ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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追記 
 がっつり書き直しました。詳しくはあらすじをご確認ください。


11話目 五月の中頃のある日

 5月も中頃になった。

 

 あれからは特に何事も起こらずに予定通りことが進んでいる。朝弁当を作り、授業を受け、昼休みに坂柳さんと昼食をとり、その後にクラスメイトに勉強について聞かれ、放課後には図書室に籠って勉強をする…そんな毎日を繰り返している。

 時々、外に出て体を動かした後にマッハ突きの練習をしたり、康平が呼びかける放課後の話し合いに参加したりもしているが、その話し合いも私は自分の席に座って全て康平たちが進めている。それに、テスト期間が近い今はそれもほとんどなくなっている。

 

 勉強会にも誘われたが、大学受験の問題をやっていたり、高校3年生の範囲をやっている時間の方が増えたので行かなくなった。テスト範囲の問題に関しては一度変更があったが、変更前も変更した後も全て覚えていたものだったので対して問題はなかった。そのため、聞きたいことがあったら昼休みの食事が終わったころに来てもらうことにした。

 

 必然的に、放課後にクラスメイトと関わる時間が減った代わりに昼休みに関わる時間が増えた。

 元よりそこまで関わるようなつもりはなかったのだが、この前の解説会とクラスの話し合いで司会をやったことがあったのでもう諦めた。

 どうにかクラスで目立たないためにしようと思ったのだが、康平と坂柳さんが絡んでくるとどうしても無理だと言うことに気付いたので諦めてしまった。

 ここが『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界だとしても、私はここで生きている人間だということを今一度自覚しないといけないかもしれない。

 

 この世界は私の知る『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界だ。だが、この世界は『ようこそ実力至上主義の教室へ』だとしても、生きている人物はキャラクターじゃない。紙の上の文字や、動く絵と声を入れたようなものじゃない。

 

 触ろうとしたら触れる『人』がいる世界で、触れようとしても触れられない二次元の世界じゃない。

 

 そういうところが私には足りない気がする。なんだかんだで主人公(綾小路君)に会いたい反面、主人公だから会いたくないと思っている自分がいる。実際に会ったこともないのに、主人公だから私とは違うとてもプラス向きの人間なんだと勝手に思っている。

 ラノベの主人公なんだからどんだけ捻くれていたとしても、どうせ根っこは善人に近いもので、どうなっても最後には勝つような奴だという風に思っている。

 

 それが『物語』だから。

 そういう(綾小路君)が活躍するための舞台(世界)だから。

 

 まだ私にはこの感覚が抜けていない。坂柳さんに勝負を申し込んだときに、啖呵を切ったくせにこの有様だ。この学校に入ってから、友人関係と呼べる人が増えてだいぶプラス寄りになってきたと思っている。初日のマイナス成長があったが、中学校時代の目立たない位置取りをすることや施設時代の虐待されているとも受け取れる環境にいたせいで、必然的にマイナス方面に成長していた時よりも遥かにプラス向きになっていると思う。

 過負荷(マイナス)幸せ(プラス)を感じると少しずつプラス寄りになっていく、みたいなところがあったはずだ。尤も、私が過負荷(マイナス)と呼んでいるこれが本当にそれなのかはわからないが、性質的には似たようなものだろう。だから、プラスの環境にいたら影響されてしまうのも仕方ない。

 元から素質があったのかもしれないとはいえ、後天的に覚醒したものなのは違いないのだから。

 

 だが、落ち着いて思考が少しプラス寄りになった今となっては、この『物語』の中の世界と言うのがとてつもない足枷になっている。どうやっても勝てないからどうでもいいや(私には関係ない)っていう考えで終わらせられない以上、どうにかしてその意識を変えたい。

 

 手っ取り早くは原作をブレイクすることなのだが、そもそも原作自体あまり知らない私はどうすれば原作ブレイクできるのかわからない。

 既に原作ブレイクを達成しているのか?

 それとも綾小路君を殺害しないと変わらないのか?

 思考を少しマイナス向きに戻すべきか?

 

 …思考が物騒な方向になってきた。

 まあ、私がいる以上原作そのままもないだろう。異分子がいる以上どうやっても元通りにはいかないだろう。

 

 

 どっちにしろ思い通りに行かないことの方がいつも通りじゃないか。

 負けても、勝てなくても、潰されても、壊されても、苦しくても、痛くても、きつくても、殴られても、虐待されても、間違っていても、汚くても…

 

 へらへら笑えよ。それが過負荷(わたし)だろ? 『小坂零』。

 

 どうせこの世界がどんな形だろうと私の思い通りに何でもなるような世界になるわけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら図書館で勉強していた。つい先ほどまで教室で昼食をとっていた私は、図書館に来ていた。

 昨日の私は青本と呼ばれる、『この世界の』大学の過去問題集に取り組んでいた。その中で、どうしてもわからない問題があったので図書館にやってきて、答えの手掛かりになるような本を探しに来ていたのだ。

 手っ取り早く坂柳さんにも聞いてみたのだが、生憎彼女もまだやっていない範囲だったようで、むしろ私が解けたら教えてほしいと返されてしまった。

 

 青本…前世では赤本だったのでなんかパチモン感が凄まじいが、学校で取り寄せたらちゃんと用意してくれるのでとても重宝している。

 私が最終的にAクラスに居られることはまずないだろうから、自力で国立大学あたりに行かないことには私が大学に行くことは不可能だろう。尤も、学力だけなら今でもそれなりの大学には入れるが、特待生制度があるところに入ってできるだけお金を浮かせなければ大学生になるのは無理だ。それと奨学金をとらなくてはいけないことは目に見えてる。

 

 それでも、元々一切お金を持っていないような状態だったのだから仕方ない。この学校だって、こんなシステムじゃなければ私は今ごろひもじい生活を送ることは確定的に明らかだった。最初は胡散臭さ全開のあれとか言っていたが、今の私にとってはこの人生で最大の贅沢をできるチャンスなのかもしれない。

 問題は、そのポイントを下手に使うと後で詰みかねないからあまり使えないということを除けばだが。

 

 

 

 

「あ? …もしかしてお前ら、Dクラスの生徒か?」

 

 不意にそんな声が聞こえた。声のした方を見てみると、どこかで見たことのある男女を含む集団に話しかける生徒(自殺志願者)の姿があった。

 

 

 

 

 ……げぇー! 主人公(綾小路君)だ!

 

 思わず心の中で悪態をついた。手に持っている本を落としてしまいそうなぐらいの衝撃だった。

 

 図書館にも拘わらず、諍いが起こりそうな雰囲気を感じ取った私は、いつでも彼らの間に割って入れるようにした。このまま五月蠅くされるのも迷惑だし、主人公による残虐ショーが始まったらすぐに逃げられるようにだ。

 ここまで警戒する必要はないのだろうが、主人公というネームバリューが私には何をしてくるのかわからないものだと思っているので、最大限に警戒していた。

 

「なんだお前ら。俺たちがDクラスだから何だってんだよ。文句あんのか?」

 

 そう返したのは、主人公たちと一緒にいる不良っぽい感じのする男だった。

 …確か、原作の須藤?君?だったはず。

 正直自信がないからあってるかわからない。

 

「いやいや、別に文句があるわけじゃねえよ。俺はCクラスの山脇っていうんだ。よろしくな。ただなんつーか、この学校が実力でクラス分けしててくれてよかったぜ。お前らみたいな底辺と一緒に勉強させられたらたまんねーからな」

 

「なんだと!」

 

 そう言って煽る山脇君にかみつく須藤君。

 そんなんでDクラスが潰れてくれるなら儲けもんだが、そいつ意外にやばいのがそっちに揃ってることを知っている私はCクラスの当て馬を冷めた目で見ていた。

 …ていうか、生で主人公(綾小路君)見たけどあれはやばいな。他の人からすれば何とも思わないかもしれないけど、私からすれば普通に化け物認定が入りそうだ。

 

 持っているプラスの気質が段違いすぎる。それでいて、冷酷に邪魔者を消すという漆黒の殺意も感じる。最終的には必ず勝つプラス的な運命に恵まれているうえに、邪魔者は絶対殺す殺戮マシーンの側面を窺えた。

 ただでさえ勝てないのに勝てる気がまるでしなかった。

 

「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイント評価に響くだろうな。いや、お前らにはもう失くすポイントが無いんだったか?って事は本当に退学になるのかもなぁ?」

 

「上等だ! かかって来いよ!」

 

 

 …いい加減止めるか。

 他の人たちも迷惑そうにしてるし何より鬱陶しい。

 

「やめなさい須藤くん。ここで問題を起こしても百害あって一利なしよ。それに、先程からDだDだと馬鹿にしているけれど、あなたたちもCクラスと言ったわね?

 そこまで上位とは言えないでしょう?」

 

「C~Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどな」

 

 ………モブの分際でよく吠える。言うほど底辺も上も経験したことのない分際でよくそこまで吠えたものだ。

 上から目線で言うようで悪いが、私はCクラスの山脇君に対して静かな怒りが沸き上がっていた。

 外面を取り繕ったまま、私は彼らを黙らせるべく歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「さっきから騒がしいと思って来てみたら、図書館の利用マナーもなっていない人が序列を語るなんて世も末だね」

 

 そう言って私は彼らの間に割り込んだ。煽りながら、山脇君を見たまま。

 

「なんだ、お前。いきなり入ってきやがって」

 

「あれれー? もしかして自分のことだと思っちゃった? マナーを守ることのできない人だって自分で思っちゃったのかな?

 それとも、話している間に入ってきたから自分のことだと思っちゃったとか?」

 

 そう言って山脇君に顔を近づける。気持ちだけ過負荷(マイナス)を纏いながら、彼の顔が目と鼻の先にあるまで近づく。彼はあまりの気持ち悪さに後ろずさったが私は彼からターゲットを外す気はない。

 そして、彼から顔を離して話を続ける。

 

「もしかして、世界の全ては自分を中心に回ってるって考えちゃう人? 気っもちわりー、自意識過剰にもほどがあるね」

 

「なんだと!」

 

 そう言ってかみついてくる山脇君にグイっと顔を近づけてにっこりと笑顔を浮かべる。それに対して驚いてしまったのか、彼はまた少し後ずさった。

 

「でも安心して! 自分より弱い人にかみつくことしかできない、他の人の足を引っ張るようなどうしようもない役立たず、それが君の個性なんだからもっと自信をもちなよ!」

 

 そう言って彼に顔を近づけて笑う。そのあまりの気持ち悪さ(マイナス具合)に山脇君どころか、周りのCクラスの生徒も後ずさった。

 

「弱い人を叩かないと自分を保つこともできない、そんな弱さが君の個性なんだ!

 自分より弱い人を叩いて自分が強くなるわけじゃないのに、そんなことをしないといけないくらい弱っちい奴、それが君のかけがいのない個性なんだよ!

 それを誇りに思っていいんだ。君の個性は君だけのものなんだから! 君は君のままでいいんだよ」

 

 言葉を紡ぐたびに図書館内の空気がだんだん重くなっていくのを感じる。別に気持ち悪さ(マイナス)をイメージした雰囲気を纏っているだけで過負荷(マイナス)を出しているつもりはこれっぽっちもないのにこの有様だ。坂柳さんなら表情一つ変えずに返してきそうだが、彼女と比べるのはいささか酷だったようだ。

 やっぱりマイナス式で褒めようとするとこうなってしまうのかと思うと少し悲しい気もしたが、まあこんなものだろう諦めた。一応、私は一番最初だけ煽っていったが、他に関しては自分の本心から()()()()()つもりだった。

 自分のことをありのままに受け入れさせてあげようと思っていたのだ。君にはこんなに素晴らしい(マイナス)の側面があると、君の個性はこんなにも醜い(マイナス)なものなんだと教えてあげただけのつもりだった。

 しかし、目の前の彼の様子を見るとそれは失敗したことは明らかだ。

 私のマイナスが悪かったのか、私のアプローチが悪かったのかは彼のみぞ知るところだ。

 

 

 

 

 

「…なーんてね! 冗談冗談! ここは図書館なんだから、みんな静かにねってことを言いに来ただけなんだ。だからそんなに落ち込まないで、さっきのは本心から褒めたんだからさ。そんなにぐったりされると傷ついちゃうぜ」

 

 そう言うと彼の心は完全に折れてしまったのか、他のクラスメイト達と力なく図書館を出ていった。

 …やっぱり思考を過負荷(マイナス)側にもっていったのが間違いだったのだろう。そんなことを思っていると、一人の女子生徒がやってきた。

 

「…さっきのは言い過ぎだと思う。いくら図書館でマナーを守らなかったとはいえあんな言い方はないんじゃないかな?」

 

 その女子生徒は私に近づくとそんなことを言ってきた。この雰囲気の中でそんなことを言えるなんて彼女はなかなか大物なのかもしれない。

 

「あー…すまなかった。本当はあんなこと言うつもりではなかったのだが、ちょっと八つ当たりも入っていたのは事実だ。

 他の人たちも不快に思ったらごめんなさい、さっきの人にも今度会ったら謝ろうと思います」

 

 そう言って図書館内の人に向けて頭を下げた。

 

「…後できちんと謝まってね?」

 

「ちゃんと会って相手が謝罪を受け入れてくれるなら、私はしっかり謝罪をするよ」

 

 そう言って、女子生徒の方を見て笑顔を浮かべる。それを見て彼女が後ろずさった。

 …そんなに嫌われたのだろうか?

 まあ、仕方ない(どうでもいい)か。

 

「そっちの人たちもすまなかった。却って騒ぎを大きくしてしまった」

 

「いや、こっちも騒ぎ立てるようなことになってしまって申し訳ない」

 

 そう言って綾小路君が頭を下げた。他の人たちは警戒しているのか、こっちを見てはいるが何も言ってこない。

 

「それに関しては絡んできた彼らが悪いみたいだから、君たちが謝るようなことじゃない。私は1-Aの小坂零だ」

 

「1-Dの綾小路清隆だ」

 

「一之瀬帆波、Bクラスだよ」

 

 彼女がBクラスの代表か。早速Bクラスと仲良くすることはできなくなったような気がするが、まあどっちにしろ睨みあうような間柄だし、仕方ないだろう。綾小路君にも警戒されているようだが、一之瀬さんほどじゃないのでまだリカバリーが効くと思いたい。

 

「クラス間でいろいろごたごたがあると思うが、騒ぎを大きくしてしまったお詫びに何かあったら力になるよ。これ、私のメアドと携帯の番号」

 

 そう言って、私はメモ帳から紙を二枚切り取って一之瀬さんと綾小路君に渡した。前に、クラス中の人と交換した時に大量に作っておいたものだったが、連絡先の交換には便利なので重宝していた。

 

「それじゃあ、また今度とか」

 

 そう言って私は荷物を持って、図書館を後にした。

 …出ていってから結局図書館に来た目的を果たしていないことに気付き、少し気が重くなった。

 

 

 

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「……あれがAクラス…」

 

 隣にいた堀北がそうつぶやいた。

 

 オレ(綾小路)あいつ(小坂)が出ていった先を見たまま動けなかった。図書館全体で時が止まったかのような錯覚を覚えるほど、図書館内にいた人はあいつの迫力に呑まれていた。

 

 ただひたすら心を折るような物言いを、あろうことか()()()と言った彼に対して誰もが驚愕せざるを得なかった。

 

 

 

 

 それこそ、未だに誰も動けないほどに。

 

 

 

 

 それだけ、あいつの放っていた雰囲気は異質だった。

 オレも一度も味わったことのない不思議な感覚にとらわれた。

 

 …その後に連絡先を渡してきたことにも驚いたが。さっきのあれがなければ友達になれたのかもしれないと思うと少し残念な気もするが、仕方ないか。

 

 須藤たちが正気に戻ったころ、もうそろそろ昼休みが終わることに気付いたので、続きは次回に回すことにして解散した。

 




 主人公が綾小路君に思っている感想はあくまで主人公が感じたもので、そのままの通りではありません。


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