近くの机を寄せて7人全員が座った。
Dクラスの3人が固まり、残りの4人が同じ机を囲んでいるが椅子の向きはDクラスの彼らの方を向いている。 既にあたりに人影はない。
先ほどまで周辺で談笑していた生徒たちは、朝食の時間にもかかわらず、カフェを出て行ってしまった。
まるで、彼らの出す異色な雰囲気に呑まれたくないかのように去っていった。
それは遠回しに、どこかが
だが、ここにいる人間はそれが許される立場にないものが殆どだ。
Bクラスの委員長『一之瀬』、その補佐の『神崎』。
Cクラスの独裁者『龍園』、その側近とも言える『伊吹』。
Dクラスの代表格の一人である『平田』、下剋上を志す『堀北』。
約一名、乗り気ではなく逃げようと思えば逃げれるものの、それをしていない『綾小路』。
Aクラスを打倒せんとばかりに集結した彼らだったが、明確に増えた手札は『Aクラスが優待者を指定したこと』『各グループの優待者がどのクラスか』ということぐらいだった。
前者は明確な敵ができたということ、それを打倒するために共闘することを目標に掲げるものとして十分だった。
後者は、
しかし、Aクラスは良くて自分のクラスの優待者だけで、最悪自分のクラスの『自分の派閥』の優待者だけで法則性がわかっている可能性がある。
ここにいる者の多くは、Aクラスの内情をほとんど知らないでいる。
知っていることは、葛城派と坂柳派で対立していること、葛城が保守派で坂柳派が過激派だということ、現状での最終的な方針を決めるのは葛城派であること、Aクラス全体の方針を決めるのは葛城であるが故に今回の話し合いでほとんどのAクラスの生徒は自己紹介以外で黙り込んだこと、そして小坂零に関わってはいけないこと。
表面上からわかることは、これぐらいしかなかった。
それも、内部情報が表面化しているものを読み取っているだけで探りを入れることができていない。
これは、探りを入れようとしなかったのではなく、
Dクラスはそれどころではなかったため行っていないが、BクラスとCクラスは頻繁にAクラスの内情を探ろうと動いていた。
その背景には、あるAクラスの人物が図書館で起こした事件による影響がある。
龍園自身はそれほど気にしていなかったため、ちょっかいを出す程度に留めていた。
一之瀬は現場を見てしまったせいで彼を間接的に操作するためにも、Aクラスの動向を見張ることを試みた。
しかし、それぞれの代表格である人物が直接探りを入れに来た場合、どう考えても相手は警戒する。
そのため、比較的目立ちづらい人間を使って探りを入れさせたのだが、全くと言っていいほど成果は出なかった。
最終的には龍園はそれと並行してDクラスに仕掛けたため、一之瀬はそのDクラスを助けるために動き始めたせいで大したこともできないまま終わってしまった。
これの原因は、Aクラス内にて
坂柳の指示により、あなたが下手なことを言うとAクラスに被害が出るかもしれないことをわかっていますよね? という旨を葛城派中立派のそれぞれに遠回しに伝えるということを行った。
その結果、中立派は自らが火種になりたくないがために、葛城派は坂柳派に弱みを見せて葛城を困らせたくないがために、表面上は反発しつつも結果的に坂柳の思い通りに動いていた。
そのおかげで、1-Aの生徒全員がクラスの話題が出た時に話を逸らすという技術を取得していた。
若干一名それを取得していないものもいるが、
一度釘を刺されたこともあり、普通の状態なら自分からその話題を出すようなことをすることはない。
しかし、彼が普通じゃない状態のときに漏らした言葉を、傷心の身でありながらきちんと聞き取っていた者がここにいた。
「Aクラスが優待者を指定したのはわかったが、葛城が果たしてそれを許可するのか?」
「坂柳派の独断ということもあるだろう。坂柳が恐るべき頭脳の持ち主でAクラスを完全に掌握している前提ではあるが…」
「まてよ。そもそも前回の特別試験の結果を踏まえて、坂柳が黙っていると思うか?」
龍園の言葉でその場にいた者の大半が考えを修正し始めた。
坂柳は表立って出てくることは少なかったものの、彼女の派閥の言動からもAクラスのリーダーを狙っていることは明らかだった。
「今回の試験、
「…葛城を矢面に立たせて、小坂を時間稼ぎに使って、坂柳が優待者を割り出して狙い撃ちした…」
「金魚の糞にしてはよくわかったじゃねえか」
不敵に笑う彼の笑みが、普段なら周りを苛立たせるそれが今はとても頼もしく思える。
そんな感想をこの場にいる全員が抱いた。
そして、彼の意見を裏付けるように積極的に話に入ってこなかった一人が口を開く。
「…龍園くんの話で多分あってると思うよ」
その言葉の主に、彼らは驚きつつも視線を送って次の言葉を促した。
「言おうかどうか迷っていたんだけど、昨日小坂くんとちょっと話したんだ」
そういうと同時に、彼女は顔を俯かせた。
それで何があったのか容易に想像がついてしまう。
「…やろうとしたことは良くないことだって思ってる。話し合いをする特別試験で、話し合いに参加しないでほしいって頼もうとしたんだからね。結局、彼に良いように流されて危うく10万prを渡すことになりそうだったけど、アナウンスが入ったから中止になったんだ。
その時に彼が言っていたんだけど、『有栖が優待者を決め打ちに行こうとしていたことも、康平がそれにGOサインを出したことも、Aクラスが話し合いそのものをしようと思っていなかったことも、ぜーんぶ私は知らないよ』って言っていたよ…」
言い切った彼女は乗り切った後にもかかわらず、思い出しただけで憔悴していた。
それだけで、彼女が言わなかった部分に何があったのかをここにいる全員が察した。
直接彼の『演説』を聞いたことのない人物もいるが、
「…その話が正しいのなら、やっぱりAクラスのトップは協力体制を築いていることになるな」
「ええ、表面上は争っているように見せかけて本命はしっかり狙い撃つ。そんな体制を既に築いているのだとしたら相当厄介になるわね」
「いや、そういうわけじゃねえ。あくまで今回の特別試験だけか、坂柳が葛城を完全に利用しているかの二択だ。これが続くことはねえよ」
その言葉に会話を見守っていた平田と伊吹の二人は首をひねったが、残りの人間はどういうことかをそれだけで察した。
Bクラスの二名が、龍園の言いたいことを代弁するかのように口を開く。
「…葛城は前回の特別試験で失敗している」
「今回は期間が開いてなかったから前回から引き続きリーダーとして出てるけど」
「この特別試験…いえ、この旅行が終わるまでってことね」
「そういうことだ鈴音。俺は最初、Dクラスの仕業かと疑った。前回の特別試験のことがあるからな。裏で動いていた…黒幕Xと呼称するか。そいつの仕業かとも思ったんだが、それにしては早すぎる。
Dクラスが全体でまとまっていないことは見てわかる。9つのグループ全部の優待者を指定するだけでも一苦労だろ?」
龍園の言葉に苦い顔をする平田と堀北。
彼の言う通り、平田は女子と仲がいいが男子に妬まれてる節もあり、女子の相談を聞くことも多く特別試験がこのまま続いていた場合、優待者どころではなかった可能性が高い。
対して堀北は、自身の性格上女子とも男子とも仲が良いとは言えない。
「今回の特別試験の終わり方は異常だ。話し合いが終わって3時間もしないうちに大勢が決まった。俺の見立てだと、Aクラスは話し合いの前に既に優待者を見つけてるぜ」
「…じゃあ、あの話し合いは本当に意味がなかったってこと?」
「いや、あの話し合いで
それだけ。
それだけのことができる人間が、果たして何人いるだろうか?
龍園の言葉は正鵠を射ていたが、それとほぼ同じことを実行できるような人物がいることに、ここにいる全員が驚きを隠せていない。
「だから坂柳は最後のご馳走に持ってくるつもりだったんだが、まさかここまで手早く動いてくるとはな」
正直予想外だったと、言外に言っている彼の様子に全員が納得したような感覚を覚えた。
龍園の推理を聞いて、BクラスとDクラスの彼らは、盲目的ではなく客観的な分析ができる上に予想よりも頭の回転が回るCクラスの独裁者に戦慄していた。
その中で、新たに登場した人物が拍手で彼を称賛する。
その拍手の音の元に彼らが視線を向けると、そこには杖を持ちながら彼らに拍手を送る坂柳の姿があった。
彼女の付き人らしき女子生徒と、葛城もその隣に立っている。
だが、拍手をしているのは坂柳だけで、勝者である彼女からの拍手は未だに足掻き続けている彼らにとっては屈辱感を味合わせるものにも思えた。
「流石です、龍園君。答え合わせに来たわけではありませんが、素晴らしい洞察力と思考力をお持ちですと称賛しましょう」
「坂柳と葛城か。もう一人のそいつは、お前の手下か?」
「いえ、彼女は私の補助に付き合っていただいている方です。私の体の都合上、この船旅に参加するための条件がありましたので、それの一環ですよ」
彼女がそういうと、隣に付き添っている女子生徒は露骨に顔を歪めていた。
その様子から彼女に付き添ってはいるものの、忠誠心は欠片も持っていないということをおのずと察することになる。
そんな中で切り出したのはBクラスの一之瀬だった。
「…Aクラスの二人は何の用かな?」
「たまたま朝食を取ろうとしたところで面白い方々が集まっていたので、つい声をかけてしまいました」
「…できればAクラスの坂柳さんたちが一緒だと話し合い辛いから席を外してほしい。あんまり言いたくないんだけどね」
ストレートに言い放った彼女の言葉で、後ろにいる面々の一部がぎょっとする。
しかし、それに対する返答はとても穏やかなものだった。
「そう長居する気はありませんよ。お邪魔しては悪いと思っていますので、朝食を買ったら席を外します。神室さん、申し訳ないのですが買いに行ってもらってもいいですか?」
「…了解」
嫌々ながらもその言葉に従った神室は、彼らの視線を無視して店に向かう。
「坂柳、あまり不用意な発言はするなよ。彼らがこうして集まっている以上、事情把握をしていることは明らかだが、Aクラスの優待者を当てられる可能性を上げることは避けてくれ」
「言われなくてもわかっていますよ。私が彼らにしたいことは謝罪程度ですので」
「謝罪?」
坂柳のセリフに伊吹がそう零した。
他の人物も、それこそ葛城も謝罪と聞いて首をかしげつつある。
「謝罪というのは、昨日の辰グループでの話し合いのことです」
その言葉だけで、ここにいる人物全員が理解した。
何人かは何かがフラッシュバックするかのように、立ち眩みを起こすが倒れる者はなかった。
「零君が発言した内容と行った行為によって、他のクラスの方にご迷惑をおかけしたことは既に聞いています。本人ではない私の謝罪では不服かもしれませんが、同じAクラスの一員として止めることができなかったことを謝罪します。
申し訳ありません。」
そう言って彼女は杖を持って立ったまま、腰を45度曲げる姿勢を取って謝罪した。
その場にいた全員が息をのみ、周囲に人もいないこともあって生まれた静寂が、ここだけ同じ船内なのに別の世界になってしまったかのような錯覚に襲われる。
そんな時間が2秒ほど続いて、元の位置に頭を戻した彼女は先ほどと変わらない笑顔を浮かべて彼らに微笑んだ。
「同じようなことを絶対に起こさないと断言することは難しいですが、アレを当てにした方針を取るつもりはありません」
「今回の特別試験であいつを利用しておいてか?」
「たしかにAクラスで優待者を指定するための時間稼ぎにも思われたかもしれませんが、私たちにその意図はなかったと述べておきます。アレに関しては、完全に彼の独断でした」
「それに関しては俺も証言しよう。Aクラス…他のクラスの上に立つものとして、零のとったやり方は褒められたものではない」
Aクラスの二人の言葉は真に迫るものがあり、彼らはそれを嘘だと一蹴することができなかった。
その彼らの様子に満足したのか、坂柳は既に変える姿勢を見せ始める。
「それではこれで失礼します。今回の試験では接点が少なくなってしまいましたが、何時か話し合う時を楽しみにしていますよ」
そう言って彼女が彼らに背中を向けると、珍しく新たに朝食を食べに来た男子生徒が正面に立っていた。
彼女はその人物が同じクラスの『竹本茂』であることを確認すると、笑顔を浮かべて立ち去ろうとする。
坂柳と竹本の仲はただのクラスメイトで収まったままで、小坂経由で話し合うこともなかった。
だから、何も言わずに歩みを進めようとしたのだが、目の前の彼は道を譲ろうとしなかった。
「そこをどいていただけませんか? 竹本君」
「…この集まりが何なのかとかはどうでもいいんだが、ちょっと坂柳さんと葛城君に聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「今ここでですか?」
少し言葉に棘があるように聞こえる彼の言葉は、他の人たちを心底どうでもいいと思っているように思わせた。
彼に対して坂柳がそう言うと、彼女の後ろにいる生徒を一瞥した竹本は首を横に振る。
「…いいや、朝食を取りに来た後に連絡を入れて話そうと思っていたから、別にここじゃなくてもいい。他のクラスの主要人物も揃っているから、あまり話す場所には向いていないだろうしな」
「理解が早くて助かります。私の部屋で葛城君とお話しする予定でしたので、ご一緒でよければ」
「じゃあそれで頼むことにする。葛城君、坂柳さんの部屋番号個人チャットで送っておいてほしいんだが、いいか?」
「了解した。今のうちに済ましておこう」
そう言って葛城が携帯を取り出して、直ぐに慣れた手つきで操作をする。
その指が止まったあたりで、二人分の朝食を買った神室が戻った。
彼女が来ると同時に、再度残った生徒に一礼して坂柳と神室と葛城の三名はその場を後にした。
残った彼らの間で気まずい沈黙が生まれる。
だが生まれたのは一瞬で、竹本は彼らを見下ろすかのように一人一人の顔を確認してから、朝食を買いにその場を去った。
Aクラスの全員がいなくなったところで、話し合いが再開する。
しかし、彼らは最後に去っていったAクラスの竹本と呼ばれた青年のことがどうしても気になっていた。
彼と視線を交わしたとき、まるで
だが、彼の情報は『小坂零』よりも圧倒的に少なく、同じグループだった綾小路も一之瀬も彼が話し合いのときには仮面を被って自己紹介以外で話をしていなかったことに気づいた。表立って葛城の言うことを忠実に守ろうとしていた町田とは違い、周囲に気を配るそぶりすら見せずに、自分が注目されることを避けながら彼らを観察していたのだと考察する。
思わぬ伏兵に再度頭を悩ませながらも、優待者の法則をAクラスが積極的に隠そうとしているわけではないことに救いを見出し、彼らは特別試験の時間を少しずつ、しかし確実に消費しながら考え続けた。
そんな彼らの秘密とは到底言えない会合の存在も、他の生徒たちは一切知らない。
既に終わった特別試験とみなした彼らの雰囲気は、
特別試験があったことを忘れようとするかのように、船内での遊戯に勤しむ者たち。
そんな彼らをずっと見て、自分たちだけ我慢しろというのも酷な話ではある。
ましてや、
試験2日目午前10時前、昨日のアナウンスがあってから24時間も経っていない。
それなのに、残り3日もある特別試験に真剣な態度で臨もうとするものは、ここに集まった7人のみ。
彼らの誰かが協力を願えば、該当するクラスメイトは体面上協力はするだろう。
彼らにそう頼まれたから、本当はもっと遊びたいけど仕方ないか。このように、頼まれた場合は恨み言を零したりはすれど、クラスの中心である彼らに協力するだろう。
だが、自分から動こうとする意思はない。
まさしく、『
各クラスの代表者も、覆しようのない結果に全体の協力を仰ぐことは難しい。
何よりも、残りを当てたところで形成が有利になるわけではないことも、他の生徒たちのやる気を削ぐには十分すぎる理由だった。
倍率が高いところに一転掛けしたところで、掛け金が少ない上にゲーム数が少ないのでは大した金額にならない。
勝って多少良くなったところで、大勢が変わるわけではない。
それだけのわかり切った情報が、ここに残って話し合いをしている彼らにとって、何よりも重い足枷で何よりも重い鎖となっていた。
前回に引き続き、三人称で進めてみました。
竹本君は内心困りながらも口八丁で小坂君の原因を探るためにAクラスの二人に役を苦を取り付けることに成功。ただし、朝食は先延ばし。買った後に坂柳さんの部屋で食べることになりました。
他にもいろいろと補足説明を加えるか迷うところはありますが、次回以降の内容にも片足を突っ込んでしまいそうなのでスルーしてください。
どうしても疑問に思う部分があった方は、感想等に書いていただきたいと思います。
次回の投稿はいつも通り、来週の土曜日深夜0時を予定しております。