ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

24 / 39
21話目 特別試験 最終日

 ……ここはどこだ?

 

 見たところ洞窟みたいなところか?

 体の下半分は水に浸かっているが、立てないほど深さはない。

 

 …よし、鉈は出せる。『俺』と会ったことは夢と言うわけじゃなかったみたいだ。『無冠刑(ナッシングオール)』がきちんと使える感じがする。

 …だけど過負荷()との対話はできないみたいだ。私を無理矢理追い出したと言っていたからもしかしたら前みたいに感覚で対話できるようになるには、少し時間がかかるのかもしれない。

 

 そう思った瞬間、左手に痛みが走った。思わず鉈を落としてしまう。落ちた鉈は元から何もなかったかのように跡形もなく砕け散った。

 『崖から落ちた』という『縁』を切ったつもりだったのだが、やはり時効だったのかもしれない。海の底にいるわけではないが、崖から投げ出された状態であることは変わりない。それに思ったより肉体へのダメージがあった。

 

 

 右手……損傷なし。

 左手……強く打ちつけたみたいでかなり痛むがそれだけ。

 右足……土砂に潰されたのか全体が痛む。立ち上がることはできたが、走ることは難しいだろう。

 左足……土砂と言うよりは岩みたいなものにぶつかったのか、一部だけ負傷。動けないほどではない。

 

 左手の腕時計は打ち付けられた時に壊れたのか、左腕にあったはずの腕時計が消えている。

 

 

 そしてここは…島の側面にある隙間に上手いこと流れ込んだということか?

 

 恐らく島の側面が縦に割れた隙間と言ったところだろう。潮の匂いがすることから下半身が浸かっている水は海水だ。

 体温を非常に奪われているが、夏場だからか凍えるほどの寒さではない。鞄も見当たらないし、この身一つでこの場を乗り切らないといけない。

 

 それに『俺』が言っていたことが正しければ、もう5日は経過していて最低でも今6日目でもしかしたら最終日だ。

 早くここから脱出しないと置いて行かれることになる。まさかもう試験が終わって島にいないという事態にはなっていないはずだが、そうだったらどうしようもない。

 そうなると本格的に置いてけぼりをくらってしまう。『死』との『縁』を切り離すことで生存することは可能だが、来年の試験を待つのは流石に厳しい。

 それにこんな場所普通は気づかないから、そのまま考えるのをやめた究極生命体みたいになってしまう。

 

 『ここにいる』という『縁』でも切ってみるか?

 

 いや、これをすると『この世界』から弾き飛ばされる気がする。『ここ』というのを『地球』と解釈されるだけで宇宙に投げ出されることさえあり得そうだ。そうなるとまた考えるのをやめることになる。

 ある意味欠点(マイナス)らしいといえばそうなのだが、過負荷(マイナス)だからと言って諦める理由にはならない。

 

 おとなしく泳ぐことにしよう。この前の授業では見学に回ったので泳いでいないが、前世では泳げたから多分泳げるはずだ。

 そう思った私は服を脱ぎ始めた。水を吸った服は重い。そのまま泳ぐのは水泳選手でも結構きついと聞いたことがある。体にある傷跡を他の人に見られないことを祈って、パンツ以外の服を全て脱ぎ捨てた。

 

 幸いなことに海水が染みるような傷はなかった。打撲のような傷が主だったので海水に全身が浸かっても痛いということはない。古傷に染みるかとも思ったがそんなことはなかったので安心した。

 そのまま海に潜って泳ぎ始めた。ゴーグルがないので手探りになるが、早急に試験の拠点に戻らないといけない。一応事故のはずだから、これで戻って状況を聞いたら説明ぐらいはしてくれるだろう。

 そしてなによりも、早く戻らないと置いてかれる可能性もある。体力の限界も考えると早急に戻らないといけない。

 

 潜って泳ぎ、戻って息が持つぐらいのところで上に上がった。運良く海面に出れたので酸素を確保できる。もしさっきまでいた場所がもっと奥の方だったら最悪窒息死していた可能性もあった。

 海面に出たすぐそばに、恐らく試験会場の無人島があった。よく考えたら流されて見知らぬ島の洞窟に流されていた可能性もあったのか。もしそうだったら完全に詰みだ。

 とりあえず島の壁伝いに泳ぐ。パンツだけでも結構水を吸って重たくなっているように感じるから服を脱いだのは正解だった。

 

 

 

 泳いでいくと、土砂と思われるものや岩が大量にある場所を見つけた。上を見ると崖が崩れたような跡になっていることからここが私が落ちた場所だったのだろう。とりあえず何処か別の島に流されたという線は消えたようで安心した。

 他の島に流されてなかったのはいいが、この上をよじ登っていくのは無理だ。右手以外の四肢が動けないほどではないとはいえ負傷している今、ロッククライミングができるような余力はない。

 暫く島の外周を泳いでビーチになっているところや、最悪船のある場所まで泳いでいかないといけない。

 

 事故現場と思わしき場所には立ち入り禁止の看板のようなもので上の崖が封鎖されているが、捜索している人はいない。学校側では私が完全に死んだものとして扱われたのだろう。

 とりあえず岩につかまって息を整える。時間に余裕がないとはいえ、無理に泳いで途中で力尽きたらそれで終わりだ。『力尽きるという縁』を切ることもできるだろうが、それが待つ未来は寝ることすらできない地獄だ。

 

 力尽きることがないということは休息が必要ないということに等しい。

 

 そのため『力尽きることがないという縁』を切った場合、力尽きることはないが()()()()()()()()()()()()()()

 必要ないものを無理に取ろうとしないように、勝手に体を作り替えることと同義だからだ。

 

 そもそも過負荷(マイナス)と言うぐらいだから、そんなプラス向きの使い方はできるわけがない。前まではこの辺の区別がわからなかったが、今となっては大体感覚でわかる。

 だから『無冠刑(これ)』は多用できるようなものじゃない。使えば使うほど全てを台無し(マイナス)にするものだから、使い時は考えなければいけないのだ。

 『負完成』となった今だからわかる。これ(マイナス)は思ったよりもどうしようもなく欠点(マイナス)でしかなく、どうあがいても利点(プラス)としてのみ扱うことはできないということが感覚と心の両方で理解できる。

 理解したからこそ、今の状況では自力で何とかしないといけないわけだ。過負荷(マイナス)は完全にOFFにしたままにしている。ちょっと出したらそのまま岩が崩れましたとかシャレにならない。

 

 

 息を整え終わった私は島の外周に沿って泳ぎ始めた。正直パンツが邪魔で脱ぎ捨てたい衝動に駆られるが、流石に全裸を他のクラスメイトに見られるのは嫌だった。

 水を吸って重く感じるのもあるのだろうが、やっぱり5日以上気を失って海水に浸かっていたのも大きいのだろう。疲労感と倦怠感が身体から抜けていない。

 

 ただひたすら泳ぎ続ける。時折外壁につかまったりして息を整える。呼吸を乱すとペースダウンを起こすのは運動をやっている人ならよくわかるだろう。とは言っても、今の場合は単純にそうしないとそのまま沈んでしまいそうだからだが。

 前世でも何回か泳いだことはあるがここまで長い時間海で泳いだことはない。もっと言うとこの体で泳いだことは一度もないのだ。

 そんな中でぶっつけ本番で長時間見えないタイムリミットに追われながら泳ぎ続ける、というのは意外ときつかった。

 

 

 

 そんな思いで泳ぎ続けたら遂に浜辺に着いた。急いで浜に上がったが、人がいた形跡はあれど人はいない。

 泳いで体に疲労が溜まっているが、そんなことを気にしているよりは早く船着き場に行かないといけない。もたもたしていると置いてかれてしまう。ピンクの悪魔のグルメレースの如く。

 

 靴はないが走りだした。石を踏まないように意識しつつも前を向いて走り出す。右足がズキズキと痛むし左足も悲鳴を上げているが、もう気にしているような余裕はなかった。

 浜辺から島の外周をなぞるように走る。

 

 走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。

 

 森を横目に、海を横目に、半裸の男が走り続ける。

 文字にしたらとても変態としか思えない有様だが、残念なことに何か身に着けるものを探すような余裕はない。

 時折小石を踏み抜いたりもしたが、そんなことにも目をくれずただひたすら走り続けた。

 

 

 そうしてどれほどの時間が経ったのかはわからないが、遂に私は人がいっぱいいる場所に出ることが出来た。

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …やられた。

 

 まさかDクラスに出し抜かれるなんて…。

 

 特別試験の日程が終わり結果発表が行われた。

 結果はAクラス120点、Bクラス140点、Cクラス0点、Dクラス225点だった。Cクラスと協力関係を取っていた俺たちは一方的にやられたと言ってもいい結果だ。

 どうしてこんな結果になったんだとか葛城君は何をしてたんだとか思ったが、他のクラスメイト達が葛城君に突っかかっているのを見て思い直した。

 

 むしろ、なぜ俺たちは()()()()()()()()()()()()()

 

 もっと手伝えることがあったのではないか?

 

 俺たちは本当に胸を張って()()()()()()()()と言えるのか?

 

 こんな寄生虫のような有様が本当の()()()()()姿()なのか?

 

 負けた責任を押し付けているようではAクラスのままでいることは難しいだろう。Bクラスとの差が大きくないことが唯一の救いだ。BクラスとDクラスの点数が逆だったらかなり切迫していたかもしれない。

 

 

 

 そして他のクラスメイト達が葛城君を囲んでいた時に、真嶋先生がまだ前に立ったままであるということに気付いた。

 

「結果に一喜一憂することは構わないが、ここで大事な連絡を一つ追加させてもらう。既に各クラスで説明されたかもしれないが、初日の夜8時30分ごろに崖が崩れる事件があった」

 

 もしかして…

 

「その時には説明されていなかったと思うが、実はこの時に一人の生徒が崖崩れに巻き込まれて行方不明となっていた」

 

 …やめろ。

 

「学校側は試験の続行と並行して行方不明となった生徒を捜索していたが、遂に今日まで見つかることはなかった」

 

 …やめてくれ。

 

 

「そのため、今この時をもって行方不明となった生徒を死亡したものと確定づけることになった。不慮の事故とはいえ学校側で用意した特別試験でこのような結果になってしまってとても心苦しいが、休憩に入る前に生徒諸君に黙祷していただきたい」

 

 ……

 

 周りの事故に巻き込まれたと言われたときに起きていたざわめきも、この時にはすでになくなっていた。自分たちが試験をしていた中で同じ学校の誰かが死んでいたことにショックを隠しきれていない人が多く、Aクラスの中には今にも泣き崩れてしまいそうな人もいた。

 

「それでは生徒諸君、黙祷」

 

 …認めたくない。認めたくないが、現実を受け入れる時間になってしまったらしい。目を瞑ればあいつ()との他愛ない日常を思い出す。

 最後にあんな別れ方をしてしまったことに後悔を隠しきれない。

 

 

 

 そんな思いで黙祷をしていたら、不意に袖を引っ張られた。

 

 

 そして、顔を向ける前に口を湿った何かでふさがれた。

 

「――――――――――――!?」

 

「静かに」

 

 俺にしか聞こえないような声でそう言われた。恐らく手で口をふさがれたのだろうが、()()()には聞き覚えがある。

 もしかして…いや、そんな幻想を夢見ても現実は変わらない。

 

 そう思っていたらいきなりジャージの上を脱がされた。

 

「!!???!??」

 

 思わず体をよじらせるが、既にジャージはとられてしまっている。だが、周りも俺がおかしいことに気付いたのかこっちを向いていた。

 

 

 そしてそこにいたのは、俺のジャージを上に着て下はパンツしか履いてないあいつ()だった。

 

 

 ………!!???!?!!!??

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 なんかよくわからないけどクラスメイトや他のクラスの生徒たちも教員も全員目を瞑っていたので手近にいた茂のジャージの上をはぎ取って上に着ることに成功した。

 

 それに気づいた他の生徒たちが私を見たが、私を見るなり悲鳴を上げる。

 

「キャーーーーーッ!!!」

 

「変態! 変態がいる!!!」

 

「…小坂君!!??」

 

 なんか面白いことになってるけどどうにかして収集を付けないといけない。パニックになってる女子と、なんだこいつと言う目で見てる男子、クラスメイトの茫然とした状態を何とかしないといけない。

 よく見たら前の方に真嶋先生がいた。真嶋先生もこっちを見ていたのでとりあえず手を振ってみる。

 

 

 そう思ってたら他の教員たちに囲まれた。

 迅速な対応で感心するが、私を拘束しただけではこの事態が収まるとは思えない。

 だけど囲まれたおかげで体の傷が他の生徒に見られる可能性はだいぶ減っただろう。ふくらはぎに包丁を突き刺された時の傷は未だに跡が残っている。あまり見られていい気分ではないものだ。

 事態の収拾に来たのか、いつの間にか私の正面に来ていた真嶋先生が私に話かけてきた。

 

「…本当に小坂なのか?」

 

「残念ながら本物の小坂零ですよ。この格好は許してください。海に投げ出されたみたいで服を脱がないと泳げないまま死ぬところでしたので」

 

 そう言ってジャージを引っ張って下を隠す。他の生徒に見られないように教員が壁になっているが、こちらを見ている教員には女性もいたので恥ずかしかった。

 恥ずかしがっている場合じゃないのかもしれないが、割と余裕がないので現実逃避も兼ねている。無理をして走ったからか全身が軋むように痛い。

 

「だが、既に事故があってから5日が経過している。今までどこにいたんだ?」

 

「私も意識を取り戻したのはついさっきなのであやふやですが、島の側面にある洞窟みたいなところに流されてました。潜らないと入れないような場所だったので、崖崩れに巻き込まれたときに上手く入ることが出来たみたいです」

 

 正直にそう言った。嘘をついても仕方ないし、私自身本当はどうだったのかを知る手段もないのでそう言うぐらいしかない。

 それを聞いた真嶋先生は珍しく安心したような笑みを一度浮かべたが、一瞬の間に元の仏頂面に戻った。

 

「…それが本当なら本当に不幸中の幸いだったということか」

 

「死ななければ安いとはよく言ったものですよね」

 

 そう言って笑いかけるが、教員の方々は笑うどころか顔が引き攣っている。

 過負荷(マイナス)的観点からすれば別にいつものこと(不幸)なのに何でそんな顔してるんだと思うが、普通(ノーマル)の観点から見ると死にそうな目に合って生還してきた生徒が死な安とか言ってればそう思われても仕方ないと思った。

 

「そんなわけで1-A小坂零戻りました。見たところ試験の結果発表みたいですし、今私が生きていたところで結果は変わりませんよね?」

 

 恐らく全てのクラスの生徒が集まっていることと、5日間行方不明だったという真嶋先生の発言から今が結果発表なのだと予想した。

 そうだとした時に一番気になったのは、私が生還したことによる結果の変更があるのかどうかと言うことだった。

 点呼に参加していなかったことを逆算して計算し直されるとクラスメイトに申し訳ない気持ちになる。

 

「学校側で一度決めた結果は何があろうと覆らない。既に発表してしまったのならなおさらだ」

 

 どうやら杞憂で済んだみたいだった。

 Aクラスのみんななら有栖と私がいないくらいでも大したへまはやらかしていないだろう。康平もいるし、橋本君と神室さんも力を貸していればそれなりに優秀な結果になっているはずだ。

 

 そう考えた瞬間、ふと右足に違和感を感じると同時に膝から崩れ落ちた。

 

「大丈夫か!?」

 

 真嶋先生の隣にいた男性教員の一人が私に駆け寄ってきた。

 今までアドレナリンが出ていたからか、それとも私の生存によってAクラスの点数が変化しないことに安堵したからか、緊張の糸が切れてしまった私は右足が本来走れないほどに負傷していたことを思い出した。

 その状態の足を無理に動かしてここまで走ってきたので限界が来たのだろう。先ほどから全身が軋むように痛んでいたのも、体が警告を発していたからだと今気づいた。口は動くので駆け寄ってきた教員の腕を引っ張って医務室に連れていってもらうことにした。

 

「とりあえず医務室とかに連れてってもらえませんか? 崖から落ちたときの衝撃で足と左腕を負傷してしまった上に、時間がわからなかったのでここまで走ったので割と限界です。右足が特に重症だと思うので、できれば治療をお願いします」

 

「わかった。今、船に運ぶからにおとなしくしていてくれ」

 

 その言葉を聞いて安心してしまったのか、私は5日も意識を失っていたにもかかわらず再び意識を闇の中に落としていった。




とりあえずこれで3巻の内容は終了です。
1話か2話程度挟んでから4巻の方に入っていきます。

大嘘憑き(オールフィクション)」はありとあらゆるものをなかったことにするスキルで、恐らく時効といった概念はないと思います。
ですが、「無冠刑(ナッシングオール)」は「縁」を切る(無関係になる)スキルで基本的に今結んでいる「縁」しか切れません。
そのため5日前の事故と無関係になる予定が、事故があったということはそのままに事故によって遭う被害との「縁」を軽く切った程度の働きに留まりました。
ですので主人公は死なない程度に重体です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。