艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『03 ささやかな祝杯』

 満が指揮する鎮守府の食堂はその人材の少なさもあってか、昼食、夕食で賑わう時でもなければ非常に閑散としていてどこかもの寂しいものがある。とはいえそもそも艦娘達がほとんど配属されていない現在、たとえ一番盛況な時であっても、中はガラガラで空いているのだが。

 

 多くて百人ほどを収容できる食堂は、現状雑務妖精――兵器妖精のヴァリエーションだ――が動き回っているだけで、人影はどこにも見られない。どうやら調理を担当する職員も、今は休憩中のようだ。

 

 満、赤城、そして島風の三名がこの時間に夕食を食べるためここに来た。島風の出撃という予定外の事態に時間を取られ過ぎていたためだ。

 とはいえその後始末も終わり、後は通常通りに一日を終えれば良い。忙しくなるのは明日からだ。

 

 丁度そんな三人に気がついたのだろう、食堂を管理するスタッフも顔を見せ、食堂は光を取り戻したようだ。赤城と満は早速食券を販売する機械のもとへと向かう。

 

「赤城さんは、今日はどうします?」

 

「そうね、カレーにしようかしら。提督はどうします?」

 

 秘書艦として満の側にいるよりも些か柔らかい態度で赤城が問いかける。どうやら公私で性格を使い分けるタイプらしい。それでも真面目で冷静な部分は変わっていないようだが。

 提督と秘書艦という関係さえ取り払われてしまえば、満にとって赤城はあらゆる経験における大先輩だ。自然と言葉遣いも改まったものになる。とはいえ、単なる上下関係ではなく、相手を慮った対等関係とでも言えばいいだろう。

 

「うどんで。ついでに定食も頼みましょうか」

 

 定食。別名朝食セット、味噌汁と魚が一品ずつ日替わりで頼むことのできるセットだ。とりあえず主食以外が欲しい時に重宝する。ご飯はベットの券を買う必要があるが。

 

「そうですね、ではいただきましょうか」

 

 二人で並んでカウンターで品を受け取る。カウンターの向こう側でスタッフが如何にもこれより戦闘態勢にはいるといった様子で勢い豊富に注文を受け取っていた。

 不思議に思いながらも、すでに島風が席を取りスタンバイしている場所へ向かう。当然島風はすでに席について満たちの到着を待たずに夕食として購買から購入してきたパンを一つ食べている。全部で三つほどのセットになったもので、小腹がすいた時にちょうどいいような量を、ガツガツと食べては完食しようとしている。

 

 満と赤城が席についた時にはもう、最期の一個になったパンを食べ終えようとしていた。

 

「……食事まで速いんだね」

 

「そうですね、これが私の信条ですから!」

 

 元気よく、少し皮肉がかった満の言葉に返事をする島風、裏表のない様子は、半ば呆れを通り越して毒気を抜かれるような心地であった。

 

「じゃあ、私たちもいただきましょうか」

 

 自然と、満が島風の隣で赤城がその正面、という形で座る事になった。特に意識はしていないが、当然の流れとしてそうなったのだ。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 二人で手を合わせて唱和すると、そのまま自身の食事へと箸を向けていく。満が頼んだのはきつねうどんだ。油揚げに味の着いたタイプであり、あまり長くつけておくと、その油揚げの味が失われてしまう。うどんの汁は当然多量であるため、失われた味がそのまま戻ってこなくなるのだ。

 よって、まずは最初に油揚げを食し、その後に面をじっくり食べていくことになる。

 

 出来上がったばかりのうどんは、若干猫舌気味の満の舌にはどうも暑すぎる。先に油揚げを食して時間を置くことで、温度を程よいものにする必要があった。

 

「あぁ……おいしい」

 

 卓の向こうで、赤城の声が少し跳ねるように聞こえてくる。よほど美味しいのだろう。カレー独特のスパイシーな香味が鼻をくすぐる。まず最初に少し甘みを含んだまろやかな味わいがあり、その直後にピリっとしびれるような辛さが残る。そのどちらもがカレーの魅力ではあるが、満が香りだけで感じ取るのはどちらかといえば後者によっている。少し惜しいな……とは思ったものの、口には出さず油揚げを口に含んだ。

 

 塩気を伴う甘み。甘味には隠し味として少量の塩を加えるというが、油揚げはそれと同じように両者を調和させている。うどんの汁が染みていることもあるのだろう、噛んで広がる甘みはまったりと口の中に残るものであった。

 一度、二度、噛んで口に含めるたびにその甘味が口内へと広がっていく。さっぱりとはしていない、しかしそれ故に重厚な、いつまでも楽しんでいられるのが油揚げの良さだろう。

 

 しかし、どれだけゆっくり食していようと、やがてそれも終わってしまう。長く楽しめばそれだけ飽きも生まれてくるがため、あとに残ったのは、どちらかというと余韻というよりは口の中に残る味覚の塊といったところか。

 それを即座にうどんの汁と麺を同時に啜って胃の中へと押し込んでいく。満にとって程よい暖かさの汁は、うどんらしく薄められた醤油の味がさっぱりと良く通る。大きくすすった半分ほどを、その汁の味とともに飲み込んだ満は、更に麺そのものをかみしめて味を楽しむ。

 

 味だけではない、食感もまたうどんの持つ魅力の一つだ。噛めば噛むほど味わいの生まれるそれは、硬すぎず、柔らかすぎず、そして何よりすするのにちょうどいいくらい、艶のある滑りの良い麺だった。

 

 汁とともに飲み干しても何ら抵抗なく胃に収まっていくし、ゆっくり噛んで飲み込んでも問題はない。一つの味では収まらない、味わい深く食べごたえのある一品だ。

 

 ちょうど、最初に含んだ一口をゆっくり一分もかけて噛んで飲み込んだか、というところで隣に座る島風が、勢い良く両手を上げる。

 

「ごっちそうさまでしたー! いっちばーん!」

 

 どうやら食べ終わったらしいが、別に夕食は食事のスピードを競う場ではない。特に今日はもうこれ以上の業務はないのだから、後はぐっすり眠るだけだ、速度を気にする意味はまったくない。

 性分なのだろう、それに島風は食した後も席を立たず、なんとはなしに満に話しかけてきた。

 

「提督ー、今日はお疲れ様でした! うん、よくぞあそこで撤退を命令してくれたって感じだよね。ちょっとドキドキしたかな」

 

「ん、ご苦労さま。まぁあんな見え透いた挑発に乗るのは馬鹿か阿呆と相場が決まっているからね。わざわざ君に無理をさせるわけにも行かないだろうさ」

 

 勢い良く箸でうどんを摘んで、汁とともにかきこむ。今度は碌にかまずに飲み込んで、流れる熱と口に取っ掛かりの残らない麺のみずみずしさを存分に楽しむ。醤油をまとった水流が、うねる魚の様に喉を通って消えていく。幸せな感触だ。

 

「でも、意外とわかってない提督って多いんですよ。無茶をしてでも戦果を取りたがるんですよね。やっぱり花形だからでしょうか」

 

 箸を置いて島風を見る。可憐な容姿だ。赤城もそうであるが、艦娘というのはどうも容姿が非常に整っている傾向があるらしい。そんな見目麗しい少女に囲まれ、世界を守る仕事をする。如何にもヒーロー向きの職種ではないか。

 どちらかといえば満は、自分自身を参謀向きだと判じているが、なってしまったものは仕方がない。それにこの仕事を追い出されてしまえば、食うに困るは自分である。

 

「昔、それはそれは優秀な提督がいたんですけど、ある作戦の最中に亡くなっちゃって、今も惜しまれてるんですけど、その提督の言葉に『私は機械である。常に精密な動作が必要な、ちっぽけな歯車である』というものがあるそうです」

 

「歯車……ね。決して、提督――司令という地位を指す言葉じゃないような気がするな」

 

「そうですか? 今でもそれは、提督達の訓戒なんですけど」

 

「……機械はいつか壊れるよ。人間と同じさ。だから決して、機械が……感情のない自分が正解だとは、僕は思いたくもないね」

 

 そんなものかなー、と島風は嘆息気味に言う。彼女自身がそう思って語るわけではないだろう。その言葉に、否定の色も肯定の色も見えなかった。

 

「それでですね提督。話は変わるんですけど――」

 

 島風は続けて、なんでもない様子で再び顔を輝かせる。それから少しだけ満の方へと身を乗り出して――

 

「小型特殊自動車ってあるよね!」

 

「……またえらく話が飛ぶね」

 

 全く関係ない話題が飛び出してきた。どうやら先程のことはすでに理解を終えているのだろう。理解が早い――浅い、とも言えるかもしれないが。

 

「それで、小型特殊自動車って、扱い的には自動車なんですよね」

 

「あぁ、うんそうだな、原付免許じゃ乗れないな」

 

 前世において原付免許以外を取得したことのない満には些か意識の向きにくいところだが、どうやらそうらしい。

 話半分に、麺を勢い良く啜っていく。するっと喉を通るあっさりとした味わいが、多少うどん風味に調理してあるとはいえこってりとした汁の通った直後に食感として残るのだから、いつでもスッキリとした味わいを楽しめる、これがうどんの魅力と言えるだろう。

 箸が進む――つまり美味しい、という意味である。

 

「それでですね、そういう小型特殊自動車って、自動車専用道路だって乗れちゃうんですよ? 一応アレも高速ですよ!? おかしいと思いません?」

 

「……そもそも、自動車専用道路が高速かどうかなんて事自体、僕には意識が向かないんだが、それがどうかしたのか?」

 

「だって高速ですよ!? 皆がビュンビュン飛ばすすっごい場所ですよ? あんな速度的欠陥品が通るなんて……不敬です! 手打ものですよ!?」

 

「それはさすがに多方へ喧嘩を売りすぎだ!」

 

 思わず、と言った様子で声を荒げる。さすがに突っ込まなくてはならないだろう。いくら速度狂いの島風とはいえ、他人のスピードにケチを付けるのは些か問題がある。

 

「島風は速度の化身として発言しているの。喧嘩を売るとかどういう以前の問題です。遅いっていうのは罪なんだから」

 

「……遅さを憎みすぎだろう」

 

 憎む、というにはどうにも島風はイキイキとしすぎている。その口から放たれる弾丸のような言葉の群れは、決して彼女の性分だけによるものではないだろう。

 もとよりテンションが若干高いのが彼女であるようだが。

 

「でも、公道を走ってる小型特殊はイラッと来ますよね。原付でも」

 

「……原付の制限速度は三十キロだよ」

 

 明らかに速度超過を前提としているように聞こえるのは気のせいだろうか。さすがに満としてもそれはどうかと思うが、とかく。

 

「小型特殊は15キロしか出ないよ」

 

「え? そうなのか」

 

 割と意外だった。少なくとも公道で小型特殊を見たことはない、見るような地域でもなかったから当然なのかもしれない。

 

「まぁそりゃ小型特殊なんて農道しか走らないけど! それでもなんだか釈然としない! ああいうのを車と認めたくない!」

 

「……ほとんど実害はないと思うんだけどなぁ」

 

 そもそも出会わないし。出会っても余程の場所じゃなければ抜いて行けるんだから。だというのになぜだろう。島風の暴論がなんとなく正論に聞こえてくるのは。

 ……気圧されすぎ、ということだろう。

 

「それにしても提督って食べるの遅いですよね。そんなに遅くて、一体何を食事に求めてるんです?」

 

「少なくとも速さじゃないな。……良く噛んで味あわないと料理がもったいないだろうに。食材だって無限じゃないんだぞ?」

 

「無限じゃなくても、循環はします。経済と同じです。良い経済は循環が為されている経済ってことなんだから」

 

「そもそも、食材の循環に必要なのは労働力だろう。雑な食べ方では労働力は長期的に見て失われるぞ?」

 

「労働とは、すなわち死ぬまで働き続けるということです。たらたらと食事をとっているような不良労働者は必要ないんですよ」

 

「ブラックじゃないか」

 

 ……島風のようなせわしない行動を期待されるブラック鎮守府。少なくとも満は見たいとは思わなかった。

 

「まぁいいです。ってん? もしかして赤城さんも提督側の艦娘ですか?」

 

「その言い方だと僕が艦娘みたいに聞こえるんだけど」

 

 広義的には満も艦娘も人間なのだから人間と呼んでいいとおもうのだが、島風はそこは譲れないとばかりに視線を送ると再び赤城に向き直る。

 見れば、赤城は先ほどうどんを食べ始める前に見た量とほとんど変わらない量のカレーが赤城の手元にあった。スプーンにはカレーが付着していることから一応口をつけてはいるようだが、ほとんど減っているようには見られない。

 

「む、赤城さんも提督みたいなゆっくり食事のタイプなんですかー?」

 

「いや、そもそも赤城さん会話に参加してなかったし……ん?」

 

 そこで、あることに気がつく。赤城のカレーの量はさきほどとほとんど変わっていない用に思える。しかし、それはおかしい。手をつけたのならもう少し量は減っているはずだ。むしろこれは――“増えている”?

 

「……え? いやちょっと、赤城さん……何杯、おかわりしたの?」

 

 島風も気がついたようだ。

 赤城の食べるカレーは明らかに量が増えている。つまりそれはこのカレーがすでにおかわりされたものだ、ということだ。

 

 二杯目? もしそうであれば、赤城の食事のスピードは、島風に匹敵する程のものになる。であるならば、とそこまで考えてハッとあることに気がつくと満は即座に首を振った。

 ある一点に視点を向けたのである。

 

 そこは、食堂のカウンター。その向こう側では、明らかに疲労が見え隠れしたスタッフの姿が見えた。“たかだか二杯程度でここまで疲労するはずがない”。満と赤城がここに来るまで、スタッフは悠々と休憩をとっていたはずなのだ。

 

「い、一体、“いくつ”。いくつ食べたんだ赤城さんッ――! 一つではない。二つでもない、一体、一体それはいくつなんだァ――――!」

 

 ドギャァ――――――――ン。

 衝撃が頂点に達した爆発のごとく襲い掛かるは満と島風。しかもまだ終らない。その衝撃は、マッハを優に超える特急クラスの衝突でもって表される。

 もう一つ、あることに満が気がついたのである。

 

 

「いえ、“まだ”このカレーは五杯目よ? それがどうかしたの?」

 

 

 カレーの色合いが明らかに最初に見たものと違う。入れ替わっている。辛さが、カレーの種類そのものが。

 

 伴って、聞こえた赤城のその言葉でもって、満、島風、食堂のスタッフたち。それぞれが地獄めいた悲鳴を上げた――




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、特に忙しい時間に追われて遠征がはかどらない皆さん、こんにちは!

最後の謎テンションはなんとなく色々思い出すようなテンションですが、正直何を元ネタにしたかと言われると困っちゃうくらいそういう作品はニワカです!

次回更新は三日後、9月7日のヒトロクマルマルです! それでは、よい抜錨を!

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