ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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24話目 豪華船旅行 八日目

 目が覚めると足が全く動かせないことに気付いた。

 周りに人はいなく、時刻は朝の7時を回ったところ。そろそろ朝食の時間になるかもしれないが、このままでは食べに行くことすらできない。

 

 いい加減にこの怪我を何とかしなければならない。

 流石に不便極まりないこの状態のまま特別試験に臨む気はないし、そもそもこんな状態では特別試験に参加できるかもわからない。

 目覚めて早々大きなため息を一つ零すと同時に、懸念していたことを割り切る覚悟を決めた。

 

 「無冠刑(ナッシングオール)

 

 そう呟いて空いている右手に鉈を持つ。この部屋に監視カメラがないことは確認済みだ。

 取り回しがとても悪い私の過負荷(マイナス)だが、もうそれを気にしている暇はない。

 

 私はその鉈を()()()()()()()()()()()()

 

 (無冠刑)はベッドや衣服を傷つけることなく、私自身を貫いても外傷を残さない。

 本来ならこんなことしなくてもスキルを発動しようと思えば発動するが、『怪我』が『私』の大部分を占めている今完全に『縁』を切るならここまでしないといけないと感じた。

 

 『怪我』との『縁』を切る。

 

 これをすれば金輪際()()()()()()()()()()()()()()

 長い時間が経てば再び『縁』が結ばれるかもしれないが、少なくともこの高校生活で怪我を負うことはなくなった。

 最初からこうしておけばよかったと思うかもしれないが、それをしなかったのは懸念していたことがあったからだ。

 

 1つ目に、あの重体が一瞬で完治したとなれば原因究明をしようとするのが普通だ。

 当然シラを切ることになるが、それまでの間精密検査などを頻繁にやることになるかもしれない。それ以上に何らかのモルモットにされる可能性もある。

 だが教育機関であるということからその可能性は低かったことと、精密検査をするなら今やらなければ特別試験と被る可能性があったから仕方ないと判断した。

 昨日茂が協力すると言った以上、彼がどのような行動をするのか次の特別試験で見ておきたい。そのために、多少のリスクを背負ってでも次の特別試験に参加しなければならないと判断した。

 

 2つ目に、「無冠刑(ナッシングオール)」が()()()()()()()()()()()の力ではないこと。

 ある意味で「大嘘憑き(オールフィクション)」とも似ているこの過負荷(マイナス)は、同じような欠点がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これのせいで私は、交通事故に遭っても怪我を負うことはないし、頭を撃ち抜かれても怪我を負うことはないし、崖崩れに会っても怪我を負うことはないし、殴られても怪我を負うことはない。

 正確には、怪我を負うことが()()()()()()()とも言える。

 そのため、()()()()の類はできなくなった。力尽きることと『縁』を切った場合には、睡眠がとれなくなることと同じだ。外部からの干渉によってではなく、自らの手で『怪我』を自分に負わせるようなことはできない。これによってどのような縛りが起こるのかがわからなかったから、この選択は本当に取りたくなかった。

 現状でそう困るようなことにはならないと感じているが、もしかしたら後々何かで引っかかる可能性もある。

 

 そういう意味で、球磨川先輩が作った「虚数大嘘憑き(ノンフィクション)」がどれだけやばいものかがよくわかる。

 一度なくしたものを取り戻すことを可能にするだけのスキルだが、私には逆立ちしてもそんなスキルは作れない。

 一度なくしたものが取り返しのつかないように、一度切った縁は基本的に時間経過か、それに関わることでしか()()しない(縁が戻るという意味で復縁と言う言葉をあてている)。

 人との縁ならそこまで戻すことは難しくないが、概念だと時間経過でしか復縁できない。

 縁を結ぶスキルがあれば別だが、私以外のスキルホルダーがいるとは思えない。いたとしても、そんなピンポイントなものを持っている人に出会う確率は限りなく0に近い。

 

 

 怪我をしてい()部分を見た。

 固定されていた左手は包帯を外しても痛みが走ることはなかった。

 左足も動かしても大丈夫そうだ。

 一番重傷だった吊るされていた右足も、自力で下すことが出来た上に痛みも違和感もなくなっていた。

 ベッドから降りて、辺りを少し歩いてみる。歩いてみた感じの違和感はなく、文字通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 持っていた鉈を消して、ふと時計を見た。

 時刻は7時15分。昨日はあの後すぐ寝てしまったが、既にお腹が減っているように感じた。

 

 とは言っても、突然重体だった私がいきなり食事をしに行っては問題がある。

 少なくとも星之宮先生辺りに会って話さなければならない。

 

「何してるのっ!?」

 

 突然の声に驚いてそっちの方を向くと、血相を変えて声を荒げる星之宮先生の姿があった。

 恐らく私の様子を見に来たのだろうと思われるが、タイミングが良いのか悪いのか微妙な気持ちになる。

 少なくとも暫く朝食にはありつけなさそうであることを察した私は、少し憂鬱な気持ちなりつつも事情説明を行うのだった。

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 あの後、星之宮先生とこの船に付き添っていたらしい医師の下で精密検査を行った。

 血液を採取されたり、レントゲンを撮られたり、触診をされたり(当然男性の医師が)と色々なことを行って解放されたのが18時を回ったころだった。

 予想通りかなり長い時間を検査に当てられたが、食事を持ってきてくれたこともありそこまで苦ではなかった。

 

 星之宮先生と医師の、狐に化かされたような顔が今でも忘れられない。

 

 過負荷(無冠刑)を使ったのだから原因がわかるわけはないのだが、あの大怪我が影も形もなくなってしまった事実は変わらない。

 「私」を対象に「無冠刑」で「縁」を切ったが、過去に起こったことに遡って「縁」を切れるほどのものではない。

 記憶も記録も残るのだ。だからあまり使いたくなかった。

 乱発していたら確実に化け物扱いされることは間違いない。一回目でこれだ。こんなことが頻繁にあっては、ただでさえ過負荷(マイナス)なのに尚更人外扱いされてしまう。

 

 私は一応人間(過負荷)だ。定義が曖昧であろうが、心を持っている人間である。

 それが普通(ノーマル)寄りであろうが、過負荷(マイナス)寄りであろうが人間なのだ。

 男でも女でも子供でも大人でも老人でも同じ人間であるように、過負荷(マイナス)であろうが人間であることに変わりはない。

 

 

 

 そんな訳で解放された私はクラスメイト達に事情説明をし、一緒に食事をとった後で割り当てられた自室に戻っていた。シャワーも浴び、寝るための準備はすでに終えている。

 予定通りであれば私が有栖に付き添う時間帯だが、怪我人だったということもあり今は橋本君と神室さんの二人が有栖に付き添っている。

 有栖とは表面上は変わらないが、私を見るときの彼女の表情が時折曇っているのを私は見逃さなかった。

 

 だからといってどうかするわけでもない(まあ、私には関係ない)

 

 今、割り当てられた部屋には茂と私だけがいる。

 もう一人、吉田君というクラスメイトが相部屋だが彼は今出払っていた。

 

「で、あの怪我をどうやって治したんだ?」

 

「日頃の行いが良かったからだよ」

 

「いや、それだけはない」

 

 私の返事に茂が即答する。

 彼の言う通り過負荷(マイナス)でもある私が、日ごろの行いが良かったから治ったなんてことがあるわけがないので、言っていることに間違いはない。

 

「まあ、何で治ったのかはご想像にお任せするよ。知っていたら話すわけないし、知らなかったら話せないだろ?」

 

「…それもそうか。強いて言うなら自力で治せるんなら最初からそうしてるだろうってとこか?」

 

「そういうこと。それじゃあ、吉田君が帰ってくるまでにこれからの方針について話そうか」

 

 偶然、私と茂だけで部屋にいる機会を逃すわけにはいかない。

 これからも二人だけ話せる機会があるかわからない以上、話せるうちに話しておきたいことがある。

 

「チャットとかは使わないのか?」

 

「記録に残る物はどこからばれるかわからないからあまり使いたくないってのが本音。必要だったら使うけど、あんまり多用したくない」

 

 チャットやメールでも話し合いはできるが、記録に残ると携帯を奪われた時に内容が他人に割れてしまう。覗き込まれて内容を見られる可能性もあるため、私はあまり好きではなかった。

 

「とりあえずはAクラスをそのまま持ち上げる感じだったか?」

 

「基本的にはそんな感じで進めようと思うけど、細かいことは指示するつもりはないから。どういう風に行動するか()()()()()()()()()()

 

「…言いたいことは大体分かった。それの言葉には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「当然。もしも君がAクラスに居たいっていうんならそのまま頑張ればいい。もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そういうことか」

 

 私の物言いに納得したと言わんばかりに頷く茂。

 何も間違ったことは言ってない。お互いに薄々察していることだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 それこそ、天使が堕天使に変わるように、プラスがマイナスに変わるように、真実が虚言に変わるように、正義が悪に変わるように、勝者が敗者に変わるように、支配者が奴隷に変わるように、薬が毒に変わるように、貴族が平民に変わるように、流れ星が消し炭に変わるように、有力者が犯罪者に変わるように、光が闇に変わるように、いずれ()()堕ちていく。

 

 過負荷()がいるから、というよりは主人公(綾小路君)がいないからと言った方が正しいかもしれない。彼が一人だけでAクラスに入ってくる可能性もあり得る。だけど上に上がろうと試行錯誤しているDクラスの面々と、上にいるからもっと優秀な人に丸投げしていれば何とかなると思考放棄しているAクラスの面々ではそう遠くないうちに差が付く。

 正確には、()()()()()と言った方が正しいか。

 無人島での特別試験を踏まえて、毎回Aクラスが敗北するとは限らないがAクラスが他のクラスから目の敵にされるのは目に見えている。

 茂からすれば、私がDクラスに敵対したくないやつがいると零したこともAクラスが敗北すると予想できる判断材料になるだろう。

 

「まあ、()()()()()()()()。俺だけが深く考えすぎても仕方ない」

 

「それもそうだろうね。どれだけ変えようと思っても、力がなければ変えられないこともある」

 

「そういうことだな」

 

 そう言って二人そろって溜息を吐いた。

 どれだけ意気込んでもできることとできないことというものが世の中にはある。

 私はもちろん、茂だってAクラスを表で引っ張っていくだけのリーダーシップはない。仮にあったとしても、他のクラスを抑えて自分たちがAクラスのままでいられるようにする策を練るような力もない。反逆してきた生徒たちを抑えるだけの力もない。

 

 結局できないことはできないのだ。どれだけ覚悟があろうが、無い袖は振れない。

 

 …そろそろ本題に入らないとまずいか。

 既に寝る準備は済ませているが、吉田君が帰ってきたら話し合いができなくなる。

 最低限、私側につくというなら伝えておきたいことがあった。

 

「…私は自分の派閥なんて作るつもりはない。作っても負けるのが目に見えてるし、そんなものにつき合わせる気も付きまとわれるのもご免だからね。プラスの人間()が私につくって言ったときも、正直どうしようか困ったくらいだ」

 

「だろうな。普段見せないような間抜け顔は見てて面白かったぜ」

 

「それは忘れてくれ」

 

 過負荷(マイナス)をあっさり認知してなおかつ、私に協力すると言うような人がいるとは思わなかったのが本音だ。

 有栖でさえ暫く私とは距離を置いていたのに、即断即決で私側につくとまで言った茂には驚くしかない。私の過負荷(マイナス)をものともしないプラスを持っているのなら、そう遠くないうちに何かに目覚めてもおかしくない。

 彼が言うには私だから別にいいと言っていたが、他に過負荷(マイナス)の人がいたらどのような反応をするか見てみたいと思った。

 

 もしかするとこの世界に私以外の()()()という概念があったのなら、昨日の段階で覚醒していたかもしれない。

 

 未だに普通(ノーマル)の域を出ていない茂だが、観察しただけで筋力量まで測定できるようになったら特別(スペシャル)、もしくは異常(アブノーマル)になるのだろう。

 常人には出来もしない領域まで手を出し始めたら、間違いなく普通(ノーマル)とは言えなくなる。

 

「私が君にしてほしいことは一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()。せっかく考えられるだけの頭があるんだから、それを()()して押さえつけるのは愚策だと思うしね」

 

「本音は?」

 

「他人にあれこれ指示出すのがめんどくさい。指示がないと何もできないような奴は友人だと思わないし、そんな奴隷私には必要ないから」

 

「…ほんと零らしいと言えばその通りだぜ。それじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「それがいい。口を挟むかもしれないけど、最終決定は任せるから」

 

「おう、()()()()()()()好きにやらせてもらうぜ」

 

 茂は決心を新たにするかのように、強く頷いた。

 これからの学校生活は、茂が今まで生活してきたそれとは変わったものになるだろう。

 

 他の人に任せていたクラス運営に、自分で疑問を持ち、自分の意思で考え、自分で行動する。

 

 言葉にすればこれだけであるが、実際にクラスの輪から外れて行動するには問題が発生することもあるだろう。それを踏まえて、彼に自由にやってほしかった。

 彼がどの程度の思考力と行動力があるのかを見たかったというのもあるが、()()()()()()()()()()()()を知りたい。

 以前からその片鱗を見せていた観察眼がそうなのか、私の過負荷(マイナス)を跳ね返すような精神力なのか、はたまた()()()()()()()()()()

 彼が過負荷()を理解したように、私も彼を協力者として理解しなければならないと考えている。

 

「それじゃあ、早速次の特別試験の話なんだけど」

 

「ちょっとまて。()()()()()()ってなんだ?」

 

 …そう言えば茂には言ってなかった気がする。

 いや、そもそもこれも私の予想であって本当にあるかわからないものだ。

 

「あくまで私の予想だけど、あと二日以内にもう一度特別試験が始まると思う」

 

「…そういうことか。無人島での特別試験とは別の試験が残りの一週間以内に起こるって予想したわけだな?」

 

「そういうこと。この船の設備を無料で学生に使えるようにするために、一体幾らのお金をつぎ込んだんだろうね?」

 

「確かにそう考えると、もう一度特別試験があってもおかしくないな」

 

「まあ予想の範疇を出ないってのはあるけど、心構えがあるかないかではかなり変わるから覚えておいてほしい」

 

「そこまで言うならきちんと覚えておく。残りの一週間がただ遊んで過ごすってわけじゃないような気はしてたしな」

 

 茂の言葉で、茂も無意識的に疑問を抱いていたのかもしれないと感じた。

 無料で遊べる船の施設、一週間も残っている目的地のない船旅、学校で貸し切っている豪華客船。これらの要素を踏まえると、どこかで無意識的に警戒してもおかしくないかもしれない。

 無人島での特別試験があったということもあるが、昨日は何もなく終わったはずだ。警戒を解いている生徒のほうが多いだろう。

 有栖や康平は恐らく警戒を外していないだろうが。

 

「その特別試験でもしかしたら何かしらのアクションを取るかもしれないから、その時に協力してもらうかもしれない」

 

「その時の連絡は?」

 

「今みたいに直接会って話すのが一番だけど、出来ない場合も多いだろうし人気のないところでチャットで話す方針で。もう一度言っておくけど、協力って言ってもするしないも自由だし細かい指示なんかも出す気はないから」

 

「了解。気を張りすぎて空回りしたら元も子もないし、適当にやらせてもらうぜ」

 

 彼は目の前で覚悟を決めるかのように拳を握りしめた。

 何が彼を突き動かすのかはわからないが、プラスであっても一応は()()である彼をどのように扱うのか。過負荷(マイナス)である私には理解もできないことではあるが、普通(ノーマル)である部分()からはそれが良いものだからだと訴えかけてくる気がした。

 

 そうこうしているうちに吉田君も部屋に戻ってきたので、私はベッドに潜り襲い来る睡魔に身を任せた。

 




 4巻に入る前に済ませたいことは終わったので、次回からようやく4巻の内容に入ります。
 4巻から主人公が本格的にクラス争いに参加したりしなかったりする予定です。無人島での特別試験は主人公自身事故に遭っただけなのでノーカウント。

追記 5/19
 「怪我」という概念との「縁」を今話で切りました。
 これは「世間一般で言う怪我」との「縁」を切ったというものが正確です。
 そのため、衝撃を受けたときのダメージなどは通ります。腕がちぎれた場合は、「怪我」になるので千切れるほどの激痛を負うで収まります。頭を撃ち抜かれた場合は、撃たれた衝撃はそのままなので頭部に激痛が走ります。撃たれた場所は、何事もなかったかのようにそのままになっています。自傷しようとして手首にカッターを当てて引いても、一瞬だけ赤くなって痛みが出るだけで血が出るようなことにはなりません。
 ダメージそのものを負わなくなるわけではないので、すぐに内蔵に悪影響が出ることはありません。

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