戦姫絶唱シンフォギアF to G 終わりのあと、始まりのまえ 作:きさらぎむつみ
もう今となっては何も思い出せない。ただ、黒く淀んだ印象だけが心の澱となって残っている。
その後に拾われて、施設に引き取られなければ、私は今ここにいないだろう。
我ながら、相当に酷い人生を生きてきたものだと思う。
ここ、というのはF.I.S.のことだ。
レセプターチルドレンとしての素養を見出されてここへきてしばらくの後に、私は“それ”と出逢った。
私だけがその力を発現させられる聖遺物、『アイギス』と。
そうして私は、私だけに出来ることを一つ、手にした。
同じ頃に、私は“彼女”と出逢った。
彼女は、ここに来るまでの一切を失っていた。“フォルテ”という呼ばれかた以外の全てを。
そして彼女もまた、彼女だけが発現させられる『アシュカロン』を持っていた。
同じだと思った。何を持っていたか思い出せない私と、何を持っていたか忘れた彼女が。
引き合わされて、同じような生き方をするようにさせられて。
でも私は、ならここから始めればいいと思った。
彼女と一緒に始めていければいいと思った。
だから手を繋いだ。言葉を交わした。笑いあった。歌いあった。
そうして私は、私だけの誰かを一人、手にした。
静かな機械音がして、横になっていたベッドが動く。
瞼を開けるとメディカルルームの天井が見えた。
「終わったよ、かずねちゃん」
隣りのベッドでメディカルチェックを終えて起き上ったフォルテが、こちらに手を伸ばしてきた。
私は差しのべられた彼女の手を握って、起きあがる。
その手は柔らかくて温かく、そして時には頼りになるほど力強い。
この手から伝わる温もりを、何があっても絶対手離してなるものかと、私はそう決めていた。
* * *
濃淡の白が渦巻く超重圧と共に、マリアへと斬りかかるフォルテ。
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DIAMOND◇SABER
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黒の螺旋を解いて掲げた槍から閃光を迸らせて、フォルテを撃ち貫くマリア。
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HORIZON†SPEAR
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夜の闇は白い光で塗りつぶされ、世界の全てが輝きへと変わる。
「――」
数瞬の後、その輝きは薄まり始め、私は視界を取り戻す。
そこには。
「……」
形容しがたい、鈍く籠った衝撃音。
「!」
天を貫く光の尖撃を受けたフォルテは、大きな音を立て私の目の前に墜ちた……。
「フォルテェェェェェェェェェェッ!」
わたしのさけびに、でもフォルテはことばをかえしてくれない。
わたしはよろよろとたちあがる。だめだ、うまくちからがはいらない。
それでもどうにか一つ、もう一つとあゆみをすすめる。
一歩一歩、フォルテと私のあいだの夜をきりひらいてすすむ。
フォルテのかたわらにようやく辿り着き、膝を下ろす。
目を閉じた彼女の頬にそっと、手を添える……。
「……かずね、ちゃん」
とてもかすかな、夜風にさらわれてしまいそうなつぶやきが耳を捉えた。
フォルテの声だった。
うっすらと上げた瞼の下から、彼女の瞳が現れた。
「ごめんね、かずねちゃん」
いつも、いつも、その声を聴いているのに。
今聞こえるこの声は、どうしてこんなに消え入りそうなのだろう。
「わたしじゃ、かずねちゃんみたいにはできないや」
いつも、いつも、私に優しく微笑んでくれているのに。
今私に向けられたこの笑顔は、どうしてこんなに苦しげなのだろう。
「かずねちゃんは、いつもわたしを護ってくれているのに」
彼女の頬に雫が落ちた。一つ、もう一つ。
ふと私は、自分の目頭がとても熱くなっているのに気付いた。
「わたしは、いつもかずねちゃんに護られてばっかりなのに」
違う。それは、違う。
フォルテの強さに、私は護られていたんだ。
「わたしは、かずねちゃんに、たよりっきりだ」
私だって、彼女の強さに頼りっきりだった。
フォルテの振るう剣が、私を護っていてくれたんだ。
「わたしは、もっと、つよくなりたいよ」
「私もだよ、フォルテ」
私は弱い。彼女を、自分を、どちらも護れないほどに。
「今の私は、あなたのことを護れないくらい弱いけれど」
私はゆっくりと、フォルテの体を起こしていた腕から力を抜く。
「寄り添って、寄り掛かって、私があなたを支えて、私はあなたに支えてもらって」
静かに、そぅっと、彼女の身体を下ろしてゆく。
「一緒に強くなろう」
そういって、片膝を立てる。
足に力を籠める。大丈夫だ。まだ立ち上がれる。
「だから、私も」
両足でしっかりと踏みしめる。私は身体を起こす。
「ちゃんと“戦って”くるね」
ゆっくり振り返る。その先に居るのはマリア。更にその先には切歌、調。
私は一歩踏み出す。歩を進める。自ら彼女達との距離を縮める。
マリアは月光を背にしてこちらを見ていた。
「その子、とても強いわね」
「ええ、自慢のパートナーだもの」
温和な笑みで話しかけてきたマリアに、どうよとばかりに力を込めて返事をする。
「貴方はどうなの? その子と同じように“全てを救う”と息巻いてみせる?」
「そんなことはしないわ」
私はマリアの問いに二、三度頭を振って返す。
「残念だけど、私には“全てを護る”なんてとても無理」
フォルテどころか、自分自身すら護れないひ弱な盾でしかない。
「だから、まずは、自分を護る。その身体で、次はフォルテを護る」
両腕を包み込むようにアームドギアを形成し直す。
展開するのは“盾”ではなく“篭手”。しかし、握りしめた右手の先にはケーブルを細く長く束ね伸ばす。
右拳の先に伸びたそれは、武骨な
「“護る盾”じゃなくて、“護るための剣”を振るう」
今までフォルテが、私を後ろにしていつでもそうしてきたように。
「そう……貴方、“強くなった”わね」
「それは……フォルテが強いからよ」
歩みを止めて、私はマリアと相対する。
二人の距離は、さっき言葉で貫かれ膝崩れた時より、一歩だけ遠い。
「私は、フォルテの“後ろ”ではなくて“隣り”で戦えるようになる」
マリアはその双眸をきつくしぼり、静かに槍を構える。
私は左腕を上げて、その握り拳で首筋を叩く。
スイッチが入り、体内にLiNKERが拡散する。
「私は、フォルテと一緒に戦えることを、誇れる自分になるッ!」
言い切って一歩、力強く踏み出す。ここからは装者と装者の
「ならば、来ませい!」
マリアが応ッとばかりに槍を突き出す。
突き出された穂先を踏み出しつつ体捌きで躱し、“
剣先は彼女の身体に届く直前、割って入ったマントに弾かれる。
槍を振り払うマリア。その穂先を殴り返すように左の篭手で受け止める。
自然と私は唄い始めていた。
♪「神様の気紛れで 作られた 出会いの私たち」
身体中が熱い。全身の細胞が次々弾けて消えるようにさえ思える。
これがLiNKER
こんな感覚に襲われながらでも、フォルテはあんなに剣を振るっていたんだ。
なら私も恐れてなんていられない。
そう思えたら、不意に身体が軽くなる。大丈夫、私は戦える。
♪「星辰りよりも 遥か彼方の」
握っていた左手を広げる。伸ばした五本の指先からケーブルを伸ばす。
その左腕をマリアに袈裟がけに振り下ろす。五つの鞭がマリアを包み込むようにしなる。
マリアを覆ったマントが、鞭打の全てを受け止めた。
♪「思い出を 揺さぶる 唱」
違う、こうじゃない。いくらのたうちまわらせても、こんなのは駄々をこねているのと変わらない。
そんな稚拙な攻撃は彼女には届かない。
鞭状のケーブルを引き戻し、私は左手を強く握り締める。拳の先から刀身が伸びて、左腕は右腕と同じ形へ変わる。
♪「心を鎖して闇に塗れてると 私が居ないみたいだった」
勢いよく踏み込んで、右の剣で斬りかかる。マリアが槍の穂先で弾き返す。
続いて更に左の剣先で刺突を繰り出す。それをマリアは槍持つ手を捻り、石突き近くの柄で弾いた。
♪「偽り演じるには 役柄を選べるほど想いは無い」
絶え間を作らず更に右、続いて左と振り払う剣を、マリアの槍は的確に弾き飛ばす、受け止める。
違う、こうでもないんだ。これでもマリアに至らない。
考えろ私。私が出来る攻撃はこれだけなのか? 私が知っている、今までに見たことのあるのはこれだけなのか?
思考する。でも繰り出す腕を止めることはない。でもマリアは的確に私の一打一打を捌く。
焼けるように感じる全身よりも、私の脳が燃え上がる。
冷静に、熱くなる。
♪「出逢った 可憐な花」
“それ”に思い至り、私は大きく後方へ跳躍し間合いを取る。マリアは構えたまま、踏み込んでは来ない。
私は両手の剣を解く。束ねられていたケーブルが広がり宙を漂う。
♪「脆くて 眩しくて」
私はそのケーブルをさらに解く。ケーブル状に編み込まれていた極細のワイヤーへと、構成を分解していく。
剣を失い篭手だけとなった私のアームドギア。私はその篭手もばらけさせる。
私を纏っていた、“臆病さ”や“心細さ”を織り込んで作られた
私はそれを一旦捨てる。違う“想い”に再構成するために。
♪「触れた その時に」
私は目の前に両腕を突き出し、何も握っていないその手を組み合わせる。
その手の中に今の“想い”を込めて。アームドギアを編み込むために。
形作られるそれを握り締め、絶対に手放さないように。
♪「私の生まれた その意味を知る」
私が今まで見てきたものは、フォルテが振るう剣。
今の私が両手で掴むのは、新たに編みなおされた剣。
今までどれだけ見てきたか分からない、フォルテの
その剣はフォルテの両刃剣より一回り大きく、普段はくすんだ黄色の
私はその黄金の剣は構え直し、再びマリアへと斬り込んだ。
♪「神様の戯れで 綴られた」
私の大振りの初打を、マリアは穂先で受け止める。
「!?」
受け止めきるかと思われたその穂先が、私の剣と同じだけ弾かれる。
それはマリアにとても予想外だったようで、表情に驚きの色が混ざった。
私は更に剣を振るう。マリアはマントを翻しその身を私から隠す。
♪「二人の 未来予想」
私の剣先がマントに吸い込まれ、そのまま線を描いて斬り裂いていく。その間隙から覗いてくるマリアの視線を私は見据えた。
「ッ!!」
私の視線が捉えたのは、驚愕のあまりに目を見開くマリアの双眸。
♪「幾星霜重ね 紡ぐから」
更に斬りかかり、再びマントを裂いた剣筋が今度は途中で止まる。それをしたのはマリアの構えた槍の穂先。
構わず振り上げ、振り下ろした剣を左右から広がったマントが重なり受け止める。ほんのわずかな抵抗を感じた後、やはり私の剣はマントの壁を真っ二つに斬り裂いた。
切り開いたその先にあるマリアの姿は遠く後方に跳んでいた。
♪「太刀向かう先 進んでゆける」
私は目いっぱい強く踏み込んで一直線の追撃に駆ける。
「マリア、危ない」
「ちょこざいな、デスッ!」
マリアの劣勢を見て取った調と切歌が、マリアの元へと駆け出す。
調はアームを開放し、切歌が軽い跳躍から大鎌を振り上げる。
♪「お日様の下で 開いた蕾」
意に介さず、私はマリアを追いかけた。
間合いを詰め、横薙ぎに斬り払う。
マリアももう、マントを翻しはしない。槍の穂先で受け止め、互いに衝撃で弾かれる。
♪「陽だまりに 咲く花」
まだマリアの奥、私の左側からは調が放ったばかりの無数の丸鋸と共に、右側からは切歌が振り下ろし放った三つの翠刃と共に、私に向かって迫ってきた。
だがしかし。
再びマリアに剣を振りおろして受け止められた私の左右を、疾風のように吹き抜けるものがあった。
それは私のよく知るもの。いつだって私を護ってくれていたもの。
フォルテの放った、加重振動波の斬撃だ。
その連撃が、迫りくる丸鋸も翠刃も吹き飛ばす。
♪「「傷付いた手で 結ぶ絆」」
私の唱に、フォルテの声が重なる。何の示し合わせもない、互いを思って唄う唱。
私へと向かってくるフォルテが更なる斬撃を振り放ち、調と切歌の肉迫を阻止する。
♪「「護りたいのは そう この絆」」
間合いは十分、今なら槍の穂先ごとだって断ち斬ってやるッ!
私は大上段に構えた黄金の剣を、一気に振り下ろした。
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Brandish [zero] Chrysaor
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私の剣筋は何の抵抗もなく、マリアを袈裟切りに襲った。
* * *
私の前にはマリアが槍を構えたままで立っていた。
不動のままで彼女は、振り下ろした勢いで片膝つく私を見下ろしている。
「……」
私の手に、強く握ったはずの剣は無かった。
振り下ろしたまま地を突く格好の私の両手から、穏やかな夜風に靡くほどに細いワイヤーが広がっている。
あれほど熱かった全身が急速に冷めてゆき、同時に耐え難い倦怠感がどっと襲い掛かってくる。
LiNKERの効果切れか。
適合係数の低下に伴って、私はアームドギアを剣の形に束ねていることが維持できなくなっていた。
マリアを斬り伏せようと振り下ろした、その時に。
「……はあ、まいったなあ。今の私じゃ、これが精いっぱいみたいだ」
「和音ちゃん……」
背中にかけられるのは、心配そうなフォルテの声。
「正真正銘の“付け焼き刃”だからなあ……やっぱり、フォルテのようにはいかないね」
「そんなこと、ないよ……」
「ええ、貴方たちの“覚悟”は見せてもらったわ」
構えを解いたマリアが、私とフォルテに言葉を放った。
「今の貴方たちなら、少しは私たちのことが理解できるかしら?」
「そうね……止まらないんだね」
「もう、私達は止められない。誰にも」
「こっちもそんな力、残ってないしね」
「そのようね」
そう言って、マリアを私とフォルテに背を向ける。カッ、カッ、と響くヒールの音と共に遠ざかる。
「和音ちゃん……」
「ありがと、フォルテ。大丈夫だよ。私結構、頑丈だから」
近付き、傍らに寄り添うフォルテの言葉に、心配させまいと言い返す。
実際、言葉通りだ。身体中色んなところが猛烈に痛くて死にそうだけど、痛いって言っていられるうちは生きてるわけだし。
私の肩に置かれたフォルテの手に、自分の手をそっと重ねる。
震えるその手が、とても温かい。
「行きましょう、調、切歌」
「ちょ、マリア! いいんデスか、あのままで?」
「ええ、そもそも最初からあの二人は埒外なのだから」
そんな会話が風にのって聞こえてくる。
――バラバラバラバラバラバラバラバラ――
同じ風にのって突然、大きな音が辺りに響く流れる。
聞き覚えのあるその音は、ヘリコプターのローター音のような。
「ッ!」
見上げた空にはF.I.S.のエアキャリア。
接近する音も、気配すらなかった大型輸送ヘリが目の前に飛んでいた。
一体いつの間に、ていうかいきなり現れた?
マリアとの戦いで表面上はとてもひどい状態になったホールの屋上に、エアキャリアがゆっくりと着地する。
その胴体横の扉がスライドし、中から誰かが降り立った。
その人影は、ローターの起こす風に白衣の裾をなびかせるままに、けれど乱れる髪は押さえながらもう一方の手で眼鏡を上げる。そしてそのまま、マリアたちの方へと近づいていく。
「皆さん、お疲れ様です」
風が気にならなくなったらしい人影は、ぱちぱちぱちと気持ちのこもっていない拍手を始めた。
「そしてそちらのお二人も。いやあ、とても愉快なお涙頂戴の三文芝居、拝見させていただきましたよ」
そう言葉を放った人物は、歪んだ笑みを浮かべたウェル博士だった。
#6 fin.
次回予告
全ては仕組まれ踊らされ、舞台の上で糸は絡まる。
翻弄される人形たちは、意図された台本を演じるより他ない。
捲られた頁に、どのような悲喜劇が綴られていようとも。。
EPISODE 7
望まない行く先へ向かう
どんなに強固な人の意志も、坂を転がり落ちるのみ。
その先に口を開けて待つ、仄暗く深い穴を堕ちてゆくのみ。
オリジナル設定解説
(追記)
『アイギス』
相楽和音が身に纏うシンフォギア。
Brandish [zero] Chrysaor
ケーブルを編むワイヤーを解き、形状を両手持ち大剣に再構成し振るう。
剣表面ワイヤーの微細蠕動による相剋励振効果により、高い切削力を持つ。
両手での保持が使用の前提条件となるため、盾の同時展開は出来ない。