あの後、まず最初にあったのは織莉子姉さんの謝罪だった。
鹿目さんに対してはもちろん、瀕死の重傷に追い込まれた美樹や他の面々にも深々と頭を下げて謝った。
とても許されない事をしてしまったと、心の底から搾り出すような
「うん。じゃあ、許します」
驚くほど軽いその台詞に僕は流石に思わず口を出した。けれど、美樹は平然とこう言った。
「被害者の私がこう言ってるんだから別にいいでしょ。これでこの話はお終い。まどかもいいよね?」
一番実害を食らった美樹が簡単に許しを出してしまったため、暁美ですらこの件に対して文句を言えなくなり、しぶしぶと引き下がる。
上条君への失恋を経験してからは美樹は本当に竹を割ったようなさっぱりとした性格になった気がする。そこらの男よりも余程男前だ。こういうところはお世辞抜きで格好いいと思う。
ちなみに呉先輩は僕には謝ったが、
何でも、「政夫の嫌な事をしてしまった事は反省しているけど、あいつには謝る義理はない」だそうだ。暁美も暁美で前に銃を向けて殺害しようとした負い目もあり、そこで手打ちとなった。
一旦、ここでその話が終わった後、次に暁美が今まで隠していた違う世界から来たこと、そして鹿目さんを助けるために今まで戦ってきたことをここで皆に話した。
織莉子姉さんに言い当てられていたし、もう隠す理由も特になくなっていたから当然と言えば当然だった。
僅かだが、緊張したした様子で語り出した暁美に皆が黙って耳を傾けた。
そして、暁美の話が全て言い終えると美樹、巴さん、杏子さんは口々に感想を述べる。
「違う時間軸ってあんまりよく分からないけど、ほむらはほむらだし。『実は未来からやって来たまどかの娘だった!』ぐらいじゃないとインパクト薄いよ」
「……にわかには信じ難い事だけど、今更暁美さんを疑う気はないわ」
「なるほどな。それで色々詳しかった訳か。ていうか、もっと早く話せよ」
それぞれ言っていることは違うが、三人とも暁美の話を少しも疑っていなかった。鹿目さんは何も言わなかったところを見ると前に暁美とデートをした時にでも聞いていたのだろう。
暁美が繋いできた絆はこの程度のことで揺るいだりはしない。それを改めて自覚した暁美は潤んだ瞳でありがとうと繰り返し、お礼を言った。
もう一人で頑なに無表情を貫いていた彼女はそこには居なかった。そこに居るのは当たり前のように泣いて、当たり前のように笑える友達に囲まれた普通の女の子だった。
それに加え、織莉子姉さんたちもこれから協力する旨を約束してくれた。
一時はどうなることかと思ったが、最後には皆が笑って終われる、後に残る禍根もない素敵な終焉と
廃ビルから出た後は解散した後は、美樹は傷こそ治っていたが血を抜きすぎたために杏子さんに負ぶわれて帰宅、鹿目さんは制服を美樹の血で真っ赤に染めているので自分の家に真っ直ぐ帰る訳にもいかず、僕の学ランを羽織ったまま、巴さんの家へ服を貸してもらいに向かった。もう落ちないとは思うが巴さんの家で制服を洗濯するのだという。まあ、制服の方は織莉子姉さんが弁償すると言っていたので平気だろう。
僕は今回迷惑をかけてしまった彼女たちにお礼を述べて、見送った。
織莉子姉さんも呉先輩を引き連れて家に帰って行った。
最後に僕は彼女に他の人たちに聞こえないような小さな声で聞く。
「まだ鹿目さんを殺したいと思っていますか?」
「意地悪な事を聞くのね。……もう、そんな事できそうにないわ。あんなに優しい子なんだもの」
「それを聞いて安心しました」
元々、織莉子姉さんが鹿目さんに殺意を向けることができたのは、彼女が鹿目さんのことを知らなかったからだ。ただの危険物としか認識していなかったから排除しようとできた。でも、それが普通の……いや、心優しい女の子だと知ってしまえば、殺意や害意など浮かべることはできるはずもない。
織莉子姉さんもまた、本来は優しい人なのだから。
「で、何で僕はここに連れて来られた訳?」
僕は家に帰ってゆっくりと休みたかったのだが、暁美に付いて来て欲しいと言われ、なぜか彼女のマンションのドアの前まで来ていた。
僕も僕で彼女に話さなければいけない案件があったので都合が良かったとも言えなくもないけれど、呼ばれた理由について思い当たる節がなかったので気になった。
「取り合えず、中に入ってから話しましょう」
暁美がドアを開いて中へと入っていく。僕もその後ろに付いて行った。
部屋の中は筆舌に尽くし難い珍妙な空間が広がっていた。
白を基準とした明らかに広大な部屋の奥には巨大な
中央には床から直接生えた丸いテーブルとその周囲を囲うように婉曲したソファのようなものが置かれていて、その近くにはどこの国かも分からない文字や奇妙な絵が映された画面状の物体が宙に浮いていた。
「……ほむらさん、ちょっと言わせてもらってもいい?」
「何かしら?」
「この部屋借りてるんだよね!? こんなに魔改造しちゃっていいの!?」
このマンションの大家さんは貸した部屋がこんなイカれた空間に魔改造されているのを見たら普通は発狂する。間違いなく、正気は一瞬で削り取られるだろう。
というか、この光景を見て割りと平然としていられる自分がちょっと嫌だった。慣れとは本当に恐ろしい。
「家賃はちゃんと払っているわ」
僕に背を向けつつも、顔だけ振り返り、斜め四十五度くらいの角度に傾けた不自然極まりないポーズで暁美は答えた。
「いや、そういう問題じゃないよね、これは」
そして、何だ、そのポーズは。首を痛めるぞ。
頭痛を感じつつ、僕はこの件について暁美にとやかく言うことを諦めた。
こいつにはちょっと常識が欠けているのは今に始まったことじゃない。人の家に窓から無断で侵入する人間に何を言っても、馬の耳に念仏でしかない。
困るのは暁美に部屋を貸してしまったマンションの大家さんだ。僕は何一つ困らない。
「まあ、いいや。……それで改めて聞くけど、僕を連れてきた用件は何?」
「用、というほどものじゃないのだけれど……ただ、その、改めてお礼が言いたくて」
照れくさそうに視線を逸らしながら暁美は僕に身体ごと向き直った。
だが、僕にはお礼を言われるようなことはしていない。むしろ、僕が捕まったと聞いてわざわざ助けに来てくれようとしたことに対して、僕がお礼を言うべきだ。
「どういうこと?」
「今まで事、全部よ。貴方に会わなければ私は今も誰にも頼れないまま一人きりで過ごしていたわ。心から信じられる仲間もできなかった。美国織莉子や呉キリカと和解できたのだって政夫のおかげよ」
「いや、それはいくらなんでも言いすぎだよ。ほむらさんが皆と仲良くなれたのは自分の意志で努力した結果だよ。織莉子姉さんのことも皆の助けがあったからだしね。僕は別に少し手を貸しただけさ」
謙遜ではなく、本心からの言葉だった。これは暁美の努力が実を結んだだけで、僕は大したことは何一つしていない。
しかし、暁美は首を横に振った。
「いいえ、それは貴方が私にきっかけを与えてくれたからよ。政夫が私に人との絆の意味を教えてくれた。本当にありがとう」
暁美らしくもない丁寧で心のこもったお礼にむず
「そ、そうかな? ほら、あれだよ。ほむらさんの鹿目さんへの愛が僕を動かしたんだ」
すると、暁美は一瞬で周囲の雰囲気を氷点下に変えた。
顔をやや俯かせ、垂れ下がった前髪が彼女の目を覆い隠す。口の端をひくひくと小刻みに動かしているのだけが見えた。
「……政夫。貴方は何時までそんな勘違いをしているの?」
「勘違い? どういう意味?」
意味が分からないので、聞き返すと語調を強めて暁美は言った。
「私がまどかに恋愛感情を抱いているという事よ!」
「え? それのどこが勘違いなの?」
ますます意味が分からない。暁美が鹿目さんに度を越した好意を持っているというのは、もはや常識だ。
確かに僕は同性愛者ではないし、それについて深い関心がある訳でもないが、別にそれを貶すつもりは毛頭ない。
だが、暁美は僕の態度が気に入らなかったようで、さらに怒気を荒げる。
「私は確かにまどかの事を大切に思っているけれど、それはあくまで友達としてよ! それ以上の感情は持っていないわ!!」
僕は数十秒間の間、ポカンとした顔で暁美を見た後、彼女の肩を掴んで前後に力の限り揺すった。
「ど、どうしちゃったの、ほむらさん!? あの、まどかまどかと気の触れたように連呼していた君がそんなこと言い出すなんて……。らしくないにも程があるよ!? 自分のアイデンティティを投げ捨てる気!?」
呉先輩に痛めつけられた時に脳のどこかを傷付けてしまったのか?
それとも、度重なるストレスでとうとうおかしくなってしまったのか?
何にしても今の暁美は正常な判断力を失っている。恐らくは自分の言動すら理解できていないのだろう。
そうでなければ、暁美がこんなことを口にするはずがない。
「……政夫が私の事をどう認識しているのか、よく分かったわ。はっきりと言ってあげる。私はまどかに恋愛感情は抱いていないわ! そして、同性愛者でもない!!」
やさぐれた表情で口からひり出した暁美の台詞は、僕の中の暁美ほむらの人間像を一瞬で破壊せしめるものだった。
あまりの衝撃に尻餅を突き、後方に
「ば、馬鹿な……あり得ない……」
「あり得ないのは貴方のその態度よ!」
「こんなの絶対おかしいよぉ!!」
「政夫はどこまで私を怒らせれば気が済むのかしら……?」
僕は頭を抱えて現状の理解しようと努力する。
考えに考えを重ね、僕はある一つの仮説に辿り着く。
それは意味不明の暁美の言葉の謎を究明できうるものだった。
「これは僕が見ている夢、か?」
そう呟くや否や、僕に駆け寄ってきた暁美が僕の右頬を掴み、凄まじい握力で捻り上げる。
頬から伝わる激痛の電気信号が瞬時に僕の脳に届き、絶叫を上げさせた。
「いっひゃあああーー!」
「どう? これでも夢だと言い張るつもり?」
紛れも泣く僕は痛みを感じている。しかし、夢だというの可能性は決して
「ふぁんふぁふむほいふかほうへいほ……(訳・感覚夢という可能性も……)」
そう。夢の中でも痛みを感じることはある。
身体に受けたダメージだけが痛みとして知覚される訳ではないのだ。
例として、四肢を切断すると起きる幻肢痛という症状がある。これは例えば肘から先を切断した後、ないはずの手があたかも存在するように感じ、手首や指が痛むという感覚に悩まされるというものだ。
脳が前腕の切断前の痛みの記憶を残していて、その痛みを切断後にも起こしてしまう。
つまり、夢の中であろうとも痛覚は存在する。故にこれが現実だという証拠にはならない!
「なら、もう片方も」
暁美の容赦のない
さらなる激痛が僕の脳を襲う。
痛みによる整理反応を起こし、涙腺から雫が流れ出した。
「ひゃめへ! ひゃめへふへえぇぇぇーー!!(訳・止めて! 止めてくれぇぇぇーー!!)」
ようやく手を離した暁美は髪をかき上げながら、氷柱のような鉄面皮で僕を見下ろしている。
「これで夢じゃないって分かってくれたかしら?」
「はい……分かりました」
真っ赤になった頬を押さえ、僕は正座をしながら、涙を拭った。
ここまでやるか、普通。悪魔のような女だ。
しかし、こんなにも過剰な反応をするのは逆に怪しい証拠なのでは……?
「今また、私が同性愛者だと考えたわね?」
「い、いえ、滅相もございませんっ! 貴女様はノーマルでございます!」
こいつ、なぜそんなに僕に詳しくなっているんだ? コミュニケーション能力の上昇により表情から相手の思考を読み取れるようになったのだろうか?
これが僕のせいだというのなら、僕はとんでもない化け物を世に生み出してしまった。
恐怖を感じながら、土下座をして機嫌を取る。これ以上、頬を抓り回されたら冗談じゃなく、頬の肉が引きちぎられてしまいそうだ。
「何でこんな事を伝えるのにここまで労力を使わないといけないの?」
疲れたように暁美は溜め息を吐くが、それは僕の方が言いたい台詞だ。
暁美が同性愛者だろうと何だろうと、どちらにしろ僕にはそれほど関係ないことだ。
けれど、暁美がレズビアンじゃないとすれば、上条君を振った理由は何だったのだろうか?
そこだけ腑に落ちなかった。
お互いが一先ず落ち着いたところで、僕と暁美はソファに腰掛けて話を始めた。
まず、僕が前から暁美に話そうと思っていたグリーフシードのリサイクル方法を彼女に聞かせる。
「グリーフシードは穢れが溜まれば魔女が
「グリーフシードをキュゥべえに渡さないという考えはなかったわ。でも、そううまくいくかしら? 途中で魔女を孵化させても私たちの魔力が回復できないかもしれないわ」
暁美の疑問はもっともだ。丁度良く、グリーフシードから魔女が孵った時にソウルジェムのエネルギーが回復しなければ意味がない。魔力が足りずに生まれた魔女に負けたら元も子もない。
「だからこそ、複数で戦うようにすればいい。なるべく魔力を使わないようにして、皆で均等に魔力を使って戦うんだ。そして、少しづつ魔力をグリーフシードで回復する。丁度、あと一回使えば魔女が孵化するように計算して留めて置いて人気のない場所で生まれさせて戦えば、取りあえずは魔法少女の共倒れの危険は減らせると思うよ」
「確かにそれならグリーフシードの枯渇による魔女化は防げるわ。……それにしてもよく思いついたわね。私にはなかった発想よ、魔女をあえて生まれさせるなんて」
それは暁美が魔法少女だったせいだろう。固定概念というものだ。
『魔女が生まれてしまう危険があるからグリーフシードは支那モンに渡さなければいけない』という思考がそのまま染み付いてしまったのだ。
逆に部外者の僕にはそれがないため自由な発想ができたという次第だ。
そして、これを実践されれば必ず支那モンは困る。
そうなれば奴らは、前よりも一層感情豊かな行動に出てくれるだろう。
ああ、本当に楽しみだ。
心優しい女の子相手にしか商売してこなかったあの似非マスコットに、人間の邪悪さを持ってお相手しよう。
本当にこちらの政夫はIF世界の政夫と驚くほど対応が違いますね。
でも、こちらの彼も出会い方さえ違えばああなっていたんです。もう手遅れですが。
さて、次はとうとうワルプルギスの夜編……と行きたいところですが、キュゥべえ編がちょこっとだけあります。
まったく、本当に終われるのか心配になってきましたよ。
話は変わりますが、活動報告でも書いたとおり、navahoさんが『まどか?ナノカ』と『IS×GARO』のコラボを書いてくださいました。良かったら読んでみてください。
この小説より面白いかもしれません。
何より、苦痛に悶える政夫が見れますよ。ぐふふ。