我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、 死においては平等である。
この言葉はロレンハーゲンの言葉だ。教育者であり、牧師であった彼の言葉だが、果たして本当にそうなのだろうか?
乞食の命と貴族の命が同じと言っても貴族には納得ができないだろうし、乞食ですら自分の命にそこまでの価値はないと言うかもしれない。
そもそも平等とは何だ?
事象として訪れることはすべて平等なのか?
そこに価値の違いがないなんて本当に言えるのか?
マイナスに生きてきた人間とプラスに生きてきた人間の死が本当に価値が同じものと言えるのか?
誰にも看取られることなく、道端で死んでいった乞食と親族に囲まれてみんなが嘆き悲しんで死んでいった有名人の死が果たして同じ価値なのか?
そして何より、自分の死と他人の死が同じ平等だなんて誰が信じるんだ?
自分が死ぬことで他の人間100人が助かるとした時に、自分とその100人の価値は平等なのか?
他の人からすれば100人をとるべきだと声を大きくして言うだろうが、自分の番が来た時に本当にそう言えるのか?
生きるときと死ぬときは平等なんて口当たりの良いことばっか言っていているが、そこにある価値の違いにまで目を向けたことがあるのか?
まあ、
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昨日買ったスマホのアラームに設定した時間の5分前に目を覚ました私は、お弁当の準備をしていた。少し多めに作って、残った分を朝食にするつもりだ。
今日はできるだけ早く教室に行って連絡先の交換をし、クラスメイトとの交流を深めなくてはいけない。結局、自分にできるのは間に入る中間管理職モドキみたいなことぐらいしかできないと気づいた今、それならそれなりに楽しくやろうと思っている自分もいる。
二回目の高校生活だ。どうせなら
サクッと朝食を食べ終えた私は授業を受ける準備をして、スマホを忘れずに持って教室に向かった。
教室に着いたが、人は殆どいない。既に教室にいるのは、葛城君と他数名の人しかいなかった。
「おはようございます」
そう挨拶をするとみんな挨拶を返してくる。軽く良い雰囲気になったところで葛城君のところに向かった。
「おはよう葛城君、小坂零っていいます」
「おはよう、小坂。何か用か?」
「同じ男子同士だし、零って呼んでよ。
この前はちょっと抜けようとしたけどクラスメイトだし仲良くしようと思ってね」
「そういうことなら俺も康平でいい。よろしくな零」
そう言って康平は私に手を出した。私はそれに握手で返すと、他の人たちも次々に私に挨拶と自己紹介をしてくる。この前の自己紹介の時に抜けたのにもかかわらず、みんな仲良くしようとしてくれるのでとてもやりやすかった。
「昨日は携帯置いてきちゃったから連絡先交換できなかったけど、今日はちゃんと持ってきたからみんなと交換しようと思ったんだ。
康平のも教えて欲しいんだけど、いいかい?」
「構わない」
そう言って康平と連絡先を交換した後に、流れで居た人の連絡先をどんどん交換していった。少しづつ人も増えてきたので、新しく来た人にも突撃して連絡先を交換してまわる。孤立気味な人たちも話しかければきちんと返してくれる上に、ちゃんと連絡先を交換してくれるからとてもやりやすかった。
一昨日一緒にご飯を食べたメンバーとも交換した。最初は少し驚かれたが、昨日買ってきたことをこっそり伝えるとみんな笑顔で連絡先を交換してくれた。
…こういう時、頭の良い人間は自分を良い人だと見せようとするから基本的に拒まない。
そう思っていたのは正解だったみたいだ。途中でやってきた有栖ちゃんとも連絡先を交換した。
「あれ、Aクラスのグループチャットってまだないの?」
「仲間内のチャットはあるみたいですけど、クラス全体のチャットはまだないみたいですね」
有栖ちゃんからグループチャットに招待されたのに、人数が15人しかいないことに気づいたので聞いてみたが、なんと、Aクラスのグループチャットがまだないということを知った。恐らく、グループごとで分けたのを作っているせいでクラス全体のものを不要に感じたのだろう。孤立気味な人はいったいどうしているんだろうか。
…これはチャンスだ。
ここで私が全員の連絡先を交換したことを活かしてAクラスのグループチャットを作って、クラスの中の立ち位置を確定させる。
協調性のない変なやつから、クラス全体に気が向くまとめ役に早変わりだ。
これで、康平と有栖ちゃんがぶつかって私が纏めたとしてもそこまで不思議がられずにできるだろう。
そう思った私は真っ先に『Aクラス』という名前のグループチャットを立ち上げ、そこに今日連絡先を交換した皆を招待した。
『いきなりグループチャットを立ち上げた上に、皆さんを招待してしまい申し訳ありません。Aクラス全体のグループチャットがないということでしたので、クラス全員の連絡網として作りました。入りたくない方がいらっしゃったら退会していただいて構いませんし、強制もしません。私がリーダーを気取る気もありませんので、皆さんご自由に使ってくださると幸いです』
『そんな気にしなくていいよ~。Aクラス全体のグループチャットが欲しかったのは事実だし、タイミングを逃しちゃってたからむしろありがたいよー』
『そんな堅苦しくなくていいぜ?俺もこういうの欲しいって思ってたし』
·········
……
…
よし、全員入った上に誰も退会していない。
やっぱり、こういう感じで無理やり招待しておけば断りづらいし抜けづらいって思ったのは正解みたいだ。これで今日の目標の大多数が達成できた。
こういう頭だけいい連中っていうのは自分の利害計算をするから扱い方を覚えておけば簡単に制御できる。それに、クラスの雰囲気がみんな仲良くといった感じで進んでいる入学初期辺りに、このポジションをとれたのは大きい。
わかりやすくオセロで言うなら、四つ角の一つを取ることができたようなものだ。
人見知りだということを言っておいたのも、人見知りなのにみんなと連絡先を交換してグループを立ち上げたという見方をされれば良い評価になる。
まあ、人見知りに関しては初対面の人には人見知りをするってことにしておこう。あの時に咄嗟に言ったことだ。信じている人もそうはいないだろう。
「小坂君、ちょっといいですか?」
そう言われて私は隣の有栖ちゃんの方を見る。
「どうかしたか?」
「今日のお昼ご一緒しませんか?
少しお話がありまして…」
「私はお弁当作ってきたんだけど、坂柳さんは?」
「私は食堂でと思っていたのですが、それだとちょっと困りましたね」
確かにお弁当を食堂で食べていたらあまりいい目では見られないだろう。
だが、有栖ちゃんの体のことを考えると利用できるかもしれない。
「坂柳さんを利用するみたいで悪いけど、私が買いに行って坂柳さんには席を取っておいてもらう形にしたらどうだろう?
杖を持ったままトレーを貰って座るのも、一人でやると大変かもしれない」
「確かにそうしてもらうととても助かりますが、よろしいのですか?」
「私が利用してるようなものだから、気にしなくていいよ」
ようなではなくて利用しているだけだが。彼女の付き添いで食堂に来たと見られれば私が弁当を広げても特に何も言われないだろうし、私自身も有栖ちゃんとはお話したいことがある。
「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」
彼女がにっこりと笑顔を浮かべていることから、嫌々ではないのだろうとは思う。
それと同時に、それすらも演技なのかもしれないと思う自分がいた。
有栖ちゃんから食事に誘われたことでクラスメイトがいろいろ聞いてきたが、先生が入ってきた瞬間にはみんな席に戻っていた。こういう無駄なスペックがAクラスと言われる所以なのかもしれない。
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そうしているうちに、お昼になった。休み時間にも問い詰められたが適当に流した私は、有栖ちゃんと二人で食堂に来ていた。
「すみません、私に合わせてもらって」
「一緒に食事するって言ったからね。置いていくなんてことはしないよ」
杖をついている彼女は歩く速度が少し遅い。
当たり前といえば当たり前だし、一緒に行くといった手前置いて行ったなんてなったらどうなるかわかったもんじゃない。
「ありがとうございます」
「そんな礼を言うほどのことじゃないよ。私が買ってくるけど何がいい?」
「それでは日替わり定食でお願いします」
そう言うと彼女は私に学生証カードを渡そうとした。恐らく、これで買ってきてほしいということだろう。
買ってくるのは当たり前だが、ここでは私に奢られてもらう。少しでも話し合いの時に情が移るようにしておいた方が後々楽になるだろうと思ってだ。
「私が奢るからしまっていいよ」
「それは嬉しいですが、買ってきてもらうのにさらに奢ってもらうなんて」
「一緒にご飯を食べさせてもらうお礼ってことで、一人飯より二人で食べたほうがおいしいしね」
私はそう言って食券を買いに行った。有栖ちゃんを席に座らせてから来たので、私の分の席もちゃんととってくれてるだろう。一応彼女の席の隣に弁当を置いてきたので他の人が座るようなことはないはずだ。
そうして私は日替わり定食を受け取り、彼女のいる席に戻った。彼女のいる席は食堂の角に近いような場所で、あまり大きな声じゃなければ他の人には会話が聞こえなさそうな場所をチョイスしたつもりだ。
「ほい、日替わり定食」
「ありがとうございます、小坂君。助かりました」
「気にしない気にしない。まあ、私も弁当出すから話は食べてからにしよう」
そう言って私は置いておいた弁当を出した。ご飯に、ザンギ(鶏の唐揚げ)、卵焼きにほうれんそうのお浸しといったテンプレのようなお弁当だ。
私の中でお弁当の王道だと思うメニューにしたつもりだ。高校生活最初のお弁当ということもあり、前世から得意だったものにした。
「「いただきます」」
上辺だけだとしても言っておくことに越したことはないだろう。礼儀ができているかということはこういうところから判断されることも少なくない。
今の私のキャラクターを作るにはこういうことをちまちま積み上げていくことも必要だと、自分に言い聞かせる。
5分程度で食べ終わった。
私は食べるのが早いので話をするにはもう少し待たなくてはいけないだろう。
心なしか有栖ちゃんが急いで食べているような気がするが、気のせいだと思いたい。別に強制して早く食べさせているつもりはないのだ。
これからの話し合いについて考える。
まずこれからどうするかということと、何で今日こんなに活発に交流を深めようとしたのかを聞かれるだろうから、それに対しては素直に答えていいと思う。
ただ、葛城グループを潰した後にどうするのかということに関してはこういうもしかしたら他の人に聞かれているかもしれない場所で聞きたくない。一応聞かれなさそうな場所に陣取っていはいるが、もしかしたらということを考えると下手なことをすると自分の首を絞めることになる。
考えているうちに、有栖ちゃんも食べ終わったみたいだ。
…うん、やっぱり心の中でも坂柳さんに戻そう。
有栖ちゃんって言ってるととても締まらない。
名前呼びなんて心の中でしかできないからしていたが、いざやって続けてみても虚しくなるだけだった。
「お待たせしました。それでは本題に入ってもよろしいでしょうか?」
そう言うと彼女の纏っている雰囲気が変わった。
病弱で儚そうな少女のそれから、陰で人を操り身も心も掌握するような女王のそれに。
こんなラスボスチックな雰囲気を出せるなら、それを常に保ってくれとか思いつつ私は彼女にこう返した。
「構わないよ。大体予想もついてる」
「では早速、まず今日いきなり動いたのはなぜか聞いてもよろしいですか?」
予想通りの質問がやってきた。
まあ、一昨日敵対しないと言っていたのにも関わらずいきなりアグレッシブにみんなと交流を深めてクラスのグループチャットを立ち上げるなんてしたら、喧嘩売ってんのかって思われるのも無理はない。
「簡単にいうとクラスの全員と繋がりが欲しかったから。それとこれからの自分のクラス内での立ち位置を決めたから、その立場取りをしに行くためにせざるを得なかったって言うのが正しいかな?」
「というと?」
「これからのAクラスは坂柳さんのグループと康平のグループで分かれそうだと思ったからね。孤立気味な人を拾い上げて二つのグループを間を取り持つ人が必要だと思った。
クラスの中が常にギスギスしてたら、間に挟まれた人たちがなにするかわからない。それを拾い上げる必要があると思った」
「…なるほど。確かにそういうことも考えられますね」
そう言うと彼女は少し考え込むような表情をした。自分がクラスを掌握しきれば問題ないと思っていたのか、孤立気味のクラスメイトのことはそこまで考えていなかったのか、それともほかに何か考えがあったが私が邪魔してしまったのか。
そんなことを考えたが、何れにしろ私には彼女の表情からそこまで読み取ることはできない。そして彼女は考えるのをやめてこちらを見た。
「…わかりました。変に勘ぐってしまったことを謝罪します」
「…まあ仕方ないか」
「まだ信用できるかどうかの判断がついていなかったので、警戒することは当たり前だと思いますが?」
警戒心が高いことは立派だが、そういう警戒心は一昨日の帰りにもきちんと保ってほしかった。
入学初日で内心浮かれてたとかなら可愛いんだけど、そんなことしたら本当にポンコツが定着してしまう。
少なくとも私の頭の中では暫く定着していた。
「まあ、敵対しないよーって言ってた人間がいきなりクラスを纏めようとしたらそうなってもおかしくないか。
もう一度と宣言しておくけど、私はあなたと事を構える気はない。面倒だし」
「…その理由はどうかと思いますが、わかりました」
「面倒っていうのは結構大事だと私は思うよ。手間をかけるってことは、その分のリソースを使うってことだ。
それは時間だったり、体力だったりするわけで、下手な気苦労をするよりはしない方がいいと思わないかい?」
私がそう言うと納得したように彼女は頷いた。
本当のところは面倒ってのもあるけど、Aクラス全体が落ち目になるようなことにしないために最低限の根回しを兼ねている。
何もなければAクラスは優秀な人間の集まりのはずだ。
故に敗北条件もわかりきっている。
これが一番の敗北条件であることはもう疑いようがない。
まあ、
既にAクラスは二分されている。
詳しく分ければその他がいるが、主に坂柳グループと葛城グループで分かれてしまっている。彼女は優秀だから、クラスを掌握した後もある程度はAクラスを引っ張っていけるだろう。
そんでもって、最後に
独裁政権を立てたい坂柳さんには悪いが、このままいくと独裁政権を立てた後に転がり落ちてみんなから虐められるかわいそうな有栖ちゃんの図が見える。
まあ、そうならないように手を打ってはいる。
一度愚か者認定をしてしまったせいか、彼女に肩入れしている部分がある。もしかしたらこれが、『
何が何でも彼女を勝たせるとまでは思っていないが、負けないでほしいと思っている自分も確かにいた。
どうせマイナスだから勝てないのはわかっている。
坂柳さんをAクラスに居ると言うだけで、それにつき合わせてしまうことも。
だが、あの人ほどじゃないけど負け戦なら百戦錬磨の自信がある。
「放課後に二人っきりで話したいんだけど、どっか良い場所ないかな?」
「それでは私の部屋はどうですか?
誰かに聞かれる恐れもありませんし」
…女の子の部屋に行くのはちょっと抵抗がある。
ホイホイ男を自分の部屋に呼ぶなと言いたい。ノンケだってかまわないで喰っちまう男だっているだろう。
「流石にそれは恥ずかしいな。他の人に見られて変な噂を立てられると困るし」
「それもそうですが、他に良い場所はあまり思いつきませんよ?
小坂君からしたらカフェとかも嫌がるでしょうし」
「まあ、食堂の人目につき辛いところでも話したくないようなことだから、外で話すのはもっての外だね」
「そうなると、他の場所が見当たらないのですが…」
確かに、全く人目につかないような場所というのは広い学校内といえほとんどないだろう。そう考えると確かに坂柳さんの部屋が安全ではある。
…よし、少し卑怯な手だけどまた彼女の先天性疾患を利用させてもらおう。
「一つ思いついたんだけど、嫌だったら断ってくれていいから。不快にさせるかもしれないし」
「構いません。言ってください」
「学校帰りに荷物持ちとして私が付いて行けば、そのまま部屋に上がって話しても不思議じゃないと思った」
「……」
「嫌だったら言ってくれ。身体的特徴を利用してやろうとしているような非人間のいう言葉だ」
「…嫌ではありませんよ。確かに合理的ですし、学校帰りに教材を持って帰るのは大変に思うところもありますから」
先天性疾患とは生まれつきのものだったか?
名前的にはそうだが、そうだとしたら彼女からすればこれがあるのが当たり前で、今私が言ったことも手伝ってくれるようなことに聞こえたのかもしれない。
実際は私が彼女の先天性疾患を利用して部屋に上がろうとしているのにも関わらずだ。
文字にしたら最悪なやつだなこれ。自覚したら、気分も
それを表には出さないで、私は彼女の顔を見た。彼女もここで話すようなことはもうないのか、食器を片付ける準備をしていた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。授業がもうそろそろ始まるし」
「ええ、では行きましょう。放課後もよろしくお願いしますね」
そう言って彼女はこちらに向かってにっこり笑った。
その笑顔が余りにも儚くて、きれいで、美しくて、思わずその
これだから私は