ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

33 / 39
29話目 特別試験Ⅱ 一日目Ⅲ

 過負荷(マイナス)を垂れ流しにした話し合いが終わり、他の生徒たちが茫然自失している中で、私は終了のアナウンスと共に部屋を後にした。

 

「あ、残念だけど時間みたいだね。結局終始私に話させっぱなしで、話し合いなんて言えるものでもなかったね。

 君たちは君たちが蹴落とした人が欲しくても得られなかった機会を、無駄に、無為に、無意味にしたんだ。

 でも君たちの自由意思で行っているんだから、私は関係ない。

 偉そうなことを口にするぐらいなら、もっと今自分たちがここにいるっていう意味を考えなよ。『責任を持った行動を』ってエリート(君たち)が好きな言葉だろう?

 『それじゃあ、また今度とか』」

 

 有栖ですら私が出ていった時に正気に戻らなかったのだから、他の生徒たちが立ち直るには暫く時間がかかるだろう。

 初回の話し合いは私の予定していた最低(最高)の形で幕を下ろした。

 強いて言うなら、過負荷(マイナス)をばら撒きすぎたような気はする。それでも自分の打算を考慮して、()()()()()()()()()()()()抑制していたのだからコントロールはできている。

 それに、私はあれだけ色々やっても()()()()()()()()()()()()動いているのだ。

 

 話し合いに積極的に参加しないでほしい、というものは守っていない。これは紛れもない事実だ。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()という意味では康平の指示通りに動いている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他の人たちが優待者を探ろうなんてことをする余裕もない。

 もっと言えば、早く話し合いが終わって欲しいと()()()()()()()()()最高だ。話し合いの時間が近づくたびにストレスが溜まり、話し合いがただの拷問と同じになって聞いているのをひたすら我慢するだけ。

 自分で何か言おうとすることはせず、ただじっと耐えるだけになる。

 

 そう、せっかくの特別試験のチャンスを無為にすることを()()()()()()()のだ。

 私を見たくないから、私の言葉を聞きたくないから、私の声を聴きたくないから、私を知りたくないから、彼らは自分自身を守るためにこの試験を無駄にする。

 そこに私がこうしてほしいとお願いするようなことはない。彼らが自分の手で衰退を選ぶことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『平和癌望(ショートカット)』なんて使わなくても、他人を不幸(マイナス)にするぐらいはできるはずだ。

 ましてや、それがただの普通(ノーマル)なら。

 

 

 ……初めてといっても良いぐらい私の策が機能していたことを、彼らを通して実感していたからだろう。

 本当にただの普通(ノーマル)なだけなら、そもそもヒロインどころかサブキャラにすらなれない。そして主人公側の人間(プラスの住人)は、叩いても這い上がってくる芯の強さというべきものを持っている。

 そんな単純な事実を、この時の私はすっかり忘れていた。

 

 

__________________________________

 

 

 

 彼を甘く見ていたと言えば、その通りなのだろう。

 彼の本性を見たつもりだった、肌で感じたつもりだった、理解していたつもりだった、納得していたつもりだった、把握していたつもりだった。

 だけど、私は(零君)過負荷(マイナス)を理解しているようで理解していなかったのだ。

 

 入学初日のふとした時に気付いたそれ(マイナス)は、7月の中頃に彼の説明を受けてようやく理解した。

 それがオカルトやファンタジー小説に出てくるようなものだと、私はその程度の認識しかしていなかった。

 しかし、彼の持つ過負荷(マイナス)とは、そんな特殊能力(プラス)のものではない。正真正銘(マイナス)を濃縮したものだった。

 彼の言葉に見える、人間の本質(マイナス)正論の矛盾(マイナス)感情の不制御(マイナス)

 オカルトとしての一端を見せられた以上、洗脳だと言われた方がまだ納得できるようなものだった。

 

 だが、彼はなんでもない言葉だけで私達を打ちのめしていた。

 彼の持つ人間の闇(マイナス)というものが、いかに根強くて、いかに受け入れ難くて、いかに見たくないものだったか。今ここにいる全員は、それを思い知ってしまった。

 過負荷(マイナス)を事前に知っていた私でさえもだ。

 時折、私と二人でいる時に垣間見せる過負荷(それ)と、今の話し合いでの(それ)は濃度が全く違っていた。

 それこそ、今は彼に会いたくなくなるぐらいに。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は外面を取り繕い、席を立つことにした。

 ()()()()は察したが、私は彼のやり方に反対だ。

 守ってばかりではいけないと言っておいて、これだけ大立ち振る舞いしてその本質は一周回って穴熊を決め込んでいるなんて、実に(マイナス)らしいと言えばらしいのだろう。

 彼の思い通りにさせないために、早急に彼と話をする必要がある。

 

「それでは私もこれで失礼します。葛城君、申し訳ないのですが付き添いをお願いできますか?」

 

「…ああ、了解した。先に失礼する」

 

 葛城君はそう言って席を立った後、私に手を貸そうというところで他の方々も退席の準備を始めました。急いでこの部屋から出ようとしている様は、一刻も早くこの場所から逃げたいと思う気持ちで溢れているようにも見えました。

 彼らよりも早く私と葛城君が部屋を出ようとすると、予想通り私達をそのまま返そうとしない方が私達に食い掛かってきました。

 

「待てよ坂柳。()()は一体なんだ?」

 

 意外にも私達以外で真っ先に復帰したのは龍園君でした。

 彼が言う『アレ』とは、恐らく零君のことを指すのでしょう。

 何処か焦っているような彼の口調が、いかに零君が彼らへ悪影響をばら撒いて行ったのかが窺えます。

 その証拠に彼は私達の方を見ていますが、決して零君のいた席には目線を合わせませんでした。

 

「アレとは零君のことでよろしいですか?」

 

「それ以外にねぇだろうが。あいつは一体何なんだ?」

 

「本人が居ないところで彼について詳しく触れる気はありません。知りたければ自分で調べてください」

 

「その口ぶりからすれば、お前は知っていたってことでいいんだな?」

 

「お答えする気はありません。それだけでしたら、これで失礼します」

 

 まだ何か言いたそうにしていた彼を無視して、私は葛城君を連れ添って部屋を出た。

 部屋を出た後に零君を含めた3人で話し合いをしたいと葛城君に申し出たところ、無事に許可を貰えたので私の部屋で話し合いをすることにしました。

 

 

 

 葛城君と共に私の部屋に到着してから、葛城君を椅子に座らせて零君に私の部屋に来てもらうようにチャットを使ってお願いしました。返事は話し合い前の時とは違って直ぐに来ました。

 私の部屋に今から行くから暫く待ってほしいとのことで、私と葛城君の二人でそれまで待つことになりました。

 今どこにいるか確認していなかったので、いつ彼が来るのかわからないまま時間だけが過ぎていく。

 零君が来るまでこの沈黙が続くかと思われたが、意外にも葛城君が話しかけてきました。

 

「…坂柳は零の()()を知っていたのか?」

 

「ええ。本人があまり話したくないようなので言いませんでしたし、今回の話し合いがこうなるとは思わなかったので話しませんでしたが」

 

「正直に聞こう。()()を見てどう思った?」

 

「…恐怖を覚えなかったと言えば嘘になります。事前に言葉で理解していたつもりだったのですが、認識が甘かったことを思い知りました」

 

「俺も正直なところ同じように思った。前にも同じような雰囲気を出していたことには気づいていたが、今回の話し合いほどではなかった。理解できない、理解したくない、そして何よりも受け入れたくないことを平然と突き付けてくるような話し方に、唯々黙って震えているだけになってしまった」

 

 そう漏らす彼の顔には、屈辱や後悔の念がありありと見て取れました。

 

「だからこそ、なんで零がいきなり隠していたものを出してきたのかを聞きたいと思っている」

 

「それについての予想はついていますよ?」

 

「聞いたら答えてくれるか?」

 

「本人から聞いた方が早いと思います」

 

「そう言うと思っていたから、聞き出すつもりでいる。本人の口から直接聞いた方が早い」

 

「そうですね。もう少ししたら来ると思いますから、それまで待ちましょう」

 

 私がそう言って会話を打ち切ると、彼は思案するように手を顎に当てたまま固まっていました。

 私も彼が来るまで、色々と彼に聞くことを整理するために考えをまとめることにして二人で座ってまま話すことはありませんでした。

 

 そんな静寂の中で、私は未だに彼のことで頭を埋め尽くしていました。

 特に一番私が恐怖を覚えたあの瞬間が、私の頭から離れるには時間がかかることはわかりきっていました。

 

 

 「……『この学校を辞めたい』っていう気にはならないかな?」

 

 

 …そう言い終えた時の彼の顔が、私には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が弧を描いて嗤っているように見えました。

 それは例えるならのっぺらぼうにも似たもので、適当に人の形を楕円形で書いたものに半月で目と口を当てはめたような、()()()()()()()()()()()()()()()()()錯覚すら覚えました。

 

 ……私は零君のあの顔が頭から離れませんでした。短めの漆黒の髪に何処にでもいるような顔の普段の彼とは全く違うあの顔が、もしかしたら零君の本当の顔なんじゃないかと思ってしまいました。

 覚悟を決めて彼を待ち構えているまでの数分間。

 私は無意識に体を震わせたままでした。

 

 

________________________________________________________

 

 

 

 話し合いを終えてから気分よく部屋に戻ろうとして、お昼ご飯を食べていないことに気付いた。

 ファストフード店に向かい歩みを進めることにした。

 

 歩いているうちに少しづつ落ち着いてきたのか、過負荷(マイナス)気味な思考は少しずつ落ち着きを見せていた。部屋を出た段階から過負荷(マイナス)を抑えてはいたが、思考がどうしても過負荷(マイナス)に轢きずられていたのは間違いない。

 

 話し合いをしながら思い出していた『めだかボックス』の過負荷(マイナス)の人たち。

 それを軸に話していたせいか、過負荷(マイナス)に身を委ねていたせいか、私の過負荷(マイナス)がより一層深いものになっているような気がした。

 

「あたし達は酷い目に遭ってきた

 だから酷いことをしてもいいんだ!!」

 

 前に読んでいた時には深く考えていなかったが、過負荷(マイナス)となった今では凄くしっくりくるものに思えている。

 

 復讐が悪いことなのか?

 制裁は悪いことなのか?

 報復は悪いことなのか?

 

 人間は感情の生き物だ。

 それに縛られている以上、不幸(マイナス)な私がエリート(彼ら)に何をしてもいいじゃないか。

 恵まれている彼らに恵まれていない私が何をやっても、僻みや八つ当たりや嫉妬にしかならないのはわかっている。

 普通(ノーマル)の視点からすれば、それが全て正しいわけではないことぐらいわかっている。屁理屈だと言われることも理解できる。だが、納得できないものも確かにあるのだ。

 

 正しいだけが全てなのか?

 強いだけが全てなのか?

 常識が全てなのか?

 

 それに見捨てられたから、過負荷(マイナス)になったのだ。

 それに受け入れられなかったから、今の私(負完成)が出来たのだ。

 それを捨ててしまったから、無関係(無冠刑)になったのだ。

 

 間違っていても生きていける。

 弱くても生きていける。

 常識がなくても生きていける。

 

 生きていけるなら問題はない。生きていけるということは社会が黙認しているということと同義だ。だから、過負荷(マイナス)が生きていける現状を放置している社会が悪いんだ。

 だから、(マイナス)が悪いなんてことはない。

 私には関係ない。

 

 

 

 そんなことを考えながら、私は昼食を食べていた。

 有栖に返信したが、話し合い前の運動と約1時間程度話しっぱなしだったことで空腹を感じていた。これぐらいなら我慢することもできるが、無理に我慢する必要もないので素直に欲求を満たすことを優先した。

 ファストフード店でハンバーガーを買って食べるなら、私の場合5分程度で終わるだろう。既に14時を回っている今、人はほとんどいないため並ばずに買うことができた。

 

 2つ目のハンバーガーに手を伸ばしたが、まだ買ってから時間が経っていないので包み紙の奥から暖かい熱を手に感じていた。

 食べれるときに急いで食べる癖は、そんなことが必要なくなってもう数年経つにも関わらず直る気配を見せない。轢き肉になった豚と牛の死骸を練って焼いたものにかぶりつきながら、鼠や烏の味は思ったより私の脳髄に染みついているのかもしれないと気づき、思わず苦笑した。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 零からすぐに返信があったと坂柳から聞いたが、あいつはなかなか来なかった。

 とはいっても、まだ5分程度しか経っていないことに気付く。

 あいつがあの気持ち悪い何かを持っていることは、無人島の特別試験の時に気付いた。いや、正確には()()()()()()()()()()()()()()()ということには気づいていた。

 記憶が正しければ俺と坂柳の間に入って『馬鹿なの?』と言ったときにも、あの感じは少し出ていた。

 

 あの得体のしれない気持ち悪さが、単純に恐ろしく思った。

 

 妹のことと蹴落とした受験生のことを言われた時、俺は今にも崩れ落ちて目と耳を塞いでしまいたかった。しかし、『Aクラスのリーダーとして』そのようなことはしなかった。

 だが、あの得体のしれない気持ち悪さ、人間の負の感情を濃縮したようなあいつの言葉は、俺の頭にこびりついたままだった。

 

 今からあいつがこの部屋に来る。

 

 坂柳に提案された時、本当のことを言うなら断ってしまいたかった。

 だが、『Aクラスのリーダーとして』ここで話し合う必要があった。

 だから、俺は今ここで坂柳と一緒にあいつと会う恐怖に襲われながらもあいつを待っていた。

 

 同じ人間とはとても思えない気持ち悪さを持ったあいつを、俺はただひたすら待ち構えるしかなかった。

 

 だが、それと同じぐらいにあいつを『信頼』していた。

 初日からリーダーとしてAクラスを率いる…まではいかなくても中心になるつもりだった俺は、対等の友達というものがこのクラスにはいなかった。

 仲のいい弥彦は、俺を立てようとしてくれるいいやつではある。だが、俺を真正面から否定するようなことはしないし、俺に対して反対意見を出すことも滅多にない。

 坂柳派の人間は反対意見は出すが、そもそも友人としてみていないだろう。

 リーダーとしてだけ見れば坂柳とは対等にも見えるが、俺の方が資質的に劣ってしまっていることはわかっている。第一、お互いに仲良く友達になれるとは思っていない。

 

 そんな中で、『小坂零』という人物は希少だった。

 どこの派閥にも属していない雲のように掴みどころのない存在にも思えるあいつは、今考えれば俺を利用するために近づいてきたのは間違いない。

 それはよくあることではあったため、敵対しないのであれば交友を深めることに異論はなかった。

 零が他の友人たちと違ったのは、俺にへりくだるのではなく、俺と一緒にいることで威張ることでもなく、俺を立てようとすることでもなく、俺を『ただのクラスメイト』として扱ったことだろう。

 

 ある日、悩みの種ができた時に零に相談した。

 他のクラスメイトに弱い姿を見せるつもりはなかったのだが、誰とも違う零の在り方に興味を持ったのかもしれない。

 零は俺に対して失望することもなく、少し困った顔をしながら真摯に相談に乗ってくれた。

 

 それからだ。

 クラスの方針で悩んだとき。友人との付き合いで悩んだとき。Aクラス内で衝突が起こりそうなとき。

 愚痴も交えながら、あいつの愚痴も聞いた。

 そうやって付き合いを深めていったつもりだった。

 

 

 だから、『Aクラスのリーダーとして』俺はあいつから逃げるわけにはいかない。

 

 今にも逃げ出してしまいそうなほど、あいつが来るのが怖い。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と頼み込まれた以上、()()()()()俺はそれに応えないといけない。

 

 

 受け入れたくない。目に入れたくない。声を聴きたくない。認識したくない。匂いを嗅ぎたくない。触れ合いたくない。視線を合わせられたくない。声を聴かせたくない。認めたくない。見られたくない。知りたくない。理解したくない。

 

 

 

 だが、俺は『Aクラスのリーダー』だ。

 

 

 

 逃げ出してしまいたい。吐いてしまいたい。聴覚を失ってしまいたい。忘れてしまいたい。拒絶してしまいたい。隔離してしまいたい。投獄してしまいたい。泣き喚いてしまいたい。気絶してしまいたい。死んでしまいたい。視力を失ってしまいたい。

 

 

 それでも、『Aクラスのリーダー』を頼まれた以上、逃げることは許されない…。

 

 隣にいる坂柳を意識する余裕もなく、俺は今すぐにここから逃げてしまいたい衝動を胸ポケットに入れていたボールペンを太ももに突き刺すことで抑える。

 血が出るほど突き刺してはいないが、叫び出しそうな痛みが恐怖を和らげてくれた。

 

 俺はあいつが来るまでの僅かな時間、死刑台に上るような恐怖を味わいながら痛みを堪えて待っていた。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 昼食を終えて、そのまま有栖の部屋に向かった。

 返信した時から数えて、およそ10分程度で部屋に着いたが、これぐらいなら許容範囲だろう。

 部屋に入ると、険しい顔をした康平と有栖が無言のまま椅子に座ることを促してきた。

 私を見て思わず顔を顰めている二人を見て、大人しく促されるままに椅子に座る。

 私の前に有栖、右隣に康平がいる形で机を囲んだ。

 

「やあ、さっきぶりだね」

 

「ええ、誰かさんのせいで少し取り乱してしまいましたからね」

 

 皮肉交じりでそう切り込んだが、露骨な皮肉で返されてしまった。

 そこまで時間は経っていないが、思ったよりも二人とも復帰しているように見える。

 

「酷いことを言うなぁ。せっかく二人の意図を汲み取ってあげたんだぜ?

 むしろ感謝してほしいくらいだ」

 

 私がそう言うと、有栖はやっぱりという顔でこっちを見るが、康平は露骨に顔を顰めていた。

 

「…俺も坂柳も零にあんなことをしろと言った覚えはない」

 

「何を言っているんだい康平?

 ()()()()()()()()()()()って言っただろ?

 君たちが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」

 

 私の言葉で私が話し合いの時にした演説の意味を理解したのだろう。

 理解してしまったからこそ、康平は苦々しく顔を歪めていた。

 

「あのやり方を俺と坂柳が望んでいると思っていたのか?」

 

「望んでいようがいまいが、結果的には君たちの意見を折半するとああなるんだぜ?

 Aクラスのポイントを守らなくちゃいけない、他のクラスを潰さなくちゃいけない、両方とも叶えてあげようとした友人に対して、そんな言い方はないだろう?

 『だから私は悪くない』」

 

 この二人相手にさっきみたいに過負荷(マイナス)を全開にするつもりは、毛頭なかった。

 だが、私の中に残っていた過負荷(マイナス)が私の言葉に大きく影響を及ぼしていた。さっきの空気の一端を露わにしている今、康平と有栖は私を()()でも見るような目で見ている。

 しかし、彼らの目には先ほどの怯えのようなものは薄くなっていて、決意にも似たプラス向きな意思が私に抵抗しているように見えた。

 

「……確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ついでに、他のクラスを潰すこともできるでしょう。

 ですが、私達はそのやり方を認めません。そのやり方が卒業まで使えるわけでもなければ、そのやり方にAクラス全員がついて行くわけではありませんよ?」

 

「さっきの零のあれが作戦だとしても、Aクラスのやり方としては最低なものに近いだろう。他のクラスを率いていくAクラスのやり方に相応しいものを模索していくべきだ。

 既に坂柳が優待者を割り出したこともある。これ以上無意味にAクラスの評価を下げるようなことをしないでくれ」

 

 私の過負荷(マイナス)に気圧されてなお、二人とも強い言葉で言い切った。

 ここから徹底的に折りに行くことも考えたが、開き直りにも近いものを抱いている二人を下すことは私には難しいように直感的に感じた。

 だが、康平の方はゴリ押せば折れるかもしれない。少し無理をしているようにも見える彼は、過負荷(マイナス)を全開にしてしまえば恐らく折れるだろうと感じた。

 だが、有栖はこれぐらいじゃ折れないだろうという確信にも似た何かを感じている。

 それは彼女に勝負を挑んだ時と彼女に過負荷(マイナス)について教えた時に、自力で立ち直ったことがあったからだろう。折れにくい心というものは折れたらそのまま落ちていきやすいと言うが、逆に言うと折れないうちは芯を持った強さがあると言うことだ。

 それを崩すことは、今の私では不可能だろう。

 

 

 

「………はぁ……。わかったよ。二人に睨まれてまでやる気はないし、そういうことなら後はそっちに任せるよ。あまりやりすぎて先生たちに厳重注意をされるのも面倒だしね。

 ああ、『また勝てなかった』」

 

 無理に食い下がる必要もない。

 元から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 有栖は性格から、康平には()()()()()()()()()()()、二人がこうなるように誘導していた。

 私の過負荷(マイナス)に屈して、そのまま落ちるなら方法を変える必要があったが、一応友人である二人がいたからこそ過負荷(マイナス)最後の一線を超えない(無冠刑をスキルとして使わない)ように抑えていた。監視カメラの存在もあるので、その一線を越える(無冠刑を使う)気は元からなかった。なかったが、あのまま気分が昂りすぎたら、そのまま台無しにしていた可能性もあったことはこの際置いておこう。

 

 私の予想通り、彼らは過負荷(マイナス)に打ち勝って私に物申したのだ。

 (マイナス)有栖と康平(プラス)である以上、彼らが私に勝つのはもはや必然である。それに、二人とも私と近くにいたことで時折出す私の過負荷(マイナス)に少なからず気づいていただろう。

 話し合いの時はあまりやりすぎて他のクラスの人たちごと、彼らを叩き潰してしまわなかったか不安だったが杞憂で済んだみたいだ。

 

 だが、今の私は彼らと勝負をつけるためにここにいるのではない。

 

「でさ、私を抑えたところで君たちはどうするのさ?

 私はあくまでクラスメイトであって、君たち共通のラスボスとかじゃないんだぜ?」

 

 結局はこうなる。

 二人ともこっちを見て呆けたような間抜けな顔を晒したが、直ぐに立ち直って頭を悩ませていた。

 私が珍しく大立ち回りをしたが、この試験で大事なことは私を黙らせておくことではなく優待者を当てて回答を送りつけることだ。

 

「…優待者の割り出しは既に終わっていますので、このまま試験を終わらせることもできますが…」

 

 本来の目的を思い出した有栖は、本当にこの試験をこの段階で終わらせていいのか悩ませているような顔で康平の方を見ていた。

 

「先に約束した以上、回答を坂柳が送ると言うのであればそれに今回は従おう。

 だが、Aクラスの優待者がいるグループはどうするつもりだ?」

 

 康平としては早く終わることに大きな問題を見出さなかったのだろう。

 だが、冷静に考えると少しのデメリットが思いついてしまった。

 

「最善は解答待ちのままそのグループが何事もなく終わってくれることだけど、露骨に3グループだけ残ってて他のクラスの人たちが自分のクラスの優待者を当てられてたら、流石に気づくと思うよ」

 

「私も同意です。ですので、この時点で終わらせる最善としては他のクラスに1人ずつAクラスの優待者を当ててもらうように、Aクラスの優待者の方々に裏切ってもらうことでしょう。

 Aクラスの各優待者の方に『私は坂柳派なので葛城派を陥れるために協力してほしい』とでも言ってもらい、メールの画面を見せて確定させれば問題なくできるかと思います」

 

 有栖も同じように思っていたらしく、現実的に他のクラスに当てられた時のポイントの分散を試みる案を提案する。

 だが、それに難色を示したのは康平の方だった。

 

「Aクラスの優待者がいるところは、優待者を当てられない可能性もある。仮にまとめて当てられたとしても、Aクラスが今回の試験で得られるクラスポイントは300で、Bクラスが当てたと仮定しても150の差が付くことになる。

 優待者を当てられなければクラスポイントが減らないことを考慮すると、無理に他のクラスに優待者を明かす必要はない」

 

 ここでまたしても意見が対立する二人。

 有栖の言う通りすぐに終わらせてしまう時の最適解としては、他の各クラスにAクラスの優待者を一人ずつ当ててもらうことだろう。欠点としては、確実に450プラスされるポイントが300になってしまうこと。メリットは一番近いBクラスとの差がこの試験だけで250も開くこと。

 康平の言う通り何もなければクラスポイントが減ることはなく、仮にまとめて当てられたとしても差が開くのは確定している。最悪の状況を想定して無人島での特別試験を考慮しても、Bクラスと130の差を開けることができる。

 

「確かに優待者の法則に辿り着けるかも怪しいし、そのまま放置して運が良ければクラスポイントが減ることもなくなる。

 ただ、Aクラスの優待者が残っているであろうグループは、Aクラスの優待者が誰かを探すことになる。Aクラスに優待者がいるということが、ヒントになって優待者の法則に辿りつかれる可能性が高くなるってとこかな?」

 

 結局は一長一短と言ったところだ。

 どっちに転んでも少しのデメリットが目に着いてしまう。

 

「すぐに優待者の回答を送らずに、暫く話し合いをしてみる手もありますが……」

 

 そう言って有栖は言い淀む。

 言うまでもないデメリットに気付いているからだろう。

 

「それだと時間を与えてしまう分、法則に気付く生徒が出る可能性がある。特に零があの話し合いで他のクラス全員と敵対する形になってしまったことを考えると、立ち直っていた場合他の3クラスが結束する可能性もある」

 

「その通りです。ですので、どうしようか少々困っているところです」

 

 康平が言った通り、今の段階だからこそ優待者を全て当てることができるのだ。

 私が最初の話し合いで過負荷(マイナス)をさらけ出したことで、各クラスのエリートたちはお互いの心理を探ることのできないまま話し合いを終えてしまっている。

 時間が経って最悪Aクラスを潰すために協力でもされようものなら、そう時間が掛からないうちに答えに辿りついてしまうかもしれない。

 だから、最低でも300のclを取りたいのならば、今すぐに回答を送りつける必要がある。

 

「そう簡単に立ち直るとは思えないけど、時間がかかってしまうと法則を見つける人が出る可能性は十分にあるね。Dクラスの彼とか、ヒントがあればすぐに見つけそうだし」

 

 言ってしまってから、ミスをしたと思って思わず有栖の方を見た。

 彼女は余計なことを言ってくれたなと言わんばかりにこちらを睨んでおり、それに気づいていない康平は考えるように呟いた。

 

「Dクラスの…零が前に言っていた『怪物』のことか?」

 

 康平の呟きを聞いた有栖は私に何とかしろと言っているように感じた。

 私自身、綾小路君()の活躍がどのようなものなのか詳しくは知らないため多くを語る気はない。何故有栖が頑なに私に言わせようとしないのかを考えれば、彼女の大元の目的も大体察している。

 だから、私はそれについて言及するつもりはなかった。

 

「そんなところ。幸いなことに彼は他のクラスに友達が多くなかったはずだから、多分大丈夫だとは思うけど最悪を考えると当てちゃったほうがいいかもしれない。

 個人的には待ってほしいけど、Aクラスのことを考えると二人とも納得しないでしょ?」

 

 当初の目的では、『目覚めた運命の奴隷』がどれぐらい活躍できるのかを見たいというのが本音だった。だが、茂の強みはこの話し合いで見せることは難しい可能性が高いこと、私が少しやりすぎてしまったせいでAクラス自体が動きにくくなっていることから、今回は諦めることを視野に入れつつある。

 茂の持つ『観察眼』とも言える、彼の眼の良さは彼がいる話し合いの場に居なければ評価が難しいものだろう。茂には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()頼んでいるが、それと照らし合わせて「この時にどういうそぶりをしていたからおそらくこうだろう」といった程度のことしかできない。

 

「零の言う通りの『怪物』がいるのであれば、先に当ててしまったほうがいいだろう。150ポイントは必要経費と割り切って300ポイントだけでも確保するべきだ」

 

 康平は私の言う『怪物』を探ろうとはしなかった。

 私も有栖も、それについて触れられたくないことを察したのだろう。それを踏まえてのまとめにもなる最終的な意見を出してきた。

 

「…確かにそうしたほうがいいかもしれません。他のクラスの出方を窺いたい気持ちはありますが、これ以上時間をかけて結束されるようなことになったら流石に面倒です。最悪、優待者の法則がわかっているのにも関わらず、クラスポイントを手に入れることができなくなります」

 

 有栖も康平と同じ意見だった。

 今の段階で優待者の回答を送ってしまえば、この試験で大幅な差を開けることができる。既にAクラスのリーダー二人がその法則を共有している以上、回答を逃すことは悪手でしかないだろう。

 

「Aクラスの優待者の件はどうする?

 試験そのものを終わらせてしまった方が、Aクラスに対する結束を固められずに済むが…」

 

「欲を出すか、最悪を想定するかどうかか…」

 

 後回しにしていた問題を、康平が切り出した。

 私はその二つのデメリットを確認するかのように言葉を漏らす。

 

「欲を出す方はこのまま何もしないだけだから確実だ。最悪を想定した場合は、他のクラスの人たちが確実に投票してくれる保証はないから、そこを見極める必要がある」

 

 最悪を想定した方は他のクラスの人に投票してもらう必要がある以上、どうあがいても100%の確率にはならない。そこには、人の自由意思決定権があるからだ。

 有栖なら脅してやらせそうなものではあるが、それをこの場で提案するとは思えなかった。

 

 暫く沈黙が続いたころ、有栖が結論を出した。

 

「……最悪を想定したところで、Aクラスがこの試験で1位を取ってしまえば他のクラス同士で手を結ぶことも考えられます。確実性が高い上に、運が良ければクラスポイントを減らさずに済む放置に私は一票を投じます」

 

 有栖の出した結論は普段の彼女とは違い安定したモノではあるが、それが恐らく彼女にとって都合が良かったのだろう。

 私自身はAクラスが300cl入る段階でどちらでもよかったので、彼女に便乗することにした。

 

「それじゃあ私もそれで。どっちにしても今回の試験に関してはそれで十分な結果になる」

 

 康平はそれを聞いて悩むように腕を組んだが、彼が口を開くまでに時間はそう掛からなかった。

 

「……わかった。投票は坂柳に頼んでもいいか?

 俺の方針をクラスチャットの方で伝えている以上、俺が優待者を投票させるように頼むのは難しい」

 

「わかりました。それでは優待者を決め打つための指示を出しますので、二人とも退出してもらっても良いですか?

 少し忙しくなるので、結果は後で3人のチャットに回答メールのコピーと送信した時のスクリーンショット込みで報告します」

 

 そういう有栖は、既に携帯を出して指示を送ろうとしている。

 私と康平は、有栖に任せることにして部屋を出た。

 

 

 

 康平は他のクラスメイト達のところに行き、私は自分の割り当てられた部屋に戻った。

 有栖がチェックメイトをかけている以上、次の話し合いまでには回答が送られているだろう。

 康平なら方針の都合上時間までに投票させることが難しいかもしれないが、有栖ならお友達(手下)を上手く扱っているはずだ。

 

 最終的に本来の目的だったはずの茂の力を見ることは不可能になってしまったが、Aクラスを落とさないようにすると言う意味では十分な収穫になるだろう。

 それに、あのエリートどもの嵌められたと気づいた顔を想像するだけでも面白い。

 そう思いながら、誰も戻っていない部屋でベッドに転がった。眠気はないが、どこか疲労が溜まっているような感じがする。折角の豪華船だし、何か面白いことでも探しに行こうと思ったところで携帯に着信が来た。

 

 見たことのない番号から来た着信は、不思議なことに私が既に終わったものとして見ていたこの試験で最後の壁になるように感じた。 




 坂柳さんの回想にある、顔全体が砂嵐の様なノイズで埋め尽くされ、半月の目と口だけが弧を描いて嗤っている、という描写は『めだかボックス』にて球磨川先輩の顔が真っ黒になっているシーンを意識したものです。黒い部分がテレビの砂嵐の様なノイズになっているものを想像していただければと思います。

追記
葛城君の主観による描写を追加しました。半ば洗脳にも近い形の『信頼』を小坂君に抱いている片鱗をお見せできたかと思います。こうなった原因は遠くないうちに明かすつもりです。彼の主観からでは判明しないことですので、少し間は空くと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。