青い空、白い雲、すがすがしい空気、まるで心が洗われるみたいじゃないか、とはどこぞのアライグマ君が台風の去った日にアニメで言っていたセリフだったか。尤も、その次にはアライグマ君のお父さんに怒鳴り散らされることになっていたが。そのアライグマ君のお父さんは、青い空も嫌いなら、白い雲も嫌いだし、すがすがしい空気何ざもっと嫌いなんだよ、と吐き捨てていたのは未だに覚えている。
それはともかく、この部屋から見える外の風景がまさにそんな感じだろう。デッキにいる人達もそう思っているに違いない。だが、生憎と今の私は
「それで…結局神室さんとはどうするんですか? このままの調子で二週間過ごすのはまずいと思うのですが」
「別に気にしないよ。私と彼女が仲が悪かろうが良かろうが
「零君が良くても、私と橋本君が重い空気の中で生活することを強いられるので何とかしてください」
「嫌だ。有栖がどう思おうが、橋本君がどう思おうが
「確かに私の付き添いをお願いはしましたけど、神室さんとの仲が改善するどころかますます悪化していくままではクラスの方でも支障が出ることになりますよ?」
私と有栖と橋本君と神室さんが集まってまず最初に起こったことは、神室さんの逃走だった。私が有栖の割り当てられた部屋に入ったのを確認した瞬間に、回れ右をして自分に割り当てられた部屋に戻ろうとしたが、橋本君に捕まえられて泣きそうになりながら必死に抵抗していた。
珍しく茫然と神室さんを見る有栖。
今にも泣きだしそうな顔で必死に逃げようとする神室さん。
その神室さんを必死に繋ぎとめてる橋本君。
それを見て引き攣った笑みを隠せない私。
どこをどう見ても地獄絵図だった。それほどまでに私に対する恐怖感があったのか、有栖に服従しているはずの彼女がそれを無視してまでここまで錯乱しているのを見たのは初めてだった。
ここが有栖に割り当てられた部屋の中じゃなかったら、教員が飛んできてもおかしくない絵面になっていた。私と橋本君は有栖の補助をする人を聞いていたが、こうなることを見越したのか有栖は神室さんには伝えていなかったみたいだ。
結局、私と十分に距離を取って話し合いをすることになった。位置としては、私の対面に有栖、隣に橋本君で有栖のベッドに腰掛けているのが神室さんだった。絵面が結構シュールだったが彼女にできる最大限の譲歩だったらしい。
話し合い中に私が話しかけるたびに小さい悲鳴を上げる彼女の姿が面白くて遊んでいたら、有栖に怒られたのは記憶に新しい。
話し合いの末、朝は神室さんが、昼は橋本君が、夜は私が主に付き添うことになった。就寝中はナースコールのようなものをベッドに置いておき、状態が悪化した場合はそれを本人が押すことで教員が駆けつけることになっているらしい。
だが、今はデッキに向かっている生徒が多いため諜報向きの橋本君には甲板に行ってもらい、そっちに神室さんもついて行ってもらう形になったため、残った私が有栖の相手をしていたというわけだ。
「クラスの方は私と有栖が仲直りしたことで元の明るい雰囲気になってるし、元々私と神室さんは仲が良くなかったからそこまで支障が出るようなことじゃないと思うけど?」
「片方があからさまに怯えていたら気づく人は気づきますよ? 葛城君とかは気づいているみたいでしたし」
「それでも放置してるってことは問題ないってことだろう? そもそも、本人があの状況で無理やり会話しても
「…確かにそういう見方もありますね。少し、急ぎすぎていたみたいです」
急ぎすぎた?
何か急がないといけない理由でもあるのか?
「急ぎすぎたって、何かあるのかい?」
「…零君は
…ああ、そういうことか。いや、考えてみれば当然だな。
「少し考えればわかることだったね。大方、試験か何かをやらせるつもりなのかな? わざわざ船で行くってことはそれ相応のところで何かやらされるんだろう」
「そういうことです。私は体の都合で参加できませんが、恐らくクラスごとで対決するようなものことになるはずです。その時に、クラスメイトで明らかに仲の悪い人がいたら他の人たちの不信感が募ってもおかしくありません」
「それを理由に不満をまき散らすこともありそうだね。
「私も私が参加できないような試験ということしか教えてもらってないので、どういう内容かはわかりません。わかってても守秘義務を付けられていそうですが」
「まあ、そういうことなら安心していいよ。
私がそういうと、彼女は目を見開いてこっちを見たまま固まった。そんなに単独行動することが驚きだったのだろうか?
「…何を企んでいるんですか?」
「いいや、企んでなんかいないよ。ただ、私はもう他のクラスに目を付けられているのと同じだから今回は単独で動こうと思っただけさ」
半分本当で半分は嘘だ。Cクラスには山脇君の件で、DとBには
嘘は、企んでいないという部分だ。当然、
彼女に勝つために、まずは
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、ぜひデッキにお集まりください。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
突然、そんなアナウンスがされた。言い方から、デッキに向かえば試験に有利な情報が得られるのだろう。
「…零君は行かないんですか?」
「有栖を置いていくことはできないだろう? 行くなら一緒に行くけど、どうする?」
「そうですね…」
そう言うと少し考え込む有栖。試験に参加できない彼女からすれば、そこまで有意義にはならないと知っているからだろう。
「私としては別に行かなくてもいいとは思うけど、せっかくのいい景色だ。窓越しじゃなくて、実際に見てみたいなら一緒に行くよ」
「…それならお願いします」
そう言って、彼女は杖を持ち杖を持っていないほうの手を私に委ねた。手を取りながら、橋本君に『デッキに向かうから神室さんをよろしく』と書いたメールを送信した。これで、わざわざ鉢合わせするようなことはないだろう。仮に鉢合わせしたとしても、私は連絡を入れて橋本君が携帯を見ればわかるようにしたんだから
デッキに着くとさんさんときらめく太陽の下、生徒たちがこぞってデッキから見える島を凝視していた。一番前のいいポジションをAクラスのクラスメイト達が占領していたが、そこまで行くのは私はともかく有栖にはきついだろうと思った。そのため、遠目からその島を眺めるだけに留めといた。
「いい景色だね。太平洋の中で、島と船と人間だけがここにある」
「そうですね。こうやって直接見ることのほとんどできない景色を見ると、感慨深いものがあります」
私はこっちに来てから施設暮らしでこういう景色を見たことはなく、彼女は彼女で先天性疾患を持っているためこういう景色を直接見ることはできなかったのだろう。本来なら、ここにいることすらできなかった彼女だ。そんな彼女が見ている同じ景色は、私と同じでももっと輝いて見えているのかもしれない。
島が目前という距離まで近づくと、そこから島全体をぐるっと回って生徒たちに見せるらしい。どこをどう考えても、意図がある物だろう。
「ああ、そういうことね」
「ええ、そういうことでしょう」
二人で意味深につぶやくと、お互いに
それは、少し浮かれていた旅行気分に水を差すには十分だった。
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替えて、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また、暫くお手洗いに行けない可能性がございますので、きちんと済ませておいてください』
そのアナウンスが、これから試験が始まることを確定づけるには十分だった。短い旅行だったな、と思いつつも有栖を部屋に送っていく。
「それじゃあ、送るよ」
「ええ、お願いします。しばらく会えなくなりますが、あまり変なことをしないでくださいね」
「変なことって?」
「先ほどのように、神室さんを弄んだりしないでくださいということです」
「前向きに検討して、善処しよう」
「直す気はないってことですね」
そう言ってため息をつく有栖の手を取りながら、彼女の部屋まで見送る。私達が
端から拒否権はないが、こうすることで逃げ出そうとする生徒はいなくなる。合理的というか、
そんなことを考えているうちに有栖の割り当てられた部屋に到着した。
「それじゃあ、またね。たしか、島では一週間過ごすはずだから長いと一週間後かな?」
「恐らくそうなりますね。あまり神室さんをいじめないように」
「まあ、善処しよう。私もそこまで下手なことをする気はないからね」
「ええ、そうしてください。それでは一週間後にお会いしましょう」
「ああ、有栖も体に気を付けてね」
そう言って、私は有栖と別れて自分の割り当てられた部屋に戻った。私と入れ替わりで、真嶋先生がやってきたので軽い挨拶をして自分の部屋に向かった。有栖の様子を見に行ったのだろう。試験中のことについて指示が下されるのだと思われる。
自分の部屋に着いた私は、アナウンスの指示通りにジャージに着替えて荷物をまとめて携帯を持ってデッキに向かった。録音機の類や、青本と参考書は当然部屋に置いてきた。
下船するために一人一人荷物検査を行っていたことから、ここで試験を行うのは確定的だ。携帯電話まで没収されたことから、外部との通信を完全に遮断されたことになる。それよりもこの無駄に暑い中、生徒たちを長時間拘束することに内心で悪態をついた。もっと効率良くやれよ、前世の高校の生徒会でももっと効率よく生徒を動かしていたぞ。
Dクラスの生徒の荷物点検が終わり、全員が揃ったところで真嶋先生が前に立った。校長先生の話のような綺麗ごとを並べているうちは、生徒たちで話す人も少なく特に問題はなかった。
だが、次の瞬間に彼らの旅行気分は一気に吹き飛ぶことになる。
「ではこれより――――本年度最初の特別試験を行いたいと思う」
周りの生徒たちがざわついたのと同時に、私の中で言葉にできない何かが蠢いているのを感じた。もしかしたら違うかもしれないという希望が少しでもあったのだろうか?
言いようのないムカつきにも似た何かが私の中で渦巻いている。これが何なのか、今の私にはわからなかった。
いろいろ説明しているので、とりあえず切り替えて頭に入れておく。テントに関しては正直高望みしていないからどうでもいい。施設暮らしの時に嫌がらせで寝床がなかったことも少なくはなかった。アスファルトじゃないだけマシだ。というより、いろいろ配給してくれているのだからそこまで文句も出ないだろう。生徒を殺したくてこの試験をやるわけじゃあないし、
生徒の耐久試験じゃあるまいし、何かしらの措置があるはずだ。
どこかで見たことがあるようなDクラスの生徒が真嶋先生に文句を言ったところ、想像していた通りの措置があった。ポイントを使わなければならないが、豪遊することもできるのだからそのポイントも何か細工があるのだろう。
案の定、残ったポイントはクラスポイントになるということだった。これによって、クラスの中で遊びたいという人がいても、簡単にそうなるわけではないということになる。
いや、むしろクラスポイントを残そうとするあまり他の人に我慢させることを強要させる人も出そうだ。
「真嶋先生、質問をよろしいでしょうか?」
そのタイミングで、意見を言うために手を伸ばす。私の方を見てくる人達もいるが、
「…なんだ小坂」
「不慮の事故によって死亡者が出た場合はどうするのでしょうか? リタイア扱いで-30ポイントになるのでしょうか?」
「後程各クラスで話すことになるが、この特別試験では試験開始前に腕時計を配布する。その腕時計に体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも備えてる。また万が一に備え、学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載してある。緊急時には迷わずそのボタンを押し「そういうことじゃありません」
真嶋先生の言葉に割り込んでそういうと、他の教員も私の方を注目し始めた。だが、
「私が言いたいのは、海岸を歩いていたら海岸が崩れて頭を打ち付けて死んでしまった場合とか、木の根に足を引っかけて転んでしまい転んだ先にあった木の枝が眼球部に入り脳幹を突き抜け死んでしまったとか、歩いていた山がいきなり崩れて断層に挟まれて帰らぬ人になったとか、
私がそういうと周りの人たちはこっちを見たまま固まった。そんなこと実際に起こるはずがないと思いつつも、
「…そういう場合はリタイアとは別の扱いになる」
「そうですか。ところで話は変わるのですけど
私が話すたびに、他の人達がまるで化け物か何かを見るような目でこっちを見てくるのがわかる。何をそんなに警戒しているんだろう?
「……小坂。それ以上余計な質問をするようなら、君をリタイアにしなくてはいけなくなるかもしれないがそれでも続けるか?」
「あ、それじゃあいいです。そこまで興味があることでもないですし」
そう言うと他の人たちが一斉に息を吐き出した。
そこで潔く私は、
それを無視しつつ、私のことを
他のクラスの人や教員たちは、未だに私の方を化け物か何かを見るような目で見てくる。だが、それが気にならないくらい、私は内心とても困惑していた。
こんなことは、HIGH、LOWの制御ができてから初めてだった。今まで、意識が緩んで漏れるようなことはあったがその時にも
その感覚が抜けないまま、各クラスごとにまとまって担任の先生から補足説明を受けることになった。集まっているAクラスのみんなは私のことを見て、怯えていたり、首を傾げたりしている。神室さんは私から一番距離を取っていた。
そんな中で、真嶋先生から説明が行われる。スポットがどうのだの、トイレがどうのだの言っているが正直そこまで興味はなかった。
私は今回の試験に
私が今回の試験でしたいことは、端的にいうと
今まではこのまま放置していても問題ないと思っていたが、第一案である「
だが、
この試験中に必ずやる必要はなく内容が内容であれば普通に試験に取り組むつもりだったが、
私は早急に自分の
真嶋先生の説明が終わり、他のクラスメイト達が集まっている中で、私は自分自身が今までで一番の修羅場に立っていることを自覚したのだった。
予め言っておきます。3巻に入ったのはいいのですが展開の都合上、一部内容がカットされます。
死亡云々は多分独自設定です。原作を見返したのですが書いてなかったので、流石に死んでリタイア扱いにしたら学校としてはどうなんだろうか、と思ったのでこうなりました。扱いとしては「リタイア扱いにはならず、点呼での減点もなし」。減った人数でそのまま試験続行という感じになるかと思います。
試験の中止も考えたのですが、ここまでお金を出していて生徒も無人島に招待(強制連行)してまで行っている試験を中止にするか?と思ったのでこうしました。
腕時計と点呼がある以上は問題ないと思います。
もしどこかで記載されていれば教えてください。