戦姫絶唱シンフォギアF to G 終わりのあと、始まりのまえ 作:きさらぎむつみ
「まさか、あなたまでこちらで戦うとは思っていませんでしたが……楽しめましたか?」
「戦うことは、楽しむべきものではないわ」
「そーぅですか」
自分で話を振っておきながら、ウェル博士はマリアの態度にはあまり興味を示さず、私とフォルテの方へ向き直った。
「さて、お二人の方はいかがでしたか?」
私達へのその言葉は、回答を引き出す類の物言いではなかった。
「適合係数から考えれば勝負にならないはずの装者を相手に、互角に戦えた気分は? さすがは僕のLiNKER!」
自分の云いたいことをそのまま続けるためだけの、勿体振った言い回しに過ぎなかった。
* * *
確かに、F.I.S.本筋の研究対象から遠ざけられ、F.I.S.S.T.に回された私たちの、その理由の一つは適合係数値の伸び悩みにあった。
それでも、私達は訓練をこなしていた。求められる成果を積み上げていたつもりだった。
でもそれはまだ、“私とフォルテを研究対象と見なす”には足りないものだったらしい。
「もっとも、お二人はF.I.S.S.T.内では評価され、故に、F.I.S.S.T.が確固たる存在意義を持つ一因となってしまった」
博士の言葉が続く。平静を装ってはいるが、上から見下ろすような雰囲気が端々に覗く。
「しかし、F.I.S.S.T.の存在は僕たちの“大義”遂行には、まず一番の邪魔でしかない。防衛やら自衛やらで動いてしまう“こちらのコントロール外の組織”の存在がぁ!」
確かに、私達F.I.S.S.T.はF.I.S.施設“内外”での事態に対処する部署だ。
だからこそ、今回こうして“施設外”の荒事に出張ってきている。
「“大義”の為にナスターシャが暁切歌と月読調、二人の装者を連れてF.I.S.を出ることに“対処”されては困るんです!」
ナスターシャ教授。F.I.S.での聖遺物研究を一手に担う、“F.I.S.の頭脳”とも呼べる人物。
そして私たち装者が、いや、私たちも含めたレセプターチルドレンが“マム”と呼んで慕う、育ての親のような存在。
でも何故ッ! そこでマムの名が出るッ?
「しかしナスターシャには、既にF.I.S.S.T.に預けられた貴方たちを研究目的以外の理由で動かすことは難しい。
「そしてこの僕も、LiNKER関連での間接的な接触のみ。僕が聖遺物に近付ける時にはほぼ、ギアを励起させる為の装者がそばにいる。
「ですからね、僕が提案したんですよ。彼らを丸ごと“釣って”しまえばいい、と。
「『マリアの誘拐』なんていう“それらしい情報”を掴ませて、F.I.S.S.T.にはこちらの思惑通りに動いてもらえばいい、とね。
「結果、その『重大かつ危急な案件』に対処せざるを得ないF.I.S.S.T.は、情報の精査も出来ずに唯でさえ少ない手駒を全て動かすはめになった。
「お二人を含めた全員を、ね。
「おかげで、ナスターシャたちはこうして施設を抜け出すことに成功したわけです……“混乱”に乗じてね」
博士の一人語りが続いた。
彼が語ることのその意味、それはつまり、「“大義”の為に動く一団が、その他全てを出し抜くため」に仕組まれたものだったということだ。
そして、その“大義”の為に動いているのが他ならぬ、F.I.S.のトップであるマム。そしてマリア、切歌、調たち装者。
当然、今夜の事を企てた博士自身も含まれるだろう。
他には一体、どれだけの数が動いているのだろう。こうして“施設外”に駆り出されてしまえば、本来の自衛、警護の任はまともに果たせていないはずだ。
そして今、博士は“混乱”に乗じて、と言った。
F.I.S.内部でも何かが起きていることは間違いない。
「……というのが一つ。もう一つは」
ウェル博士は一本立てた指に続けてもう一本、数えるように指を立てる。
「こちらの装者二人に、実戦での対装者戦闘を経験してもらうためというのが、もう一つの理由。
「何しろ僕たちはこれから、あの“ルナアタック”を阻止した“英雄”たちと事を構えるんですからね。
「そういうわけで、君たちにはLiNKER投与装置のテストも兼ねて二人と戦っていただいたわけです」
「最初からそのつもりだったんデスかッ!」
博士の言葉に予想外の反応をしたのが切歌だった。
確かにあの時、切歌は私とフォルテが現れたことに本気で驚いていた。
前もって聞かされていたのは、妨害する存在の登場、くらいのものだったのだろう。
「予定にない遭遇戦、というのは演出としてドラマティックではあったでしょう?」
切歌に向け、悪びれもせず言い返す。その博士の表情に歪んだ悦楽の笑みが浮かんでいた。
ちっ、と胸糞悪そうにして顔を逸らす切歌。ああ、一応は味方のはずなのに、やはりそう思うのか。
「さぁさぁ、お疲れでしょう。二人は中へ戻って休んでいて下さい」
「……切ちゃん」
「デスねッ! そうさせてもらうデスよ!」
調の言葉に促されて切歌は、明らかに気分を害した様子でそう言い残すエアキャリアの扉へと向かい、中へと消えた。
「マリアも。貴方ももう戻られてはいかがですか?」
「それはドクターも同じでしょう?」
「いえいえ、僕にはまだ用事が残っていますから」
大仰な素振りで否定し、私たちに向き直るウェル博士。
「さて、頑張ってくれたお二人にささやかではありますが、僕からのプレゼントです」
ウェル博士は懐に手を差し入れ、何かを取り出す。
こちらに向けられたその手に握られていたのは筒状の容器。三本ほどのそれらは見た目には透明で、中には無色透明な液体が封の施された内部に波打っていた。
「開発途中の一品ではありますが、今の貴方たちにはこれでも十分でしょうね」
博士はその容器を全て、無造作極まりない投げ方でこちらへ放り投げた。
私とフォルテの目の前に落ちた容器が、その衝撃か、最初からそうるようになのか分からないが、一斉に破裂した。
容器に充填されていた液体が勢いよく気化していく。広がるはずの水溜りがみるみるうちに乾いていった。
いけない! これはガス系の兵器だ。
咄嗟に息を止めようとしたが間に合わなかった。
「「んッ!?」」
同じタイミングで私とフォルテの声が漏れる。フォルテも間に合わずに吸い込んでしまったのだろう。
身体中に広がっていた倦怠感がより一層酷くなる。
違う。これは別の反応だ。
覚えがある。ギアを必要以上に、無理やりに展開させようとした時だ。
自分で扱えないほどにギアの能力を引き出そうとした時の、ギアに拒絶されるような感覚。
ギアを纏っていられない。
ギアが私の身体から離れていってしまう――
そして、光が広がった。
私の全身が、隣のフォルテも、眩い光に包まれる。
その光が一瞬で収束し、私とフォルテの胸元で一つの形に変わる。
それは赤くきらめくペンダント。聖遺物をシンフォギアとして運用するために加工された形状。
私たちが纏っていたシンフォギアが、聖詠で励起していたはずのギアが基底状態に戻ってしまったのだ。
私たちの意志にそぐわずに。
「……どうして」
私は胸の上で月明かりを弾く赤いペンダントに問いかける。当然、何も返ってこない。
隣りのフォルテを見やる。彼女も同じだ。ギアを纏っていない。
私たちの格好は、この現場へ向かう際に着替えたF.I.S.S.T.職員のスーツ姿へと戻っていた。
「ん、んーーっ。やはり、LiNKERの効果が落ちた今の状態なら、この量で充分だったようですねーッ!」
博士の言葉と浮かべたにやけ笑いに確信する。
私たちが今吸わされた薬品は、適合係数を引き下げる効果を持っているのだろう。
私とフォルテの様子から、使う本数、つまりは濃度を見極めたのだろう。
「さて、ではそのペンダントを、ギアをこちらへ渡してください」
ウェル博士はそう言って、右手に握った物の先をこちらに向ける。
その分かりやすい存在感に、私は反射的にフォルテの身体を抱きしめ、自分の身体で庇うようにウェル博士から隠す。
拳銃だ。詳しくはないけど確か、護身用によく用いられるタイプのさほど口径の大きくないタイプ。
それでも、当たり所が悪ければ重傷だろう。
博士の射撃の腕前なんて知らないけれど、でもおそらく慣れていないとは思う。
それだけに怖い。脚を撃って動きを止めて、なんて考えなさそうな分、躊躇なく頭や胸を撃ってきそうだ。
そして、今の私たちにそれは躱せる余裕なんてない。
こうして立っているのすらギリギリなのだから。
「おとなしく渡して頂けないなら、殺して奪うまでなんですがね」
ほらね。
私たちが生きていようといまいと、ペンダントを奪えればそれでいいんだもんね。
博士にとって私たちは、もう用済みなんだから。
「お二人は随分と仲がよろしい御様子ですから」
かちり、と多分いまのは銃のセーフティーが外れた音。
「ちゃんと一緒に始末してあげます。安心してください」
ウェル博士が今まで私たちに見せたことのない笑顔。その笑顔はとても穏やかな、好印象さえ受ける優しげなものだ。
けれど、目がダメだ。その瞳からは狂気しか感じられない。
身体がまともに動くなら、いますぐ目の前まで走っていって殴りたい、そんな笑顔。
私はフォルテを更に強く抱きしめる。
どうすればいいかなんて分からない。ただ、フォルテにこの狂気が向けられなければいい。
私はどうなってもいい。フォルテを護れるなら!
「ドクター、そこまでにしてください」
その言葉を響かせたのは、マリアだった。
「私の前で無駄な血を流すようなことは許しません」
マリアはその手に持った槍を、その穂先が銃口から私たちを遮るように突き出していた。
彼女の鋭い眼光が博士に向けられる。
「ドクター、その二つは諦めてください」
「はあっ? 何を言ってるんですか? 聖遺物を残していけるわけがないでしょう?」
マリアの言葉に博士は、心外だと言わんばかりの反応を示す。
「それはこの子たちが持つに相応しいもの。いえ、持ち続けているべきもの」
「な、何の話ですか?」
「私の“覚悟”に彼女たちは“覚悟”で応えてくれた。私はそれに敬意で返さなくてはならないわ」
「そんな理由で『アシュカロン』と『アイギス』を放っておけと? 何を馬鹿な! 『ネフィリム』を抱えている以上、私達は聖遺物を確保しておく必要があるのですよ?」
「私にとっては大事な理由です、ドクター」
更にきつさを増したマリアの視線が博士を貫いた。
一旦据えたマリアの瞳は揺るがない。
わずかに沈黙が続く。
その沈黙は、博士の呼気に破られた。マリアの気迫に博士は気圧されたようで、強張らせていた表情を溜息と共に崩して銃口を下ろした。
懐に拳銃を収め、やれやれ、とでも言わんばかりに両手を上げ首を振る。
「……ふ、ふふっ、参りました。ここは引き下がりましょう」
ウェル博士は私たちに背を向けると、エアキャリアへ向かって歩き出す。二、三歩進んで横顔だけ向けてこちらを見た。
「どのみちLiNKERがない以上、彼女たちが私たちの障害とはなりえませんしね」
もう私たちには興味無さげにそれだけ言って、博士をエアキャリアへと向かった。もう、振り向くことはなかった。
ようやく、私の身体の緊張が解ける。
力が抜けて崩れそうになった私を、フォルテが両腕で抱え込むようにして、その全身で支えてくれた。
「ではまた、日本で合流しましょう」
片手を上げての博士のそれはマリアへ向けられた言葉らしい。
博士が乗り込んだ後、エアキャリアが飛び立つ。
高度を上げるエアキャリアを追っていた私の視線が、何故か次の瞬間にその大きな飛行物を見失ってしまった。
現れた時と同じように、突然消えた。直前まで響いていたローターの轟音も今は全く聞こえない。
どんな技術を使えばそんな芸当が可能なのだろう。
とはいえ、思い当たるものといえば一つしかないのだけれど。
「和音」
私の名前を呼んだのは、一人この場に残ったマリアの声。
「私が護るわ、貴方の護りたいものも全て」
「それは……セレナのことがあるから?」
先ほど、博士の口にした『ネフィリム』という言葉。それが言葉通りの物を指しているなら、それは私たちにとっては忘れることの出来ない言葉だ。
六年前にF.I.S.での起動実験中に暴走した『自律型完全聖遺物』。
マリアの妹セレナが、その身を顧みずにその暴走を鎮めた結果、命を落とすこととなった事故を引き起こした代物。
そんなものまで引っ張り出して彼女たちは、マリアは何をしようとしているのか?
「貴方たちも知っているでしょう? セレナは私たちを護るために死んだ」
そう、あの時F.I.S.にいた全ての人を、セレナは護った。
「私は、セレナの護ろうとした全てを、全て護る」
あのまま『ネフィリム』が暴走し続けていたら、もしかしたら被害はそれだけでは済まなかったのかもしれない。
大陸とか地球規模で。
それを、セレナは独りで護ったのかもしれない。
「私はそのセレナの想いを継ぐ。『fine』として」
マリアは私たちに背を向けると、ヒールの音を響かせて去ろうとする。それはまるで、私たちの先を独りで切り開いて進む、そんな後ろ姿だった。
「……」
その背中に声をかけようとして、でも言葉が出なかった。
彼女は自分の言葉に、進む意志の矛盾に気付いているのだろうか?
“無辜の命を可能な限り救い出す”としか言えない“大義”を掲げて進みながら“セレナの護ろうとした全てを護る”というマリア自身が抱えた“決意”。
彼女の“覚悟”の先は、本当はどちらを向いているのだろうか?
「……フォルテ、戻ろう」
夜闇の向こうへ大きく跳び去り、見えなくなったマリアの姿を探すのを諦めた私は、私を支えてくれているフォルテに声をかけ――
「うん……か、かずねちゃん? かずねちゃん!」
私の名を呼ぶフォルテの叫ぶような声が、とても小さく聞こえるように感じた後――
私はなにもみえない、なにもきこえない場所へと向かっていった。
* * *
その後、私の意識が最初に捉えたものは、すぐそばで静かに繰り返されるフォルテの呼吸だった。
#7 fin.
次回予告
迷い絡んだ意図は解け、全てはあるがままの位置を目指す。
幕間に綴られた物語は、その役目を終えて袖に捌ける。
終わりを迎えたFが、Gの始まりへと紡がれる。
EPISODE 8
比翼は連理で空を望む
今は穏やかな日差しに包まれその羽を休める鳥も、
いずれは遥かなる蒼き空へと、力強く羽撃いていく。