艦隊これくしょん -南雲機動部隊の凱旋-   作:暁刀魚

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『08 無能』

 端的に言ってしまえば、現在の状況は簡単だ。軽巡三隻に対して敵は二隻。さほど苦になる相手ではない。あくまで問題は敵の数だ。もしも島風側が一隻中破し、三対五のような数的不利に陥れば最悪だ。

 

 そこで島風の取った作戦は、高い回避能力を持つ島風が、この数的不利をごまかすというものだった。ようは囮だ。敵の軽巡二隻を島風が引きつけ残る三隻の駆逐を軽巡が一騎打ちで叩き潰す。

 ここで気をつけるべきは軽巡がきっちり敵駆逐艦を落としきることだ。駆逐艦イ級は脆弱とはいえ軽巡はそこまで艦種的に駆逐艦へのアドバンテージは持てない。性能差こそあれ、技能差は誤魔化せないのだ。

 

 そんな作戦を通信で島風から聞いた満は、ふむと一つ嘆息して腕組みをする。

 島風が囮をするということは問題無いだろう。島風は旗艦でしかも鉄壁とすらいえる回避力を持つ。どんな装甲よりも、当たらないという回避力こそが、最高の防御というわけだ。

 つまり、そこは何ら異論はない。次点の作戦は敵艦隊を二と三に分断し、三を相手に軽巡達が持ちこたえている間、島風含む他軽巡が二を殲滅。というものだが、これはうまく軽巡二隻を分断できるかが不明瞭なため却下となった。

 

 また赤城も、島風と組ませるのに相性の良い艦がいない、とこの案に賛成することはなかった。満としては北上と組ませれば良いと思うが、どうもそうは行かないらしい。

 

 そういうこともあってか、この作戦に否はない。とはいえ――

 

「敵戦力は鎮守府正面の時と左程変わらないな。あまり違いがわからないけど、……思うにアレはイレギュラーだったの?」

 

「本来では想定されていない戦力ではありますね。ですが前例がないでもありませんし、特に気にする必要はないでしょう」

 

 事実、これ以降鎮守府正面に出現する敵艦は通常通りのものとなった。単なる誤差の一つ、データではないのだ、起こりうる事態ということだろう。考えられる最大戦力には変わりない。

 ともかく、本命はこの戦闘。一度目の主力艦隊での戦闘は無傷での勝利とあいなった。しかし今回もそうであるとはいえないのが戦闘というものだ。

 

「しかしこれは、第六駆逐隊から二隻は連れて行くべきだったかな。そうすれば十全な余裕を確保できただろうにさ」

 

「それが慢心を呼ぶこともあります。とはいえ、今よりも余裕があったのはたしかでしょうね」

 

 ――戦力的には、火力面においてほぼ駆逐艦の上位互換と言える艦種が三隻も揃っている。性能が控えめな天龍型が二隻とはいえ、十分な戦力であることには違いない。

 しかし、それが不必要な余裕を生むこともあるのだ。

 

 満が危惧する点もそこにある。

 

「余裕は侮りを生む。その侮りがあってもなお十全な戦力があればいいけれども、そうでないのなら少しマズイね」

 

「駆逐艦に沈められる軽巡というのは、さほど珍しくはないですね。とはいえ、この場合それが実際にならなければいいのだけど」

 

 多少の優位は侮り以上に油断を生む。それがなければ勝てるような戦いでも、だからこそ生んだ油断が枷となるのだ。

 

「まぁ何にせよ、僕には彼女たちに提言できることはなにもない。知識は赤城の役割とはいえ、情けなさは感じるね」

 

 嘆息。不甲斐ないと思うのは、敗北の油断を招く恐れのある艦娘達ではない。油断など当然のことだ。特にこの世界では無限に湧き続ける敵艦を打破していく必要がある以上、油断、つまりは“慢心できるほどの余裕”がなければそれこそ、人類は敗北を待つしか無いのである。

 

「知識は得ることができます。提督は優秀な人ですし、これからもその優秀さを発揮し続ければ、英雄とも呼ばれると思いますよ」

 

「張子の虎、かはたまた革命の指揮者か……どちらにせよ、それが無能の愚物でないことを祈るよ」

 

 何もできないのも、いいように権力者に扱われるのもまったくもってゴメンだ。しかし、今の無知な満にできることは、艦娘達を信じて帰投を待つだけだ。

 だからこそ、待っているだけの自分が誰かの足を引っ張るような無能になることだけは避け無くてはならない。

 

「今の僕は信じるだけだ。誰かを信じることのできる人間は、きっと無能ではないとおもうからね」

 

 沈黙、赤城は答えなかった。

 果たして彼女にとっての無能とは、必要のない存在とは一体何なのか、それがわからない以上満はそんな赤城の顔を、横から眺める他にない。

 

 ただ信じ、島風達の帰りを待つのと同じように――

 

 

 ♪

 

 

 接近するのは北上だ。駆逐艦イ級に対し、至近距離からの直撃を狙おうというのだ。弾は無限ではないし、外すつもりもない。とはいえ命中の精度も平凡であるところの北上は、一撃で沈めるために至近距離からのクリティカルという手段を選んだ。

 しかし敵艦も全くの無能というわけではない。接近する北上に対し、必殺の状況から主砲を放とうとしている。

 

 回避する必要はあるが、絶対ではない。耐え切ることは可能だろうし、それを耐えて接近してしまえば、あとは間近で主砲を叩きつけるだけだ。

 しかし、痛いのは嫌だ。だから避ける。艦娘は敵深海棲艦から打撃を受けて服が焦げ付くことはあるものの傷害はない。しかし、衝撃として体に残る痛みはあるのだ。

 

 故に避ける。だれだってそうするし、特に北上は痛いのが苦手だから、そうする。

 

 問題はどこに避けるか。屈んでも意味はないだろう、放物線を描いて飛んでくる砲弾を体を縮こませて避けようというのなら、正確な読みが必要になる。

 少し前の戦闘で島風がしていたように、当たらないことを前提に、被弾箇所を減らして回避する。そんな方法は北上には取れない。

 

「あんな優等生みたいなのはちょっとねー」

 

 自分がひねくれているということくらいわかっている。だから素直な駆逐艦は苦手だし、できることなら一緒に出撃はしたくない。

 けれども、それで仕事に対して手を抜かない程度には北上は真面目で、ひねくれている程度には、彼女の立ち振舞はトリッキーである。

 

「でも、トリックスターみたいなことは、できるよ!」

 

 吹き上がる爆煙。一瞬にして線条を閃かせる砲弾が見てからの回避ではどうしようもないタイミングで放つ。この厄介なところは、若干の距離差が、砲塔の向きを北上に察知させることができないという点だ。

 

 故に北上は発射されるより前に回避行動をとる。行うことは簡単だ。体を一瞬かがめてそして“飛び上がった”のだ。

 

 そう、屈んで回避するのではない。“飛んで”回避するのである。ただの軍艦ではない、人間としての戦闘駆動を本分とする艦娘だからこそ可能な芸当。砲弾は放物線上を描いて襲いかかる上、身をすくめての回避を防ぐため、下段を狙う事が多い。それを利用しての『跳躍回避』。

 

 それを見れば誰もがあぜんとすることだろう。通信は入らないものの、向こうに戦闘の音は聞こえてくる。もしかしたら提督達は察するかもしれない。

 

「できれば、怒られたくはないけどねー」

 

 言葉とともに、砲弾の上を駆け抜けるべく前方へ体をかしげさせる。そうして進む砲撃は――北上の足を掠めた。

 

「うぐぅっ!」

 

 衝撃、痛みではないものの勢いを削ぐようなダメージ。小破と判断するのが正しいだろう。しかし、それでも北上は止まらない。中破でもしない限り、戦闘に支障は生まれない!

 むしろ北上はその一撃を利用した。砲弾をけるかのように勢いを奪い取り、体を回転させたのだ。右手に添えられた『12.7cm連装砲』が、弧を描いて空を舞う。

 

 そして、

 

 それは駆逐艦イ級の真正面に、寸分たがわす据えられた。

 爆発はその直後――イ級をその火元として、音と炎が拡がった。

 

 

 龍田の側を、駆逐艦イ級が駆ける。にらみ合いの状況から、しびれを切らした深海棲艦のほうが動き出したのだ。

 動じない龍田。あくまで冷静にイ級を眺めている。細めた目を少しだけ見開いて、笑みに殺意を込めて敵を睨む。

 

 狙えば回避される位置で、イ級は龍田に向けて砲塔を向ける。

 近づけば逆に撃たれる。いくら動こうと、龍田は動かない。しかしその砲塔が、連装砲の兵器妖精がイ級を狙い続けているのだ。

 

 龍田は動かない。ハナから動く必要がないと踏んでいるのか、はたまた耐えるつもりでいるのか。いざイ級が砲撃を行えば、即座に回避行動をとりイ級に肉薄するのか。

 その真意をはかりかねたイ級が、こうして現在の膠着状態を生んでいるのだ。

 

 ――しかし、その間は時間にして十秒ほど。まったくもって長くはない。けれども、のしかかるようにその沈黙をイ級はモロに浴びた。精神に負担をかけた。イ級は思考する。故に迷い戸惑う。それが感情であるかはともかく、判断を鈍らせた機械のように、旋回を続ける他にないのだ。

 

 そこを、龍田は狙う。

 膠着した状況が油断をまねき、集中力を散漫にさせる。一度崩れてしまえば後は、それは動きまわるという行動のパターン化に現れる。

 龍田は決して時間を駆けて倒そうとしていたわけではない。

 

「さて、と……」

 

 島風が囮を買って出ているという状況は好ましくはないのだ。駆逐艦にいいようにさせる。というのは龍田のプライドに関わる。たとえそれが駆逐艦という種別分けから逸脱したようなトンデモ艦であってもだ。

 だからこそ、助太刀するべく龍田は動いた。

 

 そう、時間をかけるのが龍田の目的ではない。必要最小限の時間で、労せず敵を撃滅することが、龍田本来の狙いであるのだ。

 

 旋回するイ級が通る場所に射線を定める、“イ級を狙う主砲”とは別の砲塔。同じく主砲ではあるが、龍田は『12.7cm連装砲』を二対構えているのだ。

 片方に意識を取られ、もう片方を疎かにするイ級。そこを待っていたとばかりに龍田が狙う。

 

「島風ちゃんも待っているし、天龍ちゃんも心配だわ。だから――沈んで消えて、海に還ってちょうだいね?」

 

 片方の砲門を全弾照射。情け容赦のない一撃は解っていながらも不意を打たれるようにイ級を襲った。為す術もなく、イ級は沈むこととなる。

 

 

 天龍は自身が担当することとなる駆逐艦イ級を追っていた。その感情には多少の憤りがある。駆逐艦である島風に、軽巡を二隻も任せてしまったこと。それに対して――ではなく、あくまでそうせざるを得なかった自分自身に対してだ。

 

 軽巡洋艦、天龍型は特殊な艦艇だ。現行の軽巡艦娘のなかで最もその性能は低いと言っていい。なにせ拡張性がなく、また旧式であるのだ。

 これはもととなる別世界の日本海軍においてそうであった、というだけだが、それが天龍型のコンプレックスとなりかねないことは事実である。

 

 結果として天龍はどうしたか。周囲に自分を強くみせるようにした。挑発めいた行動も、あくまでただの見せかけである。

 本来の天龍とは、誰にも優しく気を使える少女なのだ。ただし、戦闘に対する熱意は素である。

 故に、だろうか。彼女の悪態が誰かに向くことはない。あくまで自身の至らないところを戒めるためのものだ。

 

 駆逐艦にせまる。距離を詰めながら同時に距離をとる。旋回するように近づくのは龍田の、周りを動き回るイ級と同様だ。違うのは、龍田が動かなかったその時と違い、天龍と駆逐艦イ級は双方が思うように動き回っているということだ。

 

 高速艦の艦娘における最大の特徴はその機動性の高さ。水上をさながらスケートでもするかのように駆けまわる姿は妖精と例える事もできるだろう。

 天龍の戦闘スタイルもまさしくそれ。

 島風の用に性能とセンスを掛けあわせた天才的なものではなく、北上のような見るものを唖然とさせるトリックスタイルでもない。ましてや龍田のように敵の心臓を“握りしめる”かのような戦闘もしない。

 

 あくまで、真っ向からの正面対決。

 戦うことは好きだ。しかし自分の性能は戦艦や重巡はおろか、後継である球磨型をハジメとした他の軽巡洋艦にすら届かない。

 それでも、小細工を弄するような戦い方を、身につけてきたことは一度もない。何にせよ、今の状況は天龍の適正的に向いていないのは確かだが。

 

 砲塔ブレる。動きまわる駆逐艦もまた、こちらを狙おうと主砲を向ける。海を割るように駆けて滑って、その照準から即座に離脱。自身の射程を敵に合わせる、

 同様に、イ級もまた主砲を移動させる。、

 動けば、動くほど状況が膠着する。それはイケナイ。島風が奮闘する状況で、戦闘を長引かせるわけには、行かない。

 

「色々と、覚悟決めていくしかねーか?」

 

 言葉にして確かめる。状況は簡単だ。駆逐艦を排除すればいい。しかしそのために、冒さなくてはいけない危険は間違いなくある。

 多少の硬直において、敵の隙を見ぬくことはできないとはっきりわかった。理解せざるを得なかった。もしかしたら、島風ならば一瞬の隙すら見逃さないのかもしれないが。

 

「考えても仕方ねぇか。俺は、俺のできることを最大限するだけだ!」

 

 少しだけ、胸に引っかかるものはある。しかしそれの正体を、なんとなくだが天龍は知っているから、気にすることなく突撃することにした。感傷なのだ。戦闘に必要のないものはきっぱり切り捨ててしまった方がいい。

 

 動き出した天龍。狙いをつけにくくなるよう、不規則な動きで持って接近する。しかし狙いをつけようと思えば、つけてしまえる位置に接近していくのだ。

 状況は、天龍が先に主砲を放つか、はたまた駆逐艦イ級が天龍の照準合わせよりも先に砲撃を行うかの勝負となっていた。

 

 結果は――

 

 激突。二つの炎が同時に上がった。




ヒトロクマルマル、提督の皆さん、潜水艦に思いを馳せる皆さん、こんにちわ!

天龍は強がりで可愛いですね。思わず弄りたくなるのは、きっとその性能が軽巡としては控えめだからでしょう。
控えめだから強がる、本当は優しい女の子。天龍はきっとそんな艦娘です。
ただし、戦闘狂なのは素であるとも思います。

次回更新は9月22日、ヒトロクマルマル。第一部前半は後七話、なのです!

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