ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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15話目 七月の初め 次の日

「あんたなんて産まなければ良かった!」

 

 

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 ()()にそう言われるようになったのは。少なくとも中学三年生のころには言われるようになった。原因はわかりきっている。()()が女を作って蒸発したからだ。

 中学二年のころだ。あの屑()は仕事もろくにしていなかった。ほとんどが母の稼いだお金で生活しているような状況だった。母は高給取りだったから、父が仕事をしなくても生活していくのに不自由しなかった。

 

 母はあの屑のことが大好きだった。いや、依存していた。それはもう、大学に入ってラノベやアニメに少しハマった時に見て『ヤンデレ』というのを知ったときに、「ああ、母はヤンデレの部類だったのか」と納得できるぐらいには依存していた。

 だから、あの屑が浮気をしているのもすぐにばれた。毎日仕事の合間にあの屑のことをずっと見張っているような人だったから仕方ないとも言える。そういう意味ではあの屑も不憫だったと言えるが、中学生の子供と妻を捨てるような男だから屑と称している。逆の立場ならまた違う見方があるのだろうが、私があいつ(父親)似だというだけの理由で、実の母親に毎日「産まなければ良かった」などと言われていたのだ。屑と呼ぶほど嫌いになってもおかしくはないと思う。少なくとも私は嫌いになった。

 

 

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 自分のことを『私』と言うようになったのは。少なくとも中学三年になってからなのは確かだ。

 『俺』と言う一人称はあの屑と同じだという理由で矯正する羽目になった。母は暴力に訴えるような真似をしたことはなかったが、『俺』と言うたびに喚き散らされてはたまらなかった。『僕』と言うのも試したが、男っぽい一人称は却下された。『私』という一人称は公用語だ。母も自分のことを『私』と言っていたため、『私』という一人称を使う分には文句は言われなかった。

 

 

 

 

何時頃からだっただろうか?

 

 

 

 

 母と会話しなくなったのは。家にいても会話が消えたのが中学三年の終わりぐらいだったのは覚えている。あれに似た私が家にいるのは母にとってもきついだろうと思った私は、高校に入ったと同時に独り立ちした。いや、正確には独り立ちと呼べるものじゃなかった。実家のすぐ近くにアパートを借りていたから、家に帰ることも普通にできる距離ではあったし、母が私のいない時にやってきてご飯と弁当を作ってくれることも多々あった。それでも、母と距離を置きたかったから、便宜上独り立ちをした。

 母から仕送りをもらい、バイトをしながらの苦学生というやつだ。大変だったが苦痛ではなかった。むしろ、一人でいろいろできて楽しかった。友人もでき、それなりに充実した高校生活を送っていたと思う。だが、時々家に帰ってみても母と会話をすることは減っていった。

 

 

 

 

 

何時頃だっただろか?

 

 

 

 

 母と会うことがなくなったのは。高校生の時には月一ぐらいで顔を出していた。しかし、大学生になってから実家に帰ったことは一度もなかった。大学は実家と離れたところに行った。便宜上ではない、正しい意味での独り立ちをした。

 実家に帰るには新幹線で3時間ぐらいの移動が必要だったため、戻ろうという気にはなれなかった。そもそも、家に電話を入れることすらしなかった。今思えば、母と交わした最後の会話は大学に入る前にアパートを見に来た時が最後だった。それも事務的な会話しかしていなかったのを思い出した。私は彼女にいったい何をしてあげられたのだろうか?

 

 

 

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 

 マイナスになりたいと思ったのは。私は自分の人生を不幸だと思ったことはあまりなかった。恵まれた環境とは言い難いかもしれない。だが、現代社会の日本でこの程度の家庭の事情はよくある話だ。

 自爆テロを強要される人や、少年兵に比べれば遥かにましと言える境遇だろう。むしろ、バイトをしてはいたが、学費も生活費も母の仕送りで事足りていたのでプラスとまで言えるような状態だった。だからこそ、私はマイナスと言うものを知りたかったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いったい何時頃からだったのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

 

 …嫌な夢を見た。

 

 まだ『私』が『俺』だった時の記憶を夢で見た。最近、変な夢を見るような感じが増えていたが、まさか今まで忘れていた前世のころの嫌な思い出を思い出すことになるとは思わなかった。父が家を出て、母に罵られ、自分も家を出ることにしたあの日までの日常をダイジェストで見たような感じの夢だった。

 

「あんたなんて産まなければ良かった!」

 

 これが母の口癖になった。これを聞くのが嫌で、私は家を出た。中学の時には進路を変えるのが難しい時期になっていたので、進路は変えないで近くの高校に通った。しかし、一緒の家で暮らすのは苦痛だったので家の近くで一人暮らしをすることにした。

 母も、父親に似た私と一緒に暮らすのは辛かったのか、すぐに了承し仕送りも送ってくれた。さらに、母は私のいないときにご飯を作ってくれてことが多々あったので、独り立ちと言うには少し物足りないような感じのものだった。そして、大学に入った時には完全に独り立ちをした。

 今の『私』に比べて、とても()()()だった時代の話しだ。生まれてからすぐに親に捨てられたよりはましだったし、母は高給取りだったから、仕送りのお金だけで生活することも難しいことではなかった。尤も、母の仕送りにあまり手を付けたくなかったのもあり、バイトを毎日してはいた。しかし、それを踏まえても環境的にだいぶプラスだったことは疑いようもない。

 

 なぜ、私はこんなことを今まで忘れていたのだろうか?

 

 必要なかったからと言われればそうかもしれない。実際、転生した今となっては私には関係ない話ではある。

 

 

 だが、なぜこんな大事な日にこの夢を見たのか?

 

 今日は、昨日真嶋先生が言ったことが確かならDクラスとの交流を深めることができるかもしれない待ちに待った日とも言える。そんな時に、忘れていた前世の()()記憶を見るなんて何か不吉なことがあるとしか思えない。 

 

 

 

 嫌な感じを拭えぬまま、私は朝食の準備と弁当の準備に取り掛かった。その際に、ポイントが振り込まれていないか確認したが、まだ振り込まれていなかったので問題が解決するまでは振り込まない方針に決めたのだろうかと予想した。

 適当に朝食を摂り、弁当を作った後に身支度を整え、壊れていない録音機を制服に入れておくのを忘れない。今日を起こること次第では持っておく方が無難だと思ったからだ。

 

 携帯を見たが、誰からの連絡もない。よっぽどのことがあれば坂柳さんか、康平あたりから連絡が来ると思うからおそらく大きな変化は起こっていないのだろう。

 

 

 

 そんなことを考えながら、私は寮の自室を出て、教室へ向かった。教室につくと、既にクラスメイト達が談笑をしていた。私の隣の席の少女(坂柳さん)も席に着いていた。

 

「おはよう、坂柳さん」

 

「おはようございます、小坂君」

 

 挨拶をして席に着く。隣で坂柳さんがこっちを見ているような気もするけどとりあえずはスルー。平静を保っているように見えるが、内心では今朝の夢が頭から離れずモヤモヤしていた。

 

 忘れたいと思っていたから今まで思い出さなかったのだろうに、なぜ今になってあんな夢を見たのか?

 

 あの夢が、何か良くないことの前兆な気がして私の中の胸騒ぎが収まらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思ってしまった私の中で、モヤモヤがイライラに変わって、ストレスになるまでそう時間はかからなかった。時期が悪かったのもある。昨日、明日頑張るぞ、って思っていた時に限ってこんな()()()()を思い出してしまったのだから仕方ないのかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが尚更ストレスになっている。()()()()()をわけのわからないまま忘れるなと言われているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうして、机の前で難しい顔をしているうちに真嶋先生が教室に入った。先生が教室に入ったことで、クラスメイト達が会話を切り上げ、席に着く。

 

「全員席に着いてるな。今日はHRの前に連絡事項がある。昨日話した、ポイントの振り込みが遅れている件だが、Dクラスの生徒がCクラスの生徒に暴力を振るったという報告があった。これによって、クラスポイントの変動が起こり得るため、プライベートポイントの振り込みが遅れている」

 

 真嶋先生の説明にクラス内が少し騒ぎ始めた。だが、それも康平と坂柳さんがあたりを見渡しただけで静かになる。

 

「先生、一つ質問をよろしいでしょうか?」

 

 そう、真嶋先生に行ったのは隣の少女だ。手を伸ばして、質問しようとするその姿勢が、いつぞやの私と重なった気がした。

 

「言ってみろ、坂柳」

 

「では、CクラスとDクラスの間の話なのにもかかわらず、1年全体のポイントの振り込みが遅れている理由をお教えください」

 

「最初はCクラスとDクラスのポイントの振り込みだけ遅らせようという話だったんだが、他のクラスの生徒が関与している可能性もあるから1学年全体のポイントの振り込みを遅らせる方針になった」

 

「では、それでポイントの振り込みが遅れていることに対して私達が被っている不利益についてはどのようにするおつもりでしょうか?」

 

「AクラスとBクラスの生徒は元々のクラスポイントが高く、優秀な生徒が集まっているから多少ポイントの振り込みが遅れていても問題ないというのが、学校側の判断だ。あまり言いたくはないが、ポイントの振り込みが遅れていることについては目を瞑っていてほしい」

 

 言っていることは理解できるが、感情では納得できていない人も多くみられる。戸塚君辺りは、「なんでDとCのやつらの問題で俺たちまで巻き込まれなくちゃいけないんだ」と言いたげの様子だ。確かに、学校側の言うこともあり得ない話ではないし、そういう疑惑が起こっても仕方ないとは言える。

 

 だが、これはそもそもSシステムとかいう人々の不信感(マイナス)を成長させるようなシステムを取っている学校側の責任とも言える。だが、これに言及しても良いように思われないだろうし、そもそもこの学校の方針はこれです、と言われたらそこまでだ。

 入学するまでこのシステムについて一切説明がなかったことを言及することもできるが、それに関しても入学の時に書いた()()()()()()()()()()()()()に「学校の方針に従う」みたいな一文があったはずだ。それを言えば、このシステムに従わざるを得ないのだ。

 

 まあ、どうでもいいか(私には関係ない)

 

「…わかりました。学校側でそのような方針だというのであれば真嶋先生に言っても意味のないことですね」

 

「だが、Aクラスの生徒は優秀な生徒がそろっている。これぐらいのことで生活に困るような生徒はいないだろう。言いたいことはあるだろうが、学校側の方針と言うことで抑えてほしい」

 

 真嶋先生の説明に、仕方ないかという雰囲気が教室内に流れる。さっきまで苛ついていた様子の戸塚君も、優秀と言う一言でだいぶ気をよくしていた。

 

 …本当にこんな連中がAクラスでいいのかと疑問に思うが、言っても仕方ないし、そもそも私にはどうでもいいことなので無言を決め込んだ。

 

「Cクラスの生徒とDクラスの生徒の意見が食い違っているので、事件現場を目撃している生徒がいたら後で職員室まで来てほしい。また、意見の食い違いによりこのままいくと審議に縺れ込むだろう。その審議が終わり次第、プライベートポイントが振り込まれることになる」

 

 そう言った真嶋先生に対して、康平が手を上げて質問を述べる。

 

「審議の日程はわかりますか?」

 

「今のところ未定だが、そう遠くないうちに行う予定だ。1学年だけとはいえ、プライベートポイントの振り込みを遅らせているのだからできる限り早い処置をとる予定になっている」

 

「わかりました。審議の日程が決まり次第、HRで言ってもらえますか?」

 

「もとよりそのつもりだ。葛城以外に聞きたいことがあるやつはいるか?」

 

 康平の手が下りたところで、真嶋先生が()()()()()()そう言った。恐らく、昨日の件があったから私が何か聞きたいことがあるのではないかと思っているのだろうが、私は()()()()()()特に聞きたいことがなかった。

 

「ないようなので、HRに移る」

 

 そう言って朝の連絡事項を言ったのちに、真嶋先生は教室から出ていった。

 

 

 

 真嶋先生が出ていったことで、教室内でところどころから話し声が聞こえる。

 

「小坂君はどう思いますか?」

 

 隣りから不意に話しかけられた。そして、この時に真嶋先生の説明を聞いていたからか、先ほどまでの苛立ちは大分消えていたことに気付いた。

 

「クラスでの方針を決めたいのなら昼休みをお勧めするよ。放課後に動きたいなら早いほうがいいだろうからね」

 

「ではそうしましょう。葛城君もそれでよろしいですか?」

 

 坂柳さんがそう言うと、いつの間にか康平が私達の近くに来ていた。よく見れば、クラスメイト達も私達の方を見ているのがわかる。

 

 …なぜ私まで注目されているのか。仕方ないことなのかもしれないが、私は現状を変える手段を持ち得ていなかったので、甘んじて現実を受け入れるしかない。

 

「ああ、俺もそのほうがいいと思っていた。みんなもそれでいいか?」

 

 そう康平が周りに聞くと、周りのクラスメイトの全員が頷きで返す。このクラスになって早3ヶ月ぐらいだが、クラス内の団結力と言うものは着々と育っているようだ。

 

「昼食を食堂で済ませる人もいるだろうから、昼休みの開始20分後に教室内に集合でいいかな? それで終わらなかったら最悪放課後に縺れ込ませる形で」

 

「私は構いません」

 

「俺もだ。都合が悪い人はいるか?」

 

 康平がそう言って再び教室内を見渡すが、誰も何も言わない。

 

「じゃあ、極力20分後に始める予定で、遅れた人がいたら途中から参加する形にしよう。ちょっと食堂に行く人たちには厳しいかもしれないけど、そこは頑張ってほしい」

 

 私の言葉に、何人かが反応したがクラスのためと思って諦めたらしい。

 

 …何で私はクラスの方にかかわらないでいいやって思っていたのにもかかわらず、クラスを仕切っているのだろうか。しかも、それが()()()()ものだと思ってしまっている。

 

 いい加減、クラスのことは放置しろと言っているくせに、クラスメイト達との関わりが楽しくなっている自分に気付いた。この気持ちにどうにかして折り合いをつけないといけないなと考えているうちに、チャイムが鳴り1時間目の担当の先生が教室に入ってきた。

 授業中に気持ちの整理をしておこうと思いながら、私は1時間目の教材を机に出したところで、授業が始まった。

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 授業中にいろいろ考えた。とりあえず、クラスメイトとの関わりに楽しみを感じていることについてを考えた。恐らくこれは楽しいとはまた別の感覚なのではないかと思った。具体的にいうと、マイナスである私の意見でクラスの内情が左右されるということに対して愉悦を感じているのではないかと思ったのだ。

 

 このクラスには、わかりやすい特別(スペシャル)と言ってもいい生徒一人と、エリートと呼ばれる生徒の集団で、私とは相いれないプラスの人間だと言っていいだろう。そんなプラス(格上)の相手達が、私の意見によってクラスの方針を左右されているのだ。目上の人を下したいという人間の権利欲求に近いものがあるのかもしれない。

 私の予想では、これによってクラスメイト達との関わりが楽しい(滑稽だ)という風に感じているのではないかと思った。だが、それが続くのはやっぱり今後の私のことを考えるとあまりいいとは言えない。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の中の変化には気づいているのに、それが何で起こっているのかがわからない。

 

 あくまで予想を立てただけで、それが本当かもわからない。そんなもやもやとした感覚が私の中で渦巻いている。

 

 

 まあ、そんなことどうでもいいか(私には関係ないか)

 

 どうせ仲良くなったところで、高校を卒業したら忘れていくような人たちが大多数だろう。そんな人たちとの関係について細かく考えすぎてもめんどくさいだけだ。自分の中のモヤモヤとした感覚も、考えれば考えるほど深みにはまっていく気がするし、考えないほうがいいことなら、私には()()()()()()ことに違いない。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに昼休みも、あと5分程度で朝言っていた集合する時間になろうとしていた。私は屋上で弁当を食べていたので、これから移動したらちょうどいい時間になる。

 

 そうして、私が教室に入るとすでにクラスメイト達が全員席に着いていた。教室についたのは1分ぐらい前だったが、5分前行動を心がけていたのだろう。私が教室に入ったのを確認して、康平が前に立った。坂柳さんはとりあえず自分の席に座っているようだ。私は教室に入って席に向かいながら康平に話しかけた。

 

「遅くなった。康平、揃ってるみたいだからさっくり始めよう」

 

「そうだな。全員揃ったことだ。早速始めよう」

 

 康平がそう言うと、クラスの中で緊張が走る。他のクラスが動き出したことを感じて、これからどうしていくのかを真剣に考える空気が生まれている。

 

「まず、俺は今回のことには関わるべきじゃないと思っている。理由としては、CクラスとDクラスの抗争にわざわざ首を突っ込む理由もない上に、勝手に潰しあってくれるのならそれに越したことはない。

 むしろ、下手に介入してAクラスが裏で手引きしていたと言われて、Aクラスのクラスポイントが減るようなことになる事態もあり得ると思ったからだ」

 

 康平の言葉を聞いて、まあ、康平ならこう言うだろうなという感想を持った。他のクラスメイト達は、大半の人が、「確かに…」とか、「そこまで考えるなんて流石葛城君だ」とか言ってる。

 

 だが、火を見るよりも明らかなのは、隣の少女(坂柳さん)が黙っているわけがないということだ。

 

「少しいいですか、葛城君」

 

「構わない、意見があるなら是非言ってほしい」

 

「私は今回の件を利用して、CクラスとDクラスを潰しに行った方が良いのではないかと思います。理由としては、勝手に潰しあっている今に便乗すれば将来的に敵対することになる可能性がある他のクラスとのリード差を広げることが出来ます」

 

 潰す、という発言にクラスが少し沸いたが、それも康平が目線を坂柳さんから外してクラスメイトを見渡すと消えていった。

 

「だが、それでクラスポイントを減らされる可能性もある。『Aクラスが事件の黒幕だった』などという判断がされれば、クラスポイントが大幅に減ることになるだろう」

 

「そうならないように立ち回れば問題ありませんし、そもそもAクラスの生徒が事件と直接かかわっていないのであれば、リスクを最小限にして他のクラスに手を打つことが出来ます」

 

「そういう立ち回りができたとしても、BクラスじゃなくてCクラスとDクラスの抗争にわざわざ手を出す必要も薄いと思うが?」

 

「後々CクラスかDクラスが上がってきた時に、あの時に仕掛けておけばよかったなどと思わないためにも早いうちに仕掛けた方が良いとは思いませんか?」

 

 そう言って二人は睨みあっている。他のクラスメイトははらはらしながら二人を見ているし、茂とか、沢田さんとかはこっちを見て「早く何とかしろ」っていう目をしている。

 

 …こうなることは他の人たちも予想できていただろうに、何で誰も解決策を用意しないのか。誰かが何とかしてくれると本気で思っているからなのか?

 まあ、それでエリートたちが過負荷(マイナス)に縋りついていると考えたらなかなか笑える話ではある。そう考えたら、少し癪だけど仲裁するのがいいだろう。二人の雰囲気がどんどん険悪なものになっているし、このままだと放課後にもつれ込む可能性も高い。

 

 そう思った私は、席を立って二人の間に入るような位置に移動した。二人は、怖い顔のまま私を見ているし、他のクラスメイト達も何でそんなとこに移動したんだという目でこっちを見ているが気にしない。

 

「二人ってもしかして頭悪いの?」

 

 坂柳さんと康平を見ながら笑顔でそう言った。その瞬間にクラス内の空気は完全に死んだ。坂柳さんの纏っている雰囲気がさらに怖いようなものになり、いつの間にか彼女のもとに移動していた橋本君はこちらを睨み、神室さんは目を見開いている。康平はこっちを見たまま動かず、彼の隣にいた戸塚君はこちらを睨みつけている。それらの視線を気にせず、私は続けた。

 

「5月の段階でもうわかってたよね? 坂柳さんと康平は考え方が正反対だから話し合いの場なんて設けたら間違いなくこうなるって、だから何かしらの妥協案を二人とも用意しているって思ったんだが、違ったのか?」

 

 そう言って坂柳さんと康平の方を見ると、二人ともこっちを見て動かない。他のクラスメイト達は固まったまま動かない。

 

「もしかして妥協案がなかったのか?」

 

 二人を交互に見ながら、煽るように肩をすくめてそう言った。

 

「…いえ、一応考えていたのはあります」

 

「俺もだ。だが、もう少し話し合ってから言うべきだと思っていた」

 

「それで二人でにらめっこして何か進展したのか?

 昼休みにクラスメイト全員をわざわざ集めて話し合いに立ち会ってもらっているんだから、それを無駄な時間にするのはやめたほうがいいと思うが、君たちは違うのか?」

 

 煽りを入れながら二人を見る。坂柳さんも康平もバツが悪そうに顔をそらした。他のクラスメイト達は納得したのかよく言ったという顔をしている人も何人かいる。相変わらず、橋本君は睨んだままだが。

 

「そうだな。確かに、クラスメイト全員を集めて話し合っているはずなのに、それを無視するようなことをしてしまった」

 

「そう思ったなら妥協案をとりあえず言ってみてほしい。他の人たちもそれを望んでいる」

 

 そう言って席に戻る。言いたいことは言ったし、後は二人がきれいにまとめてくれるはずだ。茂に小さい声で「お疲れ」と言われたので、とりあえず頷きで返しておく。

 

 

 

 

 

 結果的に、クラスの方針としては「クラスで関わりを持つことはしないが、個人的に干渉するには構わない」というスタンスになった。クラスとして干渉しない方が良いと言った康平と、できるなら先手を打ちたい坂柳さんの考えを統合したらこうなるような感じはしていた。

 また、干渉する際に必ずAクラスが黒幕として扱われないようにすることが条件になったが、坂柳さんがやるならその心配はないだろう。尤も、彼女も潰しに行きたいとは言っていたが、潰せるとは言っていないし、そこまで動かないことも考えられる。いいところ、Cクラスの生徒の弱みを握って一人二人搾取できれば御の字と言ったところか?

 

 まあ、そんなことどうでもいいけど(私には関係ない)

 

 今の時間で大事だったのは、これで私がDクラスの手助けをしようとしても問題ないということだ。クラスで干渉することはだめだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という状況にできた。

 

 正直ここまでうまくいくとは思わなかったが、適度に煽りを入れたのが効果的だったのかもしれない。もっとも、煽りと言うよりもエリートのくせにこんなこともできないのかという本音の部分が大きかったが、これまで学校生活を送ってきてわかったことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということだ。

 これは坂柳さんも例外じゃない。彼女は、プライドが高いからこそ私との勝負を受け、プライドが高いからこそ、Aクラスを掌握したいのだと言える。そんな人が煽られて、妥協案すら考えないで話し合いなんてしてるのかと言われれば、仮に用意していなくても()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうなれば、クラスメイト全員の行動を指定するようなことにはならないだろうと思ったが、予想通りに事が進んだ。あまりにも方向性が違ったら口を出すことになっていただろうが、私には妥協案としてそれ以外の方法が思いつかなかったし、方向性の真逆な意見の()()()と言ったらこんなもんだろうと思っていたが、()()()()()()みたいだ。

 

 

 

 

 …いや、本当に運が必要なのは放課後だ。昼休みに屋上で弁当を食べている時に、綾小路君にメールを送っていた。Dクラスが大変みたいだけど何か手伝えることはないかという内容だ。返信はまだ来ていないが、よっぽど悪い返事じゃなければ、Dクラスに寄ってみる予定だ。

 

 一つ乗り越えたと思ったが、まだ大事な正念場が残っていることにめんどくさいと思いつつも、少しづつ準備を進めていくことにした。


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