今回は少し重い話です。ここではあまり語りませんので、本編をどうぞ。
「ねぇ、お兄さん? は、どうしてこんな仕事をしているの~?」
そう尋ねて来たのは体を深紅に染めた亜麻色の髪を持つ少女だった。
骨格で性別を判断できるあたり、流石というべきだろう。
「嬢ちゃん、そんなこと聞いてる余裕があるのか?」
深紅に染めたのは敵である俺と彼女自身。塗料は互いの血で俺の体もかなり深い紅に染まっていた。
俺達のいる部屋は見渡す限り、紅一色。お互い動くのは目と口だけ。他の部位はほとんど動かない。
本来なら情報の漏洩を防ぐため、舌を噛みちぎって命を絶つべきなのだが、もうその必要もなくなった。
秘めるべき情報の価値はあっても、その情報を伝える方法がないのだから。
「う~ん、最後くらい殺してきた人と話したいな~、と思って」
「変わった嬢ちゃんだ。……そうだな、俺がこの仕事をしている理由は嬢ちゃんみたいなのを殺すためだ」
事実を伝えると、彼女は死にかけの体に笑みを浮かべた。
「わ~、いきなり怖いね~。どうしてお兄さんは私みたいなのを殺したいの~?」
どうしてね、自分に心当たりくらいあるだろうが。
「そりゃ他に理由もあったが、チラッと見ただけでも殺したくもなるさ。戦場であんな死にたそうな顔してればな。如何にも私を殺してくださいって顔しやがって」
「私、そんな顔してた~?」
「誤魔化してるんじゃねぇよ。最後ぐらい素直になれ」
俺の言葉が意外だったのか、目を丸めると語り始めた。
「うん、そうだね。じゃあ、この口調も止めるよ。私さ、主がいるんだけどこういう仕事してるの伝えてないんだ。主は、簪は自分の家のことを対暗部用暗部の組織ってことは知っているんだけど、簪に仕えてる私が他の組織を潰していることも、人を殺していることも知らないんだ。簪はさ、普段私が馬鹿の振りしてるのにも気付かないぐらい純粋で、そんな簪に人殺しの私が近付くのが怖くて、いつか、いつか私が簪を殺しちゃうんじゃないかって怖くて……」
少女は段々と声に思いを乗せて、血の付いた頬を濡らしていった。
「初めて、人を殺した時は怖かったんだ。でも、段々慣れていって他人に刃を向けるのに抵抗がなくなった。首を絞めるのに、毒を盛るのに、抵抗がなくなった。全部、家のためだから、主のためだから、簪の、簪のためだから。そう思うようになった。変わっていく私は簪に嫌われるのが、怖がられるのが嫌で、馬鹿の仮面を被った。全部、簪のためだからって。でも、ある時簪が塞ぎ込むようになって、私は何もできなかった。ううん、違う。何もしなかった。助けたのは簪のヒーロー。私が怖じ気づいてる時に、簪を助け出した。その時、気付いたんだ。私は簪を理由に自分から逃げてたんだって。それからも仮面を被ったけど、私が壊れるのは早かった。拠り所をなくした私は、脆弱で気付いたら簪のヒーローを殺すことばかり考えちゃって、最初は簪を助けてくれたことに感謝してたのに、簪を奪われたように思えてきて……」
心を吐きだす少女は、酷く臆病で、酷く優しかった。従者として、友として、人として主、簪への罪悪感や小さな依存があった。
「結局、私は人を殺すことばかり考えるようになってしまった。簪もいつか、きっと殺そうとする。それだけは絶対に嫌だった」
そこまで語ると少女は、雫を溢しながら、今にも壊れそうな笑顔でーー
「だから、殺してくれてありがとう。殺してしまってごめんなさい」
ーーそう言った。
「……それだけ語ったんだ。俺が嬢ちゃんみたいなのを殺したかった他の理由を教えてやるよ。俺はな、主を殺したんだ」
少女の目に動揺が走る。無理もないだろう。薄れてきてしまっているとはいえ、殺そうとすることに恐怖を覚えていた彼女にとって俺のようになるのは本当の意味で地獄のようなものなのだから。
「俺の主は俺の仕事を全部知ってた。初めは殺人もしてなかったし、俺に命令しているのも主だった。しかも、主は俺の助けがいらないくらい完璧な人で何でもできたんだ。人間に対して何とも思ってないくせに、俺とか身内だと思った奴にはすげぇ優しくて、まぁ、心配性だから手元に居て欲しかったんだろうな。でも、主の下で仕事をし続けていくうちに俺は、主以外が段々どうでもよくなってきた。そして遂に主の邪魔していた人間を殺し始めた。……俺の場合は一人目から殺すことに恐怖がなくて、次々と殺していった。主はそれを知っていても俺の考えを尊重してくれたのか何も言ってこなかった。そして、人を数えきれない程殺した時ふと、何故人を殺してるのか分からなくなった」
彼女とは逆だ。殺すことに迷いがなかったのに、段々と人を殺す意味を考え出して、気付いたらーー
「俺はーー主のためにっていう考えすら忘れていたんだよ。それから、主に会った時に言われたんだよ『ごめんね、私のせいよ』って。俺の中で何かが切れた。そして、主をこの手に握ったナイフで殺していた。嬢ちゃんを刺したナイフで殺したんだ。あー、つまり、嬢ちゃんみたいなのを殺したかった理由は、このナイフで死を望んでるやつを殺したかったんだよ。主を殺したナイフじゃなくて、死による救いを与える偽善のナイフにしたかったんだ。このナイフは唯一の形見だから。だからさ嬢ちゃん、俺にも言わせてくれ」
もうすぐお互い、死ぬだろうから最後くらい昔の、人を殺す前の、真っ直ぐな笑顔と言葉でーー
「殺させてくれてありがとう。殺させてごめんなさい」
ーー愛しき人に告げる。
そして、最後にちょっとしたサプライズでもあげることにした。
「本音、ありがとう。最後に隣にいるのが本音で嬉しいよ」
言葉と共に顔に掛けてた仮面が外れる。
「え、なんで……織斑、一夏」
「最後に、昔の俺でいさせてくれてありがとう」
殺す前から気付いていた。俺が主を、あの人を殺した後にこの時代に来たとき思い出した。
卒業を控えた時期に本音が死んだという話を簪と聞いたことを。
あの時はただ、自分の無力さを嘆いたけど、この時代で本音を殺したのは俺だった。
多分、元の時代でも殺したのは俺だったのだろう。
あの人が愛した数少ない者の一人、布仏本音。
あの人は俺が殺したのを知ったらどう思うだろうか。
悲しむだろうか、怒るだろうか、それとも泣いてくれるだろうか。
なんにしても、あなたの愛する二人に悲しみを与えてしまってごめんなさい。愛する者同士で殺しあってしまい、ごめんなさい。
そして、あなたが愛しく思ってくれたのに答えられなくてごめんなさい。
俺はやっとあなたへ答えを告げられそうです。今、会いに行きます。
如何だったでしょうか。色々、疑問の残った方も多いかと思いますが、感想等で質問していただけると嬉しいです。
ありがとうございました。