

 更にはヴィータが恥ずかしそうに頬を染めながら、スカートの端をぎゅっとする仕草も相まって、とても可愛らしい女の子の姿がそこにあった。

 

「かなりいいやん! ヴィータ、めちゃくちゃ可愛いで!」

「ああ、とても似合ってる」

「うん。月並みだけど、すごく雑誌に載っていても違和感ないね。とても可愛いよ」

 

 最初にはやて、リインフォース、ミコトの順で褒めると、ますますヴィータは顔を赤くする。

 

「むぅぅぅ。なんかこう私も服欲しくなったなぁ」

「別によろしいのではないですか? ここには主の年頃が着る服もありますので一、二着ぐらい手持ちにも余裕があります」

 

 ぽつりと言ったはやての言葉にリインフォースが即座に提案した。

 だが、はやては首を横に振ってそれを却下する。

 

「今日はヴィータの服買いにきたんやから、私の分買える分は全部ヴィータに使おう。ちょっと我儘言ってごめんな」

「いえ、主がそれでよければ、それでいいのですが」

「よし! どんどん試着して、どんどん決めよう! 良いと思ったもんは買って、とことん、ヴィータを着飾るで!」

「うえええええ!?」

 

 そうやってヴィータはまるで着せ替え人形のように次々と色々な服に着替えて、その度に三人から賛辞を贈られることになる。

 粗方選んだ服らの会計を済ませた頃には、すっかりヴィータの体力も減っていた。数々の戦場を縦横無尽に駆けていた鉄槌の騎士も慣れない戦場(?)では後れを取るようだ。

 

「よし! ある程度買い物も済ませたことやし、お昼ごはんをどっかで食べよっか」

「え? もう服買ったなら帰って昼飯食べればいいんじゃないの?」

 

 はやての言葉にヴィータは首を傾げる。

 

「まだ雑貨とか見てへんやろ? ヴィータの部屋なんもあらへんし、午後からは適当に店回ろう。あんまり高いもんか困るけど、気になったのがあったら遠慮しなく言ってな」

「はやて・・・・・・・・・。えへへ、ありがとう」

「どういたしまして。といってもお金は全部グレアムおじさんから貰ったもんやから、今度ヴィータからもお礼するんやで?」

「話に訊いた管理局の提督で、はやての後継人のじいさんか。うん、その人にも色々世話になってるみたいだし、必ずする」

「ええ子や。なら、ご飯食べる場所探そっか。ええと、レストラン街はここから――」

 

「ちょっと、そこの君!!!」

 

『?』

 

 四人が移動したその時だった。

 見覚えのないスーツを着た中年の男性が慌ててはやて達の場所までやってきた。

 

「なんのようですか?」

 

 リインフォースが少し警戒しながらやって来た男に要件を訊ねる。

 

「お母さん、私は怪しい者ではありません」

「いや、私はお母さんでは――」

「私はあるブランドのマネージャーでしてね。すぐそこで新作のファッションショーをするのですよ」

 

 余程を急いでるのか男はリインフォースの言葉を遮りながら自分の要件を言った。

 

「しかし、いきなり準備していたモデルが来られないと問題が起きたのですよ。このままでは予定どおりできない。困っていたとこに貴女達を見つけた! どうかそこに君! 私たちのショーのモデルになってくれないか!」

 

 スーツ姿の男が指さしたのはミコトだった。

 

「僕?」

「そう! 君だよ、君! 丁度、イメージしていたモデルと合っているんだよ! 素晴らしいルックスだ! むしろ、本職のアイドルだったりするのかい?」

「別にアイドルでもありませんが………」

「素人なんだね! なら、話は早い! どうか私たちのショーのモデルになってはくれないか! 勿論、お礼はするよ!」

 

 ミコトはしばらく悩んだ後で首を縦に振った。

 

「僕で良ければ――」

「本当かい!!」

「ミコトくん、ええの?」

「うん。ちょっと恥ずかしいけど、このおじさん本当に困ってるようだし」

「ああ、なんて良い子なんだ! 見た目ではなく、中身も良い! 君は恩人だよ!」

 

 スーツの男はミコトの両手を握りぶんぶんと振るう。少し目じりに涙を浮かべたので余程、焦っていたのだろう。

 

「では、さっそく行こうか! 会場はすぐそこの広場だよ。お母さん達も着てください。我々は急ぐので!」

「だから、私はお母さんでは――、あっ、行ってしまった」

 

 スーツの男はミコトを掴んだまま、彼を連れてそのまま走り去っていた。

 

「ははは。なんか急やったけど、ショーのモデルに選ばれるなんてすごいな。ヴィータもそう思わへん?」

 

 はやてが同意を求めたヴィータだったが、その顔はどこか難しそうな顔をしていた。

 

「うん? どないしたん?」

「なぁなぁ、はやて。この辺りって、さっき私達がいた店ばっかりなんだよな」

「そうやで」

 

 はやての言葉を聞いて、ヴィータは自分の疑問を声に出す。

 

「周りが女の子の服の店ばっかのとこでやるファッションショーにミコトは出るのか?」

『あ』

 

 *

 

 プリンセスブライタルとは女性服専門の人気ブランドメーカーだ。

 一般的な服も取り扱っているが、一番力を入れているのは花嫁衣装、つまりウエディングドレスである。

 プリンセスの名を冠するだけあって、メーカーが作るドレスはまるで中世時代の姫君は着飾るような豪華なものであり、それでいて最新の流行とも混合されている。

 当然ながら未来の花嫁たちのためにオーダーメイドでドレスを作りだす傍ら、そのような特別な催しにおいて子供でも着飾れるようチャイルドドレスも手掛けている。

 

 今日はそのチャイルドドレスのファッションショーであった。

 

 円形のホールの中央に、集まった観客が囲う舞台。大人一人分の段差の上を、白や青など色とりどりにドレスに着飾った少女たちが往復していた。

 その光景を観客達は微笑ましく見守り、遠巻きに歩いていた者も視線を向ける。

 そして、ある程度の少女たちが往復して、ステージに誰もいなくなり、誰もがショーの終わりなのだと思った時だった。

 

 ただ一人だけ舞台に歩くものが現われる。

 

 その瞬間、それまで舞台を見ていた観客達はいきなり別世界に連れてかれたかのように息を飲んだ。遠巻き眺めていた者ですら足を止めて、その光景から眼を離せなくなった。

 世界が静寂する。周りの店から流れるBGMも、遠くの喧騒も、その場にいるものは誰も聴こえなかった。

 雲ひとつない大空のような青い髪は上品に結いられて、太陽の輝きのような黄金の瞳は潤んでおり、陶器のような白い肌は幼いながらも色気を放つ。

 

 誰もが異国の少女だと考えた。

 だが、見当がつくのはそこまでだ。いったいアレはなんであろう。

 

 細い体躯に包まれる水色のドレスに銀のネックレスにティアラ。一目見ただけで、どれも素晴らしい物であることが解るのだが、それら全ては所詮その中身である人間を引き立てるだけの道具でしかなかった。

 まさしく可憐な姫君という記号が相応しい幻想的な光景だった。目立たない程度に化粧が施された顔は羞恥ゆえなのか赤みをおびており、その憂いた儚げな表情が益々魅力を引き出している。それでいて醸し出す雰囲気は、居合わせるだけでその場の空気が清涼されるかのような穏やかなもの。例え暗欝な世界であろうと、その人物は変わらず清流の爽やか浄気で見る者を癒す。

 まるで夢のような時間だった。その人物が舞台からいなくなっても沈黙は続き、その姿に魅了されて相変わらず惚けている者も多い。

 

 そして遅れたように拍手、それは一気に大きくなり、凄まじい歓声がホールに爆発した。

 

 ざわめきの中、疑問は飛び交う。あれは誰だ? どこのモデルだ? どこかの王族なのか? そんな、まさか。しかし、あの容姿は只者ではない。

 幾通りの憶測が飛び交う中、真実を知るものは少し離れた場所でそれぞれ口にする。

 

「なぁ、ミコトって男だったよな」

「その、はずなんだがな」

 

 ヴィータからの問いかけに、リインフォースは自信なさげに答える。

 

「すっごい綺麗やったなミコトくん」

 

 はやての言葉は素直な感想だ。女として負けたなど、そんな自己との優劣を比較することなく、目にした光景に感動する。着飾れば綺麗だとは思っていたが、流石にあそこまでとは彼女の想像以上だった。

 

「さてと、私ミコトくんを迎えに行ってくるわ。二人はそこで待っててな」

「え? いや、それなら我々も同行します」

 

 はやては車いすだ。それを差し引いても、主である彼女を人混みの中一人で行動させるのは仕えるものとして忍びなかった。

 だが、はやてはそれを断る。

 

「皆で迎えに行ってもミコトくんが恥ずかしいやろ? ここは私だけで迎えに行くから、二人はここで待っててねぇな」

「我が主」

 

 ショーの中、確かにミコトは恥ずかしそうだった。そうまでするなら、女装をしないといけなくなった途端に断ればいいものも、しっかりする辺り彼もお人よしである。

 おそらく、ミコトを見つけた男も、彼が女の子だと勘違いして依頼したのだろう。だが、そのまま決行する辺り彼も中々のツワモノ。むしろ問題どころか大成功したので彼の手腕は見事であるのだろう。

 そんな中、ぞろぞろと身内が出迎えにいけば、確かに恥ずかしい。リインフォースとヴィータは自分が逆の立場に置き換えて考えたが、想像しただけで逃げ出したくなった。

 確かに、迎えに行くのであれば大勢よりも一人のほうが好ましい。三人の中であれば、一番気心を知るはやてが適任だろう。

 

「わかりました。では我々はここでお待ちするのでくれぐれもお気をつけて」

「ちょっとそこまで行くだけやのに大袈裟な。まぁ、すぐ帰ってくるから」

 

 しぶしぶ承諾するリインフォースに苦笑いを浮かべながら、はやては車いすを押しながらファッションショーの控室と思いしき場所に向かった。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、リインフォースとヴィータは二人っきりなる。

 周りは相変わらず賑やかだが、二人の間は沈黙が続いた。

 はやて達が来るまでずっとこの状態が続くのかとヴィータの気が滅入った時、リインフォースが彼女に話しかけてきた。

 

「なぁ、ヴィータ」

「なんだよ、用がないなら話しかけるなよ」

 

 リインフォースは二人きりになると、取り繕う様にヴィータへ話かける時がある。

 それがヴィータは嫌だった。

 別にようがないのに自分に気をつかって話かけることに苛立った。その度にヴィータは拒絶した。

 昔からそうだった。彼女が自分に気遣う度にヴィータは反抗した。心配そうに自分へ声をかけられることが嫌だった。

 一方的に自分が彼女を嫌っていたのだ。なにかと子供扱いすることが気に入らなかった。

 だから今回もようがなければすぐ切り捨てるつもりだったのだが。

 

「いや、用はあるよ」

 

 しっかりとした口調でリインフォースは言う。どうやら、用があるのは本当らしい。

 

「言いそびれてしまったが、ありがとう」

「はぁ!? いきなりなんだよ!」

 

 突然礼を言われて驚いたヴィータが声を荒げる。

 

「いや。街に到着した頃、私に気を使ってくれて、急いでここに向かっただろ?」

「なんのことだよ。礼なんていらねぇよ。私はお前がトロイから急かしただけだ」

「そうか。でも、おかげで私は周囲の視線から離れることできた。ありがとう」

「だから別に礼なんていいよ。そんなこと言うくらいなら、はやての言うとおり周囲の慣れろっててんだ。お前は目立つんだからな」

「そうだな。うん、そうする」

「ふん!」

 

 笑いかけるリインフォースにヴィータはそっぽを向いた。

 自分の中で苛立ちを高まるのが解る。ふつふつと煮えたぎる感情と同時に、暗雲とした暗くて重いものが圧しかかる。

 思わず、溜息をした。

 

「どうかしたか?」

「なんでもねぇよ!」

「そうか。すまない」

 

 今度は内心舌打ちする。

 本当にヴィータは嫌になる。

 

 素直になれない自分が。

 

 *

 

 はやては係の者に案内されて、ミコトの控え室に辿りついた。

 そこにはまだドレス姿のまま、ずーんと落ち込んでいるミコトが蹲っている。皮肉なことにその姿すら様になっているのが本人にとっては不名誉なのだろう。

 ミコトははやてがやってきたことに気づくとばつの悪い顔になる。

 

「八神さん、見てたんだよね?」

「あははは、まぁね」

「そっか。はぁぁぁ、八神さんは僕を男の子として見てくれるけど、他の人には女の子に見えるのかな」

「まぁ、綺麗やし、そればかりは勘違いする人もおるよ」

「八神さん。君から見て正直にどう? 僕ってそんなに男らしくない? 頼りなさげに見えるかな?」

「んんん、その質問はミコトくんの中で女の子は頼りない存在やと、下に見てることを暗に示してるのかな?」

「え!? そんなつもりは、なかったんだけど。うん、そうだね。この言い方だとそうなるね。ごめん」

 

 謝罪するミコトに「気にしないでええよ」とはやては笑う。

 

「まぁ、さっきの質問の答えやね。他の人はどうかしらんけど、私はお店で言った通り、ミコトくんは頼りになるって思っとるよ。

 実際、ミコトくんにとって女装は嫌なことだと思うのに、誰かのためにしたのはすごいと思う。自分が引き受けたことを途中で投げ出さなかったことは偉いことやと思うで」

 

 自分が想像としたものと違った場合、多くの人はそれに逃げてしまうことある。

 当然だ、辛いことは誰も嫌なのだから。それに真っ向から挑むことは、賢くない生き方なのかもしれない。損をするのかもしれない。

 それでも、はやては、そんな在り方はとても尊敬できるものだと感じているのだ。

 

「八神さん……」

「それに綺麗ということはやっぱりいいことやん。さっきは女装やったけど、そうやね。王子様みたいなかっこもきっと似合うと思うよ」

 

 そう言いながらはやては頭の中で想像する。

 マントを羽織る王子のような姿。元々、ミコトの騎士服はそのような感じなので、想像することは容易い。

 王子姿のミコト。うん、やはり中々に似合って、カッコいいと思う。白馬なんかも似合いそうだ。

 そして、白馬に乗ったミコトがドレスを纏う自分に手を差し伸べる――。

 

「って、なに想像してんねん、私!」

「八神さん?」

「!? な、なんでもあらへんよ。あはははは!」

「?」

「まぁ、綺麗や可愛いのはいいことやん。正直、羨ましいよ。私もみんなに可愛いとか綺麗とか言われたら嬉しいな。それって大好きだ――、て言ってるようなもんやん? まぁ、限度はあるけどな。純粋な好意たぶん、本当に温かいと思うから」

「八神さん」

「だからミコトくんもあんまり気にしたらあかんよ。ほんの少しでもいいから、そういう自分も好きになろ」

 

 笑いかけるはやてに、ミコトもつられたように笑う。

 その顔を見てはやては内心安心した。ああ、ようやく笑ってくれた。

 憂いた顔も絵になるとは思うが、はやてはミコトの笑った顔のほうが好きだった。

 

「ほんと、八神さんは不思議だね。君の言葉はとても楽にしてくれる」

「そんな大したこと言ってへんよ」

「うん。やっぱり、それはとても八神さんらしい言葉だよ」

 

 笑いながらそんなことを言うミコトに、流石のはやても恥ずかしくなってきた。

 

「は、話してるもの楽しいけど、リインフォースとヴィータも待ってるし、そろそろいかへん?」

「そうだね。悪いけど、八神さん脱ぐの手伝ってくれない? 最初は一人で脱ごうとしたけど無理だったんだ。特に袖辺り、片手でするのはきつい」

 

 袖辺りは何本のリボンが重なり合うように結んであり、一見腕を拘束しているようにも見える。確かに、これを一人で脱ぐのは難儀することだろう。

 

「うん、ええで。しかし、脱ぐのも着るのも大変そうな服やね」

「八神さんが着たらきっと似合うと思うよ」

「あははっ。そんなん全然無理やって。でもお姫様とかは憧れるな」

 

 はやてが袖のリボンを両方ほどくと、その腕をミコトが手に取った。

 

 

「綺麗だよ」

 

 さっきよりも近い距離で、ミコトが真剣な眼差しではやてに囁く。

 

「八神さんのほうが絶対に綺麗」

「…………」

「ありがとう。あとは一人でも大丈夫そうだから、外で待っててくれる?」

「う、うん」

 

 ミコトの言葉に従いはやては部屋から出る。

 途端、驚愕と歓喜と動揺によってはやての顔が一気に赤くなり、心臓が爆発したように高鳴る。

 

「ふやぁああああ…………」

 

 熱くなった頬を冷やすように両手をあてて、はやてはその場で蹲った。

 やっぱり、綺麗や可愛いなどと言う前に、ミコトは“かっこいい男の子”だと改めて思ったはやてであった。

 

 *

 

 ミコトの着替えた後、二人は揃ってその場を後にした。

 ミコトにモデルの依頼した男が何かとお礼としたがっていたが、待たせている人がいるのでその場は断り、せめてものと男は名刺をミコトに渡し、「暇があれば連絡してほしい。その時に改めて礼をする」と伝えた。

 はやて達が控え室から出ていくと、先程まで集まっていた観客の姿は既になく、ファッションショー後片付けをスタッフたちがしている最中だった。

 そして、ミコトに車いすを押して貰いながらはやてはリインフォースたちを待たせた場所にやってきたのだが――。

 

「あれ?」

 

 いない。

 周囲を見渡して確認したが、間違いなく二人と別れた場所に間違いなかった。

 トイレでもいったのだろうか? しかし、二人同時などは奇妙なものだ。

 

「おかしいなぁ? どこにいったんやろうか?」

「ここで二人が待っていたの?」

「そうやんけど。う~ん、御花でも摘みに行ったのかな~」

「おや? 貴女はさっきまで銀髪の御嬢さんといた子?」

 

 二人が話していると、ファッションショーの後片付けをしていたらしい女性スタッフがはやてたに声をかけてきた。

 リインフォースは珍しい銀髪。おまけにはやては車いすだ。目立つゆえに記憶に残っていても不思議ではない。

 

「そうですけど。あの~、ここで待っていた二人がどこにいったか知ってます?」

 

 はやてが訊ねると女性スタッフは怪訝な顔をする。

 

「二人ならいきなり倒れて、すぐやってきた係の人たちに運ばれたわ。貴女たちには何も連絡がなかったの?」

 

 *

 

 リインフォースはいきなり現われた男達に担がれながら、辺りを見渡した。

 既に彼女は彼らがショッピングモールの係の人間では把握している。あまりにも自分達が“倒された”瞬間、タイミングよく現われ、何より自分に向ける態度が危機感を確実にさせた.

 自分に触れる肌は時折吟味でもするように弄っており、粘着するような視線に彼女の全身に虫唾が走るも、リインフォースは彼らを振りほどくことが敵わなかった。

 一瞬の出来事だった。

 彼女達がはやて達を待っている間、突然、自分の体が電撃でも走ったかのように衝撃が走り、その場に倒れてしまった。立ち上がろうとするも動けない。隣を確認するも、ヴィータも同じように倒れて、自身が動けないことに驚愕してした。

 鈍い体を何とか動かそうとして、自分達を見下ろしている影に気づく。

 黒い長い髪を後ろに束ねた痩せた男が自分達に笑みを浮かべながら見下ろしていた。まるで罠にかけた獲物を捕えたかのような視線にリインフォースは彼が犯人なのだと悟る。

 直ぐに魔法を展開しようとして、リインフォースは更に驚愕した。

 できない。発動しようと思っても、体の痺れと同じように上手くリンカーコアが起動しない。ためしに隣のヴィータに念話しようとしてもできなかった。どうやら、ヴィータも更に驚いた様子を見る限り、彼女も魔法が使えないようだ。

 油断していた、といえばその通りであるが、リインフォースもヴィータも戦場がない平和な日常であっても自分に向ける殺意、悪意というものは察することができる。常識ではなく、長い戦いの中で体に身についているのだ。

 周りの人ごみに紛れながら近づき、この二人こうまで簡単に無力化するとなるとこの男は相当な実力者か、何かしらの特別な力を持っているのだろう。

 そう判断している間に新たに複数の男達が現われて、いきなり倒れた彼女たちに困惑する周りの人間に「自分達は係の者ですので連れて行きます。道を開けてください」、などと今考えれば明らかな虚言で騙しながらまんまと自分達を攫うことに成功した。

 そして、男達はショッピングモールから離れた薄暗い倉庫に連れてこられた。広い空間で、元は商品を受け取る、あるいは保存しておく場所だったようだが、人気がなく、見るところかなり老朽化しているので廃棄された場所なのだろう。

 まさに、人目を避けて良からぬことをするには打ってつけの場所だろ。

 

「グラディエールさん、連れてきましたぜ」

 

 男達の一人が中央で悠然と立っていた一人の男に声をかける。

 あの痩せた男だった。嘘とはいえ、彼らは係の人間と称してリインフォース達を連れてきたのだ。一緒に行動するわけにはいかなく、先回りしてここに来たのだろう。

 見るからに日本人の典型的な容姿と名前があってないので、グラディエールは偽名だとリインフォースは予測する。

 

「てめぇら! 私達をどうする気だ!」

 

 威勢よく声を張り上げたのはヴィータだった。まだ体は動けないようだが、声だけは出せるようになった。最初は声を出すこともままらなかったので、時間が立てば徐々に全体の麻痺は治るようだ。ただし、全快するのはそうとう時間がかかるだろうが。

 ヴィータの怒声に周りの男達は面白そうに嗤いだす。

 

「うううん。おチビちゃんには言葉で説明しても分かんないかな~? まぁ、実際してみてば嫌でも分かんじゃないかな?」

 

 下品な笑みを浮かべながら男の一人が言った。その言葉で薄々感じてはいたが、男達の目的が何であるのかリインフォースは悟る。

 

「彼女には手を出すな。貴様達の相手は私だけで十分だろ」

「!? おい、てめぇ!」

 

 ヴィータが睨んできたがリインフォースが構わず言葉を続ける。

 

「それとも何か? こんな小さな子供に手を出すほど餓えてるのか?」

 

 まるで挑発するような言葉を聞いて、グラディエールと呼ばれた男が面白そうに笑った。

 

「かなりの度胸ではないですか。私たちが何をするかは分かっていながらも、怖じ気ずに身内を庇うとは。外見だけではなく心も美しい。想像以上だ」

 

 丁寧な言葉遣いだが、そこに含まれた感情は毒々しいものだと誰もが分かる。

 

「いいでしょう。貴女が私たちを満足させたなら彼女には手を出しません。おい、銀髪のほうを離せ」

「なっ!? おい、待てよ!」

 

 怒声を上げるヴィータを無視して、グラディエールの指示に男達は彼の目の前で投げ捨てるようにリインフォースを離した。

 体を痛め、床の冷たさに触れるものの、直ぐにやって来たグラディエールに上半身を起こされた。

 

「っ! おい、貴様達。なんでこんなことをする?」

「無粋な質問ですね。綺麗な花を見かければ摘みたいなど誰も思うでしょ? それも珍しい花であるのならば、どんな味の実がなっているのか味見してみたくなる」

 

 下種。リインフォースは内心吐き捨てるが、声には出さない。彼らから不況を買い、ヴィータまで手を出されては困るのだ。

 自分は従順を演じて時間を稼げばいい。体の不調は時間が立てば治るようだ。それまで、最低でもこのグラディエールの注意さえ自分に向けていれば、残っているヴィータが彼らを討伐してくれるだろう。

 グラディエールがリインフォースの頬に手で触れる。

 

「くくく、震えていますね。その様子を見るとキス一つすらしたこともないのでしょう。しかし、身内のために自分の身を差し出す。その勇気に免じて最初は私だけが相手しましょう」

「ふざけんな! そいつになにかしてみろ! てめぇらまとめてぶっ潰してくれやる!」

 

 ヴィータの怒声に更にグラディエールは愉快そうに顔を緩める。

 

「勇ましいですね。子供ながらにして、この覇気。まるで歴戦の英雄のようだ。案外、本当にそうであったほうが面白いですが、まぁ、どっちでもいい。演奏変りに彼女は好きに叫んでもらいましょう。そのほうが面白い」

 

 その言葉でリインフォースは少しだけ安堵する。

 どうやら、今のところは本当にヴィータには手を出さないようだ。ならば、彼女に少しでも興味がいかないよう自分はせいぜい足掻こう。

 

「おい! なにてめぇもこいつらの言うとおりにしてんだよ! ふざけんなよ! なんもかんも、てめぇだけで片付けやがって!」

 

 ヴィータの叫びにリインフォースの胸が苦しくなった。

 怒りを孕ませながら、彼女は自分の身を案じている。それが嬉しい。

 リインフォースは彼女が好きだった。

 本当は戦うのが嫌なのに、自分が先陣を切る。乱暴であるが、本当は優しくて寂しがり屋な少女。だから、彼女は邪険にされても嫌な顔せず、仲良くなりたいと思える。自分の身だって差し出せる。

 

「まずは自分から私にキスしてもらいましょうか? 無理やり奪われるのは嫌でしょ?」

「…………わかった」

 

 リインフォースの唇が、グラディエールのものに触れようとした時――。

 

「!?」

 

 グラディエールは顔を変えて、直ぐに彼女から自分の顔を離した。

 次の瞬間、彼と彼女の間に青い閃光が通り過ぎる。あのままだったら、グラディエールの頭部は飛んできた青い閃光に直撃しただろう。

 

「誰だ?」

 

 グラディエールの言葉で一斉にその場にいた誰もが出口に視線を向ける。

 そこには騎士服を身に纏ったミコトがいた。

 

 彼とはやてはすぐに魔法を使って彼女たちを探した。

 最初に見つけたのは彼女達をはやて。夜天の主と騎士の関係である彼女達との間にはパスが通ってある。そこまで離れてなければ見つける簡単だった。

 彼女がそのまま二人の元へ向かおうとした時、ミコトが待ったをかけた。

 ミコトははやてが発見した場所に自身も魔法で探知してみたが、そこにはリインフォースたち以外にも複数の存在を確認した。

 そして、魂の感知、その性質を読み取れることができる技能により、彼女たちが「良くない存在」と一緒にいると分かった。

 それを聞いたはやては慌てて彼女たちの元へ急ごうとしてたが、ミコトが更に待ったをかけた。

 なにかあるか分からないので、はやてはアーチャーを呼んできてほしい。ここから飛行魔法や念話を使えば、態々家まで戻らなくても事態を彼に伝えることは可能だ。

 その間、ミコトが彼女たちの方へ向かう。アーチャーに剣の指南を貰っている身なので、何かあれば、まだミコトのほうが対処しやすかった。

 心配そうな顔するはやてに、無理はしないと、と約束してから、彼は彼女達の元へ向かった。

 そして、リインフォースが見知らぬ男と接近してた瞬間、彼はすぐ魔力弾であるゲンドゥルを男に向かって放ったのである。

 

「誰だと聞いている」

「彼女たちの知り合い。彼女達を離せ」

 

 いきなり現われた子供に誰もが動揺した。

 男達は変わった衣装を纏った子供が魔法のような力を行使したことに驚愕し、ヴィータとリインフォースは自分達が迷惑をかけたという自責を感じた。

 そして、グラディエールは興味深そうにミコトを眺め、リインフォースから離れる。

 

「見たところ、変った力を持ってるみたいだが、それが自分だけの力だと思っているのか?」

 

 瞬間、グラディエールの姿が変貌した。それに驚いたのはリインフォースとヴィータだった。周りの男達は知っているのか、余裕を取り戻すように笑みを浮かべて、ミコトは剣を構える。

 ミコトは覚悟していたことだ。はやてには言わなかったが、彼が感知したとき、一つだけ異質の魂を感じたのだ。

 グラディエールは純白のマントにやや装飾過多気味な鎧に両手剣を握った、まさしく西洋の騎士の姿をその場で現す。

 

「デバイス!?」

 

 リインフォースの言葉にグラディエールは首を傾げる。

 

「なんですかそれは? まぁ、あの子が君たちの知り合いというのが真実なら色々と事情通のようですね。

 しかし、私の力はそんなものではないと思います。私の力は、そうですね、言って見れば生前、いや前世の力の体現でしょうか」

「転生者…………」

 

 ミコトの言葉にグラディエールが彼に視線を戻す。

 

「なるほど、転生。今まで自分の事は適当に能力者と言ってたが、死後、別の存在として生まれ変わった者。つまり転生者と言った方がしっくりくる。

 まぁ、細かい話は後だ。ガキ、俺に向かって舐めたことをしてくれたんだ。覚悟はできてるんだろうな?」

 

 口調が代わり鬼気を放ちながらグラディエールはミコトを睨む。それが本来の彼の本賞なのだろう。

 ミコトは無言で剣を構えたままだ。それを見たグラディエールは鼻で笑い、周りの男たちに指示を出す。

 

「おい、お前たち。女を連れて離れとけ。久々の余興だ」

 

 男たちはグラディエールの指示に従い、リインフォースとヴィータを連れて二人から距離を取る。

 その様子をミコトは黙って見ることしかできなかった。いまのミコトには彼女たちを傷つけず、相手を一網打尽にする技能はまだ備えていない。

 彼にできることは唯一の実力者であるグラディエールを打倒し、無力化する。

 もちろん、アーチャーが来るまで時間稼ぎという選択肢もあるだろう。だが、それをミコトはしたくなかった。

 賢くない選択だとしても、ミコトがリインフォースとヴィータが辛い思いをするのが嫌だった。

 

「ほら、ぼっとするな。こっちからいくぞ!」

「!?」

 

 グラディエールが上段に構えて接近する。驚愕しながらも、僅かに遅れてミコトも動いた。突撃するように剣を突き出し、その刀身が青く発光する。《ゲイレルル》。剣先に高密度の魔力を集中し、自身を加速させ、突進する魔法。

 二人の距離が相対的に凄まじい速度で縮まる。スピードは遅れて動いたミコトのほうが僅かに速い。ミコトの動きは魔力で加速させたもの。グラディエールの身体能力も動きを見ただけで常人よりも遥かに高いことは解るが、今のミコトの速さには及ばなかった。

 また、ミコトの剣は高密度の魔力が籠っている。仮にグラディエールがその剣で瞬時に受け身を取ろうとしても、良くて剣ごと体を吹き飛ばされ、最悪、武器を破壊されるだろう。

 しかし、グラディエールの顔には狂喜の色が宿っていた。それは己への過信か。または相手への嘲笑なのはかミコトには判断できなかった。

 だか、それが直ぐに後者なのであると発覚することになる。

 グラディエールの大きく振りかぶった大剣が、オレンジ色に発光し、ミコトに迫る。

 激しく発光する刀身は、青く輝く刀身とぶつかりあい、その軌道を大きくそらした。

 ミコトは驚愕する。純粋な破壊力であればミコトの《ゲイレルル》が上だった。対するグラディエールが放った《アバランシュ》という技は、何かしらの力を宿しながらも、ミコトは宿した魔力には火力が及ばない。

 なにが勝ったのか言えば、単純に剣の腕だ。

 グラディエールという男は、前世、ある日を境に剣で生きることを強いられる世界に放りこまれた。そこで時には姑息な手段を持ちいりながらも、その世界で死に絶えるまで、剣の腕を日々磨いていたのだ。

 対するミコトは最近剣を習ったばかりだ。才能はある。前世でも剣を振るっていた。日々、“今度こそ負けぬと”精進を重ねているのだ。

 だが、まだ経験が足りない。グラディエールとミコトでは圧倒的に剣での経験に差があったのだ。

 グラディエールからすれば、幾ら威力があっても、フェイントがない突きなど見切ることは容易い。逸らしたことにより、青く発光する刀身は自分の右脇を通過し、すれ違い際にグラディエールはミコトを切りつけようとした。

 

「!?」

 

 自分の攻撃が失敗した瞬間、ミコトはすぐに距離を離そうとした。グラディエールの剣を見抜いたわけではない、しかし、結果的に自分に対する攻撃を避ける行動と結びついた。

 だが、あくまで偶然の産物。距離が離れきれかったゆえに、右脇が僅かに斬られる。頑丈な騎士服が裂け、そこから血を流す。

 

「ほら、痛がっている暇なんてねぇぞ!」

 

 苦渋の表情を浮かべるミコトにグラディエールは容赦なく猛攻をしかける。

 薙ぎ掃うかのように横へ一閃するグラディエールの剣戟をなんとかミコトも自身を振るって、相応の剣を弾けさせた。返し刃でミコトはグラディエールに反撃を試みるが、悠然と態度でグラディエールはミコトの剣を簡単に防ぐ。

 続いて何度も剣を振るい続けるものの、十合までいっても相手に対して有効的な攻撃をミコトは与えることができなかった。

 

「見え見えなんだよ!」

「くっ!」

 

 自身の剣を引き戻し、直ぐ更なる追撃をしようとしたが、グラディエールはミコト自身ではなく、その剣に向かって強烈な剣戟を叩きこむ。

 

「!?」

 

 手放してしまいそうな一撃にミコトの両手が痺れる。意図せず上段の構えをとるような形になったが、なんとかミコトは剣を手放すことは阻止した。

 

「離さなかったことは褒めてやるがよ!」

 

 がらあきになった空間に、グラディエールの剣が一閃する。

 剣を上にやられたことにより対処することができず、ミコトの両腿が切り裂かれた。

 

「ぐあ!」

『ミコト!』

 

 リインフォースとヴィータの叫びと同時に、足の損傷でミコトの態勢が崩れる。そこに叩き落とすかのようにグラディエールの剣が振り落とされた。

 ミコトはなんとか剣を盾にし、右手で刀身を支えながら受け止めるもの、切り裂かれた腿が衝撃に耐えられず、更に出血し、今度は両膝を床につかせることとなる。そこに看破いれずミコトの顔をグラディエールが殴った。別に剣だけの勝負とは約束した覚えもないし、戦いにおいて打撃を加えるのは当然あってもいい手段だ。

 ミコトは殴られたことにより、その場で倒れた。当然、グラディエールはその瞬間を見逃さず、立ち上がれないようミコトの体を踏みつけて、握っていた剣を弾き彼から離す。

 そして、動けないミコトの左腕を容赦なく剣で突き刺した。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

『ミコト!』

 

 悲鳴が倉庫に響く。その中、グラディエールは恍惚した顔でミコトを見る。

 

「いい」

 

 ぐりっと剣を捻る。ミコトは更に悲鳴を上げて、グラディエールは興奮したように笑みを浮かべた。

 

「戦っていた時から思っていたが、かなり綺麗な顔してるじゃねぇか! ああ、いいな、その泣き面! まるで初めてを無理やりぶち抜かれてような顔だ! とてもそそるじゃねえかああああ!」

 

 グラディエールは剣を引きぬくと、再びミコトに突き刺す。その度にミコトは悲鳴を上げて、グラディエールはまるで情欲塗れたような顔をミコトに向けた。

 

「本当に綺麗な声で泣きやがる。ああ、これは顔を殴ったのは失敗だったかな。これだけの上玉ならガキでも関係ない。まずは、あの女よりもてめぇを味わってやるよ」

 

 苦しみもがくミコトにグラディエールが涎を垂らしながら手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで人のマスターを踏んでるつもりだ、下種が」

 

 

 

「ぎゃひゃあ!」

 

 グラディエールは引かれた蛙のような悲鳴をあげながら吹き飛んだ。

 

「あっ…………」

 

 体のあちこちが痛む中、ミコトはやって来た自分が良く知る相手を見上げる。

 

「すまない、マスター。どうやら遅れてきてしまったようだ」

 

 グラディエールを殴り飛ばしたアーチャーは申しわけなさそうに自分の主を見る。

 

「てめぇ、なにもんだ!」

 

 殴れていた頬を擦りながら、グラディエールはアーチャーを睨みつける。

 

「さて、どう名乗るべきか。騎士か。彼女たちの保護者か。この場では正義の味方と言ったほうが好ましいか?」

「ふ、ふざけんなよ、コラァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 グラディエールが怒りに任せたように剣を上げてアーチャーに突撃する。

 怒りまかせたとはいえ、その速度は十分。しかも相手は無手。いきなり現われて、自分に悟られず不意を打つほどの実力者であろうとも、この状況。自分が有利だとグラディエールは判断した。

 だが、相手が悪い。

 彼は知らない。アーチャーが英霊と呼ばれる存在なのだと。

 彼が今まで相手をしてきた存在、または自身とは文字通り、格が違うのだ。

 アーチャーは直ぐに両刃片手剣を「投影」すると左手で掴み、自分に迫って来た剣を簡単に弾いて、空いた右腕をグラディエールの溝に叩きこんだ。

 

「ぐおえええええ…………」

 

 吐き出す様に嗚咽を上げて、グラディエールはその場で蹲った。

 圧倒的。

 先程まで子供相手とはいえ、グラディエールはその場を支配していた。彼に従っていた男達は彼がこれまで何度も多くの敵を戦い姿を見て、その力を畏怖し、どこかで信じていたのだ。まるで自分達の力でもあるように、どこかで無償の信頼を捧げてもいた。

 その力が、いきなり現われた男に簡単に淘汰された。呆然として男達の言葉が失うのも無理はないだろう。

 

「調子に、乗るなよ!」

 

 だが、往生儀が悪いことにグラディエールは諦めてなかった。無様な醜態を晒しながら、彼はアーチャーを睨む。

 

「こっちには人質がいるんだぞ!」

 

 その言葉で男達は我に返った。

 そうだ。自分達は彼が助けようとしている女たちを抑えている。幾ら力があっても、彼は簡単に自分達に逆らうことはできない。

 

「戯け」

「あああん?」

 

 だが、アーチャーの態度が変らない。

 

「戯けと言ったのだ。周りと良く見ろ」

「なに―――――!?」

「ひっ!」

 

 それは誰かの叫びだったのだろうか。

 アーチャーの言葉に従い、周りの男達が辺りを見渡すと剣を見つけた。

 一本ではない。数えるほど馬鹿らしいほどの無数の剣が無数に空中で停滞し、あろうことか剣先を男達に向けていた。

 

「彼女達になにかしろ。遠慮なく、ぶち抜くぞ」

「あっ!」

 

 未知なる恐怖に慄いた男達がリインフォースとヴィータを手放した。

 床にたたきつけられることになる彼女たちを見て、更に怒りを覚えるが、アーチャーは空中に《投影》していた無数の剣を矢ように放つ。

 ガガガガガ! と、凄まじい音と共に、彼らとリインフォース、ヴィータの間には無数の剣が突き刺さっていた。まさに剣の牢獄である。

 彼らの行動は正解だ。もしも、彼女たちを盾にする場合、アーチャーは容赦なく彼らの頭に剣をぶち刺していただろう。精確な射撃ができるアーチャーならば簡単だった。

 その彼らはまさか直ぐ剣が自分達に向かって来るとは思わなかったのか、あるものは失禁し、あるものは失神した。

 そして、自分たちの優位が完全になくなるとようやく悟ったのか、グラディエールは項垂れ、剣を手放した。

 アーチャーは彼が離した剣を蹴り上げて遠くに話すと、グラディエールを一瞥してから、まずは一番重症なミコトの様子を確認することにした。

 

「どうだ、マスター――――」

「!? アーチャー、危ない!!」

 

 悲鳴はリインフォースのもの。

 背を向けたアーチャーに対して、グラディエールは直ぐ立ち上がり、どこから隠し持っていたナイフをアーチャーに投げつけた。

 アーチャーは振り向き、頭部に目掛けて投げ込まれたナイフをかわす。薄皮一枚傷つけたが、それだけだった。

 それだけで、まるでグラディエールは形勢逆転でもしたように笑いながら、立ち上がる。

 

「これは…………」

 

 アーチャーは顔を顰める。その体が僅かに痙攣していた。

 

「ひゃはははははあは! 動けねいだろ! その麻痺は特別性でな! 妙な力を持っててもしばらくは使えないぜ!」

 

 彼は前世、剣の世界で生きた時、今生のように卑怯な手段で自身の欲望を満たした。その常套手段が麻痺による殺害などだ。

 その力が体現しているのか、彼は強力な麻痺をさせる毒が精製できた。だいぶ後にしったことだが、この麻痺は相手の超能力的な技能も一時的に奪うことができる。

 リインフォース達を動けなかった事もこの毒だ。針先に毒をしみ込ませ、前世で受け続いていた投剣技術を使い、彼女たちを刺したのだ。

 そして、アーチャーに投げたのものその毒をしみ込ませたナイフである。

 

「なるほど、彼女たちが何もできなく動けない理由はコレか。小悪党らしい姑息なことだ」

「ほざけけええええ!」

 

 グラディエールはまたもどこから隠していた短剣を抜いて、アーチャーに突撃する。

 先程まで見せた剣術に比べると、数段と見劣る愚直な行動だが、動けない相手には関係ない。

 その考えが愚直。彼は気づくべきだった。普通なら触れただけで倒れるその毒を受けて、なぜアーチャーが立ったままなのかと。

 迫って来たナイフをアーチャーは何事もなく避ける。

 

「あひゃ?」

 

 呆然とするグラディエール。そこにアーチャーの拳が叩きこまれた。

 

「ぐひゃあああああああ!」

 

 鼻が陥没しながらグラディエールは吹き飛ばされて、数回床に転がった後、その場でピクリとも動かなくなった。

 

「貴様程度の小細工で止められると思うなよ」

 

 麻痺と毒は強烈だった。確かに自分の身体に問題を与えた。

 だが、それが如何した? 自分はこれ以上の困難の受けたことがある。無数の武器で体を貫かれたことがあった。確実な致命傷を受けたことなど数え切れない。それらに比べれば、こんな毒、多少無理をすれば動けなくもない。

 アーチャーは気絶したであろうグラディエールに向かって宣言する。

 

「私を止めたければ、この世全ての悪でも持ってこい」

 

本当なら、剣で切り裂くか、弓なりでぶち抜くかして息の根も止めたいが、マスターの前のでアーチャーは自制する。あんな男でも目の前で死ねば、死ねば自分の主はいい思いしないだろう。実力差がなければ、そんな温情は切り捨てるが生憎と相手と自分の力の差は歴然としていたので、殴る程度ですませた。

 完全に無力したことを確認すると今度こそアーチャーはミコトに近づく。

 

「アーチャー…………」

「すごい怪我をしているな。はやてが見たら泣くぞ」

「八神さん?」

「ああ。彼女から知らせを受けて、まずは私だけでここに着た。待っておけと言っていたが、どうせあの娘は後からやってくるだろう。その前になんとか形だけでも治しておくぞ」

「うん…………」

「さて、と言っても、こういった治療は私は長けてない。彼女たちの毒なら直せそうなので、先に向こうを治す。

 その後、リインフォースに治してもらえ。それまで、頑張れそうか?」

 

 ミコトは自身が平気な事を示す様上半身を起こして頷く。

 

「うん…………」

「いい子だ」

 

 アーチャーはミコトの頭を撫でた後、リインフォースたちに駆け寄った。

 

「すまない、私のせいでお前の主が――」

「君が謝る必要はない。アレはアレの選んだ結果だ。誉れや罵声を贈るならいざ知らず、謝罪は私や彼にも不要だよ」

 

 そう言いながら彼はあるものを《投影》した。内反りの片刃剣の名は布都御魂。

 豊布都神が持ったと言われている武具で、その剣の霊力は軍勢を毒気から覚醒し、活力を与えて勝利を齎した。

 この剣を使えば彼女たちを蝕む麻痺も治せるだろう。

 

「悪いが治ったら君はマスターの治療をしてくれ。後始末のことを考えれば色々とこの後大変だが、手伝ってくれるか?」

「ああ、勿論――」

「後片付けなら、こっちが引き受けよう」

 

 リインフォースが頷こうとした時だった。

 見ると、一人の少年がやってきた。

 歳ははやてやミコトぐらいだろうか、かなり幼い。だが、身に纏う雰囲気は尋常ではないことが解る。

 まるで全てを吸い込む暗黒空間のような、どこまでも無機質な闇。あのような子供が纏って良い威圧ではない。

 警戒するようにアーチャー、リインフォース、そして今だ動けないヴィータも身構える。

 あの少年は先程まで交戦した相手とは、格が違っていた。

 その中で、ただ一人、その正体を知るミコトだけが、彼の登場に驚いて声を上げた。

 

「シキ?」

「ああ、お前はいつぞやの馬鹿か。また怪我してるな、お前」

 




 次回、あの男登場。
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