艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『18 邂逅』

 北の海からこちら変わって西の海域。作戦内容も強行偵察から本格的な敵の撃滅へと大きく入れ替わる。メンバーは変わらず新生南雲機動部隊。北に西にとめまぐるしいほどではあるが、今後の北方海域決戦を考えた場合、実戦での練度向上は必須だ。

 

 というのも北方海域決戦の特殊な作戦内容に、その真意があるわけだが、それが明かされるのはまだ少し先の話。

 

 さて、現在南雲機動部隊は洋上にあった。すでにリランカ島への攻撃を目的とした作戦は決行されていた。

 今回の目的はリランカ島周辺を母港とする敵艦隊を直接叩くこと。東方艦隊主力一群。二翼による万全の構えを誇る東方艦隊であったが、すでにその一翼はカレー洋での戦闘で撃滅、このリランカ島艦隊を残すのみとなっていた。

 

 ここを破ればあとに残るはカスガダマ、東方艦隊中枢戦力である。現在、決死の偵察により、その主力は今までにない大型空母、通称“装甲空母鬼”であるとされ、満達の心胆を震わせるものであった。

 だからこそ、ここでの敗北は絶対に許されない。どのような形であれ勝利を得る必要が南雲機動部隊にはあった。

 

 かくして展開された敵艦隊に風穴を明け進撃を始める島風達。すでに潜水艦隊二つを撃破した彼女たちは、敵主力の目前にまで差し掛かっていた――

 

 

 ♪

 

 

 戦闘開始前、洋上にて思いを馳せる者がいた。北上である。彼女はこの戦闘から少し前、ある転機を自身にもたらしていた。

 というのもこれまで会いに行く機会のなかったかつての親友、もう一人の重雷装艦であった少女に、久方ぶりの再開を果たしたのである。

 

 目的は、現在の友人である愛宕を、彼女と引き合わせるため。本来であれば南西諸島攻略直後にそれを予定していたのであるが、思わぬ事態に鎮守府全体が慌ただしくなり時間が取れずじまいであったのだ。

 その後も、なかなか丁度いい機会がなく、結局ズレにズレこんで、この時期まで音沙汰を失くしてしまっていたのだ。

 

 とはいえ、ようやく踏ん切りがついたこともあって、北上は愛宕を伴ってかつての戦友に会いに行くことにした。――具体的なきっかけはそう、南雲機動部隊が新生したために、ようやく意思が固まったのだ。

 

 数年ぶりに邂逅した件の少女は、一回り大きくなっていた。成長していた――心身共に、北上とは少なくとも手のひらが空を切る程度の身長差が生まれていた。

 そしてその雰囲気も、どこか大人びたものへと変わり、少女は女性へと変貌を遂げていた。元より大人びた雰囲気を有してはいたものの、数年の差は、様変わりと呼ぶには十分なほどであった。

 

 それでも、彼女の本質が変わったわけではなく、再開した彼女はかつてと同じように北上に接してくれた。それは北上も同様だ。再開する数分前まで昔のように振る舞えるかと肝を冷やしていたというのに、飛び出してきた言葉は、思うほど以上にいつものとおりであったのだ。

 

 北上も、そして戦友であった少女も変わった。彼女は一回り大人になっていたものの、それは北上とて同様なのだ。むしろ、戦場という命のやり取りをするシビアな場所を行く北上の方が、顔つきは大人びていると彼女は言った。

 けれども――精悍な顔つきとなった北上。優しげな笑みを帯びた彼女。その違いは、両者が歩いてきた人生の、その大きな違いを物語っていた。

 

 ――結局のところ、思いを馳せる北上の胸の底には、そんな実感が渦巻いていたのだ。

 

 生き様の違いは、それだけで誰かと自分の間に大きな差というものを生じさせる。意思の衝突しあう者同士は、それが明白に浮かび上がるのだけれども、逆に、寄り添うように人生を歩んできた親友同士は、その“差”というものが実感しにくい。

 北上にという少女は、人間としてはそれなり以上に図太い少女だ。そしてそれ以上に聡い少女だ。――数年来の親友と、数年ぶりの再開をして、多くのことを彼女は悟った。そうして感じた最も大きなことは、自分自身と親友の差。

 

 人と邂逅ということは、それだけ何かに気がつくということだ。北上にとって今回それは、彼女と北上の“数年の違い”であり、そして――自分自身へのわだかまりであった。

 

 北上と彼女の再開には、愛宕も付き添う形になった。むしろ、本来はそれが目的であったのだ。――そして、実際にはそれそのものが本筋であったことは間違いない。

 それでも北上が、その邂逅で最も多く突きつけられたのは違いと自分自身のこと。

 

 それを証明するように、北上の意識にもっとも象徴的に留められていたのは、親友が愛宕に向けたある言葉。

 

 

『――“北上”さんは、まだ“終わって”いませんから。絶対に目を離さないで下さいね?』

 

 

「――さん?」

 

 その意味するところは、解らないではない。だからこそ北上は自身の未だ終わらない“かつて”に気がついたのだ。だからこそ、北上は複雑な思いをさらに重ねるようにからませているのだ。さながら、雁字搦めにされるかのように。

 

「北上さん?」

 

 それは――自身の名を呼ぶ声。懐かしいものではない、聞き慣れたもの。即座に北上は意識を浮上させた。

 

「あぁ……愛宕っち。ごめん、何?」

 

「報告、敵艦隊見ユ。ですって」

 

「編成は?」

 

「全然聞いてなかったのね? もう」

 

 ――戦闘開始の時刻は刻一刻と迫っている。北上も、そこまで言われて、いよいよ準備を急ぐのであった。

 敵編成。フラグシップヲ級を旗艦とし、エリートヌ級二隻。軽巡ヘ級と、駆逐ハ級それぞれエリート。そして――

 

「ソナーに反応。……潜水艦、かぁ」

 

「提督曰く、無視しろですって」

 

「そうはいってもねぇ、ま、私の本命は魚雷だから、砲撃戦の間は潜水艦警戒すればいいんだよね?」

 

「まぁ細部は裁量に任せるとは言われたわ。考えるに、最善は北上さんが潜水艦に気をつけて、島風ちゃんがそのサポート。他は敵艦隊の撃滅、じゃないかな?」

 

 だよねぇ――そう肯定し、北上は愛宕との会話を打ち切った。同時に、先ほどから続けていた親友、元重雷装艦“大井”の事から意識を逸し、戦闘へと集中する。

 

「じゃあ――」

 

 片舷二十門。全てを薙ぎ払って余りある超雷装火力を誇る北上の魚雷が、今にも発射せんとばかりに、戦闘開始を待ちわびていた。

 

「やっちゃいましょうか……!」

 

 

 ♪

 

 

 飛び去っていった艦載機を見送って、北上もまた特殊潜航艇、通称『甲標的』を発艦させる。狙いは敵空母、ヌ級エリート。

 敵空母機動部隊はその主戦力全てが空母である。よって、その一つを最低でも中破に追い込むことが、北上の仕事であった。

 

 甲標的、かつても握った己の相棒とも呼べる兵器は、かつて以上にしっくりと手中に収まっていた。それは、前進とも言えるし、前進であるからこそ、かつてのことが浮き彫りになるとも言える。

 

 思い返してみても、理解してみても不可思議なものだ。“過去”とは――こんなにも、自分自身にこびりつくものであったか?

 

 まったくもって、厄介なものだ。――ままならないものだ。過去というのは、人生というものは……!

 

「いや、そこまで行くとちょっと哲学的すぎるかな?」

 

「なぁに?」

 

「なんでもなぁい!」

 

 愛宕の問いかけに誤魔化すように返して――そんなこと、彼女にはきっと意味は無いのだろうけれど――北上は愛想笑いで表情を向ける。

 即座にそれを無表情な、どこか遠くを見るようなものへ変えて、甲標的からの報告、及び目視での確認を待つ。

 

 その瞬きの後、ヌ級の底からけたたましい音が衝撃を伴って現れる。直撃だ。特にそれへ意識を向けることもなく、

 

「砲雷撃戦、ヨーイ!」

 

 金剛の開幕宣言でもって、砲弾のやり取りが始まる。すかさず北上に、敵艦隊の砲撃が迫った。そのほとんどは乱れるように周囲へばらまかれたものであり、北上だけではない、愛宕に後方の龍驤と加賀にまで矛先を向けているようであった。

 ――ただし、そもそも軽巡程度の火力では装甲を抜けない金剛と、その奥に陣取り狙いがつけられない島風は別だ。

 

 そのうちの一つが、まぐれあたりのように北上を襲った。それでも、さして苦労もなく北上は回避する。――次弾はない。あたるとすら思っていなかったのだろう。すでに砲塔は別の艦娘へと向けられていた。

 

 彼女等は、空母からの艦載機を機銃と高角連装砲でやり過ごしながら、本体である空母そのものを叩こうとしている。

 島風が潜水艦探しに躍起になっていることもあってか、その攻勢は苛烈ではないものの、艦載機からの爆撃を絡めた二重攻撃を受ける敵空母は、進退窮まる様子であった。

 

 北上はソナーに意識を傾ける。潜水艦の反応はない。北上のソナーはさして高性能というわけでもないが、余程のことがなければ魚雷の射程に入った潜水艦を見逃すはずもない。

 おそらくは、どこか遠くに潜んでいる。目的は――? この混戦で潜水艦が暴れ回らない理由はない。何せ島風達は単縦陣を組んでいるのだ。対潜警戒など、ほとんど無いと言っても過言ではない。

 

 それでも潜水艦が接近してこないということは、対潜警戒にあたっている北上を警戒しているか、または別の目的が存在するか。

 ――後者であろうと当たりをつける。敵にそもそも特別誰かを警戒するという選択肢があるわけがない。前者であれば北上でなくとも警戒はするはずで、そういう状況はたいていの場合、艦隊そのものが潜水艦を獲物としてみている。

 

 となれば、何が敵潜水艦の狙いであるか。

 

「……狙撃、かな?」

 

 声に出して合点が行った。即座に周囲の海に意識を向ける。大量の砲弾で、上空に向きがちな意識、そこを突くのであれば、単純な手ではあるが有効だ。――そして深海棲艦の戦法は、得てしてそういう単純なものが多い――!

 

「愛宕っち!」

 

 即座にそばにいる友人にして戦友。重巡愛宕へ喚呼する。

 

「雷跡に気をつけて! 狙いはでたらめだろうけど、万が一って事がある!」

 

「……そういうこと。了解! 金剛さん達に伝えて!」

 

「よーそろ!」

 

 瞬時に北上の意図を理解するのは、やはり愛宕の才能とでも言うべきか。彼女は、どういうわけか奇想天外な思考が得意だ。そして、言葉少なな会話の中から、人の真理を読み取ることも。

 北上と、それはある意味とても似ていた。だが、決定的に少し違った。

 

 愛宕は百戦錬磨の軍師であり――北上は熟練の兵士であったのだ。

 

「――というわけだから、警戒よろしく!」

 

「おーう、島風には伝えマスが、私の警戒はできれば北上がプリーズデース!」

 

 金剛からは、ある種警護と呼ぶべき依頼がなされた。信頼である。金剛が北上に命を預けるとすら言っているのだ。

 

 一つ大袈裟なほどに大仰に頷いて、北上は意識をソナーと海面へと集中させた。

 

 

 そこからは、戦闘はほぼ一方的に進んでいった。軽巡と駆逐は愛宕、及び龍驤によって沈められ、軽空母ヌ級も加賀によって轟沈した。

 更には旗艦、フラグシップヲ級も中破、戦闘はほぼ大勢を決していた。

 

 しかし、その間にも、北上の読み通り、デタラメな方向とはいえ、潜水艦の魚雷は周囲を行き交っていた。

 それらは北上から愛宕、そして各艦へ伝わり南雲機動部隊に必要以上の警戒が生まれた。そしてその警戒は、決して無駄になることはなく――

 

 

「雷跡! 金剛に直撃するコースだよ!」

 

 

 北上の声が、いよいよ持って多少の焦りとともに金剛へ向けられた。まさしく危機一髪。一瞬でも発見が遅れていれば、金剛はその魚雷を受け、無視できない程度の損害を受けていただろう。

 戦闘には支障をきたすことはなくとも、万が一それが原因で金剛を喪失することとなれば、北上は一生後悔することになっていたはずだ。

 

 だが、そうはならなかった。

 

「――回頭!」

 

 報告を受けてからの金剛は迅速であった。高速戦艦としての特性を大いに利用し、即座にその魚雷を回避、やがて何処へともなく消えてゆく雷跡を見送った。

 

『よし、島風! 金剛を誘導しろ、このまま戦闘海域を離脱するんだ』

 

「よーそろぉ!」

 

 島風が満の指示に則り戦闘を終了させ、空母ヲ級への魚雷を置き土産にその場を離脱し始める。金剛を始め、北上達もその後にしたがった。もはやこの海域にいる意味はない。

 

 

 結局。四隻の敵艦を轟沈、敵旗艦空母ヲ級フラグシップを中破に追い込み、この戦闘は完全ではないものの、島風たちの勝利となった。

 

 

 ♪

 

 

 ――世の中は、面白いくらい“つながり”合っているのだと、北上はそう感じる時がある。それは誰もが持つ当たり前の感覚であり、たまたま、“今”が北上にとってそうであったというだけの話。

 

 まさか、誰かがぽつりとそう言った。

 

 北上であった。口元から、漏れること無く、噛み殺すようにぽつりと小さく、呟いたのだ。

 

 ――まさか、自分が過去のトラウマについて考えている時に、このような敵と遭遇することになるとは。

 

「提督は――これが始めてでしたっけ?」

 

 島風が、あえてと言った様子で軽口を叩く。自身を奮い立たせるという意味もあるだろう、しかしその多くは艦隊全て、更には無線の向こうの提督へ、気を使ってのものだった。

 

『……話には、聞いていたけどね』

 

 満は、どこか緊張した様子で答えた。

 彼はこの場にいるわけではない。しかし、まるでこの場にいるのと同様の緊張感を有しているかのようであった。

 

「日本海軍のトラウマ――ミッドウェイの悪魔」

 

 多くの呼び名で“それ”は呼ばれていた。

 

 その様相は、まさしく“悪魔”とすら言える。一見容姿端麗な少女のようでいて、しかし青白い肌は人間味を一切消失している。バケモノ、それではぬるい。“悪魔”の化身がそこに鎮座している。

 たなびくように、“彼女”の服の袖が風に揺れはためいた。その後を追うように黄色の光が瞳から漏れだし、溢れだし、流れる。

 

 

 戦艦タ級――――フラグシップ。

 

 

 かつて、東の海にその存在を形成し、マリア沖、レイ沖。――多くの大海戦で日本海軍を苦しめた、現行最強の敵戦艦。

 

 東方主力艦隊。

 フラグシップタ級を旗艦とし、僚艦には同じくタ級フラグシップ。そして重巡リ級エリート。軽巡ホ級フラグシップ。駆逐ハ級エリート二隻の水上打撃部隊。

 

 超弩級の艦隊が、舌なめずりをして南雲機動部隊を待ちかねていた――


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