Fate/Lyrical cross ☓はやて【凍結中】   作:貫咲賢希

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第8話 秘め事

 夕暮れ時、帰り際のサラリーマンや夜の街に遊びに来た若者たちが行き交う街中、八神はやてはそわそわしながら皆の帰りをここで待っていた。

 買い物途中、自分の騎士であるリインフォースとヴィータが誘拐。彼女はミコト・ベルンハルトと別れてアーチャーに事態を知らせに向かった。

 本当ならはやても助けに行きたかったが、万が一のためミコトの騎士であるアーチャーにも知らせるため別れる必要があったことと、向かうのはアーチャーに剣の手ほどきをして貰ったミコトのほうが適任だったのが理由だ。

 はやても魔法の訓練はしているが、はやてが使うものは何かと派手だ。

 彼女が得意な魔法は広域・砲撃。そして遠隔発生。その威力の加減がまだ上手くなく、結界がなければこの辺り一帯を冗談抜きで吹き飛ばす恐れもある。これがまだ魔導師になって一カ月ほどしか経っていないのだから、知れば絶句する者も多いだろう。

 勿論、小火力の魔法も習っているが、それだけでは対人戦において多少の近接戦の心得も取得していないと心もとない。

 暴力沙汰になった場合、自分達は魔法を使うだろう。ならば、より対人戦向きの相手が向かうことが望ましい。更には、はやてが全力で魔力を振るうと操作が未熟なはやては二人を巻き込んでしまったり、魔法を一般人に目撃されたりする危険も考慮した。

 はやて達は暴力沙汰なることは予め考慮していた。攫われた二人は自分達よりも遥かに強い存在だ。片方は自分たちの魔法の先生、片方は自分たちが敵わなかった相手を簡単に倒せた少女。

 その二人が何かしらの理由があったにせよ、捕まること事態がはやてとミコトには驚愕だった。相手が普通の犯罪者ではないことは理解できる。おそらく、はやて達だけで助けに向かったら失敗する可能性が高い。

 だから更なる救援が必要になる。おそらく家にいるだろうアーチャーの助けが必要だ。

 そのような理由があったため、諦めたはやてはミコトに無理はしないでほしいと頼んでから、家に戻ろうとした。

 車いすを人目のない場所で乗り捨て、セットアップし、飛行魔法で家に向かう。

 はやては焦っていた。大事な家族であるリインフォースとヴィータの身に何があったらどうしよう? 向かったミコトも心配で仕方なかった。

 はやてはその焦る気持ちを抑えながら、家の近くになった上空でアーチャーに念話を試みる。

 そして、数秒もしない内にアーチャーが何ことかと念話が返って来た。

 はやてが状況を説明すると、「わかった」と、一言でアーチャーから念話が切られる。

 ちゃんと伝わったのか? 一瞬不安になったはやての視界に、一風が横切った。

 

 それがアーチャーだったのだろうと、はやては少し遅れて理解する。

 

 彼女が見たのは瞬間的なモノで、赤い外套を羽織ったアーチャーが凄まじいスピードで住宅街の屋根や電柱を蹴り上げて移動していたのだ。意識していても何か赤い布が突風で飛んでいったのだと思うほどの速度。

 既にアーチャーが捕まった二人の救援に向かった事を知ると、はやても慌てて街に引き返そうとする。

 途中、アーチャーと合流しようと彼に追いつこうとしたが、あろうことか空を飛んでいるはやてよりもアーチャーの方が遥かに速かったのだ。

 結局、はやてが再び街に到着する頃にアーチャーから念話があった。

 終わった。二人は無事だ。今から言う場所に落ち合おう。

 意気込んでいたものが一気に消沈し、一瞬で二人が助かったことを安心してから、再び不安となる。

 何故アーチャーは態々別の場所で合流しようとしたのだろうか? このままはやてが向かったほうが速く合流できるはず。なにかしら理由あるのか?

 嫌な妄想ばかりして、改めてアーチャーかミコトに念話しようか躊躇ったが、はやてはアーチャーの言葉に従い、乗り捨てていた車いすを回収してから指定された場所に向かう。

 そして、はやてが皆を待っていてから十分ほど経過した時だった。

 

「あっ・・・・・・・・・」

 

 その姿を見たとき、はやては心の中に募っていた不安が消え去り、安堵で満たされる。

 

 

「ミコトくん! リインフォース! ヴィータ! アーチャー!」

 

 四人に向かって叫んだはやては急いで彼らに近づこうとし、スピードを入れて車いすを転がす。

 その姿を見て、アーチャーを除く三人は急いではやてに駆け寄った。こんな人混みの中、車いすでスピードを出したらはやても周りも危ないからだ。勿論、彼女が自分たちの心配していたことは顔を見れば解る。だから、そのことは咎めずにまずはリインフォースとヴィータの二人が主であるはやてに謝罪した。

 

「申し訳ありません我が主。私が不甲斐ないばかりにご心配をかけました」

「ごめん、はやて・・・・・・・・・」

「ええよ! 二人が無事なら今はそれで! で、どうしたん? どこか怪我した?」

「いえ、私たちは無事ですが・・・・・・」

 

 ちらりとリインフォースがミコトの方を見た。ヴィータも何か痛ましいそうな顔でミコトを見ている。

 

「え? どうしたん? ミコトくん、怪我したん!?」

 

 二人の深刻そうな顔を見て、はやては取り乱したようにミコトの様子を窺う。

 そんな心配するはやてを余所に、ミコトは何でもなさそうな顔で笑った。

 

「大丈夫だよ、八神さん。少し、危ない目にあったけど、アーチャーが助けてくれたから、平気だよ」

 

 ミコトは安心させようとそう言ったが、その言葉を聞いたはやては見る見る内に顔色が変った。

 脳裏に思い返すのは、マテリア探索時に巨大蠍に襲われ、自分を庇うために立ち向かい、傷つき、そして倒れ伏したミコトの姿。

 危ない目? つまり、あんなことにまたなったのだろうか?

 リインフォースとヴィータが沈痛な顔をしていたことも拍車をかけ、思わずはやてはかっとなった。

 

「危ない目? 無理はしないでって言ったやん!」

 

 激怒したようにはやてが叫んだ。大きな声だったため、周りの人間が何事かとはやて達を見てくる。

 そんなはやてを遅れてやってきたアーチャーが窘めた。

 

「街中だ。少し、落ち着け」

「あっ・・・・・・。ごめんなさい」

 

 周りの視線に気づいたはやては申し訳なさそうにしゅん、と謝罪した。その態度で興味を無くしたのか、周りの視線も減る。

 

「我が主、ミコトを責めないでください。彼がいなければ私たちの身も危うかった」

 

 リインフォースの言葉に僅かにはやては驚くものの、納得したように頷き、改めてミコトを見る。ミコトはまさか怒鳴られるとは思ってもいなかったのか、傍から見れば少し泣きそうな顔になっていた。そんな顔させてしまったことに、はやては自省する。

 

「そやね。ミコトくんは何も理由もなしに、約束やぶらんよね。ごめんね、ミコトくん。怒鳴ってもうて・・・・・・」

「ううん。僕のほうこそ、心配かけてごめん・・・・・・」

 

 なんとなく重い雰囲気になる。その場が寂静したものになりかけた時、アーチャーが咳払いをした。

 

「とりあえず、家に帰るとしよう。はやても今回何があったか聞きたいだろ? 今回のことを話し合おうのは、とりあえず夕飯後だ」

「夕飯、そういや私たち昼飯も食べてなかったなぁ」

 

 ヴィータが何気なくその言葉を言ったときだった。

 

 くぅううううう。

 

 可愛らしい腹の音が聞こえた。見ると恥ずかしそうにはやてが俯いている。

 そこではやて以外の皆に笑い声がどっと出て、ますますはやては顔を赤くする。

 

「し、仕方あらへんやん。お腹すくもんやし、ヴィータがあないなこと言ったから、私も思い出してもうて、それで――」

「ごめんごめんはやて! じゃあ、とにかく今はかえろ! アーチャー、夕飯の支度はできてんだろうな?」

 

 取り繕うはやてにヴィータが謝りながら、次にアーチャーに今晩の夕飯の準備具合を訊ねる。

 

「無論、腹ペコなお姫様も満足な出来だと自負している」

「もう! アーチャーもしつこいで!」

「誰も君のこととはいってないぞ」

 

 不貞腐れたように膨れるはやてが更なる文句を言おうとしたが、既にアーチャーは逃げるように先を歩いていた。

 

「むうぅ・・・・・・・・・」

「八神さん、押そうか?」

 

 仕方なく後を追おうとしたはやてにミコトが提案してきた。

 

「え? えっと、じゃあ、お願い」

 

 はやては内心、先程は恥ずかしいところ見られたことや、その前は一瞬気まずい空気になりかけたことで、しどろもどろに成りながらも、ミコトの好意に甘える。

 

「うん」

 

 ミコトは笑顔で頷き、丁寧にはやての車いすを押す。

 

「八神さん」

「うん?」

「さっきは言ったけど、ごめんね」

「・・・・・・・・・・・・、うん。私もごめん」

 

 二人は先程も謝り合ったが、先よりも心が互いに温かくなったような気がしたはやてとミコトであった。

 そんな二人の様子を見て、リインフォースとヴィータは思わず一瞬互いの顔見合って笑い合ったが、すぐにヴィータがばつの悪い顔して、はやてとミコトの後を追う。

 リインフォースは苦笑し、自分も皆の後を追うように足を進めた。

 

 *

 

「知り合いか、マスター?」

「う、うん」

 

 アーチャーは突然現われた少年とミコトとの間に一瞬で移動し、少年に警戒しながら彼を知っているような素振りをしたミコトに訊ねる。アーチャーの問いにミコトは動揺しながらも、しっかりと返事をした。

 どうやら、自分のマスターが彼を知っているのは間違いでないようだ。しかし、そのミコトもあの少年がこの場に現われたことに驚きを隠せていない。

 それはアーチャーも一緒だった。

 アーチャーは至祈の姿を確認する。外見ははやてやミコトと同い年ぐらいの、言ってしまえば幼い子供に過ぎない。

 だが、身に纏う空気は明らかに異質。

 はやてやミコトも実年齢よりはかなり大人びている。だが、それは彼女彼らが特別な環境や出世にであるからだ。彼も平和な国の日本で生まれた子供としては、普通とは違った人生を既に歩んでいるのかもしれない。

 あるいは、人間ではないことすら考慮した。いずれにせよ、今は気を緩める時ではない。

 アーチャーの鋭い視線を至祈に向けるが、当の至祈は普通の子供なら泣き出してしまいそうな眼光に気づくと、視線をミコトからアーチャーに移し、鼻で笑う。

 

「そう警戒するなよ、おっさん。俺はそこにいる奴らを回収しにきただけだ」

「回収だと?」

 

 そいつらとは先程アーチャーが無力した男たちのことだろう。

 至祈は頷きながら、失神しているグラディエールや混乱している男たちをゴミでもみるかのように眺める。

 

「そいつらは俺がある筋から生捕にしろと依頼された奴らでな。アンタのおかげで手間が省けた。ああ・・・・・・、なら、俺は礼を言うべき立場になるのか?」

「さてな。それを言うには早いかもしれんぞ? 貴様が出まかせ言っていて、実は仲間である彼らの保護が本来の目的かもしれない」

「ほぉ、つまらないことを言うな。悪いが、無抵抗な女を喰らう阿呆共を家来にした覚えはない。まぁ、おっさんが俺を疑うのは好きにするがいいが、こんな無駄な問答を続けているとそこの馬鹿の容態が悪くなるぞ?」

 

 至祈はミコトを一瞥してからにやりと笑った。

 ミコトはグラディエールから重傷を負わされている。そのまま放置するのは至祈の言葉通り、容態の悪化を招くだろう。

 舌打ちするアーチャーに対して、至祈は更に言葉を投げかける。

 

「それとも、アンタは妖しくて仕方ない俺と、殺し合いでもしたいのか?」

「貴様がそれを望むのであれば、な」

 

 至祈とアーチャーが同時に相手へプレッシャーを放つ。まるで見えない力場でも発生しているのか、どことなく息苦しい空気が周りを支配した。

 無数の剣で閉じ込められた男たちは更にうろたえ、リインフォースとヴィータは息を飲み、ミコトは今にも争いそうな二人に困惑し、制止の言葉を叫ぼうとした。

 

「待ってください!」

 

 ミコトが待ったと叫ぶ前に、別の誰かが先に声をあげる。

 声の宿主は入口から新たにやって来たのは女だった。

 外見だけならリインフォースに近い、成人近くの女性。グレーのショートカットに、青い瞳。顔立ちは日本ではなく、西洋系でありながら、着ているものは群青の着物であり、それがミスマッチではなく、別々ものがそれぞれの魅力を引き立てていた。

 

「争うよりも先に怪我人の手当てが先でしょう。乱暴でしたが、至祈の言葉どおり彼の傷は早く治したほうがいい。奥の女の子もまだ動けないので処置が必要です」

 

 やってきた女はミコトと奥で未だに動けないヴィータを見てから、責めるように至祈とアーチャーを睨む。

 

「そこの赤い貴方も! シキの態度で警戒するのは当然の反応ですが、どうやら貴方はそこで怪我をしてる彼に仕える立場の御様子。ならば、まず仕える者として第一に主の安否を気にかけるものでしょう!」

「むぅ」

「シキもそのような物腰では相手が警戒するのは当然です! もう少し対話を勉強なさったほうがいいですよ」

「余計な御世話だ」

 

 女に注意された二人は、アーチャーはその通りなので返す言葉もなく、至祈は面倒そうにそっぽを向いた。

 女は呆れるように二人に対して溜息した後、ミコトに近づこうとする。

 

「まずは先に私が彼の治療をするので――」

「待て。ミコトの治療は私がする」

 

 女からミコトを阻むような形で、動けるようになったリインフォースがやって来た。

 彼女は至祈が現われた瞬間、アーチャーがミコトに駆け寄る一歩手前で、去り際にアーチャーが《投影》した布都御魂によって体を蝕んでいた麻痺を無くしてもらっていた。

 そんなリインフォースに対して、女は悲しそうな顔で彼女を見つめる。

 

「やはり、警戒は解いてくれませんか?」

「違う、といえば嘘になるが、お前が二人の身を本当に按じているのは見れば分かる。

 だが、すまないが彼は私の主の大切な友人で、私にとっても大切な存在だ。

 そんな彼の身を、今先ほど会ったばかりの相手に任さられない心情を理解してほしい」

「そう、ですか。わかりました」

 

 少なからず不満を隠しきれずとも女は頷き、それ以上ミコトに近づこうとはしなかった。

 リインフォースは相手が引いてくれたことを確認すると、今度は未だに二人への警戒が残っているアーチャーを見る。

 

「お前はヴィータを先程の剣で治してくれ。ここは私がいる」

「・・・・・・、わかった」

 

 リインフォースの言葉に従い、アーチャーは最後に至祈に一瞥してからヴィータのもとへ移動する。リインフォースはそれを確認してから、膝をつきミコトの様子を窺う。

 ひどい怪我だ。

 顔は腫れており、そこら中に切り傷があり青い騎士服を血で汚していた。特に深く突き刺された左腕が見るに堪えない。下手をしたらここまま腕が動かないかもしれないほどの重症だった。

 それを見たリインフォースは胸が苦しくなって、次第に目じりに涙を溜めると、ミコトは儚げな苦笑を浮かべる。

 

「泣かないでよ、リインフォース。僕は大丈夫だから」

「大丈夫なわけがあるか。・・・・・・、すまない、私のせいでお前は――」

「気にしないで。君たちに何かあると僕は嫌だし、八神さんも悲しむから」

「お前が傷ついても、我が主は悲しむ。待ってくれ、これなら私の魔法でも治せるから」

 

 そうやって、リインフォースはミコトに向かって治癒魔法を発動させる。

 薄暗い倉庫の中、リインフォースの足元へ出現した藤色のベルカ式魔方陣が周囲に明かりを灯す。

 その光景に誰よりも驚いたのは、着物の女だった。

 

「これは、エンシェントベルカ! 貴女は一体!?」

「悪いが、話は後だ。今は治療に集中させてくれ」

「あっ! はい、すみません・・・・・・」

 

 リインフォースも着物の女が自分たちの魔法を知っていたことを当然驚いたが、今はミコトの治療に集中したかったため、驚いた女に一瞥することもなく言葉だけで相手の反応を抑える。

 女も察したのか、謝罪した後は黙ってその場を見守っていた。

 

 どれくらい時間が経ったか分からない。数秒か、もしかしたら数分か。リインフォースがミコトの治療が終える頃には、いつの間にかアーチャーや動けるようになったヴィータが近くにいた。

 ちなみに、リインフォースが治療している間、ヴィータが復讐と腹いせのために意識が残っていた男達に制裁を加えており、グラディエールを含め気絶した男たちは、アーチャーが《投影》した縄で縛りあげ、奥に放置している。

 

「ミコト、大丈夫!?」

 

 リインフォースの魔方陣が消えると、治療をしていた彼女がミコトに容態の確認をする前に、ヴィータが心配そうな顔でミコトへ駆け寄る。

 ミコトは座ったまま、体を動かすとヴィータに向かって頷く。

 

「うん! リインフォースのおかげで大丈夫だよ」

 

 途端、見る見る内に、ヴィータの目に涙が溜まりミコトの腰に抱きついた。

 

「馬鹿っ! あんな無茶して!」

「ヴィータ、心配かけたね。君のほうは怪我ない?」

 

 ミコトがあやす様にヴィータの頭を撫でると、ミコトに抱きついたままヴィータは小さく頷く。その仕草に安心したのか、ミコトの顔に柔らかな笑みがこぼれた。

 

「で、一段落ついたところで、次はお話か? さっきのような、くだらん問答はご免だぞ」

 

 そこでミコト達の治療中、一言も声を発さなかった至祈が四人を射抜くように睨みつける。

 四人がその態度に反応する前に着物の女が慌てて至祈に注意を促す。

 

「シキ! そうやって煽るような言葉を言ってはいけません! それでは、先程と状態に逆戻りではないですか・・・・・・。

 はぁ、まったく、ついて来て正解でした。これでよく今まで余所様にご迷惑をかけませんでしたね。いや、既にかけており、それを問答無用でねじ伏せてしまっているかもしれません」

「愚痴愚痴と文句をたれるなら屋敷残ればよかっただろうに」

 

 心底忌々しそうに見てくる至祈対して、着物の女は怖じ気つくことなく首を横に振るう。

 

「そうはいきませんとも! 仮にも私のマスターになったのであれば、シキにはしっかりして頂かないと!」

「あれ、もしかして貴女は・・・・・・」

 

 初めてミコトが着物の女を直視し、その視線に気づいた女はミコトに微笑みかけた。

 

「お気づきでしたか? いつぞやはお世話になりました」

「ミコト、こいつも知ってるの?」

 

 腰に抱きついたまヴィータが訊ねると、ミコトはどうやって説明したらいいのか分からないのか困った顔をした。

 それ察した着物の女が助け舟を出す。

 

「私と彼に関しては色々と複雑でして、そこは後で改めてということで。今はそこで寝ている人たちの処遇についてです。

 シキの説明どおり、私たちは彼らを拘束するためにやって来た者です。彼らが私たちを知っている素振りがなかった。後は彼らを捕縛するに対して傍観していたことで多少の疑いは晴れたと思いますが、いかがでしょう」

「ふむ。では、仮に真実だとして、お前たちはこの国の公安的な存在か?」

 

 まだ、疑いを残しているのか、アーチャーがそのような物言いで二人に訊ねた。

 着物の女はなんとも言えない顔になりながらもアーチャーの質問に答えようとする。

 

「どちらかと言うと、暗部になるのでしょうか? この国とは直接関わっているわけではないといいますか・・・・・・、というか、シキ。これは貴方が説明すべきことでしょう? 私がペラペラ喋っていいことでもないと思います」

「俺が説明してやる義理がどこにある?」

 

 まるで当たり前のことを言っているような至祈の言葉に、着物の女は項垂れた。

 

「そんなわけないじゃないですか。彼らは被害者でもあり、助力者でもあるのですよ? しかも、この世界の裏事情に関しては余りご存知でもないようですし、ここは自分のお仕事を代わりにしてもらったお礼として、多少の情報提供をするべきかと私は思います」

 

 それを聞いた至祈は舌打ちをしてから、未だに自分を警戒しているリインフォース、アーチャー、ヴィータ、最後にどことなく不安そうなミコトを見てから、四人に視線を外す。

 

「ここで話すようなことはない」

「ですから――」

「さっさとそこで寝ている奴らも引き渡さないといけねぇんだ。長話なら、後日、別の場所のほうがいいだろう」

 

 先程まで粗暴な態度だったため、意外だったその反応に着物の女もミコトを除いた三人も驚いた素振りを見せる。

 ただ、一人、ミコトだけはどことなく嬉しそうな顔を浮かべていた。

 

「話してくれるの?」

「馬鹿か。そう言っている。そうしないと手前の保護者共と俺の連れが納得しないだろ。面倒なことはさっさと済ませたいだけだ」

「そうか、ありがとう」

「礼を言う筋合いなんてないだろうが・・・・・・」

 

 笑みを浮かべるミコトに対して、至祈は相手を見ようとせず溜息を吐き捨てる。

 なんとも形容しがたい雰囲気に周りが包まれると、アーチャーがその空気を破った。

 正確にはここに向かっている少女がきっかけで、一瞬の表情に変化があったアーチャーに気づいたリインフォースが彼に声をかける。

 

「なにかあったか?」

「はやてからの念話だ。君たちの状態も分からないから私にしてきたのだろう。

 一応、君たちの安否と、事が一段落をしたことを伝えた。ここに来ようとしていたが、ここで合流するのも都合が悪いので、近くの交差点で待つように伝えた」

「・・・・・・そうだな。主はやてにこの場を見せるのも心苦しいものがある。待っておられるのなら、急いだほうがいいだろう」

「そうだな。ミコト、立てるか?」

「うん。ヴィータ、ちょっと退いてね」

 

 ヴィータが腰から離れると、ミコトは立ち上がり、騎士服を解除し、私服姿に戻る。それに続いてアーチャーも戦闘用の衣装を霧散させ、私服姿になった。

 その様子に対して、至祈と着物の女は驚く素振りを見せていないので、同じようなものを見たことがあるのだろうか? と、アーチャーとリインフォースは二人に対して更なる疑念を募らせる。

 着物の女は二人の視線に苦笑を浮かべながらも、今後について話しだす。

 

「どうやら、これから誰かと落ち合う様子ですね。では、この場は私たちに預からせていだくということで。

 後日、そうですね、御用がなければ明日にでも私達、正確にはシキの屋敷に来られますか? もちろん、御迎えはさしていただきます」

「馬鹿か?」

 

 そんな提案をした女を至祈が睨みつける。

 

「なに勝手に屋敷招くことを決めているんだ。仮にするなら俺に許可でもとれ」

「そんなことを言うことは、反対なのですか?」

「当然だ。こっちは見も知らない相手を懐に入れたくないし、向こうも一緒だろう」

 

 至祈の言葉はもっともである。

 彼のことを自分たちが知らないように、彼も自分達も知らない。そんな状態で互いに警戒するような場所で話し合うのは得策ではないだろう。

 

「では、どこで?」

「教会だ」

 

 それを聞いた着物の女は心底嫌そうな顔をした。心なしかアーチャーも嫌そうな顔をしたので、それに気づいたリインフォースが不思議そうに眺める。

 

「教会って、あの坂の上の教会ですか?」

「そうだ。仮にも公共の場でもあるから、まだ少しは向こうも気楽だろう。あそこには事情通の奴もいる」

「ええ、やっぱりですか。そうですか。どうせ、面倒だからその人にほとんど説明させる気ですね。はぁぁ、まぁ、ごもっともなので私はめちゃくちゃ反対したいのですが、シキの言葉に従います」

 

 あからさまに気落ちする女を嬲るように至祈はにやりと笑う。

 

「なんだ、嫌なのか?」

「分かって言っていますよね? まぁ、あそこに行くこと事態嫌なのは事実なのですけど、そもそも前にいたとこの影響で神に関してはあまり良い印象が、というか私に対する嫌がらせもありませんか?」

「さぁな」

「その教会になにかあるの?」

 

 暗くなる着物の女の様子を不思議そうにしながらミコトが至祈に訊ねる。

 

「変った神父だ。場所は分かるか?」

「うん。ジョギングで色んなコースを回っているからね。街外れの丘の上にある教会でいいのかな?」

「そこで間違いない。では、昼過ぎ。十四時にでも来い」

「わかった」

 

 それで話は終わったと思ったのか、至祈は懐から携帯を取り出し、彼らから距離をとって、どこかに電話をしだした。

 その様子を見た着物の女は顔を顰める。

 

「まったく、礼儀作法は一通りできると言っても、潜入のときにしか見せないのですから。これは教育係復活かもしれません」

「あの、僕達、待たせている人がいるのでそろそろ行きますね」

 

 何か意気込んでいる着物の女にミコトが声をかけた。

 

「あ、はい。そうですね。では、また明日。貴方がたもそれでいいですか」

「ああ、かまわない」

 

 保護者代表をしてか、返事をしたのはアーチャーだった。

 

「行くならさっさと行こうぜ。はやて、きっと心配してる」

「そうだな、急ごう。では、また明日に」

「はい」

 

 ヴィータが急かす様に入口の前まで移動し、リインフォースも着物の女と別れを交わしてからその後を追う。

 

「それでは、ええと」

 

 何かを迷っているミコトの様子に着物の女はクスリと笑う。

 

「リニス、です。それが私の名前です」

「リニス、さん」

「貴方はミコトでいいのですね。貴方には色々と言いたい言葉がありますが、それも後日で。待たせている人がいるのでしょ?」

「あっ、はい。それじゃあリニスさん、また明日。シキもまた明日!」

 

 奥に行った至祈にミコトは別れの言葉を贈るも、対する至祈の反応はミコトを一瞥するだけで、すぐに視線を戻した。

 それでもミコトは満足だったのか、背中を向けている相手に手を振ってからヴィータたちの後を追う。

 それに続くようにしてアーチャーが彼の後を追いながら、着物の女、リニスに別れを告げる。

 

「ではな。せいぜいそちらは主を教育したまえ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 

 最後にアーチャーは至祈を一度見た後、四人はその場を後にした。

 

 *

 

「――そんなことがあったんや」

 

 夕飯後、リインフォース達の拉致や至祈達のことなどを一部始終聞いたはやてはむずかしい顔をした。

 

「とりあえず、ミコトくんにリインフォース」

『はい・・・・・・』

 

 呼ばれた二人は揃って身構える。

 話し合い中、リインフォースがミコトが来るまで危なかったことや、ミコトがグラディエールの交戦で傷ついたこともはやては訊いた。

 当人たちは余計な心配かけないようにと隠していたかったが、アーチャーやヴィータが話の流れで二人がどんな目にあったのかをはやてに話したのだ。

 はやては少し起こったように二人を見ると――。

 

「今は二人が無事でなによりや。本当に良かった」

 

 安心したように笑い、予想外の反応に二人は眼を丸くする。

 

「我が主・・・・・・」

「えっと、八神さん怒ってないの?」

 

 ミコトの言葉にはやては苦笑する。

 

「勿論、怒ってるで。でも、二人がそうしなかったらもっと酷いことになってたかもしれへんし、仕方なかったって諦めたくないけど、ただ責めるのは間違ってると思う。

 だから、ミコトくん。改めてごめんな? ミコトくんは頑張ったのに、怒ってももうて」

「八神さん・・・・・・。僕も心配かけて、ごめんね」

「私も、申し訳ないです」

 

 頭を下げる二人にはやては優しく笑いかけた。

 

「もうええよ。謝り合うのはなしや。じゃあ、次は明日のことやけど、色々とお話をするために教会に行くんやろ?」

「そうだ。私としては、そこで裏の情報を知れたらいいと考えている」

 

 これ以上二人が謝り続けないようにはやてが話題を変えると、アーチャーが頷く。

 

「その、シキくんって言うのはミコトくんの知り合いやねんね?」

「うん。ちょっと前に猫を一緒に助けたことがあるんだ」

「ミコトが猫を助けるのは分かるけど、アイツがそんなことをするのなんて思えねぇ」

 

 自分のことは余所に、ヴィータは初見の乱暴な印象を至祈に持っていたので、そのような博愛行為する彼を想像できなかった。

 

「そして、助けた猫っていうのが、リニスさんだと思う」

「そのシキくんと一緒にいた女の人が?」

 

 不思議そうにするはやての疑問にミコトが頷く。

 

「そうだよ。僕達が助けたのは、たぶん契約が切れた何処かの使い魔。あのまま放置していたら消えてしまうかもしれないから、たぶんシキが再契約したのだと思う。あの人はその猫が人に変身した姿だと思うよ」

「まぁ、リーゼアリアさんたちのことあるから、猫が女の人になんてありへんとか言えへんね」

「でも、アイツ、そんな魔力を持ってるように見えなかったぞ? 使い魔なんて使役できんのか?」

 

 首を捻るヴィータにリインフォースが見解を述べる。

 

「本来のスペックが落ちても、契約すること事態可能だろう。それに、我が主やミコトが破格の魔力を持っているだけで、あの少年はあの頃の歳にしてはそれなり魔力を持っていた。

 それを踏まえなくても―――この言葉はミコトの気を悪くするかもしれないが、あの少年は異質だ。虚勢を張らずアーチャーと正面から睨み合うことなど普通の子供ではできない」

 

 アーチャーは英霊だ。身に纏う圧迫感は常人の比ではない。彼の主であり、彼から剣の師事を受けているミコトですら、訓練で向き合った時には大量の汗を浮かべている。

 だが、至祈は、アーチャーの眼光を真っ向から受け止め、平然としていた。

 相当場馴れをしている人間なのか、恐怖という感情が欠落しているのか、いずれも普通の子供とは言い難い。

 

「結局、そのシキくんて何者なんやろ?」

「僕も良く分からない。ただ、魔法とか魔術とかは平然と受け入れる側の人間みたいだよ。シキの言葉だけど、どうやらこの世界にはそんな技術が隠れていっぱいあるみたい」

 

 ミコトの言葉にリインフォースがなんとも言えないような顔になり、アーチャーが呆れながらミコトに忠告する。

 

「マスター。そんな重要なことは今後早々に話すべきだ」

「え? あ、そうだね! ごめんなさい・・・・・・」

 

 自分の失態に気づいたミコトが謝り、少しだけ項垂れる。確かに自分がそんな力が普通にあることをみんなに教えておけば今回の事を事前に防げたかもしれない。

 

「まぁ、それはもうええやん。詳しい事情は明日教えてもらえるらしいし。そこには私も行ってええ?」

 

 落ち込むミコトを見てられなかったのか、はやてが流れるように話を打ちきって、明日の同行を進言する。

 

「そうですね。主にも今後のために同行してもらったほうが得策でしょう。なにかあっても、御身の身は私とヴィータが守ります」

「ありがとう、リインフォース。まぁ、そんなことになったら私も頑張るけど、ヴィータにもお願いしてもええ?」

「もちろんだよ! もしもアイツがはやて達になんかしたら絶対ぶっ潰すから!」

「言っとくけど、話し合いだけだからね?」

 

 意気込むヴィータをミコトが心配そうに眺める。

 確かに至祈の第一印象が悪いのはミコトにも擁護できない。アーチャーやヴィータが警戒するもの無理はないと思う。

 それでも、ミコトはそのことが少し悲しい。

 確かに至祈は乱暴ではあるが、リニスを助けようとしたし、明日には自分たちに色々と教えようとしてくれている。本当に冷たい人間なら見捨てても不思議ではないのだ。

 ミコトは明日、少しでも自分たちの周りの人間が至祈と仲良くなったらいいと願った。勿論、自分ももっと仲良くなりたいと考えている。

 

「さて、明日の話し合いはこれでいいだろう。そろそろ夜も遅くなので子供は速く寝る準備をしたまえ」

 

 アーチャーの言葉を最後に、夕飯後の会議は締めくくられ、それぞれは夕飯の片づけや明日の準備に取り掛かった。

 

 *

 

 夕飯後の会議が終わり、時間もたいぶ経って寝る人間が多くなった深夜、ミコトは屋根の上にいた。

 寝る準備をして、いざベッドに潜ったものの、中々寝付けなくなったミコトは、外の空気を吸いたくなったミコトは、自分の部屋の窓から魔法で空を飛び、屋根に上ったのだ。

 わざわざ屋根に上ったのは、リビングにまだアーチャーとリインフォースがいるからだ。

 ベランダに出るにはリビングを通らないといけない。二人が何事かと心配することがないようにそれは避け、かといって玄関から出るわけにもいかないので、ミコトは屋根に上ったのだ。

 ミコトは空を見上げて、今日のことを思い返す。

 魔法がほとんど使えない状況だったとはいえ、ミコトはグラディエールに剣だけで終始圧倒されたままだった。

 どうしようもない気持ちになり、ミコトの口から溜息が零れる。

 

「また、負けちゃたな」

「なにがぁ?」

「!?」

 

 ミコトの目の前にいつの間にかはやてがいた。はやては背中に黒い翼、ベルカ式の飛行魔法スレイプニールを使って空中に浮かんでいる。

 

「や、八神さん、どう――」

「し――」

「むぐぅ」

 

 はやては右手の人差指で叫ぼうとしたミコトの口を押さえる。

 

「夜やねんから大きな声を出したらあかんで? まぁ、私が驚かしたのも悪いんやけど。隣ええ?」

 

 はやての言葉にミコトはコクコクと頷く。何故か頬を少し赤らめてるミコトを不思議に思いながらも、はやては満足そうな笑みを浮かべて指を離し、ミコトの隣に座ってから魔法を解く。

 

「その、八神さんどうしたの?」

「ん―――? トイレの帰りに、ちょっとミコトくん部屋の隙間からミコトくんが外に出るの見たから気になってな。お邪魔した?」

 

 はやては車いす生活のため彼女の部屋は一階にあり、ミコトの部屋ははやての隣にあるのだ。はやての言葉通り、はやてはミコトが外に出るのが気になって後を追ったのだ。

 最初は外に出かけたのかと思ったが、すぐに家の屋根にいると分かって、ほっとし、ミコトに声をかけて今に至るわけである。

 

「ううん、邪魔なんかじゃないよ」

「そっか、よかった。で? なにしてるん?」

「うん、少し外の空気を吸いたくてね」

「そうなや。もしかして、今日のことで何かまだ気にしてることあるん?」

 

 はやての問いかけにミコトは目を丸くすると、仕方なさそうに苦笑する。

 本当はまだ自分からこんな言うつもりなどなかったが、はやての顔見た途端に適当に誤魔化すことができず、気づけば自分の情けなさを吐露した。

 

「そう、だね。結局、僕は今回も役に立たなかったから」

「また、そんなこと―――」

「八神さんが言ってくれることは分かるよ。確かに僕が駆けつけなかったら、リインフォースたちはもっと危ないことになったかもしれない。

 それでも、それでも僕は、自分一人の力で勝ちたかったんだ。誰かに助けてもらうわけでもなく、自分だけの力でどうにかしたかったんだ」

 

 ミコトは一人で何かに勝った事がない。

 夜天の書の呪いもアーチャーがいなければ無理だった。至祈との出逢いでは、簡単に相手に熨されて、マテリア探索時もヴィータに助けてもらい、今回はアーチャーに助けてもらった。

 強くなろうと、努力した。魔法も勉強もした。アーチャーに剣を教えてもらった。体力づくりのため毎日走ってもいる。

 それは普通の子供は到底できる努力でもなく、戦いに身においている人間ですら根を上げてしまうかもしれない自己研磨の日々。たかが一カ月、されど一カ月ミコトは強くなろうとした。実際に強くもなっている。

 だが、ミコトが望みには届かない。目指した場所は遥か遠い。

 

「悔しかったん?」

「そうだね。恥ずかしいけど、そんな感じ」

 

 ミコトの自虐を聞いたはやては、そんなことはないとでも言う様に首を横に振った。

 

「たぶん、それが普通なんやあらへん? よく分からないけど、負けず嫌いはいかにも男の子ぽいしって感じするし、負けても平気って言うよりは全然良いと思うよ」

「だと、助かるね。うん、そうだね。僕は負けるのは嫌だな。だから、今度はもっと必死になって頑張らないと!」

 

 意気込むようにミコト言うと、はやては何故か悲しそうな顔をした。その反応に、ミコトは少なからず動揺する。彼女のことだから、応援する、と励ましの言葉をしてくれると少し期待もしてたので、その反応は予想外だった。

 

「必死にならんでもええと思うよ? むしろ、必死にならんとってほしいな」

「八神さん?」

「必死って必ず死ぬって書くやん? ミコトくんがそんだけ辛い思いをするくらいなら、私は今のままでおってほしいよ。まぁ、ちょっと前の私が言えた義理でもあらへんのへけどなぁ」

 

 そうやって、はやては照れ臭そうに笑った。そんなはやてをミコトは呆然と眺める。まるで不思議な光景でも目の当たりにしてるような、そんな瞳だった。

 そんな視線に気づかず、はやては笑いながら話を続ける。

 

「急ぐ理由がないなら、少しずつ強くなろう? ミコトくんは本当に頑張ってるって私も皆も知ってるから。だから、必死にならんとってほしいな」

「そうか、うん。八神さんがそう言うなら、必死にならない程度で頑張るよ」

「うん、それでええと思うよ!」

 

 ミコトの言葉を聞いてはやてが満足そうにすると、何を思ったのか腕を組んでなにか悩み出した。

 

「どうしたの?」

「いや、ミコトくんも頑張るなら私ももっと頑張らんとなって。友達に置いてけぼりにされるのは嫌やし」

「ははは、八神さんも負けず嫌いだね」

「そやね。そこは女の子も一緒かもしれへんね。あっ! もちろん、前みたいに無理はせえへんで! ちょっと、新しいことも少しやろうかなって思っただけやから!」

 

 慌てて弁解するようにはやてをミコトは内心面白いと思いながら優しく微笑む。

 

「そこは信用しているよ。で? 何を新しいことを始めるの?」

「そやな。なんなら魔法以外にもなんか護身術でも習おうかな?

 本格的にするのは足が治ってからやけど、魔法使えば動けん事もないんやし、今からでも体を少し動かさんと」

「うん。それはいいと思うけど、危ないことだけはしないでね?」

「必死にならない程度にわね」

 

 そうやって笑い合い、それからどちらか眠くなるまで、星一つ見えない夜の空の下だったが、屋根の上で楽しそうに二人は何気ないことを語り合った。

 

 *

 

 二人が屋根で楽しくお喋りをしている時、アーチャーは未だに厨房にいた。

 この家の食事ははやてとアーチャーが交代で作っているのだが、最近ははやての魔法の勉強や足のリハビリなどと多忙なため、最近の厨房はほとんどアーチャーの領域と化している。

 

「お前は本当に家事が好きなのだな」

「違う。適任者が現状私なため、仕方なくやっているだけに過ぎない」

 

 平然と言い切るアーチャーにリビングのソファーに座って、後ろ向きながらアーチャーを見ていたリインフォースが内心呆れる。

 いつも本人はこうやって否定するが、明らかに自分から好んで家事をしている。今も明日の訪問のために、誰も言っていないのに関わらず手製の土産を作っている最中なのだから、ただ家事が好きというには常軌を逸している。

 捻くれているなぁ、と思いながらリインフォースが彼を眺めていると一段落したのか彼女が声をかける以外反応がなかったアーチャーが手を止めてからリインフォースのほうへ振り向く。

 

「君は寝ないのかね?」

 

 アーチャーの疑問はもっともだろう。

 リインフォースはアーチャーと違い、ただリビングにあるソファーに座っているだけだった。テレビを見るわけでも、雑誌を読むわけでもなく、ただそこにいるだけ。

 一度、リインフォースはアーチャーの手伝いをしようとしたが、自分が勝手にしているから気にしなくていいと、アーチャーが断ると、そうか、と言ってからそのままソファーに座り、時折、アーチャーに視線を向けているだけだったのだ。

 

「少し、目が冴えていてな。もう少ししたら眠るよ」

 

 リインフォースの言葉を聞いたアーチャーはそうか、と納得して作業に戻るわけではなく、何を思ったのか眉端を寄せてエプロンを取り、ソファーに座っている彼女に近づく。

 

「ど、どうかしたか?」

 

 いきなり態度が変ったアーチャーに動揺したリインフォースだったが、そんな彼女の反応を余所に、アーチャーはにやりと不敵な笑みを浮かべ、ますますリインフォースは困惑する。

 

「なるほど。怖くて眠れない、といったとこか?」

「な――」

 

 リインフォースがその言葉に対してなにか反応を見せる前に、アーチャーは素知らぬ顔で笑った。その笑みに思わずリインフォースは身震いをする。

 

「まぁ、自分の貞操が危うかったのだ。思い出して眠りたくない、といったことか?」

 

 アーチャーの言葉にリインフォースが気分を害したようにむっと睨む。

 

「馬鹿な。私は魔導書であり、主の騎士だ。そのような羞恥心など存在しない」

「そうか」

 

 否定するようにリインフォースの言葉を聞いたアーチャーは、やれやれ呟きながら肩をくすめ、更にリインフォースに近づく。

 

「なら、私が今ここでしてしまっても構わんだろ?」

「え?」

 

 突然だった。

 アーチャーがリインフォースをソファーに押し倒すように彼女の上に圧し掛かった。

 予想外の事態にリインフォースが混乱している中、アーチャーの右手がリインフォースの頬に触れて、その顔がゆっくりと近づいてくる。

 背筋が凍りついた。脳裏に巡るのは、あの倉庫の出来事。得体の知れないものに自分の大事なモノが奪われる恐怖が彼女の全身に駆け廻る。

 

「ぃや・・・・・・やめ、やめて―――――やめろ!!」

 

 リインフォースが叫びながら自分に圧し掛かっていたアーチャーを付き飛ばし、そのまま平手打ちをした。

 リインフォースは人間ではない。外見は若い女性だが、その身体能力は高く、膂力もその細腕から想像できないほど持っているのだ。

 そのリインフォースが、気が動転していたことにより全力でアーチャーの顔へと平手打ちした。流石に英霊であるアーチャーでも、よろめき、そのまま床へと転げ落ちる。

 リインフォースは自分の身を庇うように両腕を抱いて立ち上がって、アーチャーを睨んだ。そんな視線を受けてもなお、口を切ったのか、端から血が出ているアーチャーは不敵な笑みを崩さず、それを見てリインフォースが息を切らしながら益々憤る。

 

「き、貴様!?」

「なんだ、嫌だったのか?」

「当たり前だっ!」

 

 酷い裏切りを受けたようにリインフォースは胸に激しい怒りを抱く。

 けして長い時間とはいえないが、それでもアーチャーをリインフォースは信用していた。少なくとも、こんなふしだらな行為を行う男だとは考えもしなかった。今まで自分たちを気遣っていたのはただの体裁で、裏ではこんなことを考えていたのかと失望した。

 更に、せっかく自分が我慢していたことを更に思い出させた。

 アーチャーの行動に激しく怒り、同時に悲しかった。そんな非難の視線をリインフォースから浴びた途端、アーチャーは処か安心したように表情を変える。

 

「そうか。なら今度からも、そうやって自分の身を大切にすることだ」

「アーチャー?」

 

 再び雰囲気が変ったアーチャーに、リインフォースは身構えながらも益々困惑した。そんなリインフォースを余所にアーチャーは立ち上がると、彼女をまっすぐな視線で見つめる。

 

「怖いなら怖いと言え。嫌なら嫌だと言え。自分の醜態をはやて達に曝したくないのなら、適当に私でも使って憂さでも晴らせ。一人で黙っているほうが、周り者からしたら迷惑だ。少なくとも、お前のマスターは自分の騎士が、家族が一人隠れて泣いているほうが悲しいと感じるだろうよ」

「別に私は、泣いてなんか――」

「そうか。なら今回は私にでも泣かされたとことにしておけ。私に怒りを抱いてた方が気が楽だろう」

 

 そう言うとアーチャーは背を向けてリビングから立ち去ろうとする。

 

「頭を冷やしてくる。許せとは言わないが、すまなかった」

「!?」

 

 さっきと無遠慮な態度はどこにいったのか、なんとも殊勝な言葉をその場に言い残す。

 それでは、まるで先程のことが演技のようではないか。

 リインフォースは一瞬、彼の不可解な行動を推考し、それである仮定に至る。

 アーチャーが自分に気を使って、ワザとあんなことをしたのでは? 演技のようではなく、演技だったのだろうか? それなら彼らしくない行動も頷ける。

 リインフォースの貞操が危うかった。思い出してしまうから眠りたくない。アーチャーの言葉は彼女にとって図星だった。

 ほとんど夜天の書の中にいたリインフォースは、他の騎士たちと比べて、そういった類の免疫がほとんどなかった。他の騎士たちも、一人を除いては女であり皆容姿も良かった。それゆえ、卑猥な視線や猥雑な感情を向けられることも多かったが、リインフォースは今回が初めてだったのだ。

 恐怖は未だ残っている。だが、守るべき主たちや仲間の前で、そんな醜態を晒すことを拒んだリインフォースは虚勢を張ったのだ。

 だが、やはり一人でいると、今回のことを思い出してしまうため、彼女はアーチャーのいるリビングに来たのだ。こんな情けない姿を自分の主に見せるわけもいかなく、同じ理由で主の友人、自分にとっては恩人のミコトや、仲間であるが未だ関係が良くないヴィータにも打ち明けられない。

 いや、仮に気の知れた仲間がいたとしても、彼女は一人で抱え込んでいただろう。

 一番気兼ねなく、あまり人に干渉しなさそうな人選で彼女はとりあえずの気持ちでアーチャーの傍にいたのだが、そんな彼女の心情を裏切り、アーチャーは強引にリインフォースの虚勢を暴いた。

 アーチャー自身の言葉通り、リインフォースは怒りの感情をぶつけ、アーチャーを糾弾したところで誰にも責められないだろう。彼の行動は乱暴であったことは確かであり、無遠慮に他人の秘め事を晒したのは事実なのだ。

 そして、目の前の相手の事に憎しみを抱いておけば、見えない相手に恐怖することも忘れるのだ。

 自分にトラウマを与えかけない無遠慮な行為をしでかした男などほっておけばいい。

 

 そんなことを、リインフォースにはできなかった。アーチャーの背中を見た瞬間、彼女は無意識に叫ぶ。

 

「待って――待ってくれ!」

 

 リビングから出ようとするアーチャーの背中を眺めていたリインフォースは慌てて手を伸ばし、その手を掴む。先程自分の頬に触れた瞬間には恐怖しか感じなかったが、自分の掌から感じるアーチャーの手の温もりと、ごつごつした感触に彼女は胸が締め付けられるように苦しくなる。

 苦しいが、嫌な苦しさではなかった。

 振り向いて自分を見るアーチャーをどう見て良いか分からず、リインフォースは思わず顔を俯く。なぜ、自分がこんな行動をしているのか彼女には分からない。アーチャーがどんな顔で自分を見ているのか分からない。

 でも、このまま、彼に行ってほしくなかった。これは確かだった。それが再び一人でいることが嫌だったのか、彼に感謝したいのか、それとも別の何かだったのか分からない。

 

 ほとんど分からないから、リインフォースは自分が分かることだけを、ぽつぽつと声に出した。

 

「お前の言うとおり、本当は、怖かった」

 

 あれだけ威勢を張っていたのが嘘のように、自分の弱さを口にする。

 誰かに弱音を吐くのはいつ以来だろうか? もしかしたら初めてかもしれない。

 

「あんなこと初めてで、怖くて、でもしないとヴィータが危なくて、けど、やっぱり怖かくて、一人で部屋にいたら思い出して、体が震えた」

 

 それが自分と同じ夜天の騎士でも、主でもなく、つい最近出逢ったばかりの相手だ。

 いや、だからこそ、リインフォースはこうやって素直になれたのかもしれない。

 自分に気を使わせないようにと、アーチャーが気を使わせない行為で自分の秘め事を無遠慮にも暴いたから、自分も遠慮なく、今だけは素直になれる。

 

「だから、もう少しだけでいいから、今は一緒にいてほしい」

 

 その言葉を聞いたアーチャーは俯いて顔を見せないリインフォースの表情を確認することなく、本当に何気ないことを言う様に呟いた。

 

「言っただろ。適当に私でも使って憂さでも晴らせ、とな。損な役回りはいつもの事だ」

「損な役回りって・・・・・・・・・お前はひどいな」

「何を今更。俺が善人でも見えたか? あわよくば傷心の君を襲うとした最低の男だぞ?」

「そうだな。ああ、本当にお前は、ひどい男だ」

 

 そう言いながら、リインフォースの顔から涙が零れた。どんな顔で泣いているのかアーチャーには分からないし、確認するつもりもない。

 ただ、握られた手を、自分も握り返した。それだけだった。

 甘い言葉を囁き、優しく頭を撫でられたわけでも、包み込むように抱きしめてくれたわけでもない。

 そこにいてくれた。それだけで、今のリインフォースには十分だった。

 

 *

 

 翌日、十四時、指定された時刻どおりはやて達は目的の教会に辿りついた。

 海鳴市郊外、少し高い丘の上に立つ海鳴教会は本場から離れた極東の地でありながら、外来居留者も多いため他の街と比べて教会の利用者も多く、そのためなのか西欧なみに本格的で燦爛たる構えになっている。周りには教会以外に建物がなく、その外観から結婚式に利用したがる人間も多い。

 

「八神さんはここに来るのは初めて?」

「そうやな。あることは知ってたけど、車いすだから一人で理由もなく来るにはここ坂はきついからね。というか、ミコトくんは毎朝ここまで走ってたん?」

「ここまで来ることはそうないかな。たいだい、近くの河川敷までだよ」

 

 二人が他愛ない会話をしている頃には既に入口前になる。近くまでに来ると、その壮麗たる雰囲気がその場にいる者に感じさせる。

 

「では、開けるぞ」

 

 大きな扉を開いたのはアーチャーだった。大きさに見合わず軽いのか、それともアーチャーの腕力ゆえか、教会の扉はすんなりと開く。

 まず正面には色鮮やかにされた神々しいデザインのステンドグラス、その下には祭壇にすぐ脇には巨大なパイプオルガン。祭壇のまでの通りは赤い絨毯が敷かれており、それ挟むような形で礼拝者用の横長椅子、結婚式利用時はここに来賓が座るのだろう。

 そして、祭壇の前、一人の人間が立っていた。

 はやて達の来訪に気づいたのか、その者はくるりとこちらに向き、穏やかな笑みを彼女たちに向けた。

 

「ようこそ、海鳴教会へ。私はここで神父をさせてもらっている言峰(ことみね)汞(こう)という。以後、お見知りおきを異界の魔術師殿」

 

 十字架を首からさげ、カソックをきた言峰汞と名乗る男はゆっくりとはやて達に近づいてくる。

 随分と若い印象を持つ男だった。一見二十代前半のように見えるが、神父をいうのだから実年齢は高いかもしれない。長い黒髪は後ろで束ねており、丸い眼鏡の奥にある瞳はじっとこちらを見つめたままだ。

 やってきたはやて達を観察するようにじっくりとそれぞれを見てから、更に笑みが深くなる。

 計り知れない奇妙な男だと、アーチャーは感じた。達観したような笑みなのは職業柄かもしれないが、その笑みを見るだけで、酷く気分が悪くなる。

 聖職者よりも人畜無害を装って他者を貶める詐欺師だと紹介されたほうがまだ納得がいく。それほどまでに目の前の男から薄ら寒い雰囲気が流れ込んできている。

 自分たちをここに招き寄せた佐津間至祈が、全てを飲み込むようなブラックホールなら、この男はゆっくりと広がり、その毒で相手を蝕む水銀だろう。

 アーチャーが汞に対して抱いた感覚をリインフォースとヴィータも感じていた。長い間、戦いの時を過ごした自分達だったがここまで怪しげな空気を纏う男と遭遇したのは初めてだった。

 ヴィータは警戒するようにいつでもセットアップできるよう待機状態のグラーフアイゼンを握り、リインフォースが汞の視線からはやてとミコトを守るようにして一歩前に出て、それにアーチャーが続く。

 はやてとミコトは他の三人ほど汞に対して悪感情を抱いてなかった。二人とも不思議な人間とまでしか感想を抱かず、むしろ周りの三人が相手を警戒していることに内心動揺している。はやて達二人とアーチャー達三人との違いは、どれほど血なまぐさい世界にいたかの差か、はたまた別の要因か、少なくともアーチャーたちの殺気に近い視線を受けてもなお、悠然と笑みを浮かべたままの汞は、普通の聖職者ではないことは確かだ。

 

「こちらこそ、私はアーチャーと名乗らせてもらっている。で? 異界の魔術師という言葉を聞く限り、少し我々の素性に心当たりがあると見えるが?」

「然り。といっても、私はそこに座っているリニス殿から少しばかり異界、いや、こことは違う別の次元世界と言うべきなのか、そこに存在する魔法、そして魔導師と呼称される者達を教えて貰ったにすぎない」

 

 汞の言葉で初めてはやて達は近くの横椅子に座っていたリニスの存在に気づく。隣にはどこか湿気た顔をした至祈もいた。彼らがいるのはむしろ当然だ。元々、彼らがここへ招き寄せたのだから居ても不思議ではない。

 ただ、最初の出迎えてきた汞があまりにも印象強いため、言われるまで気づかなかったのである。

 リニスは立ち上がり、至祈も立つように促すと、面倒そうな顔を浮かべた彼を連れて、はやて達の所に向かう。

 

「昨日ぶりです、ミコト。それと、初めて会うそこの御嬢さんは――」

「あっ! 八神はやてといいます。昨日は皆がお世話になりました」

 

 はやてが頭を下げると、リニスは可笑しそうにクスクスと笑った。

 

「むしろ、お世話されたのはこっちなのですがね。そういえば、まだ貴女方の名前も窺っていませんでしたね」

 

 そう言いながらリニスは思い出したようにリインフォースたちを見る。

 

「確かに名乗っていなかったな。私の名はリインフォース。この八神はやてに仕える騎士だと思ってくれ」

「・・・・・・・・・・・・、ヴィータだ。こいつと一緒ではやての騎士だ」

 

 リインフォースが名乗ったので、同じ立場の自分が名乗らないわけにもいかず、仕方なしにヴィータも自己紹介した。

 

「なら、僕も。ミコト・ベルンハルトです。八神さんの家でお世話になっています」

「ならば改めて私も改めて名乗ろう。アーチャー、二人とは違いミコトの騎士をしている」

「では、私も。ここの佐津間至祈の使い魔をさして貰っているリニスといいます」

 

 そこで一瞬、沈黙が流れた。

 この流れなら、次に誰が自己紹介するかは誰しも分かるとこだが、至祈は全員から視線を受けていると、不愉快そうに顔をしかめる。

 

「なんだ?」

「なんだ、じゃないでしょう? この流れだったら次は貴方が自己紹介することが分からないのですか? ほら、いいからそんな嫌そうな顔しないで早くしなさい」

「・・・・・・、佐津間至祈。これで満足か?」

「もうこれ以上注意しても仕方ないので、それでいいです」

 

 そんな唯我独尊の至祈を見て、彼に初めて会ったはやてはこっそりとミコトに耳打ちする。

 

「この子が昨日話していた子やの?」

「うん、そうだよ」

「ふ~ん。なんかうちのヴィータよりも難しい子やね」

「陰口なら本人の目の前でしないほうがいいぞ」

「!」

 

 至祈の位置からでは間にアーチャーやリインフォースではやてとミコトは良く見えず、また本当にミコトにしか聞こえないぐらいの声ではやては喋っていたのだが、どうやら彼には聴こえてしまったようだ。

 

「ごめん、嫌な思いさせてもうたね。別に悪い意味でもなかったんやけど――」

「別にかまわない。他人がどうこう言おうと関係ないし、俺が関わり合いたくない人間なのは自身でも分かっている」

 

 謝罪するはやてに対して、至祈は気にしてなさそうに言った。それは彼女を気遣っているのではなく、彼女、元より他人など最初から眼中にないように見えた。

 

「別に誰もそこまで――」

「別にいいと言っただろ。俺に構うな。お前は俺と話しするために不便な体でここに来たわけじゃないだろ? 無駄な話をせず、必要な話だけしろ」

 

 普段温厚なはやても今の至祈の態度にはむっときた。リインフォースとヴィータは自分の主が侮辱されたと思い至祈へと敵意を向け、リニスはどうしたものかと呆れかえり、アーチャーは沈黙、ミコトは二人の険悪な様子に狼狽する中、変らず汞だけは笑みを絶やさなかった。

 まるで滑稽な舞台でも見物するかのように、汞は事態の流れを黙して眺めている。

 その視線には気づかず、はやては至祈を真っ直ぐと見据えた。

 

 

「違う――」

「なに?」

「違うって言ったんや。確かに私はここにお話するために来た。けど、それは君のこともある。ミコトくんが、私の友達が、楽しそうに君のことを話してたから、私もできたら仲良くなりたいと思っている」

「ふん。いた、でなく、いる。と――」

 

 そうやって、至祈の瞳がはやてをしっかりと捕える。それまで、至祈はほとんどはやてに視線を合わせていなかったが、今は射抜くようにはやてを見据えていた。

 とても同年代とは思えない瞳。まるで自分が飲み込まれるような、暗い視線。ミコトの瞳も見ていて飲み込まれそうになるが、それはどこか広々とした場所に連れてってくれるような綺麗なものだとはやては感じている。

 至祈の眼はその真逆。飲み込まれれば最後、一緒戻れないようなそこ無しの闇、虚ろな空間。危機感すら飲み込む視線だったが、はやては真っ向からその瞳を受け止める。

 しばらく睨み合っていると、突然至祈が笑った。

 それは愉快なものでもなく、明らかな嘲笑だった。

 

「お前は馬鹿か。それは意味がないぞ?」

「なんで?」

 

 はやての問いかけに至祈は彼女から視線を外し、かわりにミコトを見た。

 

「俺とコイツは友達でもなんでもない。赤の他人なのだから、お前が気にするのはただの徒労だ」

「な、なんやっと――!」

「八神さん!」

「我が主!」

「はやて!」

 

 はやては車いすで身を乗り出し、そのまま転げそうになる彼女をミコト、リインフォース、ヴィータが慌てて支える。それでもはやては至祈を睨みつけていたままだ。彼女が動ける足なら、そのまま至祈に平手打ちをしていただろう。

 

「なんやそれ! ミコトくんは! ミコトくんは、アンタのこと――!」

「落ち着いて、八神さん! 僕は気にしてないしから!」

「ミコトくん――」

 

 自分を止めるミコトを見てはやては泣きそうになった。

 気にしていないなど嘘だ。だったら、なぜそんなに辛い顔している?

 はやてはミコトが至祈のことを楽しそうに話していたことを覚えている。

 少しだけ乱暴だったけど、優しい子だった。今度もまた会ったらもっと仲良くなりたいとも言っていた。自分のことはまだ名前で呼んでくれないのに、一回会っただけの相手には呼んでいることに嫉妬もしたが、それだけ大切な友人ができたのだとはやても喜んだ。今日だって、お互いの事をゆっくり話たいと昨日の夜、悩みながらも嬉しそうに言っていたのだ。

 なのに―――――!!

 

「っ――――!!」

 

 再び、はやてが至祈を睨むと相変わらず彼は笑っていた。

 

「なに、てめぇ笑ってんだよ・・・・・・」

 

 声に出して怒りを表したのは、はやてを止めていたヴィータだった。

 彼女もはやてほどでないにしろ、ミコトから至祈のことを少しだけ聞いていた。純粋に仲良くなりたいと願っていた気持ちを知っているのだ。

 それを、目の前の相手は裏切った。ミコトを傷つけた。

 自分にとって主であるはやてと同じくらい、温かくて、優しいミコトを目の前の少年が傷つけたのだ。

 

「なに、笑ってんだって聞いてんだよぉおおおおお!」

 

 我慢の限界に達したヴィータはグラーフアイゼンを展開して、その鉄槌を至祈の頭部目掛けて振るう。魔導師のデバイスには相手を殺さないように非殺傷設定というものが存在しており、このときのグラーフアイゼンにもその設定が施されていた。

 だが、当然殴られたといって怪我をしないわけではない。死なないだけでそれ相応のダメージを相手に与えるのだ。

 ヴィータの行動に至祈を睨んでいたはやても、彼女を支えていたミコトもリインフォースも驚いた。リニスは自分の至祈の横暴に頭を悩まされている途中に、自分の主へ危害が加えられると気づいた時には、彼を守るために動く。

 だが、それより先に、ヴィータの鉄槌が既に至祈の眼前に迫っていた。

 

 ガキン! と、金属同士がぶつかり合う音が礼拝堂に響き渡った。

 ヴィータが振り落とした鉄槌は、至祈がどこから抜き放った小太刀によって止められている。

 

「ガキとくせに重いな。だが、分かりやす過ぎる」

「てめぇ!」

「おっと、そこまでにしてもらおうか」

 

 ヴィータが更なる追撃を至祈に仕掛ける前に、いつの間にか二人の傍まで移動した汞が制するように至祈とヴィータの顔へ自分の掌を向ける。

 

「神の膝元である教会での狼藉、これ以上は止めていただこう」

 

 汞がそう言いかけるものの、相変わらず二人は臨戦態勢を解かない。その様子に汞、やれやれ、と首を横に振った。

 

「彼女の主よ。悪いが彼女を止めてくれまいか? 彼女が引かねばこの場は収まりそうにないゆえ」

「・・・・・・・・・・・・ヴィータ、やめ」

「ちっ!」

 

 はやての言葉を聞いたヴィータは舌打ちしながらも、グラーフアイゼンを待機状態に戻して至祈から離れる。至祈もヴィータが離れると、涼しい顔で小太刀を何処から出した鞘に納めた。

 

「さて、冷静になったとはとても言い難い状態だが、これ以上睨み合っても仕方ない。まずは本題を話し、その後で互いの遺憾をぶつけ合うのも遅くなかろう。

 無論、そうなった場合は最低でも教会の外でして貰うが――」

「そうだな」

 

 同意するように声を出したのはリインフォースだった。

 彼女は周りと比べれば、まだ冷静であり、汞の言葉どおり、これ以上争った場合、本題である情報が手に入らなくなる。一旦、この場は去り、後日、至祈達がいない時に改めることも考えたが、仲介人である至祈がいない状態で汞に情報を求めることはできない可能性や、そもそも汞だけでどの程度の情報を持っているか不明なので、今は本題を片づけることを優先した。

 はやて達も異論はないのか、黙ったままだった。しかし、相変わらずはやてとヴィータは至祈を睨んでおり、当の至祈は二人の視線を平然と受け止め、その様子をミコトが悲しそうに眺めいている。リニスというと、自分の主に明らかな責を感じているのか、申し訳なさそうにしていた。

 ただ、アーチャーだけは他の者たちと様子が違っている。

 彼だけは汞だけを注視していたのだ。確かに、至祈が自分の主であるミコトに対しての態度に思うことはあるが、それよりも、アーチャーは得体の知れない神父が気がかりだった。

 そもそも、教会での暴力沙汰が嫌なら、こうなる前にあの人間は止められたのではないか? 自分たちよりも、佐津間至祈という少年とは面識があり、彼がどのような人間なのか知っているならば、自ずと展開は途中で見えていたはずだ。

 なによりも気がかりなのは、彼の名前。アーチャーは生前、彼と同じ名字の男を知っている。

 その男も神父であったが、アーチャーが知るその男と彼は似ていない。偶然の一致と言えばそれまでの事だが、そうやって切り捨てることができないほどアーチャーは言峰汞という男に対して油断が許されなかった。

 そんな警戒するアーチャーの視線を知らぬか、知っていてあえて無視しているのか誰も分からないが、汞はまるで舞台の幕でも上げるように語り出す。

 

「では、話すとしよう。この世界に蔓延る数多の脅威について――――」




 泣き顔愉悦。
 今回、親オリキャラ登場。Fate要素を入れるなら、コトミネは必要だろうと思い、登場させました。
 まぁ、モデルは違いますが、言峰汞はDiesの■■■とFateの綺礼を足して割った存在と思ってください。イメージCVは鳥海浩輔さんで。
 あまり、オリキャラを増やしても嫌と感じる人が多いのですが、合計4人くらい居るので我慢してほしいです。
 ちなみに前のあとがきで登場しますと言ったのはこの男ではありませんでした。
 本来ならサクッと裏事情を説明して、ミコトを至祈を絡ませて、その時にある存在を出すつもりでしたが、かなわなかった。
 それに意図してなかったけど、型月の魔眼持ちの人たちのように猫と絡ませることになった至祈。むしろ、チート能力にリニスと契約なんて典型的な二次小説のオリ主みたいじゃないですか。いや、ある意味間違いではまいですけど。
 ではでは、また次回、お会いしましょう。

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