戦姫絶唱シンフォギアF to G 終わりのあと、始まりのまえ 作:きさらぎむつみ
彼女は夜風にマントをはためかせ、月光にその手の槍を煌めかせる。
「……そう、そういうことだったわけか」
私は独りごちた。
「どうして……」
フォルテは驚きを隠さずに呟いた。
こうなってしまっては、もうどういうことか理解せずにはいられない。
マリアがこの場に現れた。装者として、シンフォギアを鎧って。
それが何を意味するか、そしてどうすればそうなるのか。
導き出されるのはおそらく。
(マリア自身が、この計画に加担していた……そもそも、誘拐なんて計画は最初から無かったってことだ!)
* * *
「……切歌、調、これはいったいどういう状況」
「分からない」
「まあ、
マリアの疑問を向けられた二人が、それぞれがそれぞれに“らしい”答え方をした。
「マリアさん……いえ、皆さん、どうしてなんですか? 一体、何をしようとしてるんですか?」
フォルテが三人に問いかける。
その言葉に、マリアがこちらへ振り返る。彼女は静かに、厳かに右手の槍先を天空へ向け掲げた。
「我らはこれより大義を為す! 『人類救済』という大義をッ!」
そして叫んだ。
……言葉が出ない。彼女の放った言葉の意味が読み取れない。
フォルテも驚きのあまりに絶句している。
マリアは更に言葉を続けた。とても高らかに。
「米国政府が人類存亡の危機が迫りつつある事実を隠し、あまつさえ特権階級層のみがその危機より逃れようと画策しているという真実。
私たちはそれを糾弾し、そして、災厄により失われる無辜の命を可能な限り救い出すため、立ち上がるッ!」
「人類……存亡?」
その言葉の意味は私にも分かる。ただ、余りにも茫洋としていて具体的なイメージが私には想像できない。
「それが私の……神代の武具をその手にし、この身に『
フォルテからも言葉はない。しかし、その表情から驚愕は読み取れた。
今、マリアは何て言った?
フィーネを……宿した?
マリアは天を、天上の月を刺し貫かんばかりに掲げていた槍をゆっくりと降ろし、こちらを見つめる。
その眼差しに嘘偽りは見受けられない。
双眸の鋭さをそのままに、彼女は私たちに向け左手を差し伸ばした。
「二人も、こちらへいらっしゃい」
真剣な面持ちのまま、わずかばかり口角を上げるマリア。
「貴方達もシンフォギアを纏う者。ならば、その神なる力を持って、共に人々を災いより護る意志の具現と成りましょう」
厳しさはあれど、
「……どうして、ですか?」
いくらかの沈黙の後に声を発したのはフォルテだった。
「マリアさんは今、“無辜の命を可能な限り救い出す”と言いました。
……どうして、“全て救う”んじゃないんですか?」
はっとして、私はフォルテの顔を窺った。その表情にはすでに先ほどまでの狼狽はなく、射抜くような眼差しでマリアを見据えていた。
「“全て”を救うことは出来ないんですか? 違う方法は無いんですか?」
「全てを救えるなどと思うのは、傲慢以外の何ものでもないわ。今までも人は、無数の犠牲を積み連ねて、種を長らえさせてきたのだから」
一蹴されるフォルテの言葉。
「でも、誰も犠牲にならないのなら、それが一番いいでしょう? その理想を模索することは出来ないんですか?」
「手段の伴わない舌先の理想など、所詮は妄言空想の類でしかない」
「……全てを救う道は選ばない、と、そう仰るんですね?」
その問いかけにマリアは答えない。
「では、私はそちらへ行きません。もし私が進むとしたら、それはマリアさんたちとは違う道です」
フォルテの声が夜闇に凛と鳴り響く。
「そう。それは、そちらの貴方もなの?」
私へと向けられたマリアの言葉に、私は一つ静かに深呼吸してから口を開いた。
「私はフォルテの前に立ちはだかる全てから彼女を守る。これまでも、これからも」
世界だ人類だなんて大きなものを守るつもりなど、元より更々ない。
私はこの両手を、フォルテを守るため以外に使うつもりはない。
「そう……ならいいわ」
マリアは私たちに向けて出した手を握りしめると腕を下ろし、マントを翻して背を向いた。
「貴方達に用はない。私達は私達の道を進むのみ」
「そうはいきません」
言い放って一歩踏み出したマリアの足を、フォルテの言葉がそれ以上進めさせなかった。
「マリアさんたちがどちらへ向かおうとしているのか知りませんが、私達はそれを止めるべきだと思いました」
「そうね、どうしてこんな妙ちきりんな事態を巻き起こしてんのか、ゆっくり訊かせてもらわないといけないからね」
「……そう、私の前に立ちはだかるのね」
マリアが再び、私達二人に向き直る。
「ならば、アームドギアを構えなさい」
彼女が右手のアームドギア、『ガングニール』の槍を構える。
「切歌と調は手を出さないで。私は今からこの二人に、私の“覚悟”を見せるのだから」
* * *
♪「我が胸に灯った 救世の火は」
朗々と唄い始めたマリアが向かってくる。
私は盾を、フォルテは剣を構え立ち向かう。
♪「荒ぶ嵐でも消せはしない 栄光の
槍の一突きを一歩前へ踏み出した私の盾が迎えうつ。衝撃が左半身を駆け抜けた。
私の横から躍り出て、フォルテが剣で刺突を繰り出す。マリアの槍が横に薙いでそれを払った。
♪「いま例えこの身を 失おうとも」
私は右手で握りしめた円形盾からスパイクを突き出し殴りかかる。その先にマントが立ち塞がった。
硬いッ! 見た目から想像できない硬度の壁がそこに存在した。
まさか、このマントもアームドギア?
♪「目指す理想の礎と 成り果ててもいい」
フォルテが横薙ぎに振るった剣から放たれる加重振動波。マリアがマントを翻す。
そのままマントは地を穿たんと竜巻く螺旋と渦動して、振動波を辺りに掻き散らかせる!
やはりそうだ。彼女が使うあのマントもアームドギアなんだ!
♪「路に迷う者には 光を掲げよう」
刹那、マントの渦巻きが開かれ、槍の刺突が迫りくる。左の盾が迎えうち、伸ばしたスパイクを槍のように撃ち合わせて鍔迫り合う。
頭を覆う様に掲げた右手を足場に、フォルテが跳躍する。
♪「閃光の
上方からの集束加重振動波刺突、一撃の必殺を――。
瞬時に大きく翻ったマントが、空中のフォルテを一打撃で叩き落とす。
強烈な加速を伴って、フォルテの身体はホールの屋上に打ち付けられた。
「フォルテッ!」
♪「絶対に失くせない 想いを叶えよう」
マリアは一度引いた槍で突く、突く、斬り払い、振り下ろす。
私は両手の盾でそれを受ける、捌く、受け流し、受け止める。すかさず空いた左腕での弧を描くような拳撃、スパイクを伸ばしてマリアをつらぬ――。
♪「義勇の為に 未知を貫け」
突き出した左腕をマントが包み込み、絡みつく。
そのまま強引に身体を引っ張られた! 肩が外れそうな軋みを上げる。
「ぐっ…ああっ!」
全身を捻り投げ飛ばされ、そのまま叩き伏せられた。
♪「迷いも悔やみもなく 希望の旗振れよ」
フォルテが駆け、二度、三度と剣を振るう。両手持ちで、振動波で覆った重圧を伴う斬撃。
マリアが槍の穂先で受け止め払う。返す刀で更に防ぐ。翻るマントが弾く。
引いた槍を踏み込むと共に突き伸ばす。貫かんばかりの尖撃を、両刃剣の腹が受け止める。
♪「夢想を今唱えたら 誇りを示せ」
「……っくッ!」
その勢いに大きく突き飛ばされたフォルテ。
追撃に駆けるマリアの前に立ちはだかり、左手に大盾を、右手にほぼ馬上槍と化した小盾を構える私。
「……ふっ」
私を見据えたマリア。その目から戦う者の色が褪せ、侮蔑のそれへと変わる。
「あなたは……つまらないわね」
明らかに嘲笑を浮かべたマリアの表情。
「聖遺物『アイギス』のシンフォギア。その特性は女神アテーナーの陣営を守護し、敗北を否定する“絶対防御”。
しかし……あなたは何も守れていない」
「え?」
「いくらその盾を翳そうと、あなたは守ることができていない。共に立つ仲間どころか、己自身すらも」
向けられたマリアの言葉は、どんな槍先よりも鋭く。
「あなたの動きは全て“後の先”。“盾”としての役割なら確かにそれは正しいわ。
では、あなたが受ける攻撃が想像を遥かに超えるもの……そう、例えば“巨大質量の落下”なんていう“絶対破壊”だったとしたら?
防ぎきれないあなたは、そこで粉々に砕かれ果てるしかないの?」
続けられた言葉の槍が、私の心を刺し貫いた。
「……」
全身が急速に脱力する。立っていられなくなって、自然と膝が折れる。
更に腰も砕け、へたり込む。私は目の前に槍を構えたマリアがいるにも関わらずに、ぎこちなくフォルテの方へ頭を向ける。
突き飛ばされたまま倒れている、動かないフォルテの全身が目に入る。
私が守ると決め、守ることの出来なかったフォルテの姿が。
「あ……」
私は傷付き、フォルテも傷付き倒れている。
いや、自分のことなんかどうでもいい。
私はフォルテを、自分で絶対守ると決めたものを、全く守れていなかった。
「まだ、あの子の方がギアを構えるに相応しいわ。全ての一打に必殺の想いが籠っているもの」
フォルテはいつだってそうだ。彼女は振り返らず、立ち止まらず、いつだって全力で剣を振るっている。
「あ、ああ……」
意志とは関係なく自然と、言葉にならない声が喉から溢れる。
私は視線を自分の手に戻す。その両手に握られた盾は、しかしその役目を果たしていない。
「あなたは、シンフォギアを持つべきではないわ」
マリアから振り下ろされた言葉の斬撃に、私の心は砕かれ――
「……そんなこと、ない」
聞き漏らしそうになるほどの小さな声は、まぎれもなくフォルテのものだった。
振り返ると、彼女は弱々しくも、両刃剣を支えとして立ち上がろうとしていた。
「いつだって、和音は、私を、守ってくれてた」
フォルテは苦しげに、しかししっかりと立ち上がった。
右手だけで力強く剣を握り、マリアに向けて構える。
「私がいつでも全力で剣を振れたのは、ただそれだけ」
そのまま彼女は無手の左を握りしめて、首の高さに上げる。
「マリアが和音を、『アイギス』の装者に相応しくないなんて言うなら」
その拳を、彼女は勢いよく首筋に叩き込んだ。
その場所にある物は、私と同じ、LiNKER追加投与のスイッチ。
「私は和音の前に立つあなたを、マリアを斬り払うッ!」
右中段の構えのまま、フォルテがマリアに向かって奔る。一瞬でその間合いを詰めた。
マリアの横を駆け抜けた瞬間に、剣戟が響く。
攻撃を弾いたマリアの槍が構え直る前に、体を向き替えたフォルテが更に白刃を一閃させる。
それをマリアは槍の穂先ではなく柄で受けた。
弾かれた勢いをそのままに、フォルテは更に身体を捻って振り向き回転し逆からの横薙ぎ。
その剣を受けたのはマリアが広げたマントの端。
♪「あと一つだけ 願いを望むなら 大事なものを 全て 護れる力」
フォルテの声で、唱が奏でられた。
彼女の剣がその旋律にのって、流れるように払われる。剣戟の甲高い響きが立て続けに夜闇を斬り裂く。
♪「もう誰も哭かない 世界を祈り 昏く穢された 空を 果てまで」
十何度目かの剣戟がより強く響いて、フォルテの身体が宙に舞う。
姿勢よく跳躍した彼女がそこで剣を薙ぐ。
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GRAVITY◆SLASH
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その衝撃が到達する前にマリアは後ろに跳んで躱す。
フォルテの身体がそのマリアを追うように空を駆けた。後方へ発した振動波の反動を使って軌道と速度を変えたようだ。
♪「浄める唱を 唄えるならば」
一瞬で迫ってきたフォルテの剣に目を見開くも、マリアはマントは螺旋へと変え防ぐ。
振り下ろした剣先から振動波を噴出して、フォルテはマリアを真下へ捉える場所まで飛ぶ。
♪「思い出も 捨てて 逝ける」
フォルテが高らかに唱えた。
♪「綺麗な星の灯りが くらやみさえ 斬り開く」
まるでタクトのように両刃剣を振るうフォルテ。四拍子を刻むその一振り一振りが加重振動波の斬撃。
凄まじい回転の螺旋で、マリアはその連続波動を撥ね退ける。
いくら弾かれようと、フォルテは剣を振るうのを止めない。
己の声で紡ぐ旋律にのせて、何度も何度も剣を振るう。
♪「その先へと」
次々と放たれる振動波の圧力が増した。
マリアに向けてリズミカルに、菱形の軌跡で振り続けるフォルテの剣筋が、その囲われた中に振動波を共鳴させていた。
共鳴が更に共鳴し、振動波が波紋のように空間を歪める。
♪「歩み続ける私は まだ彼方を みつめてる」
マリアへの攻撃はとどまることなく螺旋の中に彼女を釘付けにし、剣の一振りが増すたびに軌跡の内側の歪みが色を持ち始める。
大気を巻き込んで異常なほどに束ねられた振動波の超重圧力は空間を白く濁らせる。
♪「貴女の声を」
四拍子目を振り上げたフォルテが、濃淡の白が渦巻く超重圧を押し出すようにマリアへと斬りかかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
DIAMOND◇SABER
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
♪「信じて」
マリアを覆っていた黒い螺旋が弾けた。彼女の姿が現れる。
マリアは天に向けてアームドギアを掲げていた。広がっていたその槍の穂先から光の奔流が溢れ出る。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
HORIZON†SPEAR
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
私の眼前で、白濁の剣と閃光の砲火が衝突し、
暗闇を白光で染めあげた。
#5 fin.
次回予告
斬り突き合いの果てに残るのは、慟哭の嘆きだけ。
衝き動かされる想いを止めるのは、己の無力を嘆く声。
少女は己の誓いを貫くために、己の無力を捨てる。
EPISODE 6
願わくば想い、貴方と叶えし
その胸に君と、己の願いを織り込んで。
合わせた手に握る願いは闇裂く祈りか。
オリジナル設定解説
(追記)
『アシュカロン』
フォルテが身に纏うシンフォギア。
DIAMOND◇SABER
菱形の軌跡を描いて剣を振り続けて加重振動波を圧縮し続けて、その超重圧で押しつぶすように斬りかかる。
圧縮の臨界点は装者の状態により大きく左右される。
前記『GRAVITY◆SLASH』と混成させて放つことも可能。