彼の話をしよう。
その前にお前は誰だって?
いやあ、名乗るほどのものでもないよ。それこそ閑話的な幕間的な番外的な、そういう本編とはそこまで関係のない蛇足と呼べるようなところぐらいしか出番がなくてね。そんなやつのことなんかそこまで気にしなくてもいいよ。必要なら出番があるだろうし。
そんなことより彼の話だよ。彼は自分ではあまり自覚していないが、本当は非常に強いマイナスの気質を持っている。それこそ、球磨川先輩に匹敵しかねないほどのね。
じゃあ、なぜ彼がプラスの連中、ましてや天才達なんかと仲良くしていられるのか。
これに関してはそう難しいことじゃあない。彼は、今でこそマイナスになっているが元々は普通の人間だったということを考えると恐らくよく理解できると思う。
それでもわからない?
そうしたら、これに関しては宿題にしよう。そう遠くないうちに答え合わせができることを期待することにしてね。
彼自身は、あまり自覚がないようだけど少しずつ過負荷に馴染んでいる。尤も、彼自身が過負荷を抑えているせいで、昔よりも適合速度は遅いけど、それでも普通の人間なら壊れてもおかしくない程度には適合している。
もし、これで彼がテンプレ通りの神様転生をして、『大嘘憑き』なんてもらっていたら、今頃彼は「小坂零」ではなくなっていたと思うよ。
あくまで、彼自身のオリジナルの『過負荷』だからこそ、彼が自分自身をかろうじて保てているんだ。そうじゃなかったら、今頃他の人の過負荷に塗りつぶされている。『不慮の事故』然り、『荒廃した腐花』然り、『致死武器』然り、彼らのマイナスだとしたら、彼らの人格に似たものになっていたと、俺は思う。
だけど、今の彼はマイナスをほとんど使っていない。自分のマイナスを意識して抑え続けているからね。ある意味、ブチギレる前の『蝶ヶ崎蛾々丸』君状態とも言える。
他の誰かに嫌なことを押し付けているのではなく、自分自身に内包し続けているという明確な違いはあるけどね。だからこそ、今の不安定な彼もひょっとしたら、ひょんなことで本当に目覚めるかもしれない。
…まあ、もしかしたら『俺』と会うのが先かもしれないけどね。
それじゃあ、また今度とか。尤も、あるかはわからないけどね。
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今日はこの前放課後にすぐに帰ってしまったお詫びとして、坂柳さんとカフェに来ている。昨日は、茂たちとカラオケに行って、その前は康平と久しぶりに夕食を食べに行った。夕食を食べながらこれからのAクラスの方針とかを話していたんだが、そこまで興味ないのに話を合わせるのは少々きついものがあった。
結局、私はあれからAクラスの人たちとの関わりを減らしていくという選択肢をとることが出来なかった。エリートは過負荷的には忌むべき存在のはずなのに、今の私にはどうもそういう風に受け取りきれていないのだ。
昔のころはそんなことはなかった。むしろ、なぜかはわからないがエリート絶対殺すべしみたいな部分があった。中学校に入ってから言うほど優秀な人がいなかったのが原因なのか、それとも彼らに絆されてしまったのか。
それとも、エリートとか過負荷とかどうでもよくなったとか。
結局、そこまで深刻に考えなくても、なるようになるかと思うことにして考えるのをやめたのだ。どうせこれから積極的にDクラスと関わっていく機会もないことだし、引きこもって3年間終わらせるという選択肢も取るつもりはなかった。
綾小路君のことはこの際放置しよう。どうせ睨まれたら主人公補正によって死ぬのが確定してる上に、手を取り合うことに失敗しているような状態になっている以上、このまま放置するのが無難だろう。
どうしようもないと言う方が正しい気もするが。
そもそもの問題として、私が過負荷を抑えているように、彼も異常性を隠しているみたいだった。そんな状態の私達だったら、本質的に敵対こそしても裸エプロン先輩とどこぞの生徒会長みたいに手を取り合うような関係にはならない。
そんな感じで、今目の前にいる彼女との勝負に勝ちたいと思っているが、結局勝ち筋なんて見えないままだった。自分自身の力で勝ちたいが、圧倒的補正を持っているはずの主人公と目の前のなんちゃってラスボスを潰し合わせて漁夫の利を狙う作戦は私には荷が重かったみたいだ。
自分の力だけじゃなくても、弱っているところを奇襲するのが過負荷の基本だから問題なしと思うことにしていたが、そもそもその土台を作れなかった。わかりきっていたことではある。
過負荷の私がプラスの彼らを手玉に取るなんて、裸エプロン先輩でも難しいだろう。世界の基準が違うから何とも言えないが、例えるなら裸エプロン先輩が生徒会長と安心な人外の二人を手玉に取っているようなものだ。
恐らく彼なら最後には失敗するだろうけど、途中まではうまくやれるかもしれない。生憎と私にはその途中さえできなかったみたいだが、『負完全』とまで言われている彼とそもそも比較すること自体がおかしい話だ。
「こうして二人になるのは久しぶりですね」
「そういえばそんな気もするな」
話しかけられたのを機に思考を現実に戻す。カフェに入って私の飲み物がやってきたタイミングで彼女から話しかけてきた。彼女の言う通り、ここ一ヶ月ぐらいは彼女に呼ばれて話し合いみたいな感じになっても近くには最低でも神室さんか橋本君がいた。その二人がいない時も彼女の派閥らしき人がいたのだが、今日は彼女と私の二人っきりでカフェに来ていた。
「他の人には聞かれたくない話でもするのかい?」
「私が…というよりは小坂君が聞かれたくない話かもしれないと思ったのでここにさせてもらいました。ここはそこまで人が来ない上に、この席だと他の人からは話を聞かれづらい絶好の場所です」
「聞かれたくない話……? 勝負関連のことか?」
「…本当に覚えがないのですか?」
そう言われても特に思い当たらない。だが、よく考えたら勝負に関しては神室さんと橋本君は知っているどころか、この前の打ち上げに参加した時に大々的に言ってしまった気もする。あまり話に上がっていないことから他の人に聞かれてはいないのだと思うが。
「DクラスとCクラスには深く関わらないようにすると決めた日にDクラスに赴いた人がいたようなのですが何か知りませんか? 小坂君?」
「ああ、その話か」
別に問題ないだろうと思っていたが、他の人からすればそうではないらしい。確かにこの前Dクラスに行ったときに神室さんが尾行していたのは気づいていたし、どうせ坂柳さんに伝えるのだろうと思っていたが、そんなことで突っかかってこられるとは思わなかった。
「あの時も決めただろ? 個人的に関与する分には止めはしないって。私はあくまで友人の手助けをしに行っただけだからね。文句を言われる筋合いはないよ」
「…私は構いませんが、他の方々はそうは思いませんよ? 現に神室さんと橋本君は険しい顔をしていましたから」
「あー…確かに他のクラスメイトからすれば不快に思うかもしれないか…。
そういうことなら素直に感謝しておこう。わざわざ配慮してくれてありがとう」
「いえいえ、私と小坂君の仲ですから」
そういって紅茶を飲む彼女はとても絵になりそうな雰囲気の淑女といった感じを漂わせている。彼女に続いて私も頼んでいたカフェオレを口にした。転生してからは飲んだことがなかったが、そこまで苦手意識なく、むしろ物が良いからなのかとてもおいしく感じた。
「私が今日聞きたいことは、そのことと関係あるのですが、改めて聞きます」
そういって彼女が本題に入ろうとした。私は彼女を見たまま彼女の次の言葉を待つ。
「小坂君、あなたは何者ですか?」
「この前言ったことじゃ不満なのか?」
「二カ月前に言ったことで納得しきれない部分があったから聞いているのです。あの日、小坂君を尾行してもらった神室さんが途中で怯えながら帰ってきました。この前、図書館であなたを見たときにも少し怯えていましたが、それほどまでひどくはありませんでした」
「……」
彼女の派閥の誰かが、図書館まで尾行していたことは予想していたが側近とも言える神室さんだとは思わなかった。恐らく、その時には距離が離れていたからおそらく問題なかったのだろう。その前にたい焼きを食べたときも雰囲気だけだった。
だが、この前にDクラスに行った時には抑えが効かなくてそれなりのマイナスを吐き出していた。そして、教室の中で話していた私を見張るためには教室の近くに行かなくてはいけない都合上、恐らく神室さんは私のマイナス具合にあてられたのだろう。
どうりで、ここ数日神室さんが私を避けていたわけだ。
「小坂君を尾行させていたことに関しては謝ります」
「そう言ってもやめる気はないだろう? ここしばらく、結構な頻度で見張られてたのは気づいてるよ」
「勝負を挑まれた相手の動向を探るのは基本ですから。無断でしたことに対する謝罪と言う形で言いましたが、もちろんやめる気はありません」
「そのことについては私自身どうでもいいしね。撒こうと思えば撒けるし、二度と尾行しようと思えなくなるようなトラウマを植え付けることもできるし」
いい加減彼女に誤魔化すのも限界が来ていたみたいだ。もうこのまま隠し通すのも難しいなら、この際彼女にばらしてしまうことにしよう。どうせ彼女は私の気持ち悪さを知っているんだからこの際ばらしてしまっても変わらない。
だから、彼女には過負荷と言う人間がいることを知ってもらおう。運が良いことにさいころも8個ある。
そう思った私は、自分の持っている過負荷を少しだけ解放する。解放しすぎて『縁』を切ってしまうような間抜けなことはしないようにしながら。
私の雰囲気の変化に気付いたのか、彼女は顔を顰めた。
「この際、坂柳さんには話してもいいかもしれない」
「…小坂君の正体についてですか?」
「全部ってわけじゃないけどね。他のやつの受け売りだし、本当かどうかもまだわからないけど」
「?」
「いや、こっちの話。それじゃあ話そうか」
そういって彼女の顔を見る。彼女は私の方を見て、怯えたような、嬉しそうな、見たくないものを見るような、見たかったものを見るような、そんなよくわからない表情をしていた。
「人間は4つに分類できるらしい。1つは普通。Aクラスの君と私以外の人は軒並みこれに当てはまるね」
「…葛城君もですか?」
「彼ぐらいじゃあ、普通の域から出ることはできないよ。彼は全体的に高水準なだけのただの普通さ」
「それでは私と小坂君はどういう分類になるのですか?」
「坂柳さんは特別に当てはまると思うよ。何か1つ、特別に秀でたものがある人間のことだね。坂柳さんの場合はその頭の回転の速さかな?」
「ありがとうございます。ですが、頭の回転の良さなら他にも優れた人がいると思いますが?」
「Aクラスで坂柳さんほどの人はいないよ。他のクラスじゃわからないけどね」
「……」
そう言うと彼女は心当たりがあるのか黙り込んでしまったが、私には関係ないので、先に進めることにした。
「もう一つは異常」
「異常?」
「やることなすこと、全てが異常な結果を出す連中のことさ。ここにさいころが8個ある。試しにこれを振ってみてくれないか?」
そういって彼女にさいころを渡した。彼女は少し戸惑いながらも、机の上にさいころを転がした。
…出目は、1、1、1、1、2、1、2、1。1に偏っているが、異常と呼ばれるには少し物足りない結果だった。
「坂柳さんの場合は1に偏ってるみたいだね」
「こんなので何がわかるんですか?」
「これが異常だったら出目が全部同じになるよ」
「…そんなことがあるわけ「あるさ、何をなしても結果が全ておかしくなる連中、それこそが異常なんだから」
「まあ、尤も、本当に異常具合が高いやつなら、さいころが全部積み重なったりするみたいだけどね」
「……そんなことが本当にあるんですか?」
「うーん…実際に私が見たわけじゃないから何とも言えないところだね。ただ、私が話したいことには必要な話だから」
「小坂君がその異常ってことですか?」
「私が? よりによってアブノーマル?」
まさか、異常と間違われるとは思わなかったので露骨に顔を顰めた。私はそんなにプラスの連中じゃあない。
「私のことストーカーしてるくせに私のこと全然わかってないんだね、坂柳さん」
「あなたの説明通りなら、あなたが異常と言う分類でもおかしくないと思いますが? 話しただけで人の心を折る、盗み聞きしていただけで聞いていた人の心を折るなんていう異常な結果を出しているのですから」
「…はあ」
大きくため息を吐いた。いや、別に私には関係ないことではあるが、私のことを彼女が何にもわかっていなかったことに、呆れ半分失望半分と言った具合だ。
そこで気づいた、私は彼女に何か期待していたのではないか。彼女なら、私のことを理解してくれていると思っていたのかもしれない。そういう期待があったからこそ、勝手なことだが失望していた。
「……」
「私がそんなプラスな連中なわけないじゃないか。異常な連中はどれだけ異常だとしても、結果として返ってくるのはプラスなんだ。だから私には絶対に当てはまらない。それに、まだ分類分けに一つ余りがあるだろう?」
「…確かにそうですね。異常がプラスだとするならば、小坂君はその反対が正しいと思います。見ているだけで気持ち悪くなるなんて人がプラスなわけないですからね」
そう言った彼女の言葉に思わず目を見開いた。彼女は私のことを全く理解していないと思っていたが、そうではなかった可能性が生まれた。
私がミスリードをしてしまったせいで勘違いしていただけだったというものだ。
彼女が言った、プラスと正反対と言う言葉がまさしく私を呼ぶには相応しい名称だ。彼女がそれを当てたことに少し嬉しい気持ちになった。
思ったよりも、私は彼女に対して情が沸いてしまったのかもしれない。
「坂柳さんが言ったので合ってるよ。最後の一つは過負荷。文字通り、やることなすことが全てマイナスになるタイプの人間だ」
「過負荷…」
「そう、銀行強盗に遭遇すれば真っ先に人質にされるし、大会に出ようものなら会場に行くまでに車に轢かれ、散歩をしたら電柱が倒れて病院送りになり、友達を作ろうものなら人の心を折ってしまい、復讐をしようとしたら逆に殺される。
そんな人間の総称が過負荷さ」
「……」
「まあ、急にこんなこと言われても納得できないだろうね。とりあえずサイコロでも振ってみようか、私が振るとどうなるかやってみたかった」
そう言った私は、机の上にあるさいころを8つとって無造作に投げてみた。
…結果は、さいころが全て砕け散った。思いもよらない結果に、私も彼女も呆然としてしまった。だが、少ししてから、私はこれがどんな結果だったのかを理解した。理解したからこそ、思わず顔がにやけてしまいそうになる。それを抑えながら茫然としている彼女に向き合った。
「なるほどね…こうなるんだ」
「…小坂君…これはいったい…?」
「この結果はね、出目が出なかった。出目を出すということがマイナスになって返ってきた結果だね。
さしずめ、さいころの出目がマイナスになった、とかかな?」
「こんなことが…」
「実際にあっただろ? これが私だよ」
そう言うと彼女は茫然とこっちを見たまま動かなくなってしまった。頭が受け入れることを拒否しているのだろう。彼女のように、頭が良いとこういう理解不能なことが起きたときに受け入れられずに現実逃避するのはよくある話だ。
私は彼女をこのまま放っておくことにして、伝票を取って会計を済ませてカフェを出ていった。心なしか、気持ちは大分すっきりしていた。もしかしたら、私は過負荷のことを他の人に知ってもらいたかったのか、それとも、誰でもいいから話したかったのかもしれない。
カタルシス、と言うものだ。私だけが知っている秘密を他の人に話すことで得られる、開放的な感覚。私は自分でも気づかないうちに、誰かに話したかったのだろう。私自身の本質を、過負荷という人間がここに存在しているんだと。
私は言葉にできない優越感のようなものを感じながら、寮の自室に帰った。何気ない日常の一ページが、こんなにも私に溜まっていたストレスを発散させてくれるものだとは思わなかった。この日は久しぶりに変な夢を見ないでぐっすりと眠れた。