艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『12 撤退』

「面倒なことになったな」

 

「……そーだね」

 

 超高高度、宇宙の中とすら言えるのではないかという場所で、ぽつりと呟いた満の言葉へ島風は胡乱げに同意した。

 現在この旅客機の中には、島風と満。そして第六駆逐隊の面々が搭乗している。向かう先は北の警備府、目的は演習や交流会などではない。出撃だ。

 

 うつらうつらと、第六駆逐隊メンバーはそれぞれ船を漕いでいた。無理もない、夜遅くにたたき起こされ、現在時刻は夜の四時ほどなのだから。

 

 とはいえ、島風の憂鬱げな表情は、それが由来というわけではないようだ。また、暁型四姉妹のなかで、唯一響だけは目を覚まし、満と島風の様子を確かめていた。

 

「確認するぞ。現在、北の警備府が守護する北方海域に突如として深海棲艦の大艦隊が出現、キス島周辺を包囲した」

 

「で、今は山口提督が出払っているから、代理として提督が北の警備府の指揮を代行するっていうわけだね?」

 

「まぁ、僕達だからこそできる荒業だな。本来であれば山口さんが急いで帰ってくることになるんだが、僕が副司令である以上、基地としての機能は保たれているんだ」

 

 正確には、絶対にここで山口が取って帰るわけには行かないため用事があるに、変則的に満がその代行を務める必要があったのだ。

 とはいえそれは、一応の機密であるため島風達には明かさない。ただし、こういったことは須らく基地内での噂の的となるわけで、島風達も把握はしているわけだが。

 

「で、本題はやっぱりキス島を包囲した敵の大艦隊だよね?」

 

 思いがけず突如として現れた敵艦隊に、満達は辟易しながらもその対応を想起する。難物なのだ、実のところこれが。単なる敵艦隊であればよかったのだが、今回はひとつオプションが付く。

 

「そうだな。敵の大艦隊は戦力で言えば東方艦隊主力級。殲滅するのはさほど難しくはない」

 

「難しくはないけど、そうすると包囲されたキス島が危ないよね」

 

 そうなのだ。

 キス島を包囲した敵深海棲艦は、今にもキス島に攻撃を仕掛けようとしている。その状態で停止したまま、にらみ合いが今も続いているはずだ。

 

「敵の狙いはキス島を叩くことでこちらの艦隊をおびき寄せることだな。あそこには小さいながら基地がある。そしてあそこは、僕達人類の大事な拠点の一つでもある」

 

「殲滅せざるを得ないよね。でも、そうすると今度はキス島に実際に攻撃が加えられる、か」

 

 簡単に言えば、人質を取っての立てこもりだ。ただしその誘拐作戦は非常に用意周到で、誘拐された対象は政府の要人である、というような状況。

 単なる強盗の類ではない。人類のアキレス腱に手をかける、急所を突くような一手だ。

 

「このままキス島を放置した場合。僕達はアルフォンシーノ方面への足がかりを失い、更に多くの犠牲者を出す。……その中には、艦娘だっている」

 

「北の警備府から遠征に出ていた第二艦隊。……系四名の艦娘がキス島で足止めを喰っている、と」

 

 遠征の内容は、何の事はない長距離練習航海。きな臭い北方海域の哨戒を“演習する”ことを目的にした遠征だ。

 しかし、それが裏目になり、ちょうど敵艦隊決起のタイミングに重なった。あくまで偶然だ。深海棲艦に、空気を読むという機能はない。

 

「そこで、僕らは一計を案じる。まず、北の警備府主力艦隊を利用し敵艦隊とのにらみ合いをする。敵も馬鹿ではない。威圧してきただけの敵に反応してキス島を攻撃することはしないし、向こうから打って出てくることもない」

 

 かくして膠着状態は生まれる。むしろそれは彼女たちにとって望むことだろう。膠着すればするほどキス島の基地は食糧を失い、勝手に自滅してくれるのだから。

 そこに付け入る隙がある、と満達は考えるのだ。

 

「膠着すれば、意識はそちらに向けざるを得ない。その間に敵艦隊の手薄な部分を叩く。できれば戦闘は行いたくはないが、敵の警戒が厳重である以上、最低限の戦闘で切り抜けることが目的だ」

 

「人を載せる船を運ぶってなると、どうしても目立ちますしね。でも、敵艦隊を出し抜いてキス島に付けば撤退は、駆逐艦とはいえ十隻の艦娘で護衛できるし、問題はキス島に付くこと、ってことかな」

 

「そうなるね。そしてそこがポイント――キス島に進入する艦娘は極力意識を集めてはならない。そこで今回は艦隊全てを駆逐艦で編成する、“駆逐隊”を結成する」

 

 後に『キス島撤退作戦』と呼ばれることになるこの作戦。もっとも特異であった点は主力艦隊があくまで囮であること、そしてその本命は駆逐隊であるということだ。

 

「当然ながら敵は空母戦艦を多数有する強力な機動部隊だ。戦闘になればこちらは圧倒的に不利。全ての戦闘を避け、敵の懐に切り込むことが必要になる」

 

「そうだね……」

 

「僕ができることは全てする。だが、これは指揮官の才能以上に、現場の判断が重要だ。……皆、もう起きているだろう? 話は聞いたか? まもなく空港に到着する。気を引き締めてくれ。おそらくこれが、君たち第六駆逐隊にとって、最初で最後の大作戦となるだろう」

 

 畳み掛けるように、満は演説を締めくくる。眼を覚ましていたのは響だけではない。話の最中か、話し始めかに暁達も目を覚まし、声にならない声で意思を疎通させささやき合っている。

 

「……僕は少しだけ寝る。付いたら起こしてくれ」

 

「りょうかーい」

 

 長く行動していたために、満も疲れがあったのだろう。大きく欠伸を一つして瞳を閉じた。

 

 北の警備府到着まで後一時間ほど。作戦開始まで――一日は、無い。

 

 

 ♪

 

 

「――駆逐艦、不知火です。よろしくお願いしたします」

 

 陽炎型の二番艦、不知火は優秀な駆逐艦である。若干思考が保守的で、また攻撃性が強い性格は周囲と不和を呼びやすいものの、指導者、リーダーとしてはカリスマもあり、評価は高い。

 また、個人の練度としても、トンデモ駆逐艦島風には及ばずとも、入れ替わりの激しい駆逐艦の中でも、五年以上前線ないしは駆逐隊旗艦として活躍を続けるベテランだ。

 

「南雲満だ。知って入ると思うが改めて、今日は君たちの臨時の指揮官となる」

 

「存じ上げております。――不知火は今直ぐにでも出撃可能です。ご命令あらば」

 

「あぁうん。まずは島風達の準備が終了してからだ」

 

 不知火は現在、この北の警備府に残っている唯一の駆逐艦だ。本来であれば彼女は第二艦隊の旗艦であるのだが、今回の任務は“彼女がいない場合において”駆逐艦達が行動するという体での遠征だったのだ。

 結果として主力クラスの駆逐艦が艦隊に残っているというのは、まさしく不幸中の幸いと呼ぶべきものではあったが。

 

「……島風、ですか」

 

 苦々しい顔で不知火がつぶやく。こんな時に限って目ざとくそれに気がついた満が、即座にそれを問いかける。

 

「なにか気になることがあるかい?」

 

「いえ、私が愚慮することではありませんが。今、島風は調子が悪いのではないですか?」

 

「――スランプ、か」

 

 報告は聞いている。実際に思い当たる事もある。とはいえ、なかなか満に取っては想像もつかないことだ。島風がよもやスランプなど。

 

「先の演習、真っ先に大破、戦闘継続能力を失ったのは島風だと聞いている。本来であれば、最後まで無傷でいるのが当然だというのに、だ」

 

 先の演習。木曾と天龍を旗艦として行った水雷戦隊同士の実戦演習だ。最終的に天龍達の勝利に終わったが、そこで最も最初に被害を被ったのは島風である。

 

「スランプ、というよりも、機運が向いていないというのが近いではないでしょうか。流れがない、ツキが逸している、と言いましょうか」

 

 不知火曰く、島風が被弾したのはいわばラッキーパンチであり、島風事態に積はないという。問題は、それがここ最近、こういった事態が頻発しているということだ。

 

「……そういえば、そんなことは幾つかあったな。確か、木曾と島風の間で色々あった時に、島風はそんな風に大破していた」

 

「あぁ……」

 

 意識できないのも無理は無い。当時の島風達は相応に無茶が目立ったし、その中で大破したのは、彼女そのものに原因があるように思えたのだ。

 

「原因はやはり本人の意識的な問題かなぁ。こればかりは、こちらが何かをできるということもないから、時間が解決することを祈るしかないかな」

 

「とはいえ、今はそれでは問題です。……提案ですが、旗艦は島風にしていただけませんか?」

 

「元よりそのつもりだが……まぁ、そういう考えもあるか」

 

 要するに、不安要素は危険が少ない旗艦に任せるということだ。酷ではあるが、満の方針とそれは一致する。島風の旗艦は確定だ。

 

「――失礼します」

 

 島風の声だ。準備が終わったのだろう、他の暁型艦娘を含め、兵装を携え入室してくる。

 

「よく来たね。改めて作戦の確認をする。質問があればその都度聞いてくれ」

 

「了解!」

 

 それぞれが思い思いに返答をして、作戦は開始直前、最後の調整段階であった。

 

 

 ♪

 

 

 誰かに言われるまでもなく、自分がスランプにあることくらい理解している。ままならない状態にあることくらいわかってはいる。

 だが、何も手を打てないまま今に来ている。周囲も、それを理解した上で、手が出しにくいのだろう、静観の構えを取っている。

 

 それはありがたくも在り、困ったことではある。手が出せないということは、それだけ島風が誰かが指導や口出しできる練度ではないということだ。

 自覚はある。要するに頭打ちなのだ。一流であり一人前であり、それは自負であり事実である。

 

 一人前であるということは良いことに思える。しかしその実、それは“伸びしろがない”ということと同意であるのだ。

 

 伸びしろがないのに行き詰まってしまったのでは、問題は一向に解決しないことは明白で、そもそもその“伸びしろがない”ことがスランプの大体の原因であることは明確なのだ。

 言ってしまえば、ままならない。“どうしようもないこと”が島風を襲いすぎる。

 

 ままならない感情は、島風を負の連鎖に突き落とす。決着をつけようがないのだ己のこころと。何せこころを正す術を島風は失っているのだから。

 

 ならばどうすれば良い。答えは簡単だ外部に正解を求めればいい。しかし、外部は島風を救えない。木曾ですら、満ですらそれは同じ。根本的に言ってダメなのだ。島風は孤独である。前に進むにしても停滞するにしても、彼女はそれを孤独なまま為してきた。今更、誰かを頼る術など身につくはずもない。

 それで良かったのだ、今までは。島風を助ける力はいくらでもあった。だが、今はない。今は彼女を助ける答えが何処にもないのである。

 

 行き着いてしまえば、後は転がり落ちるだけ。それは嫌が王にも理解した。理解せねばならず、理解したまま動けずにいる。それがこのざまだ。落ちて、転げて、ずり“堕ちて”。

 一体何処へ行くというのか。もはや島風には、前にも後ろにも道はないというのに。

 

 

『――島風』

 

 無線機越しに、満の声が響いた。彼にとって島風とはどんな存在だろう。彼は島風を救わない。それは信頼かはたまた無力か。

 

『こちらは準備完了だ、いつでも出れるぞ島風』

 

 木曾の声もする。彼女との間にあった不和はほぐれた。島風が彼女へ対する思いを向けて、またその逆もあった。しかしそれらは同一であるように思えて全く違った。すれ違いの末、両者はそれを正した。

 救われたのは、きっと木曾の方だ。木曾は島風へ放った言葉を悔やんでいた。島風が気にもかけていなかった言葉を引きずっていた。

 思い返せば、それは気にかけて当然の言葉ではあったが。

 

「……そうだね、出よう」

 

『――何か考え事をしていたのか?』

 

 見透かされたような気分だった。実際、見透かされていた。木曾の心配症な、どこか疑り深いような声を受けて、島風は愛想笑いを浮かべようとしてやめた。

 意味が無いことくらい、自分がいちばん解っているのだ。

 

「…………うん」

 

『今更俺が何かを言うことでもないが、島風。――お前は思ったよりも大したことがないらしいぞ?』

 

「……なにそれ」

 

 よくわからない物言いだ。ただ、どこか引っかかる。何か忘れてしまっているような、何か、見落としているかのような。

 

「でも、ありがと」

 

 例は言う。

 わけは解らずとも、それだけは言えた。

 

 

「何か、見つけられる気がする」

 

 

 足が止まってしまったというのなら、道が前にも後ろにもないというのなら、きっとその原因がどこかにあるはずだ。

 島風はそれを理解した。理解して、よくわからないまま木曾へそう言った。

 

『――できれば、こんな大事なときに見つけに行かなくてもいいとは思うが、行って来い島風。お前のいう何かとやらを、見つけてくるんだ』

 

 満の呆れと気負いの混じった言葉は、命令として島風の耳にすんなり入ってきた。満もまた、彼なりに島風を後押ししている。変わるには、きっと自分自身が必要だ。

 

 見落としてしまったはずの何か。未だ見つからない、薄膜の何か。

 

 本来、自分がそれを有していたのか、はたまたこれから手に入れるのかさえ解らない。それでも――きっと、悪いものではないはずだ。

 

「島風、出撃します――!」

 

 思いはまだ言葉には乗らない。それでも、前に進むしか無い。

 

 

 島風の、大事な何かを賭けた戦いが、始まろうとしていた――


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