…
……
………生きてるのか?
確か私は点呼の後に海岸沿いで考え事をしていたら、崖が崩れて海に投げ出されて…
もしかしてここは死後の世界だとでもいうのか?
ついに私は死んだのか?
わざわざ転生したのに?
あんなところで?
坂柳さんとの決着もつけずに?
自分の欠点を見失ったまま?
『そのとおり、君は今死にかけてるよ』
言葉と同時に後ろに、人の気配を感じた。
思わず振り返ってみると、そこにいたのは身長170㎝ぐらいで、髪は黒く前髪が目にかからない程度の長さ。顔は他の人がどう思うかは知らないが個人的には中の下〜下の中程度の顔で細身の体で学ランを着ている。
私そっくりの男がいた。
違いのような違いと言えば、目の黒目が完全に真っ黒になっていることと学ランを着ていることぐらいだろう。声も括弧つけたような感じではあるが、私の声そのままだ。
『君は海岸沿いで考え事をしながら過負荷を出したら座っていたところの崖が崩壊。落ちたときに左腕の腕時計は岩に叩きつけられたせいで壊れ、ダメ押しのように後から崩れた崖に全身を潰されてお釈迦寸前の有様さ』
「……」
それを聞いてやっぱりと思っていたが今の私にはそんなことはどうでもよかった。
それよりもこいつだ、私と瓜二つのこいつはいったい何者なんだ?
『おいおい、そんな風にじろじろ見るなよ。照れちゃうじゃないか』
「…お前はいったい何者だ?」
『そんなに冷たいことを言うなよ。俺は君さ。君だってそう思ってるんだろう?』
「まあそんな気はしてたよ」
実際に目の前で見てみるとよくわかる。
目の位置、鼻の高さと造形、耳の曲がり方、腕の長さ、指紋、足の長さ、筋肉のつき方、手の大きさ、肩幅の広さ、ひじの関節の位置、それらをぱっと見ただけで既視感がある。それらは恐らく、鏡を見ることで見ることができるものだろう。
『気持ち悪いかい?』
「そりゃあな」
『俺もさ。自分みたいに気持ち悪いやつが二人もいるなんて考えたくもないだろ?』
「わかってるんなら言わなくてもいいな。ていうか思考回路までまるっきり一緒なのか?」
『さあ? まあそうだとしても俺には関係ないけどね。俺は俺でしかないし」
「同意見だ。私は私だ。俺じゃあない」
俺なんて一人称は20年ほど前にやめたものだ。私は私であって、俺じゃあない。
『そんなこと言うなよ。俺って言わなくなっても俺だったことには変わりないんだから』
「言うなよ。そうだとしても私は私だ。俺じゃあない。」
『頑固だねえ。まあどうでもいいけど』
私という一人称に変えたのは生前の中学三年生ぐらいの時だ。
母親が『俺』と言う一人称を嫌がったから無理やり『私』に矯正したものだ。それが結果的に今の『私』を形作るための根幹になっている。
『そんな風に無理やり矯正した結果、しゃべり方に統一感がなくなったんだろう? 私は私でしかないと言うわりにはその「私」がブレブレすぎて笑っちゃうぜ』
「ッ!!」
『図星かい? そもそも君はどっちつかずの宙ぶらりんだっていうのをいい加減自覚しろよ。プラスにもマイナスにもなりきれない中途半端な存在。それが君さ』
「…ムカつくよ君」
『また口調が変わってるぜ? それも俺に近づいてる。それでいいのか?』
本当にムカつくやつだ。
自分が一番言われたくないことを的確に抉ってきやがる。
…自覚はしていた。
マイナス気質だと言っても、元々がプラスにいた人間だったからかなりきれていない感覚はずっとあった。
プラスの連中と仲良くしようとしたり、エリートと仲良くしていたのなんかがいい例だろう。
その結果、私は私自身の過負荷に蓋をしてしまっていた。
本当にマイナスだったら問題なかったのだろう。
どっちつかずの私だったから、自分の過負荷を蔑ろにするなんていう残酷なことができたのだ。
『君の本質は「縁を切ること」。だと言うのに、誰彼構わず「縁」をつないでいるのが今の君だ。そんな状態でマイナスだと誰が言える?』
「だが、誰彼構わず切っていったら生きていくことすら厳しいだろうが」
『そんな風に「周り」のことを考えるから君はどっちつかずなのさ。自分以外はどうでもいいとか言いながら、周りに常に気を配って壊さないように丁寧に生きているのが今の君さ』
…言われてみればそうだ。
転生してから最初の方…と言うより高校入学前は『縁』を積極的に結ぶなんてことはしなかった。高校に入学してからだ。クラス内の立ち位置とか、周りの人からの評価を細かく気にするようになったのは。
自分以外はどうなってもいいとか言いながら、自分以外のことを常に考えている。
……そんな状態じゃ、どっちつかずと言われても仕方ないのかもしれない。どっかでわかってはいた。マイナス気味になってもマイナスになりきれてないって。
…だけど、こいつは何なんだ?
いったいどこまで私のことを知っているんだ?
そもそもこいつはいったい何者なんだ?
『俺は君さ。さっきからそう言ってるだろ?』
「さらっと思考を読まないでくれ。正直良い気分じゃない」
『俺が君である以上は仕方ないと思わないかい? 第一、君は俺のことを本当は気づいているはずだ。過去に2回俺とこうやって話したこともあるしな』
過去2回…?
そんなことがあったのか?
いったい何時……
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…殺さなきゃ。
こんな奴生きてちゃいけない。
今ここで殺さないと、ありとあらゆるものへの害悪にしかならない。
だから殺さないと……
…私を殺さなきゃ。
人のために、世界のために、社会のために
この手に持つ鉈で、私の存在とこの世界そのものとの『縁』を切る。
そうすれば、こんな気持ち悪いやつが死んでここにいる人達も元に戻るだろう。
ここの人たちは私のせいで子供を虐待するような外道に成り下がってしまった。他の子供たちに被害が行かないように元凶の私が死なないと。
……ああ、それでも…
「もう少し、生きていたかったなぁ」
こうして舞台の幕は下りた。
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ッ!!!????
なんだ今のは!!?
突然頭が痛くなったと思ったら、いきなり目の前に浮かんで消えた…
今のは…私?
でもこんなこと記憶に……
もしかして自分で封じ込めていた記憶なのか?
『思い出したかい? それが二回目だ』
「…今のは何だ?」
『現実から目を背けるなよ。今のは君さ。もちろん過去のね』
「だとしたら何で今私は生きているんだ!? あそこで自殺したんならここにいる私は一体何なんだ!?」
『簡単なことさ、君は最後に生きたいって思った。だから俺が生かした。君の中にあった「死」という概念と君との「縁」を切り離すことでね。その影響が残っているから、君は今死にかけにも拘らず死んでいないのさ』
確かにさっき見た私の最後の顔は生きたい、けど死ななくてはいけないという悲壮に満ち溢れたものだった。だが、生きたいと思ったからで『死』との『縁』を切った?
そんなオカルトがあり得るのか?
『あるさ。現に君は転生を経験しているだろう? そんな一番のオカルトがあるんだ。君が信じたがっている「無冠刑」があっても不思議じゃない。それに、死にかけている今君がここで対話しているのが良い証拠じゃないか』
確かにそうかもしれないが、それがあったとしてこいつは何のために私を生かしたんだ?
それに『俺が生かした』ってことは、こいつが『無冠刑』を持っているってことなんじゃないか?
…待てよ、もしかしてこいつの正体って
『やっと気づいたのか。そうさ、俺の正体は君が言うところの過負荷スキル、「無冠刑」そのものさ』
「!!」
過負荷そのものに人格が宿ってるだと!?
そんなことめだかボックスの原作でもなかった。
第一そんなことあるはずが……いや、だがそれならいろいろと説明が付く。
私を死なせないようにするのは彼の言った通りの『無冠刑』の使い方をすればできるし、今対話しているのも私の精神世界に私の過負荷が入ってきたということなら説明が付くだろう。私が思いつかなかったような使い方だし、精神世界に入ってくるなんて突拍子もないことだが理屈は通ってる。
何せ過負荷は私自身なんだから。
『お、どうやら理解したみたいだね。そうさ、俺こそが君から見向きもされなくなった過負荷そのものだよ』
………
「本当にごめんなさい」
理解した時にできた行動は土下座で謝ることだけだった。ついさっきまで使用することを躊躇い続けた結果、存在そのものを否定してしまった自分自身の半身に対してできることはそれしかなかった。
当然、彼にはわかってるんだろう。こんなことしても、私は彼を見捨てたという事実は変わらないことを。さっきまでの彼に対するイラつきが、全部後悔に変わる。
ところが返答がないので顔を上げてみたら、そこにあったのはさっきまでの楽しそうな顔をしていた彼ではなく、非常に困惑していた彼の姿だった。
『あれー…? おっかしいなー、こんな感じになるはずじゃなかったんだけど…』
「? 私がほとんど『無冠刑』を使わない挙句に、過負荷として威嚇ぐらいにしか使ってなかった。その上、道具のように使い捨てるような真似をしていたから愛想を尽かしたんじゃないのか?」
『それだけは絶対にありえない!』
私の質問に帰ってきた答えは私の予想外の言葉だった。ここで会って初めて彼が声を荒げたのに思わず体が跳ねる。私はどうやら精神的に相当参っているらしく、完全に委縮してしまっていた。
『君がいなかったら俺は生まれるどころか誰からも認識されないまま存在そのものがなくなっていた。そんな中、過負荷のない世界で過負荷に目覚めて俺という存在を確立させた君に愛想を尽かすなんて、絶対にありえない!』
括弧つけたままだが、その言葉は心に響く様な絶叫だと私は感じた。あっけにとられている私を見て、ハッと我に返った彼は咳払いをしてからこっちを見た。
『だから俺が君を見限るなんてありえない』
「でも、さっきまで『無冠刑』とは全く別の過負荷のオーラになっていた。その上に、前なら返ってきた過負荷との対話と言えるようなものもできなくなっていたから、てっきり愛想を尽かされたもんだと」
『それに関して何だが…それは俺のせいじゃない。君自身の変化のせいだ』
「私自身の変化?」
『さっきも言っただろう? どっちつかずだって。君がプラスとマイナスを行き来しているような状態だから、唐突に「無冠刑」が変質したり、かと思えば突然自分でもわからないうちにマイナスを出してたり、自分が自分じゃなくなった感覚とかあっただろ? あれがそれだよ』
…頭の中が完璧に混乱している。でも、さっきは君から見向きもされなくなった過負荷そのものだって言ってた。これからすると、私のことを見捨ててもおかしくないのでは?
『確かに、君が俺を必要としていないことはわかっていたさ。さっきの言葉だって嫌味っぽく言ったのは事実だしね。でも、君が本当に俺のことが必要ないって言うんならそれでもいいと思った。君が望むのなら、今ここで俺は自分を消滅することすら受け入れよう。今の君なら俺がいなくてもうまくやっていけるだろうよ』
『俺は俺でしかないと言ったが、「私」のためなら俺は自分を殺す覚悟がある』
そう言う彼の眼は全てを飲み込むような漆黒の瞳のはずなのに、覚悟を決めて己の身すら顧みない誠実さを感じた。自分がいなくても、私なら何とかなると完全に信じているように感じる。
彼の本体とも言える存在であるはずの私が探し求めているものを、私よりも先に手にしているであろう『俺』がそこにいた。
その姿がとてもプラス向きで、彼が私の過負荷そのものなんてとても信じられなかった。その眼はいつか見た彼女の目の輝きにも似ていて、とても綺麗だった。
でもだめなんだ。今の私には君がいてくれないといけない。過負荷の人生に意味を見つけたいという理由だけじゃなく、私自身の欠点を忘れたくない。私自身の本質を変えてまで得たものに意味を見出したくない。
『そう思ってくれるだけで嬉しいけど、本当にいいのかい? ここで手放さなかったら、君は一生過負荷のままだぜ?』
「そんなことは百も承知だよ。それでも、君と一緒に歩んでいきたい。それでこそ『小坂零』の人生だと思うから」
自分自身の本質を変えてまで手にしたものは、果たして『小坂零』が手に入れたものと言えるのだろうか?
私にはとてもそうとは思えなかった。例を挙げるなら、弱いカードだけでカードゲームの戦術を楽しんでいる人間がいたとしよう。その彼は周りの人から単純に強いカードばっかり薦められて新しくデッキを組み直した。それによって彼の勝率は格段に上がった。弱いカードの組み合わせを上手く使える人なら強いカードを使えば勝率が上がるのは当然だろう。だが、デッキを組み直す前の彼の勝利と自分を捻じ曲げて作った新しいデッキによって手に入れた彼の勝利は同じものなのか?
私はそうとは思えない。その人の本質を無理矢理に変えてまで得た勝利に価値を見出すことはできなかった。だからこそ、私は自分自身の過負荷を取り戻したい。私自身の欠点を持ったまま、私の理想を果たしたい。
『…全く、本当に良いご主人様だぜ。こんな過負荷にそこまで期待するなんてな』
「一度手放すような目に合って漸く私は気づいたんだ。私には『無冠刑』しかないって。変質して違う過負荷みたいになった時に思い知らされた。私の過負荷はこれじゃないって、どこの誰かのじゃない。プラスでも、普通でも、特別でも、異常でも、他の過負荷でもない。私自身を表すには『無冠刑』しかないんだ」
そう言って彼の瞳を見る。私が今どんな目をしているのかはわからない。だが、彼は私を見るととても嬉しそうにしていた。
『それだけ成長してるんならそのままプラスに戻ってもらうほうがいい気がするが、そこまで言われちゃあ仕方ない。ちょっと立ってくれ、そのまま動かないでくれよ』
彼の言葉通り、私は彼の前に立ち上がって直立不動の状態になった。いつのまにか彼が鋸を持っていた。鉈じゃないことに少し驚いたが、予想通り彼はそれを私の胸に突き刺した。当てて引くことで獲物を削る目的のそれは、本来突き刺さるような形状ではない。それにもかかわらず鋸は私の胸を何の抵抗もなく穿った。痛みはほとんどなかったが、それでも心臓を穿たれているような気持ち悪さはある。
『「平和癌望」、君の中のプラスの要素から作り出した禁忌の過負荷。君が知らず知らずAクラスの全員に好意的に思われていたところから、俺が俺自身を弄繰り回して作り出した過負荷だ』
「『平和癌望』…」
『そうだ。能力はそいつの持っているプラスの要素を強制的に過負荷にさせる。球磨川先輩の「却本づくり」をイメージして作った、存在してはいけない禁忌の過負荷だ』
その説明が正しいのであれば、文字通り禁忌の過負荷だろう。過負荷としての最終形、他人を過負荷に矯正する。文字通り禁忌、存在することすら許されない最低の過負荷だ。
球磨川先輩の『却本づくり』は、球磨川先輩自身がプラスに近づけば効果は弱まる。だが、強制的に誰であろうと過負荷にする過負荷なんて存在していいはずがない。
とは言ってもどれだけの過負荷になるかはわからないため、必ずしも『却本づくり』を上回ることはないだろうし、むしろ『負完全』たる球磨川先輩と同じになるほど強力とは思えない。
『平和癌望』について考察しながら鋸から私に伝わってくる過負荷を感じると、直感的にこれは彼が私のために作った過負荷であると思った。私に対して過負荷が急速に馴染んでいる。いくら過負荷を直接撃ち込まれているとはいえ、尋常ではない速度に驚きを隠せない。
恐らくこれは…
『その分だと気づいたみたいだな。そう、これは「私」のためだけに作った過負荷だ。こういう精神世界じゃないとまず使い物にならないほど脆い上に、「私」専用に調整しているから他のやつには使えねえような不良品だ。禁忌っていうのは完全に完成した場合って言う方が正しいな』
そう言う彼の言葉から、私に対しての感謝と敬意が伝わってきてとてもむず痒かった。私のためにそこまでしてくれていた彼が私を見捨てたなんてとんでもない勘違いだったのだ。
彼はこんなにも私のために尽くしてくれていたというのに。
『これぐらいのことでいちいち気にしなくていい。実際、話しかけてこなかった二か月でできたようなもんだからな。軽く背中を押してやるだけのつもりで作り始めたのに、こんな形になるとは思わなかったけどさ』
「…ありがとう」
『礼はいらない。これからもう少し時間がかかるから、少し意識を落とさせてもらうぞ』
「やっぱり時間がかかるのか?」
『調整したとはいえ無理やり作ったようなものだからな。ほかの過負荷も併用している以上時間がかかるのは仕方ない。その間に今まで君が忘れていたことでも思い出させるが構わないな?』
そう言えば、彼は私と会うのは三度目というようなことを言っていた。過去に二回あったと言ってたからそう言うことだろう。だが私は彼に会った時の記憶がまるでない。
そう思っていたら、いつの間にか彼の手には私が想像していた『鉈』が握られていた。刃の部分は長方形状になっている。刃がついている下向きの3分の1程度は銀色、残りの部分は漆黒の金属でできていた。刃渡りは60㎝程度で刀身は厚く、簡単に折れるような貧弱さを感じさせない。柄は木製で、刀身から少し内側に折れ曲がるような形になっている。刃の重量と厚みで、獲物をカチ割ることを容易にするためのものだ。
『それじゃあ、おやすみ。夢の中で今まで君が忘れていた記憶を見れるようにする』
「そうか。よろしくお願いするよ」
『任せとけ「私」。こういう時じゃないと直接役に立たないんだからこれぐらいはしっかりやるさ』
「そんなことを言うなよ『俺』。君が目覚めてくれたから、今の『私』があるんだ」
そう言うと同時に、『俺』は私の頭に鉈を振り下ろした。鉈が私そのものになるような感覚、私自身が元に戻るような、歯車がきちんとはまったような感覚を感じながら、私は意識を落としていった。