霧雨魔理沙は博麗霊夢のふとした疑問から自身の髪色について考えを巡らせるようになった。赤から金へ。環境か、魔法か、何が自分を変えたのか。それを探るうち、魔理沙は自分のルーツをたどることになる。

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赤毛のアンタ

「なんか、てるてる坊主みたいだな」

 

 博麗霊夢は首だけになっていた。

 

 いや、正確に言えば体をすっぽりと白い布で覆っているせいでそう見えるだけである。そう評した魔理沙を、首だけの霊夢は睨めつけた。

 

「あんたねえ……。やっぱりあの話ナシにするわよ」

「悪い悪い。すぐ済ませるから機嫌治せよ」

 

 さきさき、と音が響く。魔理沙が手にした鋏が霊夢の髪を切りそろえる。

 

「里の美容師とかに頼んでみないのか?」

「別にそこまでしなくても」

「博麗の巫女御用達、とか店先に出させてみたりしてさ」

「妖怪は寄り付かなくなりそうね」

 

 他愛ない話をしながら魔理沙は鋏を進める。

 霊夢の髪はつやつやと黒く、しなやかに魔理沙の掌によりそう。自分の細い猫っ毛ではこうはいかないだろうと魔理沙はひとりごちる。

 

「そう? 縛るのが大変なのよ、言うこと聞かなくて」

「ひとりごとに返事するなよ」

「聞こえるように言うのが悪いのよ」

 

 終わりに魔理沙は鏡を持って霊夢の周りを一周した。どうやらお気に召したようで、霊夢は満足げな表情を浮かべた。

 

「頻繁に切るの面倒だし、本当はもっと短くしちゃいたいんだけどね。そうするとリボンが結べないから」

「お前も女の子らしいところがあるんだな」

「早く布を外しなさい。殴ったげる」

 

 丁重にお断りして、魔理沙は布を外し終えると箒を手に取った。

 

「じゃあこのままお風呂入ってくるから、軽く片付けちゃって」

「おーう」

 

 魔理沙は上機嫌で霊夢の髪を掃き集め始めた。今日はこの駄賃に、海の魚を食べさせてもらえる。勿論その魚は紫のお土産であり、別に霊夢の手柄ではない。霊夢の手柄はその魚を食べられるようにすることである。

 

「ねえー」

「んえ?」

 

 早くも涎を垂らしていた魔理沙は、脱衣所から首だけ突き出した霊夢の呼びかけにぼんやりと答えた。

 

「髪と言えばさ、あんたって昔、赤毛じゃなかった?」

 

「え? あー、そうだっけ」

 

 そうだっけ、などとはいうものの、人生の半分以上、すなわち実家を飛び出してからしばらくまではずっと赤毛だった。それが見る間に金髪に変わっていったのは、確かスペルカードルールのできる少し前だったか。

 

「そうよ。確かそうだった。どうして染めたの?」

「染めたというか、染まったというか」

「ふうん」

 

 霊夢の言いたいことが分からない。しかし当の霊夢は興味を無くしたようで、さっさと脱衣所に首をひっこめた。

 

「なんだったんだ、一体」

 

 結局もやもやを抱えたまま、霊夢に直接聞くこともはばかられた。肝心の夕食も、ほとんど味が分からない始末だった。

 

  *

 

「んー」

 

 目を覚ますと、見慣れた散らかりきった自分の家だった。昨日は月光を使った調合があったので、夕飯を食べた後帰ってきたのだ。そしてそのまま調合に取り掛かり、眠りについたのは夜明け前。

 

「で、昼か」

 

 自堕落だという自覚はあるものの、今に始まったことではない。魔理沙はがしがしと頭をかいた。

 がしがし。がしがし。ぴたり。

 指に絡みつく金髪が記憶を刺激する。

 

「あー、畜生。せっかく忘れてたのに」

 

 昨晩調合に打ち込んでいたせいで頭の片隅に追いやられていたものが、また鎌首をもたげる。

 ぼんやりと朝食(一般的には昼食という)を作りながら魔理沙は少し昔のことを思い出す。

 実家での魔法の使い方に反発し、家を飛び出したのはちょうど霊夢が巫女として働きだしたころだったか。

 そのすぐ後、ある悪霊に弟子入りしてその流れで霊夢と争うことになった。

 そして魔法のさわりだけ覚えてさっさと独立し、魔法の森に居を構えた。

 そのあと別世界から人間が来たりドリームワールドやら魔界やらに行ったり――。

 

「待て、行き過ぎだ」

 

 ついでに味噌汁が煮立ち過ぎである。熱くて飲めたものじゃない。

 魔理沙は味噌汁を冷ましながら考える。そうだ。あのおかしな科学者が来る少し前から、髪の毛が変になったのだ。

 生まれてこの方ずっと真っ赤だったのに、ちらほらと金が混じり始めた。できそこないのオムライスみたいな頭がみっともなくて、渋々髪を染めたのだった。

 初めは赤に染めていたが、日に日に割合を増す金髪に負け、とうとう例の科学者と対峙するころには初めから金に染めるようにした。

 今は太陽の畑をうろついているあいつと出会った時には、もう染めるまでもなく地毛が完璧に金になっていた。

 

「うん、そうだ。思い出した」

 

 味噌汁を啜った。冷たかった。

 

  *

 

「魔力の影響で髪の色が変わるか、ですか」

「そうだ。お前の髪の色も少し変わってるだろ?」

「ええ。確かにこれは魔力の影響ですね」

 

 魔理沙は真っ先に、魔法が髪の毛に影響を与えたのではないかと疑った。髪の色の変化と魔法を使い始めた時期も一致する。

 そこで訪ねたのが命蓮寺の阿闍梨、同業者である白蓮である。彼女の髪の毛は根元が紫色に染まっている。魔法使いとしても先達の彼女に聞くのが一番いいだろう。

 

「ですが、あなたのそれは違うと思います」

「というと?」

「あなたは見たところ、自分に魔法をかけていない」

「捨食と捨虫のことか?」

「それもありますが、魔法使いの中にはある種の魔法やマジックアイテムを使い続けるうち、魔力が体になじみ過ぎて変化をきたすもの、あるいは意図的に自分の体を作り替えて魔法を使いやすくするものもいます」

「お前もそうなのか?」

「結果として、ですが。この魔人経巻は、魔界の元素に私の魔力を注ぎ込んで作ったものです。故に私以外には扱えず、私が呼べば手元に戻る。もはや体の一部のようなものです」

「そのせいでお前の体にも影響がある、と」

「ええ。おそらくは魔人経巻から魔力がフィードバックされたのでしょう。現に、髪色が変わったのは法界に入ってからですから」

 

 白蓮は記憶を探る。

 

「魔界の住人にもそういった例があるようです。炎の魔法を極めたために自身の魔力の方向性が変わって髪が赤く染まった、とか。とある事情で魔力を使い果たしたら、回復するまで髪が真っ白になった、とか。命の力である魔力が髪の毛に現れるのですね」

 

 白蓮は頬に手を添えて言う。

 

「ロマンチックな言い方をすれば髪は女の命、でしょうか」

「じゃあ私も、その内頭がヒヒイロカネ色に染まるのかね」

「おやおや」

 

 って、そうなったら元の赤毛じゃないか。

 

 ひとまず手掛かりを手に入れた魔理沙は白蓮に礼を言って立ち去った。

 

「髪の色、髪の色ねえ……」

 

 やはり幻想の土地だからか、髪の色が変わったものは多い。しかし実体があるんだか無いんだか妖怪たちの髪色なんぞ参考にできるはずもない。

 

 魔理沙は月に一度髪色の変わる元人間のもとに向かった。

 

  *

 

「え? 髪の色?」

 

 ちょうど寺子屋も一段落ついたところのようだ。慧音は茶を出してくれた。

 

「気にしたことないな。確かに獣人になったせいか、今の髪は生来の色ではないし、満月の夜には更に変わる。獣変したときに角が生えるし、そのようなものだと」

「なるほどなあ。参考になるかと思ったんだけど」

「言われてみれば確かに、昔里で見かけたお前は赤毛だった。霧雨の親父さんも赤毛だったろう」

「そうだっけか。そんなことより――」

 

 魔理沙は適当に話をはぐらかした。

 

「わかったわかった。親父さんのことを持ち出したのは悪かった。髪のことなら妹紅にも聞いてみるといい。生まれたときから白髪ではなかったようだから」

 

  *

 

「髪の色ねえ。慧音が一番頻繁に変わってるのに、私に話を振られても」

 

 竹林の入口に据えられた夜雀の屋台で妹紅を捕まえて聞いてみた。

 

「これは例の薬の副作用みたいなものよ。あまりはっきり覚えてないけどね。役に立てなくてごめんよ」

「いやいや。話をしてくれたお礼だ。私はもう行くが、支払いは持つぜ」

「そりゃ有難い。そうだ。元人間なら、私の親戚も訪ねてみなよ」

「誰だそりゃ」

「豪族さんさ。お前も縁があるだろう?」

 

  *

 

「何? 髪だと?」

 

 布都は透き通る自分の髪をつまんだ。妹紅のそれが色を拒絶した透明ゆえの白だとしたら、布都のそれはやや病的にも見える蒼白だ。老獪な中身に似つかわしい髪色は、しかし幼げな容姿とはちぐはぐなものだった。

 

「これは生前――と言っていいのかわからんが、その時に少々無茶な投薬を繰り返したからだな」

「投薬って」

「かつてはそれほど必死だったのだ。まあ最終的には白髪に落ち着いたが、確かに髪色が変ずることはあったように思う」

「へえ。やっぱり薬のせいか」

「ああ。青娥殿が言うには、仙丹の中には霊力を変質させ、瞳や髪の色に影響を及ぼすものがあるという。もしや、魔理沙殿の髪も森の化け物茸を摂取しているからでは?」

 

  *

 

 そして一周して魔法の森。魔理沙は同じく魔砲の森に棲む同業者のもとへ向かった。

 アリス・マーガトロイドは魔理沙の話を聞くと、あっさりと否定した。

 

「それはない」

「おおう……ずいぶんバッサリ言ってくれんじゃないか」

「私もあなたほどじゃないにしろ森の茸を使うけれど、私は生来の金髪から変わったことはないわ」

「ふうん」

 

「あなたは耐性があるせいか、多少毒のあるキノコも食べられるようだけど、一か月同じ茸ばかりを食べ続けない限りは、キノコからの影響で髪色が変わるなんてことはまずないわ」

 

「じゃあ何が原因なんだ? 八卦炉からの影響か?」

「それもあり得るけど……」

 

 アリスは魔理沙の手から八卦炉を取り上げると、人形に手渡した。人形はそのまま隣の部屋に入って行ってしまった。

 

「なにすんだ」

「今、八卦炉はどこにある?」

「へ?」

 

 人形が入って行った部屋を覗き込むが、人形の手は空である。どうやら隠してしまったようだ。

 

「ま、あなたはその程度ってこと」

 

 振り向けば、なぜかアリス本人が八卦炉を持っていた。

 八卦炉をひったくり、ポケットに突っ込みながら文句を言う。

 

「意地の悪いことしやがって」

「特定のマジックアイテムと魂のレベルで惹かれあうなんて、数百年は使い込まなきゃ無理な話よ」

「白蓮も似たようなこと言ってたな」

「魔人経巻ね。となれば残る可能性は……」

 

 アリスはぽつりと言う。

 

「環境かしらね。魔法の森そのものが、あなたの魔力に影響を与えている」

「ふうん?」

「どうしても原因が知りたいなら、しばらく森を離れてみたら? それで髪色が変わるなら当たりってことよ」

 

  *

 

「森を離れる、か」

 

 過去の髪色の変わり方からして、おそらく半月もあれば結果が出るはずだ。まあ長めの旅行だと思えばいい。

 問題はどこに行くかだが――。

 

  *

 

「おっす」

 

 地底の旧都、その中心の地霊殿。窓から身軽に飛び込んだ魔理沙は、古明地さとりにとりあえず挨拶をしたが、さとりは読んでいる本から顔を挙げもせずに魔理沙の要件を読み取った。そういう妖怪だ。

 

「いいですよ。ただしペットの世話を手伝ってくださいね」

「お前はいちいち事情を説明しなくていいから楽だぜ……」

「けど余計なことまで口に出すのは勘弁な、ですか」

「それが余計だってんだ」

 

  *

 

 かくして半月後。

 

「なんでだ……」

 

 もののみごとにオレンジ色になっていた。

 

「まあ、灼熱地獄の上に立っていますからね」

「そういう問題なのか?」

「そういう問題でしょう。とはいえこれで環境の変化が髪色を変えるということはほぼ実証されたようですね。あなたはあまり動物に好かれないようですし、ここでの仕事は堪えたでしょう」

「確かに」

 

 魔力のせいか、普段から携帯している各種薬品のせいか、動物たちは魔理沙を嫌ってあまり近寄らなかった。おかげで動物そのものというより、身の回りの掃除をひたすら手伝わされる羽目になった。

 そそくさと荷物をまとめる魔理沙に、さとりは封筒を差し出した。

 

「はいこれ、少ないですが」

 

  *

 

 魔理沙は次に、天界を訪れた。酒呑の鬼、伊吹萃香が勝手に占有している土地の整備を、彼女の不在中に引き受けるという名目だ。

 

「やーいオレンジ頭。愉快な色に染まってるねえ」

「お前もオレンジだろうが」

「はっはっは。んじゃー任せたよ。適当に雑草抜くだけでいいから」

 

 その後、何かとヒマそうな不良天人が絡んでくるという事態はあったものの、比那名居の家にある蔵書を読ませてもらったりなんだかんだで半月後。

 

「なんでだー!」

 

 鮮やかな水色に染まっていた。

 

「そりゃあんた、空の上なんだから青くもなるでしょ」

 

 相変わらずどことなく偉そうな口調で比那名居天子が言う。彼女の髪も、今の魔理沙と同じく鮮やかな空の色だ。

 

「お前もそうなのか?」

「あんたと一緒にしないでよ。これは生まれつき」

「悪うござんした」

 

  *

 

 神霊廟ではエメラルドグリーンに。

 命蓮寺では紫に。

 永遠亭では群青に。

 さまざまな場所を巡るうち、髪の色が変わる期間もどんどん短くなっていった。

 

「おそらく、頻繁に変わる環境に早く慣れるために体が順応しているのね」

 

 面倒臭そうに八意永琳が言う。

 

「まあ、調薬が優曇華より上手なのは意外だったけど、これ以上居座られてもちょっとねえ」

「安心しろ。もう結果が出たから別のところに行くぜ」

「一度家に帰ったら?」

「そしたらまた金髪に……」

「そうじゃないわよ」

 

 ぐ、と声が詰まる。

 

「間違いなく『そこ』は赤毛になる環境なんでしょう?」

 

 十秒たっぷりにらみ合い、永琳が先に折れてため息をつく。

 

「無理を言ったわね。それじゃあ、くれぐれも養生しなさい」

 

  *

 

 どこに行ったものかわからず、魔理沙はぼんやりと空を飛んでいた。そして高みから幻想郷を一望して――。

 そこに、ずいぶんと立ち寄っていないことに気が付いた。

 

「霊夢のとこ、行ってないな」

 

 なんだかんだで、かれこれふた月は顔を見ていない。

 

「うまいもんでも買ってってやるか」

 

 人里に降り立ち、ポケットを探る。

 

「えーと財布財布……あ、これがあったか」

 

 さとりに渡された封筒を開け、予算を確認する。

 

「ん? なんじゃこりゃ」

 

 控えめの賃金に加え、折りたたまれたメモ用紙。そこにはたった一言が書かれていた。

 

『そもそも、なぜ髪色を変えようなどと思ったのですか』

 

「なんでって、そりゃあ……」

 

 なんでだ。髪色が変わる理由を知りたかったから? それなら地霊殿で済んだはずだ。

 

「それは……」

 

 追いやっていたはずのもやもやが、胸の中央に立ち返る。

 

「それは……」

 

 霊夢はなんで、あんな変なことを聞いたんだ?

 私の髪色が何で変わったか、とか……。

 魔理沙は駆け出していた。走るには邪魔な帽子を引っ掴んで、驚く人々の間を縫い、目を閉じていてもたどり着けそうなその店の戸を叩く。

 

「おめえ……」

 

 燃えるような赤毛の、自分の父が驚いている。

 

「何しに来た」

 

 だが、一瞬後に険しい顔になる。父としての顔から、家を背負う男の顔になる。

 

「なあに、たまには里帰りをしたくさ」

 

 声が震えているのが分かる。でも、こうでもしなきゃ。

 

「おふくろの味ってやつが、懐かしくってね」

 

 理由でもなきゃ、帰れない。

 

「……バカ娘が」

 

 くしゃり、と猫っ毛を撫でられる。

 

「そういうことは身を固めた男が言うもんだ。親からもらった髪に色つける、ドラ娘が吐いていい台詞じゃねえよ」

「一晩でいいんだ。きっと、それで元通りさ」

「ふん……。タダ飯食えると思うなよ。店の奥で帳簿を手伝え。いいな」

 

 そういって、父はどかどかと店の奥へと行ってしまう。魔理沙は苦笑しながら後を追った。

 環境が髪色を変える。何故自分がそんな体質かはわからない。きっと父や、その親はそんなことなかっただろう。

 それは自分が染まりやすいだけなのか。それとも、環境に合わせでもしないと生きていけないほど弱いからなのか。

 たった一つ、確かなことは。

 生まれてからずっと、私の髪が燃えるように赤かったのは――。

 この父の背を見て育ったからだ。

 

  *

 

 翌日。夕方、霊夢は博麗神社に帰り着いた。別に何か用事があるわけではない。ないのだが、霊夢はここのところ幻想郷のあちこちを回ってみている。しかし、今日も結局空振りだった。

 

「まったく、どこにいるのやら」

 

 そういいながら社務所の扉を開けて中に入ろうとすると、背後から軽く足音がする。振り向かなくてもわかる。毎日のように聞く、あの小さな体が箒から降り立った音だ。

 

「よう、霊夢」

 

 霊夢は一瞬嬉しそうな顔をしそうになったが、それを自覚して顔をしかめた。そして振り返ると、目の当たりにした光景に驚いて目を丸くした。

 

「……なによ。ずいぶんとご無沙汰じゃない」

「おう。見事にまっかっかだろ。我ながら懐かしいぜ」

「そっちじゃないわよ。馬鹿……でもまあ」

 

 霊夢はくしゃり、と赤毛を撫でた。

 

「赤毛のアンタも、悪くないわ」

 


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