ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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12話目 五月の中頃 ~舞台裏~

 結局、問題の解答がわからないまま放課後になった。

 

 テストが近いこともあり、他のクラスメイトの多くは教室を出ていた。教室に残っている人も、普段話し込んでいるような人もなく、残っている人たち全員が勉強のために机に噛り付いていた。

 私も勉強しようと思い図書館に行こうとしたが、昼休みのことを思い出すとあまり行く気にはなれなかった。だが、坂柳さんにも答えを教えると言った手前、どこかで図書館に行かなくてはいけない。

 それならば、気は滅入るが早めにやることを済ませてしまおうと思い、私は図書館に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そして私は久しぶりに階段から落ちた。

 階段を下って降りようとしたところで、私は足を滑らせて宙を蹴りそのまま階段を一気に下り落ちる。足を滑らせたまま、ずり落ちて全身を打ち付けるようにして転がり落ちていく。私は昼休みのことで内心動揺していたのか、カバンを持っていたからか、受け身もろくに取れなかった。意識が飛ぶ直前に「ああ、高校生になってからは初めてだな」とか見当違いのことを思いながら、階段の一番下に落ちていった私は頭を強く床に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

 …知らない天井だ。

 

 頭が少し傷むが、そんなことを思うぐらいの余裕はあるみたいだ。

 消毒液の匂いがするからおそらく保健室だろう。この学校の保健室は初めてだが、保健室特有の匂いがする。中学校生活で月一で保健室送りにされた私が言うのだから間違いない。頭に包帯が巻かれているみたいだし、恐らく保健室に誰かが運んでくれて治療されたのだろう。

 スマホで時間を確認すると5時半を過ぎたころといったところだ。階段を下りたのは4時前ぐらいだったはずだから、そこまで長い時間気絶していないことを確認した。

 

 そんなことを考えていると不意にベッドの周りのカーテンが開けられた。

 

 

「さ~て、様子はっと…え? もう起きてるの?」

 

 そう言ってカーテンを開けたのは若い女性の保険医らしき人物だった。記憶違いじゃなければ1-Bの担任が保険医をやっているという話を聞いたことがある。

 

「大丈夫? どっか痛いところはない?」

 

「いえ、大丈夫です。星之宮先生…であってますか?」

 

「ピンポーン、だーいせーいかーい!」

 

 そう言うと星之宮先生はケラケラ笑った。真嶋先生とは違ってフレンドリーな先生なのか、それを売りにして演技しているのかはよくわからなかった。

 

「いやーびっくりしたよ。いきなり連絡があったから行ってみたら、血溜まりを作って階段の下にいる生徒がいたんだもん」

 

「星之宮先生が運んでくださったんですか?」

 

「ううん。連絡をくれた生徒会長の堀北君が運んでくれたのよ~」

 

 堀北……ああ、堀北さん(メインヒロイン)のお兄さんだったか?

 まさかこんなところで関わることになるとは…今度生徒会室に行ってお礼でも言いに行こう。

 

「それにしてもどうしてああなってたのか聞いてもいーい?」

 

「階段を下りようとして足を滑らせたら、頭を強く打ってしまったみたいでそこからは覚えてません。中学校時代も割と頻繁にあったので気を付けていたのですが、うっかりしていました」

 

「…小坂君って結構うっかりさん?」

 

「実は中学校時代でもこんなことがよくありまして、単純に運が悪いと言いますか…野球部の流れ弾が当たって保健室送りになったこともあれば、教室での授業中に外でテニスの授業をしている連中のボールが、開いた窓から入ってきて頭に当たって保健室送りになったりとかしていました」

 

「うわぁ~…」

 

 星之宮先生がドン引きしている。まあ、そんな不幸で何回も保健室送りにされているなんて聞いたら引かれても仕方ない。

 だけど、これからの学校生活で何回もお世話になることは確実なので、そのうち慣れると思う。前の学校の保健室の井出先生も、最初はちゃんとしてくれたのに最後の方は、「また君か」って言うようになったからな。基本優等生で心証がよかったのが幸いだったけど。

 

「あれ? そう言えば自己紹介しましたっけ?」

 

「してないけど、小坂君のことは知ってるよ~。坂柳さんの彼氏でしょ~?」

 

 …もしかしてその噂はもう広まっているのだろうか。だとしたら少しまずいかもしれない。

 私と彼女はよく一緒にいるが、交際関係まで発展した覚えはない。だが、勘違いさせるようなことをしている覚えはいくつかある。

 

「残念だけど違いますよ。私なんかじゃ彼女には釣り合いませんし、彼女とはそういう関係ではないです」

 

「ええ~? でも、お昼休みに坂柳さんの作ったお弁当食べてるんでしょ~?」

 

 …少し歪曲されているが、傍から見たら大きな違いでもないのかもしれない。

 

 よく考えたら、昼休みに教室で席をくっつけて同じ弁当を食べているなんて高校生からすれば付き合ってると勘違いされても仕方ないのか?

 高校生ぐらいだとそういう話が好きな人は多いだろうと思っていたが、坂柳さんが特に問題視していなかったから、噂にならないように手を打っているものだと思っていた。

 だが、噂が立っている以上は、これから二人で昼食を食べるのは控えたほうがいいかもしれない。目立ちすぎることは私の望むところではないし、彼女も望むところではないだろう。

 

 

「その噂は間違いですよ。弁当を作っているのは私ですし、作っているのも彼女が食堂まで行くのが大変だからですので」

 

 嘘は言ってない。最初に彼女が食べてみたいと言ったから作った。それからは食堂に行かなくていいのと、杖をついている彼女がわざわざ食事のたびに食堂まで行くのは大変だろうと思ったから作っていた。

 一番の目的は、彼女も私も昼休みに下手なことをしないように監視することが主だが。

 そういう意味では、今日の昼休みは協定違反と言ってもいい行為をしてしまったのかもしれない。

 

「え? 小坂君が作ってるの?」

 

「私が作っていた弁当を彼女が食べてみたいって言ったから作り始めて、それなら食堂に行かなくてよくなるのでそのまま続いているっていうのが真実です」

 

「…あー、これは坂柳さんも大変だわぁ~」

 

 …何か勘違いさせてしまっているようだが、無理に言っても聞き入れてくれそうにない。

 

 やっぱり、弁当は作らないほうがいいのではないかと思ってきた。少なくとも一緒に食べてたらそろそろまずい気がする。

 下手に注目や噂を産んでしまうと、私も彼女も動きづらくなってしまう。

 特に、お友達(しもべ)がいる彼女より、私の方が動きが拘束されると困るのだ。

 

 

「よっと」

 

 そろそろ帰らないと晩御飯の準備とか明日の仕込みとか、勉強も一応しないといけない。そう思ってベッドから降りたが、まだ少しふらつく。だが、このぐらいなら問題なく行動できる範囲だ。

 

「まだ寝てたほうがいいわよ? 体も痛むでしょ?」

 

「動けないほどじゃないですし、テストも近いので勉強もしたいですから」

 

 そう言って、ベッドの隣にあったカバンを持って立ち上がった。

 

「そう? あまり無理しちゃだめよ?」

 

「お心遣いありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それではこれで失礼します」

 

 

 

 

 テンプレみたいな挨拶をしたまま保健室を後にする。フレンドリーな感じを装っているが、Bクラスの担任相手にいつまでも長話をするのも得策ではないだろう。

 

 実力至上主義の教室だ。予想が正しければ、生徒たちだけじゃなくて()()の評価もクラスごとで決まるのではないかと予想している。

 

 そもそも、クラスとは生徒だけでは成り立たない。それの担任がいて初めてクラスという枠組みが生まれるのだ。小学校なんかがわかりやすいだろう。

 転生してからは小学校に行ってないが、前世の小学校ではクラスの担任ごとにそのクラス独特の係決めがあったりもした。中学校の時も、クラスによっては他のクラスにない係決めなどをしたこともあるだろう。

 そして、それのほとんどが担任の先生によって決められてきたはずだ。クラスの誰かが言ったところで、担任の先生が許可しないと公に認めてもらったものにはならない。要するに、担任には受け持った生徒たちを良い方向へ導いていく役割があるはずだ。

 

 クラスとは担任と生徒の二つの要素がないと成り立たないのだ。

 故に、クラスの評価が生徒に直結するならば、教師の評価にも直結するのではないかと思った。

 

 この学校は担任と生徒たちのかかわりが薄いように見える。真嶋先生だけなのかもしれないが、生徒たちの間に割って入って無理矢理何かを決めさせるようなことをされた覚えはない。

 しかし、真嶋先生が職務怠慢をしたようなこともない。Aクラスには必要な情報を()()話してくれている。入学当初は話してないことのほうが多かったが、それには学校の方針もあるし、Aクラスのことを思ってのことだろう。

 

 最初の月からポイントを減らしまくるようなことを、Aクラスの人間はしないと信用していたのかもしれない。

 

 まあ、実際は学校の強制によるものだろう。もし担任が言っていいのであればDクラスの0ポイントはあまりにも酷すぎる。見かねた担任が話してしまうことも考えられる。となると、学校側からの強制的なもので担任が話した段階で罰則があったのかもしれない。

 しかし、この学校の方針的に生徒の自主性を尊重するような方針なのだろうが、全員がそうだとは限らない。何が言いたいかっていうと、フレンドリーに話しかけてくるような星之宮先生はBクラスに私が話した情報を漏らすかもしれなかった、ということだ。

 だから、保健室に長居したくなかったし、話もクラス全体のことを聞かれる前に切り上げた。

 

 

 

 頭に巻かれている包帯をとる。既に血は止まっているようで、包帯をとっても血は出てこなかった。包帯を丸めてポケットに入れ、寮の自室に戻ろうとしたところで、ポケットの中で手に変なものが触れた。

 取り出してみてみると、それは前に買った録音機のなれの果てだった。階段から転げ落ちたときに壊れてしまったらしい。

 

 ………こんな不幸なことが続くなんて今日は厄日だ。

 

 そろそろ本当に泣いてしまうかもしれないと思いながら、ゴミ箱に録音機だったものと包帯を投げ入れた。寮の自室に戻ると、スマホの方にメールが届いた。見てみると、『綾小路』君からのメールだった。

 

 

 

 

 

 思わず悪態をつきそうになる。私はもうだめかもしれない。ただでさえボロボロなのに、このままでは精神的にボコボコにされてしまうような錯覚を覚えた。

 ビクビクしながら読んでみると、軽い自己紹介と今日の放課後に勉強していたらテスト範囲が他のクラスでは変わっていることを告知されていることを聞いたが本当なのか、という趣旨の文章だった。

 

 …担任の評価はクラスの評価からなるという考えは改めたほうがいいのかもしれない。今度真嶋先生に聞いてみようと思いながら、先週の金曜日に変更されたことと、変更前と変更後の範囲をメールで送った。不安なら、明日担任の先生にも聞いてみたらどうですか、という一文も添えて。

 

 よっぽど切羽詰まっていたのかもしれない。大穴で好感度はそこまで低くなかったのかもしれない可能性もあるが、あの周りのドン引き具合から見てその線は薄いだろう。

 他のクラスの連絡先で持っているのが私の分しかなかったのか、持っていてもあまり親しくないから()()()()()()()()()と言った私が一番手っ取り早かったのだろう。

 

 そう時間が経たないうちに返信がきていた。『ありがとう、助かった。明日担任にも聞いてみることにする』ときている。

 

 

 …そう言えば、今日の昼休みにはマイナスを出さないでマイナスの雰囲気だけを気持ち出してみるってことをしていたけど、うまくできていたのか?

 

 そもそも、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だけど、実際に他の人との『縁』は切られずに、彼らの心をボッキボキにしてしまった。いや心を折ったことはどうでもいいのだが、勝手に折れるような心しかもってない彼らが悪いから、私は悪くない(私には関係ない)

 むしろ、褒めたのにもかかわらず化け物を見るような目で見られて私の心は傷ついたんだから、()()()()()()()()

 

 そんなことを言って図書館でまた騒ぎを起こしたくなかったから、今度会ったら謝っとくって答えたのだ。一之瀬さんからのメールは結局来てないところを見ると、やっぱり嫌われているのだろう。

 クラスのみんなと団結して仲良くゴール(Aクラス)なんて目指しているくせに、過負荷(マイナス)一人抱えられないなんて笑っちゃうぐらい脆い団結だ。一人ぐらい()()して、Bクラスの手駒を作るのもいいかもしれない。

 

 …いや、Bクラスのリーダーがあんな有様なのに他の生徒が耐えられるわけないか。それに、結局Bクラスの手駒を作ったところで対決するのは坂柳さんとだし、他のクラスメイトに手駒を作ったなんて大きな声で言えないし、やっぱり無理か。

 

 

 

 脱線した。

 話を戻すと、私の過負荷(マイナス)の様子がおかしいのか、私が環境的にプラスなところにいるから制御が効くようになっているのか。

 

 それとも、マイナスを出さなくても素の雰囲気が()()()()()()()()()()()()()

 

 ……感覚的には染まってるからって言われてる気がする。

 環境的にはプラスにいたつもりだが、勝負だのなんだので自分の()()()とも言えるものを探っていたのが原因か?

 自分の本当にしたかったこと、自分が転生した意味、自分が生きていることの意味、そう言うことを考えていた結果、元々あった素質の過負荷(マイナス)が目覚めて馴染んできたってところか?

 

 …それ本当に大丈夫か?

 このまま行ったらマイナス成長しすぎて過負荷(マイナス)が出っぱなしになったら、前のあの時代に逆戻りにならないか?

 

 ……そういうことにはならない?

 なぜ?

 

 

 

 ……マイナスが馴染んでいってるだけで、マイナス成長しているわけじゃないのか。

 目覚めたとか言うわけじゃなくて、単純に増えてたマイナス気質が今の私に馴染んできて融合していくみたいな感じになるわけか。

 

 なるほど、それで威圧するためにちょっと迫力を出そうとしたら、それがマイナス風味になってみんな気持ち悪くなると。

 

 …………それって、結局過負荷(マイナス)じゃないの?

 下手なこと言わなきゃ心が折れるようなことにはならないって、本心で話しただけで心が折れたみたいだったのだが。

 

 …取り繕え?

 …そうするしかないか。

 ()()するたびに心をポキポキ折るなんてめんどくさいし、調子に乗ると取り返しがつかなくなって後で自己嫌悪することになりそうだ。

 クラス間の戦争みたいなこの学園生活で、そんな異物がいたらそのうち同じクラスメイトからも嫌われるだろう。

 

 

 そう、それこそ私が私自身(マイナス)を制御できなくていろいろされたあの時みたいになってしまう。監視カメラがあるとはいえ、学校側もグルになり始めたら私がここから消えるしかなくなってしまう。

 

 彼女(坂柳さん)との勝負がついていない今、そんなことをする気はこれっぽっちもない。

 

 

 私が自分で名付けた無冠刑(ナッシングオール)という過負荷(マイナス)は、その名の通り『無関係』を意味したものだ。発現しているとありとあらゆるものとの『縁』が切れる(と思っている)。

 

 故に『無冠刑』

 

 誰からの勝負も成立しなくなる、私の持つ最悪の過負荷(マイナス)

 

 故に『無冠』。勝利することはない。

 故に『刑』。勝利を実感することができない。

 故に『ナッシングオール』。全てのものごと(オール)何もない(ナッシング)

 

 『ナッシングオール』という単語自体は意味が通らないようなものになっているが、私の考える意味としてはこんなところだ。まあ、裸エプロン先輩の『大嘘憑き(オールフィクション)』をイメージしたところもあるが。

 

 この話はフィクションです(イッツオールフィクション)

 この話は実在の人物とは一切関係ありません(イッツナッシングオール)

 

 

 …オールナッシングの方が語感がいい気がしてきたが、今のこれで気に入ってはいるので変える必要もないだろう。

 

 

 とりあえずマイナスをまき散らさないように、威圧感を出そうとするのも自重しないといけない。

 あと真嶋先生に担任の評価についても聞いてみないといけないな。予想のままで終わらせるよりは確信しておきたいところだ。

 

 

 そんなことを考えながら、夕食を作って明日の弁当の仕込みを済ませ、昼休みに図書館でしていた勉強の続きをした。体を動かすのはまた今度にした。流石に心身共にボロボロの今、空手の自主練をするのは厳しい。良い時間になったあたりで勉強をやめて寝ることにした。

 

 明日は厄日じゃないことを祈って。


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