ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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初めまして、死埜といいます。
よう実の世界観が好きで書いてしまいました。
初投稿なのでお目汚しになるかもしれませんが、温かく見守っていただけると幸いです。
そして今回はよう実と言っておきながら、要素が学校名ぐらいしかないことをご了承ください。


1話目 転生 ~原作前ダイジェスト~

 

 

 

 

 

 世界には幸福なことで満ち溢れている。

 

 こういうことをよくファンタジー物のアニメとか、小説とか、映画やラノベなんかで見た、聞いたことがあると思う。

 

 

 

 本当にそうか?

 

 紛争地帯の子供や、好きでもないのに自爆テロをしなくてはいけなくなった人に向かって同じことが言えるのか?

 そもそも、それはプラスな人生を生きてきた人の価値観だろう。生まれてからマイナスの人生しか歩んでこなかった人間のことを考えたことがあるのか?

 

 

 私はそう思っていた。思っていたからこそ、マイナスになりたいと思っていた。

 生まれてから不自由なく過ごしてきた私は、きれいごとを聞くたびにその裏側に何があるのか気になってしまうことが増えた。納得できるものも多くあったが、それは私がプラスの人生を歩んできたからではないのかと感じることも多かった。

 

 生まれてきた時からマイナスだったら…

 私の価値観は大幅に変わっていたのではないか?

 

 

 

 

 そんなことを考えていたある日の大学生活の帰りに、私は赤信号に突っ込んできた車に轢かれた。

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 私は転生したらしい。

 

 私は0歳5か月ぐらいのある日に前世の記憶とも言えるものを思い出し、自我が芽生えた。とりあえず、生前と同じ男性だったことに安堵した。しかし、両親はいないようで、動くこともろくにできないまま施設のようなところで過ごした。その時から違和感を感じていた。

昨日施設で世話をしてもらっていたのに、次の日には今日施設に来たばっかりのようにして扱われる、というような毎日だった。さらに、私のことを気味悪がり(これは前世の記憶があり、普通の乳児とは変わっていたからかもしれない)1歳にも満たない子供に嫌がらせをする人が日に日に増えていった。そして施設を移すことになり、施設をたらいまわしにされるようになっていった。

 

 

 

 

 

 これが5歳ぐらいまで続いた。5歳のある日に私はようやく自分の中にある感覚に気付いた。自分の中にある違和感を感じた。前世では全く感じなかったような感覚。誰とも縁をつなげないような、自分自身が鉈になったような気味の悪い感覚。

 

 

 

 そして、自分の周りの空気全てがぶった切られているような感覚。

 

 

 ああ、そうか…

 

 私はマイナス(不幸)になったのか。そう考えるととてもしっくりきた。私の考えていたマイナスよりもだいぶプラスに近いような気はするが、気質的にマイナスだということならばしっくりくる。

 

 生まれて誰からも覚えられず、決して幸福になることはないのだとしたら、これこそがマイナスと言えるのではないだろうか?

 

 前世のプラスの人生とはまるで違うマイナスの人生。私はこれを経験するために生まれてきたのではないか?

 

 

 しかし、このままではとても生活なんてできない。

 毎日、「今日からこの施設でお世話になることになりました、小坂零(こさかれい)と言います。よろしくお願いします。」っていうのは正直疲れるし、学校に行くことになったらとても困ることになる。

 社会人として働くことになっても同じく困るのが目に見えているし、どうにかしてコントロールしないといけない…せめて、ON、OFFができるようになれば何とかなるはずだ。

 

 

_________________________

 

 

 あれから5年過ぎた。

 

 しかし、私はマイナスの気質をコントロールすることが出来ず、いまだに施設にいる。

 

 前世の記憶があるから小学校ぐらいの勉強は正直問題ないだろうと慢心していた結果がこれだ。未だに私はマイナスのコントロールができずにいる。

 

 誰かれ構わずに縁を切り、周りから孤立するという日々を繰り返している。これのタチの悪いところは毎日縁をつないでから切ることにある。初対面(私からしたら毎日見ている人)と仲良くなってから、縁を切る。こんなのをもう何年も繰り返している。

 

 正直狂いそうになったこともある。しかし、私のマイナスがそれを許してくれない。『狂う』という概念からの縁を切っているように思える。自死しないということすら、マイナスに働く。死なないのではなく死ねない。そんな中でさえ、私の考え方は未だにマイナスにはなってない。

 

 今の私の考えは昔と変わらず、前世のプラスの人生とはまるで違うマイナスを経験するということに尽きる。マイナスだからダメなのかも知れないと思うと同時に、マイナスにも何か意味があるのかもしれないと考えている。プラスだからマイナスのことがわからなかったように、マイナスになったからプラスの時にわからなかったことがわかるということがあるのかもしれない。

 

 ただ、私の感覚が何か違うといっている。

 マイナスの解釈が違うのか…?

 

 プラスが幸せだとしたら、マイナスは不幸。

 プラスが長所だとしたら、マイナスは短所。

 

 …そう考えたら私って幸福の中の不幸とか、短所の中の長所を探していることになるのか。

 …大学受験の時の面接を思い出すな。

 

 そうじゃないと感覚が訴えてくる。

 ここで止まっているからダメなのか…?

 

幸せ…不幸…

 

…………短所

 

…長所……

 

 長所は隠さないが、短所は隠すことが多い…?

 

 なんかそんな気がする。不幸であることをよく不幸自慢とかって言って言うことがあるけど、本当に不幸なことをさらけ出す人はむしろ気持ち悪がられていると思う。

 気心知れた人に言うとかとは違って、誰彼構わず「私は親に捨てられて施設をたらいまわしにされてるんだよね」とかいきなり言われても困るだろうし、何でそういうこと言うのって疑問に思ったりすると思う。

 そう考えると、私がマイナスの考え方にならないのは短所を隠そうとしているからなのか?

 

 でも、自分のマイナスってなんだ…?

 

 今は縁を切ってるのがマイナスだと思うけど、前世ではここまでひどくはなかったし………

 

 

 

 

…まてよ。

 

 

 前世ではここまでひどくなかったってことは前世でも私の短所は変わってないのか…?確かに私は人と仲良くするのが苦手でコミュ障気味だと思ってたけど、縁を自分から切りに行くようなことはしていないと思う。

 

…本当にそうか?

 

 よく考えたら、自分から独り立ちするといって家を出て、そのあとの大学生活で私が一回でも家に電話を入れたことがあったか?

 

…そうだ、思い出せ

 

 友達と高校で別れてから同窓会するとか言っても自分から断っていた。中学の友人とも卒業してからはあったことがない。

 

…それだ

 

 もしかして私は盛大な勘違いをしていたのではないか?

 

 友人と呼べるような人がいなくても私はプラスだと思ってた。

 しかし、人間としてみてそれが本当にプラスの人間なのか?

 

 私は元からマイナスの気質を持っていたのではないか?

 

 

 そうか…私は前世から生まれ持ってマイナス気質があったのだ。それに気付かずに過ごしていただけで。生まれ変わってからマイナスの気質が大きくなっただけで、元から持っていたのか。

 

 

 とてもしっくりきた。この感覚は恐らく体が、心が納得している感じ。

 自分の中のマイナスを受け入れること。

 それがマイナスを操作する方法。

 

 ON、OFFなんてできるわけがない。

 

 自分の存在そのものをONとかOFFとかできないのと同じだ。死ぬか生きるかで、死んだ後に生きることはできない。

 

 ON、OFFをしたいなら死んでOFFになるしかないということだ。

 

 

 だけど、マイナスが自分の元々の気質だと自覚した今なら強弱をつけることができるかもしない。

 

 自分の中のマイナスを感じて…その中の剥き出しの鉈のようなマイナスを私の意思でケースに入れる。

 

 

 ……自分の中のマイナスが収まっていくイメージがする。消えるのではなく、私という外殻に内包されていくイメージ。

 

____________________

 

 結論から言うと私はマイナスの制御に成功した。

 

 と言っても、意識しなければ他の人からすると気持ち悪さが抜けていないみたいだ。しかし、少なくとも次の日になってからもう一度あいさつするというようなことはなくなった。毎日同じ自己紹介をしなくてよくなったというだけでもだいぶマイナス的退化(プラス的成長)をしたと言える。

 マイナスになりたかったというのにいざなってみるとプラス側に戻りたいと思ってしまうあたり、自分の意思が弱いものだと思い知らされる。軽い気持ちでマイナスになりたいと思ってしまったことが間違いだったのだと気づいた半面、マイナスになってマイナス側のことも知れてよかったと思っている自分がいる。

 

 

 みんなで仲良くと言っている大人が自分には暴力を毎日振るってくる。

 

 子供たちで遊ぶと自分だけ常に一人にされる。

 

 そしてその子供たちからは陰湿ないじめを受けている。

 

 

 …まあいいや。考えたってどうしようもないし。こういう経験は前までの自分では味わったことのない経験だ。こういう経験をしてみたかったと感じる反面、知らなければよかったと感じることもある。一概に良かったとは言えないが、自分の中のマイナスを知ることができただけでも今の自分は満足している。

 

 

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 そんなことを繰り返して12歳になった。12歳になって初めての施設に移ったが、そこで私は常に意識して全力で自分の中のマイナスを抑えていた。いい加減に中学校ぐらいでないとまずいと感じたからだ。前世の記憶があるから小学校程度の勉強ならやらなくてもいいと思っていたが、よく考えたらこの学歴社会において小、中学校を出ていないというのはとてもまずいのではないかと思った。

 

 今更かよ、って思うかもしれないが転生してからマイナスに振り回された結果、明日の食事がもらえるかも怪しい生活+周囲の人間から常に虐げられる生活を繰り返していたのでそんなことを考えている暇がなかった。いや、マイナスになりたかった身としてはほぼほぼ自業自得と言われればそれまでなのだが、これから生きていく身としては学歴が欲しい。

 お金が欲しい。

 虐げられない住居が欲しいのだ。

 そのためにも、中学校を出て全寮制の高校に行く。これが第一目標だ。

 

 そのためには、マイナスを抑えて中学校に通えるようにならないといけない。今の私は、施設で小学校の勉強をしている。成績は優秀で(前世でやっているので当たり前ではあるが)来年の4月からは中学校に通う手続きをしてもらう予定だ。

 今は10月なのでまだ期間は開いているが、それまで同じ施設の子供たちの勉強や面倒を見るポジションに就いて他の子供の勉強を見ながら自分の勉強をしている。私の悪い噂が施設にも回っているみたいだがマイナスを全力で押さえている今、その噂を信じる者はこの施設にはほとんどいない。

 

 そのため、私は前世の記憶を生かして自分に都合のいいポジションの維持に成功している。小さい子供たちからは慕われ、中学生たちに交じって勉強をする。

 このときに、中学生に教えてもらいながらやることで中学生からは「勉強を必死に教えてもらっている小学生」というポジションを確保している。掃除や洗濯も率先して手伝い、料理も一通り教えてもらった。

 

 このままいけば、私は問題なく中学校に行けると思う。マイナスでも、努力すれば何とかなるんじゃないかという希望が私の中に生まれてきている。

 

 その反面、そうじゃないと囁き続ける自分もいるが今は無視することにする。転生してファンタジーの世界に行ったのならまだしも、普通に現代社会に転生したのでは学歴があるかないかで大きな差があることは明白だ。

 

 私は、生きたい。

 

 死ねないが、本心から死にたいと思ったことはない。

 

 気が狂いそうになっていた時も、いっそのこと死のうと思って()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、内心これでは死なないと直感的に感じていた。それで死ねるならいいやと自棄になっていたのは事実だが、本心から死にたいとは思っていなかった。

 

 …今考えると、何で鉈なんか持ってたんだ私は? 

 しかも頭にぶっ刺したのに死ななかったって実は人間辞めてたりするのか?マイナスになったら打たれ強くなるのか?

 そんな馬鹿なことが現実であるのか?

 

 …まあいい(私には関係ない)や。そんなことより、とにかく私は施設から追い出されないようにして、中学校に通わなくてはいけない。そして、全寮制の高校に行った後に就職をして平穏な(マイナスな)人生をつかんで見せる。

 

 正直進んでしたくはないことだが、これから生きていくためにも勉強は続けよう。そのついでに体作りもしておこう。中学校に行ったら空手部か柔道部に入って、マイナスでも普通に生活できるぐらいの力(物理)をつけよう。

 転生してからやたら不良に絡まれるようになったし、階段から落ちて怪我をすることとかも増えた。

 これもマイナスになったからだとしたら、逃げるぐらいの体力と事故ったときに怪我をしづらいようにしないといけない。痛い思いはあまりしたくないし、金がかかるのも嫌なのだ。

 

「零ー、ご飯作るから手伝ってー」

 

「今行くー」

 

 食事当番の子に呼ばれたので、これから手伝いをしに行く。将来的に一人暮らしをすることを考えると、この手のスキルは持っておいて損はないと思う。

 

 それじゃあ、また今度とか。

 

 

 

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 そうしているうちに中学校生活も残りわずかになった。

 

 中学生になってから、必死になって勉強した結果今まで学年1位を他の人に渡したことはないぐらいの成績をキープしている。部活は空手部に入って、地区大会決勝まで進んだが、昼食に買ったお弁当が悪かったらしく腹を壊して辞退する結果となった。やっぱりマイナス的には勝負ごとになると最後の最後で負ける呪いがあるように思える。

 

 クラスではあまり目立つようなことはしていないが、ハブかれるようなポジションにもならなかった。マイナスを抑え続け、学校でマイナスを解放したことは一度しかない。その一度も、人はほとんどいなかった時なので見ている人もほとんどいないと思う。

 

 そんなこんなで中学校生活を過ごしているうちにあっという間に高校受験のシーズンになった。私は頭のいい学校でなおかつ、全寮制の学校を探していたら、『高度育成高等学校』というものを薦められた。

 

 

 先生曰く、卒業したら好きなところに就職、進学ができる高校。

 

 友人曰く、そこからならどこでも好きな進路に行ける高校。

 

 嘘か真かはわからないが、施設で世話になっていた身としては国立で頭のいい全寮制の学校を目指していたので願ってもない話だ。

 あの施設から、こんな頭のいい高校に行く人がいたんだぞーってなったら寄付が増えるかもしれないし、知名度アップに使えるかもしれない。そうなったらあとから入ってくる子たちが喜ぶだろうし、受けた恩を返すぐらいにはなるだろう。

 自分から言いふらすつもりはないが、周りが勝手に騒ぎ立てる分には構わないし、問題ないだろう。

 

 

 何よりも私に直接関係があるわけじゃないし。

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 とりあえず、そんなこんなで受験が終わり、無事に合格通知が来た。施設のみんながとても喜んでくれたし、これから会うことは少なくなるから小さい子供たちは泣いていた。

 

 制服代とか、学費とかも、奨学金の他に施設のみんなが用意してくれた時には、前世の私ならとても感動していたと思う。今の私はそれすら特に何とも思わないが、とりあえず表面上はとても感激しているふりをして感謝の気持ちを送っておく。

 

 問題はそんなことじゃなくて、やってきた制服だ。どこかで見たことのある制服だと思ったらこれもしかして前世で見たアニメのキャラクターが着ていたやつとそっくりじゃないか?

 確か、『ようこそ実力至上主義の教室へ』とかそんなタイトルのアニメだった気がする。いや、元はラノベだったか?

 この世界では前世で見たようなアニメとかラノベとか小説がほとんどなかったけど、まさかこのためなのか?

 本当にそうなのか?

 

 自分が持っているマイナスと呼んでいるこの感覚も、今考えたら『めだかボックス』の過負荷(マイナス)とめちゃくちゃ似てるし。ていうことは、マイナス成長したら鉈を好きなように出せるのか?

 

 何で今の今までこんな重要なことを忘れていたのか。制服を見た瞬間に前世で見た漫画とかラノベとかアニメとかの記憶が一瞬で戻ってきた感じだ。

 前世の私はそこそこ漫画とかラノベとか読むオタクと呼ばれても否定できない人間だった。その私が制服を見るまで漫画とかラノベとかのことを一切忘れているなんて、これもマイナスが関わっているのか?

 

 

……考えてもよくわからないし、自分の中の感覚もどうでもいいって言っている気がする。

 

 

 まあいい(私には関係ない)や。

 

 どうせ考えたところで今を生きていかなくちゃいけないことに変わらないんだし、ここがラノベやアニメの世界だとしても、自分が主人公じゃないとしても、そんなこと私には関係ない。

 

 文字通り『無冠刑』(ナッシングオール)

 『めだかボックス』のマイナススキル風にしたらこんな感じ。

 ありとあらゆるものが私と無関係になるだけのスキル。

 私の本質であり、私の生き方。

 誰が何をしてどうしようが関係ない。

 私は私という自我を持ち、私として生きていく。

 仮にここが「ようこそ実力至上主義の教室へ」の世界だとしても。

 仮に主人公が綾小路…君?だとしても、私がやることは変わらない。マイナスを知る。プラスを知る。そして自分が納得できる答えを見つけるのだ。

 

 空手部の先生には「歪んでいる」と言われたこともあったが、私は私を変える気はない。自分の在り方を偽るのは理解できるが、自分のやりたいことまで偽る気はない。自分がしたいことをしたいようにやる。

 

 それで誰かが不利益を味わっても知ったことではない。

 

 だって私には関係ないから。

 

 何処まで行ったって人は他人にはなれない。同じ人間がまるっきり同じ空間に重なって生活できないように。呼吸のタイミングを合わせても肺活量の違いで吸う空気と吐く空気の量が違うように。勉強だって、同じことを同じだけやれば全人類が覚えるわけじゃないように。双子でも生活環境によって性格が変わるように。肉親ですら自分の子供を捨てるように。他人と自己はどこまで行っても同じにはなれない。

 

 

 故に無関係(無冠刑)

 故にどうでもいい(マイナス)

 

 

 人はどこまでも自分勝手で他人のことを見ない。見たとしても、自分に利益がなかったら無視をするのが人間だ。

 

 私は普通(ノーマル)の外郭で身を包みながら過負荷(マイナス)を隠して生きていく。ところどころ思考がマイナス寄りになっているが、それはもういい。

 

 私には関係ない(他の人はどうなってもいい)から。




このオリ主は神様に会っていません。
過負荷(マイナス)が大きくなったと思っているのも、環境によるものと事故死によるマイナス成長の部分が大部分です(他にはマイナスへの歪んだ憧れ)。
また、施設関係のことは大部分が妄想で作られているので実在するものとは全く関係がないことをここに明記します。


補足:過負荷(マイナス)について
 一言でいえば見ただけで気持ち悪い人。普通の人間がマイナスの人間を見た場合に真っ先に思うことは関わりたくないか、気持ち悪い。やることなすこと正の方向に動くことはなく、最終的に敗北する運命にある。ルールのある勝負になるとまず勝てないが、すべてを台無しにして去っていくような存在。
 根本的には弱者であるが、その弱い部分をさらけ出すことを常としているので普通の人からするととても気持ち悪いものに見える。
 弱者で虐げられる存在だが、大体他への被害の方が大きいので関わらないことが一番。

特別(スペシャル)
 普通の人とは違って何か秀でたものがある人。秀才と呼ばれる人がこの分類になると思われる。

異常性(アブノーマル)
 普通の人とは違って特化して秀でたものがある人。特化しすぎて、それが異常な域まで発達したもの。

スキル
 マイナスやアブノーマルの特徴が具現化したもの。目に見えるものや見えないものもある。わかりやすく言うとファンタジーの世界で火を出すとかそんな感じの解釈でよい。

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