戦姫絶唱シンフォギアF to G 終わりのあと、始まりのまえ 作:きさらぎむつみ
そして、すぐ横で静かに船を漕ぐフォルテの安らかな寝顔だった。
* * *
これは、あとからフォルテに聞いた話だ。
マリアの去った直後に気を失った私は、その後ジョン氏を含むバックアップチームが到着するまでフォルテに介抱されていた。
私とフォルテはその後、F.I.S.ではなく外部協力団体(という説明だけでフォルテも詳しく知らされていないとのこと)の医療機関であるこの場所へ運び込まれた。
私とフォルテはここで外傷の手当てを受け、私はそのまま経過観察として寝かされたままだった。
レセプターチルドレンである私たちが、F.I.S.以外の組織に精密検査をされるわけにはいかない。
その辺りは他のF.I.S.S.T.職員が付き添いという名目の監視でやり過ごしたらしい。
意識の戻らない私に関しても、そういった事情でそれ以上には治療行為が施されなかった。
フォルテは私がこのまま目を覚まさないんじゃないか、と気が気でなかったらしい。付きっきりで私の側にいたらしい。
……だから、私が目覚めた時にうたた寝していたことに、フォルテはすごくきまりが悪そうにしていた。
それは仕方ない。彼女だって私と同じように戦って、疲れていたのだから。
そんな彼女のいじらしい様子をもっと見ていたかった気持ちもあったけれど、私は「ごめんね」と「ありがとう」を言って普段のフォルテに戻ってもらった。
そして、今に至る。
「今、F.I.S.には戻れません」
ジョン氏が情報を揃えて報告に来てくれた。そして、いの一番にこう告げられた。
その後の説明で、出動から現在までの状況が判明した。
私たちがマリア保護のためにF.I.S.を離れた直後、施設内は混乱の極みに陥っていた。
具体的には各セクターでの小規模な火災の連続、停電、そして通信障害。
おかげで、マリア保護に総員で動いてしまったF.I.S.S.T.はバラバラに、その上で完全に孤立した。
スタジアムに向かったチームは、マリアがすでに空港へと向かったことを報告できずにいた。(アンコールには応えなかったようだ。その後に私たちのところへ来て、そして空港へ向かったのだろう。マネージャーちゃんと仕事しろよ(怒))
こちらでは切歌と調、二人の装者と戦闘に入ったことを報告出来なかった。
アウフヴァッヘン波形照合の通信(『イガリマ』『シュルシャガナ』の際だ)は届いたのだろうが、向こうはそれどころではなかったわけだ。
二度目の波形照合には回答がなかったという。それはつまり、F.I.S.と私たちの状況がそれだけひっ迫していたということだ。
その後、ジョン氏からの通信も無くなった(確かにそういえば)のは、多分あのエアキャリアにでも何かされたのだろう。
通信が回復し私たちのチームとスタジアムのチームの合流はできたが、どう動こうにも情報の確認が取れない。
もちろん、この時点ではF.I.S.と連絡がつかない理由も分からない。
リーダーとしてジョン氏の下した決断は二つ。私たちの搬送とF.I.S.の状況確認だった。
『ガングニール』の装者(つまりはマリアだ)と思われる人物の出現時点で、対象を保護・護衛する任務の活動は無意味と判断したわけだ。
その後収集した情報を精査し、ジョン氏は私とフォルテの身柄の保護を最優先した。
F.I.S.の状況を知った米国政府が事態の収拾……いや、隠蔽に動きだしたという情報を掴んだからだ。
「現在、スチュアート氏が各方面への交渉、政治的圧力でそれを抑えている状況です」
本名は明かせませんが、と前置きのあと、スチュアート氏が政府上層部に位置する方だという話をされた。
すでにその体をなしていないF.I.S.S.T.はF.I.S.から分かれて、その本来の活動をしているのだという。
表向きはF.I.S.自衛の一部署という立ち位置の内部組織。
しかしその実はF.I.S.内部の動向を監視するために米国政府が送り込んだ人員で構成される組織なのだと明かされた。
スチュアート氏はそのトップ、政府の管理から離れ始めたF.I.S.の動向を把握するために派遣された人物なのだそうだ。
「本来、スチュアート氏の報告内容によってはF.I.S.の即時解体、処分の判断が下されるでしょう」
しかし、その政府の対応をスチュアート氏が抑えている。
「処分の対象は施設、研究資料やその成果、……そして研究者や“観測対象”にも及びます」
“観測対象”、つまりはレセプターチルドレン。
「その方法がどうあれ、結果が“命を不当に扱う内容”であれば、それは防がなければいけませんから」
そのために今、懸命に動いている大人たちの存在に、私は感謝した。
* * *
「……なにやらかしてんのよアイツはッ!」
まだ夜も明けきらぬ時間の病室で、私は怒号をぶちまけた。
おそらく隣室どころかフロア中に響いてしまっただろう。
けれど、多分気にする必要はない。どうせほとんどの人が今朝はこの放送のために早起きしているだろう。
そして、唖然としているだろう。
世界的音楽イベントとして全世界同時生中継されている「QUEENS of MUSIC」。
そのステージ上でマリアは、日本のトップアーティスト風鳴翼とのデュオを披露した後、こともあろうに……唄ったのだ。
聖詠を。
そしてあの『ガングニール』のシンフォギアを纏い、更には『fine』と名乗りを上げたのだ。
イベント会場にノイズを出現させる、という演出までして。
「か、かずねちゃん……落ち着いて」
そのフォルテの声にも、明らかに途惑いが感じられた。
「はぁ、はぁ……ごめん」
私は荒く吐いた呼吸を落ちつけて、思わず起こしてしまった上体をベッドに預けた。フォルテと比べると、どうやら私の方は怒りが先行している感じだ。
ベッドの傾きに身体を横たえ、それでもテレビに映し出されるマリアを注視する。
画面の中ではマリアの口上が続いていた。
あろうことか彼女は、今度は世界各国の政府に対して国土割譲の要求なんてことを口にした。
これが彼女の言っていた“大義”なの?
世界全てを相手に宣戦布告のような真似をして、一体何を護ろうとしているのだろうか?
その後、何故か観客は解放され、中継も切れてしまった。
あの観客は人質ではなかったのか……ノイズを操る術が有ることのパフォーマンスだったのだろうか?
その後の、ノイズを操って各国首都への侵攻をほのめかした、その脅威をより現実味を帯びさせるためとか?
それとも……こうして世界全てを混乱の渦に巻き込むこと自体が目的なのだろうか……。
「ダメだ、あいつらが何考えてるんだか、さっぱりだわ」
「……だね」
あの場で一緒にマリアの語った“大義”を知っているフォルテも、私と同じ意見のようだ。
あの時、私の“護るために戦う”想いを“覚悟”と受け取ったマリア。
ではマリアはやはり、セレナの想いを“護るために戦う”と“覚悟”していたのかもしれない。
彼女は一体、何から護るために、何と戦う“覚悟”をしたのだろうか?
* * *
その日の深夜、回復し動けるようになった私はフォルテと共にF.I.S.の関連施設に来ていた。
いや、今は“旧・F.I.S.”というべきか。
すでにF.I.S.は組織としては解体されていた。管理下から大きく逸脱していた組織全てが政府の指示の下で処分されつつあった。
ジョン氏によれば、全て隠蔽され秘密裏に、そして強引に処分される寸前でもあったらしい。
強行せよという動きをスチュアート氏でも抑えられなくなっていたのだという。
そうした強硬派を抑えることとなったのが、マリアの「QUEENS of MUSIC」ステージ上での宣言。
あの武装蜂起的な言動は、米国以外の各国に米国政府の動向を注視させ、政府はF.I.S.についての情報開示を余儀なくされた。
結果的には、マリアたちの行動によってレセプターチルドレンの存在が明るみとなり、政府は処分の方向性を軟化せざるを得なくなったのである。
一部はすでに組織の拘束から解放され、いずれ保護施設へと移されていくそうだ。
あのマリアたちの行動がこれを含んでのものであるなら、確かに彼女たちは護ったのだろう。
レセプターチルドレンという“観測対象”を、処分という未来から。
で、私とフォルテがそんな状況の中でF.I.S.の関連施設に来ている理由は、私たちの身体にあった。
LiNKER使用後の薬理的体内洗浄、これを行うためである。
施設の一部を稼働させ、スタッフを用意し、作業を行う。それも出来るだけ秘密裏に。
何故なら、「米国には装者は存在しない。『fine』と名乗る組織との関係はない」という政府発表によるものだ。
この国に“シンフォギア装者”はいてはならないのだ。現時点で、公式的に。
しかし、そんな状況にあっても大人たちは動いてくれた。
私たちの身体の為に。私とフォルテが体内に残留するLiNKERによって蝕まれることのないように。
私は体内洗浄やパラメータスキャンなどに使われる機器の並ぶ一室で、軽装に、というか下着姿で横になっていた。
ここの設備もじきに撤去されてしまうのだろう。残されたわずかなタイミングにこの動きが露見しないように捻じ込んでくれたのだ。
そうして動いてくれた人たちがいることに、私は嬉しくなる。
フォルテを護るのはもちろんだとしても。
私はそうした人たちのことも護りたい、と思ってしまう。
今はまだ、自分もろくに護れない子供だとしても。
「和音さん、終わったわよ。お疲れ様」
今日、この為に動いてくれた人の一人、生化学分野の女性研究者がスピーカ越しに体内洗浄処理と精密検査の終了を伝えてくれる。
私の後はフォルテの番だ。私はベッドから降りて場所を開ける。フォルテが、抱えていた私の服を渡してくれる。
「ありがとう。次はあなた」
「うん」
フォルテがベッドに横になる。着替えたら、今度は私がフォルテに服を渡そう。
「二人とも、これでもう安心よ」
私たちの身体に関する作業を全て終えた女性研究者が検査室へとやってきた。
私とフォルテがお礼を告げて一礼すると、彼女は柔らかな微笑みを返してくれた。
「貴方たちとこうして会うのは初めてだけど、今までF.I.S.のために大変な思いをしてきたでしょう? このくらいはお返ししなきゃ」
ああ、この人も優しい人なのだ。存在だけしか知らなかった私たちのために、彼女も動いてくれたのだから。
「今回で最後になるし、機密保持のためもあって貴方たちの資料は今のも含めて処分されちゃうからあまり関係ないかもしれないんだけど」
そう前置きした彼女は、ポータブル機器のスクリーン上を指先で操作しながら言葉を続けた。
「前回の計測値から随分と適合係数が上昇しているわ。貴方たち二人とも、よ」
そんなことを言われた。
「何か特別なことでもあった?」
深刻でも真剣でもなく、微笑まれながら聞かれたので、私はこう答えた。
「多分……私たち、“強くなった”んですよ」
私は隣に立つフォルテに顔の向きを変える。
「ね?」
訊きながら、フォルテの手に手を伸ばす。
「はい」
私の手にフォルテの手が伸びる。掌を合わせ、どちらからともなく互いの指を絡めて握る。
「そうなんです」
フォルテは女性の方へと向いて言葉を続けた。
「“私たち”で、強くなったんです」
* * *
数日が過ぎた。
マリアの宣言した各国首都へのノイズ侵攻は行われなかった。
あの日以来、組織『fine』に関する続報は無い。
しかし、世界の混乱という形で、その存在は確実に爪痕を残している。
体内洗浄の日以降、私たちは軟禁状態という名目の保護を受けていた。
もっとも、その場所はまるでセレブの別荘みたいなお屋敷だったので、私たちに行動を制限されている気分はまるでない。
むしろ休暇でバカンスを楽しんでいるような状況にすら感じる。
まあ、言葉として知っているだけで、私にはセレブも別荘も休暇もバカンスも初めてなので、これがそういうことなのか分からないのだけれど。
でもフォルテと二人きりで日がな一日、何の予定も無く過ごすのは初めてのことだった。
屋敷の外には監視が付いて(といっても、元“同僚”のF.I.S.S.T.職員だ)、外部の情報を得る機器は無く、数時間ごとに様子を見に来られてはいるけれど、それさえ気にしなきゃ最高の環境だ。
美味しいご飯は届けられるし、お茶とお菓子の用意もされている。
何より好きな時に外へ出て(屋敷の内庭限定だけど)お日様の光を浴びれるし、庭にあるプール(屋外にあるプールなんて初めて見た!)では好きな時に泳げるのだ。
私とフォルテは互いに好き勝手に、でもそのほとんどを一緒に過ごした。
この数日で、私たちはまだお互いに知らないことがたくさんあったことに気付かされた。
例えば、フォルテは意外に読書が好きだったり(でも読むのは遅い)、CDを選曲すると一昔前の流行りの物ばかり好んで掛けたり(でも歌詞は知らないようでハミングするだけ)。
私といえば、フォルテに指摘されるまで気付かなかったのが、意外に大食漢気味だったことか。
今までは食事量が制限されていたからなのか、ここで出される食事が美味しいからなのか。
うん、食べた分だけはしっかり動こう。泳ぐのは健康にもいいし運動量も稼げるらしいから。
食べる量を控えるのが一番なのかもしれないけれど、我慢は精神衛生上よろしくない。特に今は制限をされているわけでもないし。
食に関しては貧乏性なのかもしれない。でもほら、日々の糧を与えてくれる神様に祈っちゃったら残すわけにはいかないじゃない。
願わくば、摂取した栄養がなるべく都合のいい部分の成長に使われますように。
特にプロポーション的な意味で。
そんな安穏たる日々を過ごしていたある日、具体的にはここに来て十日経った日にジョン氏がやってきた。
関連施設とやらの病院で報告を受けた時以来だった。
あの任務で一緒に動いたほぼ丸一日しか言葉を交わしていないのに、何だかとても親しい人の来訪に思えた。
「お二人の今後の行く先が決まりました」
ああ、とうとうこの日がやってきてしまった。
考えないようにしていたのに。
帰る場所を失った私たちは、これからどこかに連れていかれる。私とフォルテ、それぞれ別の場所へと。
おそらくここでの生活が、私がフォルテと過ごせる最後になるのだろうと予感していた。
互いに言葉には出さなかったけれど、多分フォルテも気付いていた。
二人して少し無理してはしゃいでる、そんな自覚はあったのだ。
「お渡ししたのが、お二人がそれぞれに今後必要となる書類です。身分証など全て正式な手続きを経て承認されたものです」
書類を収めた封筒をそれぞれに手渡され、それぞれに逡巡したのち、私が先に封筒止めの紐を解いた。続いてフォルテも文字通り紐解き始める。
私は取り出した書類に目を通す。正式な国民登録に関する書類などの他、私はそれに目を留める。“私立ミネルウァ音楽院 入学許可証”。
どうやらここが私の行く先らしい。
「かずねちゃん、私の方にも同じのがあるよ?」
フォルテの声にそちらを向くと、彼女が一枚差し抜いた書類が目に入る。
それは確かに私のそれと同じ“私立ミネルウァ音楽院 入学許可証”。
……しかもその書類に記されている人物名が、“フォルテ・サガラ”となっている。
え?
「お二人はある方の養女となりました。それに伴って戸籍上は和音さんが姉、フォルテさんが妹となります。諸々の事情の末、ファミリーネームは相楽さんのものを名乗っていただくことになりました」
いや、なったのではない。きっと、そうしてくれたのだろう。
ありがとうございます。私とフォルテを繋いでくれて。
私たちを引き取ってくれたその人に、まだその名を知らない(多分あの)人物に、私は心からのお礼を述べた。
フォルテが私に笑顔で抱きついてきた。これからは家族だね、かずねちゃん。その言葉にこみ上げてくる衝動が止められなかった。
頬を熱いものが伝う。
こら、しっかりしろ私。これからはお姉ちゃんなんだぞ、自分は。
ううん、でもきっと、双子の姉妹みたいな関係かもしれない。
時には私がフォルテに甘えてしまいそうだ。その光景も簡単に想像できてしまう。
「それと、これをお返しします」
ひとしきり喜んだ私たちが治まった様子をみて、ジョン氏が“それ”を私たちに手渡ししてくれた。
それは赤い色をした、陽光を弾いて輝くペンダント。
「これは、でも……」
聖遺物を加工されて造られた、基底状態のシンフォギア。
これは、国の最高重要機密として扱われるものではないのか。
「現在この国に“シンフォギア”は存在しません。そして、それは貴方たちの私物です」
そうか。そういうことになるのか。そういうことにしてくれたのか。
私はそのペンダントを握りしめる。
私自身の、想いの“結晶”を。
「……近い将来、この国はまた聖遺物の力を求めるかもしれません」
ジョン氏は私たちの前から離れると窓際で、内庭の景色を眺めながら誰にともなく言葉を発する。
「その時までに、私たちは聖遺物に選ばれた装者にとって“護るに値する”と思ってもらえるようにならなければいけない、と私は思います」
彼の口調は今まで聞いた中でも一番厳しいものだ。そして、それは自分に対しての、内側に向かう厳しさのように私は感じた。
「人々の命運を否応なく背負わせてしまう私たちにとってそれは、装者に対する最低限の義務であり、“覚悟”でなければいけないはずです」
振り向いたジョン氏の表情はどこか物悲しい。
それは当然、この人にも背負っている、これからも背負っていくと決めたものがあるからなのだろう。
互いが相手のそれに気付けば、きっと人は誰にでも優しくなれる。世界はもっと、人に優しく変われる。
そう簡単に思えてしまうのは、私がまだ子供で、未熟だからだろうか。
それでも、と私は思う。世界はシンプルであった方がいい。
「もし私が装者だったら……シンフォギアなんてすごい力を使えるんだったら」
私は一度、握った手を開きペンダントを見る。これまで何度もみてきたその輝きが、今は更に輝いてみえた。
「この手を広げて、伸ばして、届くくらいのものは護ってみたいって、そう思います」
「私もそう思います。それに、こうして手を繋げば」
フォルテが私のあとに言葉を続けて、そして私の空いているほうの手に手を重ねた。
私とフォルテは互いにその手を開き、互いの手を握りしめる。
「手が届いて護れる場所も、広げていくことが出来るって信じてます」
フォルテの言葉に込められた想いは、私のそれと同じものだった。
* * *
楽しく穏やかな軟禁生活は終わりを告げる。
晴れて自由の身となる私とフォルテは、明日の朝にはここを出て音楽院へ向かう予定だ。
渡された書類に含まれていた学校案内冊子から察するに、全寮制でそこそこお堅い校風らしい。フォルテをその辺大丈夫そうだけど、私は自分が馴染めるか不安だ。
どこまで猫を被っていられるだろう。それとも最初からくだけた感じで気にせずいこうか……浮いたらやだなぁ。
「なぁに真剣に読んでるの?」
剥いた林檎を乗せた皿を手に、ベッドに座っていた私の横にフォルテがぽふっと腰を下ろした。
はい、どうぞ、と口元に近づけられた八つ切りの林檎を、私は半分齧りつく。咀嚼するとしゃくしゃくと小気味いい音を立てて、甘さと程よい酸味が口いっぱいに広がった。
もう半分をフォルテが口にする。しゃくしゃく。お好みの味だったのか、嬉しそうだ。
「明日からは学校かぁ、どんな場所なんだろ?」
「F.I.S.のスタディールームと大差ないわよ。あそこほど厳しくもないと思う」
根拠はないけど、多分当たらずとも遠からずというところだろう。
私は冊子を、荷物を詰めたスポーツバッグの方へ放り投げる。上手い具合に持ち手に引っかかって、冊子はバッグの上に乗っかった。
さっき最寄りの街まで行って(もちろん監視付きで)買ってきた、フォルテと色違いでお揃いのバッグだ。
あの荷物が私の今の全て。少ない? とんでもない!
私の胸にはペンダントが下がっているし、片手はフォルテと繋ぐために空けていたい。
だから荷物は片手で充分。現にフォルテも同じサイズのバッグ一つで収まっているし。
……でも、これからは少しずつ増えていくのかもしれない。
「さあ、明日は寝坊出来ないからこれ食べたら寝ましょう」
そう言いながら、私は次の一切れに手を伸ばしてまた半分齧る。
林檎。Apple。
ふと、記憶の片隅にその言葉が引っかかた。
「そういえばさ、マリアもセレナも林檎の唄をよく歌ってたよね」
「……えっと、“リンゴがお空に浮かんだ、リンゴは地べたに落ちた”みたいな感じだっけ?」
即興の節にのせて唄うフォルテ。確かに、メロディも歌詞もそんな感じだった気がする。
よく覚えてるなぁ、私やフォルテは彼女たちとは数えるほどしか会ってないはずなのに。
「私もさ、似たような話を思い出してさ。唄じゃなくて童話っていうか御伽噺みないなやつだけど」
『ある日、まだ青いリンゴは女の子に言いました。
まだ採らないで これから私は赤くなるから
ある日、ほんのりと色づいたリンゴは言いました。
まだ採らないで これから私は美味しくなるから
ある日、赤く熟したリンゴは言いました。
まだ取らないで これから私はもっと美しくなるから
そうしてある日、リンゴは地面に落ちてしまいました。
真っ赤に色づいた美しいまま、転がっていってしまいました』
そんなお話だ。
「……食べられなかった林檎は、幸せだったのかな?」
「どうだろうね。自分が思うだけ赤く、美味しく、美しくはなれたんだろうけどさ」
でも、そうした林檎は木から落ちて転がっていった。
女の子は林檎を食べることができなかった。
“追い求めすぎた理想は、誰も幸せにしない”
そんな話なのかもしれない。
「私が林檎だったら、女の子が喜んでくれるうちに食べてもらいたいな」
空になった皿を下げてきたフォルテが、ベッドにもぐりこんでそんな感想をもらした。
何だ、その言いまわしは? そんな可愛らしいことを言っちゃうと私が食べちゃうぞっ、がおーっ。
というのは冗談として。
「きっと、林檎も女の子に喜んでもらいたくて、頑張りすぎちゃったのかもね」
頑張りすぎて、彼女も折れないといいけど。
そういえば、もう一つ思い出した。
林檎絡みの、そして『アイギス』に連なる神話のエピソード。
黄金の林檎。
女神エリスの差し出した黄金の林檎を求め、アテーナーを含めた三人の女神が争った。
更にその後、その争いを遠因として起きた戦争は神々をも巻き込んだ。
しかも、その争いは増えすぎた人間を減らすために大神ゼウスの企んだものとされている。
故に、“不和”や“争い”の象徴とされる黄金の林檎。
今のマリアが唄う“林檎”の色は何色なのだろうか?
まだ青いのか、落ちそうなほどに熟した赤か。それとも、“黄金”に輝いているのか。
「おやすみ、かずねちゃん」
「うん、おやすみ。また明日」
私もベッドに寝そべり、毛布で身体を覆う。
窓からは月明かりが差しこんで、私の枕元を優しく照らす。
“ルナアタック”を経て土星のような輪を持ったせいか、それ以前より少しばかり大きく見える月。
私はその光を避けるように頭の向きを変えて瞼を閉じる。
さあ、明日からはまた、これまでとは違う生活の始まりだ。
私はフォルテとどこまで一緒に歩んでいけるだろう。
いつか、その手が離れてしまう時がやってきても、二人で同じ“前”を向いていたい。
そんな想いも次第に虚ろになり、私は優しい夜に包まれて眠りについた。
FtoG fin.
そして、物語は『G』へと繋がる。
F to G 終・始編 完結の後書き
先週、無事に書き終えてとりあえず一息つきました。
全体の長さはともかく、一作書き上げることが出来たので安心しています。
といっても、また次作始めちゃいましたけどね!(笑)
頭の中を次作のモードに書き換えるためにも、一旦今作の整理をしてました。
なので、未だにちょこちょこ微妙な言い回しを手直ししてます。
まあ、これはもう自己満足作業になっちゃうんですけど。
テーマ、ってほどではないのですが最初に目標はいくつか立ててました。
『F.I.S.側の設定にうまくねじ込めるか?』
後からの設定も含めて、ギリギリ範疇に収まったかな?くらいには思います。
『かっこいいマリアさんを書けるか?』
いや、今でもかっこいいですけどね、三話辺りまでは特に(汗)。
ただ、今回は“ただの優しいマリア”さんには出番がなかっただけのことです。
多分ご本人としても「私はフィーネ」ってテンションを上げてる時期のはずですし。
『戦闘中歌唱の表現』
何とか違和感なく出来たような気はします。替え歌化もそこそこでしょうか。
何より、原作アニメより先に“イガリマ+シュルシャガナ=ザババ”が出来たのがちょっと嬉しいです。
和音視点の語りで統一したために最後、ウェル博士の動向が原作と齟齬が生じてしまう内容に取れてしまう結果になったのが心残りの一つです。
あの後博士はF.I.S.の内情が露見しないうちにサクリストS移送に何食わぬ顔で参加した、ってことになるのですが、それを和音たちが知る機会も無いし立ち位置にもいないでしょうから仕方ありません。
和音から見る“フォルテ”しか書けなかった点も惜しいなとは思いますが、彼女たちには新たな出番を用意して捲土重来、ですね。
あ、あと聖詠の聖遺物名称より前の部分はアナグラムです。英語の纏う、とか起きるとかの単語をいくつかごちゃまぜで。
『護るために戦う』というテーマがいつの間にか主点になり、それが原作アニメの内容にシンクロし始めたのは、「最初に想定した二つの流れ」の片方を捨てた時点でした。
抽象的ですが、和音の力が「クリュサオール」と「ゴルゴーン」のどちらに向かうか、という感じです。
『シンフォギア』の作品にはやはり突き抜ける熱さ!が似合うと思い、結果このような流れになりました。
和音(KAZUNE)というイニシャルが“K”のキャラクターにしたのはアンチLiNKER関連を考えてのものでしたが、「ゴルゴーン」の流れを不採用にした時点でお蔵入りでしたね。原作でLiNKERが重要アイテムになったので、この判断でよかったような気がします。
中編作品、の長さで収めたのは久々の執筆活動だったので『しっかり解決して終わらせる』も目標だったのでその点は満足してます。
和音とフォルテも良い印象で皆さんに迎えていただけたようなので、次の登場時にはもっと二人を表現できるように頑張ります。
この作品で出せなかった点は次作以降の課題として精進してまいります。
それでは、最後にこの拙作に最後までお付き合い下さった全ての適合者の方々へ感謝をこめて。