放課後になった。昼休みにいつもと変わらず坂柳さんと昼食をとっていたら、葛城グループの人たちに鬼のような形相で睨まれた。
もしかしなくても、朝の件のことが尾を引いているのだろう。
それを察して笑顔を浮かべる坂柳さんはほんと小悪魔っぽくて可愛く見える。だが、それがただの可愛いだけの笑顔ではないことを、私は当然理解していた。
笑顔が邪悪に見える私は心が汚れているからなのか?
それとも、彼女が小悪魔の皮をかぶった大魔王だからなのか?
私には判断しきれないことだが、少なくとも坂柳さんの斜め後ろにいた茂はドン引きしていた。
そして昼休みには他愛ない会話をして朝の件にはお互い触れなかった。葛城派もいたし、下手に触れて肩入れしてると思われたくなかったからだ。それを踏まえてか、珍しく教室で食事をとる人が多かった。
監視をするという名目もあるのだろうが、いきなり昼休みに話し合いが始まる可能性も考えてのものだろう。
だが、私も坂柳さんも康平も、その話題を出すことはなかった。
昼休みを終えた後の授業が終わった。HRが終わった後だが、教室から出ようとする者は誰もいない。そんな中で私は教壇の方に足を進めた。それに釣られて康平と坂柳さんが同じように教壇に立つ。
「それじゃあ朝の続きをやっていこうと思うんだけど、康平が現状維持で坂柳さんが積極的にポイントを取りに行きたいっていう位置取りでいいかな?」
「ええ、その通りです」
「こちらも同じくだ」
それを聞いて、黒板に大きく『葛城 現状維持』と『坂柳 積極的』と書く。
「まあ、正直どっちでもいいんだけどね」
「それはどういうことですか?」
私の呟きに坂柳さんが反応した。
ここで下手に言うとまずいのは分かっているので用意しておいた回答を答える。
「まだ情報量が少ないから、できることが少ないということだ。クラスの方針を固めるにしてももうちょっと情報が欲しいと思わないか?」
「確かにそれは一理ある。しかし、どっちつかずで進めていくのもクラスの団結力を落とすことになると思うが、そこはどう考える?」
「別にこのまま何も決めないって言ってるわけじゃないんだ。とりあえずは情報が欲しいってことはわかってもらえたんだけど皆いいかい?」
そう言ってクラスに確認をとるポーズをする。ほとんど全員が、頷いていることを確認する。まだわからないことが多すぎるというのは、みんなが思っていることだろう。
「そこで、簡単でいいんだけど他のクラスについて知っている人はいないかな? 他のクラスがどういう動きをしているのかもクラスの方針を決める上では大切だと思うんだ」
「他のクラスの出方を窺う…と言うことですか?」
「自分を貫くことも時には大切だ。しかし、一番簡単なのはメタを張ってボッコボコにすることだからね。じゃんけんでグーを出す傾向の強い人間にパーを出し続けたほうが勝率が高いのはわかりきってるだろう?」
それには坂柳さんも同意なのかしっかり頷いた。
「そうしたら今日のところは方針を決めないということになるのか?」
「いや、今ある程度決めたいところもあるし、せっかく部活に出ないで残ってくれている人もいるんだから基本的なところは決めたい。だから、他のクラスのことを知っている人がいたら教えてほしい。ねえ坂柳さん?」
そう言って、私は彼女の方を見た。
私の予想では彼女は既に他のクラスの情報を集めている。
そもそも、彼女がすぐにでも統一できるようなAクラスに彼女が勝ちたいと思うような人材はいないだろう。
そうすると、敵は
直接対決するために準備期間でクラスを纏めているにしても自分が落ちていかないために、他のクラスの内情をある程度知っていると思った。
だからさっきの仕返しに軽いジャブを打ち込んだ。
「なぜ私の方を見ているんです?」
「坂柳さんなら他のクラスの偵察ぐらいもう終わらせてるだろ?
「…流石ですね、その通りです。確かに私は他のクラスの情報を大雑把にですが持っています」
それを聞いてクラスが少し沸いた。
「流石坂柳さん!」
「どんな手で調べたんだ?」
そんな感じの声が教室のあちこちから聞こえてくる。しかし、あまりうるさいと話が進まないので私は両手で声を下げてもらうようなポーズをとった。それを見て、すぐに静かになるのだから流石Aクラスと言ったところなのだろう。
「ですが、あまり信用しすぎないでくださいね。今もあっている確信はないので」
「坂柳さんが嘘の情報を言うような人だとは思わないから、私はそれを聞いてから判断したい。他の人も問題ある人はいるかい?
いるにしてもそれなりの理由を述べてもらうけど」
そう言うと教室が静かになった。葛城派からすれば反対したいところもあるのだろうが、こんな空気の中で敵対するのは無理があると思ったのだろう。
「康平もいいかい?」
「ああ、俺も他のクラスについて調べてなかったからちょうどいいと思っていた」
「そんなに期待されると困ってしまうので、あまり信じすぎないでくださいね。今日のことで変わっている可能性もあるので」
彼女がそう言っている間に私は黒板に、『Bクラス』『Cクラス』『Dクラス』と書いた。
「まず、Bクラスですが一之瀬さんと言う方がクラスの代表になっているみたいです。クラス全体で団結しているような印象で、クラスの団結力が強く、クラス全体でAクラスを目指していくような感じだと思います」
それを聞いて『Bクラス』と書いた下に、『一之瀬 クラス代表』と書き、さらにその下に『団結重視』と書いた。原作のBクラスとCクラスのことは全然わかんないから漢字があっているか不安だ。
「次にCクラスですが、このクラスのリーダーは龍園君と言う方らしいです。Cクラス全体であまり情報がなく、どのようにリーダーになっているのかは不明です。クラスを独裁的に支配しているという話ですが確証はありません」
次に『Cクラス』と書いた下に、同じように『龍園 リーダー』『独裁主義』と書いた。
「最後にDクラスですが、クラス全体をまとめているのは平田君と櫛田さんと言う方みたいです。ですが、クラス全体で孤立気味の人が多いうえに、4月はクラス全体で堕落しきっていた様子でそれがクラスポイントに表れています」
『Dクラス』と書いた下に『平田 櫛田』『よくわからない』と書いた。
「ちょっとまって、Dクラスのところなんで最後そうなってるの?」
沢田さんがそう言うと、他のクラスメイトも同感なのか頷いている。確かに、BクラスもCクラスもそれぞれの方針が決まっているように見えるが、Dクラスの情報としてはまとめている人と堕落していることしかわからない。だから、これからどうなるか『よくわからない』と言う意味で書いたのだが、言葉が足りなかったみたいだ。
「Dクラスは今崖っぷちの状態だから、正直なところ他のクラスに比べて前情報が一番通用しないクラスと言えると思う。これからも堕落しきった様子だったら見るまでもないが、これからどうなるのかがわからなかったからそう書いておいた」
「あ~なるほどー。追い詰められてるから逆にどうなるかわからないってことね」
「そういうこと。正直セオリー通りにやってきそうなBクラスより怖いまである」
何よりもDクラスには
「でも所詮はDクラスだろ? 俺たちAクラスの敵じゃないって! 葛城君だっているんだし」
そう言ったのは戸塚君だ。葛城君の側近みたいなポジションにいる彼は正直小物臭がするし、あまり得意ではないが、ここで一度釘をさしておくべきだろう。
そういえば康平が少し手を焼いているように漏らしていたのが彼だと言うことも思い出した。
「そう言っている時が一番怖い。慢心した結果見向きもしなかった雑魚に殺されるのは物語の王道だろ? だからこそ、Dクラスを蔑ろにしたくない」
「確かにそうですね。予想しづらいという意味では総合力があるBクラスよりも注意したほうがいいかもしれません」
坂柳さんも私に乗っかったのを見て、戸塚君は顔を顰めて引き下がった。康平がよく言ってくれたと言っているようにも見えたが、恐らく私の気のせいだろう。
でも、今Dクラスの対策を立てるのは正直無理だ。さっきも言ったとおり何してくるか予想が付かない上に、
「…よし、Dクラスはいったん無視しよう」
「さっきまで蔑ろにしないって言ってなかったか!?」
戸塚君にツッコまれた。他の人たちも同じようなことを思っているのかこっちを蔑みの目で見ているのを感じる。
「いや、蔑ろにしないとは言ったけど今対策を立てられるような状態でもないだろ?
だから、Dクラスに関してはいったん様子を見ることにする」
そう言うと納得したのか戸塚君はそれ以上突っ込まなかった。
紛らわしいようなことを言ってしまったことを、後で謝罪しようかと思いながら続ける。
「さて、ここまで見たらわかる通り、Cクラスは独裁。Bクラスは民主制と言ったところだろう。無理やり上がってくるとしたらCクラスだな」
「ええ、周りを気にしないで無理やり動いてくるとしたらCクラスですね」
「それには同意だ。Bクラスはクラスメイトの意見を聞かなくてはいけない以上、いきなり勝負をかけることはないだろうからな」
他のクラスメイトも何となく理解したのか頷いたり、メモしたりしている子もいる。
「それで、結局どうするんだ?
他のクラスの動きを見てから考えると言っていたが、どうするつもりだ?」
「私も小坂君がどっちにするのか気になります」
「…私の考えだし、クラス全体に強制するようなことじゃないって初めに言っておくよ」
私がそう前置きを言うと、坂柳さんも康平も私の方を見て頷いた。クラスの中で緊張感が増しているのがわかる。
「まず結論から言うと、私は康平と同じ現状維持でいいと思う」
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「理由としては3つほど、1つ目に現状この学校の仕組みを手探りで探している状態が残っている以上、下手に動くメリットが少ない。中間考査でポイントが加算されるかもしれないと言っても、他の評価基準がまだ完全にはわかってないからね。
2つ目にCクラスが急に動いてきたら怖いが、それでもBクラスを挟んでいる以上Aクラスまで牙を届かせることはほとんどできないということ。
3つ目に単純に時期じゃない。そのうちそういう方向にシフトしていくならともかく、5月の頭のこの時期に無理矢理動いても大した結果は得られないと思った。他のクラスの手札も少ないが、こっちの手札も少ない以上できることが限られすぎていると思った」
「……」
「もちろんあくまで現状だし、状況が変わったら方向を変えてみるのも手だとは思う。だけど、それは今じゃなくていいと思う」
そう言うと彼女はこっちを見たまま動かない。私と坂柳さんの睨み合いにクラス全体の雰囲気が悪くなっていくのを感じるが、私は私の考えを言っているだけなので彼女にここまで睨まれる謂れはない。
「だから、クラスの方針としては現状維持でいいと思う。その方がみんな無理して頑張ろうとしなくて済むからね。…それを踏まえて私は坂柳さんにお願いがある」
「…内容によりますがとりあえず言ってみてください」
私は彼女が無碍にするような姿勢を取らなかったことに内心喜んだ。
彼女の意見を蹴るような形になったが、彼女を敗者に仕立て上げるつもりはなかった。
このままだと、私が葛城派に入ったようにも思われるし、坂柳さんを無理矢理Aクラスから蹴落としたとなっては彼女の動きがわからなくなってしまう。
だから、彼女にはこのクラスで彼女たちの役割を作ることで一方的に否定された敗者というレッテルを張ってはいけない。
そうなったら、彼女は康平を本格的に蹴落としにかかるだろう。
その後の動きが、私にはまるで予想もできない。見えるところで動いてくれるならまだしも、見えないところで動かれすぎると彼女の動向を窺えなくなってしまう。
そればっかりは、勝負をしている身としては好ましくない状況になることを理解していた。
「坂柳さん…いや、坂柳さんたちには他のクラスの動向を探ってほしいんだ。ほら、Cクラスが動いたときにすぐに話し合いをできるようにさ」
「…それをして私に何のメリットが?」
「嫌なら断ってくれてもいいんだけど、積極的に
「……そう言うことですか」
今ここで私が言っているのは、今は康平の方針にクラスの意思を纏めてほしいというお願いに近い。その代わり、他のクラスが危険な動きをしていて対処しなくちゃならなくなった時には坂柳さんのしたいようにやっていいということだ。
こうすれば、彼女がすぐに康平を潰すようなことはしないだろう。何せ、彼女がAクラスを取り仕切る前に、他のクラスの動向を探れるアドバンテージはそれなりに大きい。
『Aクラスリーダーの坂柳』と『Aクラスの坂柳』とでは他のクラスからの警戒度は全く違うものになる。
その上、クラス全体で協力している風にもできるだろう。
「康平もそれでいいかな? 嫌なら嫌って言ってくれて構わないんだけど」
「俺はそれでいい。確かに今の状況では現状維持をするべきだと思っているが、状況が変わったらどうなるかわからん。
それならば、そのために坂柳が独自に動くということもある程度は許容するべきだと思った」
「そう言うことでしたら私も構いません。クラスの方針としては少し残念ですが、私の意見も尊重してくださった小坂君の言う通りにしようと思います」
…二人の言葉に、私は自分があたかもAクラスのリーダー格に数えられていることに頭を抱えた。
さっき坂柳さんに巻き込まれなかったら私は間違いなく座ってる側の人間なんだと、茂の方を見て思わず睨んだ。
こんな前に立って目立つようなことは本当はしたくないのだ。
クラスの皆もそんな目でこっちを見ないでほしい。睨んでいるはずの茂も、「よくあの二人をまとめたな」みたいに、感心するような目で見ないでくれ。
私はこんなことをしたくて、この学校に来たわけじゃないのだ。
ただ、坂柳さんに勝ちたいと思っただけなのにどうしてこうなってしまったのだろうか。
外面を取り繕いながら、私はこの話し合いを締めることにした。
「それじゃあ、とりあえずは下手に動かないで現状維持ってことにしようと思うんだけど賛成の人は手を挙げてほしい」
そう言うと、坂柳さんと康平が真っ先に手を挙げた。それに続いてクラスのほとんどの人間が手を挙げる。数えるまでもなく過半数を超えていることを確認した私は皆に手を下させた。
「賛成多数なので、Aクラスの方針としては『とりあえず現状維持で他のクラスに目を光らせる方針』で行こうと思います。
放課後まで教室に残って参加してくれてありがとう!」
そう言って私は頭を下げた。
放課後で参加を強制してはいないのに、部活にもいかないで教室に全員が残ってくれたことを考えるとある程度の誠意は見せるべきだと思ったからだ。
「じゃあ、そういうわけで、これからは解散して自由にしていいよ。部活がある人達は部活へどうぞ、話し合いに参加してくれてありがとうございました」
そう言うと康平と坂柳さんが拍手をした。
それにつられてクラス全体から拍手が聞こえる。
それに少し驚きながら、私はもう一度頭を下げた。
_________________
その後は特に何事もなく解散した。
坂柳さんは私に話したいことがあったみたいだが、私はこれからの『私の方針』について考えたかったので寮の自室に戻った。
また今度話し合いをする約束をしてしまったことに、私は気を重くしていた。
今日の話し合いの結果も過程も、全てにおいて私の理想からかけ離れたものになってしまった。
その現実を受け止めきれなくて、私はベッドに突っ伏していた。
ベッドの柔らかさを感じながら、このミスをどのようにしてリカバリーするかについて考えを巡らせていた。
何にしても情報が足りない。
特に、
有ったところで轢き殺されそうな気はするが、少しでも情報がほしいところだ。
とりあえず、今回の話し合いで決めたことが裏目にならなければいいが、私もいい加減覚悟を決める必要があるかもしれない。
彼に敵対するような姿勢をとるつもりはないが、いい加減彼を見ないふりをして進めていくことも限界に感じてきた。
Aクラスである以上、いずれ彼に追われるようになることは避けられないだろうし、彼のやる気がないとしてもDクラスのポテンシャルを侮る気はこれっぽっちもなかった。それに、何よりも
かといって、Aクラスの人に協力をしてもらうことは厳しいだろう。そう考えると他のクラスでなおかつ利害関係をはっきりさせやすいDクラスの人たちが扱いやすいように思える。
それに一旦無視すると言った以上、AクラスがDクラスを攻撃するようなことはまずない。
あの会議で私がDクラスを無視すると言って
問題としては坂柳さんに各クラスの動向を探るようにお願いしたことだが、私はどこの派閥にも属していない。だから、私が個人的に関わることはそこまで問題じゃないだろう。
坂柳さんだけの視点じゃなくて私も独自に探りを入れたかったとでもいえば問題ないだろう。
問題は彼女本人が見逃してくれるかというとこだ。今日みたいに、放課後に何かと彼女に呼ばれることも多いし、昼休みは基本的に一緒に昼食をとっている。彼女の分も作っている以上、昼食時に仕掛けることはできないだろうし、放課後もなんだかんだ康平から相談を受けたり、最近だと茂に勉強を教えたこともあった。
そんな中で私がどうやって時間を作るかが問題だ。中間考査の時期を見て、図書館に入り浸ってみるのも手かもしれない。他のクラスの人の動向も見れるかもしれないし、一応テスト前には範囲の大雑把な復習もしたいし、高校の範囲の問題にも一通り手を付けたい。
出来れば大学受験問題にも手を出し始めたいところだ。
そう考えた私は、結局問題が何も解決していないのではないかと言うことに気付き、考えるのもめんどくさくなってそのまま意識を落とした。