戦姫絶唱シンフォギアF to G 終わりのあと、始まりのまえ 作:きさらぎむつみ
口ずさむメロディは、今日の天気のように朗らかだ。
「……ねぇ、フォルテ。その歌、いつも歌ってるよね? いつ覚えたの?」
私の知る限り、一緒に過ごしてきた間に私は彼女の声以外でこの旋律を聞いた覚えがない。
「んーっ……いつ覚えたんだろう? 分かんないなあ……かずねちゃんにはそういうの、ない?」
「あー、言われてみればあるかも。でもその歌は、聴いた覚えがないんだよねぇ」
「……この歌、かずねちゃんが嫌なら止めるよ?」
「違う違う、逆。私、フォルテが歌ってるその歌が、すっごい好き」
「本当?」
手を振って否定する私に、彼女は問いかけてきた。
「ホントだって。私は、フォルテがそうして楽しそうに歌っているの、大好きなんだから」
「そう……よかったあ~」
「だからもっと続けてよ、ほらほらッ」
私の煽りに、頬を紅潮させたフォルテが少し恥ずかしそうにして、ハミングから歌を再開した。続いてメロディを、そして詩を乗せ歌となる。
何度も聴くうちにいつの間にか覚えてしまったその歌を、私も一緒に歌い始める。私たちの歌声が、絡み合って一つに溶け合う。
そんなある日の、陽だまりの下での記憶を、私はとても大事に覚えているのだった。
* * *
明くる日の午後、トレーニングルームでの身体能力検査を終えて自室に戻った私とフォルテは、内線通話によって呼び出された。
向かう先は
「一体何だろうね、かずねちゃん?」
「スケジュール以外での呼び出し、なんてねぇ……?」
前もって決められた予定、例えば戦闘訓練後の報告などを除けば、ブリーフィングルームに突然呼ばれることなんてこれまで一度としてなかった。
何か落ち度があったような覚えは特にない。もしあれば、昨日の時点で告げられているはずだ。
「……もしかして、かずねちゃんが太ったから、とかかな?」
「あ、あんたと同じ物しか食べてないでしょうがッ!」
そりゃ、確かに太りやすさには個人差はあるものだけど……。
「まあ、それは冗談として……私たちが呼び出されるような用件ってなんだと思う?」
フォルテが小首を傾げながら、私に尋ねてきた。
私は軽く握った右手を唇に添える。そして考え込む。
「いや、分かんないなぁ。心当たり無いし、さっぱり」
「だよねえ~、何だろう?」
私は考えるのはやめて、両手を緩く上げて正にお手上げ、というポーズをとる。
「まぁ、今考えてもしょうがないでしょ。これから嫌でも聞かされるんだから」
そうしたやり取りをしているうちに、私たちはブリーフィングルームの正面までやってきた。
扉の中央に据えられた認証システムに掌をかざすと、無機質な表面をした機械仕掛けの扉が左右に開いた。
「
「入りたまえ」
部屋の中には私たちの担当管理官であるスチュアート氏ともう一人、見知らぬ顔のスーツ姿の男性がいた。
男性は私とフォルテを見るとわずかに微笑し、判断できる程度の深さで会釈をしてくれた。
「こちらの彼は、今回の案件について動いてくれているエージェントのリーダーだ」
「よろしくお願いします。和音さん、フォルテさん」
穏やかな笑顔で差し出してきた左手を、私は握り返し、続けて差し出されたフォルテも握手で応じた。
「あなたのことは、なんとお呼びすれば?」
「僕のことは……ジョン、とお呼びください。色々ありますからね」
なるほど、そういう立場の人なのか。すると続く名前はやっぱりスミスなんだろうか。
「今回、彼と彼のチームによって、君たち二人に動いてもらいたい、極めて特殊な案件が浮上した」
スチュアート氏は気持ちが落ち着かないのか、腕組みした右手の指を左肘の上でリズミカルに跳ねさせていた。こんな様子の氏を見るのは初めてかもしれない。
「F.I.S.内部に、不穏な動きが存在することが確認された」
「不穏な……動き?」
「端的に言えば、あるレセプターチルドレンの無許可の移送……いや、実際の動きはおそらく拉致、誘拐のそれに近いだろう」
フォルテの疑問に、スチュアート氏は苦虫を噛み潰す直前のような表情で答えた。
「組織内のどの部署が関わっているのか、現在はまだ調査中です。実行役が、計画のトップが誰なのか、どちらも未だ確定できません」
ジョン氏の言葉がスチュアート氏の言葉を引き継いだ。
計画の存在と概要だけは掴めた。というよりもそれ以上は現時点では全く不明だ、ということなのだろう。
「だが、彼らのターゲットとなる人物、そして計画の実行されるタイミングは絞り込むことが出来た」
スチュアート氏がデスク上のフラットキーボードを何度かタッチすると、正面の壁一面のモニターに一人の女性の姿が表示された。
「マ、マリアさん……」
「そう、拉致誘拐の対象者はおそらく彼女、マリア・カデンツァヴナ・イヴだ」
レセプターチルドレンの中で唯一の、F.I.S.外部での活動を容認されている人物。そして、聖遺物『ガングニール』の装者。“研究資料”としてのレセプターチルドレン。
目的が何かは不明でも、攫う対象としては十二分な選択だろう。
「そしておそらく、彼らにとって最大のチャンスは……今夜だ」
続けてモニターに、スケールサイズの違うマップがいくつか、表示される。
「明日、日本で行われる「QUEENS of MUSIC」に向けて国を発つ彼女を襲撃するには、今夜の全米ツアー最終公演終了後、そのタイミングが最大にして最適だと予想される。
内部調査は引き続き継続しているが、もし今夜狙われているとするならばそちらは間に合わない公算が高い。
まずは何としても、実働部隊の動きを阻止し、彼女を守り抜く必要がある……」
モニターを見ながらそこまで告げたスチュアート氏は、一旦言葉を区切って私とフォルテに向き直る。
「F.I.S.S.T.の管轄としては埒外の任務となるが、現時点で秘密裏に活動させられるのが私の直轄管理下……君たちを含めたほんのわずかな手勢だけだ」
スチュアート氏の表情には若干の苦悩の色が浮かんでいた。
「すまないが、君たちに動いてもらう。いいな?」
その言葉の意味するところに、私は否応なく意識させられる。
おそらく、隣に並ぶフォルテも気付いたに違いない。小さく息を飲む音が、彼女の口から洩れたからだ。
「はい、構いません。私は、命令を頂ければどのようにでも動きます」
「わ、私もかず……相楽和音と同じく、頂いた命令を遂行します」
私の言葉に、フォルテの言葉が続いた。
ふっと一瞬、スチュアート氏の表情が和らいだように思えたが、すぐにそれを内に戻した氏の様子に「流石に大人だな」と私は思う。
「では、すぐに動いてもらう。今任務の詳細はジョンから説明を受けてくれたまえ。ジョンはそのまま、君たちのサポートメンバーとして共に行動することになる」
スチュアート氏はジョン氏の方へと向くと一度首肯き、それに彼も頷きかえす。
「頼んだぞ、和音、フォルテ。マリアを守り抜いてくれ」
* * *
「ずいぶん急な依頼でしたが、何か特別な訓練ですか?」
私とフォルテは生化学研究部門の一室で、適合制御薬『LiNKER』の投与をその開発担当者のウェル博士から受けていた。
「いえ、私たちも詳しくは聞かされていないんです」
「そうですか。お二人は適合係数が安定しているので、成分調節に時間がかからなくて助かりますよ」
私の首筋にLiNKERを注射したウェル博士は、続いてフォルテに注射する準備をする。
「それに、“こちら”の試験運用もさせて頂けるということで、私としては渡りに船、といったところでしょうか」
私は、脇に用意されていたベルトを首に巻き始めた。太いチョーカーのような、そして密着させる感じに巻きつけるそれには、小さなカプセルとスイッチが付いていた。
「今の分が切れかけたら……これを押すんですね?」
「ええ、連続投与用に成分調整したLiNKERが打ち込まれます……まだ、機能テスト段階ではありますがね」
注射の終わったフォルテも同じベルトを首に巻きつけ始める。
「しかし、連続投与でギアの活動時間を延ばすというのは……なかなかに興味深い訓練ですねえ」
「ですね。私も何をするんだか、少し興味ありますよ」
例えウェル博士といえど、部外者には秘匿する内容だ。私は適当にはぐらかす。
「では、いいデータを持ち帰って下さることを、期待しておりますよ」
「ご期待に添えるかどうか分かりませんが。それでは、失礼します」
「ありがとうございました」
私とフォルテは、ウェル博士の笑顔を受けながら退室する。
何故なのだろうか、この人はいつも笑顔を浮かべているような気がするのだけれど、穏やかそうなその印象を私は素直に受け入れることが未だに出来ない。
これが、生理的に受け付けない、というやつなのだろうか。
そんなことを考えながらも、私たちの足は指示通りの場所へと向かう。
その足が知らぬうちに早足になるのを、私たちは抑えきれずにいた。
* * *
私とフォルテは向き合うようにして、車の揺れに身を委ねていた。
ジョン氏とは違うスーツの男性が運転するトラックに曳かれた、内部に現場指揮システムを搭載されたコンテナのに乗り込んで、私たちはマリアの全米ツアー最終公演が行われる海沿いのスタジアムへと向かっていた。
「……私たちが今日相手にするのって、ノイズじゃなくって、その……」
フォルテが言いよどんで、続くはずの言葉が消え失せた。
「うん。きっと、普通の人だね。武装くらいはしてるだろうけど」
私は彼女の言葉の続きを予想して、替わりに声に出した。
「気をつけなきゃね……まあでも、多少の怪我くらいはさせたって大丈夫でしょ。不届きなことを考えている連中なんだから」
「そう、なのかな?」
「少しくらいは痛い目みてもらわないとね。それに、なかなか出来ないわよ、“手加減”の訓練だなんてね」
「そっかあ。そういう訓練、のつもりでいけばいいんだね、うん」
自分の思いに塞ぎ始めていたフォルテの表情が、まだ少し強張っていたが和らいだようだった。
少しは重い気が薄らいでくれたようで、私も安心する。
翳りのある彼女の歌声など、私は聴きたくはない……。
「!?」
重低音の警告ブザーを鳴り響かせて、突然指揮モニターの1つが激しく明滅する。
ジョン氏がすぐさまモニターを確認し、一瞬言葉に詰まったあと、驚きを隠さずに私たちに告げた。
「アウフヴァッヘン波形の発生を確認……近傍でギアが起動しています」
「なッ!」
「……!」
思わず声を上げる私。向かい側のフォルテはあまりの驚きに声があげられないようだ。
ギアの長時間運用が予定されている、と指令は受けたときに、それは単純に長時間の警護任務なのだと思っていた。
でも、ほんの少しだけ引っ掛かりを感じていたのも確かだった。その正体は、これだったのだ。
(F.I.S.内部の不穏分子の中には、シンフォギア装者が含まれているッ!)
「発生したアウフヴァッヘン波形の反応は二つ……くっ、ここの設備ではパターン照合に時間がかかる!」
ジョン氏の苦々しい叫びが聞こえた。
事態はこちらの予想を上回る展開の早さで、状況は私たちの温い思考より遥かに険しい。
「私たち、出ます! 車を停めてください」
フォルテが声を荒げる。その表情はすでに訓練中の厳しいものへと変わっている。
彼女のこうした切り替えの早さこそ、彼女をノイズに立ち向かう“戦士”たらしめているものなのだ。
「行こう、和音ちゃん」
「うん!」
すでにコンテナの扉へ手を掛けるフォルテに促され、私もそちらへ向かう。
ジョン氏のインカムから指示を受けた運転手がトラックを停めた。同時にコンテナの扉が開き始める。
フォルテが、続いて私も、身体一つ分が開いた時点で扉から飛び出した。
「進行方向右側、二時の方向です。こちらよりも会場に近い、ビジネス街の外縁区域。会場はまだ、これからアンコールステージが始まるところです!」
インカムからのジョン氏の報告を受ける。このまま向かわせたら、終演直後どころかステージ上のマリアが攫われかねない。
--- Cromgeakffowe pickteama ascalon zizzl ---
ハイウェイをスタジアムの方向へ駆けながら、フォルテが聖詠を唄う。
彼女の全身が光に包み込まれ、その光の中で聖遺物『アシュカロン』がシンフォギアへと再構築されていく。
フォルテに先行させるわけにはいかない。彼女の進む先の露払いは私の役目だ。
--- Weragealren aigis zizzl ---
私の口から聖詠が紡がれる。
その瞬間、私の全身は溢れんばかりの光の奔流に覆われ、聖遺物『アイギス』が再構築されたシンフォギアをその身に鎧う。
「フォルテ、私が先行する。いつものフォーメーション。ジョン、相手の正確な位置をナビゲート、お願いします」
「分かりました。そのままスタジアム方向に進んでください。波形発生元の装者は現在、建設中のマリンサイドハイウェイを移動中」
脳裏にこの街の大まかな地図を思い起こす。
ダメだ、普通に走って跳んでじゃ、いくら常人離れした装者でも追いつけない。てか、そもそも向こうも装者なのだから。確実にアドバンテージを詰めるしかない。
「フォルテ、私に掴まって!」
「了解」
それだけの言葉で察してくれた彼女は、私の背中に飛び乗るように抱きつくと、両腕を首にまわしておぶさってくる。
「しっかり掴まってなさいよぉッ!」
それだけ言って、私は目の前の適当なビルの屋上付近目がけて右の拳を突き出した。
♪「守りたい その命 護りたい その願い」
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Elastic [Ⅱnd.] Euryale
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突き出した右手で握り持つ盾の中央から、一本のケーブルが伸びる。ワイヤーを幾重にも織り込んだ
背中にフォルテを背負ったまま、私はハイウェイの路面を強く蹴って中空に飛び上がる。
♪「救われずに 零れ落ちてゆく」
跳躍の最高点でケーブルを引き戻す。一気にビルへの距離が縮む。高度はほぼ変わらない。
私は次の目標と定めた手頃なビルの高層階に向け、今度は左手の盾を突き出す。右の盾からのものと同じ蛇管が飛び出して、今度も狙った位置にその先端が喰らいつく。
この伸縮自在のケーブルも『アイギス』のシンフォギアに備わっている力なのだ。
「……いつも思うけど、これって映画のス――――」
♪「全ての想――――おねがい、その先は言わないで……」
「ぱい……うん、ごめん」
客観視してどう見えるかなんて、私も十分なくらい分かってるわよ……。
というか、いつの間にそんなものを知ったのだろうか。
* * *
「和音さん、フォルテさん。そのまま直進で十秒後に接敵します」
「ええ、こっちでも目視した」
スタジアムから一区画ほど離れた大型イベントホールの平らな屋根の上。私は二つの人影を発見した。
私は最後のケーブルを引き戻し盾に納め、慣性に身を委ねながら何の支えもない空中に躍り出る。
「フォルテ、着地準備。即、警戒で」
「うん」
フォルテが私の首から腕を解くと、私の右に並び舞う。
いつのまにか、そしていつものように、彼女の手が私の右腕を掴んでいた。盾を握っていて繋げない手が少し恨めしい。
フォルテの右手が腰の左側に携えていた両刃剣を抜いて構え、びゅんと横薙ぎに払う。
ふわっと私を、私たちを前方下方に引き寄せていた加速度が一瞬で緩やかなものに変わる。
『アシュカロン』で発生させた加重振動波で勢いを相殺したのだ。
「よっ」
タタッ、と二人の足音が重なった。そのまま、前方に目を向ける。
まだ低い位置の月明かりが、人影を逆光に包み、その姿を明らかにさせない。
私とフォルテは二つの人影に向かって歩み、近付き始める。当然、警戒は怠らない。いつでも防御態勢をとれる心積もりで前へと進む。
「波形パターン照合終わりました。一致した聖遺物は――――」
「『イガリマ』と『シュルシャガナ』、ですね」
インカムから聞こえてきたジョンの言葉を、隣のフォルテが遮った。そして、それが答えだった。
人影の正体は、もうこの距離なら明らかだった。
同じレセプターチルドレンの、
「来やがったデスか……」
「……相楽和音……フォルテ……」
それぞれが翠色と紅色のギアを纏った姿で、そこにいた。
#2 fin.
次回予告
想いを唱にのせたのは、己なのか、他の誰かか。
斬り払うべき闇は、目の前に広がるのか、背後を覆うそれか。
進む先を示す光を求め、少女たちは刃を交える。
EPISODE 3
途切れた歌に、調べは交じる
叫びはいくら想いをのせても、誰の心にも響かない。
混沌の中では何人も奏でられず、己の唱も届かない。
オリジナル用語解説
『アシュカロン』
(追記)
加重振動波の発生はアームドギアである両刃剣を中心に、装者自身にかかる圧力を軽減・相殺する使用法が可能である。
しかし、圧力ベクトルを計算してからの発動となるため、繊細な調節と瞬時の判断が要求される。
『アイギス』
(追記)
アームドギアとして展開した盾の中央から伸縮自在のケーブル『ゴルゴーンヘア』を発生させることが出来る。
ケーブルの長さ、先端の形状、湾曲の状態、伸縮する軌道などは装者が自在に設定可能。但し、装者の肉体、精神状態に大きく左右される。