~まどか視点~
どうしてなんだろう。
私はリビングの椅子に一人座って、何もないテーブルの上を見つめながら、今日あった事を思い出す。
何で政夫くんはあんな事をしたんだろう? わざわざ、嫌われるほどあからさまにほむらちゃんを傷付けたのは何でなんだろう?
……分かってる。本当は理由なんて分かりきってる。
それが分かっちゃうから、悲しくて堪らなくなる。
政夫くんはほむらちゃんを助けようとしたんだ。ううん、私たちの事も皆まとめて助けてくれた。
あの時は私もほむらちゃんが居なくなればいいって本気で思っていた。人を殺す事がどんな事になるのか深く考えもせず怒りだけに突き動かされていた。
他の皆も同じように考えていたと思う。それだけ、ほむらちゃんのやった事は許せなかったから。
でも、政夫くんだけは違った。死んでしまいそうになったのに、殺されかけたのにほむらちゃんを憎んでなかった。
やった事に対して罪を償わせなくてはいけないってそう思っただけ。
だから、政夫くんは殴って、髪を切って、私たちがやめるように言い出すまで見せ付けるようにほむらちゃんを傷付けたんだ。
自分が悪者になるのも構わずにそうやって丸く治めた。
政夫くんは優しい。優しすぎて見ていて、悲しくなってくる。
彼の吐く嘘はいつだって誰かのためのもの。自分の事よりも周りの人たち事を優先する。
そんな風に振る舞う政夫くんが見たくなかったから、彼女として支えようって誓ったのに結局私は何もできないままだった。
私は今回もただ守られてただけで何一つ政夫くんの助けになれなかった。それが悔しくてしょうがない。
自分の不甲斐なさに泣きそうになる。……駄目だ。こんな風に悩むだけじゃ、私は政夫くんの彼女を名乗れない。
唇を噛んで俯いている私の前に突然マグカップが一つ置かれた。
中には湯気を立てているミルクが入っている。
顔を上げると、いつの間にか、隣にパパが穏やかな表情で私を見ていた。
「まどか」
「……パパ」
パパはテーブルを挟んで私の向かい側の椅子に座ると、優しい口調で聞いてくる。
「夕食の時からずっとそんな顔してたけど、何かあったのかい? 僕でよかったら話を聞くよ?」
正直に言えば、パパの申し出は嬉しかった。誰でもいいから話を聞いてほしいほど、私の中で色々な感情がひしめいていた。
でも、それはできない。パパには話しようがないし、話したところで信じてもらえない事が多すぎる。
うまく、魔法の事をぼかして伝えるには私の頭ではとてもできそうになかった。
私はマグカップに入ったホットミルクに口を付けて、黙り込む。
パパは話す気配のない私を少し見つめた後、静かな声で話し出した。
「まどかがそうやって、暗い表情するのはしばらくぶりだね」
「え?」
パパのその言葉に私は顔を上げた。
それを見たパパはくすりと小さく笑う。
「少し前もそんな顔をしてたけど、すぐに立ち直ってたね。……ひょっとしてあれは政夫君のおかげかな?」
パパが言っているのはきっとさやかちゃんがキュゥべえと契約してしまった時の事だ。
そう。あの時はまだどうしたらいいか分からなくて、一人で悩んでいた。
そんなところに政夫くんが気分転換にカラオケへ誘ってくれて、その帰り道、魔女の口付けをされた人たちの自殺に巻き込まれた。
私は政夫くんが逃がしてくれたおかげで一人だけ工場から脱出できたけれど、代わりに政夫くんがピンチになって……偶然出会ったショウさんに、政夫くんを助けてもらった。
その時。
その時に、自分の力では何もできなかった私にボロボロで傷だらけになった政夫くんはこう言ってくれたんだ。
『自分にとって都合の良い偶然を、人は『奇跡』って呼ぶんだよ。鹿目さんは奇跡を起こしたんだ。支那モンに頼らずにね。自信を持って』
あの言葉が私を立ち直らせてくれた。
悩んでいるだけで自分から行動する事のなかった私に勇気を与えてくれた。
だから、私は前よりもずっと頑張れるようになれた。そして、政夫くんに本格的に恋をした。
思い出せば心がじんわりと温かくなり、くすんでいた心が途端に色付いていく。
「そうだよ。政夫くんが私を助けてくれたの!」
「まどかは本当に政夫君の事が好きなんだね」
私が頷いて答えると、パパはまた穏やかに微笑む。
政夫くんへの想いを見透かされ、少しだけ照れくさくなる。
そんな私を見て、少しだけ不思議そうにパパは尋ねた。
「今回は政夫君にも相談できない事なのかい?」
「……うん」
他ならない政夫くんの事を悩んでいるのだから、本人に相談する訳にもいかない。
それに話したところで、政夫くんは本当の事は言わないはずだ。自分が悪者になって何もかも背負おうとするに決まってる。
何もかも勝手に持っていて、私たちには触らせてもくれない。私には自分の事を大切にしろと言うくせに自分自身は大事にしない。
パパは私の反応を見て何か納得したような顔をする。
そして、急に話を政夫くんの事に変えた。
「政夫君。彼は不思議な子だよね。年齢よりもずっと大人びて見える」
パパが何で政夫くんの話を振ったのかよく分からなかったけれど、私もそれに頷いた。
「そうだね。私と同じ歳とは思えないよ」
とても十四歳とは思えないくらいに賢くて、責任感が強くて、何より面倒見がいい。だから、政夫くんは――。
「だから、彼は必要以上に他人の事を気にするんだろうね」
「!」
その言葉に私は驚いてパパを見つめた。それは私の考えていた事とまったく同じだった。
パパはそんな私に優しくこう言う。
「僕もね、初めてこの家に来てくれた時、政夫君と話した事があるから分かるよ。彼は周りが見えすぎているんだろうね。最初は世間話をしてたつもりだったのに、知らず知らずの内に専業主夫としての悩みを聞いてもらってたよ」
恥ずかしいよねと照れたように笑った。
多分、今ではなく、昨日か一昨日くらいに聞いていれば私もパパと同じように笑えていたかもしれない。けれど、今は政夫くんの悲しい生き方を思わせるものしか聞こえなかった。
「そんな僕のつまらない話を最後まで真面目に聞いてくれた政夫君を見て、僕はふと思った。なら、彼は誰に自分の悩みを誰かに聞いてもらう事はあるんだろうかって」
「それは……」
私が、と言いかけて押し黙った。
私は政夫君の事を分かっていたつもりだった。優しくて、自分に厳しい彼を誰よりも知っている気になっていた。
でも、政夫君は一度でも自分から私に心の内を話してくれた事があっただろうか。
彼は言わない。自分が辛くても一人で抱えて、誰にも手伝わせてもらおうとはしない。
結局、政夫くんは一人のままだ。
「まどか」
パパは一旦そこで政夫君の話を止めて、私の名前を呼んだ。
そして、私の瞳を覗き込むようにして尋ねる。
「まどかは政夫君の彼女になったんだったね?」
「……うん」
「だったら、彼を積極的に支えに行ってあげないといけない。彼は昔のママと同じで自分の弱さを見せないように生きてる人だ。自分から助けを求める事なんてきっとないと思う」
そうだ。きっと政夫くんは人に甘えるのが下手な人だ。
助けるのは慣れていても、助けてもらい方が分からない男の子だ。
「一つ僕からアドバイスできる事があるとしたら、そういう弱さを見せない人には自分からぶつかって行く事だよ。待ってるだけじゃ、何もさせてくれないからね」
そう言って、パパは過去を懐かしむように遠い目をする。
昔のママの事を思い出しているのか、その顔は見た事もないくらい複雑で、それでいて、ひどく優しい表情をしていた。
ママも昔はもっと隙のない人だったのかな……。でも、それでも今はママはパパに支えられている。
だったら、私にも政夫くんにそうやって支えていけるのかもしれない。
「パパ。私も、私にもできるかな?」
「できるよ。まどかはとっても優しい子だからね」
パパの言葉に勇気付けられて、気落ちしていた心がまた前を向き始める。
話している間に温くなってしまったホットミルクをきゅっと目を瞑って、一気に口の中に流し込んだ。
「ま、まどか?」
驚いた様子で目で瞬きするパパを
口元をテーブルの中心に置いてあったティッシュで拭いてから、溜め込んでいた空気を大きく吐き出す。身体の中にあったモヤモヤが呼吸と一緒に出ていたように感じた。
「パパ。ありがとう。パパのおかげで何をすればいいのか分かった気がする」
今までにないくらいしっかりとした声が自分の奥から出てきた。
パパはそんな私に少し戸惑っていたけれど、すぐに元の調子を取り戻して微笑んだ。
「そうかい。お役に立てたなら何よりだよ」
おやすみと夜の挨拶を交わした後、私は部屋に戻り、ベッドの中に潜り込む。
落ち込んでいた気分がもう完全に晴れていた。明日になったら、政夫くんに何をしてあげればいいのかももう分かっている。
今までよりもずっと政夫くんに積極的に話してみよう。
今度は何もかも一人で抱え込ませないように。
勝手に責任を持っていかせないように。
自分の弱さを隠させないように。
そして、彼の支えになってあげられるように。
私は守られているだけのお姫様になんかなってあげない。例え、特別な力なんてなくても、政夫くんと痛みや苦しみを分かち合えるそういう存在になりたい。
だってそれが『彼女』というものなのだから。
今回は話は進んでおりませんが、どうしても必要な回でした。
まどかの内心がないと次回の話が薄っぺらくなってしまうのと、何よりまどかルートなのに出番が少ない事が理由で書きました。