魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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二日で二話投稿。これでまどかルートは終了です!


エピローグ

~まどか視点~

 

 

 あれから十日間が経った。

 復興のために自衛隊さんたちや工事の人たちがたくさん街に来たりして、色々と騒がしくなっている。

 世間では見滝原市は超大型台風による災害にあったという風に報道されているらしい。国から援助のお金が出ても倒れたビルや壊れた家はすぐには戻らない。

 私たちは今、仮設住宅に住んで暮らしている。後、数か月はこのままの生活が続きそうだとママは嘆いていた。

 ニュゥべえのおかげで街に戻って来た後、避難所に向かった時にはママにもパパにも散々叱られたし、頬っぺたを叩かれたりもしたけれど、「生きていてくれてよかった」と言われた時が一番辛かった。

 本当は……私は政夫くんと一緒に死ぬつもりだったから。

 政夫くんのお父さんは彼を受け取り、最期を聞いた後。

 

「息子らしいね……ありがとう」

 

 そう言って横たわった政夫くんの頭を撫でていた。

 死傷者は政夫くんしかいなかったために大々的なお葬式は行われず、自衛隊の人と共に小さなお葬式をあげただけ。

 ほむらちゃんはそれには出なかったけど、きっとまだ政夫くんのことを引きずっている。

 そういう私も政夫くんの死に納得できているかは分からない。時々、彼が夢に出て枕を濡らす事があるくらい。

 けれど、彼が私のために手に入れた日常を大事にしなきゃって思うから、私は前を向いて頑張って生きてる。

 今日もまた炊き出しのお手伝いをさやかちゃんたちとしている。

 

「はい。どうぞ。熱いから気を付けてください」

 

 三角巾とエプロンを身に付けて、大きな寸胴鍋からお玉で豚汁を掬って列に並んでいる人に渡していく。

 ドジな私は最初の頃こそ、(こぼ)したり火傷したりして失敗してばかりだったけど、今ではそれなりに上手に(よそ)えるようになっていた。

 

「おい。俺のが先に並んでただろ! 横入りすんなよ!」

 

「うるせーな。テメーがちんたらしてんのか悪いんだろうが!」

 

 列の真ん中くらいで男の人の言い争いが聞こえてくる。炊き出しを待つ皆がその人たちに視線を向けるが、誰も仲裁に入ろうとはせず、その人たちも止まらない。

 住む場所や仕事がなくなって、不安で気がピリピリしているのは分かる。そういうイライラが積み重なって爆発したんだと思う。

 

「ごめん、さやかちゃん。ちょっと出て来る」

 

「あ、まどか。ちょっとあんた……」

 

 後ろで調理の後片付けをしていたさやかちゃんに一言謝ってから、三角巾を取って喧嘩をしそうな二人の方へと向かった。

 お互いに胸倉を掴みかかって今にも取っ組み合いを始めそうな人たちに私は勇気を出して言う。

 

「ちゃんと」

 

「あ? 何だよ。ガキ!」

 

「失せろや!」

 

「ちゃんと皆の分、装いますから喧嘩しないでください」

 

 私よりもずっと大きい男の人に睨まれながらも、勇気を出してはっきり言った。

 

「イライラするの、すっごく分かります。家がなくなったり、明日の事とか考えると不安になりますよね? 私もそうです。でも、それで喧嘩をしても痛い思いするだけだと思います」

 

 はっきりと自分の意見を言うのはとても緊張した。一か月前の私なら絶対に震えて見ていただけだと思う。

 でも、それじゃあ駄目だから。

 政夫くんと一緒に居て学んだ事や気付いた事、それを実践しなかったら彼と居た時間が無駄になる。

 それだけは嫌だった。

 

「じゃあ、お前が痛い思いするか!? ああ?」

 

 突然、私みたいな中学生の子が自分たちに文句言って来たせいか、喧嘩をしていた片方の男の人が私に寄ってきて腕を掴んできた。

 (あざ)になりそうなほど強く握られて、私を脅すように大声を出す。

 怖い。でも、もうずっとそれ以上に怖い事は経験してきた。

 殴られても構わない。思っている事を伝えないと昔と何も変わらないままだ。

 

「ここで、喧嘩するのは止めてください。お願いします。皆、怖がってますから」

 

 周囲の人を見る。皆、この身体の大きな人の声と態度に怯えて身を竦ませている姿が映った。

 声には出していないけど、止めてほしいと切実に願っている目があった。

 

「ガキのくせに生意気言ってんじゃねーよぉ!」

 

 男の人の握った拳が私に向けて振り被られた。

 ……殴られる。

 そう思ったその時、その人の肩越しに人影が見えた。

 

「おい。そこまでにしとけよ」

 

「あん?」

 

 男の人の人は振り返ろうとした瞬間、振り被っていた腕を人影が掴んで背中の方に捻じる。

 

「いででで……」

 

 男の人は顔を歪ませて悲鳴を上げると、私の手を掴んでいたその人の力が弛み、解放された私はその場に尻餅を突いた。 

 

「根性ねぇな。この程度で弱音かよ、情けねぇ。俺の知り合いのガキはもっと痛い思いをしても悲鳴一つ上げなかったぜ?」

 

 聞き覚えのある声に私は見上げると、そこには杏子ちゃんのお兄さんのショウさんがつまらなそうな表情で男の人の腕を捻じり上げていた。

 

「そっちのあんたも痛い思い……するかい?」

 

 もう一人の男の人をショウさんが目を細めて、低い声で聞いた。

 男の人はその視線に睨み返すが、ふんと鼻を鳴らして列に並び直す。

 

「ざっけんな、ゴラルァ!」

 

 腕を捻られていた人は怒声を上げて、拘束から逃げようとショウさんを反対側の肘で殴ろうとした。

 危ないと言いかけたその時、ショウさんは無造作に男の人の両足の間に自分の足を差し込んで、それを払う。

 

「おっ……!?」

 

 ぱっとショウさんが捻っていた手を離すと、バランスを崩して男の人は後ろに転んだ。

 そして、後頭部をぶつけて痛そうに押えている、倒れた男の人を覗き込むように見る。

 

「……もっと痛い思いしてぇか?」

 

 目だけ笑っていない獰猛な笑顔を見せて、革靴でその人の顔の横を思い切り踏んだ。

 男の人はすぐに青ざめていく。私は流石にやりすぎだと思って、ショウさんを止めた。

 

「もういいですよ。ショウさん。それくらいにしてあげてください」

 

「まどかは優しいな。ウチの妹とは大違いだ。おら、さっさと起きろ」

 

 起き上がった男の人はよほどショウさんが怖かったみたいで、すぐに走ってその場から去ろうとした。

 私はその人の背中に声を掛ける。

 

「待ってください」

 

 びくっと動いてからその男の人は恐る恐る私の方に振り向いた。

 

「横入りするくらいお腹空いてるんですよね? 豚汁まだありますから、ちゃんと並んでくれたら私装いますよ」

 

 私がそう言うと自分のやった事が恥ずかしくなったのか、そそくさと列へ戻って行く。

 ショウさんはそれを半笑いで見送りながら、ポケットに手を差し込んで言う。

 

「まどかは優しいなぁ。ウチの妹とは……」

 

「ほお。アタシが何だって? 続き言えよ?」

 

 ショウさんの脇から食材の入った段ボールを持って、杏子ちゃんがぬっと顔を出した。

 段ボールから長ネギを一本取り出して、冷たい目でペチペチショウさんの頬っぺたを叩く。

 

「……ウチの妹は超可愛いなと」

 

「嘘吐け! 荷物、アタシに押し付けて走り出したと思ったら、たく」

 

 ショウさんに文句を言った後、杏子ちゃんは私の方に目を向けると心配した顔つきで聞いた。

 

「大丈夫か、まどか。怪我しなかったか?」

 

「うん、大丈夫。ショウさんが助けてくれたから。さっきはどうもありがとうございます、ショウさん」

 

 感謝の気持ちを伝えるとショウさんは軽く人差し指で鼻の下を軽く擦って照れくさそうに笑った。

 

「まあ、大事な妹の友達だからな」

 

「調子いい事言いやがって」

 

 ぶつくさ言いながらもショウさんの言葉に少しだけ嬉しそうにして、そっぽを向いた。

 

「それよりも勇気あるな、まどか。だが、あんまりああいう危ない事すんなよ」

 

「はい。すいません。でも、また必要だったらやっちゃう気がします」

 

 あのままショウさんが来てくれなかったら、私は怪我をしていたかもしれない。でも、やっぱり黙って見過ごす事はできなかったと思う。

 ショウさんはそんな私を見て、呆れたように言葉を零した。

 

「そういうところは政夫に似て……あ」

 

「馬鹿ショウ!」

 

 悪い事言ってしまったと申し訳なそうな表情をするショウさんと、、それに怒る杏子ちゃんに私は首を横に振って答えた。

 

「大丈夫だよ。政夫くんの事はちゃんと乗り越えていくから」

 

 二人は私の顔を見て、そして、視線を逸らしてから杏子ちゃんが小さく言う。

 

「無理、すんなよ」

 

「無理なんかしてないよ。じゃあ、お仕事に戻らないと」

 

 二人に別れを告げた後、私は炊き出しに戻る。案の定、さやかちゃんや仁美ちゃんには危ない事するなと怒られた。

 それからしばらくして、豚汁の配給を終えた後、一旦仮設住宅に戻る途中、数日ぶりにほむらちゃんを見かけた。

 上条君と連れ立って歩いている彼女は私と違って、物資の持ち運びをしているようだった。

 ちらりとほむらちゃんが私の方に顔を向ける。僅かに視線がすれ違い、――そして何事もなかったように視線を戻して上条君との会話に戻る。

 私もそれに何も言わず、反対の方向へ足を動かしていく。

 きっともう、私と彼女は前のように言葉を交わす事はない。

 憎んでる訳でも、恨んでいる訳でもないけれど、それでもほむらちゃんのやった事を許しちゃいけないと思う。

 だから、私たちの道は交わる事はない。

 

 

 

~ニュゥべえ視点~

 

 

 やっぱりまどかとほむらは決別した様子だった。

 ボクは仮設住宅の屋根の上からそれを眺めて、地面へと飛び降りる。

 どうでもいい事だ。少なくとも当人同士が納得しているなら第三者が物申すべきではない。

 地面を歩くと、上からぽつりと小さな水滴が落ちて来た。

 上を見上げるとしとしとと小雨が降り注いでくる。

 今は魔法少女形態でよかった。四足歩行だと手足が汚れてしまう。

 もっとも今日もまた、日が落ちる頃に魔女退治を始めなくてはいけないので、どの道服は多少汚れるだろう。

 軽く周囲を見回して魔女に魅入られた人間が居ないか調べていると、後ろから声を掛けられた。

 

「あら、ニュゥべえ。雨の中なのに魔女退治のためのパトロール? 精が出るわね」

 

 視線を後ろに向ければ、マミとそれに織莉子とキリカがビニール傘を差して立っていた。

 珍しい組み合わせ、ではない。最近だとこの三人はよく見かける。

 

「そうだね。それがボクの役目だからね」

 

「感情エネルギーを自分たちで生み出せるようになったから魔女はもう要らないって訳ね」

 

 皮肉気な織莉子の言葉がボクに飛ばされるが、それを気に病むほど繊細でない。現存するすべての魔法少女のソウルジェムを戻した今でもボクに悪感情を懐いている元・魔法少女は五万といる。

 

「ちょっと美国さん、そんな言い方……」

 

「いいんだよ、マミ。事実、その通りだからね」

 

 マミが織莉子を咎めるように口を出すが、僕は首を緩く左右に振った。

 

「ボクはね、今途方もない感情エネルギーを自分で発生できるようになったんだ。何故なら、ボクは……いや、ボクらは今途方もなく絶望しているからね」

 

「絶望……? どうして?」

 

「政夫が死んだからだろう?」

 

 マミが尋ねた問いにボクより先にキリカが沈んだ答えた。

 恐らく、ボクの懐いているものに一番近い想いを懐いているキリカなら言わなくても解るのだろう。

 一つ頷いてから話し始める。

 

「ボクは元々、政夫のためだけに魔法少女システムに介入した。政夫を守りたかったから、少しでも政夫の助けになりたかったから。でも、彼の死んだ今、存在理由を失ったと言ってもいい」

 

 絶望して魔女になるという魔法少女システムはある意味に置いて、慈悲深かったのかもしれない。

 これほどまでに絶望しても、意識を保っていなければならないというのは拷問に等しい。

 

「それでも、ボクらは彼が守ったものを守り続けないければならない。きっと、彼ならそれを望むだろうから」

 

 だから、ボクはこの感情エネルギーを宇宙に注ぎ続ける。

 この最高に無意味な宇宙を存続させるために。

 

「……ニュゥべえ」

 

「ボクは君らが羨ましいよ。あと、百年もしないで政夫の居ない世界から消える事のできる君らが」

 

 無駄な話を聞かせてしまった。ひょっとしたら誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 ボクは三人から目を逸らすと、この世界を守るために残った魔女を排除するために動き出す。

 けれど構わない。この胸に宿る絶望が彼の残したものを守れるのなら本望だ。

 きっとボクはいつまでも生き続けよう。この無意味な世界で。

 

 

 

 *******

 

 

 ここはどこだろうか。

 妙な浮遊感を感じながら、僕は目を開く。

 視界には真っ暗な背景に光る小さな天体がいくつも映り込む。

 夜空の星……? いや、これは宇宙空間だろうか。

 そこで僕は気付く。失ったはずの視力が元に戻っていることに。

 

『気が付いたの 政夫くん』

 

 まどかさんの声が聞こえ、思わずそちらを見る。

 だが、そこに居たのは僕の知るまどかさんではなかった。

 ピンク色の長い髪を垂らし、黄金色の瞳を持った白いドレスのような衣装を着た少女。

 顔立ちはまどかさんに似ているが、顔付きは別人と言ってもいいほど違っていた。

 溢れるばかりの絶対者が持つ余裕と、神々しさが表情から感じ取れる。格好だけではなく、雰囲気からも浮世離れしたものが伝わってきた。

 

 ――あなたは誰ですか?

 

 僕が尋ねると、そのまどかさんに少しだけ似た少女は困ったように微笑んだ。

 

『私は鹿目まどかだよ』

 

 その答えに僕は思考を巡らせた後に一つの可能性に思い至る。

 前に暁美が居た並行世界の内のどれかで魔法少女になってしまった『鹿目まどか』だろうか。

 しかし、確かそのどれもが魔女になって暴れ回ったとも聞いた。

 ならば、目の前のこの人物は一体……。

 

『政夫くんの考えは半分当たりで、半分外れ。私は時間軸の世界の……政夫くんと出会ったほむらちゃんとは別のほむらちゃんが居る世界で自分なりの答えを見つけて魔法少女になった鹿目まどか』

 

 僕が知る暁美とは別の『暁美ほむら』? どういう事だ?

 暁美自身は世界を越えても同じ記憶と精神が上書きされるのではなかったのか。

 目の前の人物が嘘を吐いている可能性もあるが、その嘘を吐く理由がまるで見当たらない。

 そもそも僕は死んだはずだ。ここに存在していること自体が既におかしい。

 僕が考え込んでいると、彼女は少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

『混乱させてごめんね。簡単に言うと政夫くんの居た時間軸って本当は存在しなかったの。でも、私が魔法少女になった後にちょっとだけ弄って作った世界なんだ』

 

 彼女は僕に語った。

 自分がただの少女だった世界で起きた出来事を。自分が一介の魔法少女を超え、神と呼ばれる存在にまで昇華したことを。

 

『政夫くんの事を知ったのは私が神様になった後だった。色んな世界の私が魔女になって全てを天国に呑み込む最中、君だけが最後まで天国が見せる心地いい世界に抗ってた。だから、その時思ったの』

 

 神々しさの中に初々しい少女のような淡い感情を織り交ぜて言う。

 

『もしもこの男の子が私の近くに居たら、私は神様にならなかったんじゃないかって』

 

 ――だから、僕を渦中に入れるように仕向けたということ?

 

『う、うーん。その言い方だと私が凄い悪い事をしたみたいに聞こえるね。まあ、そう言われても仕方ないか。でも、私の思った通り、政夫くんは神様なんて居なくても見滝原を救ってくれた』

 

 少し困ったような表情は僕の愛した人に似ていて、ちょっとだけおかしかった。

 

 ――いや、僕はあなたに感謝しているよ。おかげで大切な人ができた。大事なことを知れた。

 

『そう言ってくれると嬉しいな。それで、政夫くんに会いに来たのはお詫びとお礼のためなの』

 

 ――お詫び? お礼?

 

 僕が問い返すと、彼女は頷いた。

 

『うん。政夫くんだけは生きている間に幸せになれなかったから。だから、せめて私の作る魔法少女の世界に来てくれないかなって』

 

 彼女の話によれば、自身が神になった後、魔女になる前の魔法少女のソウルジェムを回収して、自分が作り出した世界に連れて行っているということだそうだ。

 魂がソウルジェムになった僕も、魔法少女と同じ扱いでそこに連れて行けるのだと言う。

 そこで僕は目の前の彼女の決定的な勘違いに気付いた。

 

 ――二つほど勘違いをしているようだから言っておくよ。一つは僕は幸福になれなかった訳じゃない。後悔も絶望もあるけれど、それでも自分の意志で胸を張って絶望して死んだんだ。これ以上のものは要らない。

 

 ――そして、二つ目はあなたにお礼をされる謂れはない。僕が戦ったのはまどかさんのためだよ。あなたのためじゃない。

 

『……私も鹿目まどかだよ』

 

 ――かもしれない。でも、『僕の恋した鹿目まどか』はあなたじゃない。

 

『私があなたと一緒に居たまどかの記憶を持っていても?』

 

 ああ。やはり分かっていないのだ。彼女も。

 だから、神様などになってしまったのだろう。

 

 ――僕の好きな彼女はね。人間なんだ。失敗もするし、間違いだってする。でも、だからこそ、僕は彼女がまっすぐ生きようとする姿勢に恋をしたんだ。

 

 僕の知る『鹿目まどか』よりも目の前に居る神様の方が神々しくて、ずっと立派だ。

 けれど、僕の知る『まどかさん』の方が何百倍も素敵だ。

 

 ――悪いけど、あなたが言う幸せは僕には要らないよ。

 

『でも、このままだと政夫くんの魂は完全に消えてしまうんだよ?』

 

 ――それのどこが悪いの?

 

 普通の人間は死ねば、普通に消える。それでいい。それが当たり前だ。

 天国も、神様も、ただの人間には必要のないものだ。

 少なくても僕は要らない。欲しくない。

 

『……本当は私の方が政夫くんに来てほしかったんだ』

 

 悲し気な口調で彼女は僕に言った。

 

『政夫くんの事を一番最初に好きになった鹿目まどかは、私だよ。私が政夫くんの心を、生き方を好きになったから、見滝原市に来る世界を作ったの』

 

 それは愛の告白だった。

 けれど、それも『僕』へのものではない。

 

 ――あなたが最初に好きになった『夕田政夫』は僕じゃない。この意味が分からないのならやっぱりあなたは僕が好きになった『まどかさん』じゃないよ。

 

 彼女が好きになった『夕田政夫』は滅んだ世界の僕だ。ここに居る僕ではない。

 一か月間だけとはいえ、違うものを見て、聞いて、学んだ人間を何もかもが同じに思えるというのなら、それはもう血の通った人間の考え方ではない。

 それはもう神の視点での見方だ。対等な目線ではなく、遠くから小さなものを大雑把に眺めるようなもの。

  

『そっか。振られちゃった。じゃあ本当に来てくれないんだね』

 

 未練の残った声で尋ねてくるが、僕の答えは何一つ変わらない。

 

 ――魔法少女の世界は魔法少女だけで住めばいい。生憎と僕は普通の人間だからね。

 

 名残惜しそうな眼差しを僕に向けていた彼女だったが、やがて諦めたように背を向けた。

 

『じゃあ、私はもう行くよ。実はこれから私の友達を迎えに行くところだったんだ』

 

 友達か。人間の重要なミクロの部分をマクロな視点でしか見れなくなってしまった彼女に果たしてその友達がちゃんと見られているのだろうか。

 いや、よそう。これは僕には関係のないことだ。

 

『さようなら。政夫くん』

 

 ――さようなら。どこかの世界の女神様。

 

 別れの挨拶をして僕は自分が完全に消滅していくのを感じていた。

 これでいい。やるだけのことはやった。最後にまどかさんの顔が見られなかったのが心残りだが、十分だ。

 そして、僕は今度こそ意識を手放した。

 

 

 




長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
これでまどかifルートは完結です。もっとも、私的にはこちらが正史なのですが、どちらが正史かは読者の皆様にお任せします。

では、次は『崩壊の物語』でお会いしましょう。

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