魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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超ギャグ回です。今まで一番書いていて楽しかったです。


第八十六話 朱に交われば赤くなり

 暁美とのデートを終えた次の日の日曜日、僕は見滝原市の隣にある風見野市へやって来ていた。

 理由は(ひとえ)には言い表せないが、目的は一つ。ちょっとした相談というヤツだ。

 駅から数分ほど歩き、目的地に辿り着く。

 少々年季の入っているが、僕の家よりは大きい一軒家。

 表札には『魅月』と書かれてある。

 玄関のチャイムを鳴らすと、中から赤毛のポニーテールの女の子が出てくる。インターホンの意味が皆無だった。

 

「お! 政夫じゃないか。わざわざ、訪ねて来てどうしたんだ? アタシに何か用?」

 

 急に訪ねてきたというのにフランクな対応で魅月杏子さんは僕を笑顔で迎え入れてくれた。

 ここまで社交性が高いと将来有望だろうな。

 

「いや、ちょっとショウさんに相談したいことがあってね。今日は家に居るって言ってたけど……今大丈夫かな?」

 

「まあ、基本的には仕事は夜だけだから、午前中は大体寝てるよ。とりあえず、上がって来なよ」

 

 そう言って上げられたリビングは綺麗に整頓されていて清潔感があった。

 シックで落ち着いた感じの家具が、部屋としっくりきていて好感を覚えた。

 杏子さんに起こしてくるから座っといてと言われたので、ソファに腰を下ろしてしばらく待っていると、僕の後方にあったドアが開いてショウさんが入ってくる。

 髪に寝癖が付いてある辺り、寝起きなのだろう。悪いことをしたなと思ったが、ショウさんは嫌な一つせず、むしろ嬉しそうに笑った。

 

「おう、政夫。今日はどうしたんだ?」

 

「どうもお邪魔しています、ショウさん。今日は折り入ってご相談したいことがありまして」

 

「かしこまんなよ。そんな堅苦しい間柄じゃねぇだろ?」

 

 僕の隣に背中を預けるように深く腰掛けると、ショウさんは僕に尋ねた。

 

「そんで、何を相談しに来たんだ? 何でも聞いてやるよ。ホストはそういうのにも慣れてんだ」

 

 正面じゃなく、隣に来る辺りがホストらしい。

 パジャマ姿なのに膝を組んで両手を広げて座っていると非常に絵になるから困る。

 僕はそんなショウさんに苦笑いをしつつ、話し始めた。

 

「実は僕昨日、デートをしたんですよ」

 

「まどかとか? いいじゃねぇか、青春してるね」

 

 ショウさんは軽く僕の脇を小突く。

 それをくすぐったく思いながら訂正した。

 

「いえ、鹿目さんじゃなく、ほむらさんとです」

 

「おいおい、その歳でもう二股かよ。やるじゃねぇか」

 

 なぜか、ショウさんは僕と鹿目さんが付き合っていると思い込んでいる節があったので、その誤解を解いておく。

 

「あの、前にも言いましたけど僕は鹿目さんと付き合ってませんよ?」

 

「あれ? そうなのか? でも、政夫。お前、廃工場ん時にあの子命懸けで逃がしたんだろ? それなのに特別な感情持ってねぇの?」

 

 そうショウさんに聞かれ、返答に困った――――なんてことはなく、僕は平然と答えた。

 

「性格の良い優しい女の子で、大切な友達だとは思っていますが恋愛感情はないですね」

 

 確かに鹿目さんは僕の理想の女の子像に近いが、どうにもそういう感情は持てなかった。

 彼女の見た目がやや年齢より幼いことと、何より内面が純粋で優しすぎるせいだ。

 鹿目さんのような心の清らかな女の子を見ていると、自分の汚さを再確認させられて何とも言えない気持ちにさせられる。

 それに僕のような人間があまり近付きすぎると、彼女が汚れてしまいそうで怖くなる。鹿目さんは僕のようにはなってほしくない。優しい世界を見ていてほしい。

 

「まどかの方は多分、お前の事好きだと思うぞ?」

 

「それは勘違いじゃないですか? 仮にそうだとしても、それはあの工場の一件での吊り橋効果のようなもので一過的なものだと思いますよ」

 

 吊り橋効果。恐怖心を(あお)るような状況下で興奮状態になると、恋愛時に起きる生理的興奮と取り違えて傍に居る異性に恋心を覚えてしまうというアレだ。

 あの工場の一件で鹿目さんが僕に対して恋愛感情を持ったとしても、それはただの勘違いによるものでしかない。時間が経てばやがては薄れていくだろう。

 ショウさんは呆れたような表情になって僕を見た。

 

「……政夫。お前って、超ドライなのな。ホントに中学生かよ」

 

「そうですかね?」

 

 自分でも冷めたところがあるのは自覚しているのだが、恋愛面に関してはそこまでではないと思うが。

 取り合えず、話を元に戻そう。

 

「まあ、鹿目さんのことは置いておいて、ほむらさんの話なんですけど」

 

「おう。あの黒髪の子だろ。覚えてるぜ」

 

「さっきも言ったとおり、デートをしたんですよ。それでですね……」

 

 そこまで言った後で、僕は口ごもった。この感情をどう説明したらいいか、よく分からなくなったからだ。

 昨日までの暁美への印象は、ちょっとぶっ飛んでいるけど本心は優しい女友達だった。彼女への感情も友情の域を出ていなかった。

 だが、昨日のデートの後から僕の中の暁美への印象が、感情が変わりつつあった。

 それを言葉にするのが難しい。

 

「惚れたのか?」

 

「惚れた、とはまた違いますね。彼女の思いがけない一面を見たというか……」

 

 僕が好きな格好して来てくれたこと。そして、僕を喜ばせようとしてくれたこと。

 嬉しくて、恥ずかしくて、心が揺れた。

 でも、今まで何とも思っていなかった暁美に対して、たった一日で感情を(ひるがえ)すのは失礼だと思った。

 それはつまり、一昨日まで見てきた暁美への全否定と同義だ。

 恋愛感情ではなかったが、僕が見てきた『一昨日までの暁美』も嫌いではなかった。だからこそ、今の僕が酷くもどかしい。

 正面を向いて唸りながら、ショウさんは僕に尋ねた。

 

「だがよ、デートしたって事はお前もほむらも満更でもねぇって事だろ? お互いによ」

 

「それなんですよ。まず彼女が本当に僕のことが好きなのかが分からないんです」

 

「は? デートもした後でそれはねぇだろ、政夫。大体、あの子、一時的とは言え、お前にソウルジェム預けるくらい信頼してたじゃねぇか」

 

「それは僕がそうなるように誘導したからですよ」

 

 ファミレスでソウルジェムが魔法少女の本体であることを証明をするために、暁美からソウルジェムを預かった時、僕は彼女に信頼させるように誘導し、見事そのとおり動かした。

 そのおかげでショウさんや鹿目さんに契約の危険性を伝えることができた。

 では、なぜ暁美は僕にそこまでの信頼を寄せてくれたのか?

 決まっている。僕しか居なかったからだ。

 暁美に手を差し伸べる存在が僕を除いて居なかった。孤独に(むしば)まれていた彼女は僕を信じる他なかった。

 かつて聞かされた暁美が一番最初に出会った『鹿目まどか』の話と同じだ。あそこまで鹿目さん、いや『鹿目まどか』という存在に(すが)りついたのも、恐らくは転校したてで頼る相手の居なかった時に『鹿目まどか』が優しく接してくれたからだろう。

 暁美は孤独に弱いのだ。美樹や巴さんや織莉子よりもずっと。

 もしも……。

 もしも、暁美の孤独の過去を聞き、手を伸ばしたのが僕以外の誰かだったら。

 そもそも、一番最初の世界で優しくしてくれたのが『鹿目まどか』でなかったのなら。

 彼女はきっと、その別の誰かに好意を抱いていたのではないかなんて、そんな風に思ってしまう。

 僕は昨日のデートを思い出す。

 

 ファミレスから出て行った後、カラオケに行った。

 妙な音程のバラードが気に入ったのか何曲も歌ってマイクを離してくれなかった。

 その後、ボウリングに行った。

 始めてやると言っていたので投げ方を教えると、僕よりも遥かに高いスコアをたたき出してくれた。

 最後にゲームセンターへ行った。

 ガンアクションゲームでうまく焦点が合わず、僕に得点で負けると「本物の銃より軽いからやりづらいのよ」と悔しそうに言い訳していた。

 クレーンゲームの景品の猫のぬいぐるみを物欲しそうに見ていたので、取ってあげると恥ずかしかったのか「要らないならもらってあげるわ」と受け取ってくれた。

 プリクラを撮った時、いつもの暁美と三つ編み眼鏡の暁美の二パターン分撮ってご満悦な表情を浮かべていた。

 暁美は僕が思った以上に、普通の女の子だった。

 不器用で、口下手で、視野が狭くて、頑張り屋で――そして、デートの終わりで「ありがとう」と笑ってくれる優しい女の子だった。

 

 僕はそんな彼女とデートして申し訳なく思った。

 この世界で最初に出会ってしまったことに対して。好意を刷り込んでしまったことに対して。

 深い罪悪感と同情と憐憫(れんびん)を感じた。

 暁美が最初に出会ったのが例えば、上条君だったのなら、相思相愛の幸せな関係を築けていたのかもしれないと思うと胸が痛んだ。

 

「ほむらさんが……暁美が僕のことを好きだと思ってくれているのなら、それは間違いなく僕が刷り込んでしまった勘違いなんです」

 

 僕の言葉を聞いたショウさんは、僕の額を指で弾いた。

 少しだけ怒った表情で僕に諭すように言葉を掛ける。

 

「政夫が何を言ってるかよく分からねぇがな。もっと簡単に考えろ。お前は何でも小難しく考えすぎなんだよ」

 

「ショウさん……」

 

「いいか。中学生の恋愛なんてもっと簡単なんだよ。具体的に言うとだな、セックスしたいかどうかで考えろ!」

 

 もっともらしいことを言ってくれるのかと思ったら、結構最低な発言をかましてくれた。

 感動していた心がピタリと止む。

 

「アホか! 真面目な顔で何言ってんだよ!!」

 

 コーヒーカップをお盆で運んできて来てくれた杏子さんが器用にも直立しながら、(かかと)落としをショウさんの頭に決めた。

 ショウさんはソファからずり落ちるが、杏子さんはお盆を持ったまま、揺れ一つしなかった。

 余談だが、杏子さんはミニスカートだったが鉄壁の黒スパッツのおかげで下着の露出は(まぬが)れていた。

 

「いっつぅ~! 何すんだよ、杏子! お兄ちゃんはお前をそんな乱暴な子に育てた覚えはねぇぞ!」

 

「知るか、どアホ! 悪いね、政夫。ショウが変な事言ったみたいで。はい、これコーヒー」

 

「あ、ありがとうね」

 

 頭を押さえながら涙目になっているショウさんを他所に杏子さんはテキパキとコーヒーカップを僕に手渡してくれる。

 この家の力関係が一目で分かる構図だった。

 

「でもさ、ショウの言ってる事もあながち間違いじゃないんじゃないの?」

 

 杏子さんも僕の話を聞いていたらしく、自分の分とショウさんのコーヒーカップをサイドテーブルに乗せた後に助言をくれた。

 

「ほむらがアンタの事どう思ってるかなんて一先ず置いといて、アンタがほむらの事好きかどうかを考えなよ」

 

「そうなんだよね。でも、今まで何とも思ってなかったのにこんな風に意識するのは不誠実な気がして」

 

 コーヒーに口を付けながらそう言うと、ソファから落ちて床で転がっていたショウさんが再び会話に舞い戻って来る。

 その顔にはすでに涙はなく、どこか自信そうな表情を浮かべていた。

 

「だからな、そういう時には男は性欲に判断を(ゆだ)ねりゃいいんだよ。下半身は嘘を吐かないからな。ちなみにこれは経験談な」

 

「だ~か~ら、そういうのは……」

 

 半目で呆れ顔で拳を握り、突っ込もうとする杏子さんだが、僕はそれを制した。

 

「いや、ある意味真理かもしれません」

 

「政夫。この馬鹿に感化されなくていいから」

 

 杏子さんは否定的だったが、恋愛に性欲は付きものだ。僕だって、自慰すらしたことがないほど幼い訳ではない。

 改めて、暁美を脳裏で描いてみる。

 さらさらした長い黒髪、スレンダーな体型、怜悧(れいり)と言っていいほど端正な顔付き。衣装は魔法少女のあの格好。

 ……駄目だ。驚くほどそういった感情が湧き上がって来ない。

 

「政夫、脳内で服を剥ぎ取っていけ。そうすれば大抵の男は興奮するはずだ」

 

 僕はショウさんの助言に従い、頭の中の暁美の衣服を外していく。

 最初は靴。上着、ストッキング。格好が下着に近付いていった。

 

「どうだ、政夫? 興奮するか?」

 

「駄目です! なんか猛烈に死にたくなって来ました!」

 

 ショウさんの問いに僕はコーヒーカップの取っ手を持っていない方の手で顔を覆う。

 性欲が沸き起こるどころか、居た(たま)れない気分になってくる。ある種の拷問だった。

 

「ひょっとして、政夫はそういう風に性的な目で女の子を見れないのかもな。じゃあ、試しに今度は杏子でやってみろ」

 

「はあ!? アタシ!?」

 

 冷めた目付き僕らを眺めて、コーヒーに角砂糖を八つほど入れていた杏子さんが驚いて声を上げた。

 僕は小さく頷き、その新たな試みに挑戦してみる。

 

「やってみます!」

 

「やるな馬鹿!!」

 

 杏子さんが騒いでいたが、僕はそれを無視して杏子さんを脳裏に浮かべた。

 彼女の場合、魔法少女服より制服の方が見慣れているためか、格好は見滝原中のクリーム色の制服だった。

 赤いポニーテール。暁美よりややメリハリの付いた体型。快活な笑顔にちらりと覗く八重歯。

 脳内で彼女の姿を固定化すると、今度も丁寧に脱がしていく。

 徐々に衣服がなくなっていくに連れ、妄想内の杏子さんが恥らうように身体を隠し始めた。

 

「!? これは!?」

 

 僕の脳内で変化が起こりつつあった。

 それを見たショウさんはにやりと笑う。

 

「その反応……何か掴めてきたようだな。構う事なんかねぇ。そのまま行け!」

 

「はい!」

 

「何なんだよ、このノリは……」

 

 呆れてぐったりとする杏子さんを他所に、僕はYシャツ一枚になった妄想上の杏子さんを観察する。妄想杏子さんは頬を赤らめ、身を(よじ)ると(うる)んだ瞳で一言呟いた。

 

『……いいよ』

 

 脳内を電流が流れ、幾千万の星が(またた)いた気がした。

 そして、現実に戻ってくると万感の思いを込めて、ショウさんに気持ちを伝えた。

 

「ショウさん……僕、杏子さんならちゃんと興奮します!」

 

「アホか、てめぇ!! 何トチ狂った事、笑顔でほざいてんだよ!?」

 

「やったじゃねぇか、政夫」

 

 杏子さんは大きな声で怒鳴っていたが、ショウさんはそれをまったく意に介さず、僕の頭を誇らしげな笑みを浮かべてポンと叩く。

 僕もつられて笑みをこぼした。

 和やかな空気に包まれながら、僕はこう思った。

 

 ――相談しに来たこと、何一つ解決してねぇ。

 




言い訳はしません。記念すべき通算100話目がこんな話でなんですが、ショウさんを出せたのでそれだけで満足です。

ぶっちゃけ、ニュゥべえ関連でもっと書かなければいけない話があるんですけれど……ショウさんに比べたら些細な事でしょう。
ついでに杏子も書けて、今まで書けなかった部分を書いた気になり喜んでいます。

政夫のキャラ? 知りませんよ。元からこうだったんじゃないですかね?

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