「申し上げました通り、勧誘された方が辞退を希望とのことでして。大変申し訳ありませんが、今回は御縁がなかったということで、どうかご了承頂きたく存じます」
『……どういう、事?』
ここは一つ、分かりやすさを重視した説明に切り替えていこう。
「じゃあ、容量の足りてないトカゲ脳にも分かる言葉で言うね。……やめたんだよ、お前に願いを叶えてもらうのをな」
『…………』
黙り込んだ電話の相手の代わりに、無機物の声が脳内に響く。
『有機物の僕。
それは良い知らせだ。
ちょうど、イタ電も飽きてきた頃合いだった。
それじゃあ、早々に乗り込んで片を付けよう。
「都合が付いたみたいだ。すぐに会えそうだね、トカゲさん」
一方的にそれだけ言い残すと、受話器を叩き付けるように置き、乱暴に通話を切った。
すぐに黒い布を作り、ダイヤル式電話に被せる。
乗せた布地は、先ほどまで存在していたはずの電話をするりと呑み込むと地面に広がり、大きな真四角の穴へと変わった。
説明もないのに、その穴が
一瞬にも満たない視界の暗転。
直後に見えたものは、受話器を持ったまま、こちらを向いて硬直するゴスロリ風のドレスを着た少女。
黒く長い髪に、アメジストのような紫の瞳。
少女を視界に捉えた僕は、手元に布を作り、更にそれをステッキへと変えた。
大きく踏み込み、腕を引いて飛び込む。
僕の恋人と瓜二つの顔を持つ、その少女の唇が小さく動いた。
「政、夫……?」
僕の名を、呆然とした顔で呼んだ。
『駄目だ! これは君を動揺させる罠──』
無機物が何か言っていたが、無視して僕は標的の頭部へ
ステッキの先端は
しかし、吹き飛んだのは黒いトカゲの群れ。
少女の形をしていたそれは、戯画のような大きなトカゲの群れに代わって、消滅していく。
手応えとしてはあまりにも薄い……。
ステッキにこびり付いた消えゆく
「本体じゃなかったみたいだね。魔女でいう、使い魔ってところかな?」
『……いや、君……仮にも恋人と同じ見た目の存在が自分の名前を呼んだんだよ……? 動揺や躊躇は、ないの……?』
「何を甘いことを言ってるの? 奴が僕の名前を知っていることは僕の恋人から情報が統合されているということだろう? 一秒でも早く排除しないと暁美が完全に消えかねない。むしろ、脅威度は上がったとさえ言える。攻撃の手を緩める理由がないよ」
『本当に一般人だったんだよね、君? 思考回路が
信じられない、こいつ……本当に
溜め息を吐いて、
「あのね、僕は生身なの。普通の人間なの。生きるか死ぬかでここまで来たの。油断なんかして死んでいる余裕ない訳。魔法になって頭まで悪くなったの? お分かりか、甘ったれな世界の僕」
『分かりましたよ、修羅夫さん……』
変なあだ名を付けられてしまったが、まあ、いい。
本体ではなかったとはいえ、この空間に奴の手がかりがある可能性は残っている。
「
『ねえ、本当に一般人としての人生を歩んだ僕なの……? 世紀末世界を生き抜いた僕ではなく?』
無機物の無駄口を無視して、僕はやって来た空間を観察する。
訳の分からない巨大なシリンダーのようなものが幾つも並んでいる。
壮大で、ごちゃごちゃして、何の用途も見出せない辺りが、実に僕の知る“魔法少女らしい”場所だ。
昔の暁美の背景もこんな感じだったような気がする。
ここで張っていて、奴は再び現れるだろうか?
そもそも奴が少女を勧誘していた理由は何だ?
まるで、どこぞの似非マスコットのような所業……。
『修羅夫』
「……何? あと、その謎のあだ名、定着させる気なの? その命名方式だと、お前は“甘夫”になるけどいいの?」
『面白いものを見つけた』
「喋る宝石より面白いものなんて世の中広しと言えどそうそうないと思うけどね」
『君の皮肉はもうお腹いっぱいだよ。それより、これを見て』
いや、どれだよと言いかけて、顔を横へ向けた。
そこには
半円型の天板がある、アーチ型の両開きの窓だ。
ガラス越しの景色は、暗い赤に染まっていた。
このシリンダーだらけの空間とは、また異なる異常な空間。
近寄って窓を開くと、外には街並みが広がっている。
暗い赤で満たしたような空間に、人気のない建造物だけが取り残されたような退廃的な場所。
「魔女の、結界か?」
『いや、魔女じゃないよ。これは──魔獣のものだ』
「魔獣……?」
サラッと新出の単語が出てきた。
やはりこいつ、まだ僕に隠している情報があるな……。本当に信用ならない。
『魔女の居ない世界での、魔法少女の敵さ。ほら、出て来るよ』
赤い世界の中心に白い
石膏像のような白い巨体は
白骨化した頭部を持つそれは緩慢な動作で、腕を振るったように見えた。
小さな人影がそれを
魔法少女だ。
黄緑色の、癖のある髪。白と紫の服を基調とした衣装、装飾や模様がどことなく映画のフィルムを想起させる。
知らない少女だ。
違う世界とはいえ見滝原である以上、巴さん辺りが登場するかと思ったが、予想は外れた。
「ふぅん」
少しだけ眺めた後、窓を閉めて別の場所を探そうとする。
それに無機物が質問してきた。
『助けに入らないの?』
「僕が? 何で? あれは魔法少女の敵なんだろう? 放っておけばいい」
あの魔獣とかいう獣要素皆無の化け物の討伐が魔法少女の役割なら、僕が手を出すことではない。
余計なことをする時間もなければ、助ける義理もない。
加えて、あれと戦うことが魔法少女の日常なら難なく倒せるはずだろう。
『でも、負けそうだよ。彼女』
「は? そんな訳……」
再び窓の外の景色を見れば、黄緑色の髪の魔法少女は数体の魔獣に囲まれていた。
武器らしき得物は手のひらサイズのハサミでどうにか防戦しているが、とても対処できているようには見えない。
というか何だ、あの小さなハサミは散髪用か?
まるでリーチが足りていないのに投擲する訳でもなく、ぶんぶんと乱雑に振り回しているだけだ。
まさか、今回が初陣という訳では……。
「いや、まだ仲間が助けにくるかもしれないし……」
『それでまで
「…………」
正直に言えば、僕はこの世界そのものに興味はない。
義理もない。情もない。
さっさと元凶を始末して、理不尽な理由で消えかけている暁美を救いたいだけだ。
魔法だと奇跡だのは元より嫌いだし、魔法少女という存在にも特別な思い入れは皆無だ。
暁美はいつ消えてもおかしくない。可能な限り、時間は有効に活用すべきだ。
その上、この『否定の魔法』を行使していて、何らかのデメリットが肉体や精神を
「協力者は……居た方がいいよね?」
『そうだね。魔法少女であれば、何らかの情報を得られるとは思うよ』
「……元凶を始末するために戦闘の経験は必要かな?」
『魔獣が相手ならピッタリだね』
僕の返答に待ってましたとばかりに間髪入れずに返す無機物。
……気に食わない。
まったくもって気に食わないが、今回ばかりはお前のご機嫌を取ってやろう。
「……これは貸しだよ」
『何か借りたつもりはないけど、それでいいよ』
八つ当たり気味に閉めた窓を蹴り開けて、僕は赤い世界へ飛び出した。
身体能力が格段に上昇しているようで、信じられないほどの跳躍力で建物の屋上を飛び移れる。
黄緑色の少女が囲まれた付近まで、五秒も掛からなかった。
『言うまでもないけど、布のままだとできることが限られている。さっきやってたみたいにステッキ状に丸めて打撃武器に……』
「何言ってるの? 布のままでいいんだよ」
『え……?』
戸惑う無機物を
伸ばされた腕を身体を捻って避け、更に接近する。
今日お越しになられたのは、全体を白で決めたスリムなお客様。
ワンポイントとして、首周りに黒いのスカーフで
お似合いですよ、お客様。
襟巻をお洒落に着飾ったところで、布地の端と端を接触させ、リング状になった布をそのまま手前に
テーブルクロス引きのようにパッと頭部の骸骨が胴体から離れ、僅かに浮いた。
再度、胴体に乗るが、ぐらりと揺れて転がり落ちる。地面に落下する前に消滅した。
残された胴体も前のめりに倒れると、切断部から崩れるように消えてなくなる。
残されたのは黒い小さな正方形の物体……。
「切断すると断面から消えるのか。落としたあれが、グリーフシードの代替物?」
『冷静に実験しているところ悪いけど、次は二体来るよ』
着地を狙って、二体の魔獣が僕を目掛けて挟み撃ちを仕掛けてくる。
魔女と違って同じ見た目のものが複数体居ても、仲間意識はない様子だ。完全に動きが揃っている訳でもないので、意識が同期している訳でもないのか。
着地寸前でシルクハットをフリスビーのように投げ、僕は布地を入り口にして空間転移。
シルクハットを通り道にして、移動すると魔獣同士が衝突して体勢を崩している姿を目撃する。
意外にうっかりさんな一面に心温まりつつ、ひっくり返った彼らが起き上がる前にステッキを突き刺していく。
片方は頭部。片方は腹部。
どこかに核があるのなら、部位によって消滅する時間差があるかと思ったが、消えてなくなったのはほぼ同時だった。
体積のどのくらいを失えば倒せるのかも確認したかったが、この魔法の効果が高すぎていまいち判別できない。
「え、当たれば必殺なの、これ……?」
『相手の質量によっては一撃では倒せないこともあるよ』
十メートルを超える巨人が一撃で消せるなら、逆に消せない質量ってどんな規模なんだ。
間合いにおいても、空間転移があるせいでほぼ制約がないに等しい。
この利便性が、かえってデメリットの恐怖を感じさせる。
……省エネで行こう。環境には優しくしないと、ね。
残っていた魔獣は大人しくステッキにした打撃を与え、消滅させていく。
飛び道具を持たない大ぶりな打撃しか持たない彼らは、位置関係させ把握しておけば脅威ではなかった。
周囲に居る個体を全て倒し終えたことを確認していると、黄緑色の髪の魔法少女は警戒するどころか、安堵の笑みと共に駆け寄って来る。
「いや~、助かりました。ホント、一時はどうなる事かと」
「……ねえ。魔法少女の常識から考えると、僕って相当得体の知れない存在だと思うんだけど、警戒心とかないの?」
あまりにも好意的に受け入れている魔法少女に、僕は
「確かにそうですけど、あなたは味方ですよね?」
「…………」
答えずに居ると、呑気な表情をしていた彼女も徐々に引きつっていく。
「え゛……。もしかして、味方じゃない……?」
どうしたしたものかと考えていたところ、研ぎ澄まされた聴覚が微かな物音を捉えた。
そちらへ視線を向けると、今度は見覚えのある魔法少女が現れた。
「おいおい。何だよ、お前ら?」
「ここは私たちの縄張りのはずだけど……あなたたちは」
槍を肩に担いだ赤い魔法少女、杏子さん。
マスケット銃を構えた黄色の魔法少女、巴さん。
建物の屋根に立つ二人の魔法少女は、僕の知る友達にそっくりだった。
いや、それより二人の発言に違和感がある。
なぜこの魔法少女も僕と同じ
「……待って。ちょっと待ってください。僕の方は分かるんですけど。こっちの黄緑色の髪の子は、あなたたちの仲間なんじゃないんですか?」
「はぁ? アタシは知らないよ、そんな魔法少女」
「初めて見る子ね。この見滝原にはもう二人魔法少女が居るけど、そんな子は知らないわ」
彼女たちは口々にそう答えた。
僕は横目だけで後ろに居る魔法少女を見る。
…………じゃあ、こいつ何なんだよ!?
何だか困ったような顔で巴さんたちを見上げる謎の魔法少女に、僕は心底そう思った。
つづく(かは未定です)……?