俺は一体何をしたいのか。
無人島での特別試験を終えてから、そう考えることが多くなった。
今までの人生では言われるままにしていれば大抵のことは上手くいった。
先生の言う通りにしていればいい成績が取れ、親の言う通りにしていれば生活の保障はされるし自尊心も満たされた。
クラスメイトの行動に目を向け、彼らに都合の良いように振る舞っていれば自然と友達ができて楽しい日々を過ごせた。
それに対して疑問を思ったこともなかったし、それさえしていれば今までの人生に不都合なんてなかった。
それを疑問に思うようになったのは、言われていた通りにしていたはずなのに結果が伴わなかったからであることは間違いない。
そこからだった、これまで考えていなかったことに目を向け始めたのは。
胸の内にある種の違和感を覚えた。
言われるがままに、成績が優秀で国立故に家計への負担が私立に比べて少ないこの学校を受験した。卒業後に好きな進路に進むことができるという謳い文句にも惹かれた。
入学することができた後で知ったことではあるが、好きな進路に進むためにはAクラスで居る必要がある。
だが、俺はAクラスで入学することができた。
何もなければそれだけで好きな進路に進むことができる。
…それに本当に価値があるのか?
未だ答えの出ない問いに頭を悩ませる。
これまでの人生では言われたとおりのことをしていればよかった。
だけどこの学校ではそれだけでAクラスのままで居れないだろう。
自分よりも優秀だと思っていた葛城君がDクラスに出し抜かれたのだ。そう思わない方がおかしい。
しかし、俺はこの問いの答えを知っていそうなやつを一人知っていた。
俺にとっては友達だと思っているが、あいつのことはよくわかっていない。
時折出す気持ち悪さもそうだし、
第一印象は
だけど蓋を開けてみれば特殊な事情があったみたいだったので、自分とあまりにも違う価値観を持っているから気持ち悪いと感じたのだと思った。
それは半分正しく、半分は間違いだと今は言える。確かに価値観が違うようにも見えるが、
クラスの代表格の二人を馬鹿と称した時やクラスがなくなったらクラス分けはどうなるのかを聞いていた時は、俺だけでなく他の人たちも同じように思っていたに違いない。
そんなあいつは俺にはない答えを知っていると、確信に近いものを抱いていた。
だからあいつと二人で話すために俺はあいつの病室とも言える一室を訪ねることにした。
俺の持っていない何かを知るために。
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コンコンッ
お茶を飲んでいい感じにすっきりして、そろそろ寝ようかと思っていたところで不意にドアのノックが部屋に響いた。考えている間に時刻は20時近くになっていたことから、夕食を食べ終わったクラスメイトの誰かが来たのかもしれないと思った。
「入っていいですよ」
その予想が外れて教員の誰かが様子を見に来た可能性を考え、丁寧口調で返答した。
それの返事は私がよく知っている声だった。
「…零、ちょっといいか?」
そう言って入ってきたのは茂だった。普段の飄々とした雰囲気とは違った真面目さを感じたことから、何か相談に来たのだろうと直感的に察した。
私には康平が相談を持ち掛ける時と今の茂が重なって見えた。
「別にいいよ。見ての通り暇を持て余しているからね」
「…まず特別試験のことだ。零の調子が悪かったのはわかりきっていたし、止めることもできなかった。だからせめて零がいない分の穴埋めしようと思ったんだが見ての通りだった」
「パニックになってた皆をまとめたんだろう? 普段の茂ならまずやらないようなことを率先してやった上に、私の事故を知ったうえでクラスメイトをまとめたことを非難するつもりはないよ」
「だけどそれで止まったんだ。
「…でも他のクラスメイトもそうだったんだろ? それに比べれば茂はよくやってくれたと思うよ?」
「他のやつは関係ない。比べたところで俺が結局何もできなかった…いや、
茂は忌々しいとばかりに吐き捨てた。
私に何かあったことを悔やんでその分の穴埋めをしなければというところから、彼もまた私を心配してくれていたということが推測できる。先ほどのクラスメイト達も同じように思っているのかもしれない。
だけど茂は
何もできなかったというところを
さらに言うと、他のやつと比べても意味はないと言うあたりが彼の思いの強さを表しているようにも感じた。
「確かにそう言うこともできると思う。このクラスは良くも悪くもリーダー任せにして自分で考える人が少なすぎる」
「…あまり言いたくないが零の責任でもあると思うぞ」
私の責任?
そう言われてもいまいちピンと来ないのだが、私が何かしたのだろうか?
「…わかってないみたいだから言うが、零が坂柳さんと葛城君の間に入って纏めているからAクラス内では、
「…マジで?」
「マジだ」
完全に想定外だった。
Aクラスと言われるだけあって、優秀な人が集まっていてもっと考える人が多いだろうと思っていた。だが、蓋を開けてみれば
生徒の優劣でクラス分けをすると知っていたが、まさかここまで自主性がなく長い物に巻かれるタイプの人が多いということに驚きを隠せない。
…もしかしてクラス分けには生徒の優劣以外にも何かの法則性があるのだろうか?
前に考えていた綾小路君がDクラスに居る不自然さや、成績だけではAクラスに居てもおかしくない堀北さん。学力も身体能力もトップクラスの高円寺君がDクラスに配属されている段階で違和感を持つべきだった。
後者二人は協調性が皆無というわかりやすい欠点を持っているからDクラスに配属されたということになっていたはずだが、
協調性がないことを考慮しても、自分で考えないAクラスの生徒より遥かに優秀だろう。
…もしかして学校側は協調性を重視しているのか?
…考えても仕方ないか。今のところは学力等も込みで協調性を重視していると考えられるが、それだとBクラスがAクラスよりも一丸となって団結していることの説明が付かない。
これから他のクラスを見ていけばわかるかもしれないが、少なくとも今は無理だ。
「…他の人が全てやってくれる。人生がそうやって全て上手くいくと思っているんなら、とんだ
「…だが、それは本当に
「『運命とは眠れる奴隷だ、オレたちはそれを解き放つ事が出来た。それが勝利なんだ』っていう私の好きな漫画の言葉があるんだけど、君はどう思う?」
「…Aクラスは運命に縛られた、眠れる奴隷だって言いたいのか?」
「流されるままでいいなんて思ってるやつは運命…いや、上級階級の者に縛られているだけだ。そう言う意味ではそのことに疑問を持って相談に来ただけで、茂は勝者だ」
「…それで勝ったからなんだっていうんだ!! 結局何かが変わるわけじゃない!!」
「
「……」
「自分より優秀なものに従うことを間違っているとは言わない。でも、
「茂、君はあの特別試験で
「…俺が自信を持って言えるのは、点呼の時に零を止めようとしたのと零が事故に遭ったって聞いてパニックになったあいつらを正気に戻した時だけだ」
「だけど今の君なら自分の意思で行動することができるんじゃないか? こうやって相談に来たように」
「…そうだな。確かに今なら、命令とも言える指示を聞いていただけの時よりはマシだと思う」
「それならそれでいいんじゃないか?」
私がそう言うと茂は黙って考え込んでしまった。
私は茂のことを最初からある程度は評価していた。
最初に康平ではなく有栖の方に来たことも、その後に有栖の支配下に下ることなく中立を維持していたことも、私と仲良くなる前から有栖の黒い笑顔を
私に相談しに来たというと上から目線に見えるが、有栖や康平とその派閥の人に相談することはその派閥と完全に敵対することになるかその派閥に入らざるを得なくなる。
支配する側から見れば、
他の中立派の人も何処につながっているか確実にはわからない。
そう考えると、
私が康平の派閥に入っていることは無人島での特別試験を見るとあり得ないし、有栖の派閥に入っていないと言えるのは康平と有栖の意見がぶつかった時に康平の方に肩入れしたことからないと判断することができる。
それに、この船旅の直前には仲直りしたもののそれまでは
それを私とよく一緒にいる茂は一番早く気付いていた。そう言う細かいところの気づきが茂は早い。
そして、今回のことでそれに疑問を持つ着眼点まであることが分かった。茂のような人が多ければ有栖がAクラスを掌握することはもっと難航していたかもしれない。
「…俺だけが気づいても意味ないんじゃないか? Aクラスのままで卒業するには後2年と7か月ぐらいある。このまま維持できるとは思えない」
「そもそも茂は何でAクラスのままで居たいんだい?」
「だってAクラスで卒業しないと好きな進路に行けないし、Aクラス以外で卒業したら俺はAクラスに行けなかった無能人間だと評価されてもおかしくないだろ?」
「
「何の意味って…」
「本当に行きたい進路があるんなら、周りの評価なんて気にさせないほどの実力を見せればいいだろ? 茂は進むべき進路が決まってるか?」
「…まだ決まってない」
「自尊心とかプライドで生きていけると思ったら大間違いだ。Aクラスに居たい理由も、進路もまともに決めないままAクラスのままで居たいなんて傲慢だと思わないかい?」
「…それじゃあ零はどうなんだよ」
「
「…だと思った」
私の言葉で一瞬凍りついたかのように固まった茂だったが、2秒も経たないうちにそう言って大きく息を吐いた。
未だに誰にもAクラスでなくても良いなんて言っていないはずだが、一体茂は何時から気づいていたのだろうか?
「不思議そうな顔してるけどそんな大したことじゃないぞ?」
「…何時からそう思ってた?」
「疑問に思ったのは初日から。カメラのこととポイントについてほとんど回答そのものだった答えを知っていたのに、
「でもAクラスの特権を知ったのはもっと後だ」
「その特権を真嶋先生が話した時から確信に変わったんだ」
「??」
「坂柳さん以外の他のやつらは大なり小なり驚きを見せていたけど、零だけ
…本当によく見ている。
確かにあの時は
それに
今でもその考えは変わってない。むしろ『負完成』となったことで尚更Aクラスのままで卒業できるとは思ってなかった。だからこそ図書館や自室では既に大学受験の勉強を進めているのだ。
進学するためには
それでも無理なら就職する。最悪アルバイトを転々とすることになっても死にはしない。
そういう考えがあるからこそ、あの時
茂は目敏く、それを見ていたのだ。
有栖の方にも目を向けて、彼女が何か違うことを考えていることにも気づきながら私の違和感に気付いていた。
「…正解。私自身、初日に言った通り施設出身の身でね。お金がないんだ。だから大学に行くんなら、最低限特待生にならないといけない。それでもアルバイトとか奨学金を借りることは確実だろうけどね」
「Aクラスの特権を使えばそれでなれるんじゃないか?」
「なることはできると思う。でも、
「…確かにその方が後でAクラスから外されてもリスクは少ないな。それにその後のことも考えるとその方がよっぽど良い。だけどAクラスを外されたことで大学側からの評価は下がるんじゃないか?」
「それならさっきも言った通り、周りを黙らせるほどの学力を見せれば良い。コネで特待生になったと言われるよりはマシだと思わないかい?」
「…ああ、そうだな。その方がかっこいい」
茂はそう呟いて、また大きく息を吐いた。
彼の美学に沿ったつもりはないが、私としてはそれがベストの選択肢だった。Aクラスを維持するための策略を廻らすよりも、学力を身に着けたほうが今の私には役に立つ。
プライドと自尊心がまるっきりないとは言わないが、それだけで食べていけるほど世の中が甘くないことは
むしろ人としての尊厳を守りたいからこそ、3年間しかいない高校で自尊心を振りまく様なことをしないのだ。自分の価値なんて
有栖との勝負も私が「勝ちたい」と思ったからしているわけだが、その勝負を理由に勉強をさぼることはあまりしなかった。
あまりと言うところが意思の弱さを露呈している気もするが、機械じゃないのだからその日の気分とかコンディションがある。無理にやってペースを無理矢理守っても意味はないはずだ。
「…零はこれからどうするんだ? もう坂柳さんがAクラスのリーダーみたいなもんだろ?」
「本当のことを言うとAクラスのことなんてどうでもいいんだけど、ちょっとした事情でAクラスを落とすわけにはいかなくてね。とりあえずはAクラスをAクラスのままにすることに努めるよ」
「Aクラスの特権を必要としているやつがいるかもしれないのにか?」
「口だけだったり意思だけ立派でも、実力が伴ってないやつにあげるようなお人よしじゃないからね。茂はコネだけで医者になった医者に診察してもらいたいと思うか?」
「…それもそうか」
「まあ、そういうわけだからAクラスの不利になるようなことは控えるつもりだ」
「
茂の言葉に今度は私が固まった。
これについて知っているような人は有栖と橋本君、神室さんぐらいだ。康平にも言った覚えはない。
「この前の中間考査の打ち上げの時だ。他のやつらは楽しそうに宴会気分だったけど、零たちが来た時のそっちのテーブルだけ雰囲気が違ったからな。そっちに注意を向けてた」
「…あの時茂、戸塚君たちと楽しそうにしてなかった?」
「無理やりテンション上げてたんだよ。正直くっそきつかった。ああいう場所だと一人白けたやつがいたらみんな白けるからな」
「それでも一応他の人に聞こえないように気を遣っていたんだけど」
「
「…あの時に勝負がどうのって詳しく言った覚えはないけど」
「坂柳さんの、それで敗北を認めるあなたではないでしょう?っていうところを聞いたからな。後は今の回答で確定になった」
「…鎌かけだったのか」
「ほとんど確信に近かったけどな」
私の予想よりも茂は優秀な人間だ。
私みたいな
「まあ、そういうこと。下手にAクラスが落ちて有栖が勝手に負けたなんてことになって欲しくないんだ」
「
そう言った私は私の中の
私という容量からオーバーしたものが私から滲み出る。
それを見て茂は露骨に顔を歪めた。
「なんだそれ…?」
「
自嘲気味にそう笑うが、茂の顔は歪んだままだった。
まあ、ただの
しかし、抑えようとした時には
「それが本当の零なんだな。…ようやく納得した」
「…気持ち悪くないのかい? 正直自分でも驚くほど
「
茂の表情から、それが今まで見てきた上っ面の言葉ではなく本心であることを察した。
そしてまた、有栖と同じく茂の目に宿る輝きが私には眩しかった。それは
わざとらしく息を吐き出してから、私は彼に向き合った。
「本当に君はどこまでも
「俺の意思は自由なんだろ? だったら俺が零を友達だって思うのも自由だ。零が何を抱えていようともな」
「もしかしたら大量殺人鬼かもしれないよ?」
「零が俺を殺しに来たら考えるさ」
爽やかな笑顔を浮かべてそういう茂が、私にはとてもプラスに見えて仕方なかった。
色々と吹っ切れただけにも見えるが、自棄になっているわけではない理性がしっかりある。彼は何か自分なりの軸を見つけたのだろう。
自分の根本を形作る物、自分の本質、考え方となる軸を。
「…まあそこまで言うなら止めはしないよ。言った通り君は自由だ。茂はこれからどうするつもりだい? 今なら有栖の方につけば、私との立場を利用できるしそれなりに上の立場につくこともできると思うよ?」
「俺は零の方につく」
「本気で言ってる?」
「自分の意思でダチを助けるんだ。そっちの方がかっこいいだろ?」
そう言って不敵な笑みを浮かべた茂は、この部屋に来た時の道がわからなくて迷子になってしまった子供のような雰囲気は全くなかった。
自分の探し求めていたものを見つけ、自分の意思を取り戻した様は紛れもなく『人』だった。
この世界がライトノベルを基にした物だと思っていても、ここで生きている人たちは本当に生きているのだと肌で感じた。
「そう言うならよろしく頼むよ」
「ああ、でも何でも言うことを聞くわけじゃないってことは先に言っておくぜ?」
「それでいい。
そう言った私達はお互いに右手を伸ばして、握手をした。
プラスとマイナスが合わされば0に近づく。
でも、プラスとマイナスをかけ合わせれば結果は必ずマイナスになる。
この協力者との出会いが私に何をもたらすのか、今の私にはまったく見当が付かなかった。
「ところで、さっきのは何の漫画のセリフだったんだ?」
「ジョジョも知らないとか死ねよ」
もしかしてこの世界にはジョジョまでないのか?
突然のことに困惑する茂を無視して、私はこの世界に私が知っている漫画がほとんどないかもしれないという事実に改めて戦慄したのだった。
茂君を完全オリキャラにして掘り下げました。
最初の文章はサブタイトルを付けるとするなら、「竹本茂の独白」と言ったところでしょう。
『運命とは眠れる奴隷だ、オレたちはそれを解き放つ事が出来た。それが勝利なんだ』というセリフはジョジョの奇妙な冒険の5部のセリフです。気になった方は、原作を読んでみることを強くお勧めいたします。なお、主人公はまだ確認していませんがジョジョはこの世界にあります。ないものは「めだかボックス」と「ようこそ実力至上主義の教室へ」を含むいくつかの作品です。
有名なものがいくつか無くなって、その代わりになるような作品がある感じです。