時刻はもう少しで7時になるといったところで、だんだんと暗くなってくる時間になった。ファミレスで解散した後、私は坂柳さんに連れられて人気のない公園のような場所にやってきた。
ぱっと見人気がなく、監視カメラの位置からも死角となっている場所だ。初日からよくこんな場所見つけたなと感心する反面、結構な距離を移動したので坂柳さんは少し辛そうにしている。
「大丈夫?」
「すみません…少し休めば大丈夫です」
「それ大丈夫じゃない時のやつだから。この後も軽い買い出しぐらいしかすることないし、ゆっくりね」
「すみません…」
そういうと彼女はしゃがみこんだ。病弱少女は見た目だけではなかったようで、本当に辛そうにしている。可哀想だなーと思う自分と、早く要件を言えよという自分がいる。
さっきは軽い買い出しをしたいといったが、ホームセンターに行きたい私は早く切り上げてほしかった。ホームセンターは結構早い時間で閉まるし、時間があれば家電量販店に行って録音機も買いたい。この学校を生き抜く上では感度のいい録音機は必須と言ってもいいだろう。
相手の発言を脅しにする、相手の脅しを脅しにする。
そんな感じで汎用性が高い録音機はこれからの学校生活では必須品と言ってもいい。問題があるとしたら、
割とよくあることだから本当に困る。
中学校の時も階段から転げ落ちた回数は両手の指の数じゃ足りないし、給食で食中毒になるときは必ず私がなる。不幸な事故だと言われればそれまでだけど、それが高頻度で起こるからマイナスなのだ。
「お待たせしました。もう大丈夫です」
そう言うと坂柳さんは杖を突いて立ち上がり、こちらを見据えてにっこり笑った。あたりは暗くなっているのに対して、彼女の綺麗な銀髪が街灯に照らされよく映える。
「それじゃあ本題に入ろうか」
「ええ、それでは、
小坂零さん?」
「君を殺すために送りこまれた刺客、とでも言ったら君は満足するのかな?」
そう言うと彼女はにっこり笑っていた笑顔から急に能面のように無表情になった。
「ふざけないでもらえますか?」
「…まあいいや、結論から言うとただの高校生だよ。ちょっと虐待されたぐらいの」
私の言葉で彼女は露骨に顔をしかめた。端正な顔が歪んでいる様がむしろかわいく見える。
嘘は言っていない。
「…嘘は言っていないみたいですね」
「真実も言ってないけどね」
「ッ!!」
「そんなに睨まないでよ、
嘘を虚実で、真実を虚無で着飾る。別に本当のことを話すつもりもないし、話したところで何かできるとも思えない。
完璧そうに見える彼女は完璧そうに見えるだけのただの
しかもプラスというよりはマイナス寄り。
いや、寄っているだけでどうやってもマイナスまでもっていくのは無理そうだし、
そんな
まあ、会ったこともないやつと比べられるのもかわいそうで、哀れで、実に滑稽で、とても
…ああ、なるほど。
裸エプロン先輩が言っていた弱いものと愚か者の味方ってこういうことか。マイナスだから
まあ、
「そんなに警戒しなくてもいいよ。君と敵対するつもりもないし」
「…理由を聞いてもよろしいですか?」
「君とは敵対するより仲良くしておいた方が楽そうだと思っただけだよ。それに君と敵対することになったら必然的に孤立するか、葛城君の方に身を寄せるしかなくなるし」
「Aクラスは私と彼で二分されることになりそうですね」
「そういうこと。君はAクラスを
私は変なことはしないから好きにするといいよ」
「…あなたは私の味方ですか?
それとも敵ですか?」
「別に敵対したところで大したことはできないってわかってると思うけど?」
これは本心だ。
私はあくまでマイナス側の人間だし、彼女に敵対したところで最後に負けるのは目に見えている。むしろ何でここまで彼女が私のことを警戒しているのかがわからない。多少威圧感が強かったぐらいでも私のカリスマ性が低いことはさっきのレストランでお察しだったと思うのだが。
「さっきの説明の時にうわの空で聞きながらにも関わらずあそこまでの推理ができること、見えにくい位置の監視カメラの場所を一目で把握できるその能力、そして何よりも教室で一瞬だけ漏れた威圧感。
これらを考えるとあなたをが敵対することは脅威になると思いましたが、その辺りはどうですか?」
…なるほど一理あるかもしれない。
威圧感のことに関してはちょっと昂って失敗したと思ったが、説明をきちんと聞いていなかったこととか、監視カメラのこととかは特に考えてなかったな。
説明に関しては前世の記憶と照らし合わせるだけだったから、もっときちんと聞いておけばここまで睨まれなかったのかと反省しよう。監視カメラの方は仕方ない。人の視線とかに敏感になってしまったせいで、監視カメラとか盗聴器の類にも気を付けるようになってしまったのが全て悪い。
『だから私は悪くない』
「では改めてお聞きしますが、あなたは私の味方ですか?敵ですか?」
「味方だよ。私は
結局こうするのが一番早いと感じた。変なことを言って下手に警戒させるよりはこんな感じで下に下った風にするのが早いだろう。
「理由を聞いても?」
「単純に私のデメリットがほとんどない。葛城君の方よりは坂柳さんの方が
ああ、でも派閥に入るつもりはないよ。『坂柳派の~』なんて前置詞が付いたら動きづらくなる。下手なことをしようとは思わないけどね」
「…わかりました。とりあえずそういうことにしておきます」
とりあえず納得してもらえたようだ。
実際、下手に事を起こす気もないが
私の関係ないところで勝手にやってほしい。
「そんなわけで派閥には入らないけど、坂柳さんの味方をする助っ人ポジションだと思ってくれればいいよ」
「わかりました。私の方から呼び出すことがあったらお願いしますね?」
「何もなかったらちゃんと行くようにするし、そこまで変なこともするつもりないから。比較的平和に平穏にがモットーだからね」
「とてもそうは思えませんけどね」
私がにっこり笑って彼女の方を見ると、彼女もにっこり笑ってこっちを見てきた。雰囲気を柔らかくする笑顔ではなく、相手を攻撃するような笑顔。
…何でこんな攻撃的になっているんだろう。
初日からこんなにめんどくさくなるなんて思わなかった。このままだとこれから先の学校生活が思いやられる。
「じゃあ帰ろっか…って言いたいんだけど大丈夫?
ここから結構距離あるよ?」
「………」
そう言うと彼女の表情がまた固まった。ここから寮までは歩いて15分程度かかる。彼女は杖をつきながら歩いているのでもう少しかかるだろう。来てすぐにしゃがみ込んで息を整えていた少女が変えるには少しきついように思う。
「嫌じゃなかったら背負って行こうか?
ホームセンターとかにも寄りたかったけど時間も遅いから明日行くことにしたし」
私の言葉に、彼女は少し考えるような顔をした。まあ、冷静に考えて今日あったばかりの男におんぶされながら帰るなんて普通嫌だろう。
「…それではお願いできますか?」
それでも自力で帰るのは厳しいと判断したのか、彼女は申し訳なさそうにそう言った。
私はそれを聞くと彼女の前に立ち、後ろを向いてしゃがんだ。彼女は私の背中に乗ったのを確認し、彼女を落とさないように手をまわして寮の方に向かって行った。
既に日は落ち、辺りは街灯の明かりがなければ足元ぐらいしか見えない程度には暗かった。そんな中私は、背中に少女を乗せながら歩くというなかなかできない体験をしていた。
「…すみません。呼び出したのにもかかわらず送ってもらって」
「気にしないでいいよ。美少女を背に乗っけて帰るなんてなかなかできない体験だしね」
「美少女…?」
「坂柳さんのことだよ。初対面で見たときも可愛いって思ってたし、さっきも少し見惚れるぐらい可愛かったよ?」
私の言葉に返事はなかった。言ってから、ナンパみたいなことを言ってしまったと後悔したが、彼女が全く反応を見せなかったから少し緊張してしまっている。
もしかして褒められることになれていないのだろうか?
私も蔑まれることは数あれど、褒められるようなことは中学校に入る前はあまりなかったから気持ちはわからなくもない。
実際、初めて褒められた時には何を言えばいいのかわからなくなって固まってしまったのはいい思い出だ。前世でもよく考えたら人からお世辞を言われることはあっても褒められるようなことは少なかった。
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その後、彼女は黙ったきりだった。私も特に話すようなこともなかったので寮につくまで二人の間に会話はなかった。
そうして寮にもう少しでつきそうになったので、私は彼女を下すことにした。しゃがんで、腕を離して彼女を下す体勢を作った。
「坂柳さん、そろそろ寮につくから降りてほしいんだけど」
「…」
声をかけたはずなのだが、返事は返ってこない。美少女をおんぶしながら寮に入った日には、初日から彼女を作ったチャラ男という認識になってしまうだろうと思った私は困った。しかも、それがAクラス1の美少女と言ってもいい坂柳さんと来たら明日から私はハブにされること間違いなしだ。
とりあえず坂柳さんにもう一度手を回して回した手を揺することで、坂柳さんに気付いてもらおうと思った私は軽く腕を揺すって彼女を揺らした。
「おーい、坂柳さーん」
「! こ、小坂くん、ど、どうしました!?」
お前がどうした。
なんかめちゃくちゃテンパっていて顔が赤い。もしかして本当に褒められたことがなかったのかもしれない。ちょっと褒めただけでこんなにテンパるなんて予想もしてなかったので逆に申し訳なってくるレベルだった。
まさか彼女に限って、私のキザなセリフに照れているなんてことはないだろう。
あんなことを言った事実を自覚したら死にたくなってきた。
「どうしたも何も、もう寮に着くから人目がないうちに降りてもらおうと思ったんだけど」
「す、すいません、今降ります!」
そういうと彼女は慌てて私の背中から降りた。
しかし、テンパったまま降りた彼女は杖を使わないで降りたため、そのまま体勢を崩してしまった。そのまま彼女は私の背中に頭をぶつけるような形になってしまい、私の背中に軽い衝撃が走った。
「…!?」
「本当に大丈夫?」
ぶつかった彼女は急いで杖を使って立ち上がった。私が彼女が離れたのを確認してから、彼女の方を見るとそこには耳まで真っ赤になった彼女の姿があった。
「も、申し訳ありません!」
「そんなに気にしてないから気にしなくていいよ?」
「私はこれで失礼します!」
彼女は気持ち急ぎ目で寮の方に入ってしまった。
杖をついている彼女からすれば、かなり早めのペースであることからよっぽど恥ずかしかったのだろう。
何で私はこんな青春ラブコメみたいなことをしているんだろうか。もっともこれで私がイケメンだったら映えたんだろうけど、不細工と美少女のラブコメとか誰得だよ。
そんなことを考えながら私は、コンビニによって軽く日用品を買ってから寮に戻ることにした。
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寮の自室に戻った私は部屋で悶絶していた。
今日1日のことを振り返っていたのだが、失敗点や、さっきのラブコメみたいなことを思い出していたらだんだん自分が恥ずかしくなってきた。
まず、何故マイナスを漏らしてしまったのか。これは本当にやらかしたとしか言えない。
原因の理由付けはいくらでもできる。高校生活でどっちの立場にしようか迷っていたとか、ムカついたやつを見たから威圧して俺TUEEE感を味わってみたかったとか、私が
問題大ありだよ!! 馬鹿か私は!!!
何がどっちにしようか迷ってただ、私は
ムカついたやつを見たからとかふざけてんのか!?
どんだけ煽り耐性ないんだ私は、こんなんだったら隠しきれるどころかマイナス全開だってあり得るだろうが!
俺TUEEEとかふざけてんのか!?
そんなのを手に入れて何が面白いんだ!?
私がしたいことはそういうことじゃないだろ!
私は
…あー、死にたい。
穴があったら入りたいとか通り越して自分の首を鉈で切り落としたい。何でホームセンターによらなかったんだろう?
こういう時のために鉈が欲しかったのに。
こんな意志の弱いままで高校三年間過ごしきれるとは思えない。
信じられるか?
これまだ入学初日なんだぜ?
はははワロス。
いろいろ忘れてたネットスラングまで出てくる上に、テンションが上がりすぎておかしくなるくらいには落ち込んでいた。
現に今この部屋の中に監視カメラの類がないことを確認してからはマイナス全開中だ。
自分の中にマイナスを抑える感覚で常に抑えているけど、ここまで垂れ流しにしているのはすごく久しぶりだからとても心が軽い。言うならば、今の私が一番素に近い私ということになるだろう。
元々のマイナスの気質を抑えて
具体的にいうと、常に自分の服の内ポケットに剥き出しのナイフを入れているようなものだ。激しい心の揺れで、服という自分を突き破って出てしまうかもしれない。それを必死になって自分という服を分厚くすることで、隠している感じだ。
突然人が訪ねてくるようなことになったら困るが、そんなことは滅多にないだろう。だからマイナスを垂れ流しにしていても問題はないと思っている。幸いにも、私の部屋は角地で右隣にしか住人はいない。
こんな奥にわざわざ来るような人も多いはずがないので、私はマイナスを抑えることをせずに伸び伸びと自室で過ごすことができるって寸法だ。実際、マイナスを垂れ流しているからこの部屋には入りたくないって普通の人間なら感じるだろうという打算もある。
…あー。
今思えば教室を出たのも思いっきり悪手だったな。
一度決めたことが揺らぎまくってる。そのせいであとで振り返った時に、それまでの行動全てが悪手にしか見えない。
今考えると、考えすぎてファミレスについたときに気付かなかったうえに、咄嗟に言ったことのせいでお通夜にしてしまったことも、完全に身の上話を聞いてほしいような感じの吐き気のするような奴になっていた自分が気持ち悪い。
誰彼構わず「私は親に捨てられて施設をたらいまわしにされてるんだよね」とかいきなり言われても困るだろうし、って前に考えていたのに自分から言いふらすとか救いようのない馬鹿だな私は!
さっきの坂柳さんとの問答だって、あんな回りくどいこと言わずにさっさとあなたの傘下に入りますってだけ言っておけばよかったのに!
無駄に相手に警戒心を持たせるとかアホすぎて救いようがない。
何が助っ人ポジションだ、お前の頭を早く助けてやれよ!
そんでもって、最後にはあのラブコメモドキですか。
私みたいなマイナスがあんな気持ち悪いことして何になるっていうんだ。
鈍感系主人公じゃないんだから帰り際に寮に戻った時も耳まで真っ赤だったのは見えてたし、可愛かったけども私がここに来たのはそういうのが目的じゃないだろ!
そもそも、初日に女の子を背負って帰るとかどこの漫画の主人公だよ!
なんで私は今日あったばっかの女の子に可愛いとか言ってんだよ!
気持ち悪いにもほどがある…!
あのポンコツ美少女も、話し合いの場所移すにしてももっと近いところにしろよ!
移動するだけでグロッキーとか何やってんだよ!
そんなんだから私になんちゃってラスボスとか言われるんだよ!
そんなことを思いながら私はベットの上を転がり続けていた。
決して口には出していないが、やらかしたことが多すぎてすでに泣きそうになっていた。
今泣くぞ、すぐ泣くぞ、ほら泣くぞ。
そう思っていた私の頬には冷たい雫が垂れていた。
いや、最後の方は有栖ちゃんの悪口になっているが。…坂柳さんっていうと強者感がするけど、有栖ちゃんっていうとポンコツ感がやばい。
今度から心の中では有栖ちゃんって呼ぶことにしよう。それだけで、シリアスな雰囲気が台無しになりそうだ。
皆を支配して裏工作を進める坂柳さん。
スキンヘッドと敵対する坂柳さん。
他の人を陰から操って嗤っている坂柳さん。
皆をまとめて裏工作をする有栖ちゃん。
スキンヘッド相手にかみつく有栖ちゃん。
他の人を陰から操って笑っている有栖ちゃん。
うわあ。これだけでめちゃくちゃ印象が違うぞ。
Aクラスを陰で支配する裏ボス的ラスボス感から一気にポンコツ可愛いマスコットに早変わりだ。
Aクラスのメインマスコットキャラクター有栖ちゃん!
寝よう。今の私は疲れているんだ。
主人公は自身の体の痣や跡、マイナスであることを自覚している都合上とても自己評価が低いです。こんなマイナスで体に痣があるような人間を受け入れて付き合ってくれるような人なんかいないと考えています。
顔はそれほど悪くない設定ですが、マイナスの自分(しかも精神年齢30半ばぐらい)が女子高生なんかと付き合えるわけないと思っています。
そのため、恋愛感情を抱くことは殆どなく、抱いたとしても自覚するまでに相当時間がかかるような感じです。