艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『16 爆撃』

 加賀の編隊が、龍驤の攻撃隊を伴って空を飛び立った。五十オーバーの、それこそ軽空母とは桁違いにもほどがある艦載数を誇る正規空母は、それ一つで空を支配するほどの猛者だ。

 敵に正規空母が存在しない限り、戦闘はほぼ一方的といって構わない。

 

 ――此度の戦闘。向かうは北方海域の深部、アルフォンシーノ。この戦闘最大の要点は、南雲機動部隊が攻略を行うという点だ。

 理由は二つ。まず対北方海域の主力艦隊である榛名旗艦の北警備府艦隊を温存するため。これ自体はあくまで対外的な理由で、本来の理由ではない。そういった側面もある、というだけだ。

 そしてもう一つ。これが本作戦を南雲機動部隊のみで行う理由。ようは加賀との連携を確かめるためだ。

 

 今回の戦闘はさして大掛かりなものではない。あくまで敵艦隊を撃滅するための強襲偵察。アルフォンシーノ及び北方海域を奪還するための前哨戦だ。

 目的は無印偵察によって判明した敵泊地の存在、及び場所を確定させること。そしてその泊地を守る敵前衛艦隊に風穴を開けることだ。

 

 その緒戦。相対したのは艦隊の前衛を担当する水上打撃部隊。軽巡ヘ級フラグシップを旗艦とし、重巡リ級エリートを含む高速艦隊だ。

 残る編成はト級エリート一隻、雷巡チ級エリート一隻。そして駆逐ロ級エリート二隻だ。

 

 かくして加賀の先制爆撃から始まる戦闘は、そのまま加賀の空爆によって彩られる。 風を切る艦載機が、そのまま身を翻し敵の対空攻撃を避けて行く。空に白のスイングが生まれた。空を切り裂き、下方から振り上げるように――

 

 狙い定めるは空からの魚雷。浮遊を伴って投下されたそれは、リ級エリート、ロ級エリートをそれぞれ狙った。

 回頭。――リ級エリートはその練度故か、即座に雷跡に気が付きそれを始める。しかしロ級は遅れた。魚雷の一撃をモロに受け、そのまま海の藻屑と消えてゆく。

 

 リ級エリートは直撃を避けた。回避した艦首へかすめるように着弾。漏れだすように水が着弾箇所から溢れだした。

 

 そうしてそれが第一撃であることに気がつくこともなく――リ級は北上の先制雷撃を受け、海へと再び、帰して行く。

 

「全砲門! ファイア! 加賀の後を追いかけるネ!」

 

 声を荒げる金剛。歴戦の戦艦が、後輩の空母に遅れをってなるものか。一つ、続けて二つ。必然的に放たれたそれは、立て続けに軽巡ト級周辺へと迫る。やがて距離を至近にまで近づけたそれは、夾叉を挟まずト級に直撃した。

 

「“喰わせて”貰うわ」

 

 ――愛宕がその後に続いた。放火の苛烈は戦艦には及ばずとも、その一撃はとにかく的確。一瞬にしてヘ級フラグシップは至近弾を喰らい、続く一撃を諸に食らった。

 それでも大破ではあったが、北上がキッチリ沈めて残るはチ級一隻とロ級一隻。

 

「行っきますよー!」

 

 龍驤の爆撃が何処かへ逸れ、そこからさらに島風の砲撃。狙うはロ級。二隻のウチ片割れの駆逐艦。

 

 幾つかの砲弾が島風を狙う。しかしそれが島風に届きうるはずもなく、変え姿なにあえなく轟沈。敵はここまで何一つ戦果を残せてはいない。

 ――どころか敵をかすめてすらいないのだ。もしも次の機会があれば、それも覆るのかも知れないが。

 

 だがしかし、最後に控えるは南雲機動部隊に新たに着任した正規空母。もはや“次”の機会は無いのである。

 

 空を飛び立った艦載機『流星』と『彗星』。もはや敵を狙うに遮るものはない。火砲を切り裂き、空には浮かぶ艦載機もない。ただただ直線的な飛行。音がひこうき雲のように追いすがり――

 

 チ級は、音を立てて爆発四散。海の底へと向かい墜つ。

 

 

 ♪

 

 

 その後、渦潮に襲われる災難に見舞われたものの、電探を装備した愛宕、金剛の存在も在ってか損害は軽微、そのまま直進することとなる。

 

 その間艦隊は必要なこと――渦潮の報告などだ――を除けば、おおよそ無言で行動を取っていた。特に話をする必要が無かったことはそうではあるが、それ以上に、加賀を除く艦娘全員が、どこか感触を確かめるように一人心地であったのだ。

 先の戦闘、圧勝と言って良いそれは、加賀の先制爆撃が必須であった。そして最後に残った一隻を沈めたのは加賀である、その時、南雲機動部隊の艦娘は異様なほどの安心感を抱いていたのである。

 

 問題ない、これで戦闘は自分たちの勝利だと、だれもが確信していた。それは加賀への信頼以上に、南雲機動部隊が本来あるべき姿をようやく取り戻したから、というのが大きいのだろう。

 島風を始め、正規空母に預ける信頼は誰もが重い。金剛も、愛宕も北上も、龍驤も。

 

 

「――報告。敵艦隊を発見したわ。先制して叩きます。許可を」

 

 

 加賀はなんというふうでも無く言った。

 電探も影響しない遠方の敵艦隊を発見した。その編成すらも彼女の偵察機は誰もへ告げる。

 空母ヲ級フラグシップを旗艦に、エリートヲ級とヌ級エリートを中心とした空母機動部隊。ル級エリートに軽巡ト級エリートとニ級エリートが一隻ずつ。

 

『あぁ、完膚なきまでに叩き潰せ、加賀。――島風』

 

「了解! これより戦闘海域に入ります。総員戦闘準備! よーそろ!」

 

 単縦陣で艦列を組んだ島風達。加賀はその後方で、矢筒から艦載機を取り出す。鏃が変じたそれを和弓に構え引き絞り、瞳の向ける先へと羽ばたかせる。

 

 一瞬、滑空するように海へと飛び出した艦載機のプロペラが即座に回転を始め跡を残して一枚刃に変わる。

 速度を載せた艦載機が発艦し海へと駆け出し空へその身を溶かし行く。

 

 開戦の合図。誰の言葉もなく、加賀のその艦載機で持って、発せられた。

 

 

 ♪

 

 

 さしもの加賀と言えど、正規空母二隻を要する敵艦隊に、制空権を確保するということは難しい。しかし、それで制空権を奪われるかといえば、そんなことも全くない。

 艦載機の配分を握る、通常の艦娘以上に重要な追加スロット。そのうち最大の艦載数を誇るスロットに制空権に関わる艦戦『紫電改二』を搭載。残りのスロットに『彗星』、『流星』、『彩雲』を積んでいる。

 その采配を見れば分かる通り、加賀はそもそも制空権を確保するつもりはない。

 

 これは最大艦載数を持つスロットに『彗星』を配し、残りのスロットに『15.5cm副砲』を追加している龍驤も同様。

 現状、敵味方の装甲が厚いため、一撃の火力が分散しがちな開幕爆撃はさほど重視せず、個々を狙う戦闘中の爆撃に重点を置くことの方が懸命だ。

 

 だからこそその一点に集中した加賀と龍驤の一撃は重い。徹底的な破壊を伴う絶大的な練度がその武器だ。

 

 ――艦載機が空をかける。加賀の艦戦『紫電改二』。その後方には敵方の艦戦。取ったと意思はなくとも考えただろう。戦果のチャンス、後は当てれば、後は墜とせばそれでよい。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 加賀の艦載機は消失した。敵の艦戦の目前から、いつの間にか姿を消した。消えたのではない、翻ったのだ。後方に敵艦載機の存在を悟った加賀の『紫電改二』。それは必然。加賀の艦載機にはそれほどの練度があった。

 一瞬にして両者の優劣が入れ替わる。後方への宙返り一回転、後方から狙うは加賀艦載機、狙われるは敵艦載機。

 

 やがて、敵の艦戦から火の手が上がる。加賀の艦載機から機銃が見舞われたのだ。

 

 直後、その艦載機の元へ朱の一閃が殺到する。機銃だ。敵艦戦が狙いを定めたのだろう。必殺の勢いで持って加賀の艦載機に襲いかかった。

 だが『紫電改二』は冷静だ。一瞬にしてその場を滑空離脱、高速で敵艦戦を振り切りにかかる。――両者の高低差がこれを助けた。下方から狙う敵艦載機は、降下し速度を稼ぐ『紫電改二』に追いつけない。

 

 あっという間に、戦場から加賀の艦載機は消え失せていた。

 

 堕ちてゆく艦載機がないではない。けれども、墜とす艦載機の数がそれを圧倒するのである。状況は加賀達に傾く。空は、加賀とそれに連なる者たちの所有物であるのだ。

 

 

 ――空がそうであるように、海もまた、艦娘達の側に傾こうとしていた。

 

 すでにト級とニ級。随伴の二隻は海へと消えていた。

 空が未だに敵艦載機を殲滅しきれていないため、黒――敵の艦載機の象徴色だ――によって染切られている。それでも海は、もはや戦艦一隻での弾幕では、押し切られてしまうほどに傾いていた。

 

 対空防御は必要だ。現在も、『10cm高角連装砲』有する島風と北上がそれを空に向け撃ち放っている。

 

 空を舞う艦爆艦攻。だが、それに向けられた対空火砲も一つではない。海を駆け抜け、飛び上がり、艦載機を食い散らかそうとする

 

「まだまだ! 落とせるだけ落とす! 付いてきてよ雷巡!」

 

「駆逐が吠えるんじゃないよぉ」

 

 叩き込まれる敵の爆撃。自身の近く、真正面に爆撃が襲った。島風は思わず身体を屈め、返すように続く砲撃の装填を待つ。

 

「ファイアァ!」

 

 つんざく激音をかき鳴らし、空へ向け破壊を奏でる対空砲。艦載機は狂ったようにその場で踊った。火を上げて、何もない黒の海へと沈み消え果てる。

 

「濡れたじゃない!」

 

「いや、さすがに遅いと思うけど」

 

 思いの外冷静な北上のツッコミが飛んだ。ふんすと鼻息を荒らげる島風は、構わず主砲を勢い紛れにばらまいていく。

 

 愛宕と金剛。戦艦ル級エリートを二隻がかりで抑えこんでいる。正確には“封殺している”。敵戦艦ル級は二隻の一撃を一人で回避、往なし続け泣けばならないのである。もはや戦艦は、満足に弾幕をばらまくこともできないでいた。

 頼みは空母三隻の爆撃であった。――だが、愛宕にも金剛にすらも届かない。届かせなかった。加賀が、敵空母の進撃を引き止めていた。

 

 もはやル級は金剛と愛宕を捌ききれずにいた。至近弾がひたすらに周囲を襲う、夾叉弾が生まれた。ル級はもはや進退も極まる。――回避に可能も不可能もなかった。回避を思考した瞬間、ル級は金剛の砲弾をその身に受けていた。

 

 戦艦はぐらりとその身体をかしげた。もはや垂直な運動すら不可能な状況。それでも、砲撃の手を止めることはなかった。元より彼女は空母を護衛するための艦艇だ。

 彼女の後方に空母がある。装甲で言えば、戦艦などの比ではない。

 

「その意義やよし、かしら」

 

「否定はしないデース。そうしなければならないのは、ファイアウォッチングよりも明らかネ!」

 

 だが、落とす。金剛も愛宕も、その意思を明らかに砲撃の手を緩めない。

 ――かしげた戦艦の砲塔から放たれた、それでも愛宕に“届いた”一撃が頬をかすめるように海を這い、掻き消える。

 

 後方に噴流を始める。かき鳴らされた風の荒れ場は、愛宕の髪を何度も撫で上げ、彼女の服を前方にはためかせた。

 

「でも――これでおしまい!」

 

 戦艦ル級に回避を行う余裕はなかった。数ノットも出せないのではないかという状況で、置物と化した固定砲台は、しかし愛宕、金剛を捉えること無く――沈み、消え散った。

 

 そうして、もはや残るは空母三隻。護衛もなく、敵艦隊への砲撃も、対空火砲と加賀の艦戦に少しずつ削り落とされてゆく。

 もはや、敵に対する打撃力は消失していた。

 

 龍驤の爆撃が、空母ヲ級の頭部、甲板を模した射出器官へ直撃する。怪物じみたそれは禿げ上がり、もはや原型を伴っているはずもなかった。

 

「よぅし!」

 

「やりました。――私が第三次攻撃隊を発艦させた後、艦爆を収容して下さい。これ以上の攻撃は過剰です」

 

「せやね、了解ですー!」

 

 加賀にふと声をかけられて、少しだけ声を上ずらせながらも龍驤は答えた。正規空母にこうして戦闘中、声をかけられるのは果たしていつ以来になるだろう。感情が、少しだけ複雑に向くのを感じた。

 

 そんな龍驤とは裏腹に、空を占拠していた加賀の艦載機は、置き土産のように爆雷を投射しながらとんぼ返りする。数列の編隊は一糸乱れぬ隊列となり、それそのものが芸術といえる域にまで昇華していた。

 加賀の収容が終了すると同時、新たな艦載機が空に飛び出す。連続し速射する姿は淀みなく、歪みない。

 

 ――後には、帰り際の一撃を受け轟沈に至るヌ級空母と第三次攻撃隊の爆撃を受ける無傷のヲ級であった。

 

「……ふぅ、お疲れさんやね」

 

 帰還した艦載機を全て飛行甲板で受け止めて、一足先に戦闘を終了した龍驤は、嘆息気味に一つこぼした。

 それから空を見て、一色に染まった緑の視界に思わず息を呑んだのである。

 

「――うっそ、これさっきとは全然別の隊やよね。ぱないわ、ウチとはそもそも領域が違う」

 

 ――加賀はここ十数年で建造された日本の正規空母全六隻の内、もっとも艦載数が高い。艦載数は空母の性能を決めるもっとも重要な要素と言っても良い。

 ある種それは、彼女が日本最強の空母である、という意味を有していた。

 

 

 正規空母加賀、彼女が敵を殲滅するにも、少しの時間はかからなかった。圧倒。圧迫。圧殺。全てにおいて決定的であった加賀の全力。

 再建された南雲機動部隊に、もはや穴といえるものはない。進撃を続ける島風達。強襲偵察も、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。


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