いつも通りに真面目に授業に取り組み、昼休みにいつものメンバーが集まる屋上へと足を運ぶ。
ただ、志筑さんだけは「今日は体調が優れないので」と言って着いて来なかった。間違いなく、これ以上僕と顔を会わせていたくないからだと思ったが、気持ちは理解できるので止めはしなかった。
先に屋上に居た巴さんの横にニュゥべえの姿を認め、少し安心した。どうやら、昨日は巴さんの家に泊まったらしい。
僕は巴さんが作ってきてくれたお弁当をありがたく頂いて、それに
「ねえ、まー君。その三つ編みの子は……ひょっとして?」
隣でアンパンを小さな口でちょこちょこと
確かに織莉子姉さんたちには説明していなかったから戸惑うだろう。同じクラスの杏子さんには既に話したのでこの説明は三度目になる。
「ああ、ほむらさんです」
「……え!? この大人しそうな子が!?」
織莉子姉さんではなく、巴さんが驚きの声を上げた。
その反応は大変理解できるが、
苦笑いをしていると、織莉子姉さんは目敏く何かに気付いたかのように、さらなる質問を投げかけてくる。
「そう。それじゃあ、何故、暁美さんはそんなにもまー君に身体を密着させているのかしら……?」
流石は織莉子姉さんというところか。色恋沙汰には男性よりも女性の方が聡いようだ。
そこまでべらべらと話すようなことではないけど誤魔化す理由もないので、他の皆にも話しておく。
「付き合い始めたんですよ、僕ら。ねえ、ほむらさん?」
「ええ。ちょうど昨日の夜からね……」
少しだけ照れたように暁美はそう言うと僕を見る。こういうところは本当に可愛いのだが……。
しかし、暁美と逆に織莉子姉さんの目は冷たく細まった。
「……暁美さんと?
傍に居るまどかさんにも聞かせるようにあえて強調するような言い方で僕を見つめる。
困ったように眉根を寄せるまどかさんが、織莉子姉さんに声を上げる。
「美国さん……それは」
「鹿目さんは少し黙っていてちょうだい。ねえ。まー君、どうして暁美さんを選んだのか教えてくれないかしら?」
織莉子姉さんはそれの声には耳を貸さずにただ僕の目を凝視して、静かな口調で問いかけてくる。
声には硬質で凍えるような響きを持っていた。細められた目以外が笑っているのが恐ろしい。
この人は僕のことを弟のように可愛がってくれたから、今なお過保護な視点で僕を見ている節がある。まったく嬉しくないと言えば嘘になるが、もう僕はあの時ほど幼くはない。
隣で不安そうな眼差しを送る恋人のためにもここはびしっと言ってあげるべきだな。
故に僕ははっきりと織莉子姉さんに向かって告げた。
「主に『情が湧いた』からですね! 基本的にそれ以外の理由はありません!」
屋上の緊迫しかけていた空気が一瞬にして霧散する。
隣に座っている暁美や、目の前に立っている織莉子姉さんはもちろん、それ以外の周りのまどかさんたちまで硬直した。
「…………それはつまり、一緒に居たから愛着が生まれただけという事……?」
硬直から一番早く復活した織莉子姉さんの言葉に頷いた。
「まあ、身も
「いや、政夫の方が遥かに身も蓋もなかったと思うよ」
僕の膝の上に居たニュゥべえが突っ込みを入れる。
確かにそうかもしれないが……実際にそれしかないのだから仕方ない。
ぶっちゃけしまえば、ここまで一緒に居る時間が長くなければ、付き合ってない。
基本的には、僕は見た目よりも中身を重視する人間だし、何より性格的な部分はむしろ嫌いなタイプですらある。
「でも、一緒に居ることに慣れると、これがまた不思議と可愛く思えてくるんですよ」
雷にでも打たれたような顔をして未だに固まっている暁美の頭を撫でる。
仕方ないだろう。これが僕の本心からの言葉なんだから。今更、暁美を見捨ててまどかさんを選ぶには、ちょっとばかり暁美に肩入れし過ぎていた。
すぐにハッとなった彼女は恨みがましい瞳で睨むが、気にせず笑顔で頭を撫で続けた。
歪んでいるところも、弱いところもまとめて、愛してあげたいと本気で思っている。暁美の語る『愛』が依存や執着ではなく、本物の『愛』に変わるまで僕は傍で支えてあげたいのだ。
「……まー君の言い分は分かったわ。暁美さん、今日は放課後に貴女と二人きりで話がしたいのだけれど……いいかしら?」
織莉子姉さんは暁美へと話し相手を代えた。
それに暁美は応じて、頷く。
「構わないわ」
この二人は色々因縁めいたものがあったが、それなりにうまくやっているように見えた。
個人的には二人とも、思い詰めて何でも一人でやってしまおうとするところがよく似ていると思う。
いつの間にか、膝の上のニュゥべえが丸くなって眠っていた。
帰って来なかったあたり、夜遅くまで魔女について詳しく観察と調査をしていてくれたのかもしれない。
僕はニュゥべえを労い、そっと優しく撫でた。
~ほむら視点~
放課後になり、政夫やまどかたちとも一旦別れ、私は美国織莉子と共に人気のない橋の下の川原へと足を運んでいた。
ここはかつて、私が魔法少女になった二回目の時間軸の時に魔女と戦うためにまどかやマミに魔法を見てもらっていた場所だ。あの頃の私は銃器や爆弾ではなく、ゴルフクラブに魔力を付与して振り回していたのをよく覚えている。
今から見かえせば、なんて滑稽な絵面だったのだろう。あの頃の象徴だった眼鏡や三つ編みを再び付けている自分がふとおかしく思えて、口元が
「それで美国織莉子。貴女は私とどんな話をしたいの?」
共にこの川原までやってきた美国織莉子はここに来るまで一言も口を開く事はなく、沈黙を貫いたままだった。
「……ねえ、暁美さん。まー君と別れてもらえないかしら?」
「嫌よ」
想定していた台詞が来たので、当然の事のように一蹴する。
文字通り、話にならない。論ずるまでもなく、そんな事が
「馬鹿にしないでもらえる。私は伊達や酔狂で政夫と付き合っている訳じゃないわ」
「ええ。そうでしょうね。貴女の大切なお友達から無理やり奪ってまで手に入れたのだから、そう簡単に諦めてくれるはずもないわね」
嫌味たらしく、そう
自覚はあったとは言え、真正面から指摘され、言葉に詰まった。
言い訳するつもりはないけれど、それでも私には政夫が必要だった……。
何も言い返さない私に美国織莉子はさらに言う。
「暁美さん。まー君は優しいから貴方を選んだけれど、貴女はまー君に何をしてあげられるの?」
「それは……」
「まー君の事を何一つ理解できていなかった癖に、何でまー君を一番理解していた鹿目さんをあの子から引き離したの? 分からないなら言ってあげる。貴女は自分の事しか考えていない。まー君の隣に居る資格なんてないわ」
「違う!! 違うわ……私は、私は政夫の事を愛してるわ」
それだけは何があっても確かだ。私は誰よりも政夫の事を愛している。
何があっても、彼だけの事を考えている。
けれど、美国織莉子は冷めた表情で首を横に振った。
「いいえ。貴女はまー君の優しさに甘えているだけ。本当にまー君を愛しているのなら、まー君と鹿目さんの間に割って入ろうとなんてしないわ。――貴女はあの子の幸せを吸い取る寄生虫よ!」
「貴女にそこまで言われる
寄生虫とまで言われ、あまりにも頭に血が上った私は髪を振り乱して、彼女に詰め寄り、反論した。
そう……。そうだ。美国織莉子は所詮、政夫とは『他人』なのだ。ここまで深入りしてくるほどの存在ではない。
まどかが言うならまだしも、この女に遠慮する理由などない。
自分の言った言葉が私を勇気付ける。
何故なら、美国織莉子は部外者なのだから。
くすりと笑みすら漏れ出てきた。
「関係のないのない貴女は引っ込んでいなさい。これは私と政夫だけの問題よ。無関係な部外者が口を出さないで」
美国織莉子は私の言葉に悔しげに歯を噛み締める。
良い気味だ。自分の立場を思い知ればいい。
一度燃え上がった敵意が
「いつまでもお姉さん気分でいるのは止めた方がいいわ。……政夫にも愛想を尽かされるわよ?」
「……私には今までに心から後悔した事が三つあるわ」
急に美国織莉子は話を変えて、語り出した。
私ではなく、自分の手のひらに目を落として、遠くを見るような目をしている。
「一つは、まー君に私の価値観での『正しい生き方』を押し付けてしまった事。このせいであの子は自分のために生きる事ができなくなってしまった……」
寂しげな彼女の声には、罪悪感と後悔が感じられた。
政夫について、ここまで私に噛み付いてくるのは自分の責任だという事も関係しているのだろう。
「二つ目は、お父様の自殺を止められなかった事。私はお父様の本質をまるで知らなかった。知っていれば自殺を止められたかもしれない……」
そう言えば、少なくてもこの時間軸の美国織莉子が魔法少女になったのはそれが原因だった。一緒にお茶会も兼ねて話した時に聞いたのを思い出す。
もしかしたら、その時の自分を私と重ねているのかもしれない。
「そして最後は……」
美国織莉子の指に
独白のような彼女の話に耳を傾けていた私は、とっさに動けずに嫌な予想を脳裏に浮かべる事しかできなかった。
「――貴女をあの時に殺しておかなかった事よ」
純白の修道女のような格好の衣装に身を包んだ美国織莉子が殺意を向けて立っていた。
私も急いで魔法少女の姿になるが、その隙を彼女が生み出した数十個の水晶球が私を拘束するように纏わり付く。
「くっ……」
身体にめり込むほどの力で押し付いてくる水晶球のせいで腕に付いた楯から取り出そうとしていた拳銃を手放してしまった。
砂利の上に落ちた拳銃は小さな音を立てて、空しく転がる。身体に水晶球が密着して押し付けられているので、時を止めて逃げる事もままならない。
それに目もくれず、美国織莉子は拘束する水晶球を私ごと動かして、無理やり私を浮かせる。
そして川原から、深い川の中央側へと私を移動させる。
「まさか……」
最悪の想像をした私を凍てつくような視線で一瞥した美国織莉子は吐き捨てるように言った。
「暁美さん。私はまー君を不幸にする貴女の事が前から大嫌いだったわ」
がくんと下に引っ張られるような強い力を感じ、抵抗らしい抵抗もできず、水中に吸い込まれる。
人気のない川原に最初から呼び出した時から、こうするつもりだったのね……。
鼻や喉から呼吸気管に入り込んでくる水の冷たさと、酸素が吸えない苦しさが同時に襲い掛かってきた。
水底に落ちていく自分を感じながら、身体を
残っていた空気さえ、吐き出させる水晶球に美国織莉子の執念を感じた。
けれど、こんな状況になってまでも、私は政夫に恋した事を後悔していなかった。
ただ、こんなところで死にたくはない。彼と一緒に生きていたい。
かつての私とは、まったく違う想いが私を動かしていた。
政夫……、私はまだ貴方の傍に居たい……。
この想いだけでは冷たい川底の水の中でも、決して温もりを失う事はなかった。
ほむらはどうなってしまうんでしょうね。本当にほむらルートは波乱万丈です。
ワルプルギスの夜まであと五日だというのに、空中分解寸前です。