ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

21 / 39
幕間 ~夢の中、泡沫にて~

…

 

……

 

………生きてるのか?

 

 確か私は点呼の後に海岸沿いで考え事をしていたら、崖が崩れて海に投げ出されて…

 

 

 もしかしてここは死後の世界だとでもいうのか?

 

 

 ついに私は死んだのか?

 

 わざわざ転生したのに?

 

 あんなところで?

 

 坂柳さんとの決着もつけずに?

 

 自分の欠点(マイナス)を見失ったまま?

 

『そのとおり、君は今死にかけてるよ』

 

 言葉と同時に後ろに、人の気配を感じた。

 思わず振り返ってみると、そこにいたのは身長170㎝ぐらいで、髪は黒く前髪が目にかからない程度の長さ。顔は他の人がどう思うかは知らないが個人的には中の下〜下の中程度の顔で細身の体で学ランを着ている。

 

 

私(・)そ(・)っ(・)く(・)り(・)の(・)男(・)が(・)い(・)た(・)。

 

 

 違いのような違いと言えば、目の黒目が完全に真っ黒になっていることと学ランを着ていることぐらいだろう。声も括弧(カッコ)つけたような感じではあるが、私の声そのままだ。

 

『君は海岸沿いで考え事をしながら過負荷(マイナス)を出したら座っていたところの崖が崩壊。落ちたときに左腕の腕時計は岩に叩きつけられたせいで壊れ、ダメ押しのように後から崩れた崖に全身を潰されてお釈迦寸前の有様さ』

 

「……」

 

 それを聞いてやっぱりと思っていたが今の私にはそ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)は(・)ど(・)う(・)で(・)も(・)よ(・)か(・)っ(・)た(・)。

 それよりもこいつだ、私と瓜二つのこいつはいったい何者なんだ?

 

『おいおい、そんな風にじろじろ見るなよ。照れちゃうじゃないか』

 

「…お前はいったい何者だ?」

 

『そんなに冷たいことを言うなよ。俺(・)は(・)君(・)さ(・)。君だってそう思ってるんだろう?』

 

「まあそんな気はしてたよ」

 

 実際に目の前で見てみるとよくわかる。

 目の位置、鼻の高さと造形、耳の曲がり方、腕の長さ、指(・)紋(・)、足の長さ、筋肉のつき方、手の大きさ、肩幅の広さ、ひじの関節の位置、それらをぱっと見ただけで既視感がある。それらは恐らく、鏡を見ることで見ることができるものだろう。

 

『気持ち悪いかい?』

 

「そりゃあな」

 

『俺もさ。自(・)分(・)み(・)た(・)い(・)に(・)気(・)持(・)ち(・)悪(・)い(・)や(・)つ(・)が(・)二(・)人(・)も(・)い(・)る(・)な(・)ん(・)て(・)考(・)え(・)た(・)く(・)も(・)な(・)い(・)だろ?』

 

「わかってるんなら言わなくてもいいな。ていうか思考回路までまるっきり一緒なのか?」

 

『さあ? まあそうだとしても俺には関係ないけどね。俺は俺でしかないし」

 

「同意見だ。私(・)は(・)私(・)だ(・)。俺(・)じゃあない」

 

 俺なんて一人称は2(・)0(・)年(・)ほど前にやめたものだ。私は私であって、俺じゃあない。

 

『そんなこと言うなよ。俺って言わなくなっても俺だったことには変わりないんだから』

 

「言うなよ。そうだとしても私は私だ。俺じゃあない。」

 

『頑固だねえ。まあどうでもいい(俺には関係ない)けど』

 

 私という一人称に変えたのは生前の中学三年生ぐらいの時だ。

 母親が『俺』と言う一人称を嫌がったから無理やり『私』に矯正したものだ。それが結果的に今の『私』を形作るための根幹になっている。

 

『そんな風に無理やり矯正した結果、しゃべり方に統一感がなくなったんだろう? 私(・)は(・)私(・)で(・)し(・)か(・)な(・)い(・)と言うわりにはその「私」がブレブレすぎて笑っちゃうぜ』

 

「ッ!!」

 

『図星かい? そもそも君はどっちつかずの宙ぶらりんだっていうのをいい加減自覚しろよ。プラスにもマイナスにもなりきれない中途半端な存在。それが君さ』

 

「…ムカつくよ君」

 

『また口調が変わってるぜ? それも俺(・)に近づいてる。それでいいのか?』

 

 本当にムカつくやつだ。

 自(・)分(・)が(・)一(・)番(・)言(・)わ(・)れ(・)た(・)く(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)を(・)的(・)確(・)に(・)抉(・)っ(・)て(・)き(・)や(・)が(・)る(・)。

 

 …自覚はしていた。

 マイナス気質だと言っても、元々がプラスにいた人間だったからかな(・)り(・)き(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)感覚はずっとあった。

 プラスの連中(クラスメイト)と仲良くしようとしたり、エリート(坂柳さん)と仲良くしていたのなんかがいい例だろう。

 

 そ(・)の(・)結(・)果(・)、(・)私(・)は(・)私(・)自(・)身(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)に(・)蓋(・)を(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

 本当にマイナスだったら問題なかったのだろう。

 どっちつかずの私だったから、自(・)分(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)を(・)蔑(・)ろ(・)に(・)す(・)る(・)な(・)ん(・)て(・)い(・)う(・)残(・)酷(・)な(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

『君の本質は「縁を切ること」。だと言うのに、誰彼構わず「縁」をつないでいるのが今の君だ。そんな状態でマイナスだと誰が言える?』

 

「だが、誰彼構わず切っていったら生きていくことすら厳しいだろうが」

 

『そんな風に「周り」のことを考えるから君はどっちつかずなのさ。自分以外はどうでもいいとか言いながら、周りに常に気を配って壊さないように丁寧に生きているのが今の君さ』

 

 …言われてみればそうだ。

 転生してから最初の方…と言うより高校入学前は『縁』を積極的に結ぶなんてことはしなかった。高校に入学してからだ。クラス内の立ち位置とか、周りの人からの評価を細かく気にするようになったのは。

 

 自(・)分(・)以(・)外(・)は(・)ど(・)う(・)な(・)っ(・)て(・)も(・)い(・)い(・)と(・)か(・)言(・)い(・)な(・)が(・)ら(・)、(・)自(・)分(・)以(・)外(・)の(・)こ(・)と(・)を(・)常(・)に(・)考(・)え(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 ……そんな状態じゃ、どっちつかずと言われても仕方ないのかもしれない。どっかでわかってはいた。マイナス気味になってもマイナスになりきれてないって。

 

 …だけど、こいつは何なんだ?

 

 いったいどこまで私のことを知っているんだ?

 

 そもそもこいつはいったい何者なんだ?

 

『俺は君さ。さっきからそう言ってるだろ?』

 

「さらっと思考を読まないでくれ。正直良い気分じゃない」

 

『俺が君である以上は仕方ないと思わないかい? 第一、君は俺のことを本当は気づいているはずだ。過(・)去(・)に(・)2(・)回(・)俺(・)と(・)こ(・)う(・)や(・)っ(・)て(・)話(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)も(・)あ(・)る(・)し(・)な(・)』

 

 

 過去2回…?

 

 そんなことがあったのか?

 

 いったい何時……

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 …殺さなきゃ。

 

 こんな奴生きてちゃいけない。

 

 今ここで殺さないと、ありとあらゆるものへの害悪にしかならない。

 

 だから殺さないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…私(・)を(・)殺(・)さ(・)な(・)き(・)ゃ(・)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人のために、世界のために、社会のために

 

 

 こ(・)の(・)手(・)に(・)持(・)つ(・)鉈(・)で(・)、(・)私(・)の(・)存(・)在(・)と(・)こ(・)の(・)世(・)界(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)と(・)の(・)『(・)縁(・)』(・)を(・)切(・)る(・)。

 

 そうすれば、こんな気持ち悪いやつ(マイナス)が死んでここにいる人達も元に戻るだろう。

 

 ここの人たちは私(・)の(・)せ(・)い(・)で(・)子供を虐待するような外道に成り下がってしまった。他の子供たちに被害が行かないように元凶の私が死なないと。

 

……ああ、それでも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し、生きていたかったなぁ」

 

 

 

 こうして舞台の幕は下りた(鉈が振り下ろされた)。

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ッ!!!????

 

 なんだ今のは!!?

 突然頭が痛くなったと思ったら、いきなり目の前に浮かんで消えた…

 

 今のは…私(・)?

 

 でもこんなこと記憶に……

 

 も(・)し(・)か(・)し(・)て(・)自(・)分(・)で(・)封(・)じ(・)込(・)め(・)て(・)い(・)た(・)記(・)憶(・)な(・)の(・)か(・)?

 

 

 

『思い出したかい? それが二回目だ』

 

「…今のは何だ?」

 

『現実から目を背けるなよ。今のは君さ。もちろん過去のね』

 

「だとしたら何で今私は生きているんだ!? あそこで自殺したんならここにいる私は一体何なんだ!?」

 

『簡単なことさ、君は最後に生(・)き(・)た(・)い(・)って思った。だ(・)か(・)ら(・)俺(・)が(・)生(・)か(・)し(・)た(・)。君の中にあった「死」という概念と君との「縁」を切り離すことでね。その影響が残っているから、君は今死にかけにも拘らず死んでいないのさ』

 

 確かにさっき見た私の最後の顔は生(・)き(・)た(・)い(・)、けど死ななくてはいけないという悲壮に満ち溢れたものだった。だが、生きたいと思ったからで『死』との『縁』を切った?

 そんなオカルトがあり得るのか?

 

『あるさ。現に君は転生を経験しているだろう? そんな一番のオカルトがあるんだ。君が信じたがっている「無冠刑(ナッシングオール)」があっても不思議じゃない。それに、死にかけている今君がここで対話しているのが良い証拠じゃないか』

 

 確かにそうかもしれないが、それがあったとしてこいつは何のために私を生かしたんだ?

 それに『俺が生かした』ってことは、こいつが『無冠刑(ナッシングオール)』を持っているってことなんじゃないか?

 

 

 

…待てよ、もしかしてこいつの正体って

 

 

『やっと気づいたのか。そうさ、俺の正体は君が言うところの過負荷(マイナス)スキル、「無冠刑(ナッシングオール)」そのものさ』

 

「!!」

 

 過負荷(マイナス)そのものに人格が宿ってるだと!?

 そんなことめだかボックスの原作でもなかった。

 第一そんなことあるはずが……いや、だがそれならいろいろと説明が付く。

 私を死なせないようにするのは彼の言った通りの『無冠刑(ナッシングオール)』の使い方をすればできるし、今対話しているのも私の精神世界に私(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)が(・)入(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)と(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)な(・)ら(・)説(・)明(・)が(・)付(・)く(・)だ(・)ろ(・)う(・)。私が思いつかなかったような使い方だし、精神世界に入ってくるなんて突拍子もないことだが理屈は通ってる。

 

 何せ過負荷(マイナス)は私自身なんだから。

 

『お、どうやら理解したみたいだね。そうさ、俺こそが君(・)か(・)ら(・)見(・)向(・)き(・)も(・)さ(・)れ(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)過(・)負(・)荷(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)だ(・)よ(・)』

 

 

 

………

 

 

 

「本当にごめんなさい」

 

 理解した時にできた行動は土下座で謝ることだけだった。ついさっきまで使用することを躊躇い続けた結果、存(・)在(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)を(・)否(・)定(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)自(・)分(・)自(・)身(・)の(・)半(・)身(・)に対してできることはそれしかなかった。

 当然、彼にはわかってるんだろう。こ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)し(・)て(・)も(・)、(・)私(・)は(・)彼(・)を(・)見(・)捨(・)て(・)た(・)と(・)い(・)う(・)事(・)実(・)は(・)変(・)わ(・)ら(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)を(・)。さっきまでの彼に対するイラつきが、全部後悔に変わる。

 

 ところが返答がないので顔を上げてみたら、そこにあったのはさっきまでの楽しそうな顔をしていた彼ではなく、非(・)常(・)に(・)困(・)惑(・)し(・)て(・)い(・)た(・)彼(・)の(・)姿(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

『あれー…? おっかしいなー、こんな感じになるはずじゃなかったんだけど…』

 

「? 私がほとんど『無冠刑(ナッシングオール)』を使わない挙句に、過負荷(マイナス)として威嚇ぐらいにしか使ってなかった。その上、道具のように使い捨てるような真似をしていたから愛想を尽かしたんじゃないのか?」

 

『それだけは絶対にありえない!』

 

 私の質問に帰ってきた答えは私の予想外の言葉だった。ここで会って初めて彼が声を荒げたのに思わず体が跳ねる。私はどうやら精神的に相当参っているらしく、完全に委縮してしまっていた。

 

『君がいなかったら俺(・)は(・)生(・)ま(・)れ(・)る(・)ど(・)こ(・)ろ(・)か(・)誰(・)か(・)ら(・)も(・)認(・)識(・)さ(・)れ(・)な(・)い(・)ま(・)ま(・)存(・)在(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)が(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。そんな中、過(・)負(・)荷(・)の(・)な(・)い(・)世(・)界(・)で(・)過(・)負(・)荷(・)に(・)目(・)覚(・)め(・)て(・)俺(・)と(・)い(・)う(・)存(・)在(・)を(・)確(・)立(・)さ(・)せ(・)た(・)君(・)に愛想を尽かすなんて、絶対にありえない!』

 

 括弧つけたままだが、その言葉は心に響く様な絶叫だと私は感じた。あっけにとられている私を見て、ハッと我に返った彼は咳払いをしてからこっちを見た。

 

『だから俺が君を見限るなんてありえない』

 

「でも、さっきまで『無冠刑(ナッシングオール)』とは全く別の過負荷(マイナス)のオーラになっていた。その上に、前なら返ってきた過負荷(マイナス)との対話と言えるようなものもできなくなっていたから、てっきり愛想を尽かされたもんだと」

 

『それに関して何だが…それは俺のせいじゃない。君自身の変化のせいだ』

 

「私自身の変化?」

 

『さっきも言っただろう? ど(・)っ(・)ち(・)つ(・)か(・)ず(・)だ(・)っ(・)て(・)。君がプラスとマイナスを行き来しているような状態だから、唐突に「無冠刑」が変質したり、かと思えば突然自分でもわからないうちにマイナスを出してたり、自分が自分じゃなくなった感覚とかあっただろ? あれがそれだよ』

 

 …頭の中が完璧に混乱している。でも、さっきは君(・)か(・)ら(・)見(・)向(・)き(・)も(・)さ(・)れ(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)過(・)負(・)荷(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)だ(・)って言ってた。これからすると、私のことを見捨ててもおかしくないのでは?

 

『確かに、君(・)が(・)俺(・)を(・)必(・)要(・)と(・)し(・)て(・)い(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)は(・)わ(・)か(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)さ(・)。さっきの言葉だって嫌味っぽく言ったのは事実だしね。でも、君(・)が(・)本(・)当(・)に(・)俺(・)の(・)こ(・)と(・)が(・)必(・)要(・)な(・)い(・)っ(・)て(・)言(・)う(・)ん(・)な(・)ら(・)そ(・)れ(・)で(・)も(・)い(・)い(・)と(・)思(・)っ(・)た(・)。君が望むのなら、今ここで俺は自分を消滅することすら受け入れよう。今の君なら俺がいなくてもうまくやっていけるだろうよ』

 

『俺は俺でしかないと言ったが、「私」のためなら俺は自分を殺す覚悟がある』

 

 そう言う彼の眼は全てを飲み込むような漆黒の瞳のはずなのに、覚(・)悟(・)を(・)決(・)め(・)て(・)己(・)の(・)身(・)す(・)ら(・)顧(・)み(・)な(・)い(・)誠(・)実(・)さ(・)を(・)感(・)じ(・)た(・)。自分がいなくても、私(・)な(・)ら(・)何(・)と(・)か(・)な(・)る(・)と(・)完(・)全(・)に(・)信(・)じ(・)て(・)い(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)感(・)じ(・)る(・)。

 彼の本体とも言える存在であるはずの私が探し求めているものを、私よりも先に手にしているであろう『俺』がそこにいた。

 その姿がとてもプラス向きで、彼(・)が(・)私(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)な(・)ん(・)て(・)と(・)て(・)も(・)信(・)じ(・)ら(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。その眼はいつか見た彼女(有栖)の目の輝きにも似ていて、とても綺麗だった(カッコよかった)。

 

 

 でもだめなんだ。今の私には君(・)が(・)い(・)て(・)く(・)れ(・)な(・)い(・)と(・)い(・)け(・)な(・)い(・)。過負荷(マイナス)の人生に意味を見つけたいという理由だけじゃなく、私(・)自(・)身(・)の(・)欠(・)点(・)を(・)忘(・)れ(・)た(・)く(・)な(・)い(・)。私(・)自(・)身(・)の(・)本(・)質(・)を(・)変(・)え(・)て(・)ま(・)で(・)得(・)た(・)も(・)の(・)に(・)意(・)味(・)を(・)見(・)出(・)し(・)た(・)く(・)な(・)い(・)。

 

『そう思ってくれるだけで嬉しいけど、本当にいいのかい? ここで手放さなかったら、君は一生過負荷(マイナス)のままだぜ?』

 

「そんなことは百も承知だよ。それでも、君と一緒に歩んでいきたい。それでこそ『小坂零』の人生だと思うから」

 

 自分自身の本質を変えてまで手にしたものは、果たして『小坂零』が手に入れたものと言えるのだろうか?

 私にはとてもそうとは思えなかった。例を挙げるなら、弱いカードだけでカードゲームの戦術を楽しんでいる人間がいたとしよう。その彼は周りの人から単純に強いカードばっかり薦められて新しくデッキを組み直した。それによって彼の勝率は格段に上がった。弱いカードの組み合わせを上手く使える人なら強いカードを使えば勝率が上がるのは当然だろう。だが、デ(・)ッ(・)キ(・)を(・)組(・)み(・)直(・)す(・)前(・)の(・)彼(・)の(・)勝(・)利(・)と(・)自(・)分(・)を(・)捻(・)じ(・)曲(・)げ(・)て(・)作(・)っ(・)た(・)新(・)し(・)い(・)デ(・)ッ(・)キ(・)に(・)よ(・)っ(・)て(・)手(・)に(・)入(・)れ(・)た(・)彼(・)の(・)勝(・)利(・)は(・)同(・)じ(・)も(・)の(・)な(・)の(・)か(・)?

 私はそうとは思えない。そ(・)の(・)人(・)の(・)本(・)質(・)を(・)無(・)理(・)矢(・)理(・)に(・)変(・)え(・)て(・)ま(・)で(・)得(・)た(・)勝(・)利(・)に(・)価(・)値(・)を(・)見(・)出(・)す(・)こ(・)と(・)は(・)で(・)き(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。だからこそ、私は自分自身の過負荷(ナッシングオール)を取り戻したい。私自身の欠点(マイナス)を持ったまま、私の理想を果たしたい。

 

『…全く、本当に良いご主人様だぜ。こんな過負荷(マイナス)にそこまで期待するなんてな』

 

「一度手放すような目に合って漸く私は気づいたんだ。私(・)に(・)は(・)『(・)無(・)冠(・)刑(・)』(・)し(・)か(・)な(・)い(・)っ(・)て(・)。変質して違う過負荷(マイナス)みたいになった時に思い知らされた。私(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)は(・)こ(・)れ(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)っ(・)て(・)、どこの誰かのじゃない。プラスでも、普通(ノーマル)でも、特別(スペシャル)でも、異常(アブノーマル)でも、他の過負荷(マイナス)でもない。私(・)自(・)身(・)を(・)表(・)す(・)に(・)は(・)『(・)無(・)冠(・)刑(・)』(・)し(・)か(・)な(・)い(・)ん(・)だ(・)」

 

 そう言って彼の瞳を見る。私が今どんな目をしているのかはわからない。だが、彼は私を見るととても嬉しそうにしていた。

 

『それだけ成長してるんならそのままプラスに戻ってもらうほうがいい気がするが、そこまで言われちゃあ仕方ない。ちょっと立ってくれ、そのまま動かないでくれよ』

 

 彼の言葉通り、私は彼の前に立ち上がって直立不動の状態になった。いつのまにか彼が鋸(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。鉈じゃないことに少し驚いたが、予(・)想(・)通(・)り(・)彼(・)は(・)そ(・)れ(・)を(・)私(・)の(・)胸(・)に(・)突(・)き(・)刺(・)し(・)た(・)。当てて引くことで獲物を削る目的のそれは、本来突き刺さるような形状ではない。それにもかかわらず鋸は私の胸を何の抵抗もなく穿った。痛みはほとんどなかったが、それでも心(・)臓(・)を(・)穿(・)た(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)気(・)持(・)ち(・)悪(・)さ(・)は(・)あ(・)る(・)。

 

 

 

『「平和癌望(ピースメーカー)」、君の中のプラスの要素から作り出した禁忌(終わり)の過負荷(マイナス)。君(・)が(・)知(・)ら(・)ず(・)知(・)ら(・)ず(・)A(・)ク(・)ラ(・)ス(・)の(・)全(・)員(・)に(・)好(・)意(・)的(・)に(・)思(・)わ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)と(・)こ(・)ろ(・)か(・)ら(・)、(・)俺(・)が(・)俺(・)自(・)身(・)を(・)弄(・)繰(・)り(・)回(・)し(・)て(・)作(・)り(・)出(・)し(・)た(・)過(・)負(・)荷(・)だ(・)』

 

「『平和癌望(ピースメーカー)』…」

 

『そうだ。能力はそ(・)い(・)つ(・)の(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)プ(・)ラ(・)ス(・)の(・)要(・)素(・)を(・)強(・)制(・)的(・)に(・)過(・)負(・)荷(・)に(・)さ(・)せ(・)る(・)。球磨川先輩の「却本づくり(ブックメーカー)」をイメージして作った、存(・)在(・)し(・)て(・)は(・)い(・)け(・)な(・)い(・)禁(・)忌(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)だ(・)』

 

 その説明が正しいのであれば、文字通り禁忌(終わり)の過負荷(マイナス)だろう。過負荷(マイナス)としての最終形、他(・)人(・)を(・)過(・)負(・)荷(・)に(・)矯(・)正(・)す(・)る(・)。文字通り禁(・)忌(・)、存在することすら許されない最低(最悪)の過負荷(マイナス)だ。

 球磨川先輩の『却本づくり(ブックメーカー)』は、球磨川先輩自身がプラスに近づけば効果は弱まる。だが、強(・)制(・)的(・)に(・)誰(・)で(・)あ(・)ろ(・)う(・)と(・)過(・)負(・)荷(・)に(・)す(・)る(・)過(・)負(・)荷(・)な(・)ん(・)て(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)い(・)は(・)ず(・)が(・)な(・)い(・)。

 とは言ってもどれだけの過負荷になるかはわからないため、必ずしも『却本づくり(ブックメーカー)』を上回ることはないだろうし、むしろ『負完全』たる球磨川先輩と同じになるほど強力とは思えない。

 『平和癌望(ピースメーカー)』について考察しながら鋸から私に伝わってくる過負荷(マイナス)を感じると、直感的にこれは彼が私のために作った過負荷であると思った。私(・)に(・)対(・)し(・)て(・)過(・)負(・)荷(・)が(・)急(・)速(・)に(・)馴(・)染(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)。いくら過負荷(マイナス)を直接撃ち込まれているとはいえ、尋常ではない速度に驚きを隠せない。

 

 恐らくこれは…

 

『その分だと気づいたみたいだな。そう、これは「(・)私(・)」(・)の(・)た(・)め(・)だ(・)け(・)に(・)作(・)っ(・)た(・)過(・)負(・)荷(・)だ(・)。こういう精神世界じゃないとまず使い物にならないほど脆い上に、「私」専用に調整しているから他のやつには使えねえような不良品だ。禁忌っていうのは完全に完成した場合って言う方が正しいな』

 

 そう言う彼の言葉から、私に対しての感謝と敬意が伝わってきてとてもむず痒かった。私のためにそこまでしてくれていた彼が私を見捨てたなんてとんでもない勘違いだったのだ。

 

 彼(私の欠点)はこんなにも私のために尽くしてくれていたというのに。

 

『これぐらいのことでいちいち気にしなくていい。実際、話しかけてこなかった二か月でできたようなもんだからな。軽く背中を押してやるだけのつもりで作り始めたのに、こんな形になるとは思わなかったけどさ』

 

「…ありがとう」

 

『礼はいらない。これからもう少し時間がかかるから、少し意識を落とさせてもらうぞ』

 

「やっぱり時間がかかるのか?」

 

『調整したとはいえ無理やり作ったようなものだからな。ほ(・)か(・)の(・)過(・)負(・)荷(・)も(・)併(・)用(・)し(・)て(・)い(・)る(・)以(・)上(・)時(・)間(・)が(・)か(・)か(・)る(・)の(・)は(・)仕(・)方(・)な(・)い(・)。その間に今まで君が忘れていたことでも思い出させるが構わないな?』

 

 そう言えば、彼は私(・)と(・)会(・)う(・)の(・)は(・)三(・)度(・)目(・)と(・)い(・)う(・)よ(・)う(・)な(・)こ(・)と(・)を(・)言(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。過去に二回あったと言ってたからそう言うことだろう。だが私は彼に会った時の記憶がまるでない。

 そう思っていたら、いつの間にか彼の手には私が想像していた『鉈』が握られていた。刃の部分は長方形状になっている。刃がついている下向きの3分の1程度は銀色、残りの部分は漆黒の金属でできていた。刃渡りは60㎝程度で刀身は厚く、簡単に折れるような貧弱さを感じさせない。柄は木製で、刀身から少し内側に折れ曲がるような形になっている。刃の重量と厚みで、獲物をカチ割ることを容易にするためのものだ。

 

『それじゃあ、おやすみ。夢の中で今まで君が忘れていた記憶を見れるようにする』

 

「そうか。よろしくお願いするよ」

 

『任せとけ「私」。こういう時じゃないと直接役に立たないんだからこれぐらいはしっかりやるさ』

 

「そんなことを言うなよ『俺』。君が目覚めてくれたから、今の『私』があるんだ」

 

 そう言うと同時に、『俺』は私の頭に鉈を振り下ろした。鉈が私そのものになるような感覚、私(・)自(・)身(・)が(・)元(・)に(・)戻(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)、(・)歯(・)車(・)が(・)き(・)ち(・)ん(・)と(・)は(・)ま(・)っ(・)た(・)よ(・)う(・)な(・)感(・)覚(・)を感じながら、私は意識を落としていった。




かなり展開が急になってしまった気もしますが、実は9話目ぐらいからこの話を書いてました。一度書いて、これを目標にそれまで調整して・・という風にしていたのですが、いざ追いついたら8割ぐらい書き直すことになりました。
初期案での『俺』は安心院さんポジでもっと主人公を手玉に取るような形だったのですが、気が付いたら忠犬みたいになってました。どうしてこうなったし。

平和癌望(ピースメーカー)について
球磨川先輩が言っていた「エリートを皆殺しにすれば世界は平和になる」というアプローチを少し変えて、「エリートも異常(アブノーマル)も特別(スペシャル)も普通(ノーマル)もプラスもみんな過負荷(マイナス)にすれば世界は平和になる」という考えから生まれた過負荷(マイナス)。
禁忌(終わり)の過負荷(マイナス)とあるように、ある意味過負荷(マイナス)としての最終形。敵対する人を強制的に仲間(過負荷)にする最低(最悪)の過負荷(マイナス)。主人公がAクラスの全員に好意的な感情を向けられている→エリートたちを自分の仲間(過負荷)にしている、と無理やり認識して作られた過負荷(スキル)です。
癌細胞は、元々普通の細胞から生まれた異常な細胞の固まり。それから派生して、元々は正常な細胞だったものが癌細胞に変化するというイメージから。そのため平和癌望(ピースメーカー)は、正常な(プラスの)要素を鋸を突き刺すこと(過負荷)によって無理やり癌(マイナス)に変性させるというイメージ。
恐らくもう出ません。番外編では出すかもしれませんが、本編で出す気は今のところないのでここで解説を入れました。

無冠刑(ナッシングオール)について
色々と疑問に思われた方もいると思うので少し解説を入れておきます。
主人公は意識して使っていなかったので『人との縁』しか切れないと思っていますが、実際は使いこなせれば『ありとあらゆる縁』を切ることのできる概念干渉型の過負荷(マイナス)。ただ、現在は『俺』が頑張って『私』の現実の肉体を生かしていますが過負荷(マイナス)そのものである彼だからできる芸当であって、この段階の主人公にはそこまでできません。
主人公自身、無意識的には『ありとあらゆるものの縁を切れる』と自分でも言っていますが、過負荷(マイナス)を抑えていたことと『縁』というものを『人間関係』のみで考えていたため、他の使い方なんてないと思いこんでいました。実際には自分が『縁』と認識したものと無関係になれるというそれなりに応用が利くものです。ただし、一度切った概念と再び『縁』を結ぶことは容易ではありません。人との『縁』はお互いに認識すればすぐに繋がるようなものですが、概念が相手を認識するということはないと考えています。そのため、一度切った概念との『縁』を結ぶのは非常に難しくなっています。大嘘憑き(オールフィクション)でなくしたものが元に戻せないように。

後書きにて長々と失礼しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。