艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『16 高速戦艦』

 その日、南雲満の鎮守府は大いに忙しさを増していた。それは一年前の戦艦襲来以来と言える忙しさだった。とはいえ忙しく動きまわるスタップ及び妖精の中に、暗い顔をするものは誰一人としていない。むしろ、誰もが顔を前に向け、晴れがましそうにしていた。

 年に一度の祭り――というわけでもないが、今日な五十二日周期の境目である。それに加え、季節的にも、各所基地の配置換えなども行われる日であった。

 

 基本的に艦娘は同一の存在が生まれることはない。基地に所属できる艦娘には限りがある。それを見直し戦力の統制を図るのが配置換えの主な目的だ。

 特に満の鎮守府は主力艦隊は島風赤城を除けば戦力が凡庸で、一味物足りない。水雷戦隊として第二艦隊の旗艦を務めるはずの天龍龍田――彼女たち自身の性能も、軽巡としてはいまいちだ――を組み込まなければいけないのも問題だ。

 

 そこでこの配置転換では、主に主力艦隊の補強が行われることとなる。本来であれば、最低でも天龍と龍田どちらかが旗艦として第二艦隊に所属できればよいと、配置される艦娘は一人である予定だったのだが。

 事情が変わり、またその予定が建てられた当時とは、満の立ち位置も少し変わっていた。

 

 事の発端は今より一ヶ月ほど前。南西諸島沖の偵察などにあたる部隊が、その周囲に大きな深海棲艦の艦隊を確認した、ということを報告した。

 当然その対策はどこかの鎮守府ないしは基地に委ねられることとなるわけだが、そこで白羽の矢が立ったのは、南西諸島沖の海域に進出するための小航海路を守護していた満の鎮守府及び艦隊、というわけだ。

 

 ここで起きた問題は、偵察部隊が報告した敵艦の中に、通常の艦の上位種。いわゆるエリートとよばれる種類が混じっていたことだ。

 しかも、南西諸島深部に進出しようと思えば、さらにその上位種までも考慮しなければならないとのこと。――ここ最近、こういった上位種はほぼ観測されず、されても深海棲艦の本拠地とされる南方海域などでしか見られない。南西諸島周辺は深海棲艦の領域とはいえ、徹底した漸減と周辺海域の制圧による閉じ込めが為されている現在、主力艦隊は海域中心に籠城の構えを取っているはずなのだが。

 

 そういう時期は、一定期間ある。世界各地で吹き上がる深海棲艦のうち、数カ所が同時に、湯水のごとく湧き出ることが時たま。大抵の場合、主力艦隊を漸減し続ければ、いつかはそれも納まるのだが――難しい時期ではある。艦娘の轟沈も、避けては通れない道だろう。

 南西諸島海域の場合は、そういう難しい時期こそが、海域攻略の鍵となるものだった。南西諸島は敵主力艦隊以外のエリートは存在しない。それでもなおエリートが確認されるということは、それだけ戦力が分散しているということにほかならないのだ。

 

 敵艦隊を排除すべきという気運が高まる中で急先鋒とされた満及びその主力艦隊。当然現状ではさすがに過小戦力と判断した上層部は今回の配置転換で、予定されていた“軽空母”の配属と同時に、

 

 

 ――“戦艦”の配属を決定した。

 

 

 ♪

 

 

 鎮守府の一室、満の司令室には現在、島風と赤城、そして満に、二人の艦娘がいた。それ以外の艦娘は現在ここにはいないが、後々呼ばれるか、別の場所でその“二人の艦娘”と自己紹介を交わし合うことになるだろう。

 とはいえ、司令室の扉が現在は半開きになり、そこから幾つか視線が漏れている。軽く赤城が確認した程度では、天龍龍田に第六駆逐隊の姿が見える。

 おそらく暁達が興味を示し、天龍辺りがそれを煽ったのだろう。

 

 赤城も島風も、特に害はないのだから、と彼女たちを無視することにした。なお満はそもそも気付いてすらいない。

 

「……それじゃあ、二人に自己紹介をしてもらおうかな。まぁ、改めて、という形になるけど」

 

 満の言葉通り、すでに彼女たちの名は赤城から満に、本人たちの目の前で告げられている。彼女たちの経歴も、資料を通して多少は知っている。

 それを受けて一人の艦娘が前に出る。一度声の調子を確かめるように咳払いをしてから、はっきりと解る朗らかな笑顔で、言う。

 

「――軽空母、“龍驤”や。チャームポイントはこのサンバイザー、かっこええやろ!? せやろ?」

 

 パタパタと、後ろにしっぽが見えるかのような、元気のいい声。召喚型の空母射出を行う軽空母、龍驤だ。その姿は軽空母の中では特徴的と言えるが、割愛する。

 とにかく、今にも跳ね回りそうな少女だ。艦隊も更に賑やかになるだろう。

 

 艦娘は個性的な性格と立ち振舞をするため、赤城のように整然とした軍人“らしい”といえる仕事人は思いの外少ない。

 丁度横に立つ艦娘も、少し驚いたようにして、それから更に何やら難しい顔で腕組みをし始めた。完全に龍驤を意識してしまっている様子だ。

 

 島風は楽しそうに笑っている。赤城は気にした風もない。顔に出ていないだけだろうが、悪い感情を抱いたわけでもなさそうだ。

 

「あ、えっと……」

 

 もう一人の艦娘が少しだけ気恥ずかしげに声をあげ、そして、意を決したように瞳を意思の強いものへと変える。

 

「――金剛型一番艦、“金剛”デース! 特技は、帰国子女デス!」

 

 外国人のような独特のイントネーション。名乗りの通り、彼女が満の鎮守府に配属されることとなった戦艦、金剛である。

 史実においてはイギリス、ヴィッカース社で生まれた日本向けの超弩級戦艦。ようするに金剛の言う帰国子女とは、満の世界においてはそのとおりだが、別にこの世界では当てはまらない。

 彼女は日本の建造で生まれた純国産である。帰国子女は元となった戦艦金剛に引っ張られた性格だ。

 

「じゃあ、改めて名乗らせてもらおうかな? 島風と赤城は、僕の鎮守府の旗艦と秘書艦を務めている。有名人だから、知ってると思うけど。――僕の名は南雲満。君たちの司令としてこれからよろしく頼む」

 

「よろしくお願いしマース! なんだか物腰の柔らかそうな提督でよかったネ!」

 

 遠慮のない口調で金剛がいい、満の差し出した手を握る。がっちりと握手を交わした両者は、そのまま軽く笑い合う。直後に龍驤が乱入すると、三人は腕を重ねるようにして笑みを浮かべた。

 と、そこで龍驤が島風に視線を向け。

 

「お久しぶりやな~、島風。覚えとる? 昔同じ部隊にいたんやけど」

 

 声をかける。どうやら顔見知りのようだ。そこまで深い関係ではなさそうだが、言われた島風はどこかバツが悪そうにしている。

 

「え? もしかしてあの時の龍驤? ……沈んでなかったの?」

 

「阿呆! だれが沈むか。軽空母は確かに装甲はうっすいけど、沈めたら職を失うくらいには貴重な戦力なんやで?」

 

 ふむ、と満が頷く。赤城に聞いた話では現在進水している軽空母は六隻。はっきり言って正規空母や、戦艦よりも少ない。たしかにそれは軍を追われても文句は言えまい。

 とはいえ、戦力的には戦艦、正規空母を沈めるよりはいいのだろうが。

 

「いや、珍しいだけじゃん」

 

 とことん突き詰めてしまえば、島風の言うとおりなのだが。

 

「身もふたもないこというなや。っちゅうか」

 

 視線をそらす島風に、龍驤がすんすんと鼻を鳴らすようにしながら――まったくもって犬のようだ――近づく。

 

「あんた、随分目つきが穏やかになったような……てか、丸くなった?」

 

 ――なんとなく、分からないでもない。島風は言うまでもなく天才だ。龍驤の知る島風とは、ようするに天才としての島風なのだろう。

 その片鱗は、なんとなく満も知っている。

 

 とはいえ、本人的にはその頃のことはいわゆる黒歴史、触れられたくない過去なのだろう。視線をそらして半笑いになっている。

 

「いや、っていうかその、私にもイロイロあるんだよ。……イロイロと」

 

 実際その通りで、それは彼女の根幹を為していることではあろう。しかし、それとこれとは話が別。過去が恥ずかしいものであることには変わりないのだ。

 

「ま、ええんとちゃう? こうして鎮守府のエースしてるっちゅうことは、それだけ軍に認められたってことやろ。協調性が出るんはええことやで?」

 

 カラカラと笑って、ポンと島風の肩を叩く。なんとなく話の中心は彼女たちのようで、過去の話題で花を咲かせているようだ。というか、話の終わる様子がない。

 満は少しだけ苦笑気味にして、隣に立つ金剛を見る。

 

「ねぇ、……金剛」

 

「……なんデスか?」

 

「今日の主役って、君じゃなかったかな?」

 

「……畜生、持って行かれた。ってやつデスネ」

 

 ――それはマンガか何かのセリフだろうか。別にサブカル趣味はないものの、どこか聞き覚えのあるそれに、満は更に困った笑みを浮かべた。

 

 

 ♪

 

 

 軽空母はその数こそ少ないものの、戦力としては優秀な低燃費の戦力だ。制圧力はあるものの、正規空母の制圧力には当然劣るし、戦艦ほどの装甲もない。言うなれば、様々な局面で用意られる万能艦娘。轟沈の危険があるために、戦力を温存されることも多い戦艦空母に比べれば、格段に運用のしやすい戦力である。

 

 対して戦艦は、艦隊決戦の華とされ、またその容姿から民衆への人気も大きいまさしく旗艦と呼べる国の象徴だ。特に現在の連合艦隊――国の総合最大戦力とされる――旗艦の長門は、日本の誇りとされている。

 

 航空戦艦として活躍する艦娘四隻を含め、全十隻が現日本海軍に所属する艦娘だ。当然、それが配属される基地は、戦力の圧迫した最前線でもない限り、一流とされるものに限られる。

 今回満の鎮守府にやってきた金剛型は、中でも速力が駆逐艦などと同等とされる高速戦艦だ。現状それが何の意味があるかと言われれば、まぁまずないだろうが。

 

 とにかく、そんな戦艦を保有することとなった満の評価は、ここ最近大分上昇している様子だ。現状、轟沈させた艦娘はゼロ。一年と少しという期間で、中々優秀な実績である。

 提督という地位が狭き門の先にあるために、そこに着いた新人の提督は、プライドに塗れ無茶も多い。その過程で艦娘を轟沈させることもあるのだから、轟沈ゼロの、優秀な提督はそれだけで人材としては得難い物がある。

 それが認められたのだ。

 満達はそれを誇りとし、一丸となってこれから立ち向かうこととなる南西諸島海域に出現した深海棲艦の部隊を撃滅するべく、出撃することとなったのだ。

 

 

 ――が、しかし、問題が起こった。

 

 

 カムラン半島周辺に現れた深海棲艦機動部隊との闘いで、戦艦“金剛”が、中破したのである。

 

「うー、ごめんなさいネ。こんなはずじゃ無かったのに……」

 

 ぼやく金剛、しかし彼女を責めてもどうしようもない。そもそも彼女に対する重巡リ級の打撃を許したのは、敵艦隊を抑える役目を果たしていた島風や、艦載機での迎撃をしきれなかった赤城、龍驤の非でもある。

 元より鎮守府そのものが、そういったミスを気にしない雰囲気もあってか、誰も金剛に対して罵倒を浴びせることはなかった。

 

 ドッグに入渠し、一人布団に篭っている金剛も、少しだけ安堵し、そして意外に思っていた。満は若い。戦艦に対しての憧れだってあるだろうし、何より未熟だ。誰かの非を感情的に咎めることだって在るだろうに。

 

「なんだか不思議デス……今まで、こんなことはなかったネ」

 

 思えば、と過去を振り返って、思わずでた言葉だっただろう。それは金剛という艦娘が長い間、ずっと抱き続けてきた思いの発露であった。

 

 

「――おじゃまするよ」

 

 

 一人、眠りにつく金剛に来客があったのは、そんな時の事だった。思わず聞かれていたかと飛び上がった金剛の視線の先に、提督、南雲満の姿があった。

 

 

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 1

 

 

 ある鎮守府の工廠。建造妖精による建造の騒がしさが俄に増し、いよいよ最終工程に入ったようだった。建造はかなりの長時間に渡り、秘書艦であった艦娘が二度も、様子を見に来るほどであった。

 

 建造が長時間であるということは、それだけ高性能の艦娘が建造されるということであり、鎮守府全体で緊張が高まっている様子が、その秘書艦だけでなく、鎮守府全てから見て取れた。

 ――今回予定されているのは正規空母の建造。通常であればせいぜい軽空母の、それも軽空母は現行確認されている全てがすでに建造されているため、予備パーツの建造がせいぜいだ。

 

 故に、ある種の未知といえる正規空母の建造は、鎮守府の興奮を一身に集めていた。

 

 建造完了が司令室に届いたのが建造開始から幾度目かの明け方。司令室にいた全員が、即座に立ち上がり工廠へと急ぐこととなる。

 

 正規空母建造の知らせはすでに海軍全体に伝わっている。期待を寄せているのは決して鎮守府内部の人員だけではない。海軍全てが、報告を今か今かと待ちわびているのだ。

 どころか、国中が“その瞬間”を待ち遠しくしていた。“お言葉を頂いた”と言えば、その期待がいかなるものかわからない者はいないだろう。

 

 加えて言えば、この世界は深海棲艦との戦争が恒常的につづいているため、国家間での戦争と呼べるものは起こらない。艦娘は世界から歓迎される戦力であった。

 

 こうして、鎮守府全体から、海軍から、日本から、世界から望まれて、その正規空母は生まれた。

 

 

 ――後に数多の海戦を駆け抜け、伝説とも、英雄ともされる艦娘。冠するは旧日本海軍栄光の第一航空戦隊旗艦の名。

 

 正規空母、赤城は生まれた。




ヒトロクマルマル。第一部後半戦、南西諸島海域編スタートなのです!
提督の皆さん、こんにちわ!

ようやく始まりました。今回は番外編『正規空母・赤城』を文末に掲載してのお届けになります。
また、それにより平均文字数などが増えたことから、更新の間隔は四日ごとになります。
詳しくは後述。
そして、現在艦これはイベントの真っ最中! 提督の皆さんは行かような目標を立ててイベントに臨んだでしょうか。そして、その目標は達成できたでしょうか!
中の人提督は現在E6の真っ最中。武蔵さんの燃費に阿鼻叫喚も同時進行!

というわけで、次回更新は11月19日、ヒトロクマルマルにて、よい抜錨を!

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