ニュゥべえと共に魔女に関するデータを得るために巴さんたち魔法少女に同行して魔女退治を見学させてもらうともりだった僕だったが、あれだけ泣き喚いたせいなのか、あるいは心理的な心の
ニュゥべえの「ボクだけでマミたちに着いて行くから政夫はそのまま帰った方がいい」という言葉に甘え、鹿目さんと一緒に家に帰っている最中だ。
ニュゥべえだけに全てを任せることに少し気が引けたが、今の僕が同行したところでまともに頭も働かないので意味がないと思い、諦めた。
「あの、政夫くん、大丈夫? まだ、その目が
「大丈夫、平気だよ。少し泣きすぎただけだから」
隣に並んで歩く鹿目さんが心配そうな顔で覗き込んでくる。
僕はそんな彼女を見つめて、軽く笑みを返す。ならいいけど、とまだ心配そうにしつつも、鹿目さんはそれ以上の言及をせずに口を閉じた。
――愛しい。
素直にそう感じた。
自分を案じてくれる鹿目さんがとても愛しく思えた。
彼女の言葉が僕を縛っていた信念や理想をこれ以上にないほど、優しく否定してくれたからだろうか。
彼女の傍に居るだけでこんなにも幸福な気持ちになる。心の中が温かくなり、嫌でも気分が高揚する。
ここまで幸せを実感したのは母さんを失ってから初めてのことだ。
幸せすぎて、自分の気持ちをうまく表すことさえ難しい。
そして、同時に何だか気恥ずかしい。口元に未だに柔らかいあの感触が残っている。
ちらりと鹿目さんを一瞥する。
彼女は僕に告白し、キスまでしたのにそれについてのことは一切言って来なかった。
ただ耳や頬が赤くなっているところを見るに、彼女も彼女で僕が余裕がないことを察して、あえて聞かないようにしているようだ。
「えっと、な、何かな?」
僕の視線に気が付くと、鹿目さんはちょっと緊張した風に髪を指で
可愛い仕草に自然と笑顔にされてしまう。これが彼女の魅力なのだろう。
「いや、鹿目さんは意外に大胆な女の子なんだなーって眺めてた」
「あ……えっと、それは……」
かあっとさらに頬をリンゴのように赤くする鹿目さん。
そんな彼女が可愛くて調子に乗ってしまう。追い討ちをかけるべく、僕は芝居がかった言葉を投げた。
「情熱的なキスと抱擁だったな~。もう、
自分の唇を指で撫でながら、ちょっといやらしい笑みを浮かべながら鹿目さんを見つめる。
すると、彼女は
「あうぅ……あれはその、勢いで……」
「ええー!? じゃあ、僕に告白してくれたのも勢いで言っただけで本意じゃないんだ……。嬉しかったのになぁ……」
さも残念そうにそう言うと、一転して目に強い意志が宿り、あの時と同じように力強く答えてくれた。
「そ、その言葉は本心からの言葉だから!」
「……あ、ありがとうございます」
からかっていたのは僕の方だったはずなのに、僕の方が恥ずかしさにやられてしまった。
恥ずかしすぎて、目を背けてしまう。こんな真っ直ぐな好意を向けられて照れない方が無理だ。
異性に好きだと言われた経験なら何度かある。実際に付き合ったこともある。
けれど、その人たちは僕の本質を何一つ知らない人ばかりだった。
上っ面だけの優しさに
お腹を空かせた人に食料を渡して好意をもらっても、それは食料を渡してくれたから好きになっただけであって、代わりはいくらでも居るような好意でしかない。
『夕田政夫』としてではなく、『優しくしてくれた誰か』として愛されても、嬉しいとは思えなかった。
だから、僕は恋愛に対して、一時的な意味合いのものでしかないと軽んじていた。
でも、鹿目さんは違った。
僕のことをちゃんと理解してくれた上で、それでも好きだと言ってくれた。
駄目なところは駄目だと否定した上で、僕を肯定してくれた。
生まれて初めて、僕を正しく認識してくれた女の子だった。
今まで、初恋もしたことのなかった僕だから、人を好きになるという気持ちが理解できていなかったけれど、鹿目さんに対するこの感情は暁美や巴さんたちに向けるものとは明らかに違うことぐらいは分かる。
これがひょっとして……恋なのか。
だとすれば、僕は自分の気持ちに素直になっても許されるのだろうか?
「鹿目さん……一つだけお願いしてもいいかな?」
「え? お願い……?」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいい。自分のためだけに行動していいのなら……。
「これからは鹿目さんのこと、名前で呼んでもいい?」
一瞬だけ、鹿目さんはきょとんとした後に嬉しそうに微笑を見せてくれた。
「もちろん、いいよ! 今からそう呼んで」
「今からここで?」
こくりと盛大に頷く彼女の勢いに押され、僕は照れそうになりながら、口を開く。
「……ま、まどかさん」
「なあに? 政夫くん」
悪戯っ子のような表情でまどかさんは僕にそう返事をした。
何と言われても名前を呼んでみただけなので実際に言いたいことがある訳でもない。もっとも、そんなことはまどかさんも分かっているだろう。
からかったお返しなのか、にこにこしながら僕の言葉を待っているようだった。
ならば、僕もさらに調子に乗らせてもらおう。
僅かに戸惑った後、僕は手のひらを差し出す。
「じゃあ……手を握って帰らない?」
「ふぇ!? ……うん」
そう来るとは思っていなかったようで、少しだけ驚いた後に照れた顔で僕の手を握ってくれた。
柔らかな温もりが右の手のひらを包む。
まどかさんの手から、まるで僕の心を満たすために幸せが流れ込んでくるような錯覚をした。
――彼女に出会えて良かった。
僕はまどかさんの横顔を見ながら、心からそう感じた。
~ニュゥべえ視点~
政夫とまどかに帰ってもらった後、ボクは魔法少女たちに連れ立って魔女退治のためのパトロールに向かっていた。
三人一組で別れて散策するらしく、ボクはマミ・杏子・キリカのグループの方に着いて来ていた。特に理由はないが、しいて言うのなら、ほむらの雰囲気があまりにも異質だったので着いて行きたくなかった。
大方、政夫がまどかとキスしたのが面白くなかったのだろう。
ボクにも、多少胸にもやもやした感情があるのは否定しない。
ボクだけが政夫に与えてあげられる、彼が何をボクに求めてきても応えてあげられる、そう
愚かだったとしか言いようがない。
確かに求めた事をしてあげられるだろう。けれど、逆に言えば、ボクは求めてくれたものしか与えられない。
政夫が本当に求めるものは、政夫自身にも分からないものだったのだ。
それをまどかが政夫に与えた時に、気付かされた。
政夫に必要なのはボクではない。まどかだ。政夫に幸せと安らぎを与えてあげられるのは彼女を置いて他にはいないだろう。
悔しいというのが本音だが、それ以上に政夫が救われた事が嬉しかった。
ボクが個としての自我を確立してから、ボクは人を好きになるという事を知った。
最初は死ぬ事が、自我の消滅が恐ろしくて政夫に
そんな優しい彼にボクが惹かれていくのに時間は掛からなかった。
同時に政夫の悲しさと弱さを知った。
他人に優しくしながらも、自分へは一切にその優しさを向けられない政夫を助けたいと心の底から思った。
だから、ようやく彼がその苦しみから解放された事が何よりも嬉しい。
……マミたちはどう思っているのだろうか。
ふと疑問に思い、ボクの前に歩いているマミに尋ねる。
「マミ」
「何かしら? キュ……ニュゥべえ」
マミが振り返って、ボクを見る。その視線はかつてほどボクに好意的ではない。
魔法少女の秘密を隠していたインキュベーターへの不信感がまだ根強く残っているようだった。
ボクもまた、その事に対しては罪悪感は覚えていない。何故なら、それは今の『ニュゥべえ』としての自我が確立する前の、インキュベーターの端末でしかなかった時の事だ。
今のボクではなかった時の所業まで、責任を迫られても困る。政夫を好きになったのも、ボクがニュゥべえという名前をもらってから、インキュベーターの端末だった頃の事を
「君は政夫とまどかについて、思うところはないのかい?」
「思うところ……そうね」
マミは目を細めて、寂しげな笑みを浮かべた。
どこか遠い目をして、顔を上げる。
「
上を向いたまま、マミは目を擦った。涙が
ボクよりも先に好意を抱いていたマミの気持ちは、ボク以上に割り切れないものがあるのだろう。
自分の弱さを理解してくれた上で、自分の事を命懸けで助けてくれた政夫はまどかよりもずっと強い恋愛感情があったはずだ。
その思いと向き合い、決別を着けようとしているマミは立派に映った。
「……私はまだ認めないぞ」
うう、と小さく
「私の愛は……愛はぁ……」
「アンタもしつこい女だな。あそこまで見せ付けられたんだから、いい加減諦めろよ」
溜め息交じりで呆れた視線をキリカに向ける杏子。
マミと比較するとキリカのその有様は見苦しいとしか言えなかった。
「だって、だってぇ……初恋だったんだもん」
両手両膝を地面に突けて、キリカはがっくりと崩れ落ちる。
往生際の悪い発言をしているものの、自分が割って入れない事はちゃんと理解しているようだった。
振り切るまでに時間は必要そうだが、彼女も彼女で現状を受け止めようとしているのだろう。
「まあ、男は政夫だけじゃないから、な?」
しゃがんで目線をキリカに合わせた杏子が、キリカの背中を軽き、慰めの言葉を掛ける。涙交じりの呻き声をあげながら、キリカは地面と顔を合わせている。
マミはそれを見て、苦笑いを浮かべるとキリカの傍に近付いていく。
「ほらほら、呉さん。手と膝が汚れちゃうわ。立って立って」
面倒見のいいマミはキリカの身体を引っ張って起こす。
ボクはキリカやマミから目を外し、杏子に話しかける。
「杏子はまったくショックを受けてないみたいだね」
「ああ。まあ、あいつに対してそういう感情抱いてなかったしね」
実際に他の魔法少女たちと違い、杏子だけは平常運転だった。
「アタシとしちゃあ、ちょっと嬉しいくらいだ」
「嬉しい? 何故だい?」
ボクがそう尋ねると、杏子は頬を掻きながら少し言いづらそうに話し出した。
「似てるんだよ、アタシの親父にさ。現実に失望して、理想の世界を目指すところがね。ま、政夫は親父よりも現実に折り合いつけてると思ってたけど……自分への厳しさはあいつのが上だったかもな」
そう言えば、確か杏子の父親は神父だったか。
彼女の願いは父親の話を多くの人に聞いてもらうようにする事だった。
結果的に彼女の父親は信者が自分の話を聞いているのが魔法による効果だと知り、絶望して死んだが、彼もまた本気でこの世を
「だから、政夫が親父みたいにおかしくなっちまう前に救われてよかったと思ってる。……魔法や奇跡なんかじゃなく、人の優しさで救われた事が」
最後の一言に含まれていたのは、悔恨か、羨望か、あるいはもっと別の感情なのかボクには分からない。
けれど、政夫の事を心から祝福している事だけは伝わってきた。
「ありがとう、杏子。政夫の幸せを喜んでくれて」
感謝の言葉を告げると、杏子は不思議そうにボクを見つめた。
「アンタ……本当にキュゥべえとは違うんだな」
「ボクの名前はニュゥべえだよ」
「いや、それは知ってるよ。アタシが言ってんのは……」
言いかけた杏子は自分の手に持っていた赤いソウルジェムに目を向ける。脈動するように一定のテンポでソウルジェムが光を放っている。
どうやら、魔女の結界が近くにあるようだ。
「こっちが当たりの方みたいだな。おい、マミ、キリカ」
「分かってるよ。この感情を魔女にぶつけてやる……」
暗い笑みを浮かべて、のっそりとキリカが歩き出す。
隣に居るマミはそんなキリカに呆れたように声をかけた。
「あんまり無茶したら駄目よ」
ボクは杏子に拾い上げられて、抱きかかえてもらった。
「そんじゃ、行くぜ。すぐ近くみたいだ」
あまり人気のない裏通りのへと足を速める。
どんよりとした淀んだ空気が立ち込めているのを肌で感じた。
ボクもまた気を引き締める。
ここからだ。政夫が求める事さえできないものはボクでは無理だけれど、政夫が求めてくれたものは絶対に与えてみせる。
インキュベーターを表に引きずり出すための餌を得る。そのために感情エネルギーを理解した今のボクの観点から調べ尽くす。
ボクはボクにできる全てを政夫に与える。それだけだ。
いや、政夫くん幸せそうですね。まあ、彼のこんな幸せなシーンはこの回で見納めだと思うと少し悲しいです。
次回から、ほむらが前面に来ると思うので、本格的にほむらルートと言えるのは九十七話からでしょう。
マミさん、キリカ、杏子が今後は出番がほぼなくなるだろうと思って書きました。
登場キャラが多いとどうしても見せ場があるキャラは限られてしまうから難しいです。