艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『20 あるがまま、行くがまま』

「――勝手は! ――榛名が! ――――許しません!」

 

 鳴り渡る爆音は、夜の空に新たな雲をひとつ浮かべる。連続でそれが流れて、赤い閃光は並んで二つ。“高速戦艦”榛名が放つ『35.6cm』。

 

 叩きつけられるのは、愛宕。

 鮮烈に衝撃が前方から後方に叩きつけられ、ぐらりとその体が揺れた。

 無論、現在は演習であり、使用される砲弾は全て特殊な処理が為された擬似砲弾。敵艦の主砲などによって伴う衝撃などはなく、あくまで破損の度合いを判定するためのもの。

 通称擬似破信弾などと呼ばれるが、これによりダメージを受けた場合、それに見合ったダメージ具合が判定され、判定された値によって、一時的に艦娘の兵装及び速力などが低下する。

 

 この場合、愛宕は大破、ぎりぎり戦闘継続能力が認められ轟沈判定とはならなかったものの、満足の行く戦闘能力はすでに失われていた。

 

「……ぅく」

 

 思わずこぼすのは、衝撃に拠る呻きと、感情からくる敗北感。もはや自分が砲撃を行うことはないだろう。榛名の一撃は、この夜戦における最後の一花だったのだから。

 

「これで決めさせてもらいますヨ、榛名!」

 

 戦場に響き渡る戦艦、金剛の声。勝利宣言であり、それはなんら間違いでもなく、必然的な結論なのだから。

 

 ゆっくりと回転する砲塔は、正しく榛名へと向けられる。即座に身体を反転させ回避行動に取る榛名であるが、回避するにも状況が悪すぎる。いくら回避しようとも、その先を狙うだけで、榛名は大破に陥るのだから。

 

 直後、二連の砲撃。叩きつけられ吹き上がる火花は、やがて夜にとける黒煙へと変わりどことも知れぬ夜天のどこかへ消えていった。

 

 

 ♪

 

 

 某月某日。それは高速戦艦榛名を要する水上打撃部隊との演習における一場面であった。敵編成は旗艦榛名に重巡洋艦二隻と軽巡二隻に軽空母一隻の艦隊。満の主力艦隊、南雲機動部隊との戦闘の結果、昼間の戦闘は敵軽巡二隻、重巡一隻、軽空母一隻の轟沈判定。

 更に南雲機動部隊の空母二隻が中破という形になった。――いくら赤城といえども、砲戦能力がない状態で戦艦の射程に入れば、ダメージは免れ得ない。無論、今後の満たちの改善点の一つである。

 

 そして夜戦、残る重巡一隻を島風が砲撃で轟沈判定。そして最後、すでに小破していたものの、十分に戦闘継続能力を有していた榛名による主砲二連撃。

 結果、愛宕が大破。轟沈判定がでなかったことは、純粋な幸運であったと言える。

 

 最後に金剛の一撃で榛名が轟沈判定を受けたため、この演習は満達南雲機動部隊の勝利となった。

 

 演習相手となった提督との歓談を終え、満は自身の鎮守府に帰還していた。今回は相手側から満に申し込まれた演習であり、海域は満達の鎮守府のすぐ近くであったのだ。

 一夜中の会話は思いの外実りが多く、だいぶ長くまで話し込んでしまった。まぁ困るのは諸処の事情から響から逃げまわる島風くらいだろう。むしろ金剛などは久々に顔を合わせた姉妹艦の榛名と一日中語り明かす算段らしい。

 

「あ、提督ー」

 

 北上の声だ。相手側の提督が宿泊している施設から、司令室は大分離れるうえ、徒歩での移動は外部を経由しなくてはならない。丁度満達が邂逅したのは、鎮守府の一角である波止場においてであった。

 

「おはようございます、司令」

 

 夜戦まで演習が持つこんだことにより、相手提督との歓談も夜が白むまで続いていた。一夜明け、現在は大体日の出前、ということになる。

 

「あぁおはよう。今から寮に帰るところかい? 大変だね」

 

「司令こそ、一日中お仕事で、お疲れ様です。それに、もっと大変なのは秘書艦の赤城さんですし」

 

「まぁそうだろうね。あぁそうそう、あとで赤城を見かけたら司令室に来るように言ってもらえるかい? 多分もう司令室にいると思うけど、一応ね」

 

 分かりました、と北上の少し間の抜けた言葉に、満はすこしばかり苦笑しながら、それじゃあと手を上げてその場を離れようとする。

 が、しかし。

 続けざまに北上が言った。

 

「そういえば、愛宕っちが何か用事があるみたいよ? ちょっと今の仕事が終わってからでいいから、付き合ってくれる?」

 

「……ん?」

 

 少しばかり、虚を突かれたように声を漏らした満。何もおかしなことはない。しかしもう一つ、ポカンとした声があった。

 

「…………え?」

 

 用事がある、とされた愛宕自身が、まるでそれを“聞いていない”とばかりに声を漏らしたのである。続けざま、今度は湧き上がるように、悲鳴のような愛宕の声が響き渡った。

 

 

「えぇぇ!?」

 

 

 ♪

 

 

 結局、あれよあれよという間に北上によって愛宕と満が午後の空いた時間に、ふたりきりになるということになってしまった。

 そうしていると、どうやら愛宕には思い当たる節があるようだが、当然満にそれが解るはずもない。

 

 首をひねりながらもその場を後にし、赤城との会話を終えた後、書類の整理をしていたり遠征帰りの天龍達を往なしていると、いつの間にやら昼は過ぎ、約束の時間になっていた。

 売店から買って持ち込んだ昼食――サンドイッチ一つに1.5リットルのペットボトル一本だ。ペットボトルは基本艦娘が司令室に襲来した場合の飲み物であったり、赤城との兼用であったりする――を食しながら時間を潰していると、司令室の扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 満の声がけに、失礼しますという愛宕の返答が帰ってきた。

 扉がゆっくりと開かれて、兵装を外した愛宕が現れる。波止場で邂逅したときは、まだ兵装はつけていたが、メンテナンスの意味もある、整備妖精にあずけてきたのだろう。

 

「おじゃましますね? ごめんなさい、時間をとらせてしまって」

 

「愛宕が謝ることじゃないさ。北上が勝手にやったことだろう? あとで個人的に言っておくよ」

 

 空気は読めないが行間は読めるのが満だ。愛宕の反応が、最終的にそういった答えに行き着くのである。

 

「でも、何か語ることはあるんだろう? でなければここには来ないだろうし……っと」

 

 言いながら、立ち上がり部屋の隅に放置されている椅子を取りに行く。基本的に報告は立ちっぱなしで行う上、数分で済むため、椅子は必要ない。時折赤城が長時間作業を必要にする場合必要になる程度だ。

 ソファを設置しようとは考えているが、中々タイミングがなく予定のままだ。

 

「座ってくれ、ゆっくり話そうじゃないか」

 

 一瞬沈黙、何かを覚悟するように、愛宕は頷いた。

 

 

「――前の鎮守府で、私はなんというか、不相応、でした」

 

 愛宕は生まれてから今年で二年の艦娘だ。前の鎮守府でほぼ一年、そして現在の鎮守府で一年と少しだ。

 新人、という程ではないが、それでもその活動時期は暁達に毛が生えた程度でしか無い。

 加えて愛宕の言う不相応には重巡洋艦という艦種が、戦艦の代替品とされていることにも由来する。それは、史実における一幕であったが。

 

「もともと、重巡洋艦としては優秀な性能があるのですけど、それが別に戦艦に匹敵するわけでもないのです」

 

 この世界における資材の枯渇はありえない。無論それは艦娘に限った話だが、彼女たちの資材はすべて“深海棲艦の廃材”から賄われているためだ。深海棲艦の消滅がありえないことを鑑みても、マッチポンプという他にないが。

 故に、戦艦を運用することができる基地に、重巡洋艦というのはいささか肩身が狭い。

 

「主力艦が不足している僕の鎮守府でそれはそうとは思わないけどね」

 

 満の鎮守府は、鎮守府と名は付くものの稼働したばかりでいささか規模が小さい。通常の鎮守府で艦隊が二つしか無いというのはいささか不足だ。

 

「昔は大きな鎮守府にいましたから、それに、そうでなくとも私は、少し特別扱いでしたね」

 

「……何故だい?」

 

「それが、さっぱりわからないんです。私が建造された少し後に、私のことで少し取り決めが合ったみたいです」

 

「なるほど、あとで赤城に聞いてみるよ」

 

 その当時の愛宕は、まったくもって過保護に扱われていたという。その意味するところはきっと、過保護にしていた艦娘たちにもわかるまい。

 少し考えて、満は思考を整理する。愛宕の過去は、いささか奇妙なものだ。戦力としては優秀でも、ひとつの歯車としかならない重巡洋艦。それに対して過保護な鎮守府。

 しかし、それが満の鎮守府に受け継がれることはなかった。そして取り決めがあり、愛宕はひとつの身の振り方が決定していた。

 

 いくつかの点。結ばれてゆく線、浮かび上がる絵図の意味するところは――

 

「……なぁ愛宕、君は自分に、なにか特別な才能はあると思うかい?」

 

「才能、ですか?」

 

 満は無言で首肯する。愛宕は即座に考えて、しかしそのまま否定する。パッと浮かばなければ、それはきっと考えた答えになってしまうからだ。

 

「ない、と思います」

 

「――原因はそこ、かな?」

 

 小声でポツリと呟いた言葉。愛宕はそれに、え? と小さく問い返す。

 

「いや、なんでもないよ。多分、愛宕は気にしすぎてるんだ。君は優しく、人に頼られやすい性格をしていると僕は思う。甘えたくなる、といえばいいかな?」

 

 単純な印象ではあるが、満は愛宕から母性を感じることが幾度かあった。彼女はそういう少女なのだと、なんとはなしに思うことがあった。

 目立つ行動ではない、行動を支える基幹から感じ取れるのだ。

 

「心配しなくとも、不足があれば僕が補う、他の仲間たちだっていい。君は、君なりの在り方をここで見つけていけばいいのさ」

 

「……ふふ、甘い言葉がお上手ですね、提督」

 

 満の言葉は、気休め程度のそれではあったが、しかしそれでも愛宕に冗談を言わせる程度には余裕を持たせることに成功したようだ。

 

「いやぁ、それはなんというか……うん、褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「うふふ」

 

 少し気恥ずかしさもあってか、思い当たる節もあってか、満はポリポリと頬をかき、ごまかすように苦笑した。愛宕も、そこまでそれを責め立てるわけではない。

 二人の困ったような笑みと吐息が司令室にこぼれ、そうしている内に、会話は終わった。

 

 

 ♪

 

 

「……つまり、だよ赤城。愛宕はこの鎮守府に来ることが最初から決まっていたんだ」

 

「そうは言いますが、一体誰が? そのような裁量を持つ人間はほとんどいませんよ? 歴戦の艦娘であれば、多少は融通が聞くと思いますけれども」

 

 いくつかの点をつなぎあわせて、見えてくることがひとつある。それは愛宕が最初から、満の鎮守府へ行くことが決まっているということだ。

 これは、かつての鎮守府で轟沈させないよう気を使われているというのに、満の鎮守府にそれが受け継がれなかった点、そして過保護であったことすら報告が無い点から明白だ。

 

「わからないけれど、愛宕でなければならない理由があった。おそらく僕は彼女の一個人としての才能――島風で言えば戦闘センスのようなもの――に起因していると思う」

 

「それが愛宕の“過保護”の原因を見いだせない理由、ですか」

 

「まぁそうだね。……愛宕のことは気になるけれど、それに関しては赤城に任せるよ、二つくらいお願いをしていいかな?」

 

 内一つは、戦闘センスのない満では、愛宕の才能を見いだせないために、赤城にそれを依頼するというもの、そしてもう一つは、愛宕をこの鎮守府に配属するよう融通しただれかの正体だ。こちらは片手間でもよいので、赤城にやるように頼む。――だけではなく、自分でも手を付けることにした。

 

「じゃあ……赤城。南雲機動部隊、出撃するよ?」

 

 今この瞬間、赤城がこの場所――司令室――にいる理由はひとつ、出撃の承認を満から得るためだ。元より予定にそって行われる出撃であるため、形式的なものではあるが、形式を失っては軍としての体裁が失われる。疎かにする訳にはいかない。

 

「愛宕のこと、よろしく頼む。多分彼女は、今もまだ悩んでいるだろうから。……面目ない限りだよ。彼女に対することを、断定できない自分が」

 

「おまかせください。それに、提督が悪いわけではありません。あくまでこれは、彼女とそれを取り巻く世界の問題なのですから」

 

 ――愛宕は、出撃の一週間ほど前に改造が終わり、新たに4つ目の兵装を装備することが可能となった。それだけではなく、性能もある程度向上している。

 この海域、戦闘の主役は愛宕といってよいかもしれない。

 ただし、すべての結果は未だ海の向こうに眠っているのだが――

 

 

 満は、海を行く彼女たちの、あらゆる感情に思いを馳せて、一人司令室に佇むのだった。

 

 

<>

 

 5

 

 

「そういえば――」

 

 ある日の昼下がり、ふと思い立ったという風に赤城が加賀に問いかける。今は昼食、赤城も加賀も、山盛りになったラーメンを相手に格闘している。

 醤油色のスープはラー油の光沢が湖面を揺らし、黄色の麺を輝かせている。匂いをかげば、そのままラーメンの味わいすら味わえるような感覚を覚える。

 一口すするたびに、さっぱりとした麺の生地とは裏腹に、こってりと麺に吸い付いて、ラーメンの味を完成させている。

 

「五航戦の方たちは、この艦隊には所属しないのですか?」

 

「いえ、しませんよ」

 

 即答だった。

 ちゅるちゅると、下品にならないように麺を啜って、すました顔で加賀がそれを味わっている。ちょうど麺を口に入れる直前で、邪魔にならないようにすれば即答しかなかったというのもあれが、それでもその速度を見る限り、よほど触れて欲しくないように見える。

 

「さすがに正規空母全ては使えませんか。金剛型の人たちも、ここに集められてはいませんものね」

 

「伊勢型や扶桑型もですよ。それに、航空戦艦や高速船艦は火力に難がありますから。火力の必要な作戦には向きません」

 

 ただし、高速船艦は、駆逐艦などを率いての高速編成を行えるし、航空戦艦には他の戦艦にはない圧倒的な制圧力を有している。

 適材適所というわけだ。

 

「そういう意味では、私たちがここに集められたことも必然ですね。気を張らなくては」

 

「そうかしら」

 

 さほど興味が無いと言った様子でそれに答える。

 

「別に口でならなんとでも言えるわ。それに、あまり気を張りすぎても身体に毒です」

 

「いいえ、気を持って事に当たらなければ、きっと悔いが残ります。やるなら徹底的に、やらなくては行けません」

 

 あくまで赤城はそう語り、しかし加賀はどうでもよさげに麺をすする。音を立てすぎるのはいけない。しかし最低限のすする音を立てるのは、麺を食べる上でのマナーであろう。

 赤城はといえば、そもそも音を立てる主義ではないようだ。徹底的にそれを排そうとしているのが見受けられる。

 

「ふぅん」

 

 加賀はじっと赤城の顔を見る。きょとんとした赤城の表情がすぐそばに見ることができた。急に食べるのをやめて顔を近づけた加賀の行動を不思議に思っているのだ。

 

 そして、

 

 

 唐突に、加賀の頬が風船のように膨らんだ。

 

 

「んぐっ!?」

 

 思わず口に服でいた水を吹き出しそうになったのだろう、慌てて吹き出さないように飲み込んで、むせた様子で赤城がごほごほと咳をする。

 

「な。な、なな!」

 

 そんな赤城の様子を、くつくつと笑いながら見る加賀。

 

「一体なんなんですか!」

 

 食堂中に響き渡らないか、というほどの絶叫が響き渡る。

 

「いえ、気分です」

 

「気分でこんなことされるのですか!?」

 

「ほら、あまりそんなに怒ってはいけません。赤城さんは知的な人なのですから、恥部は食欲だけにしないと」

 

「人のことが言えますか!?」

 

 赤城も加賀も、周囲が軽く引くレベルの大食漢である。今まで赤城は、それを自覚する素振りはなかったものの、こうしてここ数日は加賀にそれをからかわれ、どうにも恥じらいが生まれてきているようだ。

 ただし、遠慮はない模様だ。

 

「まったく、赤城さんはほんとうにもう」

 

「どういう意味ですか!」

 

 やんややんや、そうして二人の会話は、食堂中の注目を集めながら続いていくのだった。

 

 

 そうして――赤城と加賀の愉快な会話が食堂を席巻するなか、それを見る衆人の中には、長門型二隻、長門と陸奥の姿もあった。

 

「ふふ、楽しそうね」

 

 元より、多少フランクな性格である陸奥が、特に咎める様子もなく笑う。

 

「まったく、食堂は第三者も使うのだから、他人の目のひとつは気にしてもらいたいものだな」

 

「そうはいうけど、貴方も少し楽しそうよ?」

 

 長門の言葉に、陸奥が指摘をする。言葉はどこか咎める様子だが、その声音も表情も穏やかで、表情には何やら“嬉しい”といった感情も見られた。

 昼食としているスパゲッティにフォークを絡めながら、長門は穏やかに目を閉じて言う。

 

「赤城はワーカーホリックだからな、加賀が上手く毒抜きをしてくれていて助かるのは事実だ。自分に加賀の矛先が向けられるのは少し御免被りたいが」

 

 ――正規空母、加賀は知的でクールな印象からは信じられないほど、洒落を好む性格である。しかも平常の冷静な雰囲気を崩さず人をからかうものだから質が悪い。

 ただし、仕事にそれは持ち込まない。長門もそうだが、そういう性分なのだ。今は笑みを浮かべる長門も、楽しそうに赤城をからかう加賀も、いざ戦場に立てば、笑み一つ浮かべず冷徹に敵を撃滅するのだ。

 

「陸奥やニ航戦のように、余裕を戦場に持ち込めるならいいが、赤城はどうにもそれがない。今回の戦場が、彼女の自負となればよいのだが」

 

 現在計画されているミッドウェイ作戦は、その規模の大きさから十年に一度クラスの大作戦とされている。当然その戦場を駆け抜けた艦娘は英雄とされる上、それが正規空母となれば、文字通り日本国民の“全て”を背負うこととなるだろう。

 

「ふぅん。……懸念といえば、もう一つあるのよね」

 

「提督のことか?」

 

「…………そうよ」

 

 即座に指摘されたことに、しかし大声で語るには忍びないのだろう、陸奥は小声でそれを肯定した。長門もそれに合わせて声のボリュームを落として会話をする。

 

「優秀な提督だな。海軍内のいたるところに、彼を慕う者が入る」

 

「早くに出世の道から外れて最前線という名前の僻地に引きこもっちゃったから、慕ってるのはたいてい老年の水兵だけどね」

 

 特に、出世など気にすること無く、若いものには負けないと言わんばかりに現場を縦横無尽に駆けまわる大ベテランからは、特に。

 

「まぁ、確かに気になるのは解らなくもないがな。今まで最前線で艦隊を率いてきた提督に、大艦隊を指揮するだけの技量があるか、といったところか」

 

「……そうなるわね」

 

 気にし過ぎだとは思うがな、長門はスパゲッティを飲み込みながら、そう語る。

 

「大艦隊を率いるのは米国の提督だ。彼はあくまで日本海軍主力艦隊――つまり私たち六隻を率いるだけだよ。それなら、正規空母の運用経験もある、問題はないだろうさ」

 

 それに、そもそもそんなことを現場の長門達が気にする必要もない。彼女たちはあくまで敵を撃破する艦娘でしかない。

 

「だが、解らんでもないな。……赤城はまだ私たちが共に戦ったことのないタイプ、よくある差異の一つだが、――あの提督は、どこか怖いのだ」

 

「貴方が、そういうふうに人を形容することがあるなんてね」

 

 陸奥が嘆息する。

 しかし、その言葉は否定ではない。肯定だ。提督は穏やかで、老人らしい物腰の提督だ。だが、時折怖気が走るほど、機械のような評定をすることがある。

 

 その意味を、長門と陸奥は図りかねていた。

 

「分からない物は分からない、が……あまり未知のままでいて欲しいわけではないな」

 

 考えても、どうしようもない。しかしいつか、何かのきっかけがあればいい。そう結論に至るしかない両名。

 

 ――しかし、結局のところ彼女たちは最後まで、“最後の瞬間”まで、その意味に気がつくことはなかったのだった。

 そうして幾日かの時間がすぎる。

 

 太平洋制海権争奪戦争。

 日米合同の大戦略が、始まろうとしていた。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、コンニチワ!

愛宕編。今回も北上編と同じく二話分でお届けいたします。
艦これで愛宕といえば、おっとりお姉さんキャラな訳ですが、ウチの愛宕はまだまだ実戦なれしていなかったりするわけです。
割りと歴戦の艦娘が多い南雲機動部隊においては、一番の成長株と言えるでしょう。

次回更新は12月5日、ヒトロクマルマルにて、良い抜錨を!

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